臨海学校2015~佐渡の海とスイカ狩り

    作者:泰月

    ●廃坑の奥で
     新潟県、佐渡ヶ島。
     日本海に浮かぶその島は、40度を超える熱波に覆われていた。
     幾ら夏だと言っても異常な気温である。
     だが、それ以上に異常な事態が、かつての佐渡金銀山の奥深くで起きていた。
     廃坑の一部に、日本にはない筈のアフリカ植物が繁茂している。
     そして更に奥深くでは――地面が緑で覆われた広い空間が存在していた。
     と、緑が揺れて、中から丸い影が飛び出す。
     謎の丸い影は同じ形が集まる場所に向かうと、他の影と同じ様に壁に取り付いてガリガリと掘り始めた。

    ●臨海学校
    「今年の臨海学校は、新潟の佐渡ヶ島になったわ。やっぱり事件つきだけど」
     『ですよねー』的な教室の空気に苦笑を浮かべつつ、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は話を続ける。
    「佐渡ヶ島で40度以上の異常な熱波が発生して、佐渡金銀山の廃坑がアガルタの口と化そうとしている事が判ったわ」
    「アガルタ? ……どこかで聞いた様な……?」
     首を傾げた上泉・摩利矢(大学生神薙使い・dn0161)はさておき。
     アガルタの口は、軍艦島攻略戦で、島の地下にあった謎の密林洞窟である。
     このままでは、佐渡ヶ島が軍艦島のようなダークネスの移動拠点になってしまうかもしれないと言う事だ。
     そして、アフリカンパンサーがいるであろう軍艦島も、近づいていると思われる。
     だが、アガルタの口が撃破され、多くの灼滅者が佐渡ヶ島に集まっていると判れば、軍艦島のダークネス達も計画の失敗を悟り撤退するだろう。
    「ただ、アガルタの口を作り出している敵を撃破しても、24時間は40度以上の熱波が続くのよ」
     だからこそ、臨海学校である。
     まず佐渡ヶ島の廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破。その後は、軍艦島の襲来に備えて、気温が下がるまで佐渡ヶ島の海岸で過ごす。
     ――今年の臨海学校はそんな流れになるようだ。
    「で、肝心の敵はどんな奴なんだ?」
    「目と口がついてて宙に浮かぶスイカよ」
    「は? ……ああ、眷属か」
     廃坑の最奥に作られたスイカ畑から成長したスイカから、『スイカ型の植物眷属』がぽこぽこと生まれ続け、更に廃坑を掘り進めているのだ。
    「スイカ眷属を全て倒せば、アガルタの口化は阻止できるわ」
     だが、佐渡ヶ島の廃坑は幾つもあるので、廃坑ごとに1チームが当たる事になる。
    「スイカ眷属は強くないし、攻撃も単純なものばかりよ。廃坑の奥から出てくる事もないから、途中で遭遇する事もないわ」
     最奥以外で遭遇する心配がない代わりに、各個撃破も出来ないと言う事だ。
    「とにかく数が多いから、気をつけてね」
     スイカ眷属を倒せば、後は気温が下がるまで待つだけ。臨海学校を楽しんで良い。
     なお、島を覆う40度以上の熱波も、海水温への影響は少ない。
     つまり、海水浴にはうってつけ。
    「そう言う事なら、真っ直ぐ廃坑の奥に行ってスイカ全部倒して、夏の海を満喫しようじゃないか」
    「……本当に、油断しないでね……?」
     身も蓋もなくまとめた摩利矢に、柊子は若干不安そうな目を向けていた。


    参加者
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)
    琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)
    双葉・翔也(表情豊かな無表情・d29062)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)
    坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)

    ■リプレイ

    ●スイカ狩り
     佐渡の廃坑の奥に、戦闘音が響く。
    「この猛暑の中、大量のスイカを相手に戦うって……一種の拷問じゃないかな」
     暑さで虚ろになった左目を向けて、琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)の連続射撃が飛び回るスイカ達を縫い止める。
    「よし、西瓜割だ! ……と言いたいが、迷惑をかける訳にはいかないからな。真面目にやるか」
     無表情にガトリングガンの引き金を引いた双葉・翔也(表情豊かな無表情・d29062)の背中には、キリッとした顔文字が。
    「これ……私の知ってる臨海学校と違う!」
     若桜・和弥(山桜花・d31076)は思わず叫びながら、両手のガトリングガンから弾丸の嵐をスイカに浴びせる。
     まさに、弾幕。
    「数を減らすのは先輩がたお願いしまーす」
     更に白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)が縛霊手を掲げ、広げた結界がスイカ達を包む。
     それでも、スイカは1つも砕なかった。
     数が多過ぎて、本来の威力が出ていないのだ。
    「ふふ……主婦業が長いわたしにとって、相手に不足なし! どっからでもかかってきなさいです!」
     水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)は、予定を変えて剣を抜いた。
    「皮近くの白い所までお料理してあげ――にゃー!」
     破邪の光を纏った剣でスイカを両断した直後、頭に噛みつかれ、ゆまの視界がスイカ色に染まる。
     眷属の単調な攻撃でも、こう数が多いと流石に避けきれない。
    「回復は任せてねー。信夫さん、いつまでもサボってないで」
     夜霧を展開する坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)の頭上でだらけていたウイングキャットが浮かび上がり、スイカから仲間を庇いつつ肉球でぺしんと叩く。
    「めいっぱいのスイカ割りって、考えようによっては贅沢よね」
     篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)の左中指から伸ばした漆黒の糸が、スイカに巻きつき輪切りにする。
    「ははっ、楽しくなってきた!」
    「あまりはしゃぎすぎるなよ」
     鬼の拳でスイカを殴り飛ばした摩利矢の背中に迫っていたスイカを、刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)の鋼糸と霊犬・サフィアの刃が4つに斬り分ける。
     だが、この状況にテンションが上がったのは1人ではない。
    「あはははは!」
     スイカ塗れで爆笑しながら、雪緒は浮き輪――と言う名の水に浮く断罪輪を振り回し、スイカの内側に衝撃を放つ。
    「ひゃっはー! スイカ割の時間だぁ!」
     『ヒャハー』と書かれたプラカードをぶん回し、角で叩いてスイカを砕く翔也。
    「……格闘の邪魔だわ、コレ」
     ガトリングガンを放した和弥の両手が、光に包まれる。
     春嵐。突進してきたスイカを、光の拳の連打が迎え撃ち、打ち砕く。
    「雪緒も皆も、持ち帰るスイカまで壊さないようにね」
     皆が攻撃に専念出来るよう、太郎は回復を絶やさない。
    「後ちょっとね。さっくり叩き潰して、めいっぱい遊びましょ!」
     壱が舞うように振るう黒糸の先端、スペードの刃が緋色を纏ってスイカを両断する。
     1つ、また1つ。確実に、スイカの数は減っていく。
    「ジャックオーランタンのスイカバージョン……とでも考えれば良いのかしら……?」
    「ウォーターメロン・ランタン……いや、メロン・ランタンの方が語呂がいい」
     スイカの表情を見る余裕が出来たゆまが魔術で風を渦巻かせ、渡里がそこに糸の結界を合わせる。
    「暑い……から。早く潰れろ」
     輝乃は顔の左側を暑さで歪ませながら、突きたてた巨大な十字架の全砲門から放たれた無数の光が、残るスイカを全て撃ち砕いた。

    ●臨海学校
    「佐渡ヶ島って涼しいイメージだったのに……!」
    「茹だるを超えて溶けそうな暑さだな」
     共にスイカを抱えた壱と渡里が、流石にうんざりした様子で呟きを漏らす。
     スイカ眷属を倒しても熱波はすぐに収まらない。
     つまり、帰り道もアフリカンな緑が茂る40度で無風の廃坑である。
    「……とっとと出ましょう。ここ蒸しますし!」
    「うん、暑いしね。とっとと戻って遊ぼう」
     太郎の差し出したタッパからキュウリの一本漬を掴み、バリバリと齧る雪緒。2人も戦利品のスイカを、背負っている。
    「なにか飲むか?」
    「ああ。助かるよ」
     汗だくになっても表情を変えない翔也から、水を受け取る摩利矢。各自、水分の用意はあったが、翔也のクーラーボックスは帰り道の助けになった。
    「……毎年こうなんですか?」
     去年の夏はまだ学園にいなかった和弥の問いに、帰ってきたのは沈黙。
    「そうですか……」
     ゆまが無言で差し出した蜂蜜漬けレモンを、齧る和弥。
     それからしばらくは、草を踏む足音だけが響いて――やがて、夏の日差しと熱風と海の音と、待っていた仲間の声が9人を出迎えた。

     輝乃は暑さが苦手だ。
     気力で耐えていたが、糸括の仲間の顔を見る頃には、それも限界だった。
    「……随分と暑気に当てられているようですが大丈夫ですか?」
    「とりあえず日陰に運ぼうか」
    「西瓜殲滅、お疲れさんだ」
     千尋に背負われた輝乃の首に冷たいタオルが巻かれ、頬に冷えた飲み物が当たる。
    「白くて甘いのっ。全部糖分だから、体力回復にもよく効くよー」
    「冷たい飲み物……! ありがとうっ。キョンの飴もトマト食べるのも億劫になっていたから助かるよ……皆も労い、ありがとうね」
     割と切実に弱っていた輝乃も、仲間の差し入れに少し元気を取り戻す。
    「摩利矢さん、西瓜割りお疲れ様でした。ちゃんと目隠しして戦いました? 西瓜割りは目隠しをするものだそうですよ」
    「眷族相手に戦闘するのに目隠しは危ないでしょ!」
    「西瓜割りであって、スイカ眷属割りじゃないからな?」
     労いつつ摩利矢に吹き込む心太に、すかさず理央と倭がツッコミを入れる。
    「イチ、おつかれさまーっ」
    「とりあえず、この良く冷えた炭酸ジュースをお飲み下さい」
    「ただいま、ぬい、らぎ。ありが――きゃー?!」
     友人の顔に気が緩んだか。良くシェイクもされていた炭酸を疑いもせずに開けて、壱が驚き声を上げる。
    「寮長、居木さんは?」
    「向こうも狩り終わったって連絡来たわよ」
    「日陰を用意してあります。ゆっくりしておくんなせぇ」
     足りない顔を探す和弥を、浅葱と大牙が出迎える。
     暑さが収まるまで、残り約24時間。
     灼滅者達の、暑い夏の一日が始まる。

    ●スイカ……割り?
    「ま、想定の範囲内だな」
     綺麗に砕けたスイカと、サフィアの咥えた木刀を見比べ頷く渡里。
    「やってみるか?」
     新たなスイカを置いて、後ろで見ていた摩利矢に木刀を向ける。
    「いや。私はこれでいい」
    「待て。全力を出そうとするな」
     腕まくりして拳を固めた摩利矢の言動で察して、すかさず突っ込む渡里。
     だが、摩利矢が遠くの砂浜を指差すと、その先で大量の砂が吹き上がった。

    「あれ?」
     目隠しを外した久良が、首を傾げる。
    「ちゃんと叩いた筈だったんだけどな」
     足元の砂浜にクレーターの中心で、粉々に砕けたスイカが砂に埋もれていた。
    「拝借してきたスイカはまだあります。どんどん割ろうぜ」
     久良の持ってきたアイスをかじりながら、和弥が新たなスイカを転がす。
    「目隠ししてスイカを斬ればいいのね、なるほど」
     浅葱は1つ頷いて目隠しをすると、久良よりも長い棒を構えた。
    「見えなくたって、スイカの甘い匂いを辿れば……辿れば……!」
     感覚を断てば、他の感覚は鋭くなると言う。嗅覚を頼りに浅葱が振り下ろした棒は見事スイカを叩き割り――勢い余って後ろの砂浜も軽く割れた。
    「お、いい太刀筋ですなあ」
     パラソルで作った日陰の下から、大牙が賞賛の声を上げた。

    「上泉サン! 一緒にやらない?」
    「めっちゃうまいでー」
     何故かタンコブのある律と、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振ってスイカを頬ばる乃麻にも誘われ、摩利矢が足を止める。
    「ほら、つっきー! マッチョなキミの出番だ! ナイスバディの美女の前でいいとこ見せないと! 勿論10回、回ってからよ?」
    「あァン? 10回回る? 上等だ。スイカ割りなら任しとけ。この月夜様の実力、夢に出るぐれェ見せつけてやるわ!」」
     煽る律に乗せられ、勢い良く回り出す月夜。
    「上泉さん! お胸さん、むぎゅってしていいですか!」
    「ん? 別に良いけど?」
     棒が風を切る音が響く中、ゆまの爆弾発言にあっさりと頷く摩利矢。
     誰か恥じらい買って来い。
    「はわ……凄い……なんかほわほわする……」
    「ゆまサン! アナタ何てうらやま……じゃない、ふしだらなことを!」
     この状況に黙ってられなかった男子がいても、無理は無いかもしれない。
    「上泉サン! 俺もいいで――」
    「いいわけあるかー!」
    「泳げないとかそんなんじゃねーぞ! っしゃーオラ! ……ん?」
     ゆまのグーと、月夜の手からすっぽ抜けた棒が同時に律を叩く。
    「……」
    「いつもの事やなぁ」
     口の周りと手を赤くべたべたにした乃麻は、声も無く崩れた律を気にせず次のスイカに手を伸ばした。

    ●海遊び
    「さっきのお返しよ、らぎ!」
    「わっ。……いちさん冷たいですね、お返しですっ」
    「くふふ、お日様元気いっぱいだから、いっぱい濡れても平気ね。いくぞーっ」
     膝まで海に入って、水を掛け合う東雲の3人。
     最初は水鉄砲を使っていたが、いつの間にか手で掛け合いになっていた。
     この暑さと日差しなら、濡れて風邪をひく心配も無い。
    「ぬいにも、手加減しないわよ」
    「この禁断の必殺技、なんたらかんたらを受けてみるが良い……!」
    「わっ……!」
     壱が片手で水を掬えば、司は両手で対抗し、ぬいの小さな手も水を跳ね飛ばす。
     水音と楽しげな声は、3人が遊び疲れるまで響き続けた。

    「海、すっごく楽しいなぁ! 青い、広い、水は塩辛い! って砂浜熱い!」
     人生初めての海にテンション3割増しな渚緒は、疲れも見せず海から上がって来る。
    「やっぱり、泳ぐのは走るより良いですね」
    「おかえりなさいっ」
     続いて戻ってきた理利に気づいて、杏子が駆け寄る。
    「立派なお城になりましたね」
    「えへへ。考えながら、ぺたぺた作ったのよ」このコ、海の真ん中の景色、たくさん見れたかなぁ」
     杏子の作った砂の城を褒めた理利だが、続く水色のビーチボールを受け取りながらの言葉に、一瞬固まる。
     ――はっはっはー、油断したね脇差くん! それっ!
     ――ぶふっ!?
     脳裏に浮かんだのは、渚緒が投げたボールが脇差の顔に直撃した瞬間。
    「どうだ? 水の中の方が、暑さも幾分マシだったろ?」
    「まあ、少しは……と言うか何で皆、こんなに暑いのに元気なの」
    「心配だった?」
    「別に心配なわけじゃないぞ。俺が海に入る、ついでだついで!」
     ボールの猫の顔が一番見ていたかも知れない脇差はと言うと、早々に日陰に戻ろうとする輝乃を気遣って千尋につっこまれ慌てていた。

    ●夕暮れ時
    「ほれ。これ皮剥いて切っとけ。俺は他の具材切っとくから」
    「……1つ聞くが」
     別な方を見たままシグマの投げたジャガイモをキャッチし、有無は尋ねる。
    「何だつて他人のために料理が作れるんだ?」
     しばしの、間。
    「……美味いもの食べると幸せになるし、『おいしい』ってマイナスなもん無いし、そう思って貰えたら嬉しいというだけかな」
     シグマの答えに、有無は成る程、と頷いて手袋を外した。
    「理解できんが素晴らしいのは判る。平和に免じて多少は労働するか」
     不慣れにピーラーを使い出したのを確認し、シグマは美味いカレーを作るべく料理に集中するだった。
     ところでこの2人。片や詰襟にインバネス、片や黒のパーカーと夏には少々暑苦しい格好をしているのだが……。
     服装の暑苦しさ、と言う意味では彼ら以上のチャレンジャーがいた。

     無表情にごろごろと転がる巨大な枝豆もとい翔也は、勢いをつけて文旦もとい太郎の上に飛び乗った。
    「うぐっ。暑っ……重いー」
    「……ねえこれ大丈夫なの?」
     その衝撃に最下段で呻き声を上げたライ麦パンな宥氣を気にしつつ、ブルーベリーなウィスタリアが3人の上によじ登る。
     更にその上には、フルーツタルトもとい煌星が無言でよじ登る。
    「これは、中々きつい、な……」
     バランスを取りつつ、煌星の上に乗った千朝はエビか。
    「ゲームでジャンプして上ってるみたいだなー」
     更に6人の頭を踏み場にぴょんぴょんと跳ねて上る、赤いナニカな歌音。タラコ?
    「先輩方を踏むのは……仕方ないですね」
    「このまん丸ボディ顔しか出てないし、協力しあわないと無理だものね」
     よじよじと昇っていくタラコな雪緒を、太郎とウィスタリアが気遣う。
    「……おお、超高いです」
     感激する雪緒だが、まだ終わりではない。多分タケノコな闇子が、8人の頂上を目指して必死にうごうご上っていく。
     そして、頂上に上り詰めると、『さわでぃ』と書かれたスイカを頭上に掲げた。
    「「「「「「「「「トーテム完成!」」」」」」」」」
     9人の声が重なる。
     成る程、手足の出ない食べ物着ぐるみで縦に重なった様子は、確かにトーテムだ。
     だが、それは長く続かなかった。
    「杉凪さーん、一番下大丈夫ー?」
     太郎が宥氣に声をかけた直後、力尽き潰れるライ麦パン。
    「えっ、ちょっと……うおああ!?」
     下が揺れてブルーベリーが転げ落ち、フルーツタルトが射出され上が崩れ落ちる。一瞬で崩壊したトーテムに巻き込まれ、スイカは無残に砕け散った。
    『サ、サワディさーん(くーん)!?』
    「兄貴ー!?」
     うごうごとスイカの周りに集まる着ぐるみ達。
    「サワディ……お前の事は……忘れない」
     スイカまみれで無表情に呟く翔也の横で、千朝が呆然と空を見上げる。彼らは夕暮れの空に、スイカの中に浮かぶ友人の顔を見た気がした。

    ●暑い夏の夜
     あちこちでカレーの匂いが漂う中、梁山泊の炎からは香ばしい匂いが漂う。
    「こういう餅とかスルメを焼くのって本来とんどとかにするんだけど、梁山泊でするキャンプファイアーなら有りだよね」
    「ウチの場合、喰い物以上に言動がカオスになりがちだしな。來鯉、バターと醤油、少し分けてもらえるか?」
     來鯉は炎の周りに、串に刺したスルメや魚、アルミに包んだ餅を並べ、倭はアルミに包んだジャガイモを豪快に火に放り込む。
    「今回のキャンプの料理も豪華ですね~」
    「うん、楽しみだ」
     笑顔の静菜の隣で、目を輝かせてる摩利矢。
    「元々キャンプとは兵隊の野外活動だった。水が尽きた隊は、火を起して雨乞いをした。大火による上昇気流――これがキャンプファイヤーの元だ」
     もっともらしく語りながら、小次郎は火加減を見て薪を放り込む。
    「そして火の周りで踊るのがマイムマイムですね。真ん中にある火にギリギリまで駆け寄って、全員でちょっとずつ生贄になるという雨乞いの儀式ですね」
    「焼けるのを待つ間に、豆知識を得てしまいました」
    「イフリートが好きそうな儀式だな」
     小次郎の話を引き継いで、更に本当と冗談を混ぜる静菜に、頷く心太と摩利矢。
    「いや、キャンプファイアーは親睦の儀式が主で、雨乞いや生贄じゃないから!」
     こうなると、理央がツッコミに回らざるを得ない。
    「ちなみに、兵隊の水の採りあいで負けた方が、川から下流に流されたことがラフティングの語源なのは、知ってるよね? 摩利矢さん」
    「そ、そうなのか……!?」
    「ラフティングの語源は乗り物のラフトだから!」
     更に小次郎が語るので、ツッコまざるを得ない。
    「それより、学校行事の夜と言えば、女子はやっぱ恋バナでしょ!」
     助け舟のつもりか、春陽が新たな話題を振る。
    「上泉さんも無堂さんも、気になる人とか居ないの? あ、其処のリア充さん達も存分に惚気てくれて構わな――」
    「静菜さん焼けましたよ。一緒に食べませんか?」
    「あ、いただきます♪」
     心太と静菜に関しては、促すまでもなかった。恐らく無自覚だが。
    「こんな暑さの中、これ以上は聴いている方がのぼせてダウンするのがオチだぞ?」
    「ぐ……」
    「むしろ南谷副部長に、是非とも全力で惚気て欲しいんですけど?」
    「あ、私も春陽さんの惚気、聞きたいです!」
    「ちょっとぉぉぉ!?」
     倭の言葉に詰まった春陽に、理央と静菜からブーメランが返って来たのだった。

     パンッ、パパパパンッ!
     見上げる渡里の視線の先で、軽い爆発音を立てて夜空に咲いた小さな5つの火花が夜の海を照らす。
     その音と光に釣られるように、花火の音と光が夜の浜辺をしばし賑やかす。

    「派手なのも楽しいけど、実はこれが一番好きなんだよね」
     言って、久良が線香花火に火をつける。
    「夏の締め括りにはコレだね」
    「線香花火の儚さもまたよいもんですわ」
     牡丹から松葉へ。和弥の大牙の視線の先で、パチパチと弾ける火花。
    「これが花火……綺麗ね……。人間って、本当に面白いものを作るわよね」
     柳を経て散り菊へ。火種が落ちるのを見て、浅葱が呟いた。

    「ははっ。ほんと、らぎは何しでかすかわからないわ。楽しいけど」
     火薬の匂いが残る砂浜で、壱が大きく息を吐く。
    「折角だし、派手なのが良いじゃないですか」
     花火ぶんぶん振り回して驚かせた当の司は、隣で満足げな笑顔を浮かべていた。
    「くふふ。びしゃびしゃも、キラキラも、ぜんぶたのしかった!」
     反対側でぬいも楽しげに笑う。
    「ご一緒してくれてありがとね!」
     2人の肩に手を回し、壱も笑顔を浮かべる。
     こうして、臨海学校の夜は更けて――夜明けから、数時間後。
     佐渡ヶ島に正常な夏の暑さが戻るのだった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 11
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