灼熱を纏いし獣

     ジリジリと肌を焼く灼熱の太陽。蝉の声。真夏の空に浮かぶ入道雲。
     大学生の男女6人が、河原でバーベキューを楽しんでいた。
    「うわぁ! 良い焼け具合!」
    「うまそ~!」
     金網に並んだ串焼き、肉、野菜。ペコペコのお腹が、空腹を訴えてグゥと鳴る。
    「はじめてにしては上出来って感じだね」
    「本当だ。おいしー! やっぱり外で食べると格別だよねー」
    「お前ら、肉ばっかり食ってないで、野菜も食えよ」
    「おかんか!」
     よくある夏の光景。
     しかし、そんな彼らの夏の思い出の1ページが、危険に晒されようとしていた。
     ――グルル
     獣の唸り声。
     6人の若者達を見つめる、ライオンのような見事なたてがみと闘牛のような立派な角を持つ怪物。その身を包み込む灼熱の炎から漂う熱気が夏の暑さを加速させる。
    「河原でバーベキューは夏の定番だよね。あ、でもカレーを作ってキャンプなんてのも捨てがたいな。それで夜にはみんなで花火を……」
     話が脱線していると指摘された須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は、恥ずかしそうに頬を染め、説明をはじめた。
     今回ダークネスに襲われるのは、大学生の6人だと、まりんは言った。
    「大学生6人がバーベキューをしているところにイフリートが現れるの。場所はここ」
     地図を指で示しながらまりんは、説明をつづける。
    「もう少し下流の方にはキャンプ場もあるんだけど、距離があるからこれ以上被害が広がることはなさそうだよ」
     イフリートとは、燃える体毛を持つ四足歩行の猛獣だ。戦闘力が高く、性格は獰猛。戦闘力を換算すると1体で灼滅者10人分ほどにもなるらしい。
    「普通に戦ったらこちらが不利になるかもしれないけど、イフリートがどこに、どんなタイミングで現れるかが分かっていれば、作戦が立てやすくなるし、少しは戦況を変えられると思うんだ」
     戦闘に赴く灼滅者達に、より多くの情報を提供するのがエクスブレインの使命だ。
     まりんはエクスブレインとしての使命を果たすべく、身振り手振りを交えて灼滅者達に、予知で見た光景を語った。
    「河原での戦闘になると思うけど、深さはそれほどないから川に入って戦う事も可能だよ。滑りやすくなっているからその時は足元に注意してね」
     ダークネスには、バベルの鎖の力による予知があるため、イフリートと接触するまでは派手な動きは出来ない。
     イフリートが現れたら、大学生達を安全な場所に素早く誘導できるように一人が待機。残りの灼滅者達には、彼らが逃げやすいようにイフリートを引き付けてもらいたい。
     彼らを逃がしさえすればあとはイフリートを全力で灼滅するのみだとまりんは言う。
    「敵は強力だけどみんなならきっと勝てると思う。私はそう信じているから」
     不安がないと言えば嘘になる。だけどみんなの背中を押すのが自分の仕事だと、まりんは灼滅者達を笑顔で見送った。
    「いってらっしゃい!」


    参加者
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)
    山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)
    ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)

    ■リプレイ

    ●陽炎
     木々が生い茂る道を行くのは、8人の灼滅者達。微かに聞こえてくる川のせせらぎが、目的地が近いという事を知らせていた。
    「のどかな所ね」
     黒咬・昴(叢雲・d02294)はそう言って笑った。自然豊かなこの場所が、戦場になろうとは誰が想像しただろう。
    「……それにしても暑いな」
     笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)は、額を流れる汗を拭って呟いた。木が強い日差しを和らげているとはいえ、暑い事に変りはない。
    「こんな日の相手が、よりにもよってイフリートとは、想像しただけで暑苦しい」
     エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)がげんなりとした表情で呟き。
    「歩く温暖化生物イフリートめ、出るなら冬にすればいいものを」
     と、霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)も愚痴を零した。
    「イフリート、か……」
     天雲・戒(紅の守護者・d04253)は、これから出会うであろうイフリートに思いを馳せる。
     ふと耳を澄ますと、どこからか男女の笑い声が聞こえてきた。声のする方へと進んで行くと、河原に6人の男女の姿があった。鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)が呟いた。
    「彼らが例の大学生達か」
     そう、彼らが今回の敵であるイフリートの標的である。
     エクスブレインの予知に従いこの地に駆けつけた8人の灼滅者達は、彼らの運命を握っているのだ。
     山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)は、川の中での戦闘になった場合に備えて用意した靴に履き替えながらため息を吐いた。
    「あんまり可愛くないですが、川の中で転ぶわけにはいかないし、仕方ないですね」
    「大丈夫だよ。靴一つで君の可愛さが損なわれる事はないから」
     ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)の甘い言葉に山桜桃は、頬を染め、二人の桃色の空気にあてられた刑一は、ギリリと歯軋りをした。
    「この辺りで猛獣の目撃情報があったそうなんだ。念のため呼びかけをしていて……」
     バーベキューを楽しんでいた大学生達に笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)が灼滅者達の代表として、声をかける。
    「猛獣ってまさかそんな――」
     6人のうちの一人が言いかけた言葉をズシンという地響きが遮った。
     赤く燃える体毛と立派な角。雄々しく威圧感のある巨体の獣。その姿は、大学生達の想像を遥かに超していた。
    『グルル』
    「さて……武蔵坂学園・火消しのめ組推参といった所か」
     エリスフィールは仲間に向かって声をかけた。
    「一般人は引き受けた。皆、そちら側はよろしく頼む」
    「おねーさんにまかせなさい!」
    「ということで、暑い夏に更なる嫌がらせで(?)登場してしまったイフリートには爆殺あるのみ……!」
     昴と刑一が先陣を切ってイフリートに向かって行った。
    「さあ。私とこの子で支援する故、急いでここから避難されよ」
    「え、で、でも、あの人達は?」
    「気遣いは無用。我々はあの怪物を倒す為、ここに来たのだ」
     エリスフィールがビハインドのシルヴァリアと共に大学生達を避難させる。
     逃げて行く大学生達を目で追うイフリートに向かって鐐が帯を射出した。
    「相手はこちらだ、間違えてくれるなよ……!」
    『ウウウウッ』
     イフリートは、歯を剥き出しにして唸ると、鐐に向かって突進してきた。鐐はそれをひらりとかわし、黙示録砲を放つ。
    「相手は炎の塊。そう簡単には凍ってくれないか」

    ●その身を焦がす破壊衝動
     エリスフィールが大学生達を非難させるのを見届けてから、戒は殺界形成を発動した。
    「一般人を巻き込むわけにはいかないからな」
     一般人を逃がした、ここからが本当のはじまりだ。
    「はいはーい、獣ちゃん。ちょっと私達と遊んでもらうわよ。これが最後の遊びになるけどな!」
     ズドドドド!
     昴が、高速回転させた杭をイフリートの巨体に打ち込み。
    「弁慶の泣き所斬り!」
     体を引き裂く痛みに唸り声を上げるイフリートを刑一の黒い斬撃が襲う。
     刑一の斬撃と対となるような眩い斬撃が放たれた。
    「同族が悪さをしないようにするのも俺の役目ってな」
    「ライオンさん? 牛さんでしょうか? 楽しいバーベキューを邪魔しちゃダメですよ」
     山桜桃がイフリートの脇腹を殴りつけると、網状の霊力がイフリートの体に纏わり付いた。その拘束を振り切り、下流に向かおうとするイフリートの背中にファリスが飛び蹴りを食らわせる。
    「さて、悪いけどこっから先は通行止めだよ。一般人をバーベキューにされるわけにはいかないからね」
    「先ずは動きを鈍らせるが肝要」
     神羅がクロスグレイブでイフリートを横っ面を殴りながらファリスに声をかけた。
    「ファリス殿、こちらは頼んで宜しいか? 拙者は反対側を守る故」
    「任せて」
     神羅は指輪から魔法弾を放ち、素早く移動する。神羅と入れ代わるように山桜桃がファリスの元へ駆け寄った。
    「ファルくん。私とジョンもお手伝いします」
    「ありがとう。でも無茶はしないで」
     ファリスを見つめて山桜桃は頷いた。大切な人と一緒ならどんなに辛い試練だってきっと乗り越えられる。
    「とーう! 捩じ切れるべし!」
     刑一の尖烈のドグマスパイクが炸裂する。歯を食いしばり、イフリートと対峙する刑一の表情は真剣そのものだが……。
    「その炎の熱さなど、いつもあちこちでイチャつく煩わしきリア充共の熱々さに比べれば……!」
     その目には、悔し涙が浮かんでいた。
     戒の愛用の日本刀がぶわりと炎を纏う。
    「お前は誰の部下だ? ヒイロカネか? クロガネか? それとも別のイフリートの眷族か? 教えてくれ」
     イフリートの体に激しくレーヴァテインを打ち込みながら、イフリートに語りかけた。
     イフリートが戒に激しく体をぶつけてくる。戒は素早く受身を取り、再びイフリートへと向かって行った。
    「大丈夫だ。お前は俺が必ず止めてみせる」
     戒は、強い意志を持ってイフリートを殴りつけた。一度距離を取るために戒がその場から飛び退くと、そのタイミングを見計らったように、イフリートの体を白い斬撃が貫く。戒が振り返ると、そこには、大学生達を逃がし、戦場に戻ってきたエリスフィールとシルヴァリアの姿があった。
    「やれやれ、生きた火災とは良く言ったものだ……」
     エリスフィールが、身に纏った炎を振り撒きながら暴れるイフリートを見つめ呟いた。

    ●獣の咆哮
    「竜神丸!」
     ――ブロロロロッ!
     戒の声に反応して一輪バイクがエンジンを吹かし、イフリートを機銃掃射で足止めした。竜神丸にイフリートを牽制させている間に戒はスナイパーに移動。邪悪な者を許さない白光が刃となってイフリートを切り裂く。
     堪らず、川の方へ逃げようとしたイフリートに魔法弾が撃ち込まれる。パシャリと水音と立てて神羅が飛び上がり、イフリートの脳天に激しい飛び蹴りがヒットした。頭を襲った衝撃を振り払おうとするようにイフリートは頭をぶるると振り、仕返しに神羅を踏み潰そうと前足を上げる。
    「少し大人しくしてもらおうかな」
     ファリスの縛霊撃で動きを止まったイフリートに向かって山桜桃がスターゲイザーを繰り出した。しかし、イフリートは強靭な角で飛び蹴りを受け止めると頭を振った。山桜桃はその勢いで弾き飛ばされてしまう。
    「きゃあ!」
     飛ばされた山桜桃をファリスがお姫様抱っこで、ふわりと受け止める。
    「怪我はない?」
     山桜桃がこくりと頷くと、ファリスは優しく微笑んだ。
    「君に怪我がなくてよかった」
     そのすぐ傍で、刑一が呻き声を上げながら地面に膝をついたが、賢明な事にツッコミを入れる者はいなかった。
     鐐は、黙示録砲と尖烈のドグマスパイクの連続攻撃で、イフリートの凍結と麻痺を狙う。
    「凍え痺れてもらう……悪いが覚悟しろ」
    「バスター! セット! 灼ける様な散弾をどうぞ!」
     昴は、ニッと口角を上げた。強酸性の液体がイフリートの体をじわじわと腐食させていく。その身を蝕む激痛にイフリートが呻き声を上げる。
    『オオオオオオオオッ!』
     ビリビリと空気が揺れるほどの獣の咆哮。
    「あはは! 随分と活きが良いね。獣ちゃん」
    「ああ、だが――」
     揶揄するように笑う昴に鐐が目配せをした。昴は分かっていると言うように笑顔で頷く。

    ●その炎が消えゆく時
     神羅の指輪から魔法弾が放たれた。
    「自由に行動されては厄介なのでな」
     そして、神羅はクロスグレイブで凶暴さすら感じるほどの激しい攻撃を加えていく。神羅の攻撃に耐え切れずに、イフリートが膝をついた。
    「後はお任せ致す!」
    「もがくほど苦しい時間も長い……。終わらせる!」
     鐐はイフリートに向かってそう宣言した。聖歌が響き渡り、十字架の先端にある銃口がゆっくりと開いていく。イフリートを撃ち滅ぼし、天へと昇らせるために。
    「そうそう。さくっと終わらせちゃいましょ!」
     昴は笑みを絶やさぬまま、尖烈のドグマスパイクでイフリートを串刺しにする。
     ファリスは炎を纏った激しい蹴りを放ち、よろめいたイフリートを更に殴りつけた。網状の霊力がイフリートの動きを止める。山桜桃はファリスに応えるべく、高く飛び上がった。そして、イフリートの脳天目がけてのスターゲイザーを繰り出した。
    「今度は上手くできました」
    「フフ、よくできんました」
    「一回は言っておかねば。――イフリートは……爆発しろぉ!」
     影の先端が鋭い刃に変る。脳震盪を起こしているかのようにフラつくイフリートを刑一は斬り裂いた。
     ――斬り裂かれたのは、本当にイフリートだけだったのだろうか?
    「シルヴァリア、そろそろ奴に引導を渡してやろうか」
     エリスフィールとシルヴァリアの髪がふわりと揺れる。シルヴァリアが白い腕を振って霊障波を放ち、エリスフィールは、己の利き腕を巨大な砲台に変えた。
    「DCPキャノン!」
     死の光線がイフリートに降り注ぐ。
    「俺が終わらせてやるよ。全て」
     戒が苦しそうに顔を歪め、静かな声で呟いた。影がイフリート飲み込んでいく。暗闇の中でイフリートは何を見たのかは分からない。イフリートを包み込んでいた影が消えると、その場が一瞬だけ、時が止まったかのような静寂に包まれた。
     イフリートの体を包む炎が不自然に揺れる。イフリートが天を仰ぐように顔を上げたかと思うと、その巨体がぐらりと傾き、地響きのような重々しい音と立てて、イフリートはその身を地面に横たえた。そして、イフリートの体は、その身を纏う炎と共に消えていった。
     戒は、イフリートが消えた場所を見つめ、手を合わせた。
     ――お前は自分で襲いかかったのか? それとも誰かの差し金か? 今となっては分からないがな。後の事は良いから、安らかに眠れ。
    「ようやく討伐終了か……イフリート相手は暑苦しくていけない」
     エリスフィールの言葉に鐐も同感だと言って頷いた。
    「さすがに暑気が入った。麓まで戻って喫茶でも入ろう……」
    「それも良いけどさ、折角、河原に来たんだし……釣りでもして帰りましょ! 丁度道具も持ってきてるのよね!」
     涼を取れる物でも食べて帰りたいと言う二人に、昴はそう言って釣り道具を取り出した。そして更に……。
    「ゆすら、バーベキューの準備をバッチリしてきたんですよ。川で遊ぶ道具もいっぱい持ってきました」
     と言って山桜桃がクーラーボックスを開ける。
    「あれれ? ファルくん、ゆすらお肉買ってくるの忘れちゃいました。あ、ジョン。ごめんね。そんなしょんぼりした顔しちゃ嫌です」
     好物の肉がないと聞いたジョンの尻尾と耳が、悲しそうに垂れ下がってしまった。ジョンに視線を合わせながらファリスが言う。
    「釣りたての魚もきっと美味しいよ」
    「じゃんじゃん釣っちゃうよ! おねーさんにまかせなさい!」
    「……紅葉狩りには少し早いかもしれませんが……リア充狩りには季節など関係ない!」
     サバト服を装着して叫ぶ刑一を視界に入れないようにしながら神羅は呟いた。
    「平和であるな……多分」

    作者:marina 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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