「この暑さ、どうにかならんものか」
そう呟くのも無理はない。
住民が住まう佐渡ヶ島では、40度を超える熱波に覆われていた。
流れる風も、暑さで涼しさの欠片もない。
「そういえば、聞いたか」
「何をだ」
麦茶を喉に流し込み、ちらりと友人を見やる。
「佐渡銀山の話だよ」
「ああ、聞いた聞いた。あれだろ、廃坑に変な植物が繁殖して、緑で埋め尽くしてしまっているっていう話だろ」
「廃坑で植物って、どんだけ生命力強いんだよ」
「根性入ってるわ」
「根性はいってるっていえば、この天気もだけどな」
「ああ、それには同感だ……」
2人は残った麦茶を一気に飲み干し、力なく溜息を落とした。
「それでは始めます」
斎芳院・晄(大学生エクスブレイン・dn0127)が、黒革のファイルを手に説明を始めた。
「北陸地方の佐渡ヶ島で異常な熱波が発生し、佐渡金銀山の廃坑ではアガルタの口と化そうとしていることが判明しました」
アガルタの口は、軍艦島攻略戦で島地下に出現した密林洞窟です。
「今回、この事件を解決すべく、佐渡ヶ島で臨海学校を行うことが決まりました」
「やったね、臨海学校だよ」
御門・薫(藍晶・dn0049)は笑顔を浮かべる。
「先に、事件を解決してからになりますが」
晄が薫に釘を刺す。
「それは勿論、協力して行うよ」
「ダークネスの移動拠点となった軍艦島ですが、もしかすると佐渡ヶ島に近づいてきているのかもしれません。放置しておく訳にはいきません。もし放っておけば、佐渡ヶ島全体が第二の軍艦島になってしまうかもしれませんから」
北陸地方周辺で発生していたご当地怪人のアフリカン化の事件は、このことが原因かもしれません。
「皆さんには、佐渡ヶ島の廃坑内を探索し、アガルタの口を作り出している敵の討伐をお願いします。その後、軍艦島の襲来に備え、佐渡ヶ島の海岸でキャンプを行ってください」
アガルタの口を作り出している敵を討伐しても、24時間の間は佐渡ヶ島は40度以上の熱波が続きます。
海水浴にはうってつけですね。
それに、佐渡ヶ島に多くの灼滅者が集まっている姿を見れば、軍艦島のダークネス達も計画の失敗を悟って、撤退していくでしょう。
「後半の楽しみを満喫するためには、まずはアガルタの口を制圧が必要です」
佐渡ヶ島の廃坑は無数にあるようです。
皆さんには、そのなかのひとつをお願いします。
「廃坑最奥にスイカ畑は広がっており、その場所で育ったスイカから、スイカ型眷属が数多く生まれ続けています」
「スイカ型なんだ。スイカって、模様が濃い方が美味しいって聞くよね」
「眷属化する前のスイカは、普通に食べられますよ」
「そうなんだ」
「そのスイカ型眷属ですが、緑と黒の縞模様に、目と口をつけて浮遊しています」
ハロウィーンのスイカ版といった所か。
大きさは大ぶりのスイカほど。
「浮遊しながら移動し、大きく口を開いて噛みついてくるようです」
敵としての強さですが、それほど強くはありません。
ですが、なにぶん数が多いです。
廃坑奥にいるスイカ型眷属を全滅させることができれば、廃坑のアガルタの口化を阻止することができます。
佐渡ヶ島のアフリカ化が阻止され、気温が普通の夏の気温に戻れば、臨海学校の終了となります。
「純粋に臨海学校が楽しめないのは残念ですが、それもダークネスの陰謀ならば仕方ありません。アガルタの口の制圧を行った後、存分に臨海学校を楽しんで下さい」
佐渡ヶ島ですが、熱波で覆われているため、水分補給をこまめにしたほうがいいでしょう。
灼滅者の皆さんなら、熱中症になることはないと思いますが、喉は渇くでしょうから。
海水温度ですが、急激に温度上昇したこともあり、海水の方はそれほどあがっていません。
海水浴にはちょうどといったところですね。
「それでは、いってらっしゃい」
晄は、そういって笑顔で送り出したのだった。
参加者 | |
---|---|
両角・式夜(絞首台上の当主・d00319) |
陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760) |
秋津・千穂(カリン・d02870) |
エウロペア・プロシヨン(舞踏天球儀・d04163) |
有馬・臣(ディスカバリー・d10326) |
檮木・櫂(緋蝶・d10945) |
杠・嵐(花に嵐・d15801) |
片桐・巽(ルーグ・d26379) |
●廃坑で
まず口にしたのは、暑いという言葉だった。
「流石にこの暑さは嫌になるね」
陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)は冷えたボトルで涼を取り乍ら呟いた。
「毎年、臨海学校の時期は忙しないですね」
お楽しみの時期にやってくる敵には、空気を読んで大人しくしていて欲しいと今更ながらに思う有馬・臣(ディスカバリー・d10326)だ。
「これ以上暑いのは勘弁。皆でタノシイ夏で、シメなきゃな?」
「そうだよね」
杠・嵐(花に嵐・d15801)の言葉に、御門・薫(藍晶・dn0049)が同意する。
「まずはスイカ型眷属をやっつけないとね?」
両角・式夜(絞首台上の当主・d00319)は、エウロペア・プロシヨン(舞踏天球儀・d04163)の頬に髪が一筋掛かっているのを、指で優しく耳の後ろへと流す。
「食べられぬのが、何とも残念な事よの」
「眷属化する前のスイカは、食べられると言っていましたね」
片桐・巽(ルーグ・d26379)は、艶やかな微笑を刻み安心させる。
「スイカ割りには困らぬと言う事じゃな」
廃坑の入口に立つと熱気が肌を嬲る。水筒や汗を拭く為のタオル等を用意しておいて正解だった。
廃坑入口で巽はアリアドネの糸をを使い、赤い糸を作り出した。皆の目にも見える糸は、入口地点と巽の足を繋ぎ、迷子になるのを防ぐのだ。
「迷子で脱水をして枯れるのは御免ですからね」
「暑さ対策と楽しい臨海学校の為、いざ!」
秋津・千穂(カリン・d02870)は、シュールな光景が広がって居るのではないかと想像していた。
「足元には十分に注意を」
檮木・櫂(緋蝶・d10945)が、仲間に用心を促す。
各々用意して来た明かりで照らし、慎重に進んでいく。
廃坑内は緑の蔦で彩られていた。生命力逞しく勢力範囲を出口近くまで伸ばして来ているのが分かる。
蔦の先まで枯れる事無く青々としていた。
今にも蔦が動き出しそうだ。
蔦の密度が高くなっている方へと向かう。
静かな筈の廃坑内は熱気で充ち、開けた場所にはスイカ畑が広がっていた。
蔦と葉の生い茂る緑の中に、緑と黒の縞模様が覗いている。
そんな中をスイカがヘリウムガスを満たされた風船の様に、浮かんでいた。
全体的にスイカ畑より、一回り広く散っている様だ。
自分達の縄張りに入って来た灼滅者達の方へ、一斉にスイカ型眷属が振り向く。
大きなつり上がった目に、山形の歯がカチカチと威嚇する。
「また愉快な…」
怖いと言うよりは、真夏のハロウィーンバトルパーティといった風情だ。
巽は邪魔にならぬ様に眼鏡を外し、右手親指の指輪に誓いの口づけをする。
「誰が多く割るか競争な」
嵐がスイカ型眷属を差し微笑む。
スイカの果汁が飛んできても良い様に、皆水着姿だ。
果汁が掛かれば後で水や海に入って仕舞えば、直ぐに洗い流せる。
「納涼スイカ割り大戦争はっじまーるよー!」
式夜が交通標識の死出灯篭をを赤く変化させ、振り抜いてスイカ型眷属にぶち当てた。
浮かんでいたスイカ型眷属は、加速と衝撃を喰らい、緑と黒の縞模様の球体を破裂させると、中身の赤い果汁は飛沫となって拡散する。
スイカの瑞々しい匂いが漂う。
霊犬のお藤には、仲間が怪我をすれば癒す様に頼む。
尻尾を振り応えた。
「先ずは数を減らすのじゃ」
エウロペアは優雅さを感じさせる所作で縛霊手の内蔵祭壇を展開し、結界を作り出す。
スイカ型眷属がスイカ畑に落ちる。
ウィングキャットのエイジアは、肉球パンチでスイカ型眷属を仕留めた。濡れた手が気持ち悪いのか、スイカの汁で濡れた手を振って、汁気を飛ばす。
「落とし放題だね」
(「美味しそうな匂い」)
瑛多はお腹がぐうと空腹を訴えるのを我慢しながら、縛霊手の内蔵祭壇を展開し、結界を作り出す。スイカ型眷属達が転がっていくのを見届けた後、次の標的へと目を向けた。
太り気味なウィングキャットのスイカは、瑛多の狙った近くのスイカ型眷属に猫魔法をぶつける。
仕事をしたとスイカは、ぶにゃーんと啼いた。
千穂はWOKシールドのシールドを広げ、前衛で戦う仲間にまで守りの力と、良くない効果から抗う為の耐性を高める。
霊犬の塩豆が黒豆柴の小柄な身体で、弾丸の様に駆けた。
口に咥えた斬魔刀で、スイカ型眷属が真っ二つに切り分けられ、畑に落ちる。
もう一度斬魔刀を軽く振ると、刃についた滴が振り飛ばされた。
塩豆はくるりと丸まった尻尾を振り、千穂の方を見やった。
「焼きスイカは美味しいのでしょうか」
そう言いながら臣が魔導書から力の一端を引き出し、物質破壊する禁呪を具現化する。スイカ型眷属が連鎖爆発を起こす。
焼けた事で強くスイカの匂いが漂う。
「果肉がふやけて美味しくなさそうだね」
残った残骸を見て薫が呟いた。
矢張りスイカはそのままか、冷やして食べるのが一番のようだ。
「無事なスイカを破壊しないようにしないとね」
巽は身体を纏っていたサイキックエナジーを両手に集め、スイカ型眷属に放った。
スイカ型眷属の皮表面を穿つと、続いて果汁を大気に散らせて落ちていく。
嵐は妖の槍を螺旋を描く様に回転させ、鋭さを増した切っ先で敵を穿つ。
「無くなった」
スイカ型眷属を穿ったと思ったら、回転したままの切っ先が内部を一瞬で削りきり、破裂したからだ。
「これ食べられたらいいのに…本当に残念」
美味しそうな匂いが漂う中、櫂は惜しそうに呟く。
縛霊手の慈愛神が内蔵する祭壇を展開させ、結界にスイカ型眷属を閉じ込め攻撃する。
ゆらゆらと揺れ、動いていたスイカ型眷属が跳ねて爆ぜた。
「えいっ」
マテリアルロッドから魔力を引き出し、薫は雷の術を編み放つ。
雷の軌跡が生まれた。
スイカ型眷属が真っ二つになり、畑に落下する。
畑の足元は、赤い果汁で甘い香りが漂う。
残っているスイカ型眷属が浮遊して近づいてきた。
歯を鳴らして守りの力を高めている瑛多と千穂、お藤とスイカ、エイジアに群がっていく。
鳴っていた音が、ガブガブと肉にかぶりつく音に変わる。
「確り歯形ついた!」
後で治して貰おうと、瑛多は思う。歯形くっきりで海を泳ぎたくないと。
「秋帆くんに見せられないわ」
千穂は幾分怒ったのか、攻撃の手が苛烈になった。
お藤とスイカ、エイジアは毛皮がある分、歯形は目立ってはいなかったが、やや勢いがない。
スイカが大口を開けて噛みついたのだから、驚きもするだろう。
怖がるといった事はないので、スイカ型眷属に怯まずに向かっていく。
半数近く倒している現状、余裕はあった。
この調子で叩けば、それほど時間は掛からないだろう。
「撃つべし撃つべし撃つべし!」
「舞えよ真紅の飛沫! 砕けよ暗緑の鎧装! スイカ無双じゃ、フフーゥ!」
式夜がテンション高めで向かって行けば、エウロペアも負けじと攻撃を仕掛けた。
スイカの果汁の舞う中、最後のスイカ型眷属が落ちた。
「一番多く倒していたのは、千穂かな。塩豆の分も入れてるから」
「塩豆、頑張ってくれてたものね」
嵐の言葉に千穂は嬉しそうに笑みを浮かべ、塩豆の頭を撫でる。
塩豆が尻尾を激しく振った。
腕についていた歯形も綺麗に治して貰うと、気分も上向きになる。
「スイカ割り用に頂いて参りましょうか…」
巽はべたべたする手をハンカチで拭くと、眼鏡を取り出して掛けた。
「そうですね」
スイカ畑を見渡し、臣は比較的綺麗なスイカがある場所を見つけると、収穫しにいく。
必要な分だけスイカを収穫すると、アリアドネの糸を辿り、廃坑の入口に戻っていったのだった。
●海辺で
海辺に到着し、本来の臨海学校が始まると、やろうと行く前に決めて居た事を実行していく。
瑛多は早速魚釣りに取りかかる。スイカはむっちりとした身体を横にして、脚を投げ出している。
暫く静かに釣り糸を垂らしていると、疑似餌を引っ張る感覚があった。
「お、引いた?」
釣れていますようにと願い乍ら、リールで糸を巻き取る。跳ねる魚が海から現れた。
「上手くいった」
焼き魚をメニューに加えられそうだと、瑛多は笑顔を浮かべた。
「海じゃー! わらわは獲るぞ、海の幸を!」
白のセパレートと青のパレオ姿のエウロペアは振り返り、エイジアを式夜の浮き輪に摑ませる。
「さて、何が獲れるかのう?」
そう言って水中呼吸を使い、人魚のように自由自在に泳ぎ回り始めた。
「エウロペは元気だなぁ」
エイジアを預かった式夜は、遠くに見えるエウロペアの姿を見ながら、呟く。
大きめの浮き輪で、ゆーらゆらと漂い、まったりとした時間を楽しむ。
周りではお藤が犬かきで泳いでいる。
式夜の浮き輪を掴む手が海から現れた。
「わっ!?」
「…獲ったのじゃー!」
白い肌に青髪を纏わりつかせて、現れたエウロペアは銛と網の袋を手にしていた。
「び、ビックリしたよ。俺の人魚姫」
「ふふっ」
驚かせられた事を嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そこに海があるなら、泳ぐしかないわ」
道具を運び終えて、向かうは海。
「突然ですが、どちらが早いか競争しましょ!」
煌めく海に飛び込んで行く千穂の眩しい姿に、秋帆のテンションは最高潮だった。新調したという水着は、繊細な身体を飾り、くびれや伸びやかな手足を綺麗に見せていて、間近でガン見して、ついでに触れて見たいと思わせる。
「ヤバい。可愛い。知ってた。そのビキニに免じて勝負は譲、ろうと思ったけど、全力で勝ちに行く…!」
千穂を追いかけ、海に入ってあっという間に追い抜いて、ゴール地点まで到達したのが見えた。
「物凄くガチだわこの人。勝てないー」
秋帆は先回りしたゴール地点で腕を広げて待っていた。
(「さあ来い! 俺の胸にばっち来い!」)
避けられても挫けない、泣かない心意気で待ち構える。
圧倒的差を見せつけられ、千穂がゴールしたのは、秋帆の腕よりも前の熱い砂浜。顔面突撃した顔は勿論熱い。
「ぶはっ! ああ夏の包容が熱いー。あら秋帆くん、勝利の嬉し泣き?」
「…うん、そう」
(「何という生殺し…!」)
でも、千穂の笑顔で許してしまうのだ。
「模様が濃い個体が美味しいと仰っていましたっけ。叩いた時の音でも見極められるようですが、わかるでしょうか」
水着姿の臣は日陰で氷水をいれた器にスイカを入れて冷やす。
1個ではなく、複数だ。
薫が水の中に浮かぶスイカを指で弾く。
「指で弾いてポンポンと澄んだ音が鳴る物が美味しいみたいだよ」
臣は水分を摂取し、肌を撫でる風が止まると、扇子で扇ぐ。
「日陰に居ても扇子であおいでいても、何をしていても暖かいですね」
「海の中以外は暑いみたい」
泳いできたらしく、直ぐに乾いてしまう気候に改めて驚くしかない。
「扇風機やエアコンの有難みを理解できました」
「スイカの周りは涼しいね。氷水のお陰かな」
「そうでしょうね」
海の方を目を細めて見やり、臣は頷く。
もう少し陽射しが優しくなれば、海に浸かろうと思う。
巽は食料採取に向かった仲間を見送り、調理の準備に掛かる。
得意分野で貢献出来ればと考えていた。
どちらかというと、採取よりは準備作業の方が向いていると思うのだ。
戦闘以外でも補佐をしている事が多く、すっかり身についているようだ。
持参した甘味や調味料は、直ぐに使えるようにしておく。
櫂は黒のビキニとショートパレオ。肌には日焼け止めは念入りに塗り込んで、夏の陽射し対策は万全だ。
「海だし、シーフードカレーよね」
「そうだな。食材を生かした料理にしたい」
嵐は白地に花が付いたビキニで清楚な中にも華やかさがある。
野菜を切って下拵えを手伝う。
バーベキュー用の串に具材を刺していく。食べ盛りが多いので、数も多い。
手分けして行う。
瑛多とエウロペアが採取してきた海の幸をふんだんに取り込んで、調理していく。
ご飯の用意は千穂と秋帆が引き受けてくれた。秋帆が昔家族で良くしたのだという。
出来上がると、巽が料理番を引き受けてくれたので、櫂と嵐はスイカ割りに参加する為に仲間の元に向かった。
砂浜に設置されたスイカ。櫂は自信満々で挑む。格好悪い所は見せられない、そう思って居たが、目隠しされて回されて仕舞うと中々方向が掴めない。
「右だ、右」
冬崖が櫂を誘導する。朔之助が逆の方向を言っている。ここは冬崖を信用して、歩を進める。上手くいっている気がする。
此処だと、一気に振り下ろす。何か当たった音がした。
「当たったの?」
目隠しを取り、確認する。
「次はあたし」
嵐は仲間の声を頼りに勢いよく棒を持ったまま進んでいく。
「どこらへん…」
「あ、そっちじゃない…」
葵がハラハラしながら、嵐の近くにいく。海の中に入り込んで仕舞っている。
「嵐、僕だよ」
目隠しを取り払い、手を繋ぎ皆の居る方へと戻った。
「嵐ちゃんに小鳥遊くんのカッコいいとこ見せてぇぇ」
裏声で応援する司の声を背に、葵が歩を進める。スイカ割りは初めてだったと気づく。
「右だ! 左だ! 左右だ!」
冬崖の声も同じ様に言っている。
「どっちなの嵐」
葵は嵐に惑わされて、よろよろと歩いていく。
「ここか」
振り下ろした棒は砂の気配。ならば此処だと思いっきり振り下ろす。声が遠い気がする。
「あれ」
目隠しを取り、皆の所に戻っていく。
今の所上手くいってるのは櫂だけだ。中々の難易度だ。
お次は冬崖。ラグビーで鍛えた感覚能力とパワーでスイカを食べて貰うとしよう。
「あーやべぇ」
頭がくらくらして砂の上に転がる。何とか起き上がり、皆の声に従い進む。
「巨勢とか割ったら、スイカ粉砕つか霧散とかしない?」
「先輩、数秒遅かったっす」
粉砕霧散したスイカの残滓を浴びて朔之助が司を見やった。
司の番になると、うろうろとして大振り。声援と誘導する声に応え、勢いよく此処だと決めて振り下ろした。外側に当たっていて、ヒビが入っていた。スイカは重力に負け割れた。
「小さいのでいいよ」
不得意ながら割れたのは僥倖。種を飛ばして食べてみたかったのだ。
朔之助は自分がまともな指示を出して居なかったので、疑心暗鬼に駆られつつ歩を進め、男性陣と同じ位の威力で棒を振り下ろしていた。
比較的に形の残っているスイカで早食い競争が発生。
殆ど冬崖と朔之助の一騎打ちだった。
櫂はその一幕をカメラに収め、集合写真も撮ろうと誘った。
食事時の賑やかな時間が過ぎ去り、静かな夜の時間。
食後の焼きマシュマロの甘い香りが微かに残っている。
先ずは筒花火やロケット花火、打ち上げ花火や吹き上げる型の花火と派手な物が夜空を彩る。
「いやー、いい夏だね」
「ターヤマー!」
「逆、逆」
「まちがったかの…」
「楽しければ良いと思うよ」
「花火の彩も、朝日も、漣の音も、凄く綺麗」
千穂が綺麗にフレームに収まっている。その画像一つ一つに消えない様、秋帆はロックを掛ける。
「こんなに綺麗なのは、お前が映ってるせい?」
冗談めかして言う秋帆に千穂はふわりと微笑む。
「…綺麗なのは、そうねー、ひとりじゃないから、かしら?」
巽が花火に薫を誘う。
「一つ如何でしょう?」
「やりたい!」
派手目な手持ち花火から、清楚な線香花火まで楽しんだ。
花火を終えたら、星空を静かに観察するのも良いだろう。
島に来たときよりも若干マシになった気温の中、砂の中に埋もれた貝殻を探す。
掌から砂がさらさらと落ちていく。残ったのは小さな貝殻。
(「可愛い桜貝。杠にあげようか」)
喜んでくれるだろうか。
「杠が貰ってくれると嬉しいわ」
櫂は指で摘んだ小さな桜貝の貝殻を嵐の掌に乗せる。拾うと幸運がやってくると言われる桜貝の貝殻。薄いピンク色は、自然が作り出した優しい色合いだ。
「…ありがと」
嵐は嬉しそうに贈り物を眺める。自分も櫂にお返し出来るような貝殻を探す。
自然と話題になっていたのは、互いの恋人の事。櫂の恋人は冬崖で、嵐の恋人は葵。冬崖と葵はお互いを相棒だと認める相手だ。男同士の友情は特別な物なのだろうかとか、最近の恋人の事を口にして、普段見せない姿を恋人の前では見せていたりしている事を知ったりして。
勿論、女の子同士の会話は恋人には内緒だ。
「見つけた」
嵐が見つけたのは、櫂がくれた桜貝の貝殻。幸運がやってくるのなら、自分だけではなく櫂にも訪れて欲しい。
「受け取ってくれる?」
「勿論よ。ありがとう」
式夜はエウロペアの手を引いて、静かな夜空へと連れだってやってきていた。
「まるで降ってきそうな程の星空よ…!」
「確か、前に一緒に臨海学校行った時も最後に星見たっけなぁ」
「昨日の事のように思い出せるのじゃ」
(「あれから変わったのは、こ奴の事が前よりも愛しくなったとか、のう?」)
見ているのは空の星々だけだと、式夜は甘えたい気持ちに素直になる。忙しくて荒んだ気持ちをエウロペアで満たしたい。初めは指に、次は額に、啄むような口づけを落とす。
「何じゃ、くすぐったいのう」
「んー? ただじゃれるだけってのも大事かと思ってねぇ」
「ずるいぞ、わらわからもお返しじゃ! 目を閉じるのじゃ」
唇に触れる柔らかな感触に、式夜は自然と笑みが浮かぶ。
瞼を開くと、照れた表情を浮かべ微笑むエウロペアがいた。
年を経るごとに深まる気持ちと、成長をもたらしているよう。
冴え冴えとした星々を煌めかせて、様々な思いを胸に夜は更けていく。
作者:東城エリ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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