奇矯遊戯 ―存在意義命題奇譚―

    作者:一縷野望

    ●母子哀愁坂道譚
     人攫い。
     そろそろ経験者も少ない前の元号の時にあった戦争。まぁ舞台裏のダークネスがどうこうなんて話は今回はまったく関係ないので脇に押しやって。
     娘を連れて必死に逃げる女、だが運悪くその手を離してしまった。そりゃあ慌てて戻ったさ。だが残念な事にその娘とはそれっきり。
     後日、首を絞められてここで語るも無残な仕打ちを受けて坂道の木に吊されていたそうな――。

    「将、どこにいってたの?!」
    「あのオバチャンがママはこっちだよーって……あれぇ?」
     少年はきょとんと瞳を瞬かせる。
     母とはぐれ探していたら、まず暗い服の男性に話しかけられた。そこに坂の上の木陰に佇んでいた古くさい服の女性が柔らかに割入ってきた。
    「良い所に行こう。お菓子をあげるよー」なんて誘いより、母と逢いたかった少年は、女性に従い待っていたというわけだ。
     ――不審人物に浚われかけた少年と母が再会したのを見送る都市伝説。
     今回はたまたま良い方向にオチがついたが、いついきすぎるかはわからない……そんな危うい存在。
    「だから貴様は善行を重ねるのかね? そんな事したって失った子供は戻りゃしないのに」
     其れを更に後ろから見据える『タタリガミ』の声は不遜で不機嫌さを孕んでいた。
    「怪異としては甚だ恐怖が足りんよ」
     軍服の下、組んでいた腕を解き袖から伸ばす。
    「どうれ、吾輩が正してくれよう」
     情念に身を窶し人を恨んで恨んで過去を嘆いて嘆いて闇雲に殺し続ける都市伝説へと――。
     
    ●タタリガミ『川島須磨子』
    「間が空いたけど、タタリガミの『川島須磨子』の動きがわかったよ。奴は都市伝説『坂道の母』に力を付与して近くにいる母子を襲わせる気だ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)の説明に、機関・永久(リメンバランス・dn0072)は短く息を吐く。
     
    「まずはシンプルに依頼の成功条件から――『都市伝説:坂道ノ母』を灼滅して、須磨子を撤退させるコト」
     今回連れている『都市伝説:坂道ノ母』は前回の『鋏屋ノ娘』より数段強い。隙を見せると此方側に戦闘不能が多発するのは想像に難くない。
     当然「ついでに灼滅出来れば」なんていいトコ取りで倒せる程、須磨子は甘くない。
     灼滅者達が介入できるのは、須磨子が『都市伝説』に力を付与した直後。当然、親子は彼らの射程範囲内にある。
    「ただ須磨子はさ、武蔵坂の灼滅者の力を測ろうって腹もあるみたいだよ。前回の邂逅で興味を持ったみたいでさ」
     その意識を全員でうまく利用すれば、母子の避難に手を取られずに即戦闘に入れるはずだ。
     逆に言えば、避難に人員を割いた場合は苦戦は必至。八人でも須磨子が援護する都市伝説を倒すのは難儀なわけだから。
    「都市伝説は『首シメ(近単気迫+追撃)』『吊死上ゲ(遠単神秘+足止め)』『嘆キ(遠列術式+EN破壊)』で攻撃してくる。クラッシャーだし、単体攻撃の一撃は重たいから、覚悟してね」
    「須磨子、は?」
    「今回もキャスター。前回の戦いで『百鬼夜行』『七不思議奇譚』『怪奇煙』の三つのサイキックが判明してる」
     一度戦闘に入れば須磨子は効率良く都市伝説を援護しつつその力を振るう。
     前回は語りを聞く者へはトドメを刺さなかったようだが……力量を測りに来ている今回、それが発揮されるかはあやしい。少なくとも自分が窮地に陥る愚は犯さないはずだ。
     騒動屋で命の軽視甚だしい彼女は、ずる賢く、誇りも高くない故に御しにくい。灼滅へ駒を進めるには、メンタリティの弱点を洗い出す必要がありそうだ。
    「メンタリティの弱点、ですか……」
    「そーだね、例えばー」
     例えば『自分には何かが足りない』とか、他にもなんらかの『引っかかり』を見出せたら、今後の作戦立案時に有利に働く公算が高い。
    「とはいえさ、ストレートに弱点探ったって教えてくれる訳がないからね。面白がりそうな話を仕掛けて会話を深めてみてよ」
     ちなみに、善意や誠意、優しさなどの『情』を訴えても共感は得られない。情は情でも彼女が好むのは恨み辛みなどの負の感情だ。
    「あーあと、綺麗事、意見の押しつけ、正義の振りかざしはまず地雷だと思った方がいーよ。勿論、怒らせて情報収集ってのは絶対オススメしない」
     昏い彩を瞳に宿し標は重々しい警告で締めくくった。
     さぁ語れ、やれ語れ。
     互いの腹を探り合いついでに臓物ぶちまけて、演目は誰も彼もが持ってる『命』――幕が落ちるまで握りしめていられれば拍手喝采!


    参加者
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    八咫・宗次郎(絢爛奇譚収集・d14456)
    チェーロ・リベルタ(忘れた唄は星になり・d18812)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●会
     小さな坊やが見えなくなった。
     誰か良い人が……なんてこんな時代にゃ人の善意はありゃしないのに。
     ――哀愁坂道譚より。

    『貴様にはそんな恨み節がお似……』
    「顔と名に覚えはあるかな、須磨子さん」
     脚本にない台詞に振り返れば、坂道の母の後頭部に銀鎚を翳す影が一つ。嗚呼、声は聞き憶えあるというに勿体つけるか逆光が顔隠し。
    「お探ししてましたよ須磨子さん」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)に続き帽子外して辞儀するは八咫・宗次郎(絢爛奇譚収集・d14456)
    「奇譚収集家宗次郎。初めまして候、そちらの絆と都市伝説頂きに参りました」
    『探したとは今宵は貴君らが引き寄せた邂逅かね?』
    「須磨子さん……この方が……」
     予知を悟られるわけにはいかぬ。
     蒼褪めた頬で震え偶然装うチェーロ・リベルタ(忘れた唄は星になり・d18812)は、さりげなく母子を背に庇った。
    「そは、未来を契りし男の不貞より始まる報復」
     黒曜を輝かせ、草那岐・勇介(舞台風・d02601)は虚空に花嫁在るかの如く手を差し伸べる。
    「血で染まる花嫁の怨念……」
     哀しみから解放した彼女を貶める痛みは脇に置き、タタリガミが誂えた舞台にて演じ狂おう、其れが役者の身上。
     雑霊が醸し出す恐怖に子を抱き急ぎ足の母を見送るは、子とさほど変わらぬ背のフリル・インレアン(小学生人狼・d32564)
    『初顔か、其れではまずは吾輩から――川島須磨子と申す、以後お見知りおきを!』
    「えっと、私はフリル・インレアンです。小学生ですから児童でしょうか?」
    『嬢ちゃんが歩くにゃ夜が深すぎないかい? 嗚呼、失敬。どうぞ物語の続きを。復讐は為ったのかい?』
     互い違いの袖に腕入れ組む須磨子から母子への興味は失せた模様。
    「ご挨拶代りの語り、如何でしたか」
    『貴公の名は?』
    「役者・草那岐勇介。お見知りおきを」
    「積もる話もあるが、果てさて」
     さりげなく退去を示すべくあげた腕を下ろし、二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)アスファルトを蹴った。
    「灼滅演算を始めよう。Ready?」
    『あぁ、装置の』
    「覚えていてくれたようで、光栄だね」
     坂道ノ母の膝が狙い澄ました蹴打で崩される、揺らいだ処更につけ込むように上半身が辞儀のように折れた。
    「久しぶりだね、須磨子」
     都市伝説を刮げ膨らんだ部位を宥めるように、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は淡々とした瞳を眇め甲を撫でる。
    『おや貴嬢もご一緒かい。ははぁ、こりゃまた――とんだ偶然、だ』
     深夜の沼に映る月が石を投げ入れたように歪み娘は嗤うた。
     手にした鳥籠がかたりひらき溢れ出すは魑魅魍魎。さぁさぁ見ていけ聞いていけ、此より開演御代はそちらの命辺りで手を打とう!
    「……」
     瞳眇め食い破られるに任せるレオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)はボトルカッターを翳し口元だけを吊り上げる。
    「我が鋏は良い鋏。切れ味鋭く……」
     謳めいた口上合わせかきり、母の耳朶に狂気を染つす。
    『ほうほう、憶えていただき至極光栄』
    「ああ、忘れないよ?」
     この痛みとかつての邂逅で娘が手にした奇譚、そして――これからのキミのこと、全て。

    ●壊
     錆びた螺旋穴を荒らすように、苛烈にして些か過剰なる暴力が前担う者達へと振り下ろされる。
     確かに予知の通り、今宵の須磨子は道楽者より探求者めいた怜悧さが色濃い。坂道ノ母へ随し其れが斃れぬよう煙で疵塞ぎ、無為な暴力が出ぬよう怪奇にて灼滅者の足を絡めとるのも怠らない。
    (「お話をして情報を集めるためには、誰も倒れさせてはいけないのです」)
     忌み嫌われる誠実さを自覚するフリルにとって、力のぶつけ合いのままの方が心穏やかなのは確か。でも仲間を縊り殺さんとす母の指は見過ごせない。
     気を惹くように大振りで放つ帯に怯む指、すかさずチェーロは体勢を立て直しベルトに身を委ねた。
     ――本来は優しく情け深い母親。
     母を知らぬ身には眩しくすら見える憧れ、その頬を手の甲に招聘した盾で殴りつける。
    「おやおや」
     大仰な仕草で肩竦め、宗次郎は至極残念と唇を曲げた。
    「案外無口なのですね。折角語りを楽しみに参りましたのに」
     口元隠し今は語らず七不思議。代わりにアスファルト焦がし夜に焔咲かせしこたま。しゃがみ唸る『偽善』を流し見た。
    「須磨子さんの生み出す物語は非常に好ましいと期待していたのですが」
     今宵は嘘を嘯く虚ろな人形と成り果てん。
     陰惨も苛烈も実は好まぬ勇介は別色の蹴打を重ね飾る。同じ狂ヒ孕むはずの七不思議使い、だが抱くは全くもって別の彩。
    『此奴は好みではなくてなぁ。しかしながら、強い』
     戦争時の口伝が集積し生じた『母』の寓話を見もせずに。
    『だからちょいと別の遊びに興じておるわけよ』
    「茶の一つでも如何かなと思ったんだけどね」
     力任せの一振りを避けた母、だがそれはブラフ。槌の柄を刺し入れて、謡の眼差しは相変わらず須磨子を向いている。
    「無論力比べも望む所。待望んだ再会だからね」
    『茶は生きておったら考えてやろう。とはいえ吾輩好みは煩いぞ?』
    「ふむ、具体的にはどうなんだい?」
     連れる双子を宥めるように下げおろし、雪紗は首を傾け問うた。
    『吾輩、好みは恰好に出ておる』
     軍服ひらり、袖はらり。
    『あたしの坊やァァ、いないなら不要不よよよよ!』
     耳劈く怨嗟が前に立つ者の力を剥ぎ取っていく。
     各個撃破狙い故、否、其れだけではない――チェーロがレオンが意図的に母を煽り非常に効果的に攻撃を惹いている。であれば、と、煉獄の焔高ぶらせ母を灼く。
    (「短期決戦を狙わないと」)
     演算に身を任せる雪紗は以前とは明らかに違っているが、果たして須磨子が其れに気付くか否か。

     からからと、乾いた音でフィルムが廻が如く進む戦況。
     須磨子は籠を抱え、背筋を伸ばせば片目隠しの男と視線が絡み合う。
     ひゅと、風切り護りを身に蓄えたレオンへ、悠然とした足取りで近づき隣に立ち語るは呪い。
    「――」
     喉に胸に母からの蝕み受けて、されど笑う様はまるで彼こそ裏返りの闇色。
    『誰もキミを忘れない。少なくともオレは絶対に忘れない。な……』
     かしゃん。
     鳥籠の蓋を下ろす音を大きくたてて男の続きと焔を消せば、場に満ちるは沈黙と、闇。
     直後、
     ……しゃん。
     母を見舞うは極寒地獄。
    『随分と多彩なこって……』
     柩が下げ持つ槍を見据えぽつり。
     手の内を読まれたくないのは此方も同じ、だが其れを悟らせず、
    「ボクが癒しを得るために、今宵も精々楽しませて貰うよ」
     邪魔者をひれ伏せさせると、ただただ何時ものように。

    ●開
    『嗚呼、止めだ止め!』
     しばし殺りおうた後、台詞と裏腹、百鬼夜行を後衛に嗾け須磨子は喚きたてた。
    『やはり此奴は吾輩の性に合わん! 善行? 綺麗事?? 反吐が出るなぁおい!』
    「成程、だから語ってくれなかったのかい?」
     数値の束で疵を塞ぎますます精度を高めた雪紗の問いに、おやとあがる片瞼。
    『此また装置らしからぬ物言いで』
    「アレから少しボクも変わってしまったよ」
     感情を得て、他者への関心が首をもたげる――全ては『演算』と括っていたモノが剥がれ落ちて心の褥へ。
    『人を踏みつける本質に衣をかけてからり天ぷらさあ召し上がれ』
     雑に母の胸ぐら掴み宗次郎の前へ「返セ!」と吐かれた怨嗟の腕はチェーロが喰らいつくように取った。
    「貴方は、めでたしめでたし、嫌い……?」
     万力の如くへし折りにくる痛みに耐え、確と瞳は須磨子を捉える。
     ――もしそうだとしたら、彼女は気に入るだろうか? 人害する闇に身を窶してなお人心救わんとする、不条理で矛盾した『闇堕ち』という物語を。
    『ああ至極不愉快だね。何故不幸を見舞った世界を憎悪しない? なぁにが人間らしい情だ』
    「ああ、全くですな」
     ようやく語り出したか、このタタリガミ。
     焦れて焦がれた毒物語、今度は遮るなと喰らうように前に出た宗次郎は呵々と嗤うた。耳元で謳われる罵詈雑言の恨み節は誠心地よい。例え脳が揺さぶられ耳より血が垂れようが。
    「ダークネスでさえ情に訴え灼滅者は咽び泣く……反吐が出る」
     返す刀と構えた十字架黙示録。
     美談の都市伝説にはそろそろご退場、いや此方の肥やしと成り果てよ。クソみたいな『情』なんかに流されない、俺の。
    『はは、貴公とは気が合いそうだ』
     げてげてと、
     破滅の前奏曲にのたうつ手駒を見捨て嗤う娘は宗次郎と合わせ鏡。
     同種と見たモノへは屈託ないのか――前回の不意打ちの好意に照れた様と今を比べ、興味深げに謡は瞳を瞬かせる。またひとつ、彼女が知れた。知れば知る程加速する親近感。
    「確たる自己を貫く生き様。ボクは純粋に貴女が好きだよ」
    『……ッ』
     呑んだように笑いが止まり、入れ替わり染まる頬。照れ屋な所はやはり変わらないと謡も合わせて口元を崩す。
     だが、
    『……貴嬢には、吾輩の『自己』が見えるのかい?』
     続く問いかけは試すよう、探るよう……縋るよう――好意への恐怖を計ろうかと企んだ所に別のモノが飛び出した。
     鬼と変えた腕、そろそろ頃合いかと須磨子凪ぐ気だったが、謡は言葉を他へ譲るよう身を引き都市伝説を、搔いた。
    「はて、その苛烈な物語を騙るあなたこそが川島須磨子ではないのですか?」
     勇介は演じている。
     過去の痛みを糧に、自己否定の絶望を趣味の悪い誇張に載せて、演じている。
    「まさかあなたもこの虚ろな人形の如く埋めるため騙っている、と?」
     しゅるりしゅるり、手元で解ける帯は宗次郎へ絡みつく。
     仮面を被り日々過ごす男は今宵解放を心ゆくまで愉しんでいる/仮面を被りヒトデナシを演じる少年は今宵暗鬱へ縛られる――さぁて、倖せなのはどちらでしょう?
     そうして須磨子は軍服の襟を正すように腕を下げる。その仕草に反応するのは、腕を振り抜き母を地に引き摺った、柩。
    「その軍服は誰のものなんだい? キミの恰好からどうにもチグハグだけれど」
    『――はっ、此は戦争に出たあの人の形見です……なぁんで美談で満足かね?』
     肩に掛かるおさげをぴんっと弾き、娘は更にいやいやと言葉を連ねる。
    『兄との禁断の恋の方がお好みかい? それとも下働きと主の路ならぬ恋か……なぁ、吾輩にはなにが似合うよ?』
     まるで在処を探すように言いつのるコトに、柩を含めた一部の灼滅者の中である事象が形を為していく。それは控えし彦麻呂と菖蒲にも浮かぶ、理解。
    『あーっはっはっはっは! 役者は心を削り死に寄り添うてなんぼのもんよ。なぁ少年、貴様はちと未練が多すぎやしないかい?』
     宗次郎の笑いとわざと重ね分岐した台詞は勇介を嬲った。その空気に耐えきれず、フリルは「あのっ」と叫ぶように声をさし入れる。と同時に、庇うように仲間を包む蜃気楼。
    「……どうして、綺麗事が嫌いなのですか?」
     頭に耳が顕れているとしたらぺたりと寝ているだろう。それ程に逡巡し続けた問いかけを小さく零し肩を振るわせる。
    『これよりしばし吾輩の独壇場、どうかご静聴を――』
     問いかけは怒りに障らない、むしろ彼女の養分だ。
    『例えば殺したい程憎み合ってる親子がいて、実際に殺しあいを始めたとしよう。さぁて、綺麗事を語る奴は当然止める』
     ――肉親で殺し合うなんて間違っている。
     ――話しあえばわかり合える。
    『エトセトラ。其れで喧嘩が止まれば大満足の大団円! しかしだよ、其れは『争って欲しくない』という正義の味方の我が儘を押しつけたに過ぎない』
     須磨子が抱いた鳥籠がギチギチと、圧縮に耐えきれず悲鳴をあげた。
     泥沼に煌々と浮かぶ月の瞳は凄絶過ぎる憎悪を纏い此処ではない彼方をにらみ据えている。
    『人のエゴを叩き折り自分のエゴを押し通す。所詮エゴにまみれた同じ穴のムジナだと言うのに認めやしない! 嗚呼、反吐が出る!!』
     主の怒りに煽られるように彼女が背負う影が修羅の顎門あけフリルへと襲いかかった。
     四つ目の技は影喰らい。
    「ああ、エゴだよこりゃ」
     彼女からの疵は全て自分に集めたい、そうとすら思わせる程にレオンは仲間を庇い身を晒す。
    「先程は消されたからもう一度言うぞ――仲良くなりたい?」
    『お友達から始めましょう、かい?』
     片側の瞳が言わんとしている事を悟りさっきは鳥籠の蓋を閉めた。けれど今はほら、歪ませてしまったから開きっぱなしで音がたてられない!
    「違うね、単なるオレのエゴだよこりゃ」
     喚起されるトラウマさえ歓喜に変えて身を挺し庇ったレオンは王子様さながら須磨子へ手を差し伸べる。その先に握った鋏を襟の合わせ目に突き立てて、握ってしまう辺り、まだ照れがある、か。

    ●懐
    『吾輩、エゴと判った上で通すの自体は嫌いではないぞ』
     荒く気を吐くレオンはその答えにいつもの人に読ませぬ笑みを返す。
    「先を越されてしまったな」
     心地よさすら感じ、謡は踏み込むと神凪ぎ刃で喉元を掠めた。
    『はっ、今回は喰らわんよ』
     身を引き前回痛めつけられた肘を見せからから笑う須磨子の影では、嘶く母を綴じ込めるように、勇介の数多なる氷と柩の鋭き氷が透明な箱を築かれていた。凍てつき苦しむ母へ、チェーロは盾を押しつけ意識を誘う。
    (「せめて坂道ノ母は私に惹きつけなければ」)
     レオンの守護が捨て身に見えたから、母の終わりが近いとはいえ須磨子がどう転がるのか、チェーロからは読めなかった。
    「貴方は女性、の悲劇、が好き、なのですか?」
    「そう、例えばこんな」
     チェーロに続く紫月の噺、その反応を同じ疑問持つ宗次郎も興味深く待った。
    「自身が好いた相手を、何故か次々殺してしまうんだ」
     乙女ならわからぬか? と問われ――。
    『其れは男が娘の『本当』を見つけられんからだな』
     人は、二人。
     故に、孤独。
    『面白くするなら血筋だの報われぬ恋だの乙女は実は人殺シだの、お好み次第だなぁ』
     その間も、氷の箱は雪紗の焔で燃やされようが決して崩れは、しない。雪紗の紅蓮もまた母の身を芯まで亡くすように蝕んでいくというのに。
    「綺麗事、エゴ……エゴがあれば、そう、本心が別の所にあると認めれば……」
     自己を辿るように呟いて、フリルはレオンの腕を引き注射器を刺した。
    「それにしても――」
     さて頃合いか。
     口火を切った宗次郎、そもそも今宵の邂逅の目的は心の弱点を曝け出すコト、愉しすぎて忘れる所だった。
    「随分とタタリガミとして面倒な事をなされていらっしゃる。改造や共闘などせずに吸収し自己進化の本懐を遂げないのですか?」
    「さっきの軍服もそうだけど、愛着がありそうだよね」
    『――タタリガミ、吸収……進化』
     ギギと、まるでデキの悪い絡繰りが頭を持ち上げるように、今や死に体の都市伝説を見上げ須磨子は芝居の剥げた単語を取りこぼす。
    「そう『自己』進化です」
     その区切りに勇介は息を呑む――もしや今宵の役と須磨子こそが同類なのか?
     勇介は今宵の怒りの行き場をなくし俯いた。
     嫌いだったはずなのだ――命を軽視し母を歪めるその所行が。
     けれど、でも。
    「須磨子さん、ボクから見た『自己』を知りたいかい?」
    『……知りたいかと聞かれれば素直に答えたくはない天邪鬼』
     まるで助け船を出すような謡の問いへ返るのも精彩欠いた声音。
    「語りに反して照れ屋で、やはり自己を貫く生き様を持っていると思うよ」
     ――そう、闇へと魂を浸す程に、其れが其れこそが自己を貫いた結果。例えば忘れて欠け堕ちて仕舞っているのだとしても。
    『吾輩は、川島須磨子。吾輩は――』
    「須磨子さんは沢山の怪異……怪談を纏っておられるようですが」
     しかし改めて、判っていて突き刺すは菖蒲。
    「初めの怪談はどんな物語だったんですか?」
    「ボクは、キミの創造した都市伝説を聞きたいんだけどね」
     続き向けられた柩の切っ先は凍てつくように、冷たい。
    「結局さぁ、須磨子ちゃんがやってる事って他人の創作の『後付け』なんだよね」
     でも、同じ意味の彦麻呂の声はあたたかかった。
    「人が死ぬ瞬間の、濃密な感情が好きなんでしょ?」
    『吾輩は――嗚呼、そうな、死の間際の濃厚な感情は、好きだな!』
     あがった面が離れぬように、レオンははしりと白い腕を取る。
    「聞いて嗤え、バカバカしいことを言うぞ」
     そろそろ幕だ。
     雪紗の帯に引き摺られ倒れ伏す坂道ノ母の頭は宗次郎に掴み上げられて、まさに吸われんとしている。
    「よく見てろ、タタリガミ」
     出来ぬ事を嘲笑うように七不思議使いの男は母を自らの肥やしに変えた。
    「こっち見ろ」
     逸れた視線が腹立たしくて引き寄せた三日月へレオンは呟きを落とす。
    「――オレはキミに恋してる」
    『!』
     あけすけない好意に死人のような頬が朱に咲いた。
    「だから、こいよ全身全霊。全部受け止めてやるさ」
    『莫迦か、貴公は! ならば此の話を聞いて、死ね死ね死ね! ……死んでその感情を吾輩に、おくれ』
     そう、誘いにのり奇譚を語ろうと、した。
     だが、
     何も出てこなかった。
     何も何も何も、借り物ばかりで、そう、何もかも。
    『………………帰る』
     辛うじて落とした声と共に軍服を肩から外し鳥籠ごと抱えると、川島須磨子は踵を返す。
    「全ての存在は普遍ではいられない。怪異も、そして恐らくは……」
     雪紗の独り言を聞きながら、皆、須磨子から剥ぎ取った仮面を手に次へと想いを馳せる。
     ……さぁて、第三幕はどうなることやら?

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 9
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