闇に滲む追想の影

    作者:六堂ぱるな

    ●Vive hodie
     エレベーターが動く音がするたび、住人たちは息をひそめる。
     悠然と廊下を歩く靴音がすれば、部屋の一番奥で身を縮める。

     夜景の美しい高層階に住む女が、歯の根も合わぬほどの震えに襲われていた。
    「先生、お願いです!」
    「ちゃんと全身診てあげるよ。常駐医なんだからね、安心しておくれ」
     女は首を振った。
     お隣は四日前だった。
     ママ友は昨日だった。
    「お願いです、お願いです、お願いです」
    「じゃあ診察室に行こうか」
    「お願いです、助けて下さい!!」
    「ううん残念、それだけは出来ないね」
     『先生』は無造作に女の髪を掴んで引きずり始めた。
     女の悲鳴が廊下に響いて住人たちの心を蝕んでいく。
    「性格悪いねぇ、ホント」
     そびえる高層マンションの中からかすかに響く声に、ハレルヤ・シオンは笑った。
     腰を下ろしていたマンションの門を出て闇の中を歩き出す。

    ●Via Dolorosa
     密室殺人鬼の灼滅が順調であるが故に、訪れた変化と言うべきだろうか。
     埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は説明を終えると、入口の扉にもたれたナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)に会釈した。
    「以上、フィルツェーン先輩の調査を元に得られた密室の予測だ。先輩、感謝する」
    「それより、詳細よろしく頼むよ」
     ナハトムジークが肩を竦めてみせた。頷いた玄乃がファイルを開く。
    「これまでハレルヤ・シオンは配下を『密室』周辺に放ってきた。しかし度重なる『密室』の解放のせいか、今回は彼女自身が監視にやって来ている」
     教室に集まった灼滅者がざわめいた。
     『密室』の解放は、MAD六六六での彼女の地位を脅かす状況ではあろう。
    「今まで通り、『密室』を放っておけばどれほどの被害となるか見当もつかん。ハレルヤ・シオンに見つかってはならない……『密室』の解決の為には。それを覚えておいてくれ」
     
     場所は松戸市にある高層マンションだ。
     支配するのはマンションの常駐医である老婆、通称「ホームドクター」。腰が曲がりかかった老婆で、殺人鬼と殺人注射器のサイキックを使って戦う。
    「この老婆は一日なるべく一人ずつ、マンションの住民を自分の医務室へ連れてきて殺す。標的は彼女のきまぐれで予想できないが、人が殺されるのは夜間で間違いない」
     相変わらず、『密室』の中のことはエクスブレインの予測が困難らしい。
     そして問題は。
    「ハレルヤ・シオンはマンションの外周を回っている。我々のやり方もよく知っている彼女のことだ。心して対策を練って欲しい」
     ハレルヤは近づく灼滅者たちを視認しやすいよう、マンションの門の四隅に光量のあるライトを設置している。
     侵入前にハレルヤに発見された場合、彼女は近隣に配した配下を呼ぶ。配下が現れるまでの時間は皮肉にも、先日と同じ6分。攻撃手段は先日とそう変わらないだろう。
     増援が来てしまえば離脱が困難になるのは、これまでの『密室』事件と同じだ。囲まれる前に撤退しなければならない。
    「ハレルヤ・シオンに未だ我々の声が届くのかはわからない。試すのなら止めん」
     忘れてはならないのは、彼女が今ダークネスだということ。決して油断できない相手だということ。
     MAD六六六での下がっている評価を挽回するための行動かもしれないが、彼女がMAD六六六で地位をあげてどうするつもりなのかもわからない。
    「どのような対応をとるかは諸兄らに一任する。だがどうか、誰も欠けることなく戻って貰いたい」
     念を押す玄乃に、ナハトムジークはひらひら手を振って教室を出た。


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    斎賀院・朔夜(愛すべきを護る餓娑羅鬼・d05997)
    咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)

    ■リプレイ

    ●闇から滲み出た影
     それは『かなり困難』だと、釘を刺された戦い。
     それも、臨んだ誰ひとりとして、敵する彼女と面識はない。
     そして全てが、純粋灼滅者。
     並べればきりがないほどに、有利とは言い難い条件ばかりだった。

     件のマンションに到着する前に、ふらりと彼女は姿を現した。夜目にも白い肌、短い髪を揺らして場違いに明るい笑いをもらす。
    「助かるよぉ。隠れて『密室』に向かわれたら厄介だったからねぇ」
     『密室』に灼滅者を近づけないのがハレルヤの役目。マンションに到着する前に一人で撃退するのが、点数稼ぎの上でいえば理想ではある。
    「迎えに来たのです、ハレルヤ・シオンさん」
     ここで必ず止める、と心に決めた羽守・藤乃(君影の守・d03430)の言葉に、ハレルヤが無邪気に首を傾げた。
    「そうなの? 殺されかけてる人たちを、助けにいかなくていいんだぁ?」
    「折角準備してくれた所悪いんだが、今日はお前に用がある」
     毒の滴るようなハレルヤの――否、ダークネスの言葉に天方・矜人(疾走する魂・d01499)が応じるのを聞きながら、楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は唇を噛んだ。
     結構踏ん切りはついていない。ホームドクターを野放しにすることも、その間、助けられない人がいるであろうことも。
    (「この流れを断たなきゃいけないってことも確かなんだ」)
     ハレルヤを取り戻すことで、『密室』を作り出しているMAD六六六のアツシに対して有効な手が打てるかもしれない。
     人払いの為の殺気を放ち始めた万事・錠(ハートロッカー・d01615)にとって、これは過去の悪夢を思い起こさせる一幕だ。無意識に歯を食いしばる。
    「闇の居心地は、良いか?」
     斎賀院・朔夜(愛すべきを護る餓娑羅鬼・d05997)もハレルヤに問いを投げる。
     問いかけになんの意味も無いかもしれない。だが、尋ねてみたいと思っていた。
    「居心地なんて良くないよぉ。だからいいんだけどねぇ」
    「ま、戦いを楽しもうぜ」
     戦闘狂さながら、知らぬ者なら本当に殺すつもりなのではないかと思うような笑顔でナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)が誘いをかける。
    「気が合いそうだねぇ。じゃあ、キミを教えて。傷つけあおうよ」
     楽しげなハレルヤの答えに、咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)が眉を寄せた。彼女が完全に堕ちているのか、まだ声が届くのかを見極めたい。少なくとも今見た限り、そう簡単でないことはよくわかったけれど。
    「6分以内の撃破を目指して頑張りましょう」
    「たくさんの人を見捨てて『ボク』を連れ帰りにきたんだし、できるといいねぇ」
     ハレルヤの軽口にも、茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)は応じなかった。
    「お出でなさい、鈴媛」
     穏やかに呼びかける藤乃の封印解除を皮切りに、6分の死闘が幕をあける。

    ●硝子を揺らせ
     猛攻と言うにふさわしい力で、ハレルヤは灼滅者と相対した。こうして出張った以上、アツシに近づくための立場、腹心にふさわしい功績をあげねばならない。路地に溢れかえるほどのどす黒い殺気を充満させ、ハレルヤが千尋と向き合った。
    「一度は一緒に戦った仲だ、言いたいことがあるなら言やいいし、殺したけりゃ好きなように攻撃すればいい。あたしも、その分思い切り殴り返すけどね」
     中央に造花の百合が飾られた黒い十字架、『Lily for Unknown』を叩きつけ、突き、上段から殴りつける。避けることなくその攻撃を受け入れて、ハレルヤが笑った。
    「言いたいことなんてないよぉ。邪魔しないでくれたら嬉しいなぁ」
    「撃破も出来ず、密室も防げずでは退けませんわ」
     藤乃が白銀の大鎌をふるった。揺れる君影草のさやかな音とは対照的に、刃に踊った炎が斬撃のあとを這ってゆく。その頭上に舞った朔夜の仕掛ける踵落としが、ハレルヤに素早く距離をとらせた。
     錠は何一つ諦めてはいなかった。まだ声が届くと信じて、立入り禁止を色覚に鮮やかに訴える『KEEP OUT!!!』をハレルヤめがけて奔らせる。
    「俺は大事な先輩を救えなかった。夜が来る度、自分の無力さと彼を喪った事実に打ちのめされてる」
    「それはたいねんだねぇ。でもよくあることだよぉ」
    「今のお前にない『痛み』は……お前の帰りを待っている奴等が感じてるんじゃねェか?」
     身を引き裂く攻撃よりも、絞り出すような錠の言葉にハレルヤが一瞬口をつぐんだ。
    「そいつらの元に帰ろうぜ。その『痛み』とお前は向き合うべきなんだ!」
    「……痛みのわからないボクが、どうしたらいいっていうの?」
     胸にわだかまる幾つかの顔。記憶を振りきるようにハレルヤが頭を振った。

     梗花は目を伏せた。骨の髄まで斬り込むようなあの『痛み』が、『痛み』を求めてやまないハレルヤの叫びのようで。疑問が口をついて出る。
    「逃げてもいいけど、逃げ場はそこ?」
     友達も同志も、いたはずだ。それらを置いて逃げた先が、わずかな会話で憎悪に身を焦がすほどの敵の元なのか。片腕を異形のものと変え、梗花は渾身の力をこめて殴りかかった。
    「逃げ場に正解はないと思うけれども、そこは、どれだけ正解に近い場所なのかな」
     骨も軋む一撃を受け、跳び退くハレルヤに続いた優衣がその身体よりも大きな『鬼神斬艦刀』を振りかざす。
    「今の自分に満足していますか? 言いたいことを言えない環境より、武蔵坂で言い合っていられる方が素敵だと思いませんか?」
    「思うよって言ったら、喜ぶのかなぁ?」
     弄うように声をあげて笑うハレルヤに、矜人が雷光閃く拳を打ちこむ。
    「人の心なんてそう簡単にわからねえ。それでも寄り添ってやる事はできるはずだ」
    「そうかあ? 痛みを感じない体なんだっけか。『便利そうだな』。最早人間どころか生物やめてない? あ、やめてたか」
     矜人の言葉をあげつらうように、ナハトムジークが飛び蹴りがてら陽気な声で揺さぶりをかけた。腕を掲げて頭を庇いながら、ハレルヤにちらり、苛立ちが垣間見える。怒りを爆発させるほどではないが。
    「あは。そうだけど、お互いさまじゃないのぉ?」
     前衛全てを巻き込むようなハレルヤの回し蹴りをナハトムジークに庇われ、矜人が声を張り上げる。
    「人造のお前が純粋な灼滅者を羨むその気持ちも、わからんでもない。だけどお前にはオレ達が持っていない、お前だけが持ってる大切なものがある」
    「へえ? それはいったい、なぁに?」
    「それは平和な日常でも、友達でも、仲間でもなく、お前自身だ! 居場所を失い続けてきたお前は! このままダークネスに飲まれて自分自身すら失うつもりなのか!」
     矜人の『タクティカル・スパイン』が風をきる。背骨を模した魔杖がしなってハレルヤの鳩尾を突いた。流し込まれる魔力が内側から痛めつける。
    「オレはダークネスにじゃなく、そこにいるお前に聞いている! 答えろよ、ハレルヤ!」
    「ボクは『ボク』だってば……」
     ハレルヤの声が揺れる。
     胸の奥深く、ひび割れた硝子の向こうで『ハレルヤ』が揺れている。
     また失うことなど味わいたくない。いつか壊れる居場所なら、いっそないほうがいい。
    「貴女が帰ってくる場所が、人が待ってます。だから、何度でも手を伸ばしますわ」
     藤乃の影が小さな鈴を連ねたような君影草をかたどって、ハレルヤの足にからみつく。

    ●手を掴み取れ
     万一戦いが6分を越えた場合、学園へ報告の為離脱する役目の優衣を灼滅者たちは優先的に庇っていた。癒し手を用意しなかった戦術上、怪我がかさむものは出る。
     庇い手であるナハトムジークと殺気に蝕まれた藤乃へ、ハレルヤは攻撃を集中させた。
    「キミから『分解』しちゃおうかなぁ」
     一手前ではナハトムジークたち前衛を炎巻き上げる蹴撃で翻弄したハレルヤが、楽しげな声をあげて藤乃へ追いすがる。
    「人造灼滅者になった決意……その痛み……ダークネスなどに消させはしません。それは人たるシオンさんのものですもの」
     跳び退く藤乃の足元で『fairy ladders』が揺れて浮かび上がった。奔った影の花茎が花を揺らしてハレルヤを引き裂いたが、彼女はへらりと笑っただけだった。
    「あは、大丈夫だよぉ。『ボク』はボクだもの」
     死角へ回りこんだハレルヤの斬撃が藤乃の首筋を容赦なく切り裂く。血がしぶき、梗花の祭霊光は間に合わず、藤乃がくたりと路上に倒れ伏した。
     癒す対象を切り替えた梗花の霊力がナハトムジークの嵩んだ傷をわずかに癒し、地を蹴ったナハトムジークがハレルヤの足を狙った蹴撃を見舞った。乾いた音をたてて稲光が散る拳を握りこみ、矜人がハレルヤの顎を捉えて打ち抜く。
     わずかに身体を揺らしただけのはずのハレルヤがしかし、こちらと距離をとるのをナハトムジークは見ていた。
     攻勢と説得は功を奏し始めている。増援の接近に合わせて逃げられたら元も子もない。
     血を吐き捨て、嘲るように唇の端を吊り上げた。さもバカにしたような口調を捻り出す。
    「あれ、もう帰んの? やっぱ楽しめないよねぇ。殺し合いを楽しもうにも不良品じゃあままならない。痛みを求めて戦うクセに、痛みを感じない不良品じゃあな」
     退くかに見えたハレルヤの足が止まる。
     それこそが狙いであり、戦いの帰趨を決めた一瞬だった。

     どれだけ傷つけば痛みを感じるのか。誰にも、ハレルヤにすらわからない。
     どうせもうすぐ増援は来る。痛みを感じる灼滅者なら、堪えられぬほどの苦痛と危険を前にすれば去るだろう。そうすれば、胸の奥で『ハレルヤ』が揺らぐこともない。
    「いいよぉ、もうちょっと遊んであげようか」
     前衛に放たれたのは魂の一部を削って放たれる冷たい炎。矜人を庇ったナハトムジークが炎に巻かれ、限界に達して崩れ落ちる――けれど、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
     この一瞬を足止めできたなら、きっとハレルヤを落とすことができる。
     密室に閉じ込められた人々を救わずにこの戦いを選んだ、その意味を得られる確信に。
    「いいのかい? だぁれも逃げられなくなるよ?」
     二人目の意識不明を見下ろして、ハレルヤが灼滅者たちの危機感を煽った。
     知っているがそれ以上に、挑発に徹したナハトムジークの計略を、錠もわかっていた。
    「誓ったんだ、もう二度と退かねェって。世界中に無理だって言われても、一人でも奇跡を信じてくれるヤツが居るのなら」
     魂の奥まで凍りつかせるような炎を浴びてなお、唸りをあげる『SHAULA』の駆動と同時にハレルヤの懐へと飛び込む。
    「どんだけ無謀だろうが俺は挑み続ける!」
     にぶい音をたて、蠍の毒針がしたたか腹を貫いた。
     息をつまらせ、泳ぐハレルヤの身体を次に捉えたのは千尋だった。
    「居場所を探してるってのはあたしも同じ。でも、夜の暗がりの中じゃないってのは確かだ。学校にはアンタを待ってる人もいるし、グズグズしてたら、夏休みの宿題も、片付かないよ?」
     一言ごとに放つ拳が錠の前から押し出すように、ハレルヤを打ち据え追い立てる。
     たたらを踏んで、ハレルヤが揺らいでゆく。
     その細い身体から罪を断ち切るように、朔夜が『紅鬼天麟』で斬りかかった。説得すべき言葉を持たぬ朔夜の責務は、仲間の言葉を魂の奥に届けるための力たること。
     ざっくりと切り裂かれたハレルヤの膝が崩れた時、優衣のまとう『鬼吼闘氣』が猛々しいオーラを噴きあげた。続けざまに捻じこまれる拳撃はためらいなく、重い。
    「みんなが心配したんだから、この痛みは甘んじて受け取りな!」
     ハレルヤの身体が吹き飛んだ。派手な破壊音を立てて塀に突っ込む。

     徹底的に攻撃に偏重した戦術と布陣。
     想いのたけをこめた説得。
     どちらがわずか欠けても成らなかった、ハレルヤ・シオン救出の瞬間だった。

    ●闇にまぎれて
     どこかで時計が7分めを刻む。
     瓦礫の下からハレルヤを引き出した灼滅者たちに休む暇は与えられなかった。一人、また一人、六六六人衆が闇の中から姿を見せる。灼滅者たちは三人もの戦闘不能者を抱え、残る者は満身創痍。勝負にならない。
     そんな中、血を滴らせて矜人がふらりと仲間たちの前へ出た。
     覚悟はしてきた。
     密室の中の人々を放って一人を助けると決めた時から。
    「1人救って1人堕ちるんじゃあ、意味ねえのはわかってる……だが、一度やると決めた事をやりきるのがヒーローってもんだぜ!」
     矜人の漆黒のコートが白く、一方でマスクは黒く変わってゆく。踊るように揺らぐ赤黒いオーラが、彼が闇へ意識と身を傾けたことを物語っていた。
    「さあ、ここから先はヒーロータイムだ!」
     爆発的な力を解放し、矜人が包囲の手薄な一角へ突っ込む。無謀なほどの突撃に一瞬包囲が解けた中を、灼滅者たちは負傷者を抱えて突破した。
     しかし3人もの戦闘不能者を抱え、痛む身体に鞭うち、攻撃に耐えながら撤退するのには限界があった。もう少し戦術を増やせるようにしないとな、という思いが朔夜の頭をかすめる。サーヴァントのいない戦闘はなかなかに大変だ。
     密室がどうなったのかが気掛かりな優衣の足が、つい鈍る。追いすがる六六六人衆の刃が彼女を引き裂こうとした時、金属の割れる音が響き渡った。
    「むっ!?」
     刃を掴み、へし折ったのは梗花だった。めきめきと音をたてて額から黒曜石の角が伸びる。翻る破れた狩衣から桔梗の花がこぼれ落ちた。
     愕然とした朔夜が声をあげる。
    「それは俺の役目だ」
     元々が闇の人間。もう一度闇に戻ることに躊躇いは無い。
     けれど梗花は首を振った。深手を負っている自分と軽傷の朔夜、仲間を連れて逃げきれる可能性が高いのはどちらか、明らかだ。跳び退った六六六人衆が警戒の声を上げる。
    「こいつもか!」
    「ごめんね。あとは頼んだよ」
     異形化した腕が暴風すら伴って六六六人衆たちを薙ぎ倒した。
     迷う暇はない。後ろ髪を引かれる想いだったが、ナハトムジークを担いだ錠が吠えた。
    「足止めんな! 行くぞ!」
     錠の脳裏を、石英ユウマの忘れ形見の後輩と大切な仲間達がよぎっていた。
     必ず帰ると約束したのだ。
     促されてハレルヤを背負った優衣が、藤乃を抱えた千尋が走る。唇を噛みしめた朔夜がひととき、追手の前に立ち塞がる梗花を振り返り、そして殿として仲間に続いた。

     願わくば9人全員での帰還、という願いは果たされなかった。
     もはや声も届かないかに見えたハレルヤ・シオンを取り戻し、二人の仲間を欠いて、深手を負った灼滅者たちが闇を駆ける。
     必ずこの戦いが成果をもたらす――いずれ仲間も救い出せると、信じて。

    作者:六堂ぱるな 重傷:羽守・藤乃(黄昏草・d03430) ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478) 
    死亡:なし
    闇堕ち:天方・矜人(疾走する魂・d01499) 楯縫・梗花(なもなきもの・d02901) 
    種類:
    公開:2015年8月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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