ただ、拳を振りかざす

    作者:波多野志郎

     理由なんてどうでもいい、ただ拳を振るいたい時がある――例えば、今だ。
     だからこそ、それは偶然だ。路地裏、どこか遠くで聞こえた花火の音、それに男の拳が疼いた。
    「そうか、花火か……この音の下に、大勢いるんだろうな」
     そこに思い至ってしまえば、拳の疼きは止まらない。男は笑う、身長は一九十を超え、コートの下からでもわかる筋骨隆々の大男でありながらそれは餌を前にした痩せた犬のような笑みだった。
     拳を振るうのに、理屈はいる――しかし、理由は問わない。男は花火の音に誘われるように、歩き出した……。

    「それで大量虐殺っすから、笑えないっす」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はそう、疲れた表情でため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、アンブレイカブルの行動だ。
    「花火の音がした、人が大勢いるはずだ、一人ぐらい強い奴がいるだろう、本当にそういう簡単な連想で花火の見物客の中に突っ込んで、多くの犠牲者を出すんすよ」
     放置はできない、だからこそ対処してほしいんす、と翠織は厳しい表情で続けた。
    「アンブレイカブルとは、この路地裏で接触してほしいっす」
     時間は夜だ。相手は殴る相手に飢えている、こちらから戦いを挑めば一も二もなく飛びついてくるだろう。そこで、倒してほしい。
    「人通りの多い路地じゃないっすけど、ESPによる人払いは必須っすね。光源とかは街灯とかがあるんで、問題はないっす」
     道幅も、戦うのに問題があるほどではない。不意打ちなどは、向こうのバベルの鎖に察知される。真っ向勝負となるのだが――。
    「向こうはアンブレイカブル、強敵っす。一人が相手とはいえ、気を抜けば返り討ちにあうのはこっちっす」
     だからこそ、重要となるのは連携と戦術だ。役割を決め、自身達にあった作戦を練って力を合わせなければ、蹴散らされるだけだ。
    「何にせよ、殴る相手がほしいだけで殺されるってのは勘弁っす。そんな迷惑がみんなにかかる前に、倒してくださいっす」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)
    九条・雷(アキレス・d01046)
    安曇・陵華(暁降ち・d02041)
    遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)
    相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)

    ■リプレイ


     ――遠くで、花火の音がする。路地裏から見上げる狭い空からは、欠片も見えない。だが、その花火を見ている誰かが居るのだけは確かだ。
     その誰かに対してのスタンスの違い、それがこれから起こる戦いの原因だ。
    「ん――?」
     タン、と男が、歩みを止める。一九十を超える長身に、コートの下からでもわかる筋骨隆々の大男だ。その視線の先、道を塞ぐように立ちはだかる者達がいた――灼滅者達だ。
    「おい脳筋、祭りなんて行かないで私達と遊ぼうぜ」
    「一般の者よりも戦いがいのある、力持つ者達がここにいるぞ? どうだ、我等と手合せでもしてみぬか。生死を賭けて、な」
     安曇・陵華(暁降ち・d02041)の言葉を継ぐように、虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)が言い放つ。その瞬間だ、ザワリ――! と裏路地の空気が、ざわめたのは。
     その空気の正体に、智夜はすぐに気付く。目の前の男の気配、だ。表情は動かない――しかし、火が入った、そう表現するのに足る何かが男の中で変化したのだ。
    「……言葉の意味を理解してるのか?」
     その言葉を真正面から受け取ったのは、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)だ。
    「あんた強い奴を探しているんじゃないんですか? 武術家と武術家、否、この場合は――」
    「敵を欲する者同士、か」
     小次郎の言葉を先取るように、男は笑う。その鮫のような笑みに、九条・雷(アキレス・d01046)はゾクリと背筋に這うものを感じた――歓喜、そう呼べる感情だ。
    (「やァん、最高じゃない。こういう依頼待ってたのよね、素敵に楽しめそう。何も考えずに殴り合えるって至高の贅沢じゃない? 特に、戦闘馬鹿にとってはね」)
     だからこそ、雷は綻ぶように笑みを浮かべ言った。
    「ねェ、殴るなら多少骨がある方が好ましいもんじゃなァい? おいでよ野良犬、食らい合うのがあたしらの常識でしょ」
    「殴る相手が欲しいんでしょう? だったらまずは僕らが相手をさせてもらいますよ。僕らで物足りなければ、この先へ行けばいい――行かせませんけどね、絶対に」
     真っ直ぐと告げる相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)に、巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)が一歩前へ。そして、飴は言う。
    「いくら人が集まっていたってあなたほど強い人はいません。せいぜい私たち8人が集まってあなたと勝負できるくらいなんですから――」
    「ふ、く……ッ」
     男が――アンブレイカブルが天を仰ぐ。そして、路地裏の空気を震わせるほどの大音量で、笑った。
    「ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ――その喧嘩、売った」
    「にゃはははは! 花火の観客に相手はいないにゃー。戦いならアタシ達が請け負うにゃ♪」
     スワンチカを振り回し、遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)が答える。足元では、霊犬のバクゥが緑色の炎を燃え上がらせ、睨み付けていた。
    「はっ、戦いてえなら存分に付き合ってやるよ。簡単にぶっ倒れてくれんなよ?」
    「それは、こっちの台詞だ」
     アスファルトを蹴った鏡・剣(喧嘩上等・d00006)に、アンブレイカブルも踏み出し――その右拳を、振り上げた。その動きに、スレイヤーカードを手に陵華が告げる。
    「単純に強い奴だから油断せず皆で『帰る』ぞ」
     それに仲間達がうなずいた瞬間――アンブレイカブルが振り下ろした拳はアスファルトの直前で寸止め、だが撒き散らされた衝撃が灼滅者達を襲った。


    「――だから、何だ!!」
     大震撃の衝撃を受けながら、構わず剣は加速する。アドレナリンが駆け巡る、獰猛に笑う剣が雷を宿した拳をアンブレイカブルの顎へと突き上げた。確かな手応えが、拳に伝わった――そのはずだった。
    「防御も、しねぇか!!」
     剣の顔面に、アンブレイカブルの拳がめり込む。剣の抗雷撃を構わず食らいながら、アッパーに上から振り下ろしの拳を重ねたのだ。しかし、アンブレイカブルはその拳を当てるに止めた、爆音と共に飴が駆るライドキャリバーのデウカリオンが突撃したからだ。
    (「どうやって止めるのかな? 避けるのかな? 楽しみです!」)
     その飴の期待に、アンブレイカブルは右の前蹴りで応える。左の軸足に力を入れず、靴底を浮かせる――デウカリオンの突撃を利用して、そのまま後退したのだ。
    「押すばかりでは、ありませんか!」
     しかし、その退く間際、飴の縛霊手による殴打が放たれる。アンブレイカブルは、それを両腕をクロスさせてブロック――吹き飛ばされ、着地と同時に上へと跳んだ。
    「楽しませてくれそうだな」
    「当然です、こちらの半数はストリートファイター、残ったものだって歴戦の勇士――さあ、殴りあおうか」
     ビルの壁を蹴って宙を駆けるアンブレイカブルへ、小次郎も跳ぶ。真正面から、そうアンブレイカブルは拳を振りかぶるが、小次郎の姿は不意に消えた。
    「とはいえ、俺は搦め手の人なのですよ」
     タタン! とビルの壁を蹴って、死角へ死角へ。アンブレイカブルの背後へ回り込んだ小次郎は、絡繰人形の腕による裏拳を繰り出した。それをアンブレイカブルは振り返り様の裏拳で受け止める。
    「戦い方など、それぞれだろうよ――!!」
     ガン! とお互いの激突の反動で小次郎とアンブレイカブルは吹き飛ばし合う。同時に二人が、降り立ったその瞬間を智夜は見逃さなかった。
    「逃がすか!」
    「そこです!」
     ヒュガッ! と智夜と龍之介の放ったレイザースラストが着地間際のアンブレイカブルを襲う。肩口を切り裂かれながら、アンブレイカブルは連続バク転、間合いを広げた。
    「バクゥ、アタシ達で皆を守るにゃ!」
     そのアンブレイカブルへ、雪とバクゥが迫る。豪快に振り払われる雪のスワンチカがアンブレカブルの胴を狙った。アンブレカブルはそれを肘と膝の交差法で受け止める!
    「やりやがる――!」
     その隙に、バクゥの斬魔刀がアンブレイカブルの脛を斬った。そこへ、ウイングキャットのゴルさんの猫パンチが、上からアンブレイカブルを襲った。
    「お――ッ!?」
    「まずは、一撃だ」
     ゴルさんの一撃を咄嗟に振り上げた両腕で受け止めたアンブレイカブルの腹部へ、陵華の鬼神変の拳がめり込む。巨大化した異形の拳が振り抜かれ、アンブレイカブルが吹き飛ばされた。ザザザザザザザザザザザザザッ! と靴底を鳴らしながらアンブレイカブルは踏みとどまった。
    「ああ、楽しめそうだ」
    「きゃはは! 最っ高ォ! 素敵じゃなァい! やっぱ戦いはこうでなきゃ!」
     雷が、そこへ駆け込む。研ぎ澄まされた抗雷撃の一撃が、アンブレイカブルを捉えた――捉えた瞬間、アンブレイカブルの拳が自分の押し当てられた事に気付いた。
    「ああ、これでこそ戦いだ」
     ズドン! と寸勁によって放たれたアンブレイカブルのフォースブレイクが、雷を宙に舞わせた。それでも、なお雷は空中で身を捻り、着地する。
    「意識が飛ぶなんて、もったいない真似はしなわよォ!!」
     刻まなくてはならない、どっちが勝者になろうと――だからこそ、同じ笑みでアンブレイカブルは踏み出した。


     闘争――ただ純粋に力を振るい、相手を倒す。そういう意味において、そこに不純なものなど一切存在しなかった。
    「強敵ではあるけど、負けるわけにはいかないにゃー!」
     雪のアッパーカット、それをアンブレイカブルは靴底で受け止めて宙を舞う。そこへバクゥの六文銭が射撃されれば、アンブレイカブルは裏拳で受け流した。
    「ここです!」
     アンブレイカブルが着地するそこへ、飴の水平蹴りが放たれる。燃え盛るその蹴りに足を刈られ、アンブレイカブルはバク転。そこにガガガガガガガガガガガガガガガガン! とデウカリオンの機銃掃射が重ねられた。
    「とっとと!」
     体操選手も顔負けの速度で、アンブレイカブルは連続でバク転してその銃弾を受け流していく。壁を足場にそのまま上へ駆け上がった時、先に回り込んでいた小次郎の飛び蹴りが炸裂した。
    「先回りか……!」
    「孫子を諳んじるまでも無く、敵に対する効果的な方法とは何か知っておりますでしょうか? 「嫌がらせを、真面目に容赦なく行うこと」です」
     ズガン! とアスファルトに亀裂を走らせ、アンブレイカブルが地面に叩き付けられる。それでも跳ね起きたアンブレイカブルに、智夜が迫った。
    「我が力の前――!?」
     智夜の畏れをまとった縛霊手の一撃、それが不意に止まった。パン! という破裂したような音に、ビクンと智夜の狼の耳と尻尾が飛び出しパタンと動く――猫だまし、そう呼ばれる技法、あるいは小手先の技だ。
    「この小手先が、意外に馬鹿にできない!」
     そのまま地面を転がって、アンブレイカブルは遅れた智夜の一撃をかいくぐる。そして、ゴォ! とその右足に暴風をまとわせ――レガリアスサイクロンが、周囲を薙ぎ払った。
    「痛ァい……! 素敵ィ……! ねェ、もっと遊んでよ? 死ぬ寸前が最高のクライマックスってなもんでしょ?」
    「違いない!」
     暴風に切り刻まれながら、雷は死角からその針のようなピンヒールで蹴りを放った。その赤い靴のティアーズリッパーに切り裂かれながら、アンブレイカブルはのけぞり――。
    「ははっ、いいぜ、もっとだ、もっと楽しい喧嘩をやろうぜ!!!」
     剣が、オーラを集中させ燃やした拳で、のけぞったアンブレイカブルの顔面を打ち抜いた。ザザザ! と地面を転がったアンブレカブルが壁際で起き上がる。
    「悪いが、ただ単純に殴り合う気は無いんでね。搦め手も戦法の内だ」
     そこへ、陵華が指輪をかざしてペトロカースで呪い、ゴルさんの猫魔法がその動きを封じた。
     後衛で仲間達の背中を見て、龍之介は白炎蜃気楼を展開する。
    (「後ろにいるからって戦いから逃げているわけじゃない。守るために、皆が戦うのを支え助ける。それが僕の戦い方だ……!」)
     ただ拳を振るいたいから。そんな身勝手な理屈で人が傷つけられるのを見過せない――龍之介にとって、退けない理由はそれで十分だった。
     路地裏の死闘は、異様な熱気で盛り上がっていく。ただ、全力を振るう――それだけを、求める者もいる。だからこその戦いだ。
     まさに、夢のような時間だった。良い夢か、悪い夢かは、人それぞれであろうが――夢とは、等しく醒めるのが運命だ。
    「あたしの喉笛はここだよ、野良犬ゥ!」
     雷の挑発に、アンブレイカブルが応える。放たれるアンブレイカブルの抗雷撃、それに雷は反応した。
    「こォ?」
     赤い靴で受け止め、殴られた勢いで雷は宙を舞う。雪の抗雷撃の対応で見せたアンブレイカブルの動きを、やってのけたのだ。そして――。
    「こッからは、オリジナル!!」
     空中で一回転、燃え盛る爪先で雷はアンブレイカブルを蹴り上げた。それに、アンブレイカブルは吹き飛ばされる。
    「ハハ!! これだから――!!」
     真似をされた、それが面白いとアンブレイカブルは笑い、空中で身を捻った。そこへ、龍之介がすかさず踏み込んだ。
    「この間隙、逃しません」
     己の片腕を半獣化させて振るう龍之介の幻狼銀爪撃で脇腹を抉られ、アンブレイカブルが体勢を崩す。かろうじて着地に成功したアンブレイカブルへと、智夜は駆けた。
    「繋ぐぞ!」
     ゴルフスイングのように振り上げられた智夜のマテルアルロッドによる一撃が、アンブレイカブルの顎に強打する。衝撃にのけぞったアンブレイカブル、そこへ剣が踏み出した。
    「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     鍛え上げられた剣の右拳が、アンブレイカブルを今度こそ完全に捉えた。ミシミシミシ、と軋む筋肉、堪えようとするアンブレイカブルにそれを許さず、剣は渾身の鋼鉄拳でアンブレイカブルをアスファルトへと叩き付けた。
    「ゴルさん!」
     アスファルトに亀裂を走らせながらバウンドしたアンブレイカブルを、陵華の鬼神変の拳が殴り上げ、ゴルさんの猫パンチが同時に強打する! 
    「まあ、血を血で削る真っ向勝負、興味ないと言えば嘘になります」
     そこへ、小次郎が続く。
    「されど、仲間の勝利、これこそ男の華なれば、俺は皆が強敵を打ち倒す、道を作りましょう」
     小次郎の燃え盛る蹴り、グラインドファイアがアンブレイカブルを蹴り飛ばした。宙に浮いたアンブレイカブルをバクゥの斬魔刀が突き立てられ、デウカリオンの突撃が吹き飛ばす。
    「カ、ハハ!!」
     笑いながら、アンブレイカブルは体勢を立て直そうとする――しかし、その懐へ飴が滑り込んでいた。
    「女の子が胸に飛び込んでくるんだから嬉しいですよね、きっと……!」
     コートの襟首を掴んでの、飴の巴投げ――その落下地点に、雪がスワンチカを振り上げ、待っていた。
    「残念! 花火のように散るのはアンブレイカブルにゃー!」
     袈裟懸けの一撃と地獄投げ、それが止めとなる――地面に転がったアンブレイカブルを見下ろして、飴は言った。
    「お名前は?」
     飴の問いかけ、どちらが倒れたとしても思い残すことない――そんな想いに、アンブレイカブルは笑って満足げに散った。
    「――詠春」


    「ふふっ、ご馳走様」
     愛飲しているブラックデビルを咥え、雷は微笑む。戦いの余韻が、全員にあった。戦い抜いた、全力を尽くした、そんな爽快感さえある。
    「にゃー、今回は疲れたにゃ~」
     雪は思わず、その場にへたり込む――その時だ。一際高くあがった花火が、狭い空から見えたのは。
    「たーまやーー!」
     バクゥと寄り添って見上げながら、雪が完成を上げる。戦いを終えた者達は、自分達が守った人々の共にその一瞬の光景をあのアンブレイカブル詠春と共に、その胸に刻むのだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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