松戸密室掃討作戦~渇血の姫君

    作者:牧瀬花奈女

    「皆さん、集まっていただいて、ありがとうございます」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、空き教室に集まった灼滅者達にそう言うと、軽く頭を下げた。柔和な笑みを浮かべていたその表情が、しかしすぐに引き締まる。
    「松戸市で発生していた、密室事件はご存知ですね?」
     御厨・望(ひだまりファイアブラッド・dn0033)が神妙な顔で頷く。
    「実は先日、この密室事件を起こしていた、MAD六六六の幹部であったハレルヤ・シオンさんの救出に成功したんです」
     わあっと、教室の中に歓声が満ちた。そんな灼滅者達に頬を緩め、姫子は説明を続ける。
    「ハレルヤさんはMAD六六六の幹部で松戸の密室の警備を担当していた事もあり、救出によって松戸市の密室の詳しい情報を得る事が出来ました」
     今回はその情報を元に、松戸市の密室を一掃する作戦を行う事となった。この作戦に成功すれば、迷宮殺人鬼・アツシの引きこもる密室への侵入も可能になるらしい。
     そしてアツシの灼滅に成功すれば、松戸市の密室事件を完全に解決する事が出来るだろう。
    「皆さんに向かって欲しいのは、松戸市にある大型ショッピングセンターです」
     そこの2階にある休憩コーナーにいるのは、自らを『姫君』と自称する六六六人衆。密室化したショッピングセンターの中で、血に飢えた姫君はまるで暴君のように振る舞っているという。
     姫君は気に入った二人の男を召使いとして従え、この二人に毎日数人ずつ生贄を選出させる。生贄に選ばれた数人は一人ずつ姫君とダンスを踊らされ、粗相をした者がその場で殺されるのだという。
     密室に捕らわれた人々はいつ生贄に選ばれるか、いつ殺されるか分からない状況で、非常な緊張状態に置かれているそうだ。
    「それじゃあ、パニックテレパスとか使っちゃうと……」
    「酷い混乱状態に陥るかもしれませんね」
     姫子の言葉に、望はむうと考え込む。
     ショッピングセンターに捕らわれている人々は、召使いの二人を含めておよそ千人。姫君を灼滅した後に避難させるのか、姫君に見付からないよう事前に避難させるのか。考えどころだ。
    「密室に捕らわれている人々は、1階の中央付近に集められているそうです。姫君は特別な事が無い限り、2階の休憩コーナーから動かないとの事です」
     1階の出入り口は、東西南北それぞれに1箇所ずつ。密室への侵入はどの出入り口からでも問題無く行える。
     姫君は銀の解体ナイフを持ち、戦闘になればそのサイキックと殺人鬼のサイキック、そしてシャウトを使用するという。
     説明を終えると、姫子は改めて灼滅者達を見渡した。
    「今回の作戦は、松戸の密室事件を完全に解決するチャンスになります。全ての密室を掃討し、密室殺人鬼アツシを引きずり出してください」
     頑張ってくださいねと、姫子は灼滅者達を見送った。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    水之江・寅綺(薄刃影螂・d02622)
    霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)
    麻古衣・紬(灼華絶零・d19786)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    アリス・ロビンソン(百囀り・d26070)
    レイヴン・リー(寸打・d26564)

    ■リプレイ


     ショッピングセンターの中は静かだった。普段ならば流れている筈の店内の音楽や、人々の話し声すら聞こえて来ない。照明が煌々と灯っているだけに、その静けさは異様だった。
    「話に聞いちゃいたが、なかなかあっさり入れるもんだな」
     落とした声で囁いたのは、レイヴン・リー(寸打・d26564)。でもって、脱出の方は――と試しかけて、胸中で首を振る。脱出するのは、捕らわれている人々を救い出してからだ。
     あの軍艦島から半年。仲間達と共に歩を進めながら、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は思う。ゴッドセブンも色々とかき回してくれたけれど、確実に数は減らして来ている。
    「ザ・人間の屑が何を考えているかは知らないけど、戦力分散してくれて結果的には助かってるわね」
    「そうですね」
     頷くアルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)の瞳には、強い決意が宿っている。この密室にいるのは、血に飢えた暴君。そんな卑劣なモノを放っておくわけには行かない。
    「案内板……あったよ」
     水之江・寅綺(薄刃影螂・d02622)が足を止め、皆にそれを示す。
     灼滅者達が真っ先に目を走らせたのは、2階の休憩コーナーの場所だった。姫君のいるそこと、捕らわれた人々が集められている1階の中央部分。その位置関係を素早く確認する。
    「この位置だと、2階からは死角になりますね」
     麻古衣・紬(灼華絶零・d19786)の言に、皆が頷く。2階へ至る階段は二つ。いずれも1階の中央部分の近くだ。
     行きましょうと、霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)が言って、灼滅者達は再び歩き出した。
     緊張のためか表情の硬い御厨・望(ひだまりファイアブラッド・dn0033)の肩を、志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)が後ろからぽんと叩く。
    「一緒に頑張ろうね」
    「……うん」
     頷く望の表情はまだ硬かったが、声には柔らかさが戻っていた。
     1階の中央部分には、多くの一般人が集められていた。そろりとそこに合流した灼滅者達に、幾人かがちらりと視線を送る。
    「あなた達も捕まったの?」
     アリス・ロビンソン(百囀り・d26070)にそう声を掛けて来た女性の腕には、アリスと同年代の子供が抱き締められていた。大きなペリドットの瞳を半ばまで伏せ、アリスは眉を下げる。
    「うん……アリスたちも、ここから出られなくて……」
     きょろきょろと辺りを窺う様子は、怯えた子供そのもの。けれど彼女の内には、恐ろしさも憤慨も呑み込んだ覚悟が宿っていた。
     人々の中に微かなざわめきが生まれたのは、灼滅者達が静かに階段の方へと移動した時だった。
     ためらいがちな靴音に目をやれば、強張った表情で階段を下りて来る二人の男が目に入る。ひっ、と近くの一般人が息を呑んだ。彼らが召使いだ。
     二人が1階に下りると、薙乃が彼らの前に立った。赤茶の眼差しが召使い達を見据える。
    「このまま1階に留まって。決して2階には上がって来ないで」
     愛らしい少女のまとう王者の風に、召使い達はぎくしゃくと頷いて階段脇にうずくまった。
    「後は姫君を倒すだけですね」
     呟く紬が後ろを振り返ると、人々の中に紛れていた流希が軽く手を挙げた。助けに来たぜと。その側では直哉が、今は騒がない方がいいと一般人達に呼び掛けている。
     この場は彼らに任せても大丈夫だろう。そう判断した灼滅者達は、階段を駆け上がった。


     階段を上り切った灼滅者達が最初に気付いたのは、鉄くさい臭いだった。歩を進めるに従って、その臭いは徐々に強くなって行く。
     そして休憩コーナーへたどり着いた時、灼滅者達はその臭いの源が何であるかを悟った。
     血だ。
     まだらに乾いた血溜まりが、灼滅者達の鼻腔を刺激しているのだ。
     ここで幾人殺したのか。休憩コーナーの床は、血で染まっていない部分を探す方が難しいほどだった。
    「あら、今回はずいぶん早いのね」
     足音を聞きつけて、金の髪を揺らしながら姫君が椅子から立ち上がる。その碧眼が灼滅者達を捉えて、きょとんと丸く見開かれた。
     ぱちぱちと瞬きを繰り返す様は、どこかあどけなさすら感じさせる。しかし右手に握られたナイフから滴る血が、姫君が紛れもなく六六六人衆である事を示していた。
    「Slayer Caed, Awaken!」
     高らかに封印の解除を宣言したのは、前衛に進み出たアリス・バークリー。しなやかな手の中に、淡い白光で構成されたサイキックソードが一瞬にして現れる。
    「密室の姫君、なんて狭すぎて滑稽だよ……君を殺して、こんな三文芝居は幕にしよう」
     続いて寅綺が蟷螂の鎌を模った影をまとい、霊犬の壬戌が仲間を守る位置についた。その横に、レイヴンの霊犬である王狼が立つ。藍がサウンドシャッターを展開した。
     次々と武装を完了させ陣を取る灼滅者達に、姫君の目がきゅっと細まる。
    「灼滅者……!」
     正解ですと、アルヴァレスが妖の槍を構えた。
    「貴公を灼滅する……黄泉の旅路、御案内仕ります……!」
     照明に輝く槍の穂先が螺旋の捻りを帯びて、姫君の腹を穿つ。咄嗟に身を引いたのか、手応えは浅かった。
    「悪趣味なダンスがお好きなようですね『姫君』。ひとつ私を相手に、武道という名のダンスのお相手をして頂けませんか?」
    「いいわ。今回はあなた達を殺すことにしましょう」
     次いで槍を構える藍に、姫君は銀のナイフを構えて応じる。舞うように弧を描いた槍の穂先は、ナイフの腹で受け止められた。
     階段の前に立ったアリス・ロビンソンは、スナイパーの位置から情熱をこめたダンスを踊る。高まる力を感じながら周囲に目を配れば、もう一方の階段前をイリスが塞いでいるところだった。
    「わざわざ訪ねてきてやったぜ。悪いが、これ以上あんたらの好き勝手にしてもらうわけにはいかないんでな」
     レイヴンのエアシューズが流星のきらめきを宿し、姫君の足首を打つ。わずかによろめいた隙に、アリス・バークリーが接近し掌を姫君に向けた。お姫様、ご機嫌いかが? と。
    「マジックミサイルとオーラキャノンと影喰らいの、三属性カクテル、試してみない?」
    「あいにく私、未成年なの」
     高純度に圧縮された魔法の矢を至近距離で受けながら、姫君はナイフの刃をきらめかせる。毒の竜巻が前衛を襲った。望が後方から清めの風を吹かせるが、湧き出た多くの毒は消し切れない。後衛のアリスがギターをかき鳴らした。
    「ジャマーですか……」
    「厄介だね」
     アルヴァレスのフォースブレイクを見届けた後、寅綺は柄に薊の彫金された日本刀に手をかけた。薄く赤みを帯びた刀身が引き抜かれる。鋭く真横に振り抜かれた刃は白い軌跡を描き、姫君の胸元をまっすぐに切った。
     姫君の作り出した血溜まりを踏み締めながら、薙乃は怒りを込めてクロスグレイブを構える。
     ここで殺された人々にも、帰る場所があっただろう。帰りを待ちわびる家族がいただろう。姫君はその全てを、己の欲望のために奪い去ったのだ。
    「ここから先は絶対通さない。もう二度と階下に……誰かを殺しに行かないで!」
     クロスグレイブの銃口が開き、聖歌が響く。せめて悲劇を終わらせたい。願う心に応えた光の砲弾が、姫君の業ごと細い体を凍て付かせた。
    「さ、姫様とやら。過ぎたおいたとあんたの独壇場はここまでですよ。早くご退場願いますねー!」
     紬のまとうバトルオーラが右手に集束し、輝きを伴って姫君の体を連打した。砕けた氷のかけらが辺りに散る。藍は己が身にカミを降ろして、両手を姫君に向けて差し出す。姫君の足元に渦巻く風の刃が生まれ、彼女を切り裂く。レイヴンのレーヴァテインが、一拍遅れて後を追った。
     アリス・バークリーの銀河のごときオーラを避けて、姫君は灼滅者達に目を走らせる。
    「1、2、3、4……ワンちゃんも入れて8人。ずいぶん前のめりな編成ね」
     くすりと姫君の口元に笑みが浮かぶ。
    「後ろに守りたいものでもあるのかしら?」
     一瞬の後、姫君は無尽蔵の殺意を紡ぎ出していた。どす黒い殺気の行方は、後衛だ。
     ぐちゃりと何かが潰れるような音を立てて、望が血溜まりに沈んだ。


     密室なんてものを作れるダークネス。足元から影を伸ばしながら、寅綺は考える。なりたくはないけれど、その力にだけは憧れすら感じた。
     あいつ等の方が、殺人鬼としては完成してるのかな。そう思う間に、影は姫君を呑み込んでいる。
     パンがなければお菓子を食べればいいといいますが。武器を掲げながら、紬は床の血溜まりに目を向ける。血に飢えたからって、まき散らしちゃあどうかと思うのですよ。胸中で呟きつつ、紡ぎ出すのはイエローサイン。
    「メディックが潰されたのが痛いですね」
    「でも、頑張らないと」
     紬の言葉に頷きながら、藍は右腕を異形へと変形させる。凄まじい膂力は姫君の脇腹を鋭くえぐった。
     癒し手の数が減った今、灼滅者達は攻撃の手を休めて回復に手数を回さざるを得なくなっていた。その間に姫君はシャウトで傷を癒し、ヴェノムゲイルで毒をまき散らして行く。
     2体の霊犬はとうに消え、紬のイエローサインとアリス・ロビンソンのリバイブメロディが回復の柱となっていたが、癒し切れない傷は徐々に積み重なりつつある。
     マテリアルロッドを握り締めるアルヴァレスの脳裏には、1階にいる怯えた人々の姿があった。これ以上、犠牲者は出さないと決めたのだ。
    「その絶望……叩き壊します……!」
     ロッドの先端が姫君の肩を打ち、流し込まれた魔力が内で暴れる。衝撃で一歩後退った姫君は、しかしすぐに体勢を立て直して唇の端を持ち上げた。
    「くそっ……まだまだ余裕って感じだな……!」
     藍へ集気法を使うレイヴンを見て、姫君は殺意を解き放つ。黒で彩られた殺気は彼と紬を呑み込み、床に沈めた。
     右手に握った赤いピックに力を込めて、アリス・ロビンソンは歯噛みした。自分に声を掛けてくれた、母親の姿が瞼の裏に映る。あれだけの人の明日が奪われるなんて、嫌だ。バイオレンスギターが癒しの調べを響かせる。
     アリス・バークリーが光剣を閃かせ、姫君の加護を断ち切る。アルヴァレスの槍を避けた姫君へ、藍が毒の痛みを堪えながらステップを踏むように近付く。繊手が拳を形作り、細い顎を打ち上げた。
    「お返しよ」
     ぐにゃりと銀のナイフが変形し、藍の腹を突き刺す。そのまま引き裂くように振り抜かれ、藍の視界が暗転した。
    「まずい……かな」
     独り言つ寅綺は、しかし冷静に姫君の死角へ回り込む。赤みを帯びた日本刀が、姫君の背を裂いた。薙乃の指先が弧を描き、音も無く姫君の体を凍て付かせる。
     アリス・ロビンソンの歌声を受けて、細い体が揺らめく。それでも姫君は不敵に笑って見せた。白い指先が、倒れた灼滅者達を端から数えて行く。
    「1、2、3、4……そろそろ諦めて貰おうかしら?」
    「まだ終わっていないわ……!」
     アリス・バークリーのマジックミサイルをかわし、姫君は両腕を大きく広げる。碧眼は倒れた灼滅者達を捉えていた。
    「さあ、誰でもいいから死んでちょうだい」
     姫君の足元から、どす黒い殺意がこぼれ出す。それが音も無く広がって行くのを見て、薙乃は武器を握る手にぎゅっと力を込めた。
     この酷い殺戮を終わらせると決めた。
     皆を温かい場所に帰すと決めた。
     だから。
     兄さん、ごめん。
     唇が言葉を紡ぐ。
    「霜月さん?」
     隣にいた寅綺が、真っ先に異変に気付いた。
     姫君の殺意を飛び越えた薙乃の背には、骨の翼が生えていた。そして手には、身の丈ほどもありそうな鎌が握られている。
    「薙乃先輩……!」
     アルヴァレスだけでなく、その場の誰もが理解した。
     彼女が、闇に心を傾けたのだと。


     闇に堕ちた薙乃の力は圧倒的だった。余裕の笑みすら浮かべていた姫君は、瞬く間に防戦一方に追い込まれて行く。
     そうして薙乃の鎌がゆるやかな弧を描いた時、姫君は悲鳴すら上げずに虚空へ溶けて消えて行った。
    「みなさん、後はお願いしますね」
     仲間達を振り返り、薙乃はそう言って笑った。それが無理を押しての笑みである事に、灼滅者達は気付いていた。今この瞬間も、闇は彼女の体を乗っ取ろうと勢力を伸ばしているのだ。
    「薙乃ちゃん!」
     幼いアリスの声には答えず、薙乃は踵を返し走り出す。仲間から、救うべき人々から、一刻でも早く離れるために。
     そのまま走り去って行く優しいヴァンパイアを、灼滅者達はただ見送る事しか出来なかった。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:御厨・望(ひだまり・dn0033) 
    死亡:なし
    闇堕ち:霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674) 
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ