変わらぬ笑顔を浮かべ見つめる先、キラキラと煌くソフトクリーム。前髪を軽く払いながら口をつけ、頬に手を当てていく。
やはり、冷たくて美味しいと呟きながら、更に一口、二口。
ちょくちょく口の周りを拭きながら、ソフトクリームを食べ進める。コーンへと差し掛かった段階で、倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は白い息を吐き出した。
「……そうですね」
静かな微笑みを浮かべながら、葉月は語っていく。
「今年もまた、皆様のお耳を拝借させていただければと……」
八月二十八日、倉科葉月が生まれた日。
今年もまた、望みは一つ。
みんなに、耳かきをしてあげたい。
外はまだ暑いから、クーラーの効いた室内で。葉月の膝にあなたの頭を軽く乗せ、手慣れた調子で耳掃除。
静かな会話を交わしながら、相談なんかにも乗りながら、ゆるやかな時間を過ごしましょう。
もちろん、初めての方も大歓迎。多くの人との交流もまた、大事なこと。
安らかで穏やかなひととき。
色々な人々と一緒に、葉月と一緒に。
もちろん、あなたも……。
●十九歳最初の日
涼し気な木々のざわめき、少しずつ熱を取り払い始めた優しい風。
輝きに沸いていた世界が落ち着いた彩りへと変わっていく、夏の終わり。夏休みという静寂に沈む武蔵坂学園の一室で、お昼すぎという時間帯……倉科・葉月の誕生日が密かに行われようとしていた……。
「はじめまして。私、杉崎雛乃です。葉月さん、誕生日おめでとうございます」
武蔵坂学園に転入してきたばかりの少女、杉崎・雛乃。彼女は今日の話を聞き、興味を持って葉月の待つ一室へと足を運んでいた。
礼儀正しい挨拶を前にして、葉月もまた一礼する。
「こちらこそはじめまして。私は倉科葉月です。どうか、これからよろしくお願いしますね」
では早速……とばかりに葉月が自分の膝を叩いたなら、雛乃は小さく頷き膝に頭を載せる形で寝転がる。
「それでは、始めますね」
「はい……」
言葉と共に始まっていく、耳かき。
優しい感触に頬を緩めながら、雛乃は会話の糸口を探し言葉を紡ぐ。
例えば、そう。成績の話はどうだろう?
「私、国語は得意な方なのですが、それ以外があまり……。あと、球技も苦手です。刀さえ持てればなんとかなるのですけど……」
「そうですね……私は化学と英語のリスニングは苦手でしたねぇ。それから……そうそう、保健体育もあまり得意ではないので、動ける方が羨ましかったです」
できないこと、できること。そんな話で盛り上がりながら、反対側の耳へ。
時間が経つにつれて、会話は徐々に少なくなる。
静寂を楽しむ空気が訪れ、自然と意識は耳かきへと集中し……。
「おねぇちゃん……」
気持ちよすぎたのだろう。雛乃は自然とそう、つぶやいていた。
すぐに気づいたのかはっと頬を赤らめるも、葉月は変わらぬ笑顔で雛乃を見守っていた。
ただ……一度だけ、雛乃の頭を優しくなでて……。
「葉月さん、誕生日おめでとうございますー」
「はい、今年もお祝いありがとうございます、菜々乃さん」
笑顔でお祝いと挨拶を交わす、東雲・菜々乃と葉月。
早速……と導かれた菜々乃は、小さく頷き膝枕に寝転んだ。
程なくして始まる耳かきに、痛みなどはかけらもない。どことなくくすぐったい感触も少しだけ。
膝の暖かさ、柔らかさ、耳かきの優しさは……眠気を誘うには十分で……。
「そういえば、巫女服を着るのは挑戦してみたのですよ」
眠ってしまわぬよう雑談を切り出した。
「そういえば去年……いかがでしたか? 巫女服は」
「やはり、服によって気分は変わってきますね」
楽しげに、巫女服の感想を語っていく菜々乃。
優しい笑顔で、相槌を打っていく葉月。
締めくくるついでに、菜々乃は問いかけてみた。
「そういえば、葉月さんは今着てみたい服とかあります? あと、普段どういう形で過ごしているのかも気になるのですよー」
「んー、そうですね……。着てみたい、と考えると、海外ドラマの酒場のシーンに出てくる歌姫みたいな……そういったドレスを着てみたいなー、とか思うことはありますね」
一方、フィールドワークに出ることが増えたため、普段着にはラフな格好が増えた。家の中でも洋服が多いと、葉月は語る。
「なるほどねー……ふわぁ」
「……少し眠りますか? 大丈夫、時間はありますよ」
「……うん。少しだけ……」
返事を最後に、菜々乃は眠った。
優しく頭を撫でながら、葉月は安さかな寝息を感じていて……。
●ガールズパーティー、再び
今年もまた、みんなで一緒にお祝いを。
「葉月さん誕生日おめでとうございます♪」
ヴィクトリアンメイドに扮した香祭・悠花は、お祝いの音頭を取るとともにスカートの裾を摘んで一礼する。
「倉科先輩誕生日おめでとうございますわ! これプレゼントですの!」
二階堂・薫子もまた一礼した後、持ってきた和菓子を披露した。
「葉月殿、誕生日おめでとう! これはバースデーケーキの代わりぞよ。おなごならスイーツは話が弾むと思うてのぅ」
流れるように、イルル・タワナアンナはバースデーケーキ代わりのコンビニスイーツや高価なアイスを。
「葉月ちゃん、お誕生日おめでとうっ!」
「お誕生日おめでとうございます♪」
墨沢・由希奈はチョコレートを色々と、黒岩・りんごはケーキなどのスイーツを、広げていく。
「じゃあメイドたるもの給仕から。まずは一息つきましょー?」
すかさず、悠花が中心となっててきぱきとお菓子類を広げていくさまを前に、葉月は目を輝かせたまま弾んだ調子で口を開いた。
「まあ、こんなに……皆さん、ありがとうございます!」
「ふふっ、葉月さんは何がお好きです? イルルさんの持ってきたいちごアイスとか絶品ですよ?」
「そうじゃな、最近の妾はこれに夢中じゃ! 葉月殿は何がよいかの? 何なら後であーんして進ぜようぞ♪」
りんごの言葉を、イルルは楽しげに肯定する。
頬を緩めたまま、葉月は様々な品に視線を送る。
「そうですねー」
時刻はちょうど三時頃。おやつを食べてひとごこちついてから始めようと、彼女たちは思い思いの品を手に取っていく。
「コセイも食べる? いちごアイスなら大丈夫かな?」
給仕のさなか、悠花は霊犬のコセイへも気を向けた。
気にするな、ただ少しなら……としっぽをふるコセイに、大丈夫そうな品を与え始めていく。
概ね終える頃にはもう、彼女たちは一品目を食べ終えていた。
つづいて……と探し始めた葉月に、由希奈はマカロンを指し示す。
「あ、このチョコレートマカロンとかどう? 甘さ控えめで美味しいんだよ」
「飲み物が必要だったら言って下さい。コーヒー、紅茶にオレンジジュース……ドリンクも完備ですよ♪」
悠花に促されるまま、紅茶を頼んでいく葉月。
優しく甘く、穏やかな香りが、教室中を満たしていく。
静かな時間が流れていく。
「……甘い物がたくさんで美味しいですのね。至福のひと時というやつですの……」
「はい、そうですね……私、幸せですっ」
もきゅもきゅと小動物のように食べ進めている薫子の言葉を、葉月は笑顔で肯定した。
時には飲み物を口にして一息つき、様々なスイーツに手を伸ばす。
半分ほどに減った頃……さて、と葉月は切り出した。
「それでは、そろそろ参りましょう」
しっかりと手を拭いた上で、膝を軽く叩いていく。
ついに……という表情で、まずは由希奈が赴いた。
柔らかな膝に頭を載せ、ぬくもりを感じていく。瞳を閉ざし、優しい感触を精一杯に堪能する。
「あー、気持ちいい……もしかして、去年よりうまくなった?」
「ふふっ、そうですね。家族にも行っていたり……色々と経験も積みましたからっ」
得意げな言葉を紡ぎながらも、手つきには微細な変化もない。
心地よい時間もまた、早く過ぎる。
程なくして耳かきが終わり……由希奈は悠花にバトンタッチ。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔で悠花を導いた葉月は、優しく、丁寧に耳かきを始めていく。
温もりも、優しさも、睡魔を誘うには十二分。
眠らないよう心に決め、口元には笑みを浮かべ、悠花は静かな時を堪能し……。
「……」
「……はい、終わりました」
「ふぁ……あ、はい、ありがとうございました!」
眠りかけていた事に気がついて、悠花は頬を赤らめながら身を起こした。
皆が微笑み見守る中、続いて薫子の順番が回ってきた。
「私の番ですの……? よろしくですの」
「はい、よろしくお願いします」
導かれるままに頭を載せ、そっと瞳を閉ざしていく。
耳元に感じる暖かな温もり、柔らかさ。さなかに反対側の耳に感じたのは、少しのくすぐったさと……。
「はわわぁ……身が心が蕩けだしそうですのぉ」
赤く頬を染めながら、薫子は葉月に身を預ける。存分に、その感触を堪能する。
「……はい、終わりました」
「ふぁ、ふぁい……」
程なくして耳かきが終わった時、どこか脱力していた薫子は瞳を潤ませながら起き上がった。
入れ替わるようにして、イルルが葉月の膝へところんと寝転ぶ。
耳かきタイムへと突入する。
感じることは、おおよそ同じ。
優しい手つきに、柔らかな熱。穏やかな時……。
「んぉぉ……気持ちよくて眠気が……」
「ふふっ」
どことなくおどけるような言葉に、優しく微笑んでいく葉月。
何とか眠るまいとこらえているうちに、イルルの耳かきもまた終了した。
残るは一人、りんごだけ。
軽い挨拶を交わした後、りんごは葉月の膝枕に頭を載せる。瞳を閉ざし、その感触を堪能する。
「ん、やっぱり気持ちいいです♪」
裏のない笑顔を浮かべながら、思いを胸に巡らせた。
軽く太ももを撫でるくらいのスキンシップはしてもよいのかな? と……。
「……」
ちらりと薄目を開けて伺ったが、葉月が気づく様子はない。りんごはさりげなく、手を伸ばし……。
「……」
気づかぬのか、気づかぬふりをしているのか、反応はない。
りんごは心のなかで頷いた後、手を引っ込めた。
そして、耳かきは無事終了し……。
「さて」
起き上がったりんごは、ぽんぽんと膝を叩いた。
「さぁ、葉月さん、遠慮せずにどうぞ♪」
去年は結局できなかったから今年こそ……と、葉月を促していく。
「え、ええと……」
葉月は戸惑うように周囲を見回した。
薫子は夢見心地に頬を赤らめたまま、小さく頷き返していく。
「大丈夫ですよ、りんごさんなら」
「そうそう、きっと気持ちいいよー」
楽しげに、由希奈はりんごの膝枕を進めていく。
一方のイルルもまた、微笑んだ。
「そうじゃな、良いと思うぞ。それから、まだあーん、をしてないからな。心しておれ」
「それならば、一旦一息つきましょーか。ほら、葉月さんも疲れているでしょうし……」
悠花はポットなどを示し、飲み物を口にするよう進めていく。
概ね、耳かきはもちろんあーんも規定事項。葉月は顔を真っ赤に染め、うつむき小さく頷いた。
「わ、わかりました。それでは、その……お願い、します」
自分でやるのと、他の人にやってもらうのとではずいぶん違う。
イルルのあーんを受けて、美味しいスイーツを更に甘く堪能し……りんごの優しい耳かきもまた、楽しんだ。
優しい時間を、より良き形で共有した……。
●今日という日を胸に抱き
時は流れ、夕刻前。
「はー、エアコン効いてて涼しいわねー」
偶然、話を聞いてやってきた。
そう、幻戸・美夢は話したあと、葉月に頭を下げていく。
「はじめまして、幻戸美夢って言います。葉月さん、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそはじめまして美夢さん、倉科葉月と申します。どうかよろしくおねがいしますね」
挨拶を交わした後、早速とばかりに始まる耳かき。
美夢はさり気なく声を抑えつつ、そういえば髪を洗ってから来ればよかった……と軽く後悔しつつ、けれどそんな話を切り出すわけにもいかないから黙ったまま……ゴソゴソと擦る音だけを聞いているうちに、両側とも終了した。
「はい、終わりましたよー」
「……ふぅ、ありがとうございます」
ゆっくりと起き上がった美夢は、笑顔を交わしながら荷物を漁る。
包みを一つ取り出した。
「これはお代と誕生日プレゼント代わりよ、煎じれば綺麗な青から桜色に染まる。味も保証するわよ」
「これは……マロウブルーですね。ありがとうございます。仰るとおり変わっていく様が綺麗で面白くて、よいハーブティーですよね」
うんうんと頷き合いながら、夕方になる前に……と、美夢は立ち上がる。
別れの挨拶を交わしていく……。
空が夕焼け色に染まり始めた頃、霧島・絶奈が訪れた。
絶奈はどことなく眩げな瞳で葉月を見つめた後、荷物から包みを取り出した。
「ええと……遅くなってしまいましたけれど、お誕生日おめでとう御座います。少しですがクッキーの差し入れです。また次の一年も貴女にとって素晴らしい年になる事を願ってます」
「ふふ……お祝い、そしてクッキーありがとうございます。後で、一緒にいただきましょう」
受け取った後、膝を示していく葉月。
「はい、お願いします」
ためらうことなく、頭を載せていく絶奈。
絶奈は瞳を閉ざし、熱を、優しい動きを感じていく。
「相変わらず倉科さんの耳かきは上手ですよね。自分でするのとはまた違った心地よさがあります」
「そう言っていただけると幸いですっ。それでは、反対側へ……」
絶奈は寝返りをうち、頭の位置を切り替えた。
静かな時が流れる中、自然と言葉を紡いでいく。
「……時に変化も必要なのかもしれませんがこうして変わらぬ時間を過ごすのもまた良いものですね」
見つめているのは、虚空。
感じているのは、葉月。
「私の朧気な記憶が郷愁を呼び覚ましているだけかもしれませんけれど……それでも変わらぬ貴方の在り方に憧れと敬意を感じずにはいられません」
「……ありがとうございます。でも……」
葉月は言葉を半ばで途切れさせ、絶奈の頭を軽くなでた。
「いえ、なんでもありません。ただ……私も、頼りにしてますよ? 絶奈さんのこと」
「……」
語らい合いながら、優しい時は過ぎていく。
耳かきが終われば、しばしの休息。その際も、心も体も休め……。
……そして、一日が終わる。
葉月の誕生日もまた、家族と過ごす時間へと変わっていく。
クーラーを切り、荷物をまとめて立ち上がる。
扉を開けて廊下に出て、締める前……静かに瞳を閉ざし、反芻した。
今日という一日を。
十八歳だった、帰らぬ日々を。
十九歳としての日々をくぐり抜けていくために。時に訪れるだろう試練の時を乗り越えることができるように。
頂いた物を、思い出を……そっと胸に抱きしめながら……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月2日
難度:簡単
参加:10人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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