魔人生徒会~夏夜の記憶は祭りとともに

    作者:春風わかな

    ●魔人生徒会の会合
     武蔵坂学園内の某キャンパス某教室。
     その秘密の会議は関係者のみだけを集め、本日もひっそりと行われていた。
    「皆様、本日はお忙しい中お集まりくださいまして、誠にありがとうございます」
     メイド服に身を包んだ女性が優雅な仕草でペコリと頭を下げる。
     その素顔は夜叉の面に隠されていて伺い知ることができないが、桃色の長い髪がサラリと払い、少女はゆっくりと口を開いた。
    「魔人生徒会で夏祭りを開催してはいかがでございましょうか」
     お祭りといえば定番の屋台はもちろん、せっかくなので盆踊りも楽しんでもらいたい。そして、祭りの締めは打ち上げ花火で華やかに彩れば、きっと皆も楽しんでくれるはず。
     もちろん、彼女の提案に異を唱える者は誰もいない。祭りの開催が決定すると、教室からは一人、また一人と生徒会役員たちが消えてゆく。
     この夏の素敵な想い出を一つでも増やすために、楽しいお祭りにしよう――。

    ●夏祭りへのお誘い
    「來未ちゃーん! 何見てるのー?」
     学園の廊下に貼られたポスターの前でぼんやりと立っている久椚・來未(高校生エクスブレイン・dn0054)の姿を見つけた星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)が駆け寄ってきた。
    「魔人生徒会から、夏祭りの、お誘いが、あった――」
     これ、と來未が指差したポスターを夢羽はヨイショと背伸びをして覗き込む。
    「夏祭り!? いいなぁ、屋台で遊べる?」
     声を弾ませる夢羽に來未はこくりと頷くと概要を説明しはじめた。
     夏祭りが行われるのはとある公園の一角。
     園内の道沿いに屋台がずらりと並ぶ光景は見ているだけで心が躍る。
     焼きそば、綿あめ、たこやき、りんご飴、かき氷などの食べ物系のお店や金魚すくい、射的、ヨーヨー釣り、型抜き、くじ引きといった遊び系の屋台もよりどりみどり。
    「他にも、盆踊りも、あるって」
     辺りが暗くなったころには盆踊り大会が始まるという。
     広場の中央に櫓が組まれ、そこに設置された太鼓やお囃子の音色に合わせて踊るのも悪くないだろう。
     飛び入りで和太鼓や笛の演奏をしてくれる人も募集しているというので興味がある人はやってみるのも楽しいかもしれない。
    「最後は、打ち上げ花火、やる、みたい」
     祭りの締めには打ち上げ花火も企画されている。
     好きなものを屋台で買って夜空を彩る花火を鑑賞するのは夏の醍醐味。
     花火を観覧するためのスペースもちゃんと用意されているのでシートを敷けば座って鑑賞することもできると來未は告げた。
    「えへへ、お祭りかぁ~。ユメ、浴衣着て行っちゃおうかな~」
     浴衣に身を包み、カランコロンと下駄の音を響かせて。
     夏休みの最後に皆で楽しい時間を過ごすのはきっと良い想い出になるだろう。
     ヒグラシの鳴き声に耳を傾けながら、來未はゆっくりと空を仰いだ。

     ――この夏の想い出作りに、あなたも一緒にお祭りへ行きませんか? 


    ■リプレイ


    「師匠、師匠! すごいたくさんの人ですよ!」
    「おー、ホントだ。ずいぶん賑やかだね」
     大勢の人で行き交う屋台通りではしゃぐ結の声に達人も頬を緩ませる。
     目に映る屋台はどれも新鮮で。あっちへこっちへと達人の手を引き屋台を巡る結は、ふっとお面の屋台に視線を向けた。
    「あ、あれ! 師匠、知ってますか?」
    「もちろん、あれは最近のでね……」
    「へぇ~。師匠、似合いそうです!」
     結が差し出したお面を達人は受け取り早速装備。
    「次はどこへ行きたい?」
    「綿飴も食べたいし、ヨーヨー釣りもしたいし……」
     祭りはまだ、始まったばかり。
     悩む結に「全部行こうか」と達人は微笑み歩き出す。

     まずは腹ごしらえ、と宗一郎はさっそく焼き鳥の屋台に足を向けた。
     その傍らで、夜霧は熱々のたこ焼きを頬張り笑みを浮かべる。
    「屋台の人に頼んで大きいの作ってもらったでござるー」
     特大の綿飴を手にえへへとサーニャはご満悦。
     夢羽と一緒にリンゴ飴を舐める曜灯がちょこんと首を傾げて問いかけた。
    「夢羽は何して遊びたい?」
    「んー……あ、ヨーヨー釣り!」
     夢羽が指差したのは様々な色の水風船が浮かぶ屋台。
    「折角だし、やってみるかな」
     宗一郎はひょいと青いヨーヨーを釣ってみせる。
     負けじと夜霧も器用な手つきで紫色のヨーヨーを釣り上げると、ポンとサーニャに手渡した。
     よーし!と気合を入れた夢羽だが、こよりはあっけなくぶちっと切れる。
    「ダメよ、夢羽。輪っかが浮いてるヤツを狙わなきゃ」
     慣れた手つきで手本を見せる曜灯に習い、再び挑戦した夢羽は水色のヨーヨーを見事にゲット。
    「さぁさぁ! 次はあっちの屋台を見に行くでござるよ!」
    「サーニャ、あんまり張り切って1人で先に行くなよ」
     浴衣の裾を翻して射的の屋台へと向かうサーニャに遅れまいと、慌てて下駄の音を響かせ夜霧が追う。
    「お祭りって本当に楽しいわ」
    「――夏の終わりの想い出にちょうどいいな」
     ぽつりと呟く曜灯に、宗一郎も静かに頷き祭囃子に耳を傾けた。

     射的の屋台に並ぶ、一見倒れなそうな景品も。
     二人で同時に撃てば倒すことができるかも――。
     ねぇ、と鈴は結理の肘をコツンと突く。
    「ゆうり、『せーの』で撃とう」
    「え、一緒に撃つの?」
     わかった、と頷く結理と一緒に、鈴は『せーの』で引金を引いた。
    「あ、倒れた! ねぇ、鈴さん、とれた? これってとれたの?」
     嬉しそうな声をあげる結理に鈴はポンと景品を渡す。
    「キャラメル取れて良かったね!」
    「僕、こういうので景品貰ったの初めてかも!」
     声を弾ませ、結理は鈴と仲良くキャラメルを半分こ。
     祭囃子の音色に乗せて二人の笑い声が響いていた。

     カラン、コロン。
     浴衣に身を包んだ【星空芸能館】の少女たちが下駄を鳴らし楽しげに夜店を回る。
     結衣菜が頬張るたこ焼きから漂うソースの匂いが美味しそうで、えりなは勧められるままに手を伸ばした。
    「綿アメって丸くてフワフワでクルルンみたい」
     何気ないくるみの一言に心桜は手にした綿あめを手にふむ、と頷く。
    「そういえば、ナノナノに似ておるのう♪」
     チロチロと綿あめを舐めれば、口の中でふわりと溶けて。
     その仕草を見ていたえりなはくすりと笑みを零した。
    「心桜さん、その食べ方、カワイイです♪」
    「え、か、可愛くはないのじゃよ!」
     慌てて紗里亜へと綿あめを差し出すのは心桜の照れ隠し。
     紗里亜は気が付いているのか、否か。ふふ、と笑みを漏らす。
     賑わう人の声に惹かれて寄ってみたのは射的の屋台。
    「折角だし、私、やってみようかしら」
     くるみにたこ焼きを預け、結衣菜はきりりと銃を構えた。
     3,2,1、ファイア!
     ビシっと発射された弾は的に当たってコツンと音を立てた……が。
    「え、倒れない!?」
     残念そうな結衣菜に代わり、今度は紗里亜が銃を手に取る。
     弾が当たると同時に的はパタンと後ろに倒れた。
    「結衣菜ちゃん、仇は討ちましたよ♪」
    「紗里亜嬢、お見事なのじゃ!」
     パチパチと拍手を送る心桜の傍らでえりなはぎゅっと拳を握る。
    「紗里亜さん、上手すぎ……負けませんよ!」
     えりなが選んだ屋台はヨーヨー釣り。だが、チャレンジ虚しく、こよりはすぐに千切れてしまう。
    「ダメですよ、こより濡らしたらすぐに落ちちゃいますよ……」
     ひょいひょいっと釣り上げる紗里亜の手際に拍手喝采。
     食べて、遊んで、皆で笑って。
    「また来年もみんなでこようね♪」
     くるみの言葉に笑顔の花が咲いた。


     片手にクレープ、他方はチョコバナナ。
     ご満悦な銀河の隣では藍花が焼きもろこしとラムネを両手に装備。
     そんな二人と目があった七葉がずいっと同時に差し出すのは綿飴とリンゴ飴。
    「ん、食べる?」
     ぱくりと齧れば甘い味が口いっぱいに広がって。
    「こうして一緒に食べると格別だね」
     ふふっと微笑む銀河に藍花が「あ」と声をあげる。
    「ええと、こういうのはきっと銀河お姉さまが得意です、よね?」
     じっと銀河を見つめる藍花が指差すのは射的の屋台。
     振られたからには応えるしかない。
     よーし、と銀河は浴衣の袖をまくった。
    「それじゃ二人とも、よーく見ててね!」
     七葉と藍花に見守られ、銀河の撃った弾は的から遠く逸れる。
    「あれ? うまくいかないね?」
    「いいえ、銀河お姉さまならきっと当てられます」
     2人の期待に応えるために、もう一度、もう一度!
     銀河が的に当たるまで諦めない。そして――。
    「はい――お待たせ!」
     二人のために銀河が取った景品は、七葉と藍花の大切な宝物に加わった。

    「あ、恵理ちゃーん!」
     カタカタと下駄の音を響かせ駆け寄る夢羽は浴衣姿。その恰好に瞳をキラキラと輝かせ、可愛い攻撃の洗礼を浴びせる恵理を慌てて花火が宥める。
    「すごいね、全部、取ったの?」
     戦利品で身を固めた姿に感嘆の声をあげる來未に、恵理は笑みを浮かべて頷いた。
    「……あ、一寸待って下さいね」
     くるりと射的の的へと向き直ると、恵理は銃を構えすっと目を細める。
    「何だか全部落とせそうな雰囲気出てるよ!」
     花火の言葉通り、恵理の玉はは見事に全命中。
     どうぞ、と皆の頭のポンポンポンとミニぬいぐるみを乗せた。
    「……似合います?」
     ぬいぐるみを頭に乗せて、くるくるりと回る紗月は、はたと気づいて恵理を見遣る。
    「ボクも射的をやってみたいのです……っ!」
     奮起した紗月が狙うのは一番大きな猫のぬいぐるみ。
     恵理の指導を受け、紗月は真剣な表情で狙いを定めた。
    「紗月先輩、頑張って!」
     花火の応援に見事応え、紗月は狙った的を撃ち落とす。
    「次、わたし金魚すくいやりたいな!」
    「あ、ユメもやりたーい!」
     一緒に行こう、と駆け出す花火たちを追いかけて。
     恵理と紗月もゆっくりと歩き出した。

    「チェーロさん、も……一緒に、食べません……か?」
     扶桑の誘いにチェーロもこくりと頷く。
     あれやこれやと2人は屋台を巡って食べ歩けば、あっという間に凄い量。
    「赤城さん、は、すごい、ですね……」
    「ぼ、ボク……小さい時、から……こんなで……」
     珍しく驚きの声をあげるチェーロに扶桑は恥ずかしそうに目を伏せた。
    「でも、とてもおいしそう、で……」
     いいと思う、と笑みを零すチェーロに扶桑の顔もぱっと輝く。
    「だって……ほんとに、おいしい……ですから、ね」
     えへへ、と笑顔を浮かべてチェーロはふわりと微笑んだ。

     祭囃子の音色に誘われ、弾むように屋台を巡る足音に合わせて、さくらえの臙脂色の袖がはらりと揺れる。
     目に映る全てのものが美味しそうで、恢は手を伸ばさずにはいられない。
     両手いっぱいに屋台飯を抱え、健は恢に笑顔を向け口を開いた。
    「神成兄ちゃんも無論大食い日和だよなー? ベビーカステラもどうだ?」
    「食べないわけないじゃないですか」
     健が指差す屋台を見つめ、恢は慌てて口元を袖で拭う。
     くすりと笑みを零すさくらえだったが、ふと目についた屋台へ吸い寄せられるように近づいて行った。
    「ねぇ、何これ?」
     ――足を止めたのはスーパーボール掬いの屋台。
     さくらえは、きらきらと瞳を輝かせ「とりさん」と勇弥を呼ぶ。
    「勝負するかい?」
     悪戯めいた笑みを浮かべるさくらえの誘いに、勇弥は張り切って腕まくりで応えた。
    「負けたら……ワタシと一緒に踊ってみる?」
     お囃子の音色に合わせてリズムをとるさくらえの姿は様になっている。
    「ああ、いいぞ。その賭け、乗ったぞ!」
    「僕も!」とすかさず健が手を挙げ、傍らの実にもポイを渡せば。
    「え? 勝負?」
     フルーツ飴を咥え、きょとんとした顔で恢もいつのまにやら参加決定。
     実は無言でポイを見つめていたが、健の一言で目の色を変えた。
    「相棒たちのおもちゃにするなら、断然デカいヤツ目指さないとな?」
     こくんと頷く実に勇弥もにこりと笑顔を浮かべる。
    「確かに、クロ助くんも喜びそうだ」
     ――俺も、加具土のおもちゃのために負けられないな!
     狙いを定める勇弥の隣では恢は手堅くボールを掬い上げていた。踊りは断固回避せねばならない。
    「……あ」
    (「あの大きいボール……クロ助のおもちゃによさそう……」)
     えいえいっとボールを掬う実だったが。
    「……あっ」
     破けたポイを見つめ、はたと気づいてさくらえに視線を向ける。
    「大丈夫、ワタシがちゃーんと教えてあげるから♪」
     楽しそうにさくらえは盆踊り会場へと歩き出した。


     二人で染めた浴衣に身を包み、七狼とシェリーは手を繋いで夜店を回る。
    「あの綿飴かわいい!」
     射撃とヨーヨー釣りを楽しんだシェリーが指さしたのは綿飴の屋台。
     二人で食べよう、と七狼が袂から小銭を取り出した。
    「お姫様、一口いかがかな」
     小さく千切った綿飴を、七狼がシェリーの口元に差し出せば。
    「わぁ、食べさせてくれるの?」
     ありがとう、と頬張るシェリーの顔に笑みが浮かぶ。
    「お礼に、わたしからも、お返し」
     あーん、とシェリーが差し出す綿飴を七狼がぱくり。
     甘くてふわふわ、幸せな味がそっと2人を包み込んだ。

     仙の白地の浴衣に丹色と淡黄の半幅帯が良く映える。新鮮なその姿に思わず小鳥は携帯カメラのシャッターを切った。
     歩幅を合わせてゆっくり歩く二人は型抜きの屋台の前で足を止める。やってみよう、と各々型抜きに手を伸ばした。
    「あ……」
     プツプツと2回刺しただけで小鳥のチューリップはボロリと崩れ、ゲームオーバー。
     一方、傍らの仙は真剣な表情で星型を画鋲で抜いている。
    「…………」
    「……あっ」
     じっと仙を見つめる小鳥の視線が気になり思わず力んだのか。仙の型抜きもポロリと崩れた。
    「……ねぇ、もう一回チャレンジしてみない?」
     仙の誘いに小鳥も「いいよ」と頷く。次こそは、頑張ろうと心密かに誓って――。

     揃って浴衣に身を包み、手を繋いでゆっくりと屋台通りを歩いていれば。
    「あっ」
     ハニーが指差す先へカルムも視線を向けると射的の屋台が目に入る。
    「そうだわ。どっちが多く景品をとれるか勝負しましょ?」
     ハニーはにこりと微笑み、カルムに勝負を申し出た。
     ――負けた方が、勝った人の言うことを一つ聞くんです。
     どうです? と尋ねるハニーの瞳にカルムは「ええで」とあっさり頷く。
    「指示の内容はその時に、てな」
     銃を構え、真剣な眼差しで的を見つめるカルムに負けじとハニーも銃を構え。
    「僕かて負けず嫌いやで。全力で勝負に行かせて貰おか」
    「あら、私だって負けるのは嫌いですわ。本気で勝ちに行きますわよ」
     2人はくすりと悪戯めいた笑みを交わし、ぐっと銃の引金を引いた。

    「腹減りましたね……」
     お、とたこ焼きの屋台へ足を向ける小太郎に手を引かれ、希沙もカラコロ下駄を鳴らしてついて行く。
    「……ッあつぅまい、でふ」
    「……ふふ、喋りながら食べたら舌噛むよ」
     緩やかな笑みを浮かべる希沙の唇にちょこんとついた茶色のソース。
    「……ん、ついてますよ希沙さん」
     小太郎はそっと指を伸ばしてソースを拭うと、思案した後ぺろりと舐めた。
    「あっ……」
     慌てて希沙が狐のお面で顔を隠せば。
    「赤いお耳が見えてまっせ、狐さん」 
     囁く小太郎に希沙はズルいと呟きを漏らして袖を引く。
     彼女の合図に小太郎は黙って手を握った。――ここに居ると思いを込めて。

     わぁっと声をあげ、射的の屋台へ駆け寄る巳桜が見つけたのは青い兎のぬいぐるみ。
    「あの子可愛い」
    「……あれが、欲しい?」
     ツンツンと甚平の裾を引っ張る彼女のおねだりにサズヤは慣れない銃を構える。
    (「……頑張ろう」)
     何度かの再挑戦によって、無事にサズヤが手に入れたぬいぐるみ。
     巳桜は満面の笑みを浮かべて兎を抱きしめ、口を開いた。
    「有難う、格好良かったわよ」
    「なかなか……強敵だった」
     それでも、巳桜の笑顔が見れたのなら頑張った甲斐もあったというもの。
     サズヤがそっと彼女の横顔を伺えば、ぱちりと視線がぶつかって。
    「……何か、ついてる?」
     巳桜は鈍感な彼への返事代わりに、サズヤの口元にちゅっと兎を押し付けた。


     すっかり辺りも暗くなった頃。ひゅるひゅると音を立てて花火が空へと昇っていく。
    「あ、始まった」
     想希の声にぱっと悟も一緒に夜空を仰いだ。
    「……綺麗ですね」
    「花火も綺麗やけど、想希も花火色きらっきらや」
     空に咲く夏の花を見上げる想希の笑顔は花火に照らされキラキラと輝いて。そんな彼を見つめる悟もまたにっこにっこと零れんばかりの笑顔を浮かべる。
    「夏も、これで終わり、か……」
     ――もっと夏が続けばいいのに。
     ポツリと呟く想希に思わず「あほか」と悟は口を尖らせた。
    「夏ばっかやったら色んな想希が見られへんやろ」
     思わずくすりと笑みを零す想希に悟は笑顔を向ける。
    「次は実りの秋や。秋の幸せ丸ごと味わお」
    「……そうですね」
     次はどんな幸せがまっているのだろう――。
     夜空を照らす花火を見上げ、想希と悟は二人そっと手を重ねた。

     一年ぶりに二人で見上げる打ち上げ花火。
    「去年もこうして、二人で花火を見たよね」
     凍路の言葉にさくらもふわりと笑顔を浮かべる。
     思い出すと、それはこの前の出来事のような、もうずっと前の出来事のような。
     楽しげに目を細めるさくらを見つめ、凍路はゆっくりと言葉を紡いだ。
    「さくらさん、僕……」
    「え?」
     続く凍路の言葉は花火の音に遮られ。きょとんとした顔で彼を見つめるさくらの頭上で鮮やかな光の花が夜空を彩る。
    「ううん、何でもないよ」
    「そう、ですか……」
     ゆるりと首を振る凍路にほっとしたような、残念のような気持ちがさくらの胸に渦巻いた。
     ――でも。どうか、もう少し、このままで。

     人混みから離れて静かな木陰に腰をおろし、震生と硝子は花火を見上げる。
     繋いだ手から伝わる温もりが心地よくて。慣れぬ距離に跳ねる鼓動が隠せなくて。綺麗な花火よりも気になるのは傍らの大切な人。
     ――今、どんな顔してるのかな。
     気になりふっと互いに顔を向ければパチリと2人の目が合った。
    「…………」
     火照る顔を押さえ、静かに目を閉じる硝子のおでこにコツンと小さく震生の額があたる。
    「硝子に、見惚れてた。……浴衣、綺麗だ」
     そっと重なる二人を夜空に零れる光の雫がキラキラと照らしていた。

     打ち上げ花火があがるたびにわぁっと紅子の歓声があがる。
     奏夢が買ってくれたたこ焼きを頬張りながら、紅子はふっと思い立った。
    「ね~ね~、奏夢」
     花火の音に負けぬよう、紅子は声を張り上げ奏夢の口元にたこ焼きを差し出す。
    「はい、アーン」
    「……あーん? 俺が……?」
     奏夢は暫したこ焼きを見つめていたが、紅子ならいいか、とぱくりとたこ焼きにかぶりついた。
     満面の笑みを浮かべた紅子は嬉しそうに奏夢の口元についたソースを拭いさらにご機嫌。
     火照る頬を紅子に見られぬよう、そっと顔を背けた奏夢はお返しを思いつく。
    「……紅子もついてる」
    「どこどこ!?」
     慌てる紅子の腕をぐっと引っ張り奏夢はそっと彼女の頬に口づけ、ぺろっと舌を出して「ウソ」と囁いた。
     もー! と嬉しさ込めて手向かう紅子に奏夢は笑顔を返す。

    「ほら、見て! 太治くん、すごい迫力よ」
     目の前で打ち上がる花火を見つめ、安寿はわぁっと声をあげた。
    「うん……あ、ああ。そうだな」
     頷く陽己が見つめる先は頭上の花火ではなく傍らの安寿。
     そのことに彼女が気づいている様子は見られない。 
     大きな音ともにぱぁっと鮮やかな花が夜空を染めるたびに顔を綻ばせる安寿の耳元で、陽己は「なぁ」と囁いた。
    「浴衣の柄の意味、教えてくれないのか?」
    「……そうね」
     朝顔が描かれた浴衣の袖を見つめ、安寿は陽己の耳元に口を寄せる。
    「来年、また一緒に花火を見る時に、教えてあげる」
    「そうか……ならば来年も必ず見に行かないとな」
     彼の言葉に安寿はふふっと笑顔を浮かべ、嬉しそうに自分の両手を陽己の腕にぎゅっと絡めた。

     夏の終わりに過ごした楽しい時間をしっかりと胸に抱き、祭りの夜は更けてゆく。
     また、来年も共に想い出を紡ぐことが出来るようにと願いを込めて――。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:簡単
    参加:47人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ