それから

    作者:日暮ひかり

    ●intermezzo
     真っ暗な夜の海の底はどこにだって繋がっていそうだ。もしも黒い水平線の向こうへ一歩踏み出せたなら、そこは本当は、此処とはまったく違う場所なのかもしれない。
     一つ、二つ。優しい光を抱いた灯籠が、穏やかな波にゆらゆらと揺られている。
     三つ、四つ。ろうそくに炎を灯した人々は、大切なひとの船出を見送るようなまなざしで、海へと旅立つ灯籠を見つめている。
     五つ、六つ、七つ――……星の数とはいえないけれど、夜の海を漂う無数の灯火たちは、寄り添うようにどこかへ流れていく。
     どこへ往くのだろう。その先はまだ見えないけれど、いつか、きっと。
     星が弾けるような音とともに、あざやかな花火が空に散った。空の黒も、海の黒も、その一瞬の輝きに飲みこまれてしまう。
     無数の色をうつした灯籠のなかに、みんな誰を見ているのだろう。
     どれから、あれから、これから。あなたは何を思って、かの人を見送るのだろう。
     
     もうすぐお盆の時期だ。せっかくなので灯籠流しをしに行かないかと、哀川・龍(降り龍・dn0196)はいつものように何気なく、皆に声をかけた。
    「夏祭りの一部でな、海に灯籠を流せるイベントがあるんだってさ。灯籠を流したあと、海に花火があがって、すごくきれいらしい」
    「とうろうながし……というのは、お盆でこちらに帰ってきた亡くなったご家族を、あちらへ帰すためのおみおくり、なんですよね。それって、イヴも見に行ってもいいのでしょうか……」
    「いいんじゃない? たくさんの人に見送られて帰ったほうが、きっとみんな喜ぶしな。それに、べつに身内じゃなくたって、送ってあげたい人がいたっていいと思うよ」
     イヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)は龍の言葉を聞くと、それじゃあ行ってみますと頷いた。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は観光ガイドのページを捲りながら、幻想的な灯籠流しの写真をぼんやりと眺めている。
    「灯籠流し、か……そういや、やった事は無かったな」
    「……へえ。誰か送りたい人でもいる?」
    「身内は全員元気だ。……恐らくな。だがこんな毎日だと、色々と考えることも多い」
     君達もそうじゃないかと、鷹神は周囲の灼滅者たちを見回した。
     先に往ってしまった家族、友人、あるいは他の誰かへ今、抱く思いがあるだろう。
    「灯籠に乗って川をくだった霊は、海に出てあの世に帰ってくって、昔の人は考えてたんだってさ。そう考えると、なんかちょっと、不思議な感じで見ちゃうよな。……夜の海」
     
     遠い祭囃子、花火の光、浅い漣と、海のにおい。ただ静かに誰かを想う、真夏の熱帯夜。
     すこし切ない思い出を作りに、今夜は外へ飛び出してみませんか。


    ■リプレイ

    ●彼方
     思えば貴方も、この灯籠のように優しく周りを照らす人だった。臆病なわたしも弟くんも、その光に励まされていた。
     貴方のように、大切な人を照らす光になりたいけれど。桜の金平糖を乗せ、巳桜は幼馴染をそっと送り出す。
     ――貴方なら『きっとなれる』って背中を押してくれたかな。自信がないの。零れた涙が、海に波紋を描く。
     明日からまた笑ってみせるから――だから見守っていてね、戀弍くん。

     熱帯夜の海を漂う灯火は、異様なまでに幻想的だ。暑さも忘れ綺麗だね、と溢した優希へ、あさきも茫と頷き返す。
     灯籠に託す願いを考えていたら、自然と目が合った。『朝咲くんに沢山の幸せをあげられますように』『この灯が消えようと2人はずっと一緒に……』願うは、ふたりの永遠の幸せ。恋人同士寄り添い、灯りを見送る。遠ざかる灯火を想い出に焼き付けるように、優希はそっと瞳を閉じた。

     灯籠をともせば、柔らかな灯りが春と飛雲を包む。瞼を下ろし語るのはふたりだけの内緒話。
     いつも自分を大切にしてくれるひとを産んでくれた人へ、密かにお礼がしたくて。いい人だね、と頷き、飛雲も春と一緒に灯りへ想いを託す。
    「春や、僕や、誰かの。大切な人のところに、この優しい光景が、届くといいな」
    「ひうんが灯してくれたから、きっと――うん、きっと届くよ」
     何だろう。悲しいわけでもないのに、灯火が夜に滲む。ひうん、ひうん――隣を見れば、大切な友人が涙の向こうで笑っていた。ありがと、の声に小さく笑み返し、春は海の向こうを見る。彼の大切な人も今、優しい彼の青を見つめていますように。

     慣れない下駄を履いたゼノビアは、雑踏に埋もれてしまいそう。大切な弟子が迷子にならないように、八津葉は小さな手を握る。
    「今回は手を繋いで会場まで向かいましょうね」
    「うん……先生も一緒」
     お花さんの浴衣は、先生が貸してくれた大切なもの。ぎゅっと手を握り返すゼノビアは何だか嬉しそうで、八津葉も似合っているわと微笑んだ。
     巫女さんの先生に教わって、初めての灯籠流し。師弟で仲良く寄り添い、メッセージを書いた。『一人でも多くの方を助けられます様に』『ゼノビアの知り合いさんが幸せになります様に』――想いはきっと海の向こうに届く。人混みが嫌いな弟子が、頑張って誘ってくれたのだから。

    「……きっと。殺してしまったんだって思ってたんだ」
     事故で母が死んだ後、新しい家族を得た父は、記憶の中の母とその思い出を殺したと。けれどあの日父が託した家族の思い出は、故郷の幼馴染の店に眠っていた。
    「キミのおかげ」
    「俺じゃないさ」
     可能性を引き寄せ途切れた絆を繋いだのは、動き出したさくら本人だから。勇弥は困ったように笑み、さくらえの家族を想う。彼らがいたから幼馴染と出会い、そして再会できた。感謝をこめ、灯籠を送る。
     ――ありがと。優しいキミに僕はもらってばかりで、返せるものなど何もなくて。
     ――どういたしまして。ここまでこれたのを見届けられたこと、それが一番の報酬だ。

    「僕の炎、熱かった? ……痛かった? それでも、あの時に僕を守ろうとしてくれてありがとう。僕はもう大丈夫だから。弟も居るし、大切な人も出来たから。だから……」
     さようなら、姉さん。
     読んだ手紙を灯籠に乗せる颯を、真花が見守る。あれから3年――受け入れなくちゃ。流れゆく灯籠を、二人で見送る。

     惨劇の日、無意識に引留めた兄の姿。今もみをきの傍らにある名前のない彼に、逢いに来ているかもしれない。そう思い、灯籠に両親の名を書いた。二度と呼ぶ事の出来ない、ふたつの名。
    『ごめんなさい。まだもう少しあなたたち自慢の息子をお借りします』
     書き連ねた謝罪がひとつ。我が儘もひとつ。名を見つけるまで。その生き方をなぞれるまで。もうすこしだけ、俺に兄さんを独り占めさせて下さい。

     灯籠を流す時、死んだ母の顔が浮かんだ。内気だった香乃果はそれ以来自分の世界に籠り、父も後を追う様に――二人とも、天国で心配したろう。
     無意識に送る事を避けていた、家族や背負うと決めた命。密室で仮の命を与えた彼はどうなったろう。
    「視た訳じゃないし、個人的な意見な。先輩は間違ってないよ」
    「……あまりの重さに押し潰されそうな時もある、でもまあ決めた事だ。豊も色々抱えてるだろ」
     今後も精進しようと灯火に誓う。そのお人好しさは他人と思えないと笑う二人を、香乃果は心配そうに見上げた。
    「豊さんも峻さんも、どうか抱え込み過ぎないでね。私は分かち合いたいよ」
    「ああ。もし俺達がやりすぎたら、君が止めてくれ」
     素直な、信頼の言葉だった。漂う光は誰もが背負う、数多の忘れえぬ想い。不意に灯りが滲んで、香乃果は眦を拭う。今はこの世界が好き。大切な友達もいるの、だから安心してね――。

     そも『こちらへ帰ってきた』が理解出来ない。残留思念とは別概念か。往来可能とは一体。けれど、僅かでも可能性があるなら送りたい。
     人の想念は都市伝説すら作り出す。送る為の想いが重なるこの機会は有用であると、答えを弾き出したのだ。
     今までに看過した一般人の死を純也は送り出す。バベルに改竄され忘れられた人々、思念の残滓、全て彼方へ消えてしまえ。誰にも利用される事なく、何もかも。

     ひとりは淋しいから、今でも時々墓参りに行く。静佳のちいさな『ともだち』は――たくさんの心残りや、人への恨みを抱えていたろう。どうか、穏やかな場所へ往けますように。彼らは人とは違うけれど、命が同じならきっと想いは届く。
    「……不思議、ね。見送ると、少しさびしい、気がするの」
    「それってさっきまで傍にいたからじゃない?」
     すごく静佳さんに会いたかったんだな、その人と、龍は言う。
     本当は私の分じゃないんですと、成海は龍に灯籠を見せた。硝子のエンゼルフィッシュが炎の海を泳いでいる。
     水と魚を愛し、人の海を生きようとした女の死を、大切な人は今も知らないまま。お節介でも、代わりに見送りくらい。
    「彼方でも魚に囲まれているんですかね」
    「珊瑚礁みたいな所だといいな。あの人の天国」
     彼女の幸せが地上のどこにもないなら。せめて――今居る場所が、望む世界であれば。

    「彼女の『生きたい欲』を断った事、辛くなかったか」
    「……痛いだけでは、なかったですよ。だから、豊くんも、そんな顔をしないでください」
     一緒に歩めば心強いから。青い花を乗せた昭子の灯籠は、誰かの心に寄り添い流れゆく。またね。彼我の境界線などきっと、さほど濃くはないから――明日の空も、晴れますように。

     海を往く灯火から、手許の光に目を伏せる。
     写真でしか知らない母親は、希沙にとって虚ろなもの。命と引き換えに産んで貰たのに――あなたは、幸せやったんやろか。
     この肌と髪と、目の色を遺した人の顔――名前すら、小太郎は知らない。捨てるなら産むなと恨んでも、きっと奥の底では、逢いたかった。
     あなたは、誰に。
    「きさは……、母親に」
    「オレも……母親に」
    「……きみも……?」
     支えたい、縋りたい。重なる境遇の切なさが、繋いだ手をぎゅっと堅く握らせる。生まれた事を悔いた事もあったけれど。
    「……勝手でごめんなさい。でも――産んでくれてありがとう」
    「希沙さんのお母さん……どうか、見守ってください」
     幸せだ。今は隣に、だいすきなひとがいるから。
     まだ感謝は言えないけれど――おやすみ。背中に顔を埋める希沙の涙に気づかないふりをして、小太郎は唯、掌を強く握った。

     この唄が、黄泉路を照らしてくれますように。
     錠が灯籠に乗せた『灰』は、手書きの譜面を焼いたもの。月前星を視ておくれ――ライブで演奏したのは誰かに届ける為だったのだろうか。理利はかの唄に思いを馳せ、錠の背を眺めていた。
     浮かべた灯籠から、なかなか手が離せない。大切な恩人を救えなかった自責の念が胸を圧迫し、剥がれた強がりのメッキが、どうしようもない涙となって流れ落ちる。
    「さと、たすけて、」
     擦れた声。小さなSOSを受けた理利は、力付けるように錠の肩を抱く。
    「その想いも涙も一緒に流せば、灯籠が往く為の波となるでしょう。それに、泣いている姿も届いてしまうかもしれませんよ?」
     滲んだ視界にぼんやり映るのは、励ますような後輩の笑顔。どうか、貴方の救いとなるように。その想いも届きますように。流す手助けを――灯籠を持つ手へ、一回り小さな手が添えられる。

     じいちゃんのサクランボ、家族分の3粒。あの冬を久良は忘れない。でも悲しみが少し遠いのは、毎日必死で楽しくやっているから。
    「哀川さんのお兄さん、元気だった。心配だとか言われなかった」
     食生活が心配だって――そう、笑ってさよなら。
     私は大丈夫だから、心配しないで。両親への言葉に対し、弟妹達には『ごめんなさい』と書いた。
    「……こうして改めて見送ると、彼らが生きていた時の事を色々と思い出しますね。哀川くんも何か、思い出した事はありますか?」
    「うん……家族四人で地元の祭りに行ったの、何となく覚えてる」
     ふと感傷的になり、水花は花火を眺めた。戦い続けなければ――二度と泣かないと決めたから、絶対に泣かない。
    「ああそうだ、兄貴の名前。何だっけ……直澄だ」
     滅多に呼ばなかったなと龍は苦笑する。ありがとう、やっと聞けたねと穂純は言った。あの日からずっと、どんな人なのか考えていた。
    「とっても格好よくてすごく優しい人なんだろうな。だって哀川さんのお兄さんだもん」
    「あーそんな褒めなくていいよ、すぐ調子乗るから……でも、ありがと」
     またな直澄。またね、直澄さん――共にその名を呼び、祈る。

     灯籠を眺めていた灯が、不意に秋乃を見やり、呟く。
    「……秋乃のご家族が無事に帰られるように」
    「もうっ、灯ちゃん、いっつもボクのことばっかり!」
     嬉しいけどこういう時くらい、灯ちゃんのご家族のこと想って欲しいな――そんな優しいワガママに苦笑して、改めて灯りを眺めた。
     水面に映った炎がゆれる。ふと思い出した――お爺様、こういう灯り好きだったよな。
    「俺の爺さんさ、俺のことを大切に育ててくれたんだよ」
     灯が家族のことが話すのは珍しかった。秋乃は驚き、じっとその横顔を見つめる。
    「今度俺の昔の話聞いてくれるか?」
    「…うん。教えて欲しいな」
     話さないと。これからも一緒にいたいから――灯が小さく握った手を、秋乃はぎゅっと握り返す。
     過去を語るのは少し怖いけど、きっと大丈夫。灯ちゃんが僕を受け止めてくれたみたいに、僕にも灯ちゃんを受け止めさせて欲しいんだ。

     幼稚園の時に亡くなった祖父の記憶は朧げだ。観月が父に預かった手紙を灯籠に託す傍ら、青い蝶模様の智の浴衣が夜に浮かぶ。蝋燭の灯りも、三つ連なれば明るい。
     一人だと、あの子は寂しがってしまうから。
     父、母――そして妹が乗った空の灯籠を、二人静かに眺める。私の償いは、言葉にするものじゃない。あの子とも分かりあえてる、つもり。
     でも。
    「……ねえ柴さん、今だけ、少しだけ、背中を貸して」
    「……背中でいいの?」
     茶化すように笑い、観月は四つの灯籠が流れる先を見る。本当はもう一つ流したいけれど、今ここに流すのは可笑しいだろう。まだ向こうに行けない『彼女』もいつか、送れる日が来たら。
    「そういえば、爺ちゃんに絵を褒めてもらったな」
     彼の懐かしむ声が心地良く、明日からまた頑張ろうと思えた。少し腫れた瞳を灯籠に向け、智は呟く。
     行ってらっしゃい。また、来年ね。

     灯籠をふたつ。記憶も朧な血縁に、もう居ない『病院』の家族達。
     彼らから見た祝の姿。何を想い死んでいったか。翌檜には分からない。祝にも、聞こえない。けれど魂だけは確かにあるから、大切に祈りを捧げる。
    「見守ってやっててくれ。俺は俺で、祝の事を見守っていくからさ」
     胸を張れる私で在れているかな――呟く祝はきっと皆の分も幸せに、精一杯生きてくれる。それが家族達の遺した願いなら、護るだけだ。
     置いて行かれるのはずっと寂しかった。今だって――ちょっとは。
    「あのね、先輩。家族になってくれて、ありがとう」
     でも、ひとりじゃない。心細くて差し出した手を握るひとが傍らにいるから、見送れる。
    「なぁ祝、家族の事を教えてくれよ」
     翌檜と手を繋いだ祝は遠いひかりを見すえ、眸を細めた。たくさん話すよ。うれしかったこともかなしかったことも、何もわすれていないんだ――。

    ●此方
     今日も何処かで誰かが祈りを捧げているのだろうか。灯火は寂しくも、美しい。
    「生と言うものは儚く、脆く、そして美しい。この打ち上げ花火みたいに――そう思いません、豊様?」
    「儚く脆い所は散々視てきたよ。だから、俺は必死に生きようと思った」
     死と紙一重の場面を思い返すと全身から熱を奪われるよう。本当は未だに慣れないと、林檎は瞳に大輪を映す。どうか、皆の想いが空へ届きますように。
     一つ、二つ、灯籠が流れる。空を賑わす花に、供助の描いた山茶花も照らされているだろう。綺麗だな、どちらの焔も――両親と、今まで戦った人や命を想う。
    「鷹神は、誰を、何を送るんだ」
    「……誰でもいいんだ、多分」
     それから、の先がある俺達は、見たことがないから――願ってしまう。
     誰かを送るなんて、今までも、これからもない気がしていた。
    「哀しい思いをしたくなくて、そうだといいなって……ほんと私っておめでたいね。灯籠見てたら泣けて来ちゃった」
    「……分かりやすい奴だな。さっき鈴木君に会ったぞ、ほら祈れ。俺も祈る」
     豊に押し付けられたハンカチで目許を拭い、ゆいは顔を上げた。泣いてばかりだと前に進めないもんね――花火の光と共に想いも海へ流れ、夏空へ届け。

     激しい花火の音。けれど静かな気持ちなのは、魂が乗っているからか。芥汰には送るひとの心当たりもないが、少し見ておきたかった。
     水が嫌いな猫達の代わりに、失った記憶の中の自分を送ろうか。彼にも大切な人が居たろうか――今、隣にいないなら『そういうこと』かもしれないとふと思う。
     いつかこの小さな船に乗らないくらいの燈を消すことになっても、後悔しない。手元の灯りは、一つで十分だ。

     揺らぐ灯籠の影に、故郷の祭りと祖母の面影を見た。小せぇ時、毎年のように一緒に行ってたっけ。最近は灯籠流しすらしていなかった事に、気づいた。
     花火の光。スイカの香りにかき氷の味。全部祖母の記憶に重なって苦しくなる。
     本当は、もっと一緒に居たかった。子供のようにしゃがみ、豆虎は鮮やかな海を覗く。
     最近、あんま夢に出てきてくれなくなったけど――変わらず見守ってくれてるといいな。

    「又お盆の季節が巡って来たんやね……お父さんお母さん……遥か向こうの何処かから見てるやろか?」
     花火は、夏の星座へ手向ける菊のよう。楽しい家族旅行が引き裂かれた日を橙迦は回想する。魂を闇に染め、鬼になってまで生き。それでも――助けられなかった両親。
     悲しみに刹那血が滾り、腕が震えた。夜に紛れて、強く祈りを捧げる。
     命の灯火燃やし続けて、何があっても生き抜くつもりやで……?

     日本に戻ってきた時には姉の歳を超え、もうあのひとの歳も過ぎてしまった。いつも現在と未来を見ているけれど、今だけは。空と海を彩る光に導かれ、樹は過去の世界へ向かう。
     ――わたしがいくつになっても姉さまたちの心配は尽きないだろうけど……支えてくれるひとがいるから、安心してね。
     すれ違いや喧嘩も、一緒に乗り越えていけるひと。また来年報告に来るわ――それまではまた眠っていてね。

     闇に飲まれた人を『死んだ』と言うのか。
     汚れた心に触れても明るい貴方が羨ましかった。妬みもした、でも好きだった、多分。今でも好きよ、きっと。面で心を隠し、由衛は波を見る。まだどこかに居る? 答えて――カイ。
     都会の夜に咲く花火に過ぎる夏を感じ、流希は歩く。今は何も考えず、光の華を眺めましょう。

     見つかる筈もない灯籠を戯れに探し、犬とニアはくすりと笑う。仲良く送られてくれているでしょうか――さあ。ただ光が溶けあって、ひどく幸せそうだ。
     ニアの姉がもたらした別れは突然で。見送る間もなかった――長らく言い訳していたのかも、しれない。
    「綺麗だな……」
    「ええ、綺麗過ぎて、嘘の様です」
     己の弱さや両親への依存、姉への憎悪と戸惑い。人の想いを乗せた星々は、心に溜まった蟠りを少しずつ連れて行ってくれるよう――そんな夏の夜の幻想を、犬はそっと胸に抱く。
     記憶は遠く、遠く、産んでくれたことに感謝する事くらいしか出来ないけれど――確かに押し寄せるこの感情は、まるで人間のようで。

    「今は見送る側の俺達も、いつかは見送られる側になるんでしょうか」
     らしくない事を言ってしまいましたと、敬厳は肩を竦めた。天の川のような灯籠を眺め、イヴは言う。この海は、夜空と繋がっているのでしょうか。
    「灯篭流し。見ている物は同じなのに、違うものを視ている。それを見守る機会もそうそう無い」
     17で米国から日本に来て、あれから3年。もう20だとキィンは薄く笑みを浮かべる。
    「こういう時間が必要なんだ、割とな。そっちはどうだ」
    「はい、イヴも日本の文化って素敵だなと思って。ね、一緒にお祈りしませんか?」
     ああ、この眼で良ければ添えようか。明日からまた賑やかしいが、今日は静かに。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月18日
    難度:簡単
    参加:44人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ