臨海学校2015~海と廃坑と時々スイカ

    作者:緋月シン

    ●熱波に沈む島
     新潟県佐渡市佐渡ヶ島。
     夏の日差しが周囲を焼く中、少年達は突っ伏すようにして地面に転がっていた。絶賛夏休み中の毎日ではあるが、それを満喫している様子はない。
     だがそれも当たり前のことだ。幾ら夏休み中とはいえ、ここのところずっと四十度を超える熱気にこの島は覆われているのである。楽しむよりも暑くて何もやる気が出ない、というのが彼らの偽らざる本音であった。
    「これなら学校行ってた方がマシだな……」
    「クーラー利いてるしな。つかこの気温で節電のためにクーラー使わないとか馬鹿だろ」
    「まったくだな。ったく、自分達は涼しいとこで仕事してるからって気楽なもんだぜ」
     しかしどれだけ愚痴を言ったところで現状がマシになることはない。むしろ暑い暑い言ってれば余計暑く感じてしまうだけだ。
     だがこの中で動くのはやはり馬鹿らしく、となれば出来ることは口を動かす程度しかない。
     さて何か気分転換にでもなるような話題でもあったかと考え、ふと少年の片割れはとある噂話を思い出した。
    「そういえば、あの話知ってるか?」
    「ああ、あれな。知ってる知ってる。あれだろ、あれ……で、どんな話なんだ?」
    「知らねえんなら最初から知らねえって言えよ」
    「細かいことは気にすんなって」
    「ったく……まあ、つってもあんま面白い話ってわけでもないんだけどな。ほら、佐渡金銀山ってあるだろ?」
    「ああ、あれな。あれだろ、あれ……いや、今回はちゃんと知ってるぞ?」
    「そこはさすがに疑ってねえよ。んでだな、何でもそこの廃坑が謎植物でいっぱいになってるらしいぜ?」
    「何だよ謎植物って」
    「さあな。俺もそう聞いたってだけだし」
    「というか、本当に特に面白くもないな……廃坑ならちょっとぐらい変なのがあってもおかしくないだろ。まあ、それでもいつもなら暇つぶしついでに行ってみてもよかったけどな……」
    「この暑さじゃな……」
     結局そこに戻ってきてしまい、その話もそれ以上は特に気にすることなく、少年達は暑い暑いと繰り返し呟くのであった。

    ●臨海学校
    「というわけで、臨海学校よ」
     いや何で今の話からそこに繋がるんだ、とでも言いたげな視線を向けられたが、四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそっと視線を逸らした。
     まあ、あれだ、毎年恒例となりつつあるというか……いつものことである。何事も諦めが肝心だ。
     ともあれ。
    「北陸の海岸に近い街でも、最近気温が急に上がったり、事件が起こっていることは知っている人も居るとは思うけれど、佐渡ヶ島でも異常な熱波が発生しているみたいね。それに伴ってこちらも事件が起こっているのだけれど……事件そのものはそれらとは異なるわ」
     ――アガルタの口。
     その言葉に覚えのある者は、居るだろうか。
     そう、以前の軍艦島攻略戦の際に、軍艦島の地下に現れた謎の密林洞窟の事だ。佐渡金銀山の廃坑が、そのアガルタの口と化そうとしているらしい。
    「臨海学校が急遽佐渡ヶ島で行われる事になったのは、この事件を解決する為、というわけね」
     今回の事件の原因として考えられるのは、ダークネスの移動拠点となった軍艦島が、佐渡ヶ島に近づいてきているのかもしれない、ということだ。このまま放っておけば、佐渡ヶ島全体が第二の軍艦島になってしまう可能性すらある。
    「先日の事件も、それが原因かもしれない……というか、その可能性が高いでしょうね」
     少なくとも、何もせずにいたら周囲への影響も含め碌でもないことになりそうなのは確かだ。
    「皆には、佐渡ヶ島の廃坑を探索して、アガルタの口を作り出している敵を撃破、その後軍艦島の襲来に備えて、佐渡ヶ島の海岸でキャンプを行って欲しいわ」
     そしてそれが今回の臨海学校ということになるだろう。
     ただ勿論のこと、何も敵を警戒してジッと待っていろ、ということではない。余計なことが紛れ込んでいるとはいえ、臨海学校であることにも変わりはないのである。
    「アガルタの口を作り出している敵を撃破しても、二十四時間の間は佐渡ヶ島は40度以上の熱波が続くから、海水浴にはもってこいでしょうね」
     待機の間は、臨海学校らしく遊んでいても問題はない、ということだ。
     それに、佐渡ヶ島のアガルタの口を作り出している敵が撃破され、佐渡ヶ島に多くの灼滅者が集まっている事を知れば、軍艦島のダークネス達も計画の失敗を悟り撤退していくだろう。
    「まずはアガルタの口を制圧して、その後で臨海学校を楽しみつつ、軍艦島の接近に備えてちょうだい」
     今回向かう先は、先に述べたように佐渡ヶ島の廃坑となるが、そこに居る敵というのは、スイカ型の植物形眷属、である。
     スイカ型の眷属は、そのままスイカの果実に目と口が付いており、浮遊しながらガシガシ噛み付いてくる、といった感じだ。一体一体はそれほど強くないが、数が多いために油断は禁物である。
     ちなみに、廃坑は無数にあるため、他の灼滅者達と遭遇することはないだろう。それぞれで別々の廃坑を探索することになる。
     そうして無事にスイカ型の眷属を全滅させ、廃坑のアガルタの口化を阻止し、気温が普通の夏の気温に戻ったら、臨海学校は終了だ。
    「ああ、そうそう、先ほど海水浴と言ったけれど、気温上昇が急激であったために、海水の温度はそこまで上昇していないみたいね」
     そういう意味でも、海水浴には適しているようだ。
    「まあ何にせよ、精一杯頑張った後は、同じぐらい楽しんでくればいいと思うわ」
     最後にそう言って、鏡華は灼滅者達を見送ったのであった。


    参加者
    天城・兎(赤狼・d09120)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)
    葛葉・雅(闇夜の祝詞・d14866)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    月岡・悠(銀の守護者・d25088)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)

    ■リプレイ


     夏というだけでは説明の付かない日差しに肌を焼かれながら、九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)は溜息を吐き出した。
    「臨海学校ってのも、そう簡単に楽しむわけにはいかないんだな……」
     嘆くように空を見上げるも、太陽は変わらずにそこにある。麦わら帽子をさらに目深に被るも、大した効果は得られないようだ。
     暑すぎるのが苦手な晶にとっては嫌がらせにも等しい状況だが、言ったところでどうにかなるものでもない。
    「んーむ、熱波にスイカ眷属か。なかなか穏やかな臨海学校とはいかないものだな」
     そんな中で、そう言って肩を竦めたのは、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)である。
     折角佐渡島にきたというのに、といった感じではあるが、勿論意味もなくこんなことをしているわけではない。
    「『アガルタの口』か……。大事になる前に補足出来てよし、としておこう」
     楽しい臨海学校になりそうだね? と、月岡・悠(銀の守護者・d25088)が口元に笑みを浮かべるが、確かにその通りではあるのだろう。
     それを各人がどう捉えるかは、また別の話ではあるが。
     そして比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)にとっては、それはどうでもいいことであった。
    「軍艦島の連中が何を企んでいるかは知らないし興味もない。ボクが癒しを得るため、スイカ割りと洒落込もう」
     ただしそのためには、この灼熱の中をまだまだ歩かねばならない。
    「あっっつい……」
     それを考えれば、そんな呟きも漏れようというものだ。
     だが言ったところで、この暑さがどうにかなるわけでもなく――。
    「泳ごう……さっさと終わらせて泳ごう」
     この後のことを考えることで、君津・シズク(積木崩し・d11222)はほんの少しだけ気分を持ち直した。
    「ふむ……見るからに暑そうだが、お茶でも飲むか?」
     と、そこにルフィアが差し出したのはペットボトルである。クーラーボックスに、予め凍らせておいた飲み物などを入れ持ってきていたのだ。
    「あ、うん、ありがとう。いただくわ」
    「うむ、遠慮しなくていいぞ。他の皆もどうだ?」
    「あ、それではいただきます。ありがとうございます」
     配られたそれらを、奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)を始めとした皆も受け取る。唯一晶だけは受け取らなかったが、それは単に自分で用意していたからだ。
    「お二人とも、準備がいいですね?」
    「俺は単に暑いのが苦手だからだけどな」
    「ふむ……まあ、探索中に熱中症になったらあれだからな。なったとしても、久々に救急処置のおさらいができるというものだが」
    「へー、そんなこと出来るんだ?」
    「うむ、任せろ。一度もやった事は無いから安心しろ」
    「欠片も安心出来る要素がない……!?」
     愕然とするシズクだが、真面目な顔をして適当なことをほざいたルフィアは何処吹く風である。
     と、そうこうしている間に如何にもといった場所へと辿り着いた。
    「あれかしら?」
    「みたいですね」
     それを目にすることで、自然とシズクの意識も引き締められる。スイカもカレーも海も好きだから、この後のことは楽しみではあるのだが……まずは、これを何とかしてからだ。
     葛葉・雅(闇夜の祝詞・d14866)が念のために百物語を紡ぎながら、ネックライトに明かりを灯す。
     皆で顔を見合わせると、頷き合い、中へと足を踏み出した。


     それぞれが用意しておいたもので周囲を照らしながら、八人は慎重に先へと進んでいく。
     その先頭を歩くのは、天城・兎(赤狼・d09120)だ。狼の姿へとその身を戻し、目を細め耳を澄まし鼻を利かせながら、周囲の警戒を行なっている。
    「ふむ……廃坑跡地内でスイカが育つと言うのも、なかなか妙な話だな」
     そんな中を、ふとルフィアが呟きを零した。
     もっとも、確かに字面だけで見るならば妙ではあるが、この状況からすると、一概にそうとも言い切れない。
     何せそこら中に謎の植物が生えているのだ。その程度のことならば、有り得なくもないだろう。
     そしてこうなってしまった手掛かりを調べるべく、悠や柩などは周囲の探索などを行なったりもしているが……それが見つかるかは何とも言えないといったところか。
     それに、ここには探索に来たわけではないのだ。
     唐突に兎が人の姿に成るが、それに驚く者はいなかった。皆近づいてきているものの存在を感じ取っていたのである。
     元からそのために来たのであれば、そこに臆す必要もなく――。
    「行くぞ清姫!!」
    「転身っ!」
     掲げたスレイヤーカードと共に、声が響いた。
     直後、その姿を見せたのは、まさしくスイカであった。目と口が付き、宙に浮いてはいるものの、紛うことなくスイカである。
     それに何も感じないと言ってしまったら嘘になるだろうが――。
    「数だけの相手なら臆することもない、とっとと終わらせよう!」
     関係ないとばかりに晶が言葉を放つのと、踏み込んだのはほぼ同時であった。銀装飾の槍――銀炎・煉槍という名のそれを振るい、穿ち貫く。
    「さて、夏らしく、スイカ割りと行こう。上手に退治出来ると良いね」
     それに続くように動いたのは、悠だ。
     澄み渡るようで優しくも、何処か妖艶な歌が紡がれながら、光線の乱射が敵を薙ぎ払う。
     そしてそこに飛び込んだのは、シズク。
    「スイカらしく叩き割られたいやつから向かって来なさい!」
     囲まれない様に注意しながらも、迷わず踏み込み、ハンマーで以ってその中身をぶちまけた。
     すぐさま別の敵が向かってくるも、一歩飛び退くことで間を置き――。
    「荒ぶる雷、魔封じの枷と化せ……」
     代わりに現れたのは、轟雷腕を用いて作られた結界。雅のそれに続き、セクメトが肉球で殴り、怯んだところに飛び込んだのは、シサリウムと化した狛である。
     見た目がシークヮーサーの皮そのままであるダイダロスベルトが、叩き込まれた。
     それは一度に複数の敵を巻き込んだものの、さすがにその全てを倒すことは出来い。が、即座にそのうちの一体へと、異形巨大化したルフィアの腕が振り下ろされる。
     ほぼ同時、真横に居た敵へと柩の腕も振り下ろされ、残った敵へと放たれるのは清姫の機銃。
     合わせて兎が地を蹴り、その足に白炎を纏う。狙うは、この場に残った最後の一体。
     振り上げ、撃ち砕いた。

     先へ進むごとに敵の数は増えていったが、逆に言うならば変わったのはその程度である。一体一体が大したことないのであれば、油断せず皆と協力していければ問題はない、ということだ。
     そしてそれは最奥、件のスイカ畑に辿り着いたところで、同様であった。
     最後の抵抗とばかりに向かってくる敵を、晶の掌から放たれた炎が焼き払う。勢いの衰えたところを狙うのは、狛のバスターホルンライフル。沖縄民謡を奏でながらビームを放ち、そこに重なるように響くのは悠の歌声。
     結界が展開され、運よく数体の敵が難を逃れるが、そのうちの一体を柩の影が掴む。飲み込み、覆い、消えた後に残されたのはスイカの残骸のみだ。
     それを飛び越え、炎を纏ったルフィアの蹴りが叩き込まれ、清姫が突撃するのに合わせて、白炎で腕を覆った兎が殴りつける。
     同時に、縛り付け――。
    「調子出てきたっ。次はフルスイングよ!」
     言葉の通りに、シズクの一撃が振り下ろされた。
     さらには、最後の一団を見据え――踏み込むよりも一瞬早く、セクメトの猫魔法と共に、雅が放出した帯が敵群を纏めて捕縛する。
     そしてそこに向けて振り下ろされるのは、再度のハンマー。もっとも、その場で振り下ろしたところで届く距離ではないが――問題はない。
    「せーのっ! ドン!!」
     叩きつけられた地面より生じた衝撃波が、一直線に前方へと向かう。それは違うことなく敵群へと叩き込まれ、その身体を粉々に打ち砕いたのであった。

     敵を倒し終わってしまえば、後に残ったのは正真正銘のスイカ畑である。
     問題なく食べられるとのお墨付きも得られているため、雅達は遠慮なく持ち帰ることにした。
     ただ、問題がなかったというわけでもなく――。
    「これだけの数……この帯で足りますかね……!?」
     勿論全てを食べるわけではないが、土産や遺留品として提出することなども考えればそれなりの数が必要だ。
    「意外と重いですね……持ち帰る手段の他も用意すべきでした」
    「わたくしも手伝うでグース」
    「ふむ、クーラーボックスに……入れても、大して変わらないか」
    「重いというよりは、嵩張る方が厄介だしな」
    「まあ、持てるだけ持っていきましょうか」
     それでも、皆で協力してスイカを持ち合いながら……この後のことを考え自然と頬を綻ばせつつ、その場を後にしたのであった。


     陽気な声が湧いていた。
     地面にはスイカが一つ丸々と置かれ、その先には目隠しした少女が一人。周囲には囃し立てるように声を上がる者達がいるとなれば、当然のようにスイカ割りである。
     そして今まさに挑戦しようとしているのは、雅だ。
    (「……考えてみれば初めてです、スイカ割り」)
     ふとそのことに思い至りながら、手に持った棒を地面につく。
    「ええと、グルグル回って……あ、確かにこれだと、前が分かりませんね」
     そうして三回ほど回った後で、きょろきょろと周囲を見渡している雅を導こうと様々な声が上げられる。
     しかし灼滅者であるが故か、その足取りは言葉の割に正確だ。
     だが最初から成功してしまっては、面白みが足りない。相手が初心者だろうと関係なく、妨害のそれが飛び交う。
    「そっちじゃなくて! あっちよあっち!!」
    「あ、いえ、そっちでなくて……あっ、行きすぎです!」
     勿論真面目に誘導しようとしている者も居るのだが、逆にそのせいで混乱を招いてしまっていた。
     ただでさえ足場が悪く歩きづらい中を、それでも何とかその場所にまで辿り着き――。
    「……えい!」
     しかし振り下ろした直後に響いたのは、地面を叩く音。目隠しを外してみれば、狙いは僅かに逸れており、残念そうな溜息と声が漏れた。
     だがそれなりに楽しかったらしく、笑みを浮かべながら次の相手へと棒と目隠しが渡される。
     それを受け取ったのは、シズクだ。
    「さあ、今度は食べられるスイカ割りね」
     言いながら、何処かで――具体的には戦闘中に見たような素振りをしだすが、すぐに冗談冗談と笑う。
    「ロケットハンマーなんて使わないから」
     そんなことを言ってはいるが、一応真剣にやるつもりはあるらしい。目隠しをしその場で回ると、歩き出す。
     当然のように先と同じような声が飛び交う中を、慎重に進み、止まり……だがそこで一瞬迷った。
    「ふふ、もう少し手前……いややっぱり二歩ほど下がろうか」
     そこに飛び込んできたのは、悠のそんなどこかからかうような声だ。
     それにシズクは少し考え――。
    「待って。二歩って……柴犬の成犬で言うとどれぐらい?」
    「いや、何故に柴犬の成犬?」
    「え? だってそれが基本の単位だって私は聞いたわよ? あと40cm角」
    「いやいやそれは」
    「ふむ……柴犬の成犬で表すと、大体半頭分程度だな」
    「普通に答えました!?」
     しかしそれで納得がいったのか、シズクは少しだけ下がると振り被る。思い切り振り下ろし――周囲に、小気味いい音が響いた。
    「あ、普通に割っちゃった」
     自分の番で割るつもりはなかったのか、そんなことを言うが、すぐに気分を切り替え皆の顔を見渡す。
    「まーいっか、食べましょ!」
     それに異論のある者はおらず、切り分けるのは自ら名乗りを上げたルフィアだ。狛はその上に持参した沖縄の塩を振りかけていき、晶がその内の一つを手に取る。
     そこで何気なく木陰に視線を向けたのは、そこに柩が居たからだ。暑いのは嫌いらしく、のんびりと読書をしている。
     自分のことは気にせず楽しんできてくれ、などと言ってもいたが、スイカも食べているようだし、あれはあれで十分楽しんでいるのだろう。
     そんなことを考えながら視線を戻すと、手元のスイカへと齧り付いた。


     日が沈み始め、少しずつ周囲は薄暗くなり始めている。相変わらず気温は下がらないが、遊び続けているわけにもいかない。今回は食事も自分達で用意しなければならないのだ。
    「さて、それじゃあ作りましょうか」
     そうして作り始めたのは、カレーである。集団外泊の醍醐味だが、だからこそ人によって好みやこだわりが出るものだ。
     柩のように、定番の具材を持参する者も居れば――。
    「奏川さんの持ち込んだ物は、中々珍しいですね……」
     狛の用意したものを前に、雅はそう呟く。そこにあったのは、パイナップルやアグー、塩揉みしたゴーヤであった。
     同じように眺めていた晶が、首を傾げる。
    「なんか色々入れるんだな?」
    「これが中々美味しいんですよ」
    「へぇ……まぁうまいならなにも言うことはない。そういえば、インスタントコーヒが隠し味にいいって聞いたことはあるが……」
    「インスタントコーヒですか? 誰か持ってきているでしょうか……?」
    「ああいや、別に入れたいわけじゃないから気にするな」
    「そうですか?」
     そんな会話を交わしながらも、それぞれが作業を進めていく。
     ちなみにシズクは最初から一心不乱に一つのものに向かい合っているが、そこにあるのは玉葱だ。
    「飴色に炒めた玉葱はルーにコクを与えるの」
     そう言って炒め始めたそれはもう十分に飴色のようにも見えるが、まだ満足がいかないらしい。
     尚、雅も同じ事を考えていたのだが、シズクが先に準備を始めていたこともあり、そちらは任せて自分は先に野菜を炒め火を通していく。
     また、こちらもある意味でこだわりと言えるのか、どうやら兎は辛いのが食べられないらしく、辛さを控えめにするか、甘口を別に作ろうなどと提案もしていた。
     そして当然ではあるが、カレーとはルーのみで完成するものではない。
     皆がそちらを頑張っている間、ルフィアは飯盒で米を炊いていた。
     どうやらこちらもこだわりがあるらしく、少し焦げ目が出切るくらいが良いらしい。適度な焦げ目が香ばしいと、ついでにそれを自分が手に入れるべくジッと待ち構えている。
     さらにそれだけでなく、悠がサラダや豚カツ、ハンバーグなどの準備を行い、形にしていく。
     ちなみに柩は料理は嫌いらしく参加していない。だが手伝いをする気はあるようで、先に皿を並べたりしていた。
     晶も手伝いつつ……ふと軍艦島のことを思い出すも、すぐに頭から追い払う。そのうち調査をしてみるつもりだが、今はその時間ではないのだ。
     そしてそうこうしている間に、カレーも完成したようである。
    「……出来たわ。これが本気のカレー」
     それを前にして、シズクが満足そうに頷いていた。
     他も全て出来上がっており、その場には食欲を刺激する匂いが漂っている。それを我慢する必要などがあるはずもなく……八人は両手を合わせると、早速とばかりに食べ始めるのであった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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