松戸密室掃討作戦~誰が為の守護

    作者:長野聖夜

    ●闇に蠢く
    「……こういう密室もあったのか。……MAD六六六を結成出来るだけあって、アツシは懐が広いな……」
     ハレルヤから預かったレポートに目を通しながら、北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230) が、ポツリ、と呟く。
     その呟きに何人かの灼滅者が気になったのか、チラリと、優希斗の方へと視線を向けた。
     そんな灼滅者達に向けて小さく息をつき、そっと囁きかける。
    「やあ、皆。松戸市で発生していた密室事件は知っているよね?」
     優希斗の促しに、灼滅者達は一様に首を縦に振る。
     ある灼滅者達の活躍によって、MAD六六六の幹部となっていた、ハレルヤが救出されたことは、まだ記憶に新しい。
    「その救出されたハレルヤから、松戸市にある全ての密室の情報が齎された。……これを機に、武蔵坂学園は、密室殺人鬼・アツシ灼滅の為に攻勢に出る事を決定したんだ。今回は、その前哨戦。アツシのいる密室への道を切り開くために、松戸にある密室を一掃する作戦を一斉に行う。……その一つが、これだ」
     淡々と説明し、優希斗が手に持つレポートを指し示す。
     何故か、少しだけ憐れみを籠めた表情で。
    「君達には、松戸市にあるとある廃学校にある密室を掃討して貰う。……矛盾した偽りの想いを抱えたデモノイドロード……高木・勇太の灼滅を」
     優希斗の溜息に灼滅者達はそれぞれに息を呑んだ。
     
    ●偽りの想い
    「……勇太は、最近になってデモノイドロードと化した存在だ。……詳しい事情はよく分からないが、何らかの理由があって自分が死にそうになった時に、覚醒したらしい」
     デモノイドロードは、『悪』の心で理性を保つ。
     つまり、何らかの事情があって死にかけた、或いは殺されかけた時に逆に人を殺す様な何らかの『悪』を為して覚醒したのだろう、と言う話の様だ。
    「そこを、アツシが拾った。そして、1000人の『弱者』を集めた廃学校にある密室を、勇太に与えた。勇太は、その『弱者』を守ると言う強迫観念によって、自我を保とうとしていたそうなんだ」
     けれども……と優希斗が小さく首を横に振る。
    「勇太は、自分の自我を保つために、『人殺し』が必要で、闇に呑み込まれようとする度に其の弱者達を1人ずつ殺していたらしい」
     本人としては、あくまでも、『弱者』を守るための力を維持する為、と言う認識だったそうだ。
     『守りたい』と言う想いがあるのに、『守るべき者』を殺すと言う大きな矛盾を抱えた存在。
    「殺された人に関しては正直よく分からない。彼にとって、1000人の中で最も大切な『友達』と彼が認識した人らしいけど」
     ただ、その友達が死を望まなければ、適当に周囲の人間を殺す。
     そして、其れに誰も逆らうことが出来ないと言う状況だったらしい。
    「まあ、中には逃げる気力を失った人とかもいたんだろうとは思うけれど。……守られていたのも事実だから……暴君だけど、本物の暴君だったのかどうかは……人によって見解が異なるのかも知れないね」
     やり切れなさを抑えきれない様に呟き、優希斗は、小さく溜息をついた。
     
    ●守るための暴力
    「勇太は大切な監禁者達を『守る』為なら、命さえも捨てる覚悟があるらしい。だから、君達が侵入すれば、其れを察して、密室の住民を『守る』為に襲って来るだろう。……君達が『弱者』を装うとかそういったことをしたら、どう反応するかは分からないけれど」
     但し、勇太はデモノイドロード。
     バベルの鎖によって弱者を装っていることを暴かれる可能性は高い。
    「となると、普通に弱者を虐げる『悪』として乗り込んだ方が灼滅はしやすいと思う。ただ……一般人の犠牲者がどのくらい出るのかは分からないらしいけど」
     デモノイドとなって襲い掛かって来る勇太は、デモノイドヒューマンとよく似たサイキックの他に、周囲を巻き込む、ヴォルテックに類似したサイキックを使用してくる。
     ……より多くの『守るべき者』を守る為に、今、守るべき者が巻き込まれ、死亡することに、何の躊躇いもなく。
    「……つまり、一般人の被害を減らしたいのであれば、勇太を密室から引き離す様に行動すればいい、と言う事らしいんだ」
     密室のある廃学校は広い体育館があり、人々はそこに集められて暮らしているらしい。
     脱出出来ぬ様に、有刺鉄線などは敷かれているそうだが。
    「外に誘き出して戦うなら、有刺鉄線にも気を付けた方がいいらしいよ。……これは、勇太の為に、アツシが用意した殲滅道具の様な物らしいからね」
     優希斗がそう説明すると、灼滅者達は一つ頷いた。
    「それと、シャウトも使ってくる可能性がある。ポジションはクラッシャ―だ。……威力が高いから、十分、注意してくれ」
     優希斗の忠告を、灼滅者達は静かに受け入れた。
     

    「……今回の作戦は、密室殺人鬼アツシを灼滅し、松戸の密室の事件を完全に解決する為のチャンスでもある。……でも、もしアツシを灼滅したら、勇太みたいな彼に依存する密室の主は居場所を失うだろう。だから……アツシを引きずり出して灼滅を試みるよりも前に、勇太を灼滅してやってくれ。多分……それが今、僕達に出来る最善だと思うから。……気を付けて」
     優希斗の見送りに、灼滅者達は彼に背を向け、それぞれの表情で、静かにその場を後にした。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    唯済・光(確率と懸念の獣・d01710)
    立見・尚竹(轟雷震電・d02550)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)
    透間・明人(蜃気楼・d28674)

    ■リプレイ

    ●あめのひ
     廃校でなければ賑やかだったに違いないその場所に張り巡らされている有刺鉄線。
     ……その最奥部にある、巨大な体育館。
     ゴロゴロゴロ……と辺り一帯に雷音が鳴り響いた。
    「化物になってしまって、それでも弱い人を守りたかったけれど、自我を守るためには殺さなくちゃいけなくて。……デモノイドの性質を考えると仕方ないのかも知れないけれど、悲しいお話よね」
    「矛盾した想い、とは正にこのことですね。……その世界を守り、合わせて自分をも守らせる。……アツシも中々やりますな」
     暗雲の動きをぼんやりと眺めながら呟いた唯済・光(確率と懸念の獣・d01710) に、立見・尚竹(轟雷震電・d02550) が小さく頷く。
    「守りたい……か。それが、何処でおかしくなっちまったんだろうな」
     少し憐れみを感じさせる様子で独り言のように呟いたのは、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) 。
     それは、誰かを守りたいと言う想いへの自らの執着を自覚するが故のやり切れなさ。
     相容れないのは理解していても、勇太は、もう1人の自分を鏡で映し出している様だから。
     感傷を振り払い、康也が続ける。
    「利戈の動きを合図にして、やらせてもらうぜ」
    「おう! 任せとけ! あのクズ野郎を、さっさと連れ出して来てやるさ!」
     狩家・利戈(無領無民の王・d15666) の胸を叩きながらの一言に、他の灼滅者達も、それぞれに頷き合った。
    「じゃあ、行きましょう」
     透間・明人(蜃気楼・d28674) の一言と共に、康也を除く灼滅者達が、体育館へと足を運ぶ。
     程なくしてドスン、と言う荒々しい音と共に扉を蹴り倒し、利戈達は、正面から堂々と弱者を虐げる『悪』として、体育館に踏み込んだ。

    ●誰が為の庇護
    「よー、高木ちゃんいるー? いなくてもいいよー、こいつら殺してくから」
     荒々しい音と共に、騒がしい足音と共に姿を現した利戈が怒鳴ると、明人が、自らの指に切り傷をつけ、点火する。
    「来ないのなら、此処にいる皆さんを一人残らず焼き殺しますよ」
     周囲にいた少女や、幼子たちが、突然乱入してきた7人を見て、一様に、怯え、震えた表情になるのを見て、二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269) がほんの少しだけ溜息をついた。
    「あんたがデモノイドである限り、わたしはあんたの敵よ。さっさと出てこんかい」
    「……アンタ達。こんな所にまで来て、何のつもりだ!? そんな風に弱者を虐げて、何が楽しい!?」
     怒鳴り声と共に姿を現したのは、平凡な顔立ちの何処にでも居そうな普通の少年。
     ……その右腕で輝くデモノイドクリスタルを除けば。
     恐怖のあまり身を竦めていた女性たちが、取り縋る様に彼の周囲に集まる。
     利戈がそんな人々を見ながら、まるで、今初めて気が付いたかの様な、舐め切った様子で腕を組んで顎をしゃくった。
    「お、いたいた。俺達、お前に用があるんだよねー。表に出るんなら、こいつらに手出さないでやるけど?」
    「……そうか、アンタらがアツシさんの言っていた、ヤツラか……! 弱者を虐げる、胸糞の悪い所業を犯している悪の!」
    「監禁して、更にそん中から殺しもしてなあんたに『悪』言われる筋合いないばってんけどね」
    「こんな所に人を閉じ込めて、其れであなたは正しいと思ってるんですか、ロード・タカギ? わたし達は、あなたを殺せるだけの力があります。……この力を使えば、此処にいる人達が無事にすまないことも、分かっていますよね?」
     牡丹の溜息に合わせてコート・ド・ニュイを勇太に向けた華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) の脅しに、悔しげな勇太。
     同時に、外からも派手に何かを破壊する音が聞こえて来て、其れが周囲の女性たちをビクリ、と震わせた。
    「チッ……! この、人でなしどもめ!」
    「分かっているのなら、とやかく言わずにさっさと出ましょう。でなければ、『弱者』を皆殺しにしますよ」
     指先に炎をちらつかせる明人を憎々しげに見ながらも、勇太は1つ首を縦に振った。
    「勇太さん……」
    「大丈夫。必ず戻るから」
     震えながら声を掛ける少女に優しく頷く彼の瞳に、殺したい、と言う本能的な欲求を見て取り、光が小さく首を横に振る。
    (きっと……最初は裏表なく、本当に守りたかったんだろうね)
     強い想いは、時として自分の中の矛盾さえも、矛盾では無くしてしまう。
     その姿はあまりに滑稽で、酷く歪だ。
    「さっさと行くぞ、この悪人ども!」
     吐いて捨てるように呟く勇太の後を、利戈達が追おうとする。
     その時……数人の女性が一緒について来ようとしたが……。
    「誰かを守りたかったら、自分が死にたくなかったらここから出ないでください」
     それまでじっと様子を見ていた、ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171) が人々の目の前に立ち、美しく、体育館全体に響き渡る様なソプラノではっきりと宣言した。
     同時に尚竹が強烈なまでの殺気を放ち、其れがラインの声と重なり合うやいなや、娘たちはへたり込んだ。
    (……テレパスを使ったのか)
     内心で呟きながら、尚竹は思う。
     つまりラインは、彼女たちは『自分達が死ぬのが怖い』から、勇太に従っていた、と言う表面思考を読み取ったから、先程の様に告げたのだろう。
     その中でも殺されていいと思った人間が、或いは……疲れ切って死にたいと言っていた人間が、勇太の手で殺され、彼の自我を維持する為の贄となっていたのかも知れない。
    「これでは、誰も守ることなんて出来ないのではないですか……勇太さん」
     俯きながら悲しげに呟いたラインを促し、尚竹は紅緋達の後を追って、静かに体育館を後にした。

    ●弱さと謝罪
    「……流石に全部は壊し切れないか」
     体育館から出て来た8人を見て、康也は思う。
     破壊できたのは、6分の1程。多少は罠に引っ掛かる可能性も下がるだろうが、さてはてどうなることやら。
    「悪人どもめ! この場で裁きをくれてやる!」
     体育館を出るや否や、紅緋達の頭上を飛び越え、体育館を背にした勇太が、その姿をデモノイドへと変化させながら咆哮する。
     咆哮と共に放たれた竜巻が周囲を飲み込み、いつ襲い掛かられてもいい様、戦闘準備を整えていた明人達に襲い掛かった。
    「……容赦するつもりはないって感じばってん、まあ、其れはわたしらと同じか」
     咆哮によって生み出された嵐に耐えながら、牡丹が諦めた様に小さく呟き、仲間を守る結界を生み出し、癒しと共に有刺鉄線への耐性を与える。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     体育館を出た瞬間には、既に音を遮断する結界を張っていた紅緋が、祈りを籠めて小さく呟きながら自分達を包み込む緋色に輝く結界を作り出しており、更に光が黄色のオーラを仲間達の周囲へと展開していた。
     前衛に出ているのは、シャルや、カデシュも加えると、9人と相当な人数ではあるが、分散して3人が集中して支援を掛ければ、ある程度は耐性がかかる。
     また、其れがなくとも……。
    「ぶっ飛ばす!」
     矢の様に飛び出した康也がその手を巨大な爪へと変え、深々と勇太を切り裂いていた。
    「くっ……やってくれるな、『悪』め!」
    「ハッ! 善とかー。悪とかー、この俺に対していうん? 我こそ絶対悪よ!」
     怒声を交えて罵倒してくる勇太を鼻で笑った利戈が接近し、頭上の雲より得た雷を力に変えて、鳩尾を思いっきり拳で貫く。
     其れに軽く踏鞴を踏んだ勇太を尻目に、先程の嵐を受けて有刺鉄線の方に吹き飛ばされていた尚竹が、妖冷弾。
     冷気を帯びた弾は、有刺鉄線の一部を破壊し、彼は難を免れて地面に着地した。
    「康也さんが破壊した分も含めて3分の1は破壊できたか。これなら、多少は戦い易くなりそうだな」
    「全ての破壊は難しいようですがね」
     尚竹の影から飛び出す様に姿を現した明人がカデシュの肉球パンチと合わせてシールドバッシュを叩きこむと、軽い怒りを帯びた勇太がお返しとばかりにその右手を刃に変えて明人に斬りかかるが、その攻撃にはラインが割って入った。
    「シャル、Bitte!」
     勇太の斬撃を受けて血の線を引きながらも小さく命じるラインに従い、傍を浮遊していたシャルが、杖のへ音記号側でハートを小さく描き、彼女を癒す。
     更に盾が接近し、その拳で容赦なく勇太を殴りつけた。
     ほんの僅かに後退しつつ声を張り上げた勇太が暴れることで、周囲の有刺鉄線が利戈達に突き刺さっていく。
    「ち! 本当に厄介だぜ、この罠!」
     鉄線に仕込まれた麻痺毒を自ら帯びた雷で無理矢理中和しながら利戈が叫びつつ、防護符を紅緋に向けて撃ち出した。
    「もし、少しでも破壊していなければ……」
     もっと危険だったでしょう、と内心で呟きつつ明人もまた、光の猫であるカデシュに癒しを施す。
     防護符の援護を受けた紅緋が自分に纏わりつく有刺鉄線を無理矢理解き、そのまま真紅のオーラを纏いながら鬼化した腕を勇太に叩き付けた。
    「全てを旧にもどしますよ。そしてそこにあなたの居場所はない!」
    「お前みたいな子供に俺がやられるものか!」
     殺すつもりで反撃を仕掛けて来る勇太の刃と紅緋の拳が激しくぶつかり合い、凄まじい、の一言に尽きる衝撃が周囲を襲う。
     巻き起こされた砂塵を切り抜けて、尚竹と康也が飛び出した。
    「あまり長く時間をかけているわけには行かぬ!」
    「俺にだって守りたいモンがあるんだ。それを譲るわけには行かねーんだよ!」
     通天撃螺旋槍によるその身を抉り取るような一撃と、康也の影から生まれた巨大な狼が、それぞれに勇太に深手を与える。
     光が小さく祈りを籠め、剣から生み出した癒しの風で仲間達を癒す傍ら、ラインがソプラノで歌い上げた美しい歌が、旋律と共に光等が受けた麻痺毒を体から抜き取っていく。
    「助かるばい!」
     牡丹が礼を述べつつ、全員を結界が守っているのを確認し、すかさず菊に命令を出し、左右から囲い込むようにして、勇太へと襲い掛かる。
     ポルターガイスト現象による嘆きと、無数の光を帯びた連続拳が、デモノイド化していた勇太に容赦なく叩きつけられた。
    「くっ……! まだまだ!」
    「菊!」
    「シャル、verteidigen!」
     牡丹とラインの叫びが唱和し、菊がすかさず康也を、シャルが尚竹を庇う。
    「どうせ巻き込まれるのなら……!」
     至近距離で起きた暴風を遮る盾となるために、籠手を翳した牡丹の影から飛び出し、眼前の勇太に再度緋色のオーラを纏った腕を叩き付ける紅緋。
     勇太にはその動きを読めた筈だが、明人のスターゲイザーに位置をずらされ、紅緋に其の腹部を自分から晒し出し、そのまま強打され喀血した。
    「ぐぉぉ、どうして、どうして……!」
    「守りたい、でも殺すって、矛盾してんの、ホントは分かってるからじゃね~のかよ!」
     麻痺毒を狼の生命力で強引に打ち消しながら、射出した帯で勇太を絡め取る康也。
     続けてシャルの影から飛び出した尚竹が勇太の急所を抉り取る様に切り裂く。
     その間に利戈が前線を支える光に防護符をかけながら冷然と告げた。
    「けっ! それはテメェが『弱者を虐げる悪者』だからだろ! 弱者を守りたいなら、アツシに叛逆して、密室にいる奴らを解放するのが筋だろうが!」
    「そうやね。あんたはデモノイドになりたくなくて弱者を虐げているばい。その不甲斐なさが、あんたがよわっちぃ理由やろね」
     念のために、と周囲に結界を張り直す牡丹と、其れとは別に自らの手で攻撃を仕掛ける菊、更に盾による連続攻撃に、勇太が苦しげに呻き声を上げる。

     ――戦いは、圧倒的に灼滅者達に有利だった。
     気にしていた罠も、初動の成果もあり予想外に引っ掛からず、また念入りに撃ち込んだ符や結界の補助もあり、勢い衰えることなく戦うことを可能とし、勇太を確実に追い詰めていく。
     数分後には、身も心も、傷だらけになったデモノイドが、明人達の前で、苦しげに息をついていた。
    「ド……ドウシテ……」
     呟く勇太に一片の慈悲も与えることなく、淡々と明人が星屑を纏ったスライディングを放ち、足を蹴りつけて動けなくする。
     その隙を見逃さず、紅緋を筆頭に、利戈が、康也が、光とカデシュが、ラインとシャルが、牡丹と菊が、そして明人のビハインドである盾が次々に連続攻撃を仕掛けて離脱していく。
     間断なく放たれた其れに、動きを完全に止めた勇太を見据えたまま尚竹が、納刀した刀に手を掛け、一瞬で抜き放った。
    「……眠れ」
     呟きと同時に音をも切り裂く速さの銀閃が走り……勇太の体を完全に断ち切る。
     それが致命傷だった。
    「……アツシサン……ミンナ……マモレナクテ……ゴメン……」
     その言葉を最期に。
     デモノイドロード、高木・勇太は……光となって消えて行った。

     ――最期のその瞬間まで、自分の行いが『悪』であったことを、認めることなく。

    ●貴方達が選ぶ道は
    「全部、破壊したばいね。さて……行くとするばい」
    「……本当に、行くのか?」
     尚竹が隣で共に罠破壊をしていた牡丹と康也に問いかけると、牡丹達は確固たる意志を籠めて首肯した。
    「言いたいことは分かるばってん、尚竹。けんど、やっぱりわたしはそうしたいばい」
    「そうですね。……どう答えるかは分かりませんが、全てが終わったことは、わたしも伝えたいと思います」
    「ああ。……俺も伝えなきゃな、って思うんだ」
     牡丹やライン、康也の決意に、尚竹は小さく溜息をつき、其れなら共に行こうと提案する。
     体育館に彼女達が足を踏み入れた瞬間、感じ取ったのは鋭く、張り詰めた、殺気ではないかと勘違いしかねない程に、鋭い空気。
     ――其れは、彼女達の敵愾心なのか。それとも……。
     歩みを止めず奥に行くと、最初に勇太を止めようとした少女が両手で肩を抱くようにしながら、震えている姿が目に入った。
    「うっ、うう……」
     それは、恐怖と怖れに彩られた、暴君の残した爪痕の様で。
    「……これも、勇太が残した心の傷、か……」
     しんとする仲間達に1つ頷き、光はそっと少女に近づき、震える彼女を優しく抱きしめる。
     驚き、身を竦める少女に何も言わせず、そっと、彼女の首筋を噛み軽く吸血した。
    「あっ……」
     まるで、眠りに陥るかの様な、夢見心地の表情になる少女の背を、優しく擦る光。
    「……これは全部、悪い夢だったのよ」
    「そうです。でも、もう夢からあなた達は覚める時です」
    「そうばってん。……これからどうするのかは、皆がそれぞれに考えて決めることばい」
     ラインと牡丹の呟きは、囚われていた人々の耳に奇妙に響き渡った。
     そうして一通りの記憶操作を施し、灼滅者達は静かにその場を立ち去る。

     ――……1人の少年の記憶と、その命と共に。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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