水晶の名月

    作者:atis


     お月見団子は、三宝に綺麗に盛りつけた。
     お芋とすすきも飾り終え、和蠟燭に灯を灯す。
    「あとは、子ども達を待つばかりね」
     山間の日本家屋の広縁で、お月見のしつらえをすませた着物姿の女の子が空を見上げる。
     西の空は茜色にそまり、しばらくすれば東から中秋の名月が登ってくる。
     ほっとした女の子は、ふと自分の透き通る両手に目を落とす。
    「手袋、しなくちゃ」
     いつからだろう。自分の両手が水晶と化したのは。
     夏休みが終わっても家に帰らず学校にも行かず、ずっと田舎の祖母の家に居させてもらっている。
     祖母は目が悪い上におっとりとしている。
     孫が一日中手袋を外さないのも「女性らしくなったわねぇ」と言って喜んでおり、まさかその中身が水晶化しているなどとは思いもよらない。
     今日は祖母が毎年近所の子ども達を招いて行う「お月見の会」だから、そのお手伝いをしていた。
    「子ども達、早く来ないかな」
     どうしてだろう。今夜は無性に血が騒ぐ。

    「ふわぁ……月にもぺんぎんさんはいるのでしょうか……」
     兎さんがいるくらいだから、ぺんぎんさんが居ても不思議ではないですよね、と五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は窓の外を見ながらぺんぎんファイルを開くと、灼滅者達へ向き直った。
    「中3の観月・鈴音(みつき・すずね)さんが、ノーライフキング(屍王)に闇堕ちしました」
     普通は闇堕ちをしたら人間の意識はすぐに消えて完全なノーライフキングとなってしまうのだが、鈴音は元の人間の意識を残している。
     今、鈴音はダークネスの力は持ちながらダークネスにはなり切っていない、いわばダークネスになりかけの状態ということだ。
    「私の未来予測では、鈴音さんは祖母の家で開かれる中秋の名月の『お月見の会』で、招待された近所の子ども達を皆殺しにして、彼女の最初の眷属……ゾンビにしようとしています」 
     もしこの日鈴音が最初の眷属を作ってしまったら、彼女は完全なダークネス、ノーライフキング(屍王)となってしまうだろう。

    「鈴音さんは闇堕ちしてしばらく経っています。その間、祖母としか接触をしていなかったので何事も無かったのですが、この『お月見の会』で子ども達と会うと、自分の眷属……ゾンビを作りたいというノーライフキングの強い衝動が初めて表に現れてしまいます」
     この日、鈴音の肉体を乗っ取ろうとする邪悪な別人格、ノーライフキングの「子ども達を殺して眷属のゾンビにしたい」という衝動の激しさと「絶対に嫌」という元人格、鈴音の魂のせめぎ合いの中、お月見の会が催される事になる。
     姫子は赤丸をつけた地図を灼滅者達に渡しながら続ける。
    「もし鈴音さんが灼滅者の素質を持っていましたら、闇堕ちから救い出して欲しいんです」
     もしそうでなければ、完全なノーライフキングになってしまう前に灼滅を、と姫子は小さく付け加える。
    「鈴音さんはお月見の準備をした後、1人でお月見の部屋で空を見ています。鈴音さんの祖母は集まってくる近所の子ども達を迎えに、外に出ています」
     鈴音と接触するなら、鈴音が1人になるこの時が良いだろう。
     また、闇堕ちした鈴音を救うには、鈴音と戦って一度倒す必要がある。
     戦闘は避けられない。
    「子ども達や近所の人を戦闘に巻き込む訳にはいきませんし、バベルの鎖があるとはいえ鈴音さんの豹変ぶりを見るのはショックでしょう。できれば鈴音さんの祖母が外に子ども達を迎えに行っている時に、上手く誘導して鈴音さん以外を家から遠ざけて頂ければ、と思います」
     そしてノーライフキングは高い戦闘力を持つダークネスだ。
     まだ鈴音は不完全とはいえ侮れない。
    「鈴音さんは、お月見のイメージとエクソシストのサイキックを合わせた様な攻撃をしてきます。眷属はいませんが、鈴虫に力を与えて配下にしています」
     鈴虫は数こそ多いものの、強くはない。
    「ただ、鈴音さんは闇堕ちに抵抗していて、まだ人間の心を残しています。鈴音さんの人間の心に響く言葉掛けをすれば、鈴音さんの戦闘力を削ることも出来るでしょう」
     もともと鈴音は引っ込み思案だが優しく、自然を愛し、思いやりのある性格をしている。
     その上子ども好きな鈴音が、闇堕ちしたからと言って、子ども達を手にかけるなど元人格が望んでいるわけもない。
    「鈴音さんは、闇堕ちに抵抗する強い精神力があったからこそ、今まで完全なノーライフキングにはならなかったんです」
     姫子はぺんぎんファイルを閉じると、灼滅者達へほんわり微笑んだ。
    「周りの方々に被害無く、鈴音さんを闇堕ちから救って学園に連れて帰って頂ければ嬉しいです」
     皆さんならきっと大丈夫、どうぞよろしくお願いします。と姫子は灼滅者達に丁寧にお辞儀をした。


    参加者
    アイシア・クロウリー(封印鍵の契約者・d00282)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    ベアトリーチェ・アーデルグランツ(中学生サウンドソルジャー・d01453)
    花凪・颯音(藍燈ラフメイカー・d02106)
    宮姫・遥(小学生魔法使い・d02339)
    斎藤・斎(中学生エクソシスト・d04820)
    水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337)
    リヒト・シュテルンヒンメル(星空の末裔・d07590)

    ■リプレイ

    ●隔離
     今宵は十五夜。
     黄昏色に染まる、山間のすすきヶ原に少年少女の笑い声がこだまする。
     6人の灼滅者達は『お月見の会』に集まった子ども達30人弱に紛れ、すすきヶ原で野花を摘んでいた。
    「まぁまぁ、鈴音も風流になったものねぇ」
     リヒト・シュテルンヒンメル(星空の末裔・d07590)が屋根と椅子だけの木造の休憩所に座り、鈴音の祖母と穏やかに談笑している。
    「ええ。いつもと違う趣向に、と鈴音さんが」
    「お姉ちゃん、すすきばっかり~?」
     気がつくと大量のすすきを抱えていた墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)が子どもにからかわれ、あわてて近くにあった野花に手を伸ばす。
    「みんな、そろそろ時間っすよ」
     野花を手に、おどける道化の仕草で花凪・颯音(藍燈ラフメイカー・d02106)が子ども達を休憩所に集め始める。
    「皆、早く行こうよ」
     宮姫・遥(小学生魔法使い・d02339)が遠くで野花を摘んでいた子ども達を引き連れて休憩所に戻ってくる。
    「全員、集まりました」
     ベアトリーチェ・アーデルグランツ(中学生サウンドソルジャー・d01453)が人数を数え終えるやいなや、一陣の柔らかな風があたりを包む。
    「……ごめんね、すぐ終わるから、待っててね」
     それは由希奈が吹かせる魂鎮めの風。
     子ども達と祖母は次々とその場に座り込み眠り始める。
     ふと顔を上げると、東の空に大きな満月が顔を出し始めていた。
    「いい月だね……どうせなら、鈴音さんと一緒に見たいよね」
    「ああ。絶対に鈴音を闇堕ちから救ってみせるぞ!」
     アイシア・クロウリー(封印鍵の契約者・d00282)が摘んだ野花を握りしめる。
     そしてアイシアは満月に金髪を煌めかせ、鈴音の家の裏庭へと続く野花の小道を先頭切って歩き始めた。

    ●屍王の支配
     満月が昇り始める。
     斎藤・斎(中学生エクソシスト・d04820)は鈴音の家の広縁に腰掛けていた。
     空を見上げた後、『お月見の部屋』を見渡す。
     三宝に綺麗に盛られたお月見団子、すすきにお芋。
     お月見の準備は完璧だ。
     和蠟燭の炎の向こうに着物の人影が揺れた。 
    「鈴音さん、ありがとうございます」
     1人早く着きすぎたと言う黒のおかっぱ髪の小柄な少女に、鈴音は笑顔でお茶を出す。
    「あとは、皆を待つばかりね」
     斉の隣に腰掛けた鈴音を、満月の光が浮かび上がらせる。
     鈴音が纏うのは、漆黒の着物。
     白地にしゃれこうべの描かれた帯。
     真紅の帯揚げ帯締めに純白の足袋と、手袋。
    「あの手袋の下には、水晶化した手があるんだね」
     2人の様子を、水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337)が裏庭の木陰から見守っていた。
     時折、鈴音が何かの発作を抑える様な動作を見せるものの、今の所大きな動きはない。
     麻弥のすぐ後ろは、すすきヶ原への入り口だ。
     空を見上げ「そろそろ良い時間だ」と思った頃、麻弥の肩がポンと叩かれた。
    「麻弥、みんな眠らせたよ」
     振り返るとアイシアがにこりと笑う。
     麻弥は揃った灼滅者達と頷き合うと、斉と鈴音のいる広縁へと向かう。
     斉が待っていたとばかりに立上がる。
    「こんばんは、鈴音さん。斉さん、お待たせしました」
     リヒトがにこやかに挨拶をする。
     すすきヶ原から『お月見の会』の参加者らしく、賑やかに入ってきた7人。
     鈴音も笑顔で立上がる。
     だが、すぐに怪訝そうな顔に変わる。
    「今年は子ども達……少ないのね」
     祖母は? と子どもの付き添い然とした颯音とリヒトに目をやる。
     だが鈴音が『子ども達』に視線を移すと、突然その目を見開いたままその場に静止した。
     雲間に隠れていた満月が、再び鈴音を照らし出す。
     すでに、その優しげな雰囲気が一変していた。
    「まあ、良いわ」
     ……あなた達だけでも。
     何かが、関を破って溢れ出すかのように。
     鈴音は着物のたもとを翻すと、庭にふわりと降り立った。
     あたりを包んでいた鈴虫の鳴き声が、異様な程に大きくなる。
     反射的に、颯音がサウンドシャッターを展開する。
     その瞬間、鈴音の方向から鈴虫の大群が現れる。
     大量の鈴虫は美声と共に黒い弾丸と化し、灼滅者達へと襲いかかる。
    「虫さんに罪はないけど……ごめんね」
     襲いかかる鈴虫達を、結界糸で迎え撃つは麻弥。
     鈴音の動きを封じる様に、結界糸を張るは遥。
     そして遥は鈴音の着物をちらりと見る。
    「こんな綺麗なお月様を見る会で闇落ちだの……相応しく、ないです」
     鈴音は蜘蛛の巣に捕われた黒蝶の如く、その動きを止める。
    「貴女の大好きなお婆様を慕って集まった子供達を手にかけるおつもりですか」
    「違う、子ども達は大好きよ」
     淡々と結界糸を狭めて行く遥。
    「大好き、なのですか? では、何故」
    「だから、ずっと……」
     鈴虫の美声が一段と大きくなり、続きの言葉はかき消される。
     『だから』って子ども達を殺して、眷属のゾンビにする?
     鈴音の瞳が屍王の光を宿す。
     そして更なる鈴虫達を、灼滅者達へと放つ。
     と同時に鈴音は、月影の如く輝く十字架を降臨させる。
     そしてその十字架から、闇色の無数の光線が前衛へと強く放たれた。

    ●葛藤
     空を覆う鈴虫の大群。
     リヒトが思わず耳を塞ぐ。
     鼓膜をつんざく程の鈴虫の音が辺りを満たす。
    「……多いですね。エア!」
     陽だまり色の小霊犬エアが、六文銭を撃ちまくる。
     大量の鈴虫達が次々と六文銭に叩き落とされる。
     だが、きりがない。
     小光輪がリヒトの周りに浮かぶ。
     まるで月夜のオーケストラ。
     リヒトは指揮をするように、リングスラッシャーを操る。
    「こんな綺麗なお月様の下に惨劇は似合いません」
     遥が鈴音へ鋼糸を巻き付ける。
    「考え直して下さい」
     静かな口調に想いがこもる。
     操り人形の如く鋼糸に捕われる鈴音。
     満月を背に黒着物の鈴音が闇に浮かぶ。
     その白帯のしゃれこうべが、ニヤリと笑った気がする。
     遥の鋼糸を「わずらわしい」と手で引きちぎる。
     鋼糸が引きちぎられるのと同時に、鈴音の手袋も破れ落ちる。
    「……!」
     期せず手袋の下から水晶化した手が現れる。
     そこに思わず瞳を落とし、一瞬動きが止まる鈴音。
     中秋の名月を含み柔らかな光を放つ、水晶化した手。
     屍王への闇堕ちの象徴。
    「屍王って、非肉化する程に力が増すんだよね」
     不思議、とアイシアが好奇心をもたげる。
     それは永遠の命を掴もうとする手なのだろうか。
     大好きな子ども達を殺して、ゾンビにしてまで。
     バベルの鎖を瞳に集中させたアイシア。
     マジックミサイルの狙いを定め、魔法の矢を放つ。
     鈴虫の大群がリヒトに襲いかかる。
     軽やかにステップを踏み、鈴虫達を避けるリヒト。
     踊る様に優雅にターンするや、プリズムの如き十字架を降臨させる。
     刹那、十字架より無数の七色光が鈴虫の大群を襲う。
    「どうして、私の手は透明なの?」
     鈴音が苦しげに叫ぶ。
    (「みんな死んで、返って来だ。そん時おらは、本当に嬉しかったんだべ?」)
     鈴虫へと鏖殺領域を展開しつつ斉は思う。
     かつて斉も闇堕ちし、死んだ家族をアンデッドにし、そして救われた。
    「……この衝動は何? でも止まらない!」
     鈴音の瞳が揺らめいた。
     屍王に鈴音の元人格が混ざり始める。
     だが元人格の意思に反し、斉に向けて闇光を放とうとする屍王。
    「自分の意思を手放さないで。今聞こえている声は、あなたの本音とかじゃない」
     斉はずっと残ってる後悔を鈴音が得ない様、想いをこめて叫ぶ。
     再び鈴虫へと鏖殺領域展開。
     鈴虫を覆うどす黒い殺気。
     雲間に隠れる月の様に、奥にいる鈴音の姿も見えなくなる。
     その闇深き鈴音へと、幾閃もの神薙刃が弧月を描き撃ち込まれて行く。
    「鈴音さんも今日のお月見と子どもたちに会えること、楽しみにしていたはずです。楽しみにしていたのは鈴音さんだけじゃない、子どもたちやお祖母さんも同じ気持ちですよ」
     ベアトリーチェと由希奈の、激しく渦巻く風の刃が鈴音を襲う。
     竜巻に巻き込まれたが如く、鈴音は月下高くに放り出される。
    「請うは紫陽花、齎す(もたらす)は哀切の六花」
     野花を手に、颯音が静かに呟く。
     何度目かのフリージングデス。
     残ったすべての鈴虫達が、突如として凍り付く。
     凍った鈴虫達は、パラパラと涙が零れ落ちるが如く。
     満月の光の下その場に砕け散る。

    ●月の裏
     月下高く放り出された鈴音に向かい、麻弥が大地を蹴る。
    「子どもから笑顔を奪うことが、あなたが本当に望むことなの!?」
     鈴音へと、抗雷撃を撃ち込む。
    「鈴音さんはあの子たちを眷属にしたいの? ……ダークネスじゃない、あなた自身に聞いているの!」
     由希奈の神薙刃が鈴音を斬り裂く。
     漆黒の着物が切裂かれ、真紅の長襦袢を透かす。
     まるで髑髏の笑う、レースのドレス。
     由希奈の言葉に、鈴音の動きが鈍る。
    「私、は……!」
     氷光る水晶の手で頭をかかえ、苦しそうによろめく。
     だが次の瞬間、突如攻撃に転じる鈴音。
    「闇堕ちなんてしちゃダメだよ! 皆でお月見するんでしょ!」
     アイシアがマテリアルロッドを華麗に操る。
    「鈴音も本当はこんなこんな事したくないんでしょ!」
     アイシアのロッドから魔力が流れ込み、鈴音が吹き飛ぶ。
    「頑張って。手を下したらきっと、苦痛と後悔で満たされてしまうから」
     鈴音の初動を抑えるように斉の結界糸が張られる。
    「鈴音さんの優しさにつけこむなんて許せない。この流星の如く煌く弓でその悪い心、仕留めて見せる」
     ベアトリーチェが七色の花が巻き付く天星弓を引き絞る。
     弓を放てば矢の軌跡が流星の如き煌めきを残し、鈴音を射抜く。
    「告ぐは白詰草、齎すは蝕みの呪怨」
     颯音の契約の指輪が光る。
    「貴女は優しくて、そして同じ位強いと思うんだ。一緒に住んでいた家族も、大好きなお婆ちゃんにも手を出さなかった。腕が水晶化しても覆い隠し耐えた」
     柔らかく、包み込む様な口調。
     鈴音は自分の水晶化した手を再び見る。
    「だけどそんな怖い時間はもう終わり。君に優しい時間を、笑顔を届けに来たんだ」
     颯音を見上げ、鈴音の表情が一瞬ほどける。
     が、攻撃を仕掛けようとした遥に気づくや、険しい形相に戻る鈴音。
     遥をねじ伏せようと鋭い光条を放つ。
    「宮姫さん、危ないです!」
     ベアトリーチェの声が飛ぶ。
     麻弥が遥の前に飛び出る。
    「私は傷ついたっていい……。でも、仲間や子どもを同じ目には逢わせない!」
     身を挺し仲間を護る麻弥から、天使を思わせる天上の歌声が響く。
     そこへ鈴音を矢が射抜く。
     ベアトリーチェの天星弓。
     蝶のチャームがひらりと舞う。
    「鈴音さんのその優しい心を助けるお手伝いをします。そして、一緒に優しく微笑む名月の夜を楽しみながらお月見しましょう、ね?」
    「お月見……」
     あたりを明るく満たす満月の光を浴びる鈴音。
     鈴音が横目で広縁にしつらえた、お月見のお供えを見やる。
     綺麗に盛られたお月見団子が、月光に清らかに浮かぶ。
    「子ども達が、楽しみにしているの……」
     鈴音の表情が2転3転する。
     屍王と鈴音がせめぎあう。
    「うん、なら一緒にお月見しようよ。そのお手伝いはするから!」
     サイキックフラッシュで畳み掛ける由希奈。
    「捧ぐはカランコエ、齎すは幸福の来訪」
     颯音が仲間を治癒の温かな光で包む。
     そして鈴音へ、人懐っこく微笑む。
    「君は月の様に優しく笑い、子供達も包むんだろうな。もう少しだけ一緒に頑張って、皆でお月見をしようよ」
     それは一種の狂気さえ孕む、純情な笑顔。
     鈴音は瞳を無表情に見開いたまま、涙だけが静かに落ちて行く。
     だが再び立上がる鈴音。
     よろりと、しかしまだ構えをとる。
     させない、と斉が手加減しつつ攻撃する。
    「……貴方を救う為、倒します」
     遥の魔法の矢が鈴音を捕らえる。
     必ず助ける、と誓うリヒト。
     軽やかに優美に、鈴音へと近づく。
    「早く子どもたちを迎えに行きましょう? 屍王ではなく、優しい鈴音さんのままで」
     手加減して、最後の一撃を。
     
     鈴音の瞳が、うつろに満月をあおぐ。
     そして、その場へと膝から崩れ落ちた。

    ●望月夜
    「みんな、そろそろ時間っすよ」
     颯音が、皆に笑顔を齎す道化師たらんと格好つけ、ポケットから竜胆の懐中時計を出す。
     月はまだ東南の空だ。
     すすきヶ原で、寝ぼけまなこの子ども達をリヒト達が優しく起こしていく。
     まるで何事も無かったかの様に。
    「綺麗な満月だね~♪」
     笑顔のアイシアを先頭に、野花の小道を家へと向かう。
    「皆さん、いらっしゃい」
     ベアトリーチェが神秘的な微笑みをたたえ、手作りのひよこ型饅頭を手に皆を出迎える。
     とんでもない甘党の颯音は、すでにお月見団子もひよこ型饅頭も頬張っている。
    「お茶とお団子、合いますよね」
     広縁に座る遥が、家の奥へと話しかける。
    「ふふ、そうね」
     笑いながら、奥からお茶を運んでくるのは鈴音。
     戦闘でぼろぼろになった着物も、綺麗に着替えている。
     新しい着物の柄は秋草花。
     帯には兎が跳ねる。
     フラミンゴ色の帯揚げに、兎の赤瞳色の帯締めだ。
    「鈴音さん、一緒にお月見しよう。今度こそ、子ども達も一緒に、ね?」
     由希奈が柔和に。
    「このひよこの饅頭、顔がきりりとしてる~!」
     子どもの歓声に、ベアトリーチェは「我が意を得たり」とふわふわ笑う。
     気がつけばお月見の会は始まっていた。
     手拍子に乗せるお月見の歌。
     お団子の争奪戦。
     満月の下の影踏み遊び。
     子ども達と祖母も、思い思い好きな場所に腰掛けて笑い合う。
     その様子を見て、遥がお月見のお茶とお団子を口に運ぶ。
    「美味しいです」
     鈴音へと、やっと年相応の嬉しそうな笑顔を見せる。
     遥のピンクの巻髪の胸元には、穏やかに光るムーンストーンと銀の三日月。
    「おねえちゃん、お団子どうぞ」
     お月見の会で端の方に座っていた斉に、幼児達がお月見団子とお茶を手に寄って来た。
     斉はかすかに微笑み、渡されたお月見団子を一口。
    「あーっ、このリボン兎さんがいる!」
    「カニさんもいるよ!」
     幼児達が斉の飾りレースに気がつき大喜び。
     斉はお茶を一口。
     あたたかい。
    「ふふ、鈴音さんのその優しく微笑む顔が見たかったんです」
     ひよこ型饅頭を一口頬張り、鈴音がほどけるような笑顔になる。
     ベアトリーチェは心から嬉しそうに、紫のウェーブヘアを揺らす。
    「……あなたのその力、今度は子ども達を救うために役立ててみない?」
     傍らで満月を見上げていた麻弥が、鈴音を誘う。
     庭ではアイシアが、子ども達に集落伝統の『月見の遊び』を教えてもらっている。
     あたりに満る鈴虫の鳴き声。
     重なるように流れてくるのは、リヒトの奏でる白銀のフルート。
     霊犬エアが主の側で気持ち良さそうにしている。 
     お団子もひよこ型饅頭もいただいて。
     みんなが楽しみにしていた『お月見の会』がとても楽しくて。

     鈴音がふわりと庭に出る。
     満月へと、その手をかざす。
    「……そうね」
     あの手袋は、もういらない。

    作者:atis 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 4
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