夏も終わりに近づく、学舎の一室。
相良・隼人(大学生エクスブレイン・dn0022)は、松戸市の地図を片手に灼滅者たちを待っていた。
隼人の手にした白い扇子が、暑さを和らげている。
「よし、集まったな。それじゃあ始めるか」
隼人は地図を差し出すと、松戸市の山間の一角を指し示した。
「ここ最近松戸で起こっていた密室殺人については、もう耳にしたか? ゴッドセブン・ナンバー1のアツシが作った密室に人が閉じ込められていたが、事件にも係わっていたハレルヤ・シオンを闇堕ちから救出した事で、事態が進展した」
ハレルヤはアツシ率いるMAD六六六の幹部であり、松戸市の警備も担当していた。
彼を救出した事で、密室に関する詳しい情報を得る事が出来たのである。
「松戸の密室を片付ければ、アツシが引きこもってる密室への侵入も可能になるようだ。だから手抜かりなく、よろしく頼むぜ」
ハレルヤから得られた密室の一つは、今は廃墟と化したイングリッシュガーデンの片隅であった。
そこに植えられていた花々の殆どは既に植え替えられてしまったか枯れてまっており、庭園自体も廃墟同然である。
ただ、その庭園の目玉でもあった巨大迷路だけは、誰かが手入れしているのか元の美しさを保っていた。
「この迷路が密室化しちまった。……中にいるのは、六六六人衆の一人『紅花(へにばな)』という女だ」
紅花は黒い喪服のような服装を身につけており、迷路を歩きながら出会った人を殺している。しかし既に二百人近くいた人質も半分以下になり、残った人達は五十人足らずとなった。
人が減った事で、紅花に出くわす確率も下がったが、全滅も時間の問題である。
「迷路内部は2mくらいの低木の壁で覆われていて、そのあちこちに薔薇など季節の花が咲いている。中心部にはガゼボと、妖精像のある噴水が置かれてるが、出入り口は1箇所にしかないし取り残されている一般人はマップを持って無ェ。密室に入ったら、一般人はその出入り口のゲートを完全に見失っちまうが……お前達灼滅者ならゲートを見失う事はないはずだ。そこに目印でも置いて、一般人を逃がしてやれ」
そう話すと、隼人は迷路のマップを手渡した。
紅花は3時から4時には必ず噴水側のガゼボで紅茶を飲む。つまり、その時間に噴水に向かえば紅花に会える。
今から向かえば二時には到着するだろうと隼人は言う。
「この迷路は、左手を壁に付けるとかの一般的な方法で出口にたどり着く事が出来るが、先も言ったように一般人は出口を見失っちまう。それに、途中で紅花に出くわしちまったら、そこで一般人は殺されちまうから早めにケリを付けてやってくれ」
あくまでも今回の依頼の目的は、紅花の灼滅。だが、残った一般人も出来るだけ助けてほしいと隼人は言った。
紅花は単体であるが、彼女はバランスの取れた身体を持っている。どの系統の攻撃を繰り出しても、致命傷や大ダメージを受けないように動く。
そのかわり、こちらも大ダメージを受けるような事はないだろう。
「アツシを密室から引き出す為の作戦だ。なんとしても、成功して戻ってくれ……何より、被害にあった人達の為だ」
隼人は皆を見返しながら、激励を送った。
参加者 | |
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旅行鳩・砂蔵(桜・d01166) |
石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845) |
一之瀬・暦(電攻刹華・d02063) |
竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005) |
空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198) |
影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262) |
イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082) |
天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053) |
緑生い茂るこの季節、枯れた庭園はいっそう物悲しく目に映る。
庭園の入り口に立った旅行鳩・砂蔵(桜・d01166)は、手の施しようのない枯れ草たちを静かに見つめた。思わず足を止めた砂蔵の横を影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)が通り過ぎ、同じように庭園を見まわした。
ぼんやりと見つめる死愚魔であるが、廃墟となった庭園はあまり良い物では無い。
「……そろそろ密室殺人も終わりにしたいし、頑張っていこうかな」
死愚魔は言うと、天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)がそれを聞いてこくりと頷いた。
「それじゃ、急ごう!」
空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)は言い、イサを振り返った。紅花が徘徊している今はまだ、足を止めている時間などないのである。
砂蔵もそれに続き、庭園の奥へと歩を進めた。
急ぎ奥へと向かう灼滅者達の目に、やがて生い茂る木々が映ってきた。広大な緑の壁と、ぽつんと残されたゲート。
ゲートの入り口の影には、色あせたチケットが幾つも転がっていた。
「私と空月君は、空から捜索する。後は任せた」
イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)は陽太に続いて、箒で迷路の上へと身を躍らせた。
その様子を見送る雪も、すぐに迷路へのゲートをくぐり抜けた。時刻はまだ二時、紅花のティータイムにはまだ一時間早い。
捜索は、空から陽太とイサが。
そして地上からは一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)がスーパーGPSを使用し、死愚魔は隠された森の小路により仲間を紅花の所へと誘導する事になった。
迷路の中へと入って石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)が後ろを振り返るが、自分達には普段通りそこに出入り口が見えて居た。
「何か目印を置きましょう」
騰蛇が言うと、雪がライトを取り出した。
固定型のライトで、迷路の中にはあまり無いものだから見失う事はないだろうと雪は言う。
「見つけ次第、各自連絡を頼むわね。……影龍、先導お願い」
雪が死愚魔を促すと、彼は木々を少しだけ押し広げながら歩いて行った。
口にはしないが、死愚魔の様子にふと雪が視線を向ける。死愚魔を気にしている雪に気付いたのか、死愚魔は迷路を見上げて口を開いた。
「仕方ない事だけど、庭園を壊してるみたいでちょっと心が痛むね」
一刻も早く紅花を見つめる為には、仕方の無い事だと分かって居た。また元のように綺麗な庭園になるのだろうか、と死愚魔は歩きながら考える。
残り四人も、それぞれ離れないように捜索を始める。暦は、地面に出口の方向へ向けて矢印を書いていく。
迷路の迷い子達は、入り口近くにも高校生が数人歩いていた。
「出口はそこだ。この記しに従って進み、ライトのある壁を抜けろ」
暦は地図を手渡すと、自分が書き記した地面の記しを指した。
落ち着いた口調で、外から助けに来たのだと告げる暦。その暦の落ち着いた言動が安堵させたのか、迷子の高校生達は大きく息を吐いてペタリと座り込んだのだった。
六名がそれぞれ迷路に散ると、イサと陽太も空からの捜索を開始した。
上から見下ろす迷路は絶景であったが、既に事切れた人々の骸に気付くと、陽太はじっと焼き付けるように見つめた。
骸。
疲労した様子で歩き続ける人。
広い迷路を行き交う人々、一人ずつ空から見下ろして確認する陽太。
「三時に噴水って事は、今は噴水周辺にはいないって事だよね」
陽太は呟くと、双眼鏡を手にした。
時折こちらに気付く一般人が居るが、少しだけ高度を下げて地図と出口の方を指し示して捜索に戻った。
今は、それが精一杯だ。
『西側には見当たらない』
イサからの電話を取り、陽太が双眼鏡で東端の方を確認した時。上空を飛ぶ陽太に気付いた紅花と、陽太の目が合った。
「発見!」
即座に発煙筒を使って、紅花の足元に放り投げる。煙の方向を確認した仲間が、すぐにここに来てくれる事を信じて……。
するりとフードを外し、紅花を見下ろす陽太。
「迷路を上から抜けるのはタブー、とご存じありませんか?」
艶のある声で、紅花が陽太に言う。
しかしその眼光には殺気が漲り、空から紅花を見張る陽太を覆い尽くしていった。精神を削られながら、陽太は冷静に周囲を確認する。
-……巻き添えになりそうな人は近くに居ないな-
陽太が周囲の人を確認し、仲間の方を振り返る。イサは仲間が来るまでの時間稼ぎを陽太と担当する為、紅花の元へと降り立った。
「誰もまだ殺されていないようだな」
モリス・テンプスを構え、イサは紅花と対峙する。
「たった二人で、相手をしようと?」
黒いドレスを翻しながら、紅花はイサに迫り大鎌を振り下ろす。大鎌の攻撃をイサはある程度見切ってはいたが、それでも躱すには紅花との力量差があった。
ここを通しては、いつ他の一般人と出くわしてしまうか分からない。
イサはまず足止めする為、エアシューズで懐に飛び込んだ。弧を描いたイサの足が、紅花の体を辛うじて捕らえる。
「……っ!」
紅花は頬の傷をつ、と拭って微笑する。
イサは槍を構え直すと、じっと紅花を見据えた。
「私には、仲間がいる」
紅花を逃がさぬよう、イサは慎重にそう言った。
遠くに上がった、発煙筒の煙。
空を見上げると竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)が近くに居た砂蔵に、声を掛けた。
「旅行鳩さん、合図です」
伽久夜を促して、砂蔵が駆け出す。空からの捜索が早かった為、砂蔵達はまだ入り口付近にいた。電話で確認しつつ、仲間と合流を計る。
先行しているのは死愚魔と雪である。
道中で見かけた人に地図を配りながら、イサ達の元へと急ぐ砂蔵と伽久夜。
暦、騰蛇と合流すると騰蛇がある提案をした。
「地図を確認した所、東西の道で挟み込めるのではないかと思います。空月さんの話によれば、紅花の東側にイサさんが居るという事ですから…」
「二手に分かれて、西側から攻めるという事か。……分かった」
砂蔵が頷くと、騰蛇は暦に声を掛けた。
暦が即座に攻撃に出てくれれば、襲撃には心強いと騰蛇は話す。
砂蔵と伽久夜、そして騰蛇と暦が動き出した。
三日月のような大鎌の刃が、周囲の樹壁ごとイサの鎧を削り取っていく。身を後退してイサの冷弾を躱し、ゆるりと舞うように大鎌を横に薙ぐ紅花。
動きは軟らかく、そして攻撃的に。
躱しきれない紅花の攻撃から一歩さがり、イサは呼吸を整えた。
その時、後方から近づく足音が耳に届いた。
「来てくれたか」
イサの表情が、少し和らいだ。
背後に感じる仲間の気配は、イサもよく知っているものであった。振り上げた紅花の刃をイサが弾くと、その横を振り抜けた雪が一気に踏み込んだ。
-止められるかしら? …いや、行ける-
紅花がガードしようと鎌を持ち上げるが、雪は構わず手にした『落涙』を叩き込んだ。衝撃とエネルギーが紅花の体を直撃する。
反撃を喰らう前に、雪はイサの横に下がった。
「大丈夫?」
雪が声を掛けると、イサは背筋を伸ばして構えた。
まだ、戦えるとイサは答える。
陽太はまだ上空にいるが、すぐに後続が来るはずだ。イサが槍を構えると、陽太がそれに合わせて冷弾を放った。
ふたつの冷気が合わさり、紅花を凍らせていく。
「僕は、この世に蔓延るダークネスを根こそぎ狩る為に灼滅者になったんだ」
冷たい視線で、陽太が話す。
紅花は、くすりと笑い返した。その笑みに黒い殺意を含ませて、紅花は包み込んでいく。彼女の殺意は、背筋をピリピリと刺激する。
殺しを楽しむ紅花の殺意が、じわじわと体を侵していく。
緊張を切り裂くように、死愚魔が魔導書を開いて閃光を放った。
「悪いけど、これ以上時間を掛けているわけにはいかないからね」
彼女の装甲を破壊すると、死愚魔は影を放った。
すかさず、雪も槍で紅花を穿つ。
紅花を見据え、槍ごと突っ込んだ雪の背にも、仲間の声が届いていた。
「お待たせして申し訳ありません」
凛と声が響き、伽久夜のダイダロスベルトがイサを包み込んだ。ふわりと柔らかい匂いが、傷と痛みを癒す。
これで前衛の負担が減ると、雪は少し安堵する。
消耗戦は、前衛に立つ仲間の負担が大きいから。
「……かつては見事な庭園だったのだろう」
ぽつりと砂蔵が言うと、雪は攻撃を仕掛けつつ視界に壁を入れた。低木で作られた迷路の壁は、よく手入れがされている。
しかしここに来るまでのイングリッシュガーデンは、当時の見る影もなかった。
紅花は笑う。
「ここが私の庭。ここが永久の迷路。……美しくあるのは、この箱庭の中だけでいいのです」
「ただ青さを保てば美しい庭になり得るのか? 迷路さえあれば、それで庭園が完成されるというのか」
砂蔵の声は、やや苛立っているように聞こえた。
いや、その言葉は砂蔵の怒りそのものであっただろう。砲台化した腕から砲撃を繰り出す砂蔵に、紅花はわずかに身を捻って直撃を躱す。
しかし、即座に武器を切り替えて攻撃を続ける砂蔵。
かつての庭園の美しさ、草木の美しさが分からぬというなら……。
「……今すぐ灼滅する」
砂蔵の言葉と同時に、背後からジェット噴射で飛び込んだ暦のバベルインパクトが、紅花の背を貫いていた。
ゆるりと振り返った紅花に、騰蛇が刀を抜きざまに切り上げる。
体を貫かれてなお、紅花は微笑んでいた。黒いドレスに空いた穴から、血が滴り墜ち濡らしていく。
騰蛇はちらりと対面に居るイサ達を見ると、紅花を引きつけるように刀を構えた。
「ここの手入れは貴方が? だとしたら、随分と気性に似合わない趣味をお持ちのようだ」
前後を包囲された紅花はぐるりと見まわし、騰蛇と向き合った。
手傷を負った紅花に、騰蛇が前面に立って攻撃を仕掛け続ける。
大鎌を刀で受け流しながらも、騰蛇も決定だが撃てずに居る。
だが、凍り付いた紅花の体には少しずつダメージが蓄積されていた。砂蔵は背後で狙いを定めつつ、仲間に視線を送る。
「これ以上庭園を傷つける前に、凍り付いて果てろ!」
砂蔵はモノリスを構えると、光弾を放った。
業を凍り付かせるモノリスの砲弾を紅花は弾こうとするが、足に被弾。少しずつダメージは蓄積しており、紅花はふらりと体勢を崩した。
低い姿勢から、騰蛇がその足を狙って切り上げる。
「これで、逃げる事も出来ないでしょう」
逃がしては、ここにまだ残る人々を傷つけさせる事になる。
使い慣れた刀で紅花を切り裂き、紅花の手足を奪う騰蛇。大鎌による反撃は、当初ほど鋭さはなかった。
正面に立つ騰蛇と呼吸を合わせ、暦と雪は総力を挙げて紅花に仕掛けた。
「お前には消えて貰う」
三時を待たず、必ず倒す。
暦は背を騰蛇に任せ、反撃を恐れずに突っ込んでいく。放った影が紅花に躱されると、それを見届ける間もあけずに飛び込んでゆく。
するりと横に回り込んだ暦の拳が、紅花を突き上げた。
「紅茶の時間は来ないよ」
死愚魔がぽつりと言い、影で切り裂く。
無残に切り裂かれた喪服の袖から、白い腕が覗いた。手にした大鎌には、血がべっとりとついている。
「……何時の間にか、私の迷路にこんな蜂が入り込んでいたなんて」
吐き出すように声を出した紅花を、暦のバベルブレイカーが貫いた。
迷宮の出口は開かれたのだろうか。
騰蛇は、入り口の方をゆっくりと振り返った。紅花は倒れたが、ここにはまだ人々が残って居るはずだ。
倒し、そして救うまでが我々の仕事だと騰蛇は思う。
「さて、それではまた上空からの探索をお願いします。早く残りの人を助けてあげましょう」
騰蛇がにこりと笑うと、陽太も笑い返した。
箒を使ってまた浮かび上がった陽太は、フードをまた被り直す。
「空からの眺めは最高だよ」
そう言って飛び上がった陽太を、死愚魔は見上げた。下からでは壁しか見えない迷路を、空から眺めるというのはちょっと楽しそうだ。
……と、死愚魔が仲間を振り返る。
「隠された森の小径を使わなくても脱出出来そうなら、そうするけど」
これ以上迷路を変える事がないなら、その方が。
死愚魔が言うと、暦が地図を取り出した。暦としては、迷路を破壊して脱出させる方が早いのではないかと思っている。
それに抵抗したのは、砂蔵であった。
無闇に壊す事もなかろうという話にまとまり、暦も破壊せずに捜索へと戻った。
殺戮者の居なくなった迷路は、静かだった。こうして巡る迷路は、まるで密室だったという事も忘れてしまいそうだ。
光が差し込む噴水の前で、伽久夜は周囲を見まわす。
ここには、誰もいない……だろうか?
「……」
そっと噴水の影に近寄ると、イサが祈りを捧げていた。残された遺体は口枯れており、そっと花が添えられている。
「今はこれしかないが……」
イサの横顔は、陰りを帯びていた。
雪が傍に跪き、イサとともに祈りを捧げる。
「迷ったままでは、浮かばれませんものね」
伽久夜は、骸の胸に地図を置くとそっと手を合わせた。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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