屍猫

    作者:灰紫黄

     この街には、猫をいじめると猫が仕返しに来るという噂があった。噂は次第に尾ひれ背びれがついて、いつの間にか死んだ猫が復讐に来るという内容になっていた。
     それでも、噂を流した青佐・莉子は満足だった。猫をいじめる人がいなくなればそれでよかったのだ。
     今日も、莉子は猫をいじめる人を懲らしめてやろうと思った。けれど、今日は相手が違った。大学生くらいの男が、野良猫に向けてエアガンを撃っていたのだ。 途端、莉子は怒りのあまり自分を失った。体は白骨の猫に変わり、瞬時に男を切り裂いた。この日、この瞬間より、死んだ猫の噂は現実となった。
     その首には、可愛らしいピンクの携帯電話が提げられていた。

     タタリガミに堕ちかけた少女がいる。集まった灼滅者に、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)はそう告げた。
    「闇堕ちしかけているのは、青佐・莉子さん。中学一年生よ」
     莉子は猫が好きで、猫をいじめると仕返しされるという噂を流していたらしい。結果、死んだ猫の復讐という都市伝説となり、彼女もそれに取り憑かれてしまった。
    「莉子さんはエアガンで猫を撃っている人を目撃したのがきっかけで、タタリガミになってしまう」
     その前から兆候はあったが、それが決定的だ。男が殺される前に介入しなければ、彼女は完全にダークネスとなってしまう。
    「みんなが状況に介入できるのは、エアガン男と莉子さんが遭遇してからよ」
     なんとかエアガン男を殺させないように莉子との戦闘に持ち込まなければならない。もし彼女に灼滅者の素質があるなら、戦闘不能にすることで救うことができるはずだ。
    「使用するサイキックは七不思議使いに準じるものと、爪と牙を使うものになるわ」
     闇堕ちしかけた莉子の戦闘能力はダークネスに近い。だが、上手く説得できれば戦闘能力を下げることもできるだろう。同時に救出できる可能性も上がる。
    「どうか莉子さんを助けてあげて。あと、エアガン野郎はきつくとっちめてやって」
     一瞬だけ鬼の形相になりつつ、目は灼滅者達を見送った。


    参加者
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)
    鬼形・千慶(空即是色・d04850)
    月原・煌介(月梟の夜・d07908)
    水沢・安寿(花綻び・d10207)
    クッキー・コリコパット(アホの子・d24202)
    本間・一誠(禍津の牙・d28821)
    奥田・文太(喰い尽くし不思議使い・d33323)

    ■リプレイ

    ●斜陽
     路地裏は暗かった。太陽は表だけ照らしていて、最低限の光しか寄越さない。ここでひとりの少女が闇に堕ちたとしても、彼にはあずかり知らないことだ。光とは、そういうものだ。
     だから、彼女を救えるのは灼滅者だけだ。
     現場に到着した彼らは、機を待って物陰に潜んだ。間抜けなバネの音は、エアガンの発砲音だろう。特にこれといった特徴もない男が、それを野良猫に向けていた。全て当たっているわけでもないが、全て外れてもいない。
    「な、何してんの、あんた」
     隠れた灼滅者の反対側から、怒りの赤と憎しみの黒に染まった声。莉子だ。男が返答する間もなく、少女は異形へと変わった。
     瞬間、灼滅者も飛び出した。ここ以外に、莉子を救う機会はないのだ。
    「君が暴れたら、この子が余計傷つくから」
     月原・煌介(月梟の夜・d07908)は男と野良猫、そして莉子の間に立ち塞がる。男を守るのは、莉子が闇に堕ちないためだ。無表情ではあるが、瞳には優しい色が宿っていた。
    「今日、どんなパンツはいてんの?」
    「み、緑!?」
     猫の姿のままパニックテレパスを使用したクッキー・コリコパット(アホの子・d24202)が男に話しかける。ファイアブラッドの人造灼滅者なので、姿は獣そのものだった。落ち着かせようとしたのか、意味のない問答は余計に混乱させただけのようだ。
    「セッター、頼んだよ」
     本間・一誠(禍津の牙・d28821)は素早く野良猫を確保、ライドキャリバーに載せる。セッターは予め与えられた指示に従って速やかに戦場を離れる。ただ、サーヴァントに状況判断能力はほぼない。指示を正しく実行できるかは不確実だ。
    「よ、ようやく出られたんだな」
     エクスブレインの余地を守るためには、莉子の闇堕ちを待たなくてはならなかった。猫が撃たれるところを見た奥田・文太(喰い尽くし不思議使い・d33323)は、怒りやら焦りやらでひどく汗をかいていた。
    「ふむ、不届き者は見逃せないが……まずは君だよ、莉子君」
     物語の探偵じみた口調。インバネスでも着ていれば完璧だったのだろうが、しかしポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)は着ぐるみ姿だった。もこもこによって脳を保護しているのかもしれない。
    「お前はこっちな」
     鬼形・千慶(空即是色・d04850)は男の首根っこをつかんで下がらせる。これだけが闇堕ちの原因ではないだろうが、こいつが文字通り引き金を引いたのだ。逃がすつもりはない。
    「俺達の話を聞いてもらうぜ。あんただってまだ死にたくないだろ」
     愛用のガンナイフが、鈍い光を放つ。当然だが、木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)は莉子を灼滅したくない。他の仲間も同じだ。そのためには、まず説得を成功させなければならない。
    「ダナ、お願いね」
     こんなときでも、こんなときだからこそ水沢・安寿(花綻び・d10207)は笑みを絶やさない。微笑みをたたえ、闇に沈みかけた少女を見据える。ウィングキャットのダナも心なしか余裕があるように見えた。
     少しずつ、日は傾いている。このまま沈むか、それとも。

    ●白骨の猫
     先手はダークネスに近い力を持った莉子だ。首に下げた携帯電話が鳴動し、無数の猫のゾンビを生み出す。狙いは当然、大学生の男。巻き添え、ではないだろうが、ゾンビ猫は後衛にも同じく牙をむいた。
    「うなぁっ!!」
     男をかばったのはダナではなく、クッキーだった。獣特有のしなやかな動きで跳び、自らの身体を盾にする。
    「ふむ、些かまずいか……」
     一般人を戦場に残すのは危険が伴う。サーヴァントを護衛に着けたところで確実性はない。例え全員で守ったとて、それでも万全とはいえないのだから。ポーの風の刃は確かにダメージを与えているはずだが、動じた様子はない。
    「しかも、ぜ、全然、状況が分かってないんだな」
     仲間に回復を飛ばしながら、横目で男の様子を見る文太。懲らしめるためにこの場に残したのだろうが、パニックテレパスのせいでそれでころではなさそうだ。結論として、男をここに置いていくメリットはなかった。
     灼滅者の攻撃すら無視して、莉子は男を狙う。緊張の一瞬が続いた。何度も守れるものではない。
    「……ちょうどよかった。セッター、もう一回」
     と、そこにセッターが戻ってきた。一誠は逃げないように脅しつけて、男をキャリバーに載せた。さきほどと同じように離れていく。
    「ともあれ、これでひと段落か」
     大学生と莉子は別に考えた方がいいだろう。少なくとも、両方を一度に解決できるほど状況に余裕はない。キィンの拳が紫電を帯び、アッパーカットを放つ。もろにうけた屍猫は吹き飛ばされるが、綺麗に着地。骨になっても猫らしい。
    「俺も猫好きだからさ、気持ちはわかるよ。猫を守りたかっただけなんだよね」
     強面の見かけによらず、猫好きだという千慶。殺意へ至るほどの怒り理解できた。だが、だからこそ否定しなくてはならない。猫好きという共通点があるからこそ、彼女を留めなくてはならない。路地を利用し、死角から切りかかる。
    「君が感じてる怒り、その裏の悲しみ。想像は、できるから……ぶつけて、おいで」
     灼滅者なら、受け止められる。煌介の銀色の眼がまっすぐに見据えていた。手の中のナイフが変形し、鋸のような刃となる。軽く振るえば、骨を削る音が響いた。
    「ねぇ莉子さん、人間のままのあなたでなければ出来ないことがまだまだあるのよ」
     言葉とともに、安寿のガトリングから炎の奔流が吐き出された。赤い光が屍猫を飲み込み、彼女の中のダークネスを焼く。莉子も傷つけてしまうが、今は彼女が灼滅者となることを信じるしかななかった。
    『あ、れ……私、は…………』
     携帯電話から、少女の声が聞こえた。莉子のもので間違いないだろう。説得が届いたのか、あるいは単に落ち着いてきたのか。いずれにせよ、彼女の意識が表れたのは確かだった。

    ●日は沈まぬ
     屍猫から、怒りの気配が消える。その代わり、恐怖が伝わってきた。
    『今、私、どうして……』
     莉子は闇と自我の間にあった。自らの体が人間でないこと、そして意識が乗っ取られたことに困惑していた。
    「あとで説明するから、今は私たちを信じて!」
     ダナのパンチに続いて、安寿はガトリングをぶっ放す。無数の弾丸が降り注ぎ、路地裏に砲撃音を轟かせた。といっても、遮音のESPは発動済みなので問題はない。
    「先ずは行いを正そう、猫を助けたくば噂なんて不確かなモノに頼るのではなく自ら声を挙げるべきだった」
     ポーは語った。猫を守りたければ、噂でなく自らの手で行えと。そして何より、強く人であれと。パイプ型ロッドから雷が迸り、屍猫を打った。
    「噂流すの、頑張ったね。だけど聞いて。このまま人を憎み続ければ、君は猫達の痛みと悲しみを知る優しい君自身を失くしてしまう」
     莉子の精神は闇の沼の一歩手前で踏み止まっている。煌介はこれ以上は進まぬよう、そして戻ってこれるよう、そっと声をかける。だが、それだけでもいけない。意思を炎に変え、回し蹴りを叩き込む。
    「猫の痛みを背負い込むつもりか。全ての猫の魂にでも成り代わると? 違うなら、飲まれるな」
     と、キィン。地面を蹴り、一息に距離を詰めた。ガンナイフによる斬撃を中心に、蹴る、殴るを絡めて連打を繰り出す。
    『っ、ダメ、逃げて!』
    「うなぁお!!」
     意識が戻るつつあるものの、身体はダークネスのままだ。絹を裂くような悲鳴に、鋭い爪が続く。だが、再びクッキーが盾となって攻撃を受け止めた。見た目には痛そうだが、本人はいたって平気そうだ。鈍いだけかもしれないが。
    「い、怒りはり、理解出来るんだな。だども、そ、それでその力をその人に振るっちゃ駄目なんだな。……こ、ここで踏ん張らないとその人と同じなんだな」
     クッキーを回復しながら、文太。彼のルーツは七不義使い、闇堕ちすれば莉子と同じくタタリガミになる。だから、その末路を知っている。そうさせたくないと強く願う。
    「キミの話が聞きたいな……だから、戻ってきて。どんな猫が好き?」
     他愛のないことかもしれない。でも、だからこそ一誠はそう言った。誰かを助けるのに、大仰な理由は必要ない。話がしたいとか、それだけでいい。路地裏の闇を切り裂くように、ガンナイフが閃いた。
    『うわあああああああああああああああッッッ!!!』
     携帯が激しく鳴動し、絶叫が響き渡る。怒りと恐怖と、戻りたいという感情が混ざって爆発した。抑えきれない衝動が、爪を動かす。
    「まだ間に合うから、戻っておいで。…………戻って、来い!!」
     爪は、千慶が受け止めた。鮮血が地面を濡らし、白骨を赤く染める。けれど、それだけ。不敵に笑って、斧を振り下ろす。
     吹き飛ばされ、地面に落ちた頃には、莉子は少女の姿に戻っていた。

    ●噂はいずれ
     気絶した莉子はポーと安寿に任せ、他のメンバーは野良猫と大学生の確認に行った。今まで気付かなかったが、路地裏を出たすぐのところにいたようである。猫は寝ており、大学生は震えていた。
    「これはちょっと、危なかったかもね……」
     もし戦場が広がっていれば、被害を受けたかもしれない。だが、これ以上も望めない。サーヴァントに戦線を任せ、一誠自身が避難に動いた方が確実だっただろう。
     サーヴァントはあくまでポテンシャルの具現化であり、灼滅者の一部だ。今回は役割を期待しすぎてしまった。
     とはいえ、依頼を遂行できたのだから、今はそれでいいだろう。猫と男を連れ、莉子の元へ戻る。
    「さて。……どうするね、君?」
     まさしくポーは犯人の取調べをする探偵だった。必然、視線は大学生の方を向いている。腕を組んで、目の前を行ったり来たり。
    「何とか言ったらどうだ?」
     だんまり決め込んだ男に、睨みを利かすキィン。地面に正座したのを見下ろしているので、眼光には迫力があって非常に怖かった。
    「うなー」
     クッキーもなんとなくそれに加わっていた。たぶん、意味はよく分かっていない。しかし男はすごくビビっていた。猫にトラウマができたのかもしれない。
     混乱はしていたが、大まかに何が起きていたかを……いや、とにかく殺されかけたことだけは理解しているようだ。
    「次はねぇからな、もしやったらら覚悟しとけよ」
     トドメとばかりに、エアガンを目の前で粉砕。今日は千慶の斧がよく吠える。ずいぶん怯えているので、もう大丈夫だろう。一応、学生証をチェックしておく。
    「き、聞きづらいかもしれないけども、よくき、聞いて欲しいんだな」
     大学生が囲まれている間、文太はダークネスと灼滅者、そして武蔵坂学園の説明をしてやった。学園のことは、彼も知ったのはついこの前だけれど。
    「ふぅん。てことは、私もそのムサシザカに行った方がいいの?」
    「うん、来てくれたらうれしいな。ね、ダナ?」
     莉子の問いに、安寿は笑顔で答えた。視線を向ければ、ダナもにゃあと返事。戦いの後でも、ブルーグレイの毛並みが美しい。莉子はすごく触りたがっていた。
    「この子、どうする? やっぱり動物病院?」
     野良猫を抱きかかえ、寝顔をのぞき込む煌介。見たところ、命に関わるような怪我はなさそうだが、念には念を、だ。
    「うん。でも、私が飼うよ。この子がいたら、私はもう間違えない気がする。……学園って寮もあるのよね?」
     屈託なく笑う少女の横顔に、もう闇はなかった。日が沈むのには間に合ったらしい。
     やがて、屍猫の噂は消えるだろう。そのころには、猫好きの少女が街を駆け回っているはずだ。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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