赤く燃える森の女王

    作者:波多野志郎

     黄昏の紅が、森を赤く赤く染めていく。
     鮮やかな、美しいと言うしかない光景。しかし、そこに更に目に生える緋色が混じった。
     体長は四メートル。そのフォルムは、黒猫のそれだ。緋色の毛並みに、宝石のように輝く碧の瞳。そして、形のいい尾がゆらりと揺れる。
     優雅に、その獣は歩を進める。己の領域である森、そこを支配者――いや、まさに女王がごとく練り歩く姿は、典雅さを感じられる。
     しかし、女王が森の外を出てしまえば話は変わる。その美しさは、殺戮と破壊の恐怖へと変わるのだ……。

    「本当、見た目は綺麗なんすけど」
     それがイフリートっすよね、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「山の中腹の森、その奥に住み着いていたイフリートが、そのまま麓まで移動するっす。そうなると、もう止まらないっす」
     人里へとたどり着けば、思う様にイフリートは暴れまわる。どれだけの被害が出るか――そうなる前に対処してほしい、そういう状況だ。
    「イフリートは、夕暮れにこのルートを通るのが判明してるっす。待ち構えて、戦って欲しいっす」
     翠織は、用意した地図にサインペンで一本の線を引く。そこで待ち構えれば、問題なく遭遇出来るのだが。
    「戦場になるのは、森っすね。このイフリートは、なかなかすばしっこい奴っす。その点は注意が必要っすね」
     森を障害物として利用すれば、優位に進められる。だが、向こうも小回りが利く事を忘れずに作戦を練る必要があるだろう。
    「相手は一体、このイフリートだけっすけど小回りが利く上に攻撃力は高くなってるっす。押し切られないよう、しっかりと役割分担をして連携しないと勝ち目はないっすよ」
     相手は未来予測の優位があってようやく互角、そういう敵だ。それを忘れずに挑んでほしい。
    「何にせよ、犠牲者が出るかどうかの瀬戸際っす。心して、挑んでほしいっす」


    参加者
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)
    フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)

    ■リプレイ


     森が、赤く染まっていく――その光景を見やって新堂・辰人(夜闇の魔法戦士・d07100)が呟いた。
    「はぐれのイフリートって、結構山にいるよね。やっぱり、獣で『山の主だから』……みたいな感じになるのかな」
    「こんな暑い日に出なくてもいいのに……」
     木陰の下ではぁ、と天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)は深いため息をこぼす。夏の暑さは、夕暮れになってもまだおさまらない。不幸中の幸いは、都市部よりは地熱が少なかった事だろう。
    「準備は整えたが……」
     狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)は、小さく呟く。相手は森という障害物を物ともしない機動力の持ち主だという――だからこそ、小細工が必要だ、そう判断したのだ。
    「来たな」
     大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)がそうぶっきらぼうに言い捨てると、仲間達がそちらへ視線を向ける。
    「うん……ほんと、綺麗な猫さんだ」
     柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)の言葉に、嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)もしみじみとうなずいた。
    「黒猫の様なイフリート、か……うちで飼ってる白露みたいな可愛げがある奴なら良かったんだけどな」
     黒猫――緋色の毛並みでありながらそう思わせるのは、その動きとフォルムだ。一歩一歩ゆっくりと、優雅に歩くその姿はその体躯と合わさって確かに猫を思わせた。黒、というのはイメージではあるが――その凛とした佇まいは、猫好きなら確かに黒猫を連想するだろう。
    「綺麗な毛並なのだとしても、イフリートである以上は倒しませんと、ね?」
     フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)の言葉に、時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)は首肯。無敵斬艦刀と烈火竜咆十手を担ぐように構えて、吼えた。
    「紅葉にはまだ早いぜ、女王様よ! 無礼は許してもらうぜ。この森から一歩も出すわけにはいかねえ!」
    「死と共にありて――咲き誇れ!」
     玲奈がスレイヤーカードを手に、制服姿から喪服を模したドレス姿に姿を変える。それと同時、イフリートが地を蹴った。
    『シャ――ッ!!』
     優雅な動きから一転、躍動感のある動きへ。目を閉じて集中していた緋弥香が目を開き、クスリと笑みをこぼした。
    「ティータさん……全力全壊で参りますわよ」
    「ええ、ごちそうを前に我慢デキナイもの」
     フェリシタスが答え、同時に灼滅者達が散る。その動きを宝石のように輝く碧の瞳で追って、イフリートは一鳴きした。
    『ニャア――!!』
     その鳴き声は、禁呪に変わる――ゲシュタルトバスターの爆炎が、夕暮れの森を更に赤く染め上げた。


     ゴォ! と爆炎が周囲を埋め尽くしていく――その中を伏姫と霊犬の八房が、躊躇わずに駆け抜けていった。
    「盾が一枚でダメなら二枚、二枚でダメなら三枚、如何に鋭い矛とてその勢いを殺す事は出来るハズ――端緒を開くぞ」
     伏姫がWOKシールドを掲げ、八房が六文銭を咥える。ヴン! と伏姫のワイドガードが展開され、八房が六文銭が投擲された。それにイフリートは一瞬身を沈めると急激に方向転換、伏姫の方へ駆けようとする――が、足元の倒木がその加速を防いだ。
     偶然ではない、そうなるように伏姫が用意していたのだ。その一瞬の躊躇いを、松庵が見逃さない。右手を振るうと、走った影がイフリートの右の後ろ足へと絡み付いた。
    「これで、鈍ってくれるといいんだけど――」
    「――繋ぐ」
     その隙に、蒼侍が懐に潜り込む。ツインバックラーでイフリートの顎下を打撃、しかし、そのシールドバッシュが途中で止まった。イフリートが踏ん張ったために、振り抜けなかったのだ。
     タタン! とイフリートがステップを刻むように横へ。そして、一気に加速した。猫科の疾走とは、全身のバネを利用したものだ。木々を縫うように駆けるその姿には、障害物は意味がない。
    「行かせませんわ」
     それでもサイズ差がある、普通に走る分には灼滅者が有利だ――緋弥香は木の幹を蹴って跳躍、イフリートの進行方向へと回り込む螺旋を描く軌道で紫蘭月姫【緋】を繰り出した。
     ズン! と緋弥香の螺穿槍がイフリートを抉る。そこへフェリシタスが加速、破邪の白光を宿した剣を振りかぶった。
    「綺麗な毛並……アンタはどんな味なのかしら、ね?」
     目と鼻の先にあるイフリートを、横一閃にフェリシタスはクルセイドスラッシュを振り払う。剣から伝わる手応えに、フェリシタスの口元が笑みを綻ばせる――刹那、視界を炎の赤が埋め尽くした。
    『ニャア』
     牽制の爆炎を叩き込む、イフリートはそのまま駆け抜ける。そして、Uターンすると再び灼滅者達の方へと舞い戻ってきた。
    「さぁ、燃えていくぜ!」
     気迫で髪が炎のように逆立せながら、竜雅は迷わずイフリートへと駆け込んでいく。その動きに合わせて、辰人は硬い靴底で地面を蹴って影を走らせた。
    「あの速度は厄介だね」
    「ゴメンね、ここで貴女は通行止めだよ。絶対に人里には行かせない」
     辰人の影縛りがイフリートの前足に絡み付いた瞬間、玲奈は指で空中をなぞり十字を切る。そして、十字の中央を指で弾いた瞬間、裁きの光がイイフリートの顔面へと直撃した。
    『ふぎゃあ!!』
    「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     玲奈のジャッジメントレイを食らいながら吼えたイフリートと、竜雅が真っ向から激突した。


     赤く燃える森の女王――その言葉の意味を、灼滅者達は正しく理解した。
    「む、流石にすばしっこいな。この手はどうだ?」
     松庵が足元から引き抜いた剣で木を斬り倒し、蹴り飛ばす。ミシミシミシミシ……、と軋みを上げて疾走するイフリートの上に倒れる木。しかし、イフリートの尾の横薙ぎがその倒木を防いだ。
     だが、それは明確な隙となる。松庵が跳躍、その右腕を音もなく影が覆いつくしたかと思うと豪快な一撃が叩き込まれた。
    『ニャ――』
    「もう一つ」
     隠された森の小路によって開いた藪から飛び出した辰人が、影を宿した解体ナイフをヒュオン! と鋭い風切り音と共にイフリートへ突き立てた。辰人はそのまま熱を宿したイフリートの背を前転で転がり抜け――。
    「隙有り、ですわ」
     緋弥香が緋色のオーラに包まれた紫蘭月姫【緋】を、上段から振り下ろす! 切り裂かれたイフリートが、すかさず炎に包まれた尾を振り回すと鋭い衝撃が森の中を蹂躙した。
    「物足りませんわ、そろそろ本気出して頂いてもいいかしら?」
     なお挑発する緋弥香へ、イフリートが牙を剥こうとする。それを死角から滑り込んだフェリシタスのダイダロスベルトが、イフリートの足を斬り裂き体勢を崩させた。
    「アンタは食べられる側デショ? ちゃんと食べてアゲるから安心して?」
     フェリシタスは黒死斬を繰り出し、そのまま滑り抜ける。そこへ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! と森の奥まで届く銃声と共に爆炎を宿した銃弾が雨のように振り注ぐ――伏姫のブレイジングバーストだ。
    「なに、逃さんよ。二度と自由の身になれぬと知れそれこそがこの戦いにおける、我の役目・戦い方だからの」
     踏ん張りその銃弾の豪雨を耐えるイフリートへ、伏姫は言い捨てる。その間にも、八房は疾走。斬魔刀の刃を、イフリートへと突き立てた。
    「頼む」
     そこへ、蒼侍は駆け込み炎に包まれた刀で切り上げる。ガクリ、とイフリートの膝が揺れた瞬間、竜雅が駆け込んだ。
    「任せろ!!」
     竜雅の雷を宿した拳が真っ直ぐに、イフリートの顎を強打する。のけぞったイフリートは、その一撃に逆らわない。空中で身を捻ると軽々と着地、そのまま一気に駆け出した。
    「回復するわ、体勢を立て直しましょう」
     玲奈の指先が怨京鬼の黒い刀身を撫でた直後、癒しの風が舞い起きる。玲奈の吹かせたセイクリッドウインドが、森にこもった熱を押し流していく――それを感じながら、松庵は呼吸を整える。
    (「攻めあぐねいている、か」)
     現在の戦況は、ほぼ互角――否、決め手に欠けている灼滅者側が不利だろう。全員が全力で当たって、ようやく互角。ダークネスとはそういう敵であり、目の前のイフリートはそういう強敵なのだ。
     だが、それでも戦況を押し切られないのには理由がある。伏姫による事前の準備、これが特に大きい。自由に動き回る、まさに森に君臨する女王がごときイフリートに取っては、この森は己だけの領域ではないのだ。
     だからこそ、戦況は膠着する。山の日没は、平地よりも早い――この状況を大きく覆したのは、日が山の向こうへと消えていく寸前の事だった。
    『ニャ――!!』
     イフリートが、尾を炎に包み竜雅へと迫った。その豪快なレーヴァテインの一撃――竜雅に届く寸前に、伏姫が叫んだ。
    「八房!!」
     伏姫の呼び声で全てを理解した八房が、そこに割り込む。吹き飛ばされ、耐え切れず掻き消えていく八房に、伏姫は誇らしげに言った。
    「よくやった、無駄にはせんぞ」
    「ああ、もっともだ――!」
     ダン! と庇われた竜雅は木の幹を足場に加速。無敵斬艦刀を、豪快に振り上げた。
    「仲間の分は、しっかりと返すぜ!!」
     ズサン!! と竜雅の全体重を乗せた戦艦斬りが、イフリートを切り裂く! そして、それで終わらない――着地と同時に竜雅は再行動、烈火竜咆十手をすかさず振り上げた。
    「そして、こいつは俺の分だ!」
     ガゴン! とイフリートの巨体が衝撃を受けて吹き飛ばされる。竜雅のフォースブレイクに宙を舞うイフリート――そこへ、辰人が張り付いた。
    「お前を、切り裂いてやる」
     ガシャガシャガシャン!! と辰人の変形した解体ナイフが、イフリートに突き立てられ振り払われる。切り刻まれるイフリートが、着地に失敗する。砂塵を巻き上げ、轟音と共に地面に落ちたイフリートを死角から一気に間合いを詰めた蒼侍の黒死斬が重ねて切り裂いた。
    「今だ、畳み掛ける」
    「ええ、ここで仕留めきるわよ」
     そこへ、松庵と玲奈が同時に間合いを詰める。まさに舞うように松庵が踏み込むとその手へと足元の影が伸び、剣を縦一文字に振り下ろし――。
    「松庵さん」
    「ああ」
     松庵が上へと跳躍した刹那、零距離まで駆け込んだ玲奈が納刀したままの怨京鬼の柄へと手を伸ばした。居合いには、間合いが近すぎる――しかし、非実体化しか黒き刀身だからこそその不可能を可能にした。変則抜刀斬撃――松庵の縦と玲奈の横、十字の斬撃がイフリートを切り刻む!
    「うーん… …欲求不満ですわ…… もう少し暴れさせて頂けないかしら?」
     イフリートの懐の死角でそう不満を漏らしたのは、緋弥香だ。オーラを宿した両の拳が、ダダダダダダダダダダダダダダダン! と鋭く速く、イフリートへと叩き込まれていく。緋弥香の閃光百裂拳を受けながら、なおもイフリートは強引に動こうとするが――そこへ伏姫とフェリシタスが、同時に駆けた。
    「締めるぞ」
     伏姫は駆ける猟犬がごとく疾走、加速を得た跳び蹴りを繰り出し、フェリシタスは燃える右足を鋭く振り払った。
    「言ったデショ? ちゃんと食べてアゲルって……ゴチソウサマ」
     ゴクリ、と喉を鳴らして、フェリシタスは満足げに微笑む。フェリシタスのグラインドファイアに焼き斬られ、伏姫のご当地キックに吹き飛ばされたイフリートは空中で火の粉となって散っていく――それは、まるで紅葉が一瞬で散っていくような、鮮やかな美しい散り様だった……。


     鮮やかな火の粉が消え去ったのを見やって、松庵は小さく息をこぼす。
    「ふむ、なんとか討伐出来たか」
    「お疲れさまなのです、よ?」
     戦闘中の様子はどこにいったやら、普段通りに戻ってフェリシタスはおっとりと仲間達を労った。その言葉に、緋弥香はため息混じりにこぼす。
    「うーん… …今日もとても暑かったのに敵が炎を纏っていたので……温泉とかで汗を流してサッパリしてからカキ氷でも食べて帰りたいところですわ」
    「そうだね、どっか温泉でも入って帰りたいね」
     あー疲れた、と伸びを一つ、玲奈も思わず同意した。そのやり取りに、竜雅も笑った。
    「気温も下がる頃だし、ちょっとした夕涼みでもいいな」
     日が暮れ、太陽が沈む。こうなれば、山が暗くなるのは早い。辰人を中心に後片付けを終えると、灼滅者達は歩き出した。
     不意に、冷たい風が吹き抜けていく。暦の上でも、もうすぐ8月も終わりだ。夏が終われば、秋となる――きっと、この森も紅葉に包まれ、人の目を楽しませてくれるだろう。あの女王の散り様のように美しい赤が、やがて秋と共にやってくいる……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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