松戸密室掃討作戦~蜘蛛の糸

    作者:来野

     空の色が少しずつ深まりつつある。
     昼下がりの教室で、石切・峻(大学生エクスブレイン・dn0153)は『松戸』と言った。松戸といえば。
    「密室事件?」
    「そう。もう周知の事実だな。事件を起こしていたのはMAD六六六だが、その幹部であり密室警護を担当していたハレルヤ・シオンの救出に成功した。皆が力を尽くしてくれたお陰だ。ありがとう」
     ふと眼差しを緩めて笑い、その後を続ける。
    「結果として松戸市の密室についての詳しい情報を得ることができた。これを機に密室一掃作戦を執り行いたい。この作戦が上手くいけば、迷宮殺人鬼・アツシの引き篭もっている密室への侵入も可能になるらしい。アツシを灼滅することで松戸の密室事件を完全解決することができるはずだ」
     大きな糸口が見えてきた。
     峻は教壇の上に両手を置いて、密室についての説明に取り掛かる。
    「君たちにお願いしたい密室は、1000人程度を収容する大規模な美術館だそうだ。一階が絵画、二階が彫刻などの立体芸術のフロアとなっていて、密室を与えられたダークネスは二階の奥にいるらしい」
     予知の及ばない峻の口調は若干弱いが、伝えられる限りは伝えようと声を張る。
    「そして問題のダークネスだが、ノーライフキングの女性だという。外見は十代後半で、通称はチャルカ。一見大人しそうに見えるらしいが、どうなんだろうな」
     やり口は、こうである。
     まず、自分に逆らった男一名を瀕死に至るまで痛め付け、何の変哲もなければ価値もない小石10個を与える。
    「その小石を手にしている者は殺さない、と言うのだそうだ。結果は推して知るべしというか、火を見るより明らかというか」
     死に掛けの男は誰か手当てをしてくれと9個の小石を差し出そうとしたが、999人は彼の手から10個の小石を奪い合うべく襲い掛かる。他者を助けようという者も最初こそいるかもしれない。しかし必死な者たちには勝てず、場はパニックへと陥っていく。
    「いずれ奪い合いで死者が出ようと、ノーライフキングにとっては労せずして手に入る手駒でしかない。小石を手にした10名が助かるかどうかもはなはだ怪しい。だが、チャルカはその恐慌を黙って見ているだろう」
     こうして奪い合いを始めた者たちは一階と二階の双方に点在している。
    「彼ら一般人の救出は成功の条件に入らないが、もし救出する場合は一階に集めれば直に戦闘に巻き込まれる可能性はないだろうし、なんらかで落ち着かせたら君たちの指示に大人しく従うはずだ」
     チャルカの使用するサイキックは、エクソシストに相当する三種類と断罪輪に似た二種類で合計五種類だという。その詳細を書類で配布して、峻は全員へと向き直る。
    「これは、松戸市の密室事件を完全に解決するための糸口となるはずだ。密室の全てを掃討してアツシの灼滅に辿り着きたい。どうか、君たちの力を貸してくれ」
     願いと共に頭を下げた。


    参加者
    九条・風(廃音ブルース・d00691)
    森田・依子(深緋・d02777)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    一宮・光(闇を喰らう光・d11651)
    御門・心(日溜りの嘘・d13160)
    小堀・和茶(ハミングバード・d27017)

    ■リプレイ

    ●耳を貸せ
     場は騒然としていた。温度も湿度もきちんと管理されているはずの空間が、熱気と怒号に支配されている。
     美術館の上下階を分ける階段で、灼滅者たちは二手に分かれた。
     まず、一階。フロアに踏み出して、一宮・光(闇を喰らう光・d11651)は眉根を寄せる。
    (「なんと悪趣味な敵なんだ」)
     美しく描かれた風景画の前で、仕立ての良いスーツに身を包んだ初老の男たちが取っ組み合っている。奪い合っているのは、ただの石ころ一つ。
     一人が殴り倒されて壁に激突したが、その周囲に省みる者はいない。むしろ、ライバルが一人減ったとばかりに新たな参戦者が駆けつける。壁には血の色が飛んでいるというのに。
     光は深く息を吸う。王者の風の使用と同時に声を張った。
    「奪い合いをやめて下さい」
     その態度は丁寧で、威圧したわけでもなければ恫喝したわけでもない。なのに彼の周囲の人間たちは急に手を止めた。振り上げた拳をだらりと落とす。
    「そしてこの階から動かないで下さい」
     それがESPの効果と知らぬまま気力を失った者たちは、逆らうという発想すら湧かないようだ。その場にへたり込む。握っていた小石がころりと床に落ちた。
    「……!」
     遠い窓際にいた女がヒールを鳴らして駆けて来る。床を転がる石に手を伸ばし、姿勢を崩して転倒した。
     だが、擦り剥いたはずの膝は赤くなった程度で血を流すこともなく、大きく見開いた目を数度瞬くと重たげに瞼を降ろす。
     御門・心(日溜りの嘘・d13160)の用いた魂鎮めの風のお陰だった。そよぐ白い髪を片手で押さえ、心は小石を拾う。
    (「一般人は割とどうでもいいですけど、まぁ、助けられる分だけ」)
     女を追おうとした者たちが続いてばたばたと倒れて寝入るが、皆、転倒の痛みに見舞われることはない。たまたま範囲のぎりぎり外にいた初老の女性が眠りを免れ、目を瞠っている。倒れた者を案じて屈むのを見て、心は彼女の前へと向かった。
    「私たちはこんなことをした相手を排除することができます」
     真っ直ぐに声を届ける。
    「だから、一階から動かねーで下さい。手当ても手伝ってくれると助かりますが」
     どうだろうと窺うと、相手は頷いた。聞き入れてくれそうだ。
     心が息をついたその時、反対側の壁際で背の高い影が動いた。
    「本当かねえ」
     恰幅の良い男だ。見た目の体格差だけで力量を量っているのが目付きで分かる。
    「そう言って、まんまと自分だけが助かるつもりじゃないのか。お嬢ちゃん」
     図体ばかりでかいくせに器が小さい。小石を奪おうと踊りかかる腕を、アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)が掴み止めた。
    「嘘ではない」
     振り払おうとした男は、それが叶わないと知った途端に黙り込んだ。
    「奪い合わなくても命は助かる。その為にオレ達は来た」
     視線と視線がかち合う。片や落ち着きなくきょときょとと瞳を揺らしており、片やそれに動じず見据えている。アイナーの面差しに揺らぎはない。
     やがて、男は力を抜いた。
    「チッ」
     舌打ちをして俯く。
    「本当……だろうな」
     震える声に向けて、三人は力強く頷いた。
     当たり前だ。

    ●守り合え
     一階の準備が着々と整っていく中、二階でも騒乱の制圧が続けられていた。
     九条・風(廃音ブルース・d00691)の声が響き渡る。
    「死にたくねェ奴ァ大人しく一階に降りろ、OK? でなきゃ纏めて地獄へ一方通行だ」
     物言いたげにした者たちは、しかし、王者の風によって言うべき言葉を失った。ずるり、と肩が落ちる。
     そう、と両の掌を下に向けて動かし、風は続ける。
    「生き残りてェなら頭を低くして息潜めて黙って指示に従え」
     二階の奥には敵であるチャルカがいる。階段付近はともかく、室内を進めば進むほど危険だった。強攻策でもなんでも手早く行く。
     その時、きぃーっという金切り声が上がった。小石の奪い合いをしている女の一人が、引っかかれた顔を覆って床を転がっている。
     滅茶苦茶に振り回している手を、羽守・藤乃(黄昏草・d03430)が身を挺して押さえ込んだ。
    「助けに来ました! ですから、争わないで下さい」
     その声は他の騒音にかき消されることなく、暴れる女の耳に届く。それでもばたつく拳がこめかみに当たった。片目を瞑り軽く撫でて諌める。
    「石が無くても一階に避難すれば助かります」
     灼滅者である彼女が一般人の女に敵わないわけはないのだが、力に訴えれば元も子もないだろう。
    (「ハレルヤさんを助けるために、密室に囚われている多くの人を助けるために、助けられなかった人たちがいる」)
     藤乃は痛みに耐えて、次第に大人しくなる女を助け起こす。
    (「その人達に報いるためにも、必ず此処にいる一般の人は助けますわ」)
     そこにどれだけの理由があろうと見殺しにしてしまったと感じる事実は胸中で揺らがない。思い詰めた横顔を見て森田・依子(深緋・d02777)が王者の風を用い、助けに入った。
    「奥に近付くのは危険です。どうか速やかに下の階へと移動して下さい。私たちが守ります」
     急に覇気を失った者たちへと階段を指差し、しっかりとした声を届ける。なるべく簡潔に大切なことだけを。
    「奪い合うのではなく命を繋ぐために、皆、共に下へ。お願いです」
     寄る辺を失った者たちは、そうした灼滅者たちの声に従った。藁をもつかむとはこのことだ。
    「大丈夫、藤乃ちゃん」
    「ええ」
     少女二人が頷き合う。階段脇では、それらを見守って碓氷・炯(白羽衣・d11168)と小堀・和茶(ハミングバード・d27017)が待機していた。
     押し合いへし合いする者たちの姿に、和茶が緑の瞳を大きく瞬く。
    「気をつけて降りないと駄目だよう。大丈夫だから」
     彼女に助けられた中学生くらいの女の子が、恥ずかしそうに俯いた。改心の光が効いている。
    「小さい子、助けてもらえるかな? おねーさん」
    「んっ」
     そうして、年嵩の者が小さい者を、若い者が老いた者を助けて移動が進み始める。進度を見ながら、炯は携帯電話を見下ろした。ハンズフリーで注意深く構え、奥と階段とを見比べている。
    (「タイミングが難しいです」)
     用意しているのは殺界形成。速すぎては混乱を助長する。非常にシビアだ。
     その時、階下から呼び出しがあった。受話器に耳を押し当てる。
    「一階は沈静化成功。二階からの移動は、八割方……」
     炯が、そこまで伝えた時だった。
     半ば眠るような、柔らかい、しかし熱のない声が二階フロアの奥から聞こえた。
    「とてもいけない子がいるようね」
     高い天井から、大きな車輪に似たものが光臨する。糸を紡ぐ車か。
    「とてもいけない」
     キィ、という軋みと共に紡ぎ車が回り始めた。

    ●抗い抜け
     キィ。
     その音は一階の灼滅者たちの耳にも、スピーカーを通して伝わった。
    「チャルカ!」
     三人が駆け出す。
     背筋を氷で撫でられるような感覚が上から漂ってきた。殺界形成が発動している。
     顔を引き攣らせて駆け下りてくる者たちに階段の向こう半分を譲らなくてはならない。壁に背を付けるようにして二階へ上がると、濃く血が匂った。
     依子と藤乃が肩を寄せ合うようにして蹲っている。その下で何かが守られてもがいていた。
     ゲリラ豪雨のような機銃掃射の音は、風のライドキャリバー「サラマンダー」のものだ。そうして作った弾幕を盾に、彼が動くものを引っ張り出す。まだ5歳にも満たない男の子。
    「転ぶなよ」
     自分の身で庇って炯の方へと押し出すと、エアシューズの向きを切り返した。手に血が付いたが、どうやら身を挺した仲間二人のもののようだ。
    「気を付けて下へ」
     血で汚れて呆然とした子供を炯が受け止め、背を撫でて階段へと誘導する。和茶がラビリンスアーマーの護りを藤乃に届け、依子がWOKシールド・£1を展開する。鈍い銀の硬貨一枚から光が溢れ出した。
    「おや……美しい」
     掃射の音が止んだ時、そう独りごちた声はやはり緩やかだった。
     二階の奥正面には、蓮の花を織り上げた大きなタペストリーがかかっている。そこから真っ直ぐに進み出て来ていた女は、黒髪を結い上げ、白いサリーを身に巻き付けていた。肩から丸出しの片腕は水晶化しており、伏せ目がちに灼滅者たちを見ている。
    「美しいものは」
     囁くような静かな声が、次第におかしな旋律を帯び始めた。
    「不朽であるが良い」
     そしてその異変は、階段付近で起きた。ブロンズの彫像が灼滅者たちには別の姿に見え始める。これは歌だ。
     最後尾となった一般人を炯が肩で押して逃がし、大きく目を瞠った和茶を下から駆け上ったアイナーが引き倒して庇う。
    「大丈夫か」
     それらの合間を抜けて心が走り、その身に巻き付けた包帯・トンカラ帯を射出した。
    「てめえの部下くらい手ずから作れよ」
     チャルカは襲い掛かる攻撃を脇へと跳んでかわそうとし、そこに依子のシールドバッシュを喰らう。
    「……っう」
     彫像の台に背を当てて足許を狂わせ、頭を左右に振った。
    「生きたいのは、帰りたいのは誰だって。命を弄んでたのしいですか」
    「弄んでなどいないわ」
     チャルカが、きり、と奥歯を噛む。水晶の手を振り上げるのを見て、藤乃が赤黒い鈴蘭の兇手を差し出した。咎鳴る鈴。
     展開される結界に攻撃の手を狂わされて、ノーライフキングの女は更に脇へと身を翻す。階下への道筋を見出せずに眉根を寄せた。そこへと突き込まれるのは光の螺穿槍。
    「これだけのことをして、高みの見物とはいい趣味ですね。が、ふざけた遊びもここまでだ」
     高鳴る唸りに脇を裂かれ、チャルカはサリーを赤く染める。大きく踏み出し、柄を握り止めた。
    「っ、私は本気。でも……荒事が苦手なのは、その通りね」
     言った端から逆の手を引き、斜め上へと大きく振り抜く。いつ握ったものか。舵にも似た豪奢な輪で光のこめかみを強打した。
    「光おにーさん!」
     真後ろへと突き飛ばされた背を、和茶が抱き止める。チャルカは戦輪の血を振り払って天へと向けた。
    「美しいものは、優しく扱いたいもの」
     五つの指を順に動かし、天井の輪から闇の豪雨を降りしきらせる。その瞬間さえも、ダークネスの瞳は陶然と彼らを見ていた。

    ●灼き捨てろ
     序盤、背に守るもののある灼滅者たちは苦戦を強いられた。それでも階段の前を固めて通そうとはしない。
     ノーライフキングの女は薄っすらと表情を歪める。これでは配下を得られない。
    「そこを退きなさい」
     突き出した紡ぎ車が、アイナーの交通標識とかち合う。ギンッ、という凶悪な音が響き渡った。
    「退くわけにはいかない」
     翻る色は黄色。護りが固まったのを感じて風が床を蹴る。
    「まったく、良い趣味してんじゃねェか。そんなに腐ったお人形さんが欲しいってか?」
     鋭角に突き込む蹴りの軌道上、炎の色が青白く燃え上がった。
     肘を打ち上げようとしたチャルカだが、そこをサラマンダーに防御されてかわし損ねる。ダンッ、という鈍い音が響き渡った。
    「欲張り過ぎは身を亡ぼすぜ、お嬢さん」
     戻した蹴り足の前にダークネスを這わせて、風が顎を上げた。チャルカは解けて乱れた髪の間から、青白い怒りをたたえた眼差しを持ち上げる。
    「私、の欲しいものが分かるとは、あなた……こそ」
     立ち上がろうと片手を前に出した。が、その手の甲が跳ねて落ちる。
    「戯れで人を殺すなんて、……勿論貴方も戯れに殺される覚悟がおありですよね?」
     炯のバベルブレイカーが、重たく鈍い音を立てて床に届くまでの一撃を叩き落していた。
    「ッ、アアッ……、どこ、からっ」
     彫像だと思っていた。その陰をぐるりと回り込んで現れた彼を、ダークネスの女は見切れていなかった。大きく見開いた瞳の中で、切迫の色が揺れ始める。
    「そ、れほど……」
     チャルカは血染めの唇を緩め、す、と息を吸い込んだ。
     ――来る。
     風の短い一言を合図に、左右から依子と藤乃、正面からアイナーが突っ込んだ。
    「それほど逝きたくば、逝くが良いっ!」
    「あ……っぁぁっ!」
     強烈な呪詛の旋律を思う存分浴びる盾は、しかし、分厚く三枚。鼓膜を裂き脳に突き刺さるような衝撃と負の記憶は、必殺の力を割り砕かれて拡散する。
     和茶が息を飲んだ。破邪の剣を引き抜き、刀身を見つめる。大きく振り抜き送る癒しの祝福は、壁にかけられた織物たちを一斉に舞い上げた。
     チャルカが叫ぶ。
    「なぜ、拒むの!」
     光の返答はティアーズリッパーの鋭利な一撃。女の背が大きく引き裂かれて床で跳ねる。
    「ク、ッアア!」
     差し出した水晶の腕は、心の放った無数の光の輪が打ち砕く。甲高く澄んだ音が美術品たちの間を反響し、粉々の欠片が灼滅者たちに降り注いだ。
    「な、ぜ……っ」
     振り仰いだノーライフキングの額に、影が一つ落ちる。
    「これ以上貴方には誰も殺させません」
     炯の掲げた巨腕が天を示し、地を目指す。
    「此処で死んでください」
    「なぜ、……ッッア!!」
     ゴゥッという衝撃が響き渡り、彫像たちが身震いをした。水晶の欠片が跳ね上がり、輝きを弾いて床を打つ。
     屍王の断末魔が止んだ時、透明な塵芥が灼滅者たちの足許を流れた。紡ぎ車が落ちて転がり、コツリと音を立てて静かに消える。
     光が、傾いたブロンズの像を片腕で支えている。
    「結構お高いんでしょうね。壊れたら敵に修理代を請求してやろうか」
     やれやれ。そんな感じで肩を竦めた風が、ふっと息を抜く。
    「さァて、こっから駒がどう動くか。まったく、夏休みでも関係ねェってなもんだ」
     この場の駒となることから免れた者たちは、階段からそっと彼らの無事を覗いている。
     休息はまだまだ先となりそうな気配だが、この密室は灼滅一、犠牲は何とゼロであった。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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