暦の上ではどうであろうが、夏である。
世間では猛暑日が一週間続いただとか北海道でも猛暑日がついにだとか熱中症対策に水と塩分だとか毎日騒がしいが、佐渡ヶ島でのそれは異常だった。
40度を超える熱波が、この新潟県が擁する島を襲っていたのだ。
そしてそれは、異様な光景だった。
廃鉱となり緑豊かな山となった佐渡金山、その暗く陰鬱な廃坑道を、謎の植物が……否、植物型の怪物が、奥へ、なお奥へと掘り進んでいる。
地元住民の間でもそれは噂になっており、しかしこの暑い中わざわざ行って確かめようという人はいない。
ともあれ、佐渡ヶ島の廃鉱奥深くで何かが起きている――それだけは、確かだった。
「うみゆかば!」
ばぁんっと黒板に貼った地図を示して、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)が集まった生徒たちに言った。
「佐渡ヶ島は、海上国道って言って海を渡っていく国道があるんだぜ!」
「……つまり、今年の臨海学校は佐渡ヶ島なんだな?」
白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)がぐったりしながら訊く。
暑さに弱いらしく眼鏡を外し、汗をタオルで顔を押さえている彼女の上着は、ネクタイもベストも着けず袖をまくり上げたシャツ一枚だ。
「新潟なら少しは涼しいか……」
「残念、40度以上の熱波が続いてるらしいんだ」
さらっと告げた言葉に、ぐにゅ。と潰れたような声が応えた。
そんな彼女に日向は苦笑し、改めて灼滅者たちへと説明する。
「どうやら、佐渡ヶ島の廃鉱がアガルタの口になりかけてるみたいなんだ。軍艦島が佐渡ヶ島に近付いてきているかもしれない」
別の名に灼滅者たちの表情が変わる。
長崎県の端島、一般に軍艦島の名で知られるその島は、ダークネスの移動拠点となり今は長崎の地にはない。
「ほっといたら佐渡ヶ島が第二の軍艦島になるかもしれない。それに、ご当地怪人のアフリカン化事件はこれが原因かもしれないんだよ」
言いながら、地図にペンで書きこんでいく。
皆には佐渡ヶ島の廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破。その後軍艦島の襲来に備えて佐渡ヶ島の海岸でキャンプを行ってほしい。
佐渡ヶ島のアガルタの口が撃破され、佐渡ヶ島に多くの灼滅者が集まっている事を知れば、軍艦島のダークネス達も計画の失敗を悟り撤退していくだろう。
「まずはアガルタの口を制圧して、その後に臨海学校を楽しみながら軍艦島の接近に備えてほしいんだ」
きゅ、と書き終えてエクスブレインは灼滅者たちを見回した。
「それで今回の敵は、」
「敵は?」
一体どんな強敵だろうかと身構える彼らに、眉を寄せて資料を差し出した。
「スイカなんだ」
「スイカ」
「そしてアガルタの口の最奥にはスイカ畑がある」
「スイカ畑」
新潟県佐渡ヶ島でアガルタの口でスイカで。えーと。
つまり、アガルタの口は佐渡ヶ島の廃坑跡地に点在しており、その再奥にはスイカ畑がある。そのスイカ畑で成長したスイカから、スイカ型の眷属が生まれ続けているのだ。
この廃坑は無数にあり、探索を行う灼滅者たちはそれぞれ別の廃鉱を探索することになる。
「スイカってアフリカ原産らしいぜ。で、この眷属なんだけど、見た目はスイカに目と口がついてて、浮いて噛みついて攻撃してくるよ。そんなに強くないけど数が多いから、そこが問題かな」
今度はチョークで黒板にスイカっぽいものの絵を描いて説明する。どことなく、棒状のもので叩いたりしたら気持ちよく割れそうな感じの絵だ。
「これを全滅させることができれば、廃坑のアガルタの口化を阻止することができる。あ、眷属は食べられないけど眷属になる前のなら食べられるからな」
ちなみに佐渡ヶ島では、夏季にスイカを餌にして魚を釣るスイカ釣りが行われている。
「無事に佐渡ヶ島のアフリカ化が阻止され、気温が普通の夏の気温に戻ったら臨海学校終了な。臨海学校は25日と26日の両方だぜっ」
廃坑の探索とスイカ型眷属の掃討を終えたら、海岸へ場所を移して海水浴をしたりカレーやバーベキューなどで食事をし、暗くなったら花火をしたり、翌日も海水浴をしたりスイカ割りをしたりと、そんな風にしながら軍艦島の接近にも注意を払ってほしい。
「みんな灼滅者だから熱中症とかにはならないけど、でも水分補給とかしっかりしてくれよ。それから、海水の温度はそんなに上昇していないから泳いだらきっと気持ちいいんじゃないかな」
毎日あっついもんね、と笑い、日向は手を振って灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
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椿森・郁(カメリア・d00466) |
睦月・恵理(北の魔女・d00531) |
神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012) |
志賀神・磯良(竜殿・d05091) |
戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549) |
ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689) |
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017) |
九形・皆無(僧侶系高校生・d25213) |
●
新潟県佐渡ヶ島。この日も気温は40度を超え、灼滅者たちに容赦なく襲い掛かる。
「これだけ暑いとはしゃぐ元気もなくなるなぁ……」
海は大好きなんだけど、流石に……と、志賀神・磯良(竜殿・d05091)が扇子であおぐ風もぬるい。
アリアドネの糸を紡ぎヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が入口からの道筋を示しながら廃坑を進んでいく。
用意した灯りが照らす足元は幾分か悪く、そして何より、夏の暑さだけでは説明できないほどにむっとする熱気が充満している。
髪をひとつにまとめアップにして晒した首筋を冷凍ペットボトル飲料で冷やしながら、椿森・郁(カメリア・d00466)は息を吐く。
「これだけ暑いと何にもやる気出なくなりそーだねー」
穏やかな笑みを浮かべる顔に今は汗も浮かべて言う彼女のそばで、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は既にぐったりとしていた。
見かねて塩の錠剤を渡す睦月・恵理(北の魔女・d00531)は淑女として苦しそうな様子をおくびにも出さないが、その実やせ我慢だ。
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)が、虫除けにもなるしとハッカ油スプレーで涼を配る。
「……まんまハッカ油も一応持って来てありますけれど、使ってみます?」
「涼しくなるなら何でも」
困り顔で問う柚羽への冗談めいた応えに苦笑し、周囲へ気を配りながら九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)が視線を巡らせると腰につけたハンズフリーライトの光が躍った。
「アガルタ……ですか。調べてみた感じ、神話に出てくる伝説の地下世界? らしいですね」
戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)の言葉に仲間たちは表情を引き締める。
これは真夏の洞窟探検ではない。アガルタの口と化した佐渡金山を調査し、出現した眷属を討伐することが目的だ。
「名前とか、どういった場所なのかは、予兆や攻略戦で見聞きした限られた情報から推測するしかありませんが……。ちょっと情報不足が過ぎますね」
材料の足りない料理みたいな……
言いかけ、ふと顔をどこかへと向けた。
何かが動いている音がする。
灼滅者たちは視線を交わし、慎重に先へと歩を進める。ゆっくりと照明を向けたその先、何かが壁に向かって何かやっていた。
……スイカだ。それがいくつも転がり或いは浮かんで穴を掘っていた。
「やった! スイカ割り放題!」
ぱあっと目を輝かせ、神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)は得物を手に攻撃態勢を取る。
割られそうな気配に気付いたスイカ、いやスイカ眷属たちは次々にこちらを向き、くわっ! と目と口を開いて威嚇するが、いまいちインパクトに欠ける。
「目と口……ハロウィンの南瓜みたいな……違うか」
首を傾げながら郁が得物を構えた。似ているけどちょっと違う。
「スイカ狩りの時間ですねー」
咎人の大鎌を軽く振るい、柚羽は敵を見据える。
端整な顔に笑みを浮かべ、霊犬・阿曇を傍らに大見得を切る如く磯良が得物を手に前へ出る。
「さっさとスイカ割りをして楽しい臨海学校にしよう!」
「おー!」
宣言に、楽しげな声が応えた。
浮遊スイカ、B級映画みたいな光景だなぁ。と思いつつ先手を取ったのは柚羽。得物を振るい現れた無数の刃がスイカ眷属へと襲い掛かる。
灼滅者の攻撃を迎え撃つスイカ眷属だったが、すぱぱぱぱーんっ!! と果汁をたっぷりまき散らしスライスされる。
そしてびしゃびしゃと降り注ぐスイカの果汁。
「くっ……甘い!」
「しかもべたつく!」
ダメージがあるわけではないが、前衛陣は期せずして派手に果汁シャワーの洗礼を受けてしまう。
空飛ぶスイカを攻撃したらそうなるよね。
溜息をつきながらヴィントミューレは自身の瞳にバベルの鎖を集中させる。
どうせやるなら海辺が良かったな~。と思いながら希紗は妖の槍をバトンのようにくるりと回し、目の前の一団へと距離を詰めた。
今まさに眷属が噛みつこうとしたところへスババーっと勢いよく放たれた攻撃が決まり、派手に中身をまき散らす。
「これはこれで……なんか爽快なんだよ!」
ぐっ、と拳を握って目を輝かせた。
呪詛が込められた槍を取り回し回転させながら皆無が地を蹴り一閃のうちに眷属を斬り伏せ、反撃の隙を与えず蔵乃祐の振るう苛烈な殺意に薙ぎ払われた。
「さて、一時的には涼しくなりますね……っ!」
恵理は魔力を紡ぎ、氷結と化して眷属を凍りつかせ、凍っていないスイカ眷属は灼滅者へと食らいつこうと飛び掛かる。
「隙あり!」
踊るような足取りで磯良が居合の一閃を迸らせ、討ちこぼしを狙い郁が大上段からまっすぐに斬撃を振り下ろした。
――……ィン……
二条の太刀筋は、涼やかで清浄ですらある音と共に凍りついた眷属を打ち砕く。
エクスブレインの言ったとおり、スイカ眷属はさほど強くない。逃げる先へと数を減らしながら追っていけば、唐突にスイカ畑が現れた。
葉の間に転がるちょうど食べごろサイズのスイカが一斉にこちらを向き、くわっ! と威嚇してくる。
「ハロウィンにはまだ早いです」
短く息を吐き柚羽は得物を構え直す。
ぎちり、と皆無が構える縛霊手を展開し、構築された結界が眷属を捕えた。ぱぱっと赤く散る中、恵理の奔らせた光輪が分かれ輝く刃で敵を薙ぎ払う。
灼滅者たちが畳みかける列攻撃で、眷属は確実に数を減らしていく。
手にする大鎌を収め、蔵乃祐はその腕を獣のそれと変え牙をむく眷属へと叩き付け鋭い爪で引き裂いた。
「あなたたちの存在意義があるか否か、今こそ裁きの時よ」
清浄にして苛烈な光がヴィントミューレの周囲へと収束する。
逃げることができず、最後に残ったスイカ眷属はカタカタと震えるばかり。
「受けなさい、これがあなたたちに対する洗礼の光よっ」
ぱぁんっ!
裁きの光に貫かれ、眷属が破裂し中身が飛散した。
「もっとも、動き出す時点でスイカとしての使命を全うしてないのだけど」
ぼそりと言う彼女の呟きは誰にも届かなかった。
「さて……」
ころころと転がるスイカ。放っておくのはもったいない。さりとて手で持つにもアイテムポケットにも限界がある。
そこへ亜綾が用意したリヤカーにも積めるだけ積んで、乗りきらない分は眷属化しないように割り、念を押してスイカ畑も使えないように掘り返しておいた。
これで、一応の決着はついただろう。
●
廃坑から出て、気分も新たに海へと向かう。
「夏の思い出が廃鉱で変なスイカを割りまくったっていうのもねぇ……」
むむむ。と唸る希紗に【宇宙部】の面々が顔を見合わせる。
「せっかく来たのだし、楽しい臨海学校にしないとね」
ヴィントミューレが口にすると、ぱっと部長は笑顔で言った。
「というわけで! 今度はちゃんとしたスイカ割りするよ! スイカ割り!」
どこからか持ってきたスイカをセットして目隠しと棒で準備完了!
「さー! わたしを回して!」
そして指示よろしくなんだよ! 見事にズバーっと割っちゃうからね!
元気いっぱいに言う彼女に、部員たちもそれぞれに応えた。
もちろん正直に指示するわけもなく、希紗は惑わされてあわあわ。
そのうち指示を無視してカンで突き進み、
「やーっ」
気合を入れて一撃必殺!
割れた……かな?
恐る恐る見てみると、……残念ながら、ほんの少しかすめただけだった。
ぷーっと頬を膨らませて選手交代、今度は指示を出す側に。
そしてやっぱり彼女もいい加減なことしか言わない。
主たちがスイカ割りに興じている中、ウイングキャットがスイカでじゃれているそばで、パラソルやチェアなどを運んだライドキャリバーのヘルツシュプルングと、スイカを積んだリヤカーを引いた霊犬の烈光さんはくったりとしている。
きゃあきゃあとはしゃいでいる少女たちを横目に、亜綾は全部食べてしまう勢いでスイカをもぐもぐ。
食べても太らない大食い体質は伊達ではないのですよぉ。
波打ち際に座って水と戯れつつ、郁に向かってお疲れ様、と手を振り、彼女も修太郎へ手を振り返して合流する。
「こないだは初プールで今日は初海水浴だねー」
「うん初海水浴だね」
予想以上に早く希望が叶ったと笑う陰で、また水着姿が見られる、と小声で。
郁は不思議そうに首を傾げ、彼が眼鏡をかけたままなのに気付いた。
それを指摘すると、
「あ、今日は泳ぐってより遊ぼうと思ってきたんで、メガネかけたままなんだけど」
外した方がいいかな。訊かれて、うん大丈夫、と首を振る。
……でも見つめられるとちょっと落ち着かない。
「私山育ちだから川で水遊びはよくしたけど、海といえば潮干狩りのイメージ」
「へえ山育ちだったんだ。川で水遊びって楽しそう。海は波と遊ぶ感じだな、ザブーンってさ」
言葉を交わしながら海の中へ入ってみる。
じりじりとした熱気と裏腹に、海水温は冷たいくらいだ。
「あとクラゲに刺されると痛いとか」
「あークラゲはね、友達がやられて大変だった事がある」
言われてついつい海の中を見てしまう。まだいないみたい。
アームフロートでぷかぷかしながら、海水は体が浮きやすいって昔何かで読んだことある、と郁が言うと、修太郎は浮き輪で浮かびながら、塩の力って偉大、と頷く。
「揺られてると眠くなるんだよねえ」
「波に揺られるのってなんだか楽しいね」
一緒だから余計にかも。
はにかむ彼女に、笑って応えた。
「そうだね。今日は誘ってくれて有難う」
いそいそと海に向かう。
「(佐渡の海は透明度が高くて綺麗って本で読んだので、楽しみにしていたのですよ)」
心躍らせ柚羽が覗き込んだ海は透き通るパライバブルー。小さな魚たちが踊る。
早速泳ぎつつも、魚とかウミウシとか海の生き物さがし。
すぐそこに見えて届きそうなのに、手を伸ばすと逃げてしまう。
けれどそれが楽しくて、しつこくしすぎない程度に魚や生き物たちを追う。
「軍艦島接近の警戒? ……あー……忘れてません、よ?」
誰に言うでもなく弁解するがもちろん誰も聞いていない。
ふと顔を上げて目を向けた先、ぐったりしている遥凪の姿が見えた。
「海、遥凪さんも入りましょうよ。海の中は陸より過ごしやすいですし」
声をかけると彼女は虚ろな瞳で顔を上げ立ち上がり、おもむろにシャツとパンツを脱ぎ捨てた。その下は下着ではなく水着だ。
ついでに靴も脱いで裸足で駆け出し、波打ち際まで来るとぐっと砂浜を踏みしめ海へと飛び込んだ。
ざぁんっと派手に上がった水しぶきの中からぷはぁっと顔を出す。
「……気持ちいい」
脱力しきった言葉に柚羽はきょとんとし、それからくすくす笑う。
と。目の前にぷかぷかとスイカが流れてきた。受け止めると、阿曇が泳いできてスイカに掴まる。
おやと思う間に、釣りの道具を備えて磯良が彼のサーヴァントを呼んだ。
スイカに乗せたまま阿曇を渡し、釣りをするのかと訊けばスイカを餌に釣りをしようとの答え。
「遥凪も一緒にやるかい?」
誘われて、遥凪は困ったような笑みを浮かべた。
「何度かやったことがあるんだが、どうも苦手なんだ。つい覗き込んだり竿をいじったりして、食いつく前に逃げられてばっかりで」
きっと邪魔をしてしまうからとやんわり断る彼女に、それなら釣果を期待していてくれと笑う。
スイカ釣りの主な狙いはクロダイだ。それも、50cm以上を期待できるという。
釣り餌の作り方は、2cm程度の大きさのさいの目に切り、砂糖と混ぜて1時間ほど漬けておく。
出来上がるまで時間があるし、どうせ泳ぐし潜水で貝やエビも獲っておこう。
「たくさん獲って皆を驚かせますよ、阿曇!」
意気込む磯良に阿曇もひとつ吠えて応える。
一方蔵乃祐は、悠々と磯釣りに興じていた。
音楽やラジオを聴きながらのんびりと釣り三昧。
日射病、熱中症対策は麦わら帽子。まめな水分補給はスイカで乗り切ろう。塩を掛けるとまた旨い。
「食べ飽きませんね」
独白し、ふと視線の端に何かを見つけた。まさかと思い双眼鏡越しに見てみるが、漁船がゆくだけだ。
溜息をつき、竿が引かれるのに気付く。慎重に、そして大胆にリールを巻き上げ釣果を確かめる。
これなら食事に提供できるだろう。
日も沈みかけ夕食時。
「釣果ゼロ、と言うのもお約束のひとつですが……偉大なるマナナン・マクリルよ、どうかそうはなりませんように。ふふ」
そう恵理がケルトの海神に祈った甲斐があったか、大漁といかずとも全員に行き渡るには充分な量の魚貝類が集まった。
まず飯盒の準備と焚火での石焼。
「……やってみたかったんですよね」
さて皆様お立ち合い。ここに並ぶはお野菜と茸の出汁、獲れたての魚に貝、後は鉄鍋とお味噌と焼けた石!
綺麗に洗ってよく熱した石を鍋の中に入れると、じぅうっ……! と豪快な音が上がりぶくぶくと泡が立つ。
加えて蔵乃祐が下拵えした魚貝の丸焼きと潮汁。暑い夏に食べる熱い料理もまた格別。
でもちょっと熱いのばっかりだなあ、と視線が向けられ、遥凪はスイカを切ってボウルに入れて、持参していたフルーツ缶と混ぜてサイダーを入れればフルーツポンチのできあがり。
メインディッシュもスープもデザートも用意ができて、いただきます。
【Quipu】のメンバーは、8月が貫と啓の誕生月ということで誕生会を兼ねての大騒ぎ。
「錠はさっさとBBQの準備しろよ。結理と啓は食材のカット、トールは炊飯な」
指示する葉は、ナノナノ・らいもんを触っている。
「らいもんいじってサボってやがる割に偉そうじゃねェか」
「いやなんかすげーしっとりもちもちしてんだよ」
錠が渋い顔で睨むと反論。らいもんは暑さでしっとりもちもち感がアップしていた。
「葉サン切れ……切れたぞーらいもん」
「葉さん……とらいもんはそこの食材ちょっととってー」
「ヤダらいもん置いてかないでー」
啓と結理が、葉が動かないなららいもんを誘い出していくスタイルで攻めていく。
主である貫は、啓と彼の誕生日を祝うと言われ、何だそれと照れて。
「(なんつーか青春してるな俺……)」
泣けてきたけど、飯盒炊爨の煙が目に染みたということにしておく。
「あっミカド君、リンゴ焼いたら食べる時にアイスのっけよ、持ってきたから!」
啓の持ち込んだ林檎を見て結理が言う。思わぬ食後のデザートに化けそうで楽しみだ。
「準備できた? そんじゃ、おたおめかんぱーい」
一通りの支度を終え、葉の音頭で乾杯。
「パイン焼こうぜパイン。啓、貝食えねぇの?」
葉の問いに言葉に詰まる。すすめられたものは何でも食べるが、貝だけは……飲み込むタイミングが分からない。
錠に冷えたお茶を入れる彼に貫が祝いの言葉を向けた。
「俺はもう過ぎたけど、ミカドは誕生日おめでとう」
まさかこうして祝ってもらえるとはなー。口にすると、またしみじみ泣けてきた。
涙腺が緩んだ貫を見て、錠は思わず貰い泣きしてしまいそうで。
祝いの言葉には未だに何を返せばいいかわからなくて、啓は貫を見て、錠を見て黙って煙を払うフリをする。一年経ったんだなと噛み締めて。
「トール、お肉やけたよ、食べるでしょ?」
貫と啓の二人には特にお節介焼きたい結理が声をかけ、
「……二人共泣いてる?」
「ち、ちげェし! ……今無理して食った焼きパインのアレだし!」
錠が慌てて否定するが内心では、まだお前らと一緒に居られるのが堪らなく嬉しい、と泣き笑い。
そんな彼らを見て葉は口の端を歪める。
「おたおめ会つっても集まる機会を作れりゃ理由はなんでもいいんだ」
結理も啓も肌が白過ぎんぞちゃんと外出てんのか、と指を差し指摘する。
「これ食い終わったらロケット花火錠にぶつけようぜー」
不穏なことを口にしにっと笑った。
「そんでさ、夜の海にささやかな花火を打ち上げよう」
提案に結理が頷いた。花火も楽しみ、レフカメラ持ってきたから。
もう撮り始めようかな、今年の夏の思い出に。
夜も更け星が空にまたたく頃。
「綺麗な星だよね~! 降ってきそう」
空を見上げて希紗が声を上げた。
自然豊かで人工灯の少ないこの場所で見上げる夜空は、宝石を散らばせたように輝いている。
何か降ってきたり……はしないよね。
呟きながらなおも見上げる希紗へ、天体望遠鏡を覗き込みながら真理が笑いかける。
「希紗ちゃん、宇宙部のみんなでいつかきっと月に行こうね!」
それは、みんなの夢。
残っていたスイカを切り分けて持ってきた菜々乃も笑う。
少し離れた場所では、皆無もまた空を眺めながら釣りを楽しんでいた。
「……暑いですが、こういう静かなのもいいですねぇ」
夜になってもまだ熱気は取れないが、じきに気温も下がってくるだろう。
望遠鏡を手に、上空から周辺を視察する恵理の長い髪を風が揺らしていく。
完全に異常が収まるまで油断はできないが、異変は感じられない。
それが束の間の平穏だとしても。
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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