松戸密室掃討作戦~おうさまゲーム

    作者:佐伯都

    「皆もう松戸市で発生していた密室事件は知っていると思うけど」
     黒板へ、隣接しあういくつかの校舎と敷地の見取り図を描き終えた成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が、教室へ集まった灼滅者へ向き直る。
     先日救出に成功した、ハレルヤ・シオン――松戸市の密室事件を起こしていたMAD六六六の元・幹部。彼女が松戸の密室の警備を担当していたことにより、ようやく松戸市の密室の詳細を掴むことができた。
    「ハレルヤが持ち帰った情報をもとに、松戸市にまだ残っている密室を一掃できれば、迷宮殺人鬼・アツシがひきこもっている密室への侵入できるようになると思う」
     そしてアツシを灼滅できれば松戸で起こっている一連の事件を解決できるだろう。
     
    ●松戸密室掃討作戦~おうさまゲーム
     とある中高エスカレーター式の、それぞれの敷地が隣接する私立男子校。そこをまるごと支配しているソロモンの悪魔がいる。
    「生徒会長、と自称しているらしいけど本名は不明。判明しているのはここの高3の生徒で本当に生徒会長だった、って所までかな」
     ただ、名前のかわりと言っては何だが、彼の背景については少々情報がある。
     何でも先々代の生徒会長が人望と人格と能力を兼ね備えたかなりのカリスマだったようで、彼の強い推薦を受けた副会長がその後任に就いたものの、彼は次の会長選に推薦候補者を指名しなかった。
     前任者の影響をまるごと引き継いだだけに、それがたとえ生徒に強く支持され運営手腕を歓迎されていても、これ以上は腐敗の前例になりかねないと判断したのだろう。良い選択だ。
    「名会長が二代続いただけに、期待値は相当高かったと思う」
     彼に人望や能力がなかったわけではないが、名会長二人を懐かしむ声、慣例化していた部分へ大ナタを振るった反発などが波紋のように広がり、急速に支持を失っていった。わかっているのはそこまで。
     彼がいつどのような方法で、理由で、反転するかのように恐怖政治を敷き隣接する中等部までをも支配したかは分からない。
    「まだ夏休み中だから普通生徒は登校していないはずなんだけど、そんなもの暴君には関係ないからね」
     そうして彼は閉じた王国の頂点に座り、生徒のみならず職員も支配下に置いている。
     気紛れな王様ゲームを数日間隔で開催しては人道や倫理に反する無理難題をふっかけ、それでも命惜しさにゲームへついて来た者に忠臣ポイントなるものを付与し、数に応じた地位を割り振るのだ。
    「ポイントがプラスどころかマイナスになれば叛意ありと隔離し、ある程度の人数が揃ったところで二つのチームに分けてコロシアム形式で死ぬまで争わせる。どちらが勝つか、あるいは誰が勝つかで賭けをして、オッズに伴って忠臣ポイントも増える……ってシステムだね」
     人道や倫理に反した王様ゲームというだけで十分に嫌な話だが、下には下がある、という事らしい。
    「男子校とは言え学校だから、制服着用のうえ他より目立つ事を控えればさほど潜入自体は難しくないと思う。生徒会長に接触する方法は二つ」
     一つ、潜入し、まっすぐ高等部の生徒会室にいる生徒会長を強襲する。
     しかしコロシアムが開催されている警戒の手薄な時間帯を狙うことになるため、潜入開始から生徒会長までの撃破までの間、コロシアムで剣闘士とされた生徒が互いに互いを殺しあう。これを止めるための手段はない。しかし最も手っ取り早く、かつ安全に生徒会長を灼滅できるだろう。
     二つ、コロシアムでの試合を止めたあと、あらためて生徒会長を倒す。
     単純に試合へ割って入ればいいので、コロシアムにいる生徒の命は保証される。しかし襲撃に対し準備する時間を与えてしまうので、生徒会長は忠臣ポイントの高い生徒や職員を十数名ほど強化一般人化し、会長室までの守りを完全に固めるだろう。
    「校舎や敷地内部は、この通りさほど複雑じゃない。生徒会長室はここ、高等部の二階の一番奥」
     樹は黒板に描いた見取り図の一角に×を記し、チョークを置いた。
    「今回、ハレルヤから情報を得られたことは松戸の一連の事件を完全解決する好機、と思ってほしい」
     そしてすべての密室を掃討しアツシを引きずり出せれば、これまで理不尽な死へ追いやられてきた多くの命へ報いることにもなるだろう。


    参加者
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    綾峰・セイナ(銀閃・d04572)
    冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)
    華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)

    ■リプレイ

    ●絶対者の気晴らし
     わあわあと熱狂にうかされた歓声が湧いている体育館の前へ立ち、結城・桐人(静かなる律動・d03367)は隣に立つ鈴木・昭子(金平糖花・d17176)をちらりと見る。
    「いいか」
    「準備はできています。どうぞ」
     猫っ毛のながい髪は編み込んで帽子の中へ押し込み、華奢な身体にはいっそ凜々しく見える男子制服。
     その背後に控える湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)や華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)の変装もなかなかのものだったが、平素あまり女っ気のない冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)の堂に入りっぷりは流石、といった所だった。踏み込むまでは大人しくしていようという事なのかいつもより翼の言葉数が少ないのも、余計に男らしさを煽る。
     いつも心強い相棒、オロピカをひと撫でしてやってから雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)は軽く右腕を振り、その腕へ縛霊手を顕現させた。サラシを巻いているせいかいささか呼吸が苦しいが、灼滅者の身体では何ら問題になりえない。
     そんな事よりも、目の前の理不尽な死を止める、そのほうがいつだって羽衣にとっては重要だ。
    「なかなか厳しい内容の任務だけど……少しでも助けられる命があるなら、全力を尽くさなくっちゃね」
     サラシすら必要なかったことに肩を落としていたものの、自らに気合いを入れる様に呟いた綾峰・セイナ(銀閃・d04572)へ、 黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が気怠い表情のまま視線をやる。
    「……ようやく、MAD六六六の引きこもり野郎に迫れるワケですからね」
     松戸市で多発していた密室事件、その首領を引きずり出すための尻尾をようやくここで捕まえたのだ。みすみす逃してやる理由も義理もない。
    「暴君なんて、下剋上されるものと相場は決まってるしな」
     ――引導渡してやろうじゃねぇの。
     暴力に酔ったような、およそまともな理由とは思えない歓声。ゆっくりと翼は右半身を引き、小さく笑う。
     暴君が催す狂った闘技へなど、礼儀正しく訪れてやる理由もない。
     ノーモーションからの回し蹴り、さらに観音開きの重い戸の中央を叩き割る踵落としへと繋げて、翼はよどんだ熱気が渦巻く体育館の扉を蹴破った。
     悲鳴のような歓喜の叫びのような、正気とはおよそ思えない歓声がやや鎮まる。
    「ちょいとお邪魔しますよ」
     指定のシャツの上へ羽織った黒パーカーのフードをちらりと上げて、蓮司はおそろしく端的な台詞を呟いた。

    ●至上者の戯れ
     体育館の壁の高い位置へ張り出したギャラリー部分には、床が落ちるのではと一瞬不安になるような人数がひしめいている。
     どれだけの人数の生徒が通っているのか正確なところは誰も知らないが、ギャラリー以外の場所で観戦している者も含めれば、少なくとも数百は下らないだろう。
     ステージ上にはオッズと思われる数字。すし詰めの観客の真ん中には、包丁やすりこぎや大型カッター、モップの柄やらフライパンの蓋、それを頭に被せようとでも言うのか、厚手の鍋などを手にして常軌を逸した笑みを浮かべている十名ほどの生徒の姿があった。
     ……正気ではないと羽衣は判断し、無言のまま身軽に人波をすりぬけ狂気のコロシアムの真ん中へ躍り出る。羽衣がつれてきた一陣の風は、その場の人間へ眠りを誘うものだった。
     意識を失ったものが大多数だったが、まだ立っているものもいる。あえて羽衣は魂鎮めの風の範囲からわずかな人数をはじいたようだ。
    「お前たちは下がっていろ!」
     ばたばたと倒れる生徒や、そこへわずかに混じっている職員を一瞥した桐人が、注目を集めるように大喝する。
     すでに潜入は果たされているので、これ以上男装を維持する必要はなしと判断した昭子は長い髪を押し込んだ帽子を取った。長い髪がすべりおちて背中へ広がる光景に、包丁を握ったままの男子生徒が困惑しきった顔になる。
    「殺し合いは止めてください」
    「もうこんなことする必要はないよ! ゲームはここで終わり!」
     なにぶんウィッグを被ったままなので灯倭も小柄な少年くらいにしか見えないのだが、声音でこの学校の生徒ではありえないことが明白だった。
     生徒ではない部外者の乱入、ついで突然周囲の人間がばたばたと眠り込んでいった異常事態から、眠らずに残された人間は逆に暴力の酩酊から引き戻されたようだ、と蓮司は推測する。
    「とりあえず、ここで大人しく待っててくださいよ。説明している暇がないのでね」
    「武器を捨てて、ここで待機をお願いします。わたしたちがこの元凶を除きますから」
     ちりり、と鈴を鳴らして周囲を見回した昭子が、コロシアムに集められた生徒たちの目にどのように見えていたかはひかるにはわからない。
     しかし、盛大にひきつったおかしな笑みを貼り付けていた少年の何人かが、疲れ果てたようにうずくまり人目もはばからずに涙を流しはじめた所を見ると、色々と限界が来ていた者もいたようだ。
     こちらへ食ってかかるような輩はいないかと翼は油断なく警戒していたが、杞憂に終わってくれたらしい。だが考えてみれば、恐怖心だけでここまで生徒を縛りつけていた生徒会長のやり口とは一体どんなものだったのだろう……一瞬想像してしまいそうになって、慌てて翼はその思考を打ち消した。嫌な予感しかしない。
    「パッパと片付けてくるから、大丈夫よ。皆安心して待ってて頂戴な」
     あくまで明るく言いきって、行きましょう、とセイナは短く呟く。
     この事態に介入し、元凶を片付けるということはすなわちどういう事なのか。きっと生徒たちはそんな事、知らなくていい。

    ●君王の遊戯
     昭子の先導で校庭を最短ルートで突っ切り、高等部の校舎へ向かう。
     対応する時間を与えるほうの方策を採ってしまったため強化一般人の出迎えは免れないが、あの時の光景を繰り返させないためならば羽衣に悔いはない。
     あの日あの時、啖呵をきったことを証明するためにも。
    「さあて」
     襟足の低い位置で結んだ髪を肩の上から払いのけ、翼は立ち止まる。二階へとあがる階段のなかば、微妙に焦点のあわない目でにやにやと笑う教員が立っていた。
    「通してくれりゃあ痛い思いはさせない……って、無理か」
    「……もう、仕方ないなぁ」
     ごちるように呟いた翼の隣、セイナが嘆息まじりの声をあげる。
     話に聞く『忠臣ポイント』なる数字をどれだけ稼いだ相手かだなんて、そんなものはわからない。わからないが、恐らくもうこれは駄目だとセイナの感覚が告げている。
     それはひかるも同じだったらしく、足元に相棒の霊犬を従えたまま、痛みを堪えるように狙いを定めた。彼等をもはや救えないことの辛さが薄まるわけではないが、何かを紛らわせるようにやや本題とは遠いことを口にする。
    「ダークネス同士の共闘関係は、恐いですね……」
     灯倭が軽快に階段を駆け上がり、サーヴァントの一惺が援護するように斬魔刀を振るった。段上の教員へ足払いをかけるように放たれたグラインドファイアによって、仕立てのよさそうなスーツが炎をあげる。
     階段、踊り場、廊下。教室前。
     数名、あるいは一人という数で、足止めなのか侵入者の数減らしなのか、強化一般人化された教員や生徒が次々灼滅者の前に立ちはだかる。
    「……ホント、すんませんね」
     メンバーと協力し最も消耗していそうな者、あるいはこちらに複数対象のサイキックを放たんとしている者を蓮司は狙い打ち続けた。
     慈悲をかけた所でもう救えない可能性が高い者が多いことはわかっている、それはこれまでの道中で、倒した後に何も残らないという事が続いていることからも明白だ。
     人倫にもとる王様ゲームを命惜しさに勝ち抜き、こうして生徒会長の身辺近くに召されているということは、もう取り返しのつかない場所まで来てしまっていたという事なのだろう。
     事前情報通りダメージが通りにくい強化一般人をフォースブレイクで沈めたセイナが、桐人からの祭霊光でほっと息をつく。眼鏡に眼光するどい目つき、少ない口数という、いかにもとっつきにくそうな外見に反して存外気の良いところも持ち合わせている友人がこの依頼に同席していることは、セイナにとっても心強い。
     いつしか校舎の端から端まで、長い長い廊下を突破した灼滅者達はつきあたりの生徒会室の前へ立つ。
     灯倭はひとつ肩で息をすると、おなじく引き戸の前へ立った蓮司をちらりと盗み見る。
     中にいる、とばかりに小さく首肯を返し、蓮司はゆっくりと引き戸へ指をのばした。

    ●王様ゲーム
     がらりと引き戸を開けた蓮司の目に、大きな机と大きな椅子、そしてそれに背中を深く預けて座る誰かの姿が見える。
    「……アンタも哀れですね」
     くるりと椅子を回して灼滅者に向き直った生徒会長は、そんな言葉を言った蓮司ににこりと笑った。
    「だれが哀れ、だって?」
    「プレッシャーに潰されて、人間辞めて。……そしてどこかの誰かに利用されて、ここで終わる、と」
    「こんにちは、おうさま」
     昭子は理不尽を嫌う。選択の余地がないのならなおさらだ。
    「……あなたひとりでは、これまで摘んだ命に見合いませんけれど。理不尽を働いた報いです」
     ばらりと、何か異様に物の少ない生徒会室の中に灼滅者が散開する。翼が暴君を椅子から叩き降ろさんとばかりに突進した。
     椅子から離れた生徒会長は余裕をもって翼を迎え撃とうとするものの、渾身の鋼鉄拳をまともに浴びてたたらを踏む。
    「王様ゲームは、もうおしまい」
     これ以上、この閉じた、狂気の王国での暴政は続けさせない。ウィッグをむしりとるように外し、灯倭は頭をひとつ振った。
    「これ以上好き勝手はさせないよ……!」
    「そっちが何なのかは知らないが、従ってやる責任はないな!」
     8対1という絶対的な数の不利。それを理解しているのかいないのかは不明だが、生徒会長が繰り出してくる日本刀の刀筋は意外に鋭い。
     青白い稲光を凝らせた雲耀剣をバックステップで軽快にかわし、タイミングを一瞬だけあえてずらした翼の足元から影色の猛虎が躍り上がる。ぶあつい前脚で膝のあたりを掻き裂かれさすがによろめく生徒会長を、今度はそれを待ち受けていた灯倭が死角から狙う。
    「はは、灯倭ナイス!」
    「うん、翼ちゃんも!」
     そんな、信頼感に満ちた台詞を嘲笑うように生徒会長は日本刀を振るった。
    「ふふ、ふふふはははは!」
     切っ先をかすめたひかるのシャツの肩口に、ぱくりと鋭利な口が開く。すかさず桐人がカバーにまわり、代わりに注意ををひくように蓮司が尖烈のドグマスパイクを叩き込んだ。
    「綾峰!」
    「平気」
     言葉少なに言い捨ててセイナは昭子の援護へ向かう。桐人が後方から回復で支えていてくれる、その事実だけで今は十分だ。勝てる。
     すでに、笑みを絶やさぬ生徒会長の旗色は良くない。灼滅者は最初から状態異常や自己強化に頼りすぎることなく、むしろ単純に火力をあげて殴りにいくことへ比重をおいた方策を採っていた。
     これでは回復量にすぐれ強化をキャンセルしに来るダークネスとて、数の優位を揺るがせることは難しい。
     小手先に頼らぬ、純然とした優位をさらに研ぐ戦法に、今やソロモンの悪魔となった独裁者が屈するのも時間の問題だった。
    「生徒会長、さん」
     あなたは、どうして堕ちてしまったの。
     決して見返りを求めたわけじゃないだろう。どこかで何かのネジが狂って、それを知りながらどんどん壊れて。
     ひかるにも覚えのある感覚だ。どこかで何かが狂ってしまった、こんなはずじゃなかった、こんな事をしたいわけじゃなかったのに。
    「うふ」
     最後まで、閉じた王国の主は笑みを絶やさなかった。炎に包まれ燃え落ちるように、床へと崩れていく。
     王は王らしく、常に威風堂々たれ。
     そんな言葉を聞いたような気がして桐人は溜息を一つ吐く。一瞬前まできちんと人型を保っていたはずの生徒会長の身体は、どろりと粘質の液体をまとわりつかせながらあっという間に消え失せた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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