臨海学校2015~すいか畑と佐渡の海

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     かつて賑わいを見せた佐渡金銀山は、今は廃坑になっている。連日新潟を襲っている40度超の酷暑が原因で、廃坑内部の気温もきわめて高くなっていた。
     仄暗い廃坑の中には熱波がこもり、一歩足を踏み入れればたちまち汗が噴き出るだろう。しかし更に驚くべきは、その内部を謎の植物が覆い尽くしていることだ。
     繁殖した植物は内部を緑で染めきったのみでは飽き足らず、更に成長を続けていく。廃坑の壁をがじがじと齧りながら、奥へ奥へと掘り進む丸みを帯びた影が見える。この奇怪な現象は、住民たちの中でも噂になっていた。
     一体、何が起きているというのだろう。ただの異常気象なのだろうか――?
     
    ●warning!!!
    「ただの異常気象のわけがないだろう。いいか、いま佐渡金銀山の廃坑が、アガルタの口と化そうとしている。事件解決の為、今年の臨海学校は佐渡ヶ島で行うこととなった」
     アガルタの口とは、軍艦島攻略戦において島の地下に現れた謎の密林洞窟の事だ。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)の話を聞いたイヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)は、何かに気づいたようにぽんと手を叩いた。
    「もしかして、最近日本海の近くがとっても暑くなっていたのは……?」
    「ああ。ダークネスの移動拠点となった軍艦島が、佐渡ヶ島に接近中である可能性がある。このままでは、佐渡ヶ島が第二の軍艦島と化さぬとも限らん……その前に、止めるぞ」
     
     現地に到着したら、まずは廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破する。
     その後は軍艦島の襲来に備え、佐渡ヶ島の海岸でキャンプを行うスケジュールのようだ。
     廃坑は無数にあるため、灼滅者達はそれぞれ別々の廃坑を探索することになる。
     内部はアフリカン植物に覆われて暗く、足場が悪い。しかもサウナのように暑い。罠があったりする事は無いが、最奥部に辿り着くまでには自然の驚異が立ち塞がる。暑さ対策や、廃坑探索の準備はしっかりしていく必要があるだろう。
    「謎の植物な敵さんですか……ちょっぴり怖いですけど、興味もありますね。ドキドキしてしまいます」
    「…………その点ご期待に添えず誠に申し訳ないが。率直に言って、スイカだ」
     スイカ。
    「……すいか。ウォーターメロンですか?」
    「うん? 汁気の多いメロンではないぞ。スイカだ。アフリカ原産だからな」
     ……スイカのようだ。
    「敵というのも、どうやら成長したスイカから生まれたスイカ眷属だな……。果実に目と口をつけたような外見のふざけた球体だ」
    「まあ。可愛いです」
    「しかし、油断してはいかん。奴は浮遊しながら移動し、その口でがじがじ君達を齧るのだぞ。まるで日頃人間に齧られている恨みを晴らさんとばかりにな……くっくっく」
    「こ、怖いことを言わないでください……!」
     しかし、悲しいかなスイカは所詮スイカ。強かったら困る。
     12体ほどいるようだが、油断さえしなければ然程脅威ではないだろう。
     
    「アガルタの口を撃破する事によって、敵は島に多数の灼滅者が集まっている事を悟るだろう。リスクの高い計画を続行するほど連中も馬鹿ではあるまい」
    「ええっと、廃坑のすいかさんを倒せば、軍艦島にいる皆さんには帰ってもらえる、ってことですね……わかりました! 楽しい臨海学校と佐渡ヶ島の皆さんのために、イヴも頑張ります。暑いダンジョンには行ったことがありますし、お任せくださいっ」
     張り切っているイヴに対し、鷹神はそうだなと勝気な笑みを向ける。せっかくだから二つほどもっと怖い情報も教えておこうと、黒板に几帳面な字を走らせた。
    「一つ。廃坑内のスイカだが、眷属化していないものは何故か美味しく頂ける」
    「わあ、すいか食べ放題ですね。食べすぎそうでこわいです!」
    「二つ。敵の撃破後も、24時間は40度超の気温が持続する。しかし気温上昇が急激であったゆえに、海水温は適温のままという奇妙な状態……これが何を意味するかお分かりか?」
    「わあ、とっても海水浴日和なんですね。遊びすぎそうでこわいです!」
    「ふ……誰もそんな事は言っていないが、日焼けとか熱中症に留意し精々楽しむがいい」
    「はい、はい、とっても怖いお話を有難うございます! ふふ、お仕事も遊びも頑張りましょうね、皆さん」
     イヴはそう言って、同行する灼滅者達をきらきらした瞳で見つめた。武蔵坂学園の熱く暑い臨海学校が、今年も始まる。


    参加者
    雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    津軽・林檎(は寒さに強い・d10880)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    犬祀・美紗緒(犬神祀る巫女・d18139)
    五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294)

    ■リプレイ

    ●1
     廃坑の内部から、湿った熱気が押し寄せてくる。外とはまた異質な暑さに、灼滅者一行も溜息をもらした。
    「この照りつける太陽は北海道のあのダンジョンのことを思い出させますね」
     夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)の言葉に、ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)とイヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)が頷く。三人は以前、砂漠化した迷宮を共に攻略した仲だ。
    「炬燵さん、今日もその半纏で……?」
    「いえ、これは半纏のような模様のパーカーです。つまり半纏パーカーですね。通気性もよくて快適ですね。うっかりしてました、夏みかんに夏コタツまでは用意してましたが夏半纏は考えていませんでしたね。迂闊でした」
    「通気性って大切ですね。イヴもいろはさんにとっても涼しいシャツをいただきましたよ。電池でこのファンが回って涼しいんです!」
     炬燵とイヴは真顔で頷いている。割と面白い絵面だったが、快適そうなので皆特にツッコまない。
    「ふっふっふ、私も札幌ダンジョンの二の舞にはならないわ」
     一方、ミレーヌも経験を活かし、アイテムポケット内に色々準備していた。まずは汗拭きタオルを取り出し、仲間へ配る。皆歩きやすい靴や、涼しい服装を心がけていた。対策は完璧――さあ、いざ廃坑へ!
    「……あっ」
     ミレーヌは立ち止まった。冷や汗を流す彼女の横から、五十鈴・乙彦(和し晨風・d27294)がランタンを差し出す。闇の中に、見慣れない形状の植物が浮かび上がった。
    「今年はスイカなんですね。去年は武神大戦、その前は六六六人衆だったでしょうか」
     毎度命がけの臨海ならぬ臨界学校だが、今年はまだマシな気もするので皆人間をやめすぎだ。ワンピース風の水着に身を包んだ津軽・林檎(は寒さに強い・d10880)は、ひっそりと首を傾げた。
    「とにかく、アフリカンパンサーの野望を阻止できるよう頑張りましょう」
    「うん、頑張ろうね!」
     皆が林檎の言葉に反応し、気合を入れる。すると林檎ははっとして頬を赤らめ、視線から逃れるようにささっと植物の影に隠れた。どうやらスポットが当たる事に慣れていないようだ。
     そんな様子を微笑ましげに眺め、雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)と犬祀・美紗緒(犬神祀る巫女・d18139)が力を使う。生い茂った草木がぐにゃりと曲がり、暗闇の中に一本の道を描きだした。
    「行くよこま! 移動時間を短縮出来れば、キャンプでいっぱい遊べる!」
     ランタンで壁を照らし、ずんずん先頭を進んでいく美紗緒をビハインドのこまが追いかける。既に遊びで頭がいっぱいの美紗緒は無邪気な様子だ。深く伸びる廃坑の中を、灼滅者達は奥へと進んでいく。
    「この辺りは滑りますから気をつけてくださいね。灼滅者といっても転んだら痛いですから!」
     周囲を警戒し、蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)は仲間に声をかけた。流れた汗が彼の額を滑り落ちていく。暑さで辛いのは皆一緒だ。少し水分を補給しましょうかと、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)が言った。
    「私の出番のようね!」
     ミレーヌは待ってましたとばかりにポケットを探る。得意気に取り出したのはクーラーボックス。植物を椅子代わりにし、きんと冷えたスポーツドリンクを一口飲めば、皆息を吹き返した。最高に美味しい。
    「こんなに暑いと、地元の人もきっと困っちゃう。早く何とかしないと、だよね」
    「ああ。暑さは得意では無いが、佐渡ヶ島の人々と臨海学校の為にも頑張らなければ」
     タオルで汗を拭き、ひよりと乙彦も気合いを入れ直す。辺りを見回せば、壁が人工的なものから、いやに雑な造りに変わりつつある。そろそろ最深部も近そうだ。
     元気を取り戻した一行は再び歩き出した。程なくして、開けた小部屋に辿りつく。
     地面を覆うのは一面の蔓。そして――丸くて大きな、大量のスイカ。
     空腹に唾を飲んだのも束の間、畑の中からふよふよと何かが浮かび上がってきた。
    「こま! スイカ割りだよ! スイカ割りだから目隠しが必要なんだよ!」
     美紗緒は急ぎ目隠しを取り出すと、こまの頭に縛りつけた。ハイテンションな美紗緒にこまもやれやれと呆れ顔だが、抵抗する様子はない。乙彦は小さく溜息をついた。
    「まさかスイカと戦う事になるとは……な」
     乙彦の掌で風が渦巻き、護符が出現する。彼が九字を唱えると、畑の内外で次々と小爆発が起きた。スイカの果肉が弾け飛び、怒ったスイカ眷属が大口を開けて飛びかかってくる。
     真っ先に反応したのは美紗緒だ。ハンマーを振りかぶった腕にスイカが齧りつくが、構わず噴射装置を起動し、弱ったスイカを勢いよく叩き割る。ぱかーんと良い音が響いた。
    「スカッとするよ! ほら、こまも早く早く!」
     美紗緒の腕から振り落とされたスイカを、こまも霊撃で叩き割る。一応ふらふらする素振りを見せているのがなんとも健気だ。
    「顔付きスイカって、ちょっと可愛いね……」
    「少し心が痛みます……」
     地面に転がり落ち、じたばたもがくスイカへ、ひよりも申し訳なさそうに杖を振り下ろす。聖樹の杖がクリティカルヒットし、綺麗に真っ二つとなったスイカは、魔力で内側から弾けとんだ。こんがり焼けた香りが一行を微妙な気持ちにさせる。
    「焼きスイカ……おいしいみたいだよね」
    「焼きみかんもおいしいですよ」
    「あの、焼きリンゴも……」
     ひよりが何となく呟いた一言に、炬燵と林檎が何故か対抗しだす中、香乃果は七不思議の怪談を語り始めた。想いを乗せる手漉き和紙は緑青、橙色、紅赤の三色となり、薄明りの中を舞う。暫しその美しさに見惚れていた一行だったが――。
    「スイカ、みかん、リンゴじゃな」
    「影響されてしまいました……」
     香乃果は恥ずかしさに両手で顔を覆う。紙に斬り裂かれたスイカめがけ、敬厳は光の輪を撃ち出した。疼木の葉に似た光輪が飛び交い、8等分に切り分けられたスイカが和紙の上に落ちる。職人技であった。
     一行は前衛のスイカを次々と割り、後衛に取りかかる。敬厳はごろごろ転がってきたスイカを足で止め、ミレーヌの方へ蹴り飛ばす。
    「任せたぞい」
    「行くわよ、爆☆砕!」
     ミレーヌは斬艦刀をフルスイングし、スイカを斜め上へかっ飛ばした。天井にぶつかったスイカが粉々に砕ける下で、美紗緒とこまも襲い来るスイカを止めている。……というか、捕まえて遊んでいた。
    「楽しそうですね。でも、油断せずに頑張りましょう」
     林檎はギターでご当地津軽の民謡を奏でた。三味線を思わせる軽快な音色が前衛の傷を癒し、気分を更に盛り上げる。
    「綺麗にカットしましょう」
     炬燵は影をこたつの形に変化させると、鋭く尖った脚でスイカを6等分にする。こたつの下にスイカが転がり、季節感が迷子だ。乙彦が護符に力を籠めると、足元から風が立ち昇り始めた。
    「……暑いな。そろそろ終わらせるぞ」
     廃坑内に熱い風が吹く。乙彦が符を振り翳すと、一枚の護符が飛び、浮いているスイカに貼りついた。スイカは眠るように動きを止め、地面に墜落して割れる。
    「えっと、リンゴビームです」
     あっという間に残り一体となったスイカも、林檎がひっそり放ったリンゴ型のビームにひっそりと砕かれた。個性豊かな割りの妙技を魅せあった一行は満足し、暫し哀れなスイカの冥福を祈る。
    「そ、れ、で。さあ普通のスイカはクーラーボックスにどんどんしまっちゃうわよ」
     ミレーヌはどこからかナイフを取り出し、丸々肥えたスイカを収穫し始めた。皆も収穫を手伝い、アイテムポケットに詰めれるだけスイカを詰めこむ。
    「学園で待っている皆さんへのお土産ができましたね」
    「そうですね。美味しくいただきましょう!」
     イヴと敬厳の言葉に、香乃果も微笑んで頷く。誰も来ない廃坑で、このまま枯れるより淋しくないはずだ。大量のスイカを抱え、灼滅者達は無事アガルタの口を後にした。

    ●2
     廃坑を一歩出れば、たちまち眩い日差しが照りつける。暗がりに慣れた目を細めながら、一行は遊びに来た仲間達の待つ海岸へと走った。きらめく海と、任務からの解放感が疲労を吹き飛ばし、足取りは軽い。
    「キャンプの拠点には私特製の炬燵式テントを用意しましょう。シャワーとかは付いていませんが、快適な空間を用意できます」
     炬燵はそう言って、半纏パーカーの生地から『巣』を作りだす。札幌のダンジョンでも見た光景に、一部の仲間は妙な懐かしさを覚えた。中にテントを張り、簡易キッチンを作り、拠点の中央に携帯こたつを置けば、暑さも不思議と気にならない炬燵式キャンプの完成だ。
     香乃果のクリーニングで汗も吹き飛び、気分爽快。後は水着に着替えて海へ飛び込むのみ……だったが。
    「男性の皆さんはすみません、巣作りは使用者が中にいないといけませんので木陰で着替えてください」
    「ええ、マナーですからね! 行きましょう乙彦さん」
    「……そうだな。何という事だ……」
     涼んでいた乙彦は敬厳に押されるようにして巣の外に出て行った。女に勝てる二人ではない。
    「見てー、ボクの水着ー。こまには浴衣だよ!」
     霊犬を模した犬耳パーカー水着で元気に飛びはねる美紗緒を見て、こまはどこか懐かしげに微笑む。可愛いです、と微笑んだ香乃果は、ひよりと日焼け止めを塗りあう。
    「香乃果ちゃんはやっぱり青が似合うね。それに大人っぽくなったよねー」
    「そ、そうですか? ひよりさんの水着もシックで素敵なの」
    「えへへ。あまり着ない色だけど、こういうのも良いよね。じゃ、行こ!」
     外で待っていた神羽・悠と関島・峻は、二人の姿を見るなり照れたように視線を泳がせた。
     青いビキニの香乃果に、黒いワンピース水着のひより。普段は可愛らしい服を好む二人だけに、今日は一段と眩しい。けれど二人とも泳げないのか、大きな浮き輪を持っている所まで一緒なのは微笑ましかった。
     ひよりの視線も悠の腹部に向かう。普段なら絶対しない筈の炎模様のタトゥー。パーカーも炎をイメージし、水着も新調され気合の入った様子。少し気恥ずかしそうな彼に、ひよりはカッコいいねと微笑んだ。
    「悠は泳ぐの得意? わたしね……あまり泳げないの」
    「もっちろん! 泳ぐのだって走るのだって得意だぜっ!」
     豪快に海へ飛び込んだ悠を追って、浮き輪でぷかぷかと波にゆられながら、何とか悠の元へ。今にも広い海へ投げ出される気がして、ひよりは思わず悠の手をぎゅっと握った。
     怖いから離れないでね――か細い囁きに、悠はなるほど、と頷く。
    「じゃあ、この手はぜってー離しちゃいけないわけな」
     急に手をひかれ、ひよりはきゃっと声をあげた。けれど、握り返された掌は強く繋がったまま。
    「だいじょーぶ! 例え溺れそうになったって、俺がスグ助けるしっ! だからさ、笑って楽しもうぜ! いい想い出になる様にっ!」
     ぱあっと輝く頼もしい笑顔を見れば、不安もたちまき吹き飛んでいく。ひよりは沖の方へ泳ぎだした。本当はちょっと怖いけど――悠と一緒なら、大丈夫だって知ってるの。
     一方。
    「波が……し、沈……」
     指導の甲斐なく、見事に転覆した香乃果。峻は血相を変えて海へ飛び込んだ。だから言ったのに。もっと浅瀬で泳げって――。
    「し、峻さん有難う……海強敵でした……」
    「あ、あまり水着姿で引っ付くなよ……」
     ぐったりした香乃果が身体を預けてくる。無意識なのだろうが、罪深い。砂浜では林檎の誘いに乗ったミレーヌ、敬厳、イヴのビーチボール勝負が白熱していた。飛んでくるリンゴ型ボールを避けつつ、峻は香乃果を運ぶ。
    「遭難ですか? 炬燵テントは倒れた方を休ませたりもできます。便利ですね」
     テントに戻ると、暑さに負けた炬燵と乙彦がだらだらしていた。覇気のない二人とは対照的な美紗緒のはしゃぎ声が、海の方から聞こえる。
    「すごいよこま! 有明海とは違って海が青いよ!」
     有明海は珍味沢山とれるしムツゴロウも食べれるし(フォロー)というのはさておき、夕方まで遊んだ後は夕食のカレー作りだ。持ち寄った器具と材料を並べ、協力して調理開始。
    「バーベキューを希望されていた美紗緒さんのためにも、お肉をたくさん入れましょう」
    「やったー! あ、ボクもお肉持ってきたよ、入れていい?」
    「ええっ。野菜も食べてくださいね!」
    「タマネギを刻むのは任せてちょうだい。ゴーグルをつければ涙が出ないんだって」
     敬厳と美紗緒が肉を切り分けている間に、海水浴用ゴ-グルを装備したミレーヌは鮮やかに玉ねぎを刻んでいく。刃物の扱いは慣れたもの。切れた玉ねぎは肉や野菜と一緒にじっくり炒め、コクと甘みをプラス。
    「あの、良かったらこれをどうぞ。地元の青森県産のリンゴなんです」
     味付け担当の香乃果へ、林檎がすりおろしたリンゴを手渡す。控えめな林檎だがご当地のリンゴアピールは忘れないちゃっかりんごだ(ややこしい文)。ひよりが炊いたご飯にできたカレーをたっぷりかけ、いただきます。
    「カレー大好き! 飯盒で炊いたご飯って好きなの。おこげも美味しいよね」
    「凄い肉感だ……おお、隠し味のリンゴも利いているな」
     星空の下、皆で作ったカレーを、運動の後に食べる。五倍も十倍も美味しくて、多めに作ったカレーもすっかり空になった。

    ●3
    「豪華な打ち上げ花火も良いが、手持ちの物も風情があって好きなんだ」
    「手持ち花火、うちも好きよ」
     広げた花火を覗く友人の珍しい装いに、つい目がいく。膝丈ワンピースにレースのボレロとサンダル姿の御舘田・亞羽は、おかしないやろかとはにかみながら乙彦に微笑んだ。似合っている、と笑み返し、ススキ花火に火を点ける。
     色鮮やかな火花が、闇に弾ける。ふと隣に目を向ければ視線が交差して、にっこりと笑いあった。
    「あっちゃんのも綺麗だな」
     二人きり、波と花火の燃える音を聴きながら、静かに過ごす時間は不思議と心地良い。彼女はどうだろう――乙彦が顔を上げると、亞羽も穏やかな笑みを浮かべていた。炎に照らされた二人の表情は、同じ顔。
    「素敵やわ。誘ってくれはっておおきにね、おと君」
    「こちらこそ。好い夏の思い出を有難うな」
     花火の輝きを遠くに望みながら、香乃果は素足で波を楽しむ。星空に見つけた流星を指すと、峻は咄嗟に『金』と呟いた。いつも通りな姿に苦笑を零しながらも、香乃果は星を探し続ける。
    「あのね、恋人岬で話した事は少しだけ……本当。今日も一緒に過ごせて嬉しいの」
    「……え」
     峻はまた、ぐらりと眩暈を覚えた。香乃果も頬の熱さを夜に隠して、また空を指さす。今は、星に感謝したい気分。
     願い事を三回言えなくても、煌めく光は幸せを届けてくれる。一瞬で消える流星を一緒に見付けられる――それは、とても幸せな事だから。
     夜も更けた佐渡島の海に、線香花火の灯りがゆらりと揺れた。美紗緒が見あげた空には、美しい星が数え切れないほど瞬いている。見て、故郷の空みたい――美紗緒がそう呟くと、こまも一緒に空を見あげて微笑む。流れ星がまた一つ。ゆっくり、ゆっくり、夜は流れていく。

    「炬燵テントは夏の夜の蚊からソウルボードに侵入しようとするシャドウまで防ぎます」
    「余った氷で氷枕を作ったわ。良かったら使ってちょうだい」
    「炬燵さん、ミレーヌさん、サバイバルの達人みたいです!」
     いよいよ就寝だ。クーラーボックスの氷を利用して作った特製氷枕は、ひんやりとして気持ちいい。遊び疲れて泥のように眠った一行は翌朝、朝陽の眩しさで目を覚ました。二日目のイベントは最後の仕上げ、スイカ割り大会だ。
    「スイカはたくさんあるからね、どんどん割ってね。はい、右に十回、左に十回回ってー。ぐーるぐーる」
    「きゃー!」
     大会を仕切りだしたミレーヌに回されたひよりは、悠達の応援を受けながらふらふらと進む。思い切り棒を振り下ろしたものの、返ってきたのは固い地面の感触。お手本を見せてあげるわと、ミレーヌが自ら立ち上がる。
    「ふっふっふ、私の心眼にかかればこの程度……見えたっ!」
     裂帛の気合と共に振り下ろした棒は、地面に当たって折れた。
    「……あ、あら? 今のは無しよもう一回」
    「さあ、イヴさん。昨年のリベンジです!」
    「はいっ。去年は知らない方にぶつかってしまいましたから、頑張ります!」
     敬厳はイヴに新しい棒を手渡した。決意を秘めて歩きだしたイヴは、相変わらずあさっての方向に歩いていく。ああ助けたい、だがここは心を鬼にして。ぐっと合掌し、敬厳は無事の成功を祈った。すると想いが通じたのか、イヴがスイカの方へ歩き出し――。
    「きゃー!!」
    「ああっ、イヴさーん!!」
     スイカにつまずいて転んだ。敬厳もさすがに見ていられず、一目散に走りだす。
     上手く割れなくても良いの。みんなと一緒にわいわいするのが楽しいから――ひよりの言葉通り、砂浜には笑い声が響き続けた。敬厳と林檎が割ったスイカを皆で食べているうち、海風から熱がひいた事に気づく。様子を見に来た近所の子供達が、砂浜に転がる大量のスイカに目を丸くしている。
    「……しまったわね。熱波が去って気温が下がっても、結局暑い事に変わりはないじゃない」
     空のクーラーボックスを覗き、主催者ミレーヌは額の汗を拭く。これも、日常を取り戻した証だ。滞在時刻ぎりぎりまで大スイカ割り大会を運営した一行は、やりきった笑顔を残し、佐渡の海を後にした。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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