松戸密室掃討作戦~密室コンサートは殺人を奏で

    作者:陵かなめ

    ●情報
    「みんな、松戸市で発生していた密室事件は知っているよね」
     千歳緑・太郎(中学生エクスブレイン・dn0146)がこのように語り始めた。
     先日、この松戸市の密室殺人事件を起こしていたMAD六六六の幹部であったハレルヤ・シオンの救出に成功した。
     ハレルヤはMAD六六六の幹部であり、松戸の密室の警備を担当していた事もあり、救出により密室の詳しい情報を得る事ができたと言う。
    「この情報を元に、松戸市の密室を一掃する作戦を行う事になったんだよ」
     松戸市の密室を一掃する事ができれば、迷宮殺人鬼・アツシが引き篭もる密室への侵入も可能になるらしい。
    「そうすると、アツシを灼滅すれば、松戸の密室事件を完全に解決する事ができるはずだよ」
     太郎はハレルヤから得られた密室に関する情報を放し始めた。
    「松戸のコンサートホールを密室化している淫魔がいるようなんだ。グランディー風子と名乗るその淫魔は、千人近くの若者達を密室に閉じ込め、毎日音楽を奏でさせているんだって」
     囚われているのは、コンサートホールで開催された音楽祭に参加していた学生達だ。その音楽祭は、いくつものグループが集まって順に演奏するものであり、中学生から大学生まで多数の学生が参加していたようだ。
     当然、ダークネスの密室の中で、音楽を演奏するだけでは終わらない。グランディー風子はその日の気分次第で好みの音楽が変わるのだが、彼女が気に入らない演奏をしてしまうと即座に殺されると言うのだ。
     淫魔は日中、好きなように学生を指名し音楽を演奏させる。学生達はいついかなる時も最高の演奏が出来るように強要されているのだ。その内容も、ソロ演奏、グループでの合奏や合唱など、淫魔の気分次第。
     音楽祭に参加していた学生達は、各自楽器や歌の練習をしながら、恐怖と共に日々を密室内で過ごしているようだ。
    「コンサートホールは三階建てだよ。一階に、大ホールが一つ。二階三階は、学生達が練習や生活をしている小部屋が沢山あるんだ。日中、一階の正面玄関から中に入る事ができるみたい。中に入れば、すぐに大ホールの扉があるよ。夜間の侵入はほぼ無理みたい」
     日中、淫魔は大ホールの観客席に座り演奏を聞いている。一曲終わる度に評価し、演奏していた者を生かすか殺すか決めているらしい。
     音楽を聴くのが好きなグランディー風子は、演奏が中断される事を何より嫌うと言う。もし曲の途中で大きな音を立てて乱入すれば、激昂し強大な力で暴れ襲ってくるだろう。そうなれば、演奏していた学生達にも被害が及んでしまう。
     もし穏便に学生達を大ホールから逃がしたいのであれば、演奏を妨げないよう静かに扉から大ホールの中に入り、曲が終わるまで待ってから仕掛けるほうがいい。ステージにはバックヤードへの道がある。淫魔をステージに寄せ付けないよう戦い、少し避難誘導してやれば、学生達に被害は出ないだろう。
    「戦いになると、グランディー風子はサウンドソルジャー相当のサイキックを使ってくるみたいだね。踊りよりも歌声で戦うようだよ」
     伝え聞いた情報の説明を終え、太郎はくまのぬいぐるみをぎゅっと握り締めた。
    「これは松戸の密室の事件を完全に解決するチャンスだよ。全部の密室を掃討して、密室殺人鬼アツシを引きずり出せるといいよね」
     そう言い、締めくくった。


    参加者
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    井瀬・奈那(微睡に溺れる・d21889)
    只乃・葉子(ダンボール系アイドル・d29402)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ

    ●ごく弱く、慎重に
     大ホールの扉が控えめにそっと開かれた。
     ステージ上には、ヴァイオリンやチェロを構えた学生達の姿があった。彼らはとてつもなく深刻な表情で、ゆったりとしたクラシック音楽を奏でていた。
     緊張と不安と、重圧に押しつぶされそうな痛ましい表情を見てルナ・リード(夜に咲く花・d30075)は思う。
    (「一般人の方には罪はございません。出来る限り多くの方を救えるように努力致します」)
     音楽が生きがいと言うルナにとって、この淫魔のやり方は到底許せるものではない。
     小さく開いた扉から、仲間達が次々にホールへ侵入する。
     物音を立てずに、細心の注意を払い。
     猫に変身したワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)は、ホール内の物陰に静かに姿を潜めた。
     学生達の演奏は続いている。
     ゆったりとした曲のはずなのに、演奏者の陰鬱とした表情がやたらと目に付く。
    (「音楽は演奏するものの心を映すもの、このような状態では本当の意味での最高の演奏はできまいて……」)
     ワルゼーは極力静かに潜伏しながら演奏が終わるのを待っていた。
     同じように猫に変身したファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)、蛇に変身した秦・明彦(白き雷・d33618)も静かに物陰に身を潜めている。互いに待機場所を確認し合い、それぞれどこに位置しているのかは分かっている。だが、誰も言葉を交わさない。演奏が終わるまで静かに待つと言うのが共通の認識だ。
     只乃・葉子(ダンボール系アイドル・d29402)がそっとステージ上の学生達を見た。
     学生達の表情は青ざめ、必死に演奏を続けようとしている。だが、ヴァイオリン演奏者の、弓を持つ指先が微かに震えてた。音が揺れ、演奏者は絶望の表情を浮かべる。淫魔の気に入らぬ演奏をした者は死が待っている。それを知って演奏を続ける事は、どんなに辛い事だろう。
     灼滅者達はそれでもじっと押し黙って演奏を聞いていた。
     アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)が静かに客席に身を潜める。
     続いてシエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)、井瀬・奈那(微睡に溺れる・d21889)も大ホールへ侵入した。ホールの扉は厚く、一旦閉じてしまえば音が外に漏れないようになっているようだ。
     ホール客席の中央では、フォーマルドレスに身を包んだ淫魔が、ゆったりと背もたれに身を預け演奏を聞いていた。
     全ての灼滅者がホールに侵入し、曲はクライマックスへと急ぐ。
     淫魔、グランディー風子が口元に微笑を浮かべ足を組み替えた。
     大きく和音が三度響き、しんと静けさが訪れる。
     グランディー風子が一度首を傾げ、小さく拍手をした。
    「素敵な演奏をありがとう。ええと、でもねぇ。アンコールは必要ないわよ? だって、貴女――」
     グランディー風子は一人のヴァイオリン演奏者を指差した。
     奏者が真っ青な顔で声もなく首を振る。
     瞬間、灼滅者達は飛び出した。

    ●きわめて速く、正確に
     動物に変身していた仲間が一斉に変身を解く。
    「逃げるが良い」
    「バックヤード……の道……早く」
     客席とステージの間に割り込んだワルゼーとシエラは、学生に声をかけ避難を促した。
    「三階へ避難し、そして他のみなさんへも伝えて下さい。『帰る準備を』と」
     葉子が逃げて行く学生達に呼びかけた。
     振り向いた学生が、ぎこちなく頷く。
    「密室事件解決のため、また元凶アツシの灼滅のため……。この依頼、しくじるわけにはいかんな!」
     いつ敵の攻撃が飛んでくるか分からない。ワルゼーは学生達を背に庇いながら、敵の動きをじっと観察していた。
    「あらあら。貴方達、楽しい演奏を聞きに来たのではなかったの? 私、その子を殺したいの。どいて頂けるかしら?」
     次々に武器を構える灼滅者達を見て、グランディー風子がゆっくりと立ち上がる。
    「グランディー風子、これ以上お前の好きにはさせない!」
     学生達の避難が完了するまで時間を稼ぎ、仲間の盾になる事が自分の役割だと明彦は思った。そして、その通りに正面から仕掛けた。
     雷に変換した闘気を拳に宿し、アッパーカットを叩き込む。
    「それに……売れない芸人みたいな名で暴君ぶっても違和感有り過ぎだろう?」
     つい、本音が漏れてしまった。明彦が苦笑いを浮かべる。
    「なっ」
     攻撃を受けたたらを踏んだグランディー風子は、険しい表情でギロリと明彦を睨み付けた。
    「そこです」
     続けてアンジェリカも攻撃を放つ。
     ステージでは恐怖に引きつりながらも学生達が両袖に避難して行った。
    「っ、どこへ行くの? まだ、私の評価が終わっていないじゃないの?!」
     グランディー風子は逃げる学生に向かって声をあげ、飛び上がろうとした。
     そうはさせまいとルナのダイダロスベルトが伸び、正確に敵を貫く。
    「あなたは音楽が生きがいの私にとって、とても大嫌いな敵です。なので、早々にご退場いただきたいものです」
     行く手を阻まれ、グランディー風子は足を止めた。
    「ふ、ふざけないで! その子達はわたしの可愛い演奏者。私のために沢山の音楽を演奏してくれているのよ?」
    「貴方を楽しませるために演奏をしている訳ではないです……」
     敵の死角から奈那が飛び出し、いくつか重要な箇所を斬り付けた。
    「皆さんが培ってきた努力を、死という幕引きで終わらせないでください……!」
    「ふん。私のおもちゃよ。気に入らなければ殺せば良いじゃない!」
     悪態を吐きながらも、グランディー風子が傷を庇うように一歩後退する。敵を引き付け時間を稼ぎ、その間に学生達を逃がす。
     灼滅者の作戦は成功したと言って良いだろう。
    「よし、みんな無事逃げたようだな。それじゃあ、今度は俺の歌を聴いてもらおうかっ」
     戦場からファルケの勢いの良い声が聞こえてきた。
     葉子があわあわと観客席へ視線を戻す。ファルケの声は非常に独特なようで、敵が激昂してしまわないか、一抹の不安がよぎる。その場合は自分が注意をひきつけるように歌おうと思っていた。
     グランディー風子と向かい合ったファルケが、ギターをかき鳴らし力の限りの声でナニかを歌った。
    「ぎ、ぎゃ、ああ、ななななな、これは、なんですの?!」
     たまらずグランディー風子が頭を抱えしゃがみこむ。
     ピシリと、どこかで壁がひずむ音がした気がした。
     これは すごい こうげきだ。
    「だ、大丈夫……? そうですよね! うん、きっと大丈夫。それじゃあ、ハコもいっくよー!」
     葉子は何とか納得したように頷き、カードの力を解放した。

    ●ごく強く、畳み掛けて
     学生達は無事逃げた。後は、目の前の淫魔を倒す事ができれば上階に居る一般人も救う事ができるはずだ。
    「音楽……聞くのも……奏でるのも……歌うのも……好きよ」
     学生達の避難を終え、シエラが霊犬のてぃんだと共に淫魔の前に立った。
     奏でられた音楽が気に入らないからといって、人を殺めるのは許せないと思う。
    「……がんばろうね、てぃんだちゃん……」
     てぃんだに回復の指示を出し、シエラは囁くように、優しく、歌声を上げた。
    「っ、ぁ」
     グランディー風子は戸惑うように首を振り、小さな呻き声を漏らす。
     仲間達は次々に攻撃を叩き込んだ。
     白いドレスに身を包み、葉子はくるりと身体を回転させステップを踏んだ。
    「歌と踊りの力で戦います。はいっ、ハートビーム!」
     軽快な踊りから顔、いや、ダンボールの前に両手でハートマークを作る。ハートを左右に振りながら、ピンクのハートを飛ばしてグランディー風子を撃ち抜いた。
    「くっ、私の、演奏会を、台無しに……! 許せない……!」
    「演奏は思う存分堪能したであろうが。今度は我々が奏でる鎮魂歌でも聞いていくが良い」
     ワルゼーが間合いに飛び込み、槍で敵の身体を抉る。
     再びグランディー風子がくぐもった声を漏らした。
     だがすぐに体勢を立て直し、魅惑的な声を響かせる。
    「このままで済むと思わないで。私は私を癒して戦う」
     その歌声は敵の傷を癒した。聞いていた通り、グランディー風子は歌声を中心に戦う。歌っては惑わせ、歌っては自身を癒す。
     だが、攻撃の力は一撃で甚大な被害が出るようなものではなかった。
     灼滅者達は冷静に、時には激しい思いを込めて敵を追い詰めていく。
    「思うようにはやらせねーぜ」
     ファルケが激しい歌声をぶつけ、相手の行動を妨害した。
    「逃がしません」
     アンジェリカのダイダロスベルトがグランディー風子の身体を絡め取る。
    「こちらからも捕まえます」
     畳み掛けるように奈那が縛霊手から網状の霊力を放射した。
     敵の行動を阻害するよう立ち回り、逃がさず、攻撃させず、こちらの攻撃を確実に命中させる。
     時間が経つにつれ、これがじわりじわりと効いてきていた。
    「ち、ぃ――」
     敵が捕縛から逃れようと身を捩る。
    「あなたのことは決して許しません」
     状況は灼滅者有利に見えたが、ルナは決して油断しない。冷静に、確実に、攻撃が敵に当たるように狙いをつけた。
     高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を練り上げ、一直線に飛ばす。
     ルナが放った魔法の矢は弧を描き、敵の身体を貫いた。
    「許さない? くすっ。私だって、もう許せないわねぇ」
     攻撃を受け、行動を制限され、それでもグランディー風子は立ち上がる。まだ戦う意思を失っていないのか、大きく手を広げ優美なそれでいて底冷えのするような恐ろしい歌声で歌い始めた。
     その歌声は大きな渦となり、ファルケに襲い掛かってくる。
    「危ない、下がれ!」
     瞬間、明彦が間に身体を滑り込ませた。
     既にその身はクルセイドスラッシュで守りを固めてある。迷わず、激しい歌声から仲間を庇いきった。
    「助かったぜ」
    「無事だな」
     ファルケの無事を確認し、明彦は畏れ斬りを放つ。
     グランディー風子は舌打ちをして一歩下がった。

    ●終わりまで、強く
     灼滅者達は確実に敵を追い詰めていた。
     じりじりと距離を詰め、何度も攻撃を叩き込む。
    「音楽……私も……好きよ。でも……あなたの……音楽の……楽しみ方は……イヤ」
     シエラはまた優しく歌い始めた。
     仲間の様子を確認したけれど、今は回復が必要な傷を負った仲間は居ない。てぃんだがこまめに回復して回っていたおかげかもしれない。
    「聴くほうも……奏でる方も……楽しんでこその……音楽……。学生達を……怖がらせても……いい旋律は……生まれない……わ」
    「くす。私は十分楽しめましたわよ? それでよろしいのではないかしら?」
     よろめきながら敵が笑う。しかしその声に今までのような覇気が感じられなかった。
     ここだと、明彦は思う。
    「行くぞっ」
     大きく声を張り上げ、走り込む。
    「なっ」
     グランディー風子が驚きの声を上げるが、構わずドレスの襟首を掴み、思い切り投げつけた。
     それは、客席の中心部。
     どこからでも誰でも狙える場所へ狙い落とす。
     大きな音を立て敵の身体が椅子にぶつかり、ひとつ跳ねて地に伏した。
    「ぅ、……」
    「私は、許せません」
     隙を見せた敵に、奈那が向かって行った。
     今まで沢山の練習を積み重ねてきた人たちの活躍の場を汚す事が許せない。
     自分は大きなホールで演奏をした事は無いけれど、小さな頃ピアノを習っていた身としては、それは許せないのだ。
     奈那は愛用の大鎌を振るい、デスサイズを叩き込んだ。
    「続きますよー!」
     マイクを掲げ葉子が叫ぶ。
    「わたくしも、行きます」
    「皆、抜かるな」
     アンジェリカがマテリアルロッドで殴りつけ、ワルゼーはオーラを拳に集め凄まじい連打で敵の身体を打った。
     勢いでグランディー風子の身体が吹き飛び、ごろごろと地面を転がる。
    「逃がしは致しません。どうか、お亡くなりになられて下さいませ」
     しっかりと的を絞り、ルナは起き上がる前に再びレイザースラストで敵を叩いた。
    「ふ、ぁあ、あ」
     もはや、敵はまともに喋る事も出来ない。
    「歌エネルギー、チャージ完了。聴かせても魂に響かないのならば、直接叩きこんで響かせるのみっ」
     それを見て取り、ファルケがマイクをくるりと回した。
    「刻み込め、魂のビートっ! 心に覚え込め、これが奇跡を呼ぶ心の旋律、サウンドフォースブレイクだっ」
     ありったけの力を込めて殴りつけ、魔力を流し込む。
    「あ……」
     膨らんだエネルギーは、敵の内部で大きく爆ぜた。
     最後にグランディー風子のドレスの裾が爆風で揺れた気がする。
     呻き声を一つ漏らし、敵の身体は消え去った。

     互いの無事を確認し、灼滅者達は上階へ向かう。
     その先には囚われた一般人が多数いるはずだ。これを開放し、松戸の密室コンサートは幕を閉じた。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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