松戸密室掃討作戦~一夜限りの殺人鬼

    作者:緋月シン

    「さて、早速だけれど、松戸市で発生していた密室事件のことは知っているわね?」
     集められた灼滅者達を見回した後で、四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそう言って口を開いた。
     その言葉からも分かる通り、今回の依頼はそれ関連のことだ。ただし、今までのものとは若干毛色が違うと言えるだろう。
     何故ならば――。
    「MAD六六六の幹部だった、ハレルヤ・シオン。彼の救出に成功したことが、その理由ね」
     正直に言ってしまえば、この結末は予想していなかったものだ。
     だがそれはつまり、彼を救出せんとした者達がそれだけ頑張ったということである。
    「そしてその結果、松戸市の密室の詳しい情報を得る事が出来たわ」
     彼が松戸の密室の警備を担当していたが故であり、この機会を逃す手はない。
    「松戸市の密室の一掃。それが、今回の作戦の目的よ」
     これが成功すれば、迷宮殺人鬼・アツシが引き篭もる密室への侵入も可能になるらしい。
     そうしてアツシを灼滅すれば、松戸の密室事件を完全に解決する事ができるだろう。
    「でもそのためにもまずは、今回のことをきちんと成功させる必要があるわ」
     今回皆に向かってもらう場所は、松戸市のとある商店街だ。それほど大きな商店街ではないのだが、人が集まる時を狙ったのか、千人近い人が捉えられているらしい。
    「もっとも、その人達はそれなりに自由に過ごせているらしいけれど……一週間に一度、そこではとあるゲームが行なわれているらしいわ」
     ゲームの内容は単純だ。
     商店街に居る人の中からランダムで七人が選ばれる。さらにそこに一人が追加され、合計で八人となったところで、その中から殺人鬼を探し出すのだ。
     探し出す方法も単純であり、互いに質問を繰り出しあい、その返答などから推理をしていく、というものである。
    「質問及び推理の時間は昼間の間だけで、夜になると同時に各人が殺人鬼だと思う人の名前を投票するみたいね」
     そして最も多くの投票を集めてしまった人物が、次の朝までに処刑される。
     見事殺人鬼を探し当てることが出来たら、その状況から皆が解放される、というわけだ。
    「ちなみに殺人鬼というのは、その密室を与えられたダークネスで、六六六人衆の番外位、森羅よ。ダミーの誰かをあてがっているわけではなく、本当に本人が参加しているみたいね」
     それで本当に当てられたらどうするのかというと、どうやらそのまま処刑されるつもりはあるようだ。
     ただし、一般人にダークネスを殺すことが出来れば、の話だが。
    「つまり、どっちにしろ殺されるつもりなんて最初からない、ということね……当たり前だけれど」
     このゲームは、商店街の中心にある広場で行なわれる。
     このゲームに参加する時以外、森羅は何処に居るのか分からないらしいので、森羅を狙うのはこの時になるだろう。
     ゲームの最中はそれなりに野次馬も存在しているらしいので、そこに紛れて狙うのはそれほど難しくはないはずだ。
     ただし、幾つか問題がある。
    「あなた達であれば、誰が森羅なのかは一目で分かるでしょうし、そこを心配する必要はないけれど……そこには一般人が、多数存在しているわ。そのまま戦闘を行おうとすれば、間違いなく巻き込まれるか、人質にされてしまうでしょうね」
     半数ほどを避難にあてれば一般人を巻き込むことなく戦闘も可能だろうが、当然しばらくの間戦力が半減してしまうのでそれだけ危険でもある。
    「それと、森羅を狙うタイミングだけれど、実はもう一つあるわ。それは……殺人鬼として投票された人を、森羅が殺す時ね」
     さすがにその時であれば、周囲を気にする必要はないだろう。
     ただしその代償として、その人は確実に殺されてしまうに違いない。
    「予知が出来ればそれを阻むことも出来たのでしょうけれど……予知が行なえない以上、ほぼ不可能でしょうね」
     勿論森羅が指名されれば一番なのだが、その可能性も薄いだろう。
    「どちらを選んだとしても、厳しい状況に違いはないでしょうし……どうするのかは、あなた達に任せるわ」
     他にも何かいいアイディアが思いつくならば、それを実行してみるのも手ではあるだろう。
     尚、森羅は殺人鬼及び解体ナイフ相当のサイキックを使用し、ポジションはクラッシャーである。
    「さて、と……伝えられる情報は、こんなところかしらね」
     そこまで言ったところで、鏡華は手元の資料を畳んだ。
     そして。
    「これは、松戸の密室事件を完全に解決するチャンスになるわ。全ての密室を掃討すれば、密室殺人鬼アツシを引きずり出すことも出来るでしょう……期待しているわよ?」
     最後にそう言って、話を締めくくったのであった。


    参加者
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    桜庭・翔琉(徒桜・d07758)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)

    ■リプレイ


     広場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。様々な感情が渦巻き、その空気を作り出している。
     話し合いは既に始まっていた。もっともそれを、話し合いと呼んでいいのであれば、の話だが。
     そんな中を、ふと一つの溜息が零れ落ちた。やれやれと呟いたのは、黒のゴスロリ姿の少女だ。
    「人狼ゲームじゃあるまいし……悪趣味だね」
     ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)である。
    「まぁ、六六六人衆が悪趣味なのは今に始まった事じゃないか」
     呟きながらも、そちらへと視線を向け――不意に、目が合った。
     妙な男であった。誰もが殺意を抱いている中で、一人だけ穏やかな笑みを浮かべている。
     だがそれそれはほんの一瞬のことであり、視線はすぐに戻された。男も話し合いを再開する。
     そこにどんな意図があったのかは分からない。分からないが――。
    「きっちり村人勝利で終わらせるよ」
     目を細め、ミルドレッドは宣言するように呟いた。
    (「狼でも狩ろうとしているのか。何とも性格の悪い六六六人衆だな」)
     そんなことを考えながら、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は周辺の地理を確認していた。そうしながら、話し合いの場へと視線を移し――。
    (「占いも何もいないのは幾らなんでもアンフェアな気はしなくもない。……そうなると外から狩人とかが入ってきた、とかした方がいいか……」)
     あそこに灼滅者が混ざれていれば、などとも思うが、さすがにそこまで都合のいいことはない。
     避難する際にどちらに逃げ易いかを頭に入れながら、セレスはその場へと近付いていった。
    「密室……更にゲーム、か。悪趣味な真似しやがって」
     その場の様子を見渡しながら、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)はそう言って吐き捨てた。出来れば今すぐにでも殴りこみに行きたいところだが、それでは被害が大きくなってしまうだけだ。
     まあ結局のところ、やることに違いなどはないが。
     それに。
    「さっさと全部ぶっ壊さないとな。その先に、大物が待ってるんだろう?」
     その先のことを見据えながら、透流は拳を握り締めた。
    (「遂に此処まで追い詰める事が出来たのですね」)
     周囲をそれとなく眺めながら、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は感慨深くそんなことを考えていた。
     だが、この場は未だ何も解決していない。すぐに思考をこの場へと戻し――。
    (「今逃がしたら、また新たな犠牲者が出てしまいます。密室事件をこれ以上起こさせない為に、先ずは配下を倒しましょう」)
     思いながら、笑みを浮かべる男へと視線を向ける。
    (「そしてアツシさんを必ず倒します。それが今まで犠牲になった方々に出来る、せめてもの餞です」)
     誓うように、心の中だけで呟いた。
    (「ついに松戸密室の尻尾に近づいてる……ここでしっかり掴めるように頑張らなきゃね!」)
     そんなことを考えながらも……或いは、だからこそか。
     中心となっている場所を見やりつつ、墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は、それにしても、と思う。
    (「アンフェアな人狼ゲームはゲーマーとしてはダメダメだねっ」)
     それは実際に何度か遊んだことがあるが故の思考だ。
     そしてだからこそ、頭脳戦で人狼を探さなくていいのはありがたいかな、などとも思うが――。
    「占い師も霊能者もいらない人狼ってのも、ね……」
     それは既に、ゲームではない。ならば邪魔をしない理由こそが、ないだろう。
     勿論口で言うほど簡単ではないし、敵の灼滅だけを目標にすればいいわけでもない。
     月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)は商店街の人達全員を救いたいと思っているし、それは桜庭・翔琉(徒桜・d07758)も同様である。
     そしてだからこそ、そのために動いているのだ。
     ただ、死者を出さないという方針は、神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)も同じではあるが――。
    「ま、全員無傷ってのは難しいかもな……出来る限りの事はするが」
     とはいえ、何にせよ自分一人だけでどうにか出来ることではない。
     その場に立ち止まり周囲を見渡せば、仲間達も配置に付いたようであった。合図などは特になく、必要もない。
     直後、ほぼ同時に全員がその場から飛び出した。


    「占い師参上。キミを占ってみた。黒だったし、処刑するよ?」
     言葉と同時、振り下ろされたのは断罪の刃だ。
     だが響いたのは甲高い音であり、男はそれを当たり前のような顔で受け止めている。
     しかしそれは分かりきっていたことであり、どうでもいいことだ。重要なのはその次であり、一瞬にして混乱が満たした周囲へと、パニックテレパスが放たれる。
    「走れ! 此処から離れろ、振り返るな!」
     透流の叫んだ言葉に従うように、その場に居た者達が一斉に逃げ出した。参加者も野次馬も関係なく……だがその中で男――森羅だけは、ミルドレッドの見つめる先で、変わらず笑みを浮かべている。
    「ふむ……残念ですが、今回は占い師はいませんよ? 騙るにしても、少しお粗末ではないでしょうか?」
     どころか、戯言に戯言を返してくる始末であった。
     しかし今はまともに相手をする必要はない。
    「自分だけ安全な遊びとはな……面白いのか……? ま、今度はお前の番が来たってわけだな」
     今はこの場に留めておくのが先決であり、白金より放たれた鋼糸が、その身を絡め取り縛る。
     だがそれすらも気にする様子はなく――。
    「殺人鬼……いいえ、六六六人衆さん。あなたの相手は私達です。もっとも、するのはゲームではなく戦いですけれど」
    「なるほど……第三勢力、ということでしょうか? とはいえ、途中からの乱入はルール違反ですが……まあ、それはいいでしょう」
     沙月の言葉にも、何処か面白そうに戯言を返す。
    「狐でなくてすまなかったな。だけれど狼に食い殺されるような軟さはないぞ?」
    「ふむ、それは確かに残念ですね。そちらに自称占い師の方がいらっしゃるので、もしそうなのでしたら、占うことで真偽がはっきりとしたのですが」
     さらに鳥人と化したセレスにもまた、楽しそうに戯言を返すが……そこに留めておく事が出来るのであれば、どうでもいいことであった。そうしている間にも、確実に避難は続けられていく。
     翔琉は透流とは反対側に誘導を続け、由希奈も逃亡を促すために逃げるよう叫ぶ。
     森羅を警戒しながら、セレスもその場から周囲に離れるよう呼びかけ――しかし、やはりと言うべきか、効率は悪かった。
     三人が精一杯に頑張るも、後一人が足りない。避難は進むが、どうしても遅れてしまうところが出てしまい――。
    「……ふむ」
     そして、事前に警告は受けていたはずだ。
     誘導に必要な人数は半数であり、当然のようにそれは直接誘導する人の数である。
     故に。
    「何やら大変そうですね? どれ、私も少し手伝うとしましょうか」
     その後に起こったことは、ある種の必然であった。
    「させません!」
     咄嗟に沙月がその前方へと身体を割り込ませるも、森羅はそれを嘲笑うかのようにその脇を抜けていく。だが即座に後を追い――僅かに足りない。
     直後、逃げ遅れていた女性の首が宙を舞い、恐怖に歪んだ少女の顔が空を飛んだ。恐慌で叫ぶ少年の頭が爆ぜ、足の竦んだ男性が四つに解体される。
     一瞬にして四つの命が失われ、視線の先に居るのは次の目標。移動し、鮮血が舞う。
     だが。
    「……これ以上やらせるか」
     強引にその間に割り込んだ翔琉が、腕から血を流しながらも森羅を睨みつけ――。
    「ふむ……私としては、手伝っているつもりなのですが?」
     戯言めいた言葉へと振り下ろされたのは、怨みが具現化した断罪の刃。その場に降り立った黒の顔に笑みはなく、その瞳はただ自らの敵を冷徹に貫く。
     その視線が一瞬だけ翔琉へと向けられ、その意図を理解した翔琉は、一つ頷くとすぐにその場から離れた。まだ避難は終わっていないのだ。
     当然のように森羅も動こうとしたが、それを阻んだのは討魔の木槍。急所を切断したセレスが正面へと回り、白金がその横で構え――構わずに、どす黒い殺気が放たれた。
     だがそれは、彼女達へと向けられたものではなく――それでも、二度目ともなれば予想も対処も可能だ。
    「由希奈!」
    「任せて!」
     ミルドレッドの声に合わせ、由希奈がその前に飛び出す。
    「人狼から人を守るのが狩人の役目だもんねっ」
     防ぎ、傷を負うが、気にせず逃げ遅れた人達を連れ、走った。
    「やれやれ、人の厚意は素直に受けるべきだと思いますが……まあ、終わったようですし、よしとしましょうか」
     森羅の向ける視線の先に居るのは、こちらへと向かってきている透流だ。どうやら向こうは避難が終わったらしい。
     そして戯言には耳を貸さず、沙月は浄化をもたらす風を招きよせ、少し遅れて合流してきた翔琉と由希奈の傷を癒す。
    「狩人さん達、護衛おつかれ」
    「ありがとう。でも……」
     言葉を濁した由希奈が一瞬見つめた先から、ミルドレッドは敢えて意識から外した。
     代わるように、その口を開く。
    「ここからの守りは任せるよ、由希奈。ボクは攻撃に専念する」
    「……うん。任せて、ミリーちゃん! 狩人はまだまだ面目躍如っ」
     反省も後悔も、後ですればいいのだ。諸悪の根源を、睨み付けた。
    「さてと……あとは貴様を狩るだけだ。ぶち抜いてやる、覚悟しろ」
     言葉と共に、透流が一歩前に出る。
     間を置かず、地を蹴った。


     状況としては、五分五分といったところだろうか。
     ただし双方共に満身創痍という意味で、だが。
     戦力差を考えれば劣勢とすら言え……そしてだからこそ、そこで引く理由が無い。
     周囲を覆い尽くしていた殺気が一斉に襲い掛かってくる中を、黒は一歩前に踏み出した。
     全身が切り刻まれるが、構わずさらに踏み込む。足元から伸びるのは、緋色のオーラを纏った影――幻影・闇夜。
     お返しとばかりに斬り裂いた。
     即座に相手のナイフが煌くが、そこに割り込んだのは、翔琉。
    「ほら、俺が相手だ」
     防ぎきれず斬り裂かれながらも、強引に殴り飛ばし、一瞬森羅の視線が逸れた隙を、逃さず透流が狙う。壁を蹴り大気を蹴り、死角から放たれたのはキープアウトテープを模した帯。
     見えないそれは当たり前のように叩き落され、しかし瞬間それは真下から伸びてきた。
     黒の影が触手となって絡めとり、大気をもう一度蹴り体勢を整えた透流が、今度こそと構える。
    「ぶち抜く」
     放たれるのは、爆炎の魔力が込められた弾丸。
     だが森羅は触手を一瞬で解体すると、迫ってきたその全てをナイフで弾き飛ばす。しかしそれでも爆ぜた衝撃は殺しきれず、逆側よりビターチョコの如きそれ――Bitter Chocolate Bootsを履いた翔琉が地を蹴った。
     その足に纏うのは、炎。連続して爆ぜる爆炎を迎えるように、赤の軌跡が描かれる。
     両手の塞がっている森羅が咄嗟に殺気を飛ばすが、怯むことすらもない。構わずぶち込んだ。
     吹き飛ばされた森羅はすぐに体勢を整え、ボロボロになりながらも、その顔に浮かぶのはやはり笑み。
    「ええ、やはりゲームには、やり応えというものが必要ですね。こうでなくては、面白くない。そうでしょう?」
     返答は言葉ではなく、風で以ってなされた。
     だがそれは攻撃ではなく、癒しのためのものだ。仲間の傷を癒しながら、沙月は真っ直ぐにその瞳を見据える。
    「人の命を弄んで、ゲームと呼ぶあなたには負けません」
     それに森羅の笑みが深まり、しかし何かをするよりも先に、その膝が折れた。
     死角から振り抜かれたのは、白金の手に持つ刃だ。
     堪らず膝を着いた森羅に、その切っ先を向け――。
    「さて、殺人鬼は誰だろう……指名をどうぞ……だ」
    「……くすっ」
    「……?」
     思わず、といった様子で笑みを漏らした森羅に、白金が警戒しながらも首を傾げる。
     だがその直後、白金の身体が、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
    「――なっ」
    「二つ、言っておくことがあります」
     咄嗟に上がった誰かの驚きの声には反応せず、森羅はゆっくりと立ち上がる。
    「投票は日没と同時ですよ? まだ時間ではありません」
     ナイフを振り上げ――。
    「それと、私に質問をするのでしたら、せめて頭だけにしてからにすべきでしたね」
     振り下ろした。
     しかし直後に響いたのは、甲高い音だ。
    「ほぅ」
     感心したように呟く森羅には構わず、由希奈は踏み込む。直前に一瞬だけ後方へと視線を向けるも、さらにもう一歩。
     盾で殴りつけ――ほぼ同時。由希奈へと視線が向いた瞬間に、ミルドレッドが飛び込んでいた。
     完璧なタイミングで槍が突き出され、螺旋の如き捻りと共に穿つ。
     すかさず由希奈が再度動こうとするが、さすがにそこまで甘くはない。殺意の嵐によって、纏めて吹き飛ばされ――。
    「……っ! みんな頑張ったんだ、私だって頑張らなきゃ!」
     だが即座に体勢を整えると、由希奈は続けて地を蹴る。
     しかし森羅はその動きを完全に無視し、ナイフを構えた。その視線の先に居るのは倒れた白金。
     僅かにその身が沈み――だが先にそれに気付いた黒が、阻止せんと割り込む。
     瞬間、黒が知覚できたのは、森羅が確実に自分のことを見ていた、ということだけであった。
     その意味するところを瞬時に理解するが……仲間を見捨てるよりかはマシかと思い、その意識が絶たれた。
     瞬間、沙月は迷いを覚え――だがそれも数瞬のことだ。一瞬で距離を詰めた沙月の手にあるのは一振りの刀――雪夜。
     振り上げていたそれを振り下ろし――。
    「今だよ、合わせて!」
     声と共に放たれたのは、ミルドレッドの服を彩るリボン。それは目的のものへと向け、真っ直ぐに進み――。
    「任せて!」
     それが森羅によって防がれる直前、その顔面へと由希奈の流星の如き蹴りがぶち込まれた。
     直後にリボンによって貫かれ、最後に踏み込んだのはセレス。
    「さて、今回は村人の勝利だ」
     トドメ前の台詞。それは先にも見たような光景ではあるが――。
    「……次はもうないが」
     当然のように、同じ結末には辿り着かない。先に捉えた軌跡の通りに蒼色のマインゴーシュが動き、刃を受け流す。
     僅かに流れた身体と、その身体の最も弱い部分をその瞳は逃さず――違えることなく、斬り裂いた。
     直後に響いた音は、森羅が膝を着いた音。
     そして今度こそ、それで留まることはなく、そのまま地面へと、倒れ伏したのであった。

     溜息は、誰からともなく吐き出された。完璧に、とはいかなかったが、とりあえず、これで終わったのである。
     それを確認しながら、ふと、翔琉は空を見上げた。
    「……このことが、何か俺たちに有利な動きとなればいいが」
     呟きながら、その頭を過ぎるのは、この先のこと。
     そして。

     ――アツシと相見える時を、楽しみにしている。

     そこに居る者に告げるように、その言葉を口の中だけで転がしたのであった。

    作者:緋月シン 重傷:月影・黒(高校生七不思議使い・d33567) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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