●オフィスビルの一室
電子的なランプが点灯している。
無機質な機械が立ち並び、ファンの音が静かに鳴り響く、冷えた空間。深夜のサーバールームだ。
と、無人であるはずのその部屋の中で、物音がした。1つではない、2つ、3つと増えていく。
現れたのは獅子の頭に牛の身体、そしてワニの尾を持つ生物が1体、それに付き従う様に犬の頭に馬の脚が多数付いた獣が3体。それぞれの視線が交わされた後、内一体、獅子の口が開かれた。
「我、充分な叡智を主に送信せり。そして、叡智の持ち主はただ一人、我が主のみ。ゆえに、今より、この地の知識を破壊する」
応じる残りの獣達。幾多の脚が、静かに唸りをあげ続ける機器に向かって振り上げられた。
●教室
田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)が電気ケトルからカップ麺にお湯を注いでいる。
「やっぱり文明の利器って素晴らしいね」
カップ麺の蓋を閉めてタイマーをセット。説明を促す視線を受けて軽く頷き、地図を取り出した。
「ブエル兵って眷属が秘密裏に動いていたのが最近分かった、というのは皆知ってるかな」
ブエル兵。新しい知識の持ち主を探し、その知識を根こそぎ吸い取って実体化する合成獣のような眷属だ。
「本来なら人から知識を奪い取るんだけど、どうやら秘密裏に活動していたブエル兵達は各地のサーバーから知識……というか情報? を取得していたらしい」
考えたよね。事件らしい事件も起こさずにそんなことしていたんだから全く視えなかったよ、と軽くこぼす。
「で、そのブエル兵達が、十分に情報を得たと言うことで、サーバーを破壊して帰還しようとしている。ブエルが情報を得てどうするかは知らないけど良い予感はしないし、サーバールームを破壊されるのはまずいから阻止して欲しい」
また、サーバーから多くの情報を得たブエル兵はダークネスに準じる程強力になっていることも見逃せない。
幸いにも強化されているブエル兵は今回戦う4体のうち、1体だけである。
「強化されているブエル兵はライオンの頭に牛の身体、ワニの尾を持っているよ」
それ以外のブエル兵については犬の頭に馬の脚が多数付いた物となっている。サイズはいずれも人間大程。
使ってくる技だが、強化されているブエル兵についてはワニの尾による薙ぎ払いと噛み付きとなる。薙ぎ払いは広範囲に及び、怯ませられ足を止められる可能性がある。噛み付きについては力任せに只管噛みついてくるため、思わぬ深い傷を負ってしまうかもしれない。
それ以外のブエル兵については馬の脚にて突進してくることと、鳴き声による意思疎通の連携で体勢を立て直してくる。突進にはこちらのエンチャントを破壊してくる効果があり、鳴き声は当たり前だが遠く、広範囲に渡る。また、連携がとることで狙いを定めやすくする効果もあるようだ。
「そうそう、場所だけど、この街のこのビルの……地下にあるサーバールームになるよ」
翔が丸を付けた場所を指さす。バベルの鎖を潜り抜けるには、ブエル兵が動き出す直前に現場に到着する必要がある。サーバールームへの潜入については特に考える必要はない。
「君達灼滅者達なら何とかなると思うし、場合によっては……鍵を壊すとかも、必要だし?」
多少口ごもりながらそう告げた後、ブエル兵達は敵がいる限りそちらの対処を優先するので、戦闘中にサーバーが破壊される心配はないことも付け加える。
「サーバーは大切だからね。破壊されたら絶対多くの人が困るし」
だからしっかりとブエル兵の灼滅をお願いしたい。
そう言って頭を下げたところで、タイマーが3分経過したことを告げ始めた。
参加者 | |
---|---|
細氷・六華(凍土高原・d01038) |
ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078) |
辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715) |
柴・観月(銀河鉄道の夜・d12748) |
ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065) |
巳葦・智寛(蒼の射手・d20556) |
類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888) |
不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314) |
●必要な犠牲もあるけれど
「……壊します? 壊します? それともこじ開けたりピッキングとか?」
サーバー室の扉を前にして細氷・六華(凍土高原・d01038)の楽しそうな声。主にピッキングとかの辺りが楽しそう。
旅人の外套を使ったベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)が先行偵察していたこともあり、支障なく目的地までは辿り着けたが、やはりと言うべきか扉には鍵がかかっていたのだ。
と、不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)の指先が輝いた。無言のまま放たれる魔力が鍵を壊し、類瀬・凪流(オランジェパストラーレ・d21888)が元気にお邪魔しまーす! と扉を開ける。ナノナノの助六も扉から顔を出して珍しそうに中をきょろきょろ見渡していた。
出来れば破壊したくないと思っていた六華が内心しょんぼりしてる中、
ニコ・ベルクシュタイン(花冠の幻・d03078)が憮然とした表情のまま入室した。
「(目的自体は既に果たしたというのが忌々しい、挙句此れ以上の狼藉など許してたまるか)」
いつも以上に険しい顔をしながらサーバー室内を見渡すニコに並んで、辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715)も油断なく構えながらサーバーの辺りを伺っている。
「ただ知識を食べて生きてるだけじゃなく、主人であるブエルに知識を送り込んでたなんてね」
「ったく、ブエルも考えたものだよね。事件を起こさない事で、隠れて知識を吸収する、なんて手を取るとは」
いい加減見つけて、刈り取ってやりたいとこだけど、と飛鳥に淡々と同調する九朗。だよねぇ、と頷き返し、難しいことはよく分からないけど、と飛鳥は続ける。
「サーバーは壊されたら多分困る人が大勢出るし、それだけは止めないと、だね」
「いやしかし、このサーバーを壊すことで救われる社畜の数は……」
柴・観月(銀河鉄道の夜・d12748)の口から不穏な言葉が聞こえてきたが、しかしすぐに頭を振る。
「やっぱり困る人の数を考えたらこっちの方が人数は多いと思う」
「うん、サーバーが壊れちゃったらきっとたくさんの人が困るよね……」
一度ぐっと、拳を握り直す凪流。
「これは全力で阻止しないと!」
助六もナノッ、と翼でぐっと気合を入れる。
と、微かに物音がした。一斉に身構える灼滅者達。
「(最近目立った動きが無いと思っていたが、よもやこのような姑息なことをしていたとはな……生身の人間の記憶のみならず図書に、今度は電子媒体か)」
情報ならば何でも取り込む対象たり得たというわけだな。と巳葦・智寛(蒼の射手・d20556)は思いながら、前に立つ飛鳥をチラリと見やる。
「確認だ。辰峯は前衛、俺は後衛から火力支援だ。いいな」
「了解だよ」
答えた後、少し間を置いて、軽く不満げに明日香が視線だけを返す。
「……ねぇ、そろそろチームとして長い付き合いになるんだしもうちょっとフランクに名前で呼んだりしないの?」
「そこまで馴れ合うつもりは無い」
「むー」
「来るぞ」
その2人のやり取りを遮ったのはニコの言葉。
同時、サーバーの隙間から現れた犬と獅子、それぞれの頭を持つ獣達に向かって絶対零度の空気が襲い掛かった。
●物を取る動物は時々メディアにでるけれど
「盗るだけ盗って後は壊すなんて好き勝手やってくれますわね」
知識を集めていても獣は獣、畜生働きなんて言葉がありましたけど、似たような物ですかしら。等と呟きながらベリザリオが飛び上がる。
「そんな悪い獣は退治しないと、いけませんわねぇ!」
凍り付いた犬頭に炸裂する跳び蹴り。蹴り飛んで宙で一回転するその下を紅い影が駆け抜けた。
怯んでいるブエルを刺し貫く刃。北極星の名を関する槍を引き抜きながら睨み付けるニコの耳に、九朗の言葉が飛び込んでくる。
「サーバーから引き離す、一度下がって」
頷く者、視線だけ返す者。反応は様々だが、後ろへ跳ぶその歩みは同じ。
攻撃されて激昂したブエル兵が獣ともつかぬ喚き声を上げながらサーバーから離れ灼滅者達の下に殺到する。
獅子頭が大きく口を開き飛び掛かろうとした直後、凪流が割って入った。
「おーっと! あなたは私が相手っ!」
若干の震え声、阻むように突き出した腕に噛みつく獅子の、牛の身体に影が絡みついた。食い込む影に、食い込む牙。痛みと恐怖に顔をしかめる凪流の身体が暖かい光に包まれる。
「助六ちゃん!」
ありがとっ! と返事をする主人に助六が任せておけと言わんばかりに鳴く。
さらにすぐ隣では、突進してきた犬頭のブエル兵を飛鳥が真正面から受け止めていた。
「ぐぬぬっ……!」
勢いに押され後ろに滑る踵。踏ん張り直して何とか勢いを殺せば、その上から炎の翼が顕現した。
「守りはわたちたちに任せて! みんなは攻撃と撹乱よろしくね!」
「了解。君も頑張って、いつもと同じ、死ぬまで庇ってね」
観月が癒しの光と返事を飛ばしながら、途中から隣にべったりと寄り添うビハインドに視線を投げかける。
にこにこと笑いながら頷いた後、おもむろに顔を晒したビハインド。あからさまにたじろいだ獣達の様子を見て、観月は軽く首を傾げる。
「情報を集める、ね……何するつもりなんだろうなあ」
こいつらに聞いても無駄だろうしね、本人に聞いてみるしかないか。など呟いた視線の中に、炎を纏う黒い線が飛び込んできた。
「ブエルの居場所を吐かせたいけど……やっぱ無駄かな?」
「無駄じゃないかな」
九朗と観月の視線が一瞬交わり、離れる。
そうか、残念だな。と呟きながら素早く振るった炎を宿す黒鉄の蛇腹剣が獣達を切り裂いていく。
手元に戻す黒鉄の刃。入れ替わりに部屋を覆い尽くすは無数の帯だった。
「サーバーに損傷を与えるわけには、いきませんよね。ですから動けなくなってもらいます」
六華のダイダロスベルトが伸びていた。飛び掛かってくるブエル兵諸共絡みつくし、そしてその場に縛り付ける。
同時、青の強化装甲服の奥で予言者の瞳を展開させていた智寛の目が光った。
「戦場をスキャン完了。目標位置……セット」
捉えた、と続く言葉一つ残し、マジックミサイルが真っ直ぐ馬の脚を貫き砕く。
倒れ込む馬の頭に落ちる影。ニコの振り上げた柊の杖が魔力を纏い、振り下ろされた。
重い一撃。だがしかしあと一歩押し込む前に魔力が切れる。舌打ち一つして一歩後ろに下がる紅の魔導士と入れ替わりに白い外套が炎を持って躍り出た。
振り下ろされる炎纏う竜砕斧。額に突き刺さったそれが炎と共にブエル兵を断ち割り、消滅するよりも早く焼き尽くした。
「手下残り2体ですわ」
ふぅ、と一息つきながら鎮火した斧を担ぎ直すベリザリオの目線は、次の目標に向かって飛んでいく弾丸と、その犠牲となる獣を見据えていた。
●手負いの獣は手強いとはいうけれど
悲鳴を上げて最後の犬頭のブエル兵が消滅した。
「よし、ラストだ。類瀬、大丈夫か?」
「なん、とか……っ!」
智寛が息を整えつつ凪流の様子を見る。
対照的に肩で大きく息をして、震える脚を何とか抑える凪流は、それでも観月の回復にお礼を言って一度獅子頭のブエル兵から離れた。入れ替わるようにベリザリオが飛び込んでくる。
「後はあなただけですわねっ!」
魔力を帯びた紫水晶の鈍器を、蓄積された痺れと何重にも巻き付く影に動きを苛まれつつ咄嗟にワニの尾で受け止めるブエル兵の身体が、突如凍り付いた。
「動けぬ身に凍て付く響きを感じてくださいな」
六華の声。さらに威勢の良い声を上げながら飛鳥のレーヴァテインが叩き込まれる。
「凪流ちゃんはよく耐えた! ここからはわたしたちに任せて!」
「お願いしますっ!」
「勢いよく暴れすぎんなよ」
「分かってるって! ちゃんと加減しないと備品壊して怒られちゃうからなー」
智寛と軽口を交わしつつ、でもまぁ鍵は既に壊しちゃってるけどとぼやきながら凪流に親指を立て返す。
ニコの刃が閃き、獅子の牙とかち合い離れた。
「クソが」
舌打ちを残し槍を取り回し構え直すその隣、炎の軌跡を残し九朗が床を滑っていく。
そちらに目を移した獅子の目が突如の強烈な閃光に眩んだ。間一髪、智寛のジャッジメントレイを避けるが、戻した視線の先には炎が途切れていた。
頭上から熱。感情を感じさせないまま見下ろす九朗の顔が次の瞬間振り下ろされる炎の踵に隠れる。
通常ならば骨が割れているような一撃でも、しかしブエル兵はその巨体を振るい後ろに下がりながら身体を回す。
ワニの尾が迫る。咄嗟に目を瞑って痛みに耐えようとした凪流は、しかし衝撃を感じなかった。
「うん、よくやった。もっと頼む」
観月の声。活力の歌が響く中目を開ければ、庇ってくれた観月のビハインドが大丈夫ですよと言いたげに振り返り口許に微笑みを浮かべていた。
六華の槍が唸る。鬣を抉るが一歩届かないその槍に続き無数の弾丸が青の強化装甲から放たれた。さらに赤の強化装甲の主も続く。
「まだまだぁ!」
温まってきていたベリザリオの声がさらに続いた。蹄で攻撃を往なした牛の身体に龍の咢染みた斧が突き刺さる。
白銀の衣装の後ろから紅の衣装が飛び出し、軌跡を影として残し裏回る。魔力の塊が斧が刺さる逆側に突き刺さり、しかしそれでも倒れないことに舌打ちが小さく聞こえた。
「クソが」
さっさと倒れやがれ、と悪態一つ残しベリザリオと同時に飛び退くニコ。
援護するかのようにオーラキャノンが飛ぶが、体表で弾き飛ばすブエル兵に効いた様子はない。もっとも、既にブエル兵に余力はほとんど残っていないようだった。前脚を折り、獅子の口からは瘴気とも取れる何かが漏れ出ている。憔悴した目は、それでも殺意にぎらついていた。
「まさに手負いの獣だね」
九朗が誰ともなしに呟いた。敵を見据えながらも一つ頷き、六華の手が翻った。
放たれるフリージングデスは、しかし瞬間飛び出した獣を捉えられない。後を追うマジックミサイルも動きを追いきれず空中で霧散する。
強化装甲のマスクの中、予言者の瞳の予測力から導き出した答えに智寛の目が見開く。
「辰峯……! 飛鳥! 伏せろ!」
声の先は相棒。しかし飛鳥は飛び掛かってくる獣に対し動かない、反応できず動けないのか。
答えは否―――。腕を差し出し、噛みつかせる。痛みに耐えつつ、全身をもってしてその身体を押さえ込む。
「こいつで、終いだ!」
好機と見たベルザリオのフォースブレイクが叩き込まれる。大事なところが折れる感触。
力尽き、消滅していくブエル兵を腕から引き剥がしつつ、飛鳥がナイス、と親指を立てていた。
●現場を漁ってみるけれど
「……こっちは何もなし。そっちは?」
「駄目だ、何も見つからん」
「こっちもなしー」
ブエル兵が弄っていたであろうサーバーをチェックしてみたものの、手掛かりに繋がるような痕跡は見つからない。
軽く落胆する九朗と智寛。その智寛の身体に飛鳥が伸し掛かる様にぶつかって来た。
「ところでさ、さっきわたしの事、名前で呼んでくれた?」
にやにやしている。そっぽを向く智寛。
「さて、どうだかな」
「しらばっくれたってダメだよー」
「纏わり着くな。真面目にやれ」
やいのやいの言い始める2人を余所に、九朗は残りのメンバーへと視線を移す。確か後片付けをしていたはずだが。
「……それにしてもサーバールームって不思議な感じしますね。機械よくわからないですけど」
「下手に触るんじゃないぞ」
六華とニコが並んで、理解の差はあれど興味津々にサーバーを眺めていた。
「片づけ終わったよ。そっちは?」
「終わっている。撤退しても大丈夫か?」
顔を覗かせた観月にサーバーに食いついていたニコが顔を上げる。既にベルザリオと凪流は入口にいて、軽く何やら話していた。
六華が何してるんですかと近づく。
「いやぁ、鍵どうしようかなって……」
「あ……」
そういえば壊していた。
「仕方ないしこのままにするしかないんじゃないですか?」
「ですわね……。……鍵は……尊い犠牲でしたわ」
「鍵の仇はとったよ……、いや、壊したの俺らだけどさ」
ベリザリオと観月がそっと、呟いた、後。
何となくしんみりとした空気のまま、そっとサーバー室を後にする灼滅者達だった。
作者:柿茸 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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