松戸密室掃討作戦~カードは語る

    作者:一縷野望


    「松戸密室の事件に大手がかけられるかもしれないんだ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)の声は静かだが、強い気概に満ちていた。
     先日、MAD六六六の幹部であった、ハレルヤ・シオンの救出に成功した。
     ハレルヤは松戸の密室の警備を担当していたため、救出により松戸市の密室の詳しい情報を得る事ができたのだ!
    「まず、松戸市の密室を一掃する。この作戦が成功すれば、迷宮殺人鬼・アツシが引き篭もる密室への侵入も可能になるらしいんだ」
     最終目的はアツシの灼滅。それでようやくこの忌まわしい松戸密室事件は完全解決なのだ。
     

     アツシより密室を与えられたダークネスが、千人程度の住民をそこに捉え暴君よろしく好き勝手している、それが松戸密室事件だ。
    「ボクが説明する密室は、ある中学校のそばに作られた」
     松戸中心街からは外れるが、住宅街やホームセンター、また大学も近い所に位置するその学校には、少年少女に若者、中年から老年と多種多様な人物が捕らわれている。
    「そこでね『こいつ』を食事につけて無作為に配布して、殺し合うように煽って遊んでるんだ」
     標が広げたのはタロットカード22枚。ただそこに武蔵坂が手にしたくなるような『秘密』は、ない。
     たまたま密室に君臨する六六六人衆番外の非辻・茉子(ひつじ・まこ)という14の少女が、占い好きの劇場型殺人者というだけの話。
    「奴は配給にカード21枚を忍ばせて、当たった人間を別室に招いて殺しあいをさせる。カードデッキを完成させた人を帰しますよ、なんてね」
     ――何故21枚か、それは1枚は変装した茉子が紛れているからに他ならない! つまりこのゲームは最初から生きて帰れないインチキゲームなのだ。

    「みんなの取れる作戦は、大きく分けて二つ。いずれかをベースに組み立てて欲しい」
     人差し指と中指を立てて標は告げる。
    「一つは単純明快。君達が密室につっこむのは食事配給中だから、真っ直ぐ茉子の元に向かって速攻攻撃」
     利点として先手がとれる、そして――。
    「君達の攻撃に『密室の終焉』を悟った茉子は、数分はヤケになって周囲に攻撃を仕掛ける」
     それはもう阿鼻叫喚が予想される――どれだけ死ぬのかわかったものではない。
    「庇いきれる人数じゃないし、二手に分かれて救援にまわったりしたら、奴はそれに乗じて逃げるよ……だから一般人は犠牲にする覚悟を決めて挑んで欲しい」

    「二つ目の作戦は、奴のタロット殺人劇場に敢えてのってやるんだよ」
     殺人劇場の現場から多人数のいる場所への攻撃は不可能だ。だから21枚-8人で被害者の最大数は13人で止まる。
     カードの入手は簡単だ。
     恐怖で思考能力の落ちている彼らと違い目聡い灼滅者なら、忍ばされたカードなどあっさりわかる。
     注意点として、この隔離部屋には神出鬼没に振る舞うために、隠れたり脱出したりの隠し通路が確実にある。
    「逃走の危険度は一つ目の作戦より高いよ、そこは頭に置いといて」
     ――さて、13人の犠牲は約束されたものなのか?
    「どいつが茉子かあらかじめ推測を立てて、かつうまく演技して欺けば、被害者が0にまで抑えられるかもしれないね」
     カードのそばには簡単な意味が添えられていて、皆その通りに振る舞っている。「演じれないミスキャストは殺す」そう言い渡されているからだ。
     ちなみにカードの配布は無作為だからカードイメージの性別年齢と演者が一致していない事はままある。あくまで言動で示すのだ。
     逆に言えば振る舞いが『敢えて甘い』人物が茉子だ。奴は極限状態の彼らへヒントを出して嘲笑っているのだ。そんな彼女はいつも同じカードを取っているのだと言う。

     そんな茉子だが、殺人鬼と解体ナイフのサイキックを使用する。序列番外とはいえ相応の力はあるので、油断は禁物である。
     
    「武蔵坂の仲間が助け出したハレルヤさんから得た情報、このチャンスは是非生かしたいよね」
     だからこの密室を司る劇場型殺人者を、絶対に逃さず灼滅して欲しい――標はそう締めくくった。


    参加者
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741)
    雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)
    泉明寺・綾(とにかくアレ・d17420)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)

    ■リプレイ

    ●籠
     密室潜入前から胸に燻る墨の如き不安は、殺しあいの籠に閉じ込められ更にドス黒く濃さを増す――。

    「こんなカード引いたって殺すなんて、出来な……いやっ死神の鎌で決着をつけるぞー」
     気弱そうな男は大鎌を選び取り優勝旗を持つように掲げた。
    「お待ちなさい……かな、母親として、そんな乱暴はダメよ。あ……女帝です」
     自分のカード名を繰り返す少年はベソかき周囲を伺う。
    (「案外、皆さんカードをオープンになさるのですね」)
     さもありなん、沈黙は演技の放棄ととられかねないわけで、必死に主張するのもこうして目の当たりにすれば頷ける。
     脳裏で顔とカードを結びつける四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)は自分と似た身長の者に目星をつける。同じく雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)も外見でより分けた。
    「まずは落ち着きカードを開示しましょう。私は『はじまり』の魔術師です」
     場を納めるようにカードを提示する菖蒲はしかし小太りの男が晒した『月』のカードに息を呑む。そういえば見た目では判断できないと言われていた。
    「大丈夫ですよー、みんな無事帰れますってー、うふふ」
    「あなたは何なんです?」
    『女教皇』は、ゆるゆる笑う或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741)へあからさまな警戒を向けた。
    「太陽です」
     開示が行われる中、ガタガタと震える少女が握りしめるカードは『星』――ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)は一瞬だけ鋭く見据え、即座に声を張り上げる。
    「殺し合いだっていうんだから公正を喫すためにタイマンでもしようか?」
    「賛成や」
     ぱしゃり。
     スイカが弾けるような音がして左耳を下に倒れる赤髪の青年。後ろに立つのは、返り血浴びて歯を剥きだし嗤う泉明寺・綾(とにかくアレ・d17420)
    「な、何するんだよぅっ! ひっ人殺しなんて……」
    『塔』を握りしめた男が裏返る声をあげ後ずさる。
    (「これは演じれんのちごて、本気ビビリやなあ」)
     病んだ瞳の綾の内心は至極冷静だ。
    『月』はへたり込み『星』は耳を押さえ目を閉じる。こちらも殺人を前に自然な反応ではあり、判断がつかないと悠花は俯いた。
    「悪魔なうちも鬼じゃないからカードくれれば命だけは取らないのや、さあ早く」
    「私は武術の心得があります。誰も殺したくはないですが……」
     綾と構える悠花の間に割入るのは二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    「いきなり殺し合う必要はない。私達が優先すべきなのは自分達の意思を示す事だ」
     威厳を籠めて吟じる海月だが内心はトチリやしないかヒヤヒヤ。
    「そうだ、まだ可能性は、ある。自由をこの手に……」
     恐慌で場があらぬ方向へ行かぬよう風真・和弥(風牙・d03497)も鎮めに掛かる。
     いきなりの臨界点を迎えた籠の中、壁に凭れ俯瞰する男が一人。
    『教皇』老女の咎める視線にジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)は『隠者』を翳し、一言。
    「殺し合いとか好きにやってて下さい。僕は一人で考えてます」

    ●夜空
     頭に叩き込んだ部屋の形と、タロット殺人劇場に怯える彼らの乱雑な足音。それらに神経を研ぎ澄ましナハトムジークは『在るはずのない道』の判別に心血を注ぐ。
    『星』への接触を試みたのは積極的に他者へ話しかける菖蒲と海月だ。
    「私、また引いちゃった……でも梓ちゃんみたいにできないよぅ」
    「どういう事ですか?」
     膝を涙で濡らしながら『星』の娘は語る――以前も『星』を引き友達が身代わりになってくれたのだと。
    「気付いてる事がある、閃きの『星』なら丁度いいって……」
     しゃくり上げる娘をぎゅうと抱きしめて、海月は以前の『星』が「勝利条件」に触れた理由を悟る。
     生者がいないカラクリを悟った娘はゲームに挑み、そして無残に殺された。
    「……こっ、この変化を生かして、これっは、好機っです!」
    「えー、人が死んでるのにですかー?」
    『運命の輪』を握る女を仲次郎はからかう様に覗き込みえへら笑い、もちろん『月』が傍にいるのを見越してだ。
    「私だってこんな演技嫌よ! 死んでない、きっとアレはお芝居よおッ!」
    「落ち着けよぉ、現実を直視しようぜぇ? でないと解決するものもしないってばよぅ」
     甲高い『月』の声にジンザは顔をあげ、悠花も直視する。
     ――月の正位置には『現実逃避』の意味があったはずだ。
     ジンザの目配せに綾はバットを肩に担ぎ天井を見上げ、
    「ああ、月がでとらん空はつまらんなぁ……あんた、死んどき?」
    『愚者』へバットを振り下ろし伝達する。
     とはいえ、今回の『星』が演じ切れていないのも事実。だから予定通り彼らは夜空に浮かぶ輝き2人を取り囲む。
    「さあ、無茶で無謀な冒険を『始めよう!』」
    「ごめんねー」
     和弥の台詞を合図に仲次郎は『星』の娘へ手刀を入れた。ほぼ同時、綾の釘バットを軸に湧き出す風は、一瞬で絶望の籠を微睡みで満たす。
     次々と意識手放し眠りにつく13人を前に、和弥の『本気』の拳をつかんで止めた『月』は明らかに異質な笑みで唇を、歪めた。
     ゾッ。
     背筋這い上がる感覚に菖蒲は手近な誰かを掴み遠くへ投げ、和弥は咄嗟に誰かを隠す。
     ――生き延びたのはその2人『恋人』と『審判』だけ。
     残りの11人はダークネス茉子が上書きするように起こした毒風にて、ここに人生の幕を下ろした――。
     先程まで友達想い泣いていた『星』の娘も、健気に『女帝』を演じた少年も……全て全て無残に裂かれ屍晒し。
     ああ、生きたいという思考も赦されず、逃げる足をも奪われた者達の命を踏みにじるのは、こんなにもこんなにも容易いのか。 

    ●悪手
     夥しい血が流れ生臭さが嗅覚を塞ぐ。
     悲鳴すら上がらぬ地獄絵図に息呑む灼滅者を前に、茉子は悠々と含み綿を引っ張り出す。
    『寝かせたのは「せめて安らかに殺されろ」って気遣い?』
     一般人殺しの志向性が異様に高い茉子の前で眠らせたのは、猛獣に抵抗を封じた獲物を差し出したも同然。
     同じESPなら、逃走促す物で散り散りにさせた方が生存率は高かっただろう。
    「おおおお!」
     吠え襲いかかる和弥を躱し汗染みシャツつき肉襦袢を脱ぎ捨てる。
    「包囲を意識してください」
     第2幕は最悪の幕開け。だからこそジンザは冷静たれとバベルの鎖を瞳へ集積する。頷く海月は隙間塞ぐようにクーを差し向けた。
    『いたた……もうっ』
     素の頬刻まれ膨れる茉子の視線の先には、床に投げ出され呻く『審判』の姿。
    「逃げて、お願いっ!」
     杭打ち込み叫ぶ菖蒲。
     とはいえ何処に逃れるのか。隠し通路を示唆されていたのに把握を試みたのはナハトムジークのみ。そして今それを茉子に悟られる訳にいかず口は閉じたまま。
    「ここから先は釘バタイムや!」
    「はあッ!」
     床に走る罅をステップで躱し綾の裏拳は肘で止め悠花の蹴りは屈み避けマスクを脱いだ少女を捉えたのは仲次郎のベルト。
    「やぁ、術中に嵌まってしまいましたねー」
     スロットル吹かす仮・轟天号を傍らに嘯く仲次郎の脇に引かれる紅の線。
    「まさか『欺瞞』なんていう簡単なものを選んで他者を見下すとは」
    『わかりやすいのにずっと見抜かれなかったんだよね』
    「ねえ茉子さん、なんでそのカードなの?」
     ナハトムジークの取り回す十字架喰らい呻く茉子へ、壊れたテンションを一端納めた綾は問う。
    『欺瞞に洗脳、現実逃避――綺麗な振りして不吉なカードよりタチが悪いって素敵じゃない』
     恍惚とした口ぶりで掲げるナイフは三日『月』のようで。
    『寝てるのは狙いやすかったや、やっぱ一気に殺すとスカッとするなぁ』
     裏切り月より吹きだした殺意にまかれ血花吹く前衛陣。
    『ご協力感謝』
     一般人の殆どを犠牲にしても手番を奪えたのは1回、そういう意味でも悪手だった。

    ●錯誤
     番外の茉子と実力以上の差が開いたとしか思えぬ運びの中、彼らは澱みのような不安のわけに気付きはじめる。
    『誰が茉子かあらかじめ推測を立て演技で欺け』
     つまり茉子と推測した『月』と『星』に幾人かが張り付きその間隠し通路発見や一般人保護を遂行する、それが求められた流れだ。
     しかし灼滅者達はスタート地点に過ぎない『茉子の特定』をゴールにしてしまった、その錯誤が不安の正体だったのだ。
    「はっ……」
     片方だけつり上がる唇から零れる嘆息。褪めた瞳のナハトムジークは不快な金属音に身を委ね、重ねてやった戒めを広げに掛かる。
    (「消えた命は取り返しがつかない、だが……いや、だからこそ」)
     このダークネスを逃がすわけには、いかない。
     逃げ道探す視線の彷徨い気取りジンザは殺戮者の額へ銃口を押し当て引き金に指をかける。
    『手ぇあげるから打たないでぇ』
     戯けた声を潰す銃撃音。好きにさせぬと喚く制約は、仲間が刻みつけた楔の力を借りて娘に着弾する。
    「Quiet」
     聞くに堪えない三文芝居だ。なにしろ仰け反る娘の口元は切り取られたような嘲笑三日月、それが菖蒲の怒りを誘う。
    「末端だろうが」
     太ももなぞり下ろす指が示す足元にともる焔。
    「ここまでしてただで終われると……思わないでくださいね」
     四元素の内苛烈なる赤のせた菖蒲の白き足が少女を薙ぎ燃やす。
    『かっ……でもそっちもフラフラ、戦うの止めない?』
     煽りが冗談になってない現実。
     前衛全体に交え特に狙われたのは動きの甘い悠花だ。聖なる剣で護りを堅める綾が攻撃を受けようにも一度限りの怒り付与狙いでは叶わなかった。
    「くッ、まだです」
     毒に蝕まれ削れる体力、浮かぶ苦を飲み下し身長と変わらぬ棍で虚空に半円を描く。
    「喰らいなさい」
     頭頂に結わえたリボン色の軌跡は茉子の肩口へ突き刺さり、注ぐ魔力が2撃迸る。
    「これ以上、思い通りにはさせないさ」
     毅然と言い切るも祭壇を展開する海月に浮かぶ影は濃い。癒し手として誰を残すのか? 早くもそんな選択を突きつけられている。
    「悠花を頼む……!」
     ようやく茉子を捉えだしたクラッシャーを生かす! 海月は和弥へと光を注ぐ。
    「わかってるで!」
     綾は大きく頷くと棍つき踏ん張る悠花へ気を施した。
    「ありがとうございます」
    (「マズいな、もう回復がおいつかへん」)
     逆手持ちの槍と捻った腕はまるで片翼。ナハトムジークが支援の射手なら仲次郎は攻手の射手か、身に力をため込むべく腹を熾烈に穿つ。
    『あぁ、太陽っぽくない人か。見せしめに殺してやろうと思ってた』
    「そうしてくだされば、発見はやかったんですけどねー」
     いけしゃあしゃあの仲次郎の脇すり抜ける仮・轟天号の突撃に、茉子を縛る蝕みが広がっていく。
    『ふ、ふふ』
     勿体つけるようにナイフ舐め現時点で一番の深傷な綾の前に駆け込み、くるり。
     逃走に気付き和弥、ナハトムジーク、ジンザが床を蹴った。
    「逃げます! 囲んで抑えてください!」
     ジンザに反応したのは包囲を常に心がけていた海月のみ。意識してなかった4人は反応できない。
    『ばいばーい♪ ……ッぁあ?!』
     菖蒲と悠花の間を抜けた茉子はしかし、不意に止まった足のせいでつんのめる――ジンザが確固たる目的をもって執拗に重ねた制約の魔弾が功を奏したのだ。
    「ご安心を。主演女優なら相も変わらず貴方ですよ」
    『観客のつも……きゃあッ!』
     不安定な上半身へ和弥の腕が喰らいつき引き倒した。
    「――」
     馬乗りになり両手で握った風牙を何度も何度も体中の腱へ叩きつける。
     この度の密室事件解決のため幾つの命が奪われようが仕方がないと言われては、いた。
     それでも、
     闇に手が届かなかった悔しさが阿修羅の如き闇殺しへと駆り立てる。

    ●月
     ――大切なのは、行動の結果生み出したい狙いをはっきり意識する事だ。
     ことこのような極限状態では漠然と技の想定をしているだけでは打破するのは難しい。
     そういう意味では、ジンザの逃走阻止を狙いの麻痺は非常に有効であった。そう、逃げたがりの茉子が躊躇い戦いに身を置く程に。
    (「私が把握した隠し通路の方角は、二つ」)
     ナハトムジークは伏し目で口元を左右対称に吊り上げる。
     最初に茉子が逃げた方向は違ったから他にも道はあるのだろう。把握した方角に逃げるかは現時点では賭けだ。
     当たり前だが麻痺は毎回効くとは限らないし、全員で意識せぬが故に包囲は甘い。逃がせば灼滅者の負けは確定、状況は余りに厳しい。

     茉子が戦場に身を置いた結果、悠花は膝を折り仮・轟天号も和弥を庇い磨きあげられた装甲を飛ばし散った。
    「とにかく地に伏せるがいいのや!」
    「この一撃を貴女の黄泉路のはじまりとします」
     そろそろ仕舞いだと悟りし2人の娘、綾の釘影が打ち据えた所を菖蒲の蒼が覆い被さるように全身を冬へ引きずり込む。
    『そのお誘いにはお応えできないし、そんなはじまりはゴメンだね』
     差し向けたナイフから立ち上る漆黒の風は、果たして娘達を地につける。
     その時、ナハトムジークはやや長く息を吐き、和弥はぴくりと肩を引きつらせた。そんな2人へ、ジンザと海月は気遣わしげに視線を送り、仲次郎は小さく首を揺らす。
    「大丈夫ですよー、みんな無事帰れますってー」
     それは演技の際にも口ずさんだ台詞、笑いは交通標識の風切り音にてかき消された。
     ゴッ!
     鈍い音をたてて茉子の後頭部が柘榴のように割れた。高めた狙いは蓄えた力を最大限に発揮させる。
    「もう、倒れさせない」
     海月は倒れた仲間を庇う様に進み出て和弥の毒を照らし解く。遠距離へ届く列の回復が足りなかったと嘆く暇はない。
    (「ここで決着をつけるんだ」)
     守れなかった命への償い、そして松戸密室を散蒔き命を弄んだアツシを討ち取るために!
    『……ッはぁはぁ』
     胸を掴み喘ぐ素振りをして見せて、次の瞬間には羽ばたくように床蹴り5歩以上先へ。
    「舞台の放棄は女優失格ですよ」
     金を散らし追いすがりジンザは引き金を絞る、正確な弾道は茉子の右側を痛烈に打つもダークネスは足を止めない。
     左へ蹌踉けた所を和弥の蹴りが襲う、横っ飛びに舞う躰は燃えさかり床に叩きつけられた。
     だがしかし、ネジ巻き人形の如く跳ね起きた少女は霞む視界の中を真っ直ぐに疾走する。
     ……どさり。
    『あ?』
     何の音か辿ろうとしたら、妙に胃の辺りが痛くて。視線を下ろせばそこにあるのはナハトムジークの膝だった。
     海月と仲次郎の立つ場所――もう一つの隠し通路――を指さす手を下ろし肩をつかむと、逃げ切れなかった絶望に染まる娘へ無造作な回し蹴りを喰らわせる。
    「悪いが『正義』ゆえに不正は見逃せんのだよ」
     分が悪い賭けに負ければ隠れるのは自分の魂。故にナハトムジークは勝率をあげるべく視線と指で二つの隠し通路を示し、応じたジンザと和弥が追い込みを意識し攻撃を畳みかけた。
    『……迷っちゃったの失敗だったな、はじめから逃げれば良かった』
     ――『月』に囚われちゃったや。
     それがタロット殺人劇場を催した娘の最期の言葉であった――。

    作者:一縷野望 重傷:雪乃城・菖蒲(隠世・d11444) 泉明寺・綾(とにかくアレ・d17420) 四刻・悠花(棒術師・d24781) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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