臨海学校2015~西から来た瓜ども

    作者:灰紫黄

     日本海、佐渡ヶ島。
     夏なので当然ながら暑い……のだが、今年のそれはいつもとは様子が違った。熱波に襲われた島は、気温40度を下回ることはなかった。
     さらに、かつては金山だった廃坑にも異変が表れていた。植物が生い茂り、炭鉱の奥深くに怪生物が増殖していた。緑の球体に、黒の縦じま。そう、それはまさしく夏の…………。

     がー、とクーラーの音が教室に響く。未来予知を駆使して(?)冷房の下に陣取った口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は集まった灼滅者にこう言った。
    「新潟の佐渡ヶ島で事件よ。廃坑が、アガルタの口になろうとしてるわ」
     アガルタの口といえば、『軍艦島攻略戦』の際にも出現した、密林洞窟である。正体は分からないが、アフリカンパンサーと関係があるような雰囲気であった。
    「とりあえず、このまま放っておくわけにはいかないということで、今年の臨海学校は佐渡ヶ島になったわ。……なんというか、うん。頑張って」
     目はエクスブレインなので臨海学校には行かない。だから、そう言ってやることしかできなかった。
    「まず、みんなにはアガルタの口を制圧してもらうわ。そのあとは軍艦島が接近するまで、いてもらうことになると思う」
     アガルタの口が制圧されたと知れば、ダークネスも佐渡ヶ島を諦めて撤退する。そこまでが臨海学校である。
     点在する廃坑の奥は、なぜかスイカ畑になっており、ここから出現する眷属が今回の事件を引き起こしているようだ。関係があるかは不明だが、スイカはアフリカ原産らしい。
     眷属は数は多いが、戦闘能力は低い。掃討後は海岸でキャンプなり海水浴なり、臨海学校らしいことをしてほしい。
    「眷属はスイカに目と口が付いたような姿をしてるわ。……あと、眷属化してないスイカは食べれるから、自己責任でよろしく」
     一応、未来予測では食べても害がないことになっている。しかも美味しそうに熟れている。スイカ割りなんてしたら夏っぽいよね。
    「いつもこんな感じで申し訳ないんだけど、どうか楽しんできてね」
     謝罪とも懇願とも取れる言葉に、灼滅者は反応を返さなかった。そう思ってるならそこどけよ、とか思ってないよホントだよ。
    「あ、現場は40度を超えてるから、みんななら大丈夫だ思うけど気を付けて」
     おい、そこどけよ。


    参加者
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    日輪・義和(汝は人狼なりや・d27914)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)
    東雲・ありす(小学生魔法使い・d33107)

    ■リプレイ

    ●いざ廃坑へ
     8月25日午前。怪異を倒し、アガルタの口を封じるべく、灼滅者は佐渡ヶ島の廃坑へ侵入した。情報通り気温は高く、坑内でもかなり暑い。だが、奥へ進むと植物の蒸散効果のおかげでいくらかましだ。
     植物。そう、植物。スイカである。臨海学校、まずはスイカ狩りから始まった。
    「ミッション・スタート!」
     星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)はスレイヤーカードを指に挟み、目の前に掲げた。瞬間、武装が解放され、聖剣の刃がきらめく。さらにヘッドライトを点灯、緑フレームの眼鏡を装着。戦闘準備は完璧だ。
     灼滅者の到着に少し遅れて、スイカ眷属が畑から湧き上がってきた。数はおそらく二十後半。
    「来い、日輪の『金狼』が相手になろう」
     金色のオーラが日輪・義和(汝は人狼なりや・d27914)を包んだ。わずかに残光を残し、軌跡を描きながら眷属の一体に迫る。刹那、全身のオーラが両腕に集中し、金光の連打がスイカを粉砕した。果汁を浴びるが、気にしない。していられない。
    「まさか、佐渡ヶ島がこんなことになっているとは……」
     深海・水花(鮮血の使徒・d20595)の声には嘆きのニュアンスがにじんでいた。以前に赴いた新潟も暑かったが、ご当地怪人が絡んでいようとは。米が駄目になる前に何とかしなくてはならない。憂いごと貫くように、ダイダロスベルトで眷属を貫く。
    「行きますよ、右舷!」
     主の命に従い、霊犬の右舷が前に出た。斬魔の刀に合わせ、灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)もマントをばさりと広げる。その所作は、貴族のごとく。淑やかでありがなら、尊大。風の刃が生まれ、スイカをジューサーのように切り刻んだ。
    「クロ助も、行ってら」
     黒い体毛は影にあってもなおつややかな光を放つ。クロ助が戦うのを横目で見つつ、桃野・実(水蓮鬼・d03786)自身も縛霊手を展開。波を思わせる文様の装甲が開き、祭壇が現れる。淡い青が瞬き、結界となってスイカ眷属を上から抑え付けた。さすがに数が多くて効果は薄いが、敵も弱いので問題なかろう。
    「なんで臨海学校でダークネスと戦うのが恒例になってるんだろう……」
     虚ろな表情を浮かべ、スイカをクロスグレイブで殴りつける大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)。踏みつけ、原型がなくなるまで何度も何度も叩く。来年こそ、とは思うが、全く平和なビジョンは浮かばない。そんな主を霊犬のシロは何を今更、という目で見ていた。
    「頑張ろう、トルテさん」
     張り切る東雲・ありす(小学生魔法使い・d33107)に、ウィングキャットは右手(前足とも言う)を上げてお返事。黒い毛並みにサングラスがニヒルな雰囲気だった。魔力の矢と、肉球。息の合った連続攻撃でスイカ眷属を粉砕した。主に飛び散る果汁を、羽でガードするトルテさんだった。
    「いっけー、どっかーん!!」
     腕をぶんぶん振り回せば、みるみる巨大化。回転の勢いのまま、叩き付ける。砕けた果肉と果汁が顔にかかるが、真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)はぺろりと舐めて、にっこり笑った。甘かった。躍動する肉体が、熱くなっているのが分かった。ただそれだけで楽しかった。

    ●スイカ退治
     多勢に無勢、という言葉があるが、しかし数だけではどうにもならない状況はある。今がその時であった。スイカ眷属は数で勝るものの戦闘能力が低く、時間とともに数を減らしていった。
    「うー……暑いよぉ…………早く倒して泳ぎたいなぁ」
     青色の溜息をつく彩。隣でシロがまぁまぁ、という視線を送るが効果はなかった。戦いが進むにつれ、坑内の熱気も増していた。このままでは眷属を倒す前に脳が蒸し上がりそうだった。せめて気をしっかり保つために、スイカに殴る蹴るの暴行を働く。
    「まったく、数だけは多いですね。早く消えて仕舞いなさい」
     首に保冷剤を当てながら愚痴る。けれどそれは棘にすぎず、やはり、ひみかは花であった。拗ねた様子でさえも可愛げがあった。叩き付けた縛霊手からも、花の根のように霊網が広がる。
    「すーぱー流星キイィック!!」
     壁を蹴って蹴って蹴って、悠は廃坑の一番上まで跳んだ。そしてそこから天井を蹴り、真下へと加速する。一瞬の星の瞬きは、命の輝き。激しい光の嵐をまとい、隕石じみた蹴りを眷属に叩き込む。
    「神の名の下に……」
     水花の姿がかき消え、次の瞬間には敵の背後に現れる。いや、正確には背などなく頭だけしかないが。手には蒼銀のガンナイフ。十字に閃き、刹那に眷属を四つに切り分けた。浴びた液体が、血ではなく果汁であるのが少し不思議な気分だ。
     灼滅者の猛攻に、スイカ眷属も残るは数体となった。だが、それしかできないのか、件名に噛み付いてくる。
     そのうち、かぷり、とクロ助が噛まれた。身体を揺らして振り払おうとするが、上手くいかない。
    「…………あ、ちょっとじっとしてて」
     海を思わせる清らかな青が実の手から放たれ、眷属を貫いた。攻撃まで間があったのはクロ助と眷属の格闘をほんわかして眺めていたとかではない。偶然だ。偶然ったら偶然だ。
    「……ふん。物の数ではないな」
     心底つまらなさそうに鼻を鳴らす義和。正面から飛んでくる敵を身を捻ってかわす。そして反撃を……否。すでに反撃は終わっていた。すれ違いざまに抜いた日本刀は、甘い汁を帯びていた。血ぶるいならぬ果汁ぶるいをして、納刀する。
    「トルテさん、お願い!」
     こくり、と頷くと同時、サングラスが光った。巨大な肉球が生まれ、スイカを抑え付ける。さらにそこに、ありすの両手から放たれた気の砲弾が命中。内側から弾け、身と種をばらまいた。特にトルテさんは全身に果汁を浴びていた。
    「これで終わりだ! ……いや、始まりだ!」
     最後の一体を、優輝の剣が捉えた。白光を放つ刀身は加護となって主を守り、そしてスイカを斬り断った。その光はまるで、廃坑の外まで続くようで、そして灼滅者達の運命を指し示すようでもあった。
     眷属退治はこれで終わり。そして本当の臨海学校が始まるのだ。

    ●泳げ、干からびる前に
     眷属を倒した灼滅者達は、まず海へ向かった。当然、泳ぐためだ。涼むためだ。摂氏40度の暑さに苛まれ、灼滅者達の我慢は限界に達していた。
    「海だー! う・み・だぁーーー!!!」
     下に水着を着ていた彩は、服を脱ぎ捨て、真っ先に海に飛び込んだ。どぼん、と高い水柱が上がる。
    「みんなも来なよー!」
     さっきまでのとは別人のように元気になり、岸に向かって手を振る。それに合わせて別の部分も揺れ……げふんげふん、いい天気だなぁ。
    「いくいくー!」
     大きな浮き輪を持って、悠が参戦。水飛沫を上げながら、海に突撃した。海水は冷たくて気持ちよかった。全身が熱から解放され、軽くなったような気さえする。40度の熱気が、海の気持ちよさを何倍にも高めてくれていた。……前向きに考えるなら、だが。
    「行こう、トルテさん」
     ありすが手を引くと、ウィングキャットもやれやれといった風に着いてくる。酷暑の下だと、サングラスも余計にそれらしく見えた。黒い体色は熱を吸収しやすいのか、水をかけてやると表情が少し緩んだ。
    「本当に暑いな……クロ助はだいじょ……あ」
     顔にかかる光を手で遮りつつ、実は傍らに視線を向け……と思ったら、すでにクロ助はいなかった。海でじゃぶじゃぶ犬かきしていた。犬だから犬かきして当然なのだけれど、すごく一生懸命に手足を動かして、すごく目がキラキラしていて、あざと可愛かった。
    「これでよし、と」
     誰にでもなくキリッ。優輝はでかいバックパックをおろし、拠点を構築する。荷物の大きさは準備の表れである。凍らせた飲料がちゃんと人数分あるのを確信してから、海に目を向ける。なんとなく、他意はなく、水花に視線を滑らせ……。
    「どうかしました? 私の顔に何か付いてます?」
    「いや、なんでもない」
     水花は修道服のまま裾をまくり、足を水につけていた。信仰による禁欲もあるのもしれないが、何よりそれが心地よいからだろう。水遊びをする皆を見守る眼差しには、慈愛があった。加わるよりも、傍らにある方が安らぐこともある。
     ……そんな水花を前にして、男子の夢メノホヨウは邪悪な呪文でしかなかった。
    「どうした?」
     と、義和。水着になると、理知的なイメージとは裏腹に筋肉質であることが分かる。それなりに鍛えているのだろう。
    「いえ、その……わたくしは」
     足を水につけたまま、ひみかは何か言い淀む。泳げないのかもしれないが、それを指摘するのは酷だろう。
    「……別に泳ぐ必要はない。遊ぶだけでもいい。呼んでるぞ」
     霊犬の右舷が切なげにひみかを見ていた。うるうるしてる。
    「そ、そんな目で見ないで! 今行きますから!」
     右舷に誘われ、ひみかも少しだけ海に進む。どちらからともなく水を掛け合って、きゃっきゃと遊んでいた。
    「……こういうのも、たまには悪くないか」
     義和の呟きは、みんなの代弁でもあった。灼滅者といえど、戦いだけでは生きていけない。身体より先に心が朽ちてしまうだろう。人としての、安らぎがあるから戦える。穏やかな時間はどこまでも優しく、そしてやっぱり暑かった。

    ●肉を焼け、焼くのだ
     泳いだ後はバーベキュー、いやBBQだ。肉や野菜の焼ける匂い、音。これぞアウトドア。
    「火を点けるのは任せて! あと海鮮焼きそば作るね!」
     彩はまだテンション高かった。むしろ高くなってた。空腹が一回転してアクセルになっているようだった。指の先を切り、着火。さすがファイアブラッド、でも痛そう。
     鉄板と金網の二つのセットを展開。年長組を中心に、入れ代わり立ち代わりで食材の相手をする。
    「トウモロコシある?」
    「ああ。火傷するなよ」
    「ありがとう! って、あ、あつ! でもおいしい!」
     義和が焼きモロコシをさらに置いてやると、悠は熱いのにいきなりむしゃむしゃ。いあや、それさえこの状況では楽しいのだろう。無邪気、プライスレス。
    「トルテさんも食べる? ほら、ふー、ふー」
     猫舌(たぶん)のトルテさんのために、やきそばをふーふーするありす。サングラスのせいで分からないが、トルテさんもきっと優しい表情をしていただろう。
    「変わりましょうか?」
    「ああ、すまない」
     義和から、優輝へ。優輝から、水花に焼き番を交代。今は水花がトングを握っている。
    「慣れてるな」
    「ええ、妹や弟がいましたから」
     優輝の呟きに、微笑んで答える。人には良かれ悪かれ、多かれ少なかれ過去がある。かつて罪を犯したとて、それを振り返ること自体は罪ではないはずだ。
    「右舷、危ないのであまり火には……いえ、最初から燃えていましたね」
     ひみかは右舷を心配そうにしているが、逆に右舷もひみかを心配そうに見ていた。霊犬も灼滅者も少しの火傷くらいはたいしたことはないが、しないに越したことはない。
    「ほら、クロ助……」
     クロ助に肉を食べさせようとするが、直前で思い直して、ひょいっと逸らす。クロ助は切なげな表情で実を見上げてくる。これはこれでアリだと思ったけど、やっぱりかわいそうなので肉はちゃんとあげた。
     そして、二日目はスイカ割りだ。デザートであり、ある意味メインディッシュでもあった。産地直送どころか廃坑で採ってきたスイカを、クーラーボックスにぶち込んで氷で冷やしておいたのだ。
    「……ふん。金狼の力を見せてやる」
    「右ー!」
    「ちょっとだけ左ー!」
    「とうっ!」
     どかっ、と鈍いととともにスイカが割れた。同じスイカ割りでも、やはり眷属を倒すのとは達成感が違う。
    「てやっ!」
    「せいっ!」
    「えいっ!」
     次々にスイカが割られていく。しかし、足りなければまた収穫すればいいので割り放題だ。
     希望者がひとしきり割って満足したところで、スイカは切ってみんなに配られた。大量の赤い半月が、灼滅者を囲んでいた。食べきれないくらいの量であった
     そしてまた海へ。カレーを作ったり、またまた泳いだり。そうしているうちに、いつの間にか気温が下がってきた。そろそろ帰還だ。名残惜しさを感じつつも、荷物を片付け始める。
     来年の臨海学校はダークネス絡みでなければいいな、と思いつながら。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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