臨海学校2015~熱い夏、佐渡ヶ島の夏~

    作者:佐和

     『暑い』と『熱い』。
     気温の高さを表現するのに使われるのは当然、前者だ。
     だが今、佐渡ヶ島は、『熱い』と表現するのが正しいと思える程の熱波に覆われていた。
     異常なのは気温だけではない。
     かつて佐渡金銀山として栄えた名残である廃坑の奥。
     そこは葉が覆い茂り蔓が蠢いて、緑色に埋め尽くされていた。
     葉や蔓から、それが何の植物かに思い当る者は少ないかもしれない。
     しかし、黒縞模様の大きな球形のその緑色の実を見れば、誰もが分かるだろう。
     夏の風物詩の1つ、スイカ。
     そう、かつての金銀山の坑道は今やスイカ畑となっているのだ。
     そして、スイカだらけの暗闇の中で、影が蠢き、土を掘る音が響く。
     スイカに覆われた廃坑は、その長さを少しずつ伸ばしていた。
     もし廃坑に灯りを持ち込む者がいたなら、その異様な光景を見ただろう。
     足元に転がっていたスイカが浮かび、ぎょろりとした目と亀裂のような口を開けて。
     次々と壁に食いつくと、スイカは廃坑を深く深く掘り進む。
     
    「臨海学校の行き先が、佐渡ヶ島に決まったそうです」
     楽しげな口調で、七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)は瞳をきらきら輝かせながら、集まった灼滅者達へと両手を広げて見せた。
    「佐渡ヶ島って新潟県です? あたし、初めて行くです。どんなところでしょう。
     あ、島ですから、海もありますです? 泳いだりできるです?
     夕ご飯にカレー作ったり、夜に花火とかもできますですか? とっても楽しみです」
     にこにこと話し続ける未春を、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は1切れのスイカを手にしたままじーっと見つめて。
     こくんと首を傾げてから、ぽつりと告げた。
    「佐渡ヶ島で、事件」
    「……え?」
    「廃坑、アガルタの口、なりかけてる」
     続く秋羽の言葉に、未春は不思議そうに目を瞬かせる。
     ちなみに『アガルタの口』とは、軍艦島攻略戦の際に軍艦島地下にて確認された、謎の密林洞窟のことです。
    「放っておくと、佐渡ヶ島、軍艦島みたい、なるかも」
    「それは大変です!」
    「だから、佐渡ヶ島で、臨海学校」
     そこでやっと事態を理解したらしい未春が顔をこわばらせました。
     佐渡ヶ島での異変の原因は判明していない。
     本来の場所である長崎県から移動してしまった軍艦島が近づいているからだとか。
     北陸周辺で発生していた、ご当地怪人のアフリカン化事件も同じ原因だとか。
     様々な推測はあるもののどれも憶測の域を出ない。
     そのため、まずは起こった事件の対処から、ということで。
     佐渡ヶ島の廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破することになった。
     敵は、何故か廃坑の最奥に広がるスイカ畑から生まれる、スイカ型の眷属。
     単体攻撃なら1・2撃で倒せる程度の全然強くない相手だが、広がるスイカ畑から生まれているため数が多いので油断は禁物だろう。
    「……じゃあ、そのスイカさんを倒したら、臨海学校は終わりです?」
     悲しそうに問いかける未春に、秋羽は首を横に振った。
     眷属を全て倒してアガルタの口を制圧した後も、佐渡ヶ島は丸1日熱波に覆われている。
     また、軍艦島が襲来してくる可能性もゼロとは言えない。
     佐渡ヶ島が通常の気温に戻るまで滞在し、警戒する必要はあるだろう。
     それに、多くの灼滅者が集まっていれば、首謀者たるダークネスに計画の失敗を悟らせ、佐渡ヶ島から手を引かせることができるかもしれない。
     ということで。
    「撃破、したら、そこから楽しく、臨海学校」
     こくりと頷いた秋羽を見て、再び未春の顔が輝いた。


    参加者
    逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    武野・織姫(桃色織女星・d02912)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    リゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664)

    ■リプレイ

    ●スイカ割りの夏
     廃坑、というと土や岩だらけの穴倉をイメージするものだが。
     灼滅者達が足を踏み入れたそこは、床も壁も、全てが緑に覆われていた。
     覆い茂る植物に感心しながら、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)は白炎灯篭で周囲を照らす。
     奥へ進めば進むほどに闇が深まるが、そこは心得ている一同。
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)が横座りするライドキャリバーのブラスにもランプが固定され。
     黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)と崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)も、ハンズフリーのライトが浮かび上がらせる景色を油断なく見回した。
     見えるのは異様に生えた緑色の葉ばかりで、廃坑というよりジャングルの印象がある。
     そして、おかしいのは景色だけではない。
    「あつ~い……」
     慎重に進みながらも、思わず武野・織姫(桃色織女星・d02912)の口から非難めいた声が漏れた。
     異様に高い気温に、逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)もパタパタと手を団扇のように降りながらむすっとする。
    「それにしても暑いよなー、終わったら絶対海で涼んでやるっ」
    「海、楽しみ」
     その言葉尻を拾って、リゼ・ヴァルケン(緋色の瞳・d29664)が静かに瞳を輝かせた。
     揃いで持ったランタンを掲げたビハインド・リズが、隣でそっと頷いて見せる。
     來鯉の足元を歩く霊犬のミッキーも、遊びたいというように一声吠えた。
     そんな中で、織姫がはっとそれに気づいて顔を上げる。
    「佐渡ヶ島といえば金だよね。金。
     ここも廃坑ってことは見つからないかな!?」
     言って期待の眼差しで、今まで以上に周囲をきょろきょろ見回す。
     と、その動きに合わせて揺れる腰の明かりが、キラリと何かに反射した。
     ぱあっと表情を輝かせて織姫がそこを見ると。
     大きく割れたように口を開けたスイカ眷属の鋭い歯が光っていた。
    「お、いたいた」
     がっかりする織姫と入れ替わるように、神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)が槍を手に足を踏み出す。
    「さてさて、邪魔なスイカはさっさと倒して遊びますかー」
     にこやかに捻り出した穂先はスイカを抉り、続いた友衛の刃が畏れを纏って叩き斬る。
     眷属はあっさりと地に落ち、その姿を消して。
    「次々来るよ!」
     その後ろから同じ相手がぞろぞろと湧いて出て来たのを見て、來鯉が警戒の声を上げた。
     織姫の冷気が広がると、その冷たい空気をも切り裂くように來鯉は槍を突き出して。
    「くっそ暑いとこに出てきやがって……」
     苛立ちの声と共に地を蹴ったのは、兎紀。
    「思いっきり潰してやるからな!」
     フードについた兎耳を揺らしながら駆け寄ると、スイカ割りよろしく槍を振り切り1体を屠る。
    「切り刻んでやるよ!」
     背に魔力で象った羽を展開した柘榴は、蝶のように舞いながら鞭剣を振り回した。
     傷を負っていたスイカがまとめて姿を消すのを見て、リィザはふわりとブラスのシートから降りる。
    「去年はアンブレイカブルとの戦いも楽しめましたが……スイカじゃあ、ね」
     ちょっと相手に不服そうに呟きながら、回復役に回ろうかと戦況を見渡して。
    「それじゃリィザちゃん、ボクと倒した数で競争ね」
    「……って柘榴様!? ズルイですよ、こっちは回復……ああもうっ!」
     あっさり宣言してスイカへ斬り込んで行く柘榴の背を慌てて追いかける。
     走り行く2人を見たリゼは、こくんと1つ頷くと。
    「回復、わたしやる、から」
     大丈夫と言うように、黄色い標識を構えて見せた。
     リゼに回復を任せて攻撃を続ける灼滅者に、スイカは1つまた1つと姿を消し。
     しかしまた奥から1つまた1つとその数を増やしていく。
    「とりあえず早くスイカを倒さないと……」
    「遊ぶにも遊べないな」
     数に辟易する織姫に、笹銀・鐐(d04707)はくすりと微笑み、援護に動く。
    「食えねぇスイカはスイカじゃねぇ!」
    「案外食べれるかもよ? 兎紀、試してみたら?」
    「こんなん食えるかっ!」
     兎耳をひらひらさせる兎紀の動きと声に応えるように、天狼は回し蹴りを放ち。
     柘榴とリィザが競うようにスイカを潰していく。
     主達の盾となるように飛び出したサーヴァントも、連撃に加わり。
     ブラスの機銃が吠え、ミッキーの刃が閃くと、リズの霊撃が襲い掛かった。
     そして。
     來鯉の振るったマテリアルバット『キヌガサ』が起こした竜巻がスイカ眷属を巻き上げ纏めて消して。
     地に残った1体に、友衛の銀爪が突き刺さる。
     ふぅ、と息を吐いて顔を上げた友衛は、仲間達と共に周囲を見回した。
    「もう動くスイカはないね」
     それを確認して、來鯉が警戒を解く。
     同じことを感じた皆も、次々と武器を下ろして。
    「では、戻ろうか」
     再び明かりの役に戻った白炎灯篭を手に、友衛は微笑んで踵を返した。

    ●砂浜の夏
     廃坑へ行っていた皆が戻ってくるのに気が付いて、臨海学校としての場所を準備していたヴァーリ・マニャーキン(d27995)は顔を上げて微笑んだ。
     おかえりとただいまの声が砂浜に響いていく。
    「大量に持ってきたぞ! まず飲んで熱中症対策な!」
     そこに、鐐がクーラーボックスから飲み物を配り出す。
    「レモンの蜂蜜漬けもあるから食べとけ?」
    「う~ん、冷たくて美味し~♪」
     受け取った織姫が早速その味に顔を綻ばせた。
     他の皆も手を伸ばし、またヴァーリもスポーツドリンクやラムネを差し出す。
     リゼも喉を潤して、あ、と思い出したようにそれを指さした。
    「これ、採ってきたけど……」
    「私もだ」
     友衛も示すのは、廃坑から持ち帰ったスイカ。
     ころころんと転がる普通のスイカを見て、それじゃ、と來鯉が動き出した。
    「夕飯のカレーの材料と一緒に冷やしておくよ」
    「楽しみです」
     七重・未春(dn0234)が顔を輝かせ、スイカ運びをお手伝い。
    「夏! 海! スイカにカレーとくれば、必要なのは美味しいお肉よね!」
     それを聞いた美剣・朱鷺(d27512)が、狼尻尾をぱたぱたさせながら立ち上がった。
    「大丈夫、今、私が狩ってくるわ! 狩りは得意なの。
     美味しいご飯の為に私頑張っちゃう!」
     獲物を思い浮かべてさらに振られる尻尾に、くすりと微笑んで、ロイド・テスタメント(d09213)が進み出る。
    「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
     進言を快諾して、互いに自己紹介した2人は、それじゃと早速森に向かう。
    「男たるもの、狩りは最低限の嗜み……貴方の腕前、とくと見せてもらうね!」
    「あ、いえ、私は鋼糸で罠を張って捕るだけですよ?」
     足取り弾む朱鷺と、無駄のない静かな足運びで進むロイドの背は、すぐに木々の向こうに見えなくなった。
     それを何となく見送っていた織姫は、こくりと飲み物を一口飲んで。
    「そういえば水着新調したんだったな。似合ってるよ」
     ふと思い出したように鐐が言った言葉に、ぱっと顔を輝かせる。
    「わ! 似合ってる? カワイイ? 嬉しいな~えへへ♪」
     お気に入りのそれは、ピンクのフリルがついた白いビキニ。
     改めて見て、そして褒められて。休憩で落ち着いていた気持ちが一気にまた弾んでいく。
     待ちわびていた臨海学校。
     めいっぱい楽しまないと勿体ない、とばかりに、織姫は皆の間をくるりと回る。
    「七重さんも水着カワイイね♪」
    「ありがとうございますです」
    「これからどんどん成長するのかな? 楽しみ楽しみ♪」
     そして女子の間で水着話が盛り上がりかけた頃。
     天狼は、持ってきたビーチボールを、ぷぅっと膨らませて掲げた。
    「折角飯盒炊爨もするわけだし、運動しておいた方がいいよな」
    「海と言えばビーチバレーだ!」
     早速賛同した兎紀が、奪うようにボールを持って皆に声をかける。
    「七重も一緒にやろう、楽しいぞ」
     未春の前に、友衛の手が笑顔と共に差し出されて。
    「折角だしやるだろ? もちろん軽くやるし、楽しんどきなよ」
     にかっと笑って天狼の手も伸びてきた。
     嬉しそうに微笑んで、未春はその2つの手を取り、ボールの元へと走り出す。
     まずはと軽く円形を作って、軽くボール回しをして遊ぶ形になった。
     青い空に、ぽーんぽーんとリズムよくボールが弾んでいく。
     天狼がゆっくりと返したボールに、未春はぎこちなく手を出して。
    「落ち着いてボールを見れば大丈夫だ」
     友衛のアドバイスを受けて何とかレシーブするものの、ボールは明後日の方向へ向いて。
    「任せろっ!」
     見事なスライディングを見せた兎紀がカバーすると、天狼がフォローに入って輪に戻す。
    「ごめんなさいです……」
    「大丈夫。すぐに上手くなれるだろう」
    「それまではいくらでもカバーするからさ、兎紀が」
    「天狼も動けー!」
    「それじゃ、未春、もう1回?」
    「はわわっ!?」
     再び今度はリズから回ってきたボールに、未春は慌てて構えた。
     そんな和やかなビーチバレーの中で。
     良い位置に回ってきたボールを見て、柘榴の目がきらりと光る。
     そこからいきなり放たれたのは、完全に不意打ちなアタック。
     驚きながらも咄嗟に反応したリィザは何とか打ち返して。
    「くっ……! まだまだっ!」
     次に回ってきたボールで、お返しとばかりに反撃する。
    「ライブハウスだけでなく、ゲームでだって負けませんわよ、柘榴様っ!」
    「それはボクの台詞だよ!」
     リィザの顔面を狙ったスパイクが、柘榴を吹っ飛ばしかねない威力のボールが、2人の間を飛び交う。
     凄い、そして楽しそうなその応酬を見ていたリゼに、友衛がふわりと笑いかけた。
    「思いっきり打ちたいなら、受け手になるぞ」
    「リゼ様もどうぞ!」
     そこにリィザから渡ったトスに、リゼがスパイクを決める。
     友衛がレシーブしたそれは、流れ球のフォローに回っていた兎紀の方に流れて。
     元のところに軽く戻す、と見せかけて、思いっきり天狼にボールを打ち込んだ。
    「どうだっ、受けてみやがれっ!」
     油断していたところへの一撃だが、天狼が見せていた隙はわざと作ったもので。
     飛んで火にいる夏の虫、と言わんばかりの余裕の表情で、天狼はボールを撃ち返した。
    「あっさり取りやがって、くっそー」
    「兎紀もまだまだだなー♪」
     そしてこちらでもスパイクの応酬が始まる。
     未春は憧れるような瞳でボールが飛び交うのを眺めて。
    「はい、差し入れ」
     そこに來鯉がスポーツドリンクを手渡した。
    「皆も適度に水分補給、忘れないでねー」
    「まだまだ暑いからな」
     声を張り上げる來鯉の横で、ヴァーリも飲み物を手に微笑んだ。

    ●海辺の夏
     バレーの熱戦もあり、暑さも限界近くなったところで。
     目の前に広がっているのは青い海。
    「海つかろうぜ海!」
    「うわっ!?」
     言いながら海に駆け込む兎紀は、天狼をぐいっと引っ張った。
     その勢いのまま、海の中に倒れ込むように引きずり倒す。
    「へっへー、俺の勝ちっ」
     先に立ち上がり、にやりと笑って見せる兎紀を天狼は見上げて。
    「勝ちって……まだまだ甘いっ」
    「うわっ!?」
     今度は兎紀の顔に、天狼の手から放たれた水鉄砲が思いっきり当たった。
    「俺の水鉄砲は良く飛ぶからさ!」
     今度は天狼が勝ち誇れば、負けるかと兎紀が奮起する。
    「こう暑いと海の冷たさが気持ち良いな……」
     ばしゃばしゃと騒ぐその横を通って、友衛も海の中へ。
     鐐は織姫に向けて誘うように手を差し伸べて。
    「俺達も泳ごうか」
    「鐐さん、わたしと泳ぎ勝負するの?」
     だが、ぐっと握られたその手は、逆に海へと引っ張られた。
    「わたし、泳ぎはそれなりに自信あるからね。負けないよ~」
    「いや、まずは並んで泳ぎた……早いなおいっ!?」
     あっという間に遠ざかる織姫を追って、鐐も大人げないほど本気で泳ぎ出す。
    「リィザちゃん、ボクらも」
    「ええ、負けませんわよ柘榴様!」
     柘榴とリィザも、次の競争開始と言うように海に向かって。
    「リゼ様もどうです?」
    「私、泳げないから」
     誘いに首を振ったリゼは、リズと共に砂浜に残った。
    「折角だしね」
    「兄者、私も行こう」
     來鯉とヴァーリは並んで海に入り、見事な泳ぎを見せる。
     暑さの最中、火照った身体に海の水は心地よく。
     広がる青さも、波に煌めく陽光も、夏の雰囲気一杯で気持ちいい。
    「ふふ、兄者と一緒に泳ぎに出るのも久しぶりだな」
     けれどもヴァーリが1番嬉しかったのは、隣に來鯉がいる、この状況そのもので。
    「こうして一緒に過ごせるだけで私は楽しいな」
     呟いたその前で、來鯉が浜辺を振り返り、何かに気づいたように戻り出した。
     慌てて後を追うと、泳ぐ先に見えたのは、波打ち際で迷っているような年下の少女。
    「未春、泳げないなら教えるよ」
     初めての海に戸惑っていた未春は、來鯉の申し出に笑顔で頷いた。
     そして、來鯉は未春の手を取り、海へと戻ってくる。
     少女をエスコートする従兄を見て、ヴァーリは顔を海に沈め気味にして小さく呟いた。
    「……こっちの気持ちは判ってくれないとしてもな?」
    「愛莉! 愛莉もくるよね?」
    「ああ。手伝おう、兄者」
     ヴァーリも加わって始まる水泳教室。
     その横に、一通り泳いできた鐐が戻ってきて。
     後を追いかけてきた織姫が、ばしゃばしゃと水面を叩く。
    「う~くやし~! 来年にはきっと勝ってみせるよ!」
     男女差、そして年齢差。
     勝てるはずもない勝負に悔しがる織姫に、鐐は嬉しそうに笑って見せる。
    「そうだな。来年、な」
     嬉しいのは勝利にか、さり気なく交わされた先の約束にか。
     そして今度は鐐の望み通り、仲良く並んで2人は泳ぐ。
     水遊びに競泳に、それぞれ思い思いに海を楽しんでいくうちに。
     少しずつ、陽が傾いていく。
     それでもまだまだ暑い気温は、泳ぐにはもってこいだったけれども。
     さすがに慣れないことに疲れた未春は、お礼を言って水泳教室を後にする。
     波打ち際まで戻ってきて、冷たい水を足だけで感じていると、砂浜に残った人影が2つ。
     近づくと、向こうもこちらに気づいて顔を上げた。
    「じゃーん。すごい?」
     リゼが無表情のまま両手を広げて示したのは、砂のお城。
     かなりの時間をかけたのだろう、大きさも細やかさも見事で。
     リズがずっと拍手を送っているのも納得の出来栄え。
     未春はいろんな角度からお城を見ながら瞳を輝かせた。

    ●夏の日暮れて
     思いっきり遊んだ後は、夕食の時間。
    「料理人として全力でカレーを作るよ!」
     やる気満々に宣言した來鯉を筆頭に調理が始まった。
     料理人と言うだけはあり、來鯉の手際は見事なもので。
     飯盒の扱いも手慣れた感じで、作業を進めていく。
     ヴァーリはそれをサポートすべく、野菜と包丁を手に取って。
     人参を可愛い星型に切ったり、女性らしさも見せつつ、次々とさばいていった。
     その一方で。
    「俺食べる専門な!」
    「サボるな」
     堂々と宣言して座り込もうとした兎紀を、天狼が引き戻して。
    「……切るぐらいなら手伝わなくもねーかなー」
     2人並んでジャガイモと格闘し始める。
    「こう見えて料理はそこそこ得意なんですよ」
     リィザもびしっと包丁を掲げて、にっこり笑う。
     そして、リズと共に拍手を送るリゼに気付くと、もう1本の包丁を差し出して。
    「あ、リゼ様。そちら切って下さいなっ」
    「頑張る」
     普段料理をしないリゼだが、友人に託された任務。
     無表情の中にどこか気合を入れて、リゼはまな板に向かった。
     そんな2つのまな板の間に、どんっと魚が1匹置かれて。
    「ボクが捕ってきたんだ」
     驚くリィゼとリゼに、柘榴が得意げに胸を張った。
    「これでシーフードカレー!」
    「その挑戦、受けますわ」
     楽しそうに応えたリィザが早速捌きにかかる。
     朱鷺とロイドが持ってきた肉も含め、用意した材料は次々と鍋に入っていく。
    「でも、どうしてお鍋が2つあるです?」
     不思議そうな未春に、來鯉が笑いかけた。
    「こっちは普通ので、もう1つは辛めにするんだ」
    「普通の辛さのもあるのは嬉しいな」
     作業を覗き込んだ友衛が苦笑交じりに頷く。
     そうこうするうちにカレーの良い香りが漂って、ご飯も炊きあがる。
     いただきます、の声が唱和して、夕食の時間が始まった。
     柘榴の魚を見つける度に、リィゼとリゼは笑い合い。
     來鯉とヴァーリから料理の話を聞きながら、未春のお皿も軽くなっていく。
     おかわり合戦の兎紀と天狼の勢いもあり、あっという間にカレーはなくなって。
    「……お腹いっぱいになったら眠くなっちゃった」
     狼尻尾をゆらゆらと揺らしながら、朱鷺がころりと横になる。
    「可愛い狼さんにお礼です」
     その様子を見たロイドが、ブラシを取り出すと。
     グルーミングの気持ちよさに、朱鷺は嬉しそうに微笑んだ。
    「う~ん、冷たくて美味し♪」
     織姫はデザートの氷菓を口に運びながら、幸せそうに声を上げる。
     並んで座る鐐も、のんびりとその冷たさを味わって。
    「こういう時間は大事だよな……」
     響く波音と、隣から伝わる温もりに目を細めた。
     そして、意を決して、膝枕のおねだりを! と振り向くと、織姫はうとうとしていて。
    (「なんだか幸せ~♪」)
     鐐の腕にしがみついたまま、夢の世界に入っていく。
     そんな仲間達の様子を眺めていた友衛は、ふと視線を上げる。
     夜空には、淡い光を放つ月と煌めく星とが輝いていた。
     まだ辺りに暑さは残るものの、流れる空気はとても穏やかで。
    「明日も、楽しいのだろうな」
     何でもない時間の大切さを感じながら、友衛は思いを馳せた。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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