自救自息

    作者:灰紫黄

     高校生、甲木・練は一人暮らしである。
     いや、正確には違う。幼くして父に捨てられ、母と二人暮らしだ。といっても、外に男を作って帰らないが。生活費などは自分で稼がなくてはならず、高校には通わずコンビニのバイトで食いつないでいた。
     人間は結局、自分の力で生きていくしかない。自分で自分を救うしかないのだ。そのことを教え、生きる力が身に付くまで育ててくれたのはほかならぬ両親であり、その点では感謝していた。
     明日も明後日も、特に変わらない。何の根拠もなく、ないからこそそう思っていた。
     だが、それは妄想で終わった。血が熱い。爆発しそうな錯覚。急速に自分の体がおかしくなっていくのが分かった。そして、何より強いのは、血を飲みたいという猟奇じみた衝動だった。
    「……やめろ。やめてくれ! 俺はあんたなんて大嫌いだ!」
     無意識に叫んでいた。けど、こう叫ばないといけない気がした。あとはもう、何も覚えていない。

     闇堕ち仕掛けた一般人がいる。未来を垣間見た口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)はいつも通り灼滅者達を集めた。
    「揃ってる? 説明を始めるわよ」
     わりと早口だった。なんとなく緊張した様子から、切迫した依頼だと灼滅者も察する。
    「ヴァンパイアに闇堕ちしそうな人がいるわ。名前は甲木・練。高校生よ」
     父親は離婚、高校入学と時を同じくして母親も失踪。今はコンビニのアルバイトで生計を立てているようだ。ヴァンパイアは近縁者に連鎖して闇堕ちする性質を持ち、おそらくどちらかに巻き込まれたのだろう。
     闇堕ちの兆候が出るのはバイトの帰りになる。速やかに対処しなければ、完全に闇堕ちしてしまうだろう。
    「だけど、みんなも知ってる通り、甲木くんに灼滅者の素質があれば、倒すことで救出できるわ」
     つまり、救うことができるのは灼滅者のみだ。それが叶わないなら、灼滅するほかない。
    「甲木くんは自分の血液作った十字架型の武器を使うわ」
     使用するサイキックはクロスグレイブとダンピールに準じる。ただし、その威力と精度はダークネスのものと変わりない。
     もし説得で彼の人の心を強く保てたなら、戦闘能力は減衰し、同時に救出の可能性も上昇する。ただ、これまでの境遇から人間不信の傾向があり、簡単な言葉では届かないかもしれない。
    「両親を憎んでないって彼は言ってるけど、本当は違うと思う。だけど、それを認めると自分の不幸も認めるというか…………上手く言えないけどそんな感じ」
     目は悔しそうだ。だが、自分の一言に人命がかかっている以上、あまりいい加減なことも言えない。抽象的でも、間違ったことを言うよりはましだ。
    「彼は、人間は自分で自分を救うしかないと思ってる。でも今はみんなの助けを必要としてるはずよ」
     救いを求めぬ者を救えるだろうか。それは灼滅者だけが知っている。


    参加者
    神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)
    久遠寺・四季(吸血少年・d10100)
    齋藤・灯花(麒麟児・d16152)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)
    尾守・夜野(高性能食べ物検知器搭載済み・d35200)

    ■リプレイ

    ●宵闇
     世界は、闇だ。練は急速に力を失いながら、いや、力を得ながらそう思った。体に力が溢れる。けれど、その力は彼自身のものではない。意識が薄くなっていくのを感じた。
    「大丈夫? 辛そうな声が聞こえたけど」
     遠くから……路地の入口から少女の声。巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)だ。警戒されないための演技だろう。偶然を装って現れる。他の灼滅者もそれに続いた。ESPで人払いも済ませているため、一般人が出てくることはない。
    「どうした、随分具合が悪そうじゃないか」
     と槌屋・透流(トールハンマー・d06177)。顔色をうかがう風にして、練の様子を確認する。鋭い目つきは刃に似ていた。犬歯がやけに長く見えるのは、闇堕ちのせいだろうか。
    「っ!!」
     瞬間、赤い血の十字架が閃いた。咄嗟に齋藤・灯花(麒麟児・d16152)灯花が割って入る。
    「灯花たちはあやしいけどあやしくないです! でもたぶんそれどころじゃないですね」
     戦闘の構えを取る。接触くらいは穏便にいきたかったが、そうはいかないらしい。驚いた表情で自らの手を見下ろしていた。おそらく、本人も意識していない行動なのだろう。肉体がダークネスに操られているのだ。
    「身体が乗っ取られているのね。でも、まだ引き返せるわ」
     四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)の脳裏に、愛しい人の記憶が蘇る。別れてしまった道はもう戻らない。けれど、目の前の彼は選んでさえいない。同じ血の因縁を持つダンピールとして、できるかぎりのことをしようと思った。
    「見事に吸血鬼化しておるの。さぞ苦しそうじゃ」
     暗い中ですら分かる赤い瞳。鋭い爪と牙。それでもおおむね人の形を残していて、いわば魔と人の中間であった。いっそどちらかであれば楽だろうに、と神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)はそれを皮肉に思った。
    「初めまして、ボク達は武蔵坂学園の者ですけど……あなたを助けに来ました」
     久遠寺・四季(吸血少年・d10100)もまたダンピールだ。練とは逆に裕福な家庭で育った彼が、ここで練と対峙するのも因果だろうか。偶然でもあり、そして必然でもあった。
    「こんばんは。オレは やの」
     狼の耳がぴくりと揺れる。一人でいる期間が長すぎたためか、尾守・夜野(高性能食べ物検知器搭載済み・d35200)の言葉はたどたどしい。だが、赤い瞳は真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに練を見ていた。
    「なんか、見てるこっちも辛くなりそうだよ」
     そう言って、苦笑する月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)。大切な人を失った悲しみもあれば、大切な人がいないという悲しみもある。それがここで交差するのは、きっと意味のあることだ。
    「お前らは俺を…………殺しに来たのか」
     練は自分が化け物になりつつあるのを感じていた。ふっと息が漏れる。寂しげな笑みが浮かんで、少し安堵の色があった。

    ●自救
     灼滅者の布陣は前衛が四、中衛が一、後衛が三。まだ有利とも不利ともいえない。説得の成否が状況を左右するだろう。
    「アオォーン!」
     餓狼のごとく、夜野は吠えた。 救出のためには説得も肝要だが、ダークネスをねじ伏せることも忘れてはいけない。前足、いや腕から爪のように鋼糸が伸び、練へと迫る。けれど、容易く回避された。今の彼はダークネスと変わらない力を持つ。簡単には当たってくれない。
    「まず、あなたの渇きの原因は吸血鬼化だよ。親も被害者だけど、あなたはとばっちりね」
     状況を軽く説明するが、理解できているかは怪しい。棒が悠花の手で踊り、魔力を帯びる。突き上げれば、内側でエネルギーが炸裂した。
    「人の生い立ちは人それぞれ、別に両親を憎んでも良いのだと思います。だから、教えてください。どう思っているのか」
     四季の周りに三本の魔力の矢が生まれ、そして収束する。矢は光となって、練へと突き刺さった。攻撃よりも言葉に思いを乗せて、同時に問うた。
    「俺のこと、知ってるみたいだな」
     苦虫をかみつぶしたような顔。練の顔には苛立ちが浮かんでいた。最初は偶然を装っていたのだが、その齟齬に気付くほど余裕はないようだ。
    「とりあえず、答えてやる。その辺に転がってる、普通の親だ」
     十字架から無数のとげが生え、そして灼滅者に飛んだ。透流は仲間を庇うが、傷口から感覚がなくなっていく。
    「普通の親は、転がってなんかいない。あまり溜めこむな、そこから腐るぞ」
     練の言葉は本心ではない。顔を見れば、それは簡単に分かった。だが、それを彼の口から言わせるのは骨が折れそうだ。強情なのか、あるいは本当に気付いていないのか。
    「本当に君はそう思ってる? 本当は辛いんでしょ? 僕達は君の本音を聞きたいんだ!」
     孤独の意味を、黒は知っている。振り返れば、いつもいる人がそこにいない。右を見ても左を見ても、そして前を見ても。それが辛くないわけがないと知っている。だからその虚飾をたたき斬るため、鎌を振るう。
    「素直になれないのであれば、今吐き出してしまうのもいいかもしれないね。全部、話して」
     夜霧を放ち、詩乃は前衛から麻痺を取り去る。練を目の前にすると、闇堕ち寸前の飢餓感を思い出した。自分も同じだったから、早くなんとかしてあげたい。それまで誰かの痛みは、自分が癒す。
    「許せないことがあったら怒っていいのです! こんちくしょー、て思っていいのです。むしろそう思うのが、普通の親子だと思うのです!」
     灯花は會津の蕎麦のご当地ヒーローだ。家族に愛されて育ったが、蕎麦の好みが違えば対立するかもしれない。でも、それでいいと思った。たまに怒ることがあってもいいし、それくらいがいい。蕎麦の花に似た、赤と白のビームを撃つ。
    「甘えるでないわ! そなたが不幸? 全く生ぬるい。苦労はすれど、生きるに不自由せぬ平和なこの国で、高々その程度で不幸なぞとは笑わせる。そんなもの大した不幸ではないと叫べ! さすれば、我らが必ずや助けてしんぜよう!」
     もって生まれた星なのだろう。美沙の言うことはどこまでも大仰だ。不幸と憎しみを跳ね除けろ、と彼女は言った。その程度、と切り捨てた。だが、それは切断に比べれば骨折は怪我ではないというようなものだ。他人の痛みが分からぬのも、もって生まれた星だろうか。彼女は、人として強すぎた。
    「……訂正する。お前らは、俺のことは知らないみたいだ。なら、さっさと殺してくれ」
     ふうぅ、と息を吐く。怒りが消えた。その代わりに諦めが顔を出した。練は親への憎しみから堕ちようとしているのではない。憎しみによって闇堕ちに耐えているのだから。

    ●叫び
     人は自分で自分を救うしかないのなら、彼を誰が救うというのだろう。練はすでに自らを諦めかけていた。誰かに迷惑をかけるのは癪なので、さっさと消えたかった。
    「甲木さんひとり いきてきた いうけど ちがうよ。きっと まわりのひと バイトさきのてんちょーさんとか たすけよう おもってくれていたひと いるよ」
     と夜野。言われて、思い出した。特に善人とも悪人とも思わないが、店長は練を雇ってくれた。確かにそれは、助けになっていた。
    「自分で自分を救おうとしても限界がある! だから、僕達が君の支えになる! 大丈夫、君は1人じゃないよ! …………一緒に来い、練!!」
     血の十字架と、鎖のクロスグレイブが交差する。防御されるが、それでも黒はその上から殴りまくった。そして叫んだ。この思いは、遠慮していたら、足踏みしていたら、伝わらないから。
    「うるさい! お前らには、関係ない!」
     怒りとともに、赤い刃が閃く。誰も怯みはしない。逆に、感情を見せたことに笑みを浮かべた。
    「そちのことなど、妾も知ったことではないわ。それでも、来いと言ったら来るのじゃ!」
     説得……というより説教……は突っぱねられたが、だからといってはいそうですかと引き下がるほど美沙はお人好しはなかった。鬼の腕で練をつかみ、地面に叩き付ける。
    「まぁなんだ。今のうちに吐き出せ。頭に血が上ったなら、その勢いで言えるだろ」
     透流は交通標識を赤に変えてひっぱたいた。大声で何かを叫ぶ人の画の上に、我慢禁止と字が乗っていた。彼女自身だって感情表現は得意ではない。でも、それを理解sて受け止めるてくれる仲間がいるから、こうして戦える。
    「お前ら、さっきから俺に何を言わせたいんだよ」
    「なんでもいいよ。でも、正直に話して」
     練が悪態をついて攻撃を繰り出す度、詩乃も回復を飛ばす。いたちごっこだ。当然サイキックの回復だけではすべての傷は癒せないので、限界はある。でも、終わりは見えている気がした。希望の尾を、すでにつかんでいる。あとは手繰り寄せるだけだ。
    「じゃあ、言ってやる!」
    「さぁ来いなのです!」
     怒りで顔を真っ赤にした練の前に、灯花が立ちはだかった。胸には衣装の教えが燦々と輝いていた。曰く、意地っ張りにはそれ以上の意地を叩きつけろ、と。ヒーローの意地で攻撃を受け止め、なおも仁王立ち。
    「俺は、あいつらなんか大嫌いだ! 俺は、あいつらが憎い!!」
     ほとんどヤケになって叫ぶ。客観的に見れば、みっともないかもしれない。そんなこと、練だって分かっている。だから今まで言えなかった。
    「そうです。それでいいんですよ」
     頷いて、反撃の斬撃を放つ悠花。彼女もまた、宿敵への怒りと憎しみを抱いている。それは否定できない。けれど同時に、ひとりの少女として、学生としての生活を慈しんでいる。練もそうなれたら、と思った。
    「あいつら見付けたら、ぶっ飛ばす!」
    「……分かりました。なら、戻ってきてください。こちら側に」
     ぎゃーぎゃー恐竜みたいに叫ぶ練を、赤い光を纏った日本刀が黙らせた。倒れた彼を振り返って、四季は苦笑した。子供みたいな寝顔だったから。

    ●帰還
     しばらくして、練は目を覚ました。犬歯も元通りで、灼滅者に覚醒したようである。
    「今回は世話になったようだ。なんというか、すまない」
     地面に正座し、土下座する練。ものすごく律儀な感じがした。
    「つきましては、今回のことは忘れていただきたく……」
     と思ったら、ただ忘れてほしいだけだったようだ。
    「却下じゃ」
    「不可だ」
    「ダメです」
    「同じくです」
    「ダメなのです」
    「それは聞けません」
    「アウト」
    「だめ」
     全員一致で拒否された。がくりとうなだれる辺り、年相応の反応だった。
    「これ おにく。わすれるひつよう かくすひつよう ない。ほんとの きもち」
     さっきまでアオーンしてた夜野。今は人間に戻ったようで、持ち歩いていた『おにく』を練にあげる。
    「せっかく正直になれたんだから、このままでいいだろう。正直は大事だ」
     うん、と自らに言葉にうなずく透流。練ではなく、自分自身に言っているように見えなくもなかった。
    「さて、と。ひとまず学園の説明からかの」
     美沙が語るのは、ダークネスという世界の真実、そしてそれに抗う存在のこと。練はにわかに信じられない、という感じだった。
    「私が今こうしているのは、吸血鬼となってしまった姉と、その仇を探して滅ぼすためです。もしあなたも、あなたの親やその仇を探すことを望むなら、私達の仲間になりませんか?」
     と悠花。彼女は宿敵を討つために入学した。それを果たすのに、学園以上の場所はなかった。
    「みんな仲間だし、家族みたいなもんだ。楽しいと思うぜ」
     立ち上がるのに、黒は手を貸してやる。戦うだけではない。学園には、学生としての暮らしも待っている。失ったものを取り戻すのにも適しているだろう。
    「武蔵坂にはあなたみたいな境遇の多いので、もう一人にはならないと思いますよ」
     傷付いた眼鏡の奥で、黒い瞳が笑む。四季の周りにもそういう境遇のものがいるのだろう。いなくても、探せば見つかるだろうが。
    「分かったよ、行く。行くからそのエンドレス勧誘やめてくれ」
     やれやれ、と肩をすくめる。忘れてくれないと観念したのか、地が出てきた。
    「ようこそお兄さん。でも、今からだと大変かもしれないね」
     悪戯っぽく笑って、詩乃は高校のシラバスを見せた。シラバスは授業計画のことであり、当然、練はそれから大きく遅れていた。そっぽを向くのを見て、笑みを深める。
    「帰りましょ。みんなで」
     そう言って、灯花は踵を返した。残りの七人が、いや、八人が後に続く。
     自分で自分を救うしかない、と誰かは言った。けれど、そうではないと違う誰かが言った。どちらが正しいのか、それは灼滅者だけが知っている。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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