臨海学校2015~スイカたちの晩夏

    作者:君島世界

     佐渡ヶ島、とある金山廃坑の入口。
     洞窟とあらば、本来涼風の一つでも吹くべきこの地を、今は猛烈な熱波が包み込んでいた。気温はとうに摂氏40度を超え、すこし遠くを眺めれば、どこも陽炎のように揺らいでいる。
     その景色の――廃坑の内外を含め――大部分を占めるのは、なぜかアフリカ原産の植物群だ。サンスベリア、バオバブ、そしてスイカ……これらは本来、この島に自生するものではない。
     異常事態である。いまやこの付近の気候と景観は、『アフリカ』で上書きされたと言っても、過言ではない。
     それらと何か、関係があるのだろうか。廃坑の奥では、何かがうごめいている気配がある。
     カンッ、カンッ、カンッ、カン……。
     このリズミカルに響く硬質の音は、廃坑を更に深く掘り進むときのものだ。そしてその音の主は、なんと――。
     ――植物型の怪物であった!
     
     鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)は、夏休み突入前より明らかに色黒さを増して灼滅者たちの前に現れた。
    「夏も真っ盛りといったところですわね! 皆様も、サマーシーズンを満喫していらっしゃるでしょうか。そんな皆様にひと夏の思い出をプレゼントするべく、今年もまた臨海学校が始まりますわ。
     ……ですが、まあ、急遽予定に変更がありましたの。残念ながら」
     言いつつ、仁鴉は黒板に大小1つずつの『ノ』の字を描いた。重ねたバナナのようにも見えるそれは、
    「ご覧いただけますように、新潟県は佐渡ヶ島が、今年の行き先として決定しましたわ。
     佐渡ヶ島では現在、40度を超える異常な熱波が発生し、島全体を覆いつくしていますの。加えて、島のあちこちにある金銀山廃坑が、『アガルタの口』と化していますわ」
     アガルタの口――軍艦島攻略戦において、軍艦島の地下に現れた謎の密林洞窟の事だ。
    「原因としては、ダークネスの移動拠点と化した軍艦島の接近が考えられますわ。これを放っておけば、佐渡ヶ島全体が、第二の軍艦島になってしまう可能性も考えられます。
     それともう一つ――」
     と、教室を見回す。
    「――この中にも関わった方がいらっしゃるかもしれませんわね。北陸周辺で発生していた、ご当地怪人のアフリカン化の事件もまた、佐渡ヶ島にその原因があるかもしれませんの。
     というわけで皆様はまず、廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破して下さいませ。しかる後に佐渡ヶ島の海岸でキャンプを設営し、軍艦島の襲来に備える……というのは建前で、実際はここからが、臨海学校としては本番になりますわ!
     アガルタの口を作り出している敵を撃破しても、それから24時間程度は熱波が続きますの。海水浴にはぴったりの好条件ですわね。
     また、アガルタの口が撃破され、佐渡ヶ島に多くの灼滅者が集まっている事を知れば、軍艦島のダークネスも計画が失敗したものと判断して撤退していくでしょう。ですので、アガルタの口さえ制圧してしまえば、あとは自由に臨海学校をお楽しみいただけるのではと、そういう寸法ですわ」
     
     今回、灼滅者たちが戦う事となる敵は、『スイカ型の植物形眷属』である。スイカの実に目と口がついたような、シンプルこの上ない外見をしている。これらが佐渡ヶ島の移動拠点化を行おうとしているらしい。
     決して強くはないのが、とにかく数が多いことがわかっている。廃坑奥にあるスイカ畑に着くと、それらが一斉に浮遊してガシガシ噛み付いてくるので、これらを遠慮なく全滅させよう。そうすれば、各々が担当する廃坑のアガルタの口化を阻止する事ができる。
     注意点としては、佐渡ヶ島の廃坑は無数にあるようなので、探索を行う灼滅者は、それぞれ別々の廃坑を探索することとなる事が挙げられる。要するに1人1箇所だ。それが可能なくらいには、スイカ型眷属は強くないものと考えて大丈夫だろう。
     
    「折角の臨海学校、本来ならばダークネスのことはしばし忘れてのんびりしていただきたかったのですが、ちょっとだけ残念ですわね。
     ですが、アガルタの口さえ制圧できましたら、それからはもう全力で臨海学校を楽しんでくださいませ! 海水浴やビーチバレーはもちろん、バーベキューやカレー作りもできますし、夜は花火や肝試しなども定番ですわね。
     ええ、戦うだけが皆様の青春ではありませんの。武蔵坂にいてよかったと、そう思える夏を皆様全員が過ごせますよう、祈っておりますわ」


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    ラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀の嬉遊曲・d09458)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    ジェノバイド・ドラグロア(穢れた血の紫焔狂牙・d25617)
    カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ


    「わ。すごい、一面のスイカ畑ね」
     柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)は緑に覆われた廃坑の最奥に踏み込む。と、スイカ型眷属が、そこから一斉に飛び出してきた。
    「! ! !」
     開口し、果肉色の牙で襲い掛かってくるそれらを、泰若は避けながら一つ掌に収めた。
    「熟れ具合の確かめ方って、こうだったっけ?」
     叩き付けると、液状の真紅が飛び散る。
    「うわあ……本当にいるよ、スイカ型……」
     と、半笑いで引いたような反応を見せたのは、古賀・聡士(月痕・d05138)だ。だがその心に、この程度の敵を恐れる気持ちはかけらもない。
    「さっさと片付けないと、ねっ!」
     拳を握り締めると、外側の縛霊手に蒼のスパークが走った。僅かな葉擦れだけを残し、跳躍した聡士の抗雷撃が、空気を激震させる。
    「廃坑肝試しの次はスイカ割りパーティだな! いくぞ、ロード!」
     足下を走るウイングキャット『ロード』を共に、ラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀の嬉遊曲・d09458)はスイカ畑を駆け抜けた。追いすがるスイカ型眷属が、その後ろに包囲網を形成していく。
    「スイカ割りするのは初めてなんだが……こうか!」
     と、振り向きざまの鋭い回し蹴りが、それらを圧倒し、割り砕いた。
    「数が多いですし、ここはまとめて倒しましょう……はっ!」
     気合の一息と共に、秦・明彦(白き雷・d33618)の周囲に魔術の竜巻が立ち上がった。四本の暴威が渦を描き、スイカ畑を蹂躙する。
    「吹き飛ばせ、ヴォルテックス!」
     巻き上げられた眷属は、空中で制御を失い次々と落下していった。多くはそこで弾け、スイカの甘い匂いが辺りに立ち込めていく。
     一撃では行動不能にならないものもあった。割れた所から中身をこぼし続けるスイカ顔は、ある意味ではスプラッタなホラーだが。
    「これがオレの、スイカ割りならぬスイカ斬りよ!」
     ジェノバイド・ドラグロア(穢れた血の紫焔狂牙・d25617)にはまるで関係のないことだ。大鎌『Bloody・Tears』の一振りで、次々と生き残りに止めをさしていった。
    「これさえ終われば後はお楽しみなんだ。行くぜ植物、大人しく刈られてなァ!」
     大鎌を肩に担ぎなおすと、ジェノバイドはさらにペースを上げていく。
     ――パガァッ!
     叩き込んだトラウマが発露する隙もなく、スイカ型眷属は爆発四散した。指先に残る果汁を振り捨て、二夕月・海月(くらげ娘・d01805)は周囲を見回す。
    「大分片付いてきたか。もう少しだ、クー」
     言うが早いか、海月は上体を深く沈めた。頭上を通過したスイカが軌道修正する前に、浮遊する影業『クー』を回収し、宙へ跳ねる。
     逆さまの視界に、活動する敵は残り……。
    「……3個やな」
     カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)は一息、汗を拭った。さて――しゃん、とウロボロスブレイドを振り直し、遮二無二飛び回るスイカ型眷属を見据える。
    「弱点も何もあったもんやない造形やけど、まあとりあえずど真ん中ちゅうことで」
     間合いを越えた、その瞬間を狙って。
    「ほいっと」
     宣言どおりの箇所を断ち切った。
    「しかし、身の詰まり具合にしても色味にしても、ここのスイカは中々の出来ですね」
     残骸を拾い上げ、まじまじと検分するのは海川・凛音(小さな鍵・d14050)だ。
    「残り2個。これさえ割り終われば、後はまともなスイカを取り放題でしょう」
     凛音は元眷属であるそれを捨て、無造作にチェーンソー剣を払う。と、その切っ先にひっかかった敵が、瞬く間に破砕されていった。
    「ラストひとぉーつ!」
    「……!?」
     どがーん。
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の一撃で、最後の眷属はあっけなくKOされた。巨大化した腕がしゅるしゅると縮んでいく最中、ふとポケットの携帯電話が震える。
    「もしもし、明彦くん? どうしたのかな。……うん、こっちも丁度。そう」
     通話先の相手を思ってか、ふふ、と心底楽しそうな笑顔を浮かべる結衣奈。
    「それじゃ、ビーチで。水着、着ていくから!」
     携帯電話をポケットにしまうと、少女は、足取りも軽く駆け出した。


     ざーん……ざざーん……。
    「ふ、ふふ」
     白い砂浜。打ち寄せる波。かに。遠い水平線。それらをじっと見つめる凛音。
    「……夏、ですね」
     凛音は泳ぐのが苦手であった。なので、こうして体育座りで波打ち際にたたずんでいるのだ。だがこれだって、正しい夏の過ごし方の一つだとは思う。暑いし。
    「よっしゃ海だオラー!」
    「ダオラー!」
     と、真昼間からたそがれる凛音の前を、水着装備のジェノバイドプラス1名(水着装備の人狼女子)がざんぶざんぶと駆け抜けていった。彼らの足元の砂と海水は、まるで噴水のように蹴り上げられていく。
    「きらめく太陽。真っ青な空。泥。……泥?」
     泥であった。

    「いち、にー、さん、しー……」
     聡士は、浜辺で丁寧な準備体操を行っていた。戦いで強張った筋をほぐし、遠泳に備えた体調へと調整するのが目的だ。
     そこにビーチサンダルを履いたカルムが通りかかる。聡士の体操を見ただけで、ははぁんさては、と何をするか悟ったらしい。
    「な、な。『それ』やったら僕、負けへんで。せっかく夏やし、ここはひとつ勝負しよか?」
    「オリオル。……うん、受けて立つよ。スイカ相手では、正直不完全燃料だったからね」
    「よっしゃ」
     言うが早いか、カルムは上着を投げ捨てて海へと突進した。それを追うのではなく併走して、聡士も一歩目から全速力を爆発させる――!

    「……あちらは騒がしいなあ……」
     陸の喧騒は、海の上にまでは届かない。海月は一人、浮き輪に入ってふよふよと漂っていた。
     海月もまた、まごう事なきカナヅチではある。がしかし、彼女には『海というもの』に特別な憧れがあった。それ故の、ちょっとした冒険――。
    「ああ、落ち着く……」
     足が着いていればさすがに安心だ。そう思って浮き輪の上に腕を組み、海月は少しまどろんだ。心地よい揺動の向こうに、どうやら仲間の一人がいるようなので、のんびりと手を振ってみる。
     するとその人影は、とぷん、と海中に没した。
    「……? ひゃっ」
     小さな悲鳴は、わき腹辺りを何者かがつつき回ったからだ。慎重に浮き輪を掴んでその場に潜ってみると、すぐそこで悪戯な笑みを浮かべる泰若と目が合う。
    「…………。……!」
    「♪」
     気付かれたと知ると、泰若はターンして逃げ出した。海月は追わず、海面に上がって顔を拭う。
     そこから潜水で十数メートル。泰若が息継ぎに浮上すると、ぽふ、と頭に温かな重みが乗った。
    「にゃー」
    「……ああ、にゃんこね。海の上で。海の上で?」
    「…………」
     泰若は胴を掴んで目の前に下ろすが、猫は堂々と額を踏んで戻っていく。
    「えー」
     頭上でもぞもぞと動き、多分そこを定位置と決めたであろう猫に、泰若は何もできず呆けた。と、すぐに本来の主であるラシェリールが泳いでくる。
    「ロード、そこにいたか――と、泰若は何をしているんだ?」
    「臨時の休憩ブイか何かだと思うわ。そう言うラシェリールさんは?」
     ラシェリールが腕を伸ばすと、ロードは翼を振って水気を飛ばした。そのまま上空へ浮かび上がり、ホバリングで二人を見下ろす。
    「ああ、ロードと共に素潜りを少々……そういえば、ロードは泳ぐの苦手だったかな」
    「にゃおう」
    「私、ウイングキャット語は知らないんだけれど、今回だけはなんかわかる気がするわ」
     空飛ぶ猫は気ままに浮かんだまま、風の吹く方向へと漂っていく。

     夕日が砂浜にまで届いた頃、明彦と結衣奈たちは、海で遊ぶ皆を呼んだ。
     バーベキューの準備を始める者もあれば、遊び続ける者もあり。
     持ち寄りの材料と手作りの料理、獲れたての果物が並ぶ席は、想像以上に豪華なもので――。


    「――うん、デリシャス!」
     焼きそばを一口、結衣奈の喜びが浜辺に響く。鉄ヘラを粋に構える聡士は、皆に笑顔で告げた。
    「他にもまだまだ沢山あるよ。皆、好きに取っていって」
     めいめいが料理を紙皿に盛っていく中、聡士自身は新たな鉄板料理に取り掛かる。クーラーボックスから取り出したのは、袋詰めのソーセージだ。
    「ソーセージか……焼き方は自由で良いよね。半分は残して後で燻製にしようか」
    「いいアイデアですね。……あ、ラシェリールさんと作っていたカレーの方、完成しましたので」
     と、ミトンを手にはめた凛音が、寸胴鍋の蓋を開いた。
    「特製夏野菜カレーです。メインはなす、トマト、かぼちゃ、ズッキーニ、など……品揃えがよかったので、美味しく作れました」
     バーベキューの香ばしい匂いの中に、カレーのスパイシーな刺激が加わるわけで、一同はさっそくそちらにも群がっていく。そのままお玉を持ってカレー係を任じていると、聡士がエプロンで手を拭いながらやって来た。
    「僕もいいかな……と、ちょっと待って。道具借りるよ」
    「あ、はい」
     どうぞ、と素直に差し出す凛音。聡士がよそったのは、男の子には少ないかなと思える量で。
    「うん、このくらいかな」
    「お代わりもありますから、どうぞ、たくさん食べて下さい」
    「君の分」
    「! あ、いえ」
     目を丸くする凛音に、半ば強引にカレーを手渡した聡士は、鉄板の前に戻って言う。
    「みんなお肉はもっと欲しいよね。リクエストあれば、誰でも――」
     渡された以上食べないわけにも行かず、凛音は一すくい、自作のカレーを口にした。
     会心の出来である。
    「料理は、好きでやっていますので」
    「そっか。じゃ、やる?」
    「勿論――」

    「イエー! 鉄板火力足りてるかー!? うわやっべ炭火やっべ、負けてらんねーな!」
     ジェノバイドは出来上がっていた。手にした缶ジュースを一息で空にすると、紙皿に焼肉を昇天盛りに積み上げていく。そこに横からカレー皿を突き出すのは、ラシェリールだ。
    「盛ってるなジェノバイド。だがこのカレーも食べてけよ。レシピは俺の用意したものだが」
    「あ? 誰が作ったかなんて一々気にするかよ――3杯だ! 美味しく食ってやらあ!」
     威勢のいい返事に、ラシェリールもつられて口角を上げて笑った。
    「いい覚悟だ! 特別にルウは底の方から掬ってやろう」
    「お、ジブン通やなー……。あ、僕にもちょーだい」
     その様子を見ていたカルムも、我慢しきれぬといった風情で混ざる。頷いてラシェリールは鍋の底からお玉を引き上げる――と。
    「おおお……」
     夕日にきらめくターメリックと夏野菜とが、改めて男3人を虜にする。
    「夏、万歳やね。あ、せや。隠し味入れてないんなら、チョコレートなんかもおすすめやで」
    「「それは……いらないかなあ……」」
     意見が合った。

     こっそり逆手に持ったスプーンを戻した泰若を、鉄板側の海月が呼ぶ。
    「柿崎ー、こっちの肉焼けたぞー。今なら玉ねぎもおまけでつけよう。甘いぞ?」
    「あ、貰うわ。やすわか、おやさいもだいすき。のっけてー」
    「……いやまあ、乗せるが。そういうキャラだったか?」
    「無礼講無礼講。ほら、海月さんもお食べなさいな」
     海月と皿の上に料理を乗せあっていると、その上に焼きおにぎりが追加される。結衣奈だ。
    「これも食べて、泰若先輩っ。……ふふっ、なんだか楽しいなあ」
     嘘やごまかしのない、屈託のない笑み。
    「泰若先輩と並ぶと何だか姉妹みたい。ほら、同じ髪型だし……ね、お姉ちゃん?」
    「うふふ、うちの家族キャパシティなら、一人くらい余裕で追加できるわよ?」
    「やったやった♪ ――ん?」
     と、明彦が結衣奈の近くに来ていた。その手には細い竹ざおのようなものを持っている。
    「明彦くん! それ、代わりに準備してくれたんだ」
    「ああ。バームクーヘン、焼くんだっていうからさ」


     鉄板とは別に小さなかまどを組み、その上にアルミ箔を巻いた竹ざおを横たえて、芯棒とする。これにホットケーキの生地をかけながら回し焼けば、手作りバームクーヘンの出来上がりだ。
     明彦が芯回しを、結衣奈が生地を担当する。
    「………………」
    「……焼けてくね」
    「ん……」
     火を囲んで、ふたり言葉少なになるのは、仕方のないことだろうか?
     それでも明彦は、懸命に生地を足していく結衣奈に、言葉を紡ぐ。
    「なあ。明日――も、暑いだろうか」
     そうじゃない。
    「熱波が去るのは午後からだと、エクスブレインは言っていたな」
     その前、その前……!
    「……その前、つまり午前中だ。守安さん、一緒に泳ぎに行かないか」
    「うん、いいよ?」
     即答であった。何か期待が裏切られたような(いや結果的には最高だけど)気がして、明彦は心の中でずっこける。
    「明彦くん明彦くん、焼くのはもういいかな。あんまり太くしても火が通らなくなっちゃう」
    「あ、おう」
     芯を火から上げると、できたての焼き菓子の香りが鼻孔をくすぐった。その端の部分、一番甘い所を、結衣奈が小さくちぎりとって。
     いつものように。
    「はいっ。わたしからのデザートをどうぞ、だよ!」

     どこか別の班だろうか。それともここにいる誰かだろうか。
     夏の夜空に小さく、しかし確かに、あざやかな花火が咲いた。


    「ほなそろそろ、僕らも花火はじめよか」
     と、カルムはどこからともなく荷物で一杯のボストンバッグを持ってきた。ぎっしり詰まった中身はもちろん、花火、花火、花火の山である。
    「パッケの手持ちもぎょーさん用意しとるけど、実は僕こっちの方も結構持ってきてん」
     などど一人ごちながら並べるのは、大型の打ち上げ花火だ。カルムがそれぞれの箱書きを確認している間ずっと、テーブルに座ったジェノバイドが着火装置をつけたり消したりと、率直に言えばそわそわしていた。
    「おいカルムー、まだか?」
    「まだまだやでー。そない暇なら水バケツでも出しときいな」
    「いや、それはもう世話焼き連中が用意してるし……そうだ、いいこと考えた!」
     ジェノバイドの目が少年のように輝く。
    「打ち上げ花火をただ真上に向けるだけなら普通の花火だ。この際、水平にしてぶっ放そうぜ!」
    「水平? かまへんけど、射撃目標は言いだしっぺということでええかな」
     打ち上げ花火が一斉にジェノバイドへ向けて倒された。
    「冗談だよ冗談、真に受けるな……いや、本当に俺に向けるなって!」
    「そら残念。おもろくなりそうやったのになあハハハ」
    「ハハハ……」
     割と本気で残念そうに立て直すカルム。何かのきっかけでまた狙われてはかなわないと、ジェノバイドも設置の方を手伝い始めた。
    「導火線は同じ向きか。それを横一線に並べる、と」
    「間隔はきっちりあけて……うん、上出来や。じゃ、僕『は』こっちから」
     自分は、という部分を強調して言ったカルムの意図を、ジェノバイドは即座に理解する。
    「俺『は』反対側だな! となれば、やることは一つ」
    「ツーカーで助かりますわ。そう、打ち上げ花火の一斉着火や!」
     カルムはにやりと微笑んだ。

    「わ……ははっ! いいね! 綺麗で、派手だ!」
     海岸線に現れた花火の列。それにいちばん興奮して騒いだのは、実のところ海月であった。
     上空できらめき、音立てて花開き、残像を引く光の数々が、海と彼女の海色の瞳に映る。
    「ああ、これだけ騒がしければ、きっとダークネスどもだって恐れをなすさ……!」
    「うん、そういう意図もあったよね。忘れそうになってたけど、大事なことだ」
     同じく見上げる聡士は、神妙に頷いた。
    「でもそれは、楽しめないって事じゃない。敵に示威するだけが、僕らの青春じゃない……。
     ああ。花火を見上げるなんて、いつぶりだろう――」
    「なら、花火を手で持って楽しむというのも、ここで追体験しておくべきだろうな」
     最後の打ち上げ花火が散った頃を見計らって、ラシェリールは手持ちの花火を差し出す。
    「今渡したのはオーソドックスな吹き出しだが、ロケット花火などの変り種が好みなら、それもあるぞ。気軽に呼んでくれ」
    「あ、でしたら線香花火、ありますか」
    「凛音? あるにはあるが、これから始めるのかい?」
    「……好みでいえば、これが一番ですから」
     と、凛音は線香花火を受け取った。ろうそくの火を借りて、静かに着火する。
     飴色にはじける火花を、のんびりと見つめていると――。

    「あ」
    「あー、落ちちゃったね」
     最初の火玉が、砂浜に落ちて消えた。線香花火の束から、続けて2本目、3本目をよりだす。
     同じ炎で同時につけた輝きを、たやすく風に打ち消されないようにと。
     明彦と結衣奈は互いに肩寄せて守った。
    「今日は、楽しかったな」
    「そうだね。私もそう思う」
    「それで……だけど」
     間もなく、線香花火はぱちぱちと威勢よく燃え始めた。
    「俺は。俺は明日も、その先もずっと、守安さんと楽しい思い出を作りたい」
    「…………」
     しばし、輝きを見つめて。
    「勿論だよ。明彦くんとなら喜んで。
     でも一つだけ、お願い聞いてくれるかな」
     線香花火が、いつか消えて落ちるのはどうしようもないこと。
     しかし消えたのは、その外に見える炎だけ。
    「私のことは、結衣奈って、名前で呼んで欲しいな?」
     記憶はきっと、焼きついて残る。
    「うん。これからもよろしく、結衣奈」
    「こちらこそ」

    「――いい夏の思い出になりましたね」
     誰にともなく、凛音はそう言うと、ふとあることを思い出して、クーラーボックスを開けた。
    「このスイカ。デザートに切ってお出しするには、丁度良いタイミングです。
     では」

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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