悪虫は夜闇を泳ぐ

    作者:灰紫黄

     草木も眠る丑三つ時、とはよく言ったもので、深夜ともなると住宅街は不気味なくらい静まり返っていた、当然、みんながみんな眠っているわけもないだろうが、とにかく音は聞こえてこない。
     その静寂に潜むように、一体の怪物が音もなく宙を飛んできた。胴は赤と黒の芋虫のようで、けばけばしい色彩の羽を身に着けている。遠目には毒蛾に見えたかもしれない。
     芋虫はやがて開いた窓を見つけると、蠢く腹を引きずりながらそこへ頭を突っ込む。それから、ベッドの上で眠る少女の夢へ潜り込むには十秒もかからなかった。

     灼滅者が教室に着くと、すでに口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)が待機していた。悪い夢を見た、と言わんばかりの表情で。
    「……夢で済んだらいいんだけどね。シャドウに新たな動きがあったわ」
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)の情報によれば、卵から羽化したベヘタリスが動き出しているらしい。最近は卵の存在が察知されていなかったが、その間に次の段階に進んでいたようだ。
    「こんなになるまで予知できなかったのは申し訳ないけど、対応するなら今しかないわ」
     目の眉が寄る。けれど、苛立ちはベヘタリスではなく自分に対してのようだ。
     シャドウは夢に入り込める人間を探して飛び回っている。夢に入る前に攻撃するとバベルの鎖に察知されるため、行動はそれからになる。
    「今回、シャドウの標的になるのはアヤカちゃんていう十歳の女の子よ。まずはシャドウに続いて部屋に忍び込んでソウルアクセスすることになるわ」
     部屋に入れば、当然シャドウはアヤカの夢に侵入する。そのあとを追い、ソウルアクセス。ソウルボード内から撤退させる必要がある。このシャドウハソウルボードを伝って移動することはないため、そのあとは現実世界に戻る。
    「そこから本当の戦いになるわ。シャドウの戦闘能力は高いけど、今なら勝てるはずよ」
     使用するサイキックはシャドウハンター、バベルブレイカーに準じたものになる。威力は能力に比例して高い。加えて見た目もいささか悪いので、虫などが苦手な人は覚悟しておいた方がいいかもしれない。なお、攻撃手段はソウルボード内外で変わらない。
    「現実世界でシャドウを倒した後、お腹から別の小さなシャドウが出てくると思う。一撃で倒せるから、忘れず対処して」
     と目。いやなものでも思い出したのか、少し顔が青い。
     シャドウにどんな思惑があるか分からないが、不気味な事件を放っておくわけにはいかない。灼滅者は説明を聞き終えると、現場へと赴いた。


    参加者
    北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    七篠・零(旅人・d23315)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    伏木・華流(桜花研鑽・d28213)
    高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)
    羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)

    ■リプレイ

    ●悪虫は夢に
     夜の闇にまぎれるようにして、アヤカの家まで到着。シャドウが現れるのを待って、灼滅者は夢の中に潜り込んだ。
     そこはアイドルのライブ会場のような空間になっており、ライトで照らされたステージの中央に、シャドウがいた。ぶよぶよした体はぬめりと光沢があり、見るからに毒々しい色と相まって不気味だ。現実の生物であれば、致死毒を持っていそうだ。とりあえず、本能的に触りたくない。
    「目ちゃんに良い報告を持って帰らないとねー」
     と七篠・零(旅人・d23315)。弓に矢を番え、一息に放つ。ライトよりも眩しい星の光がシャドウの体を穿った。ベヘリタスの卵が孵ったということは、誰かの絆が喰われたということ。シャドウハンターとしても、個人的にも許しがたい。
    「潰れてくれるなよ?」
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)は片腕を鬼のそれに変え、力任せに叩き付けた。触れた瞬間ぞわりと冷たくて、そしてスライムみたいに柔らかい。ないこととは思うが、目の前で弾けたらと思うといい気はしなかった。
    (「負けちゃダメよ、リリ……」)
     思わず自分を叱咤する北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)。今回のシャドウは小学生女子には酷な見た目であった。いつも背伸びしている彼女ではあるが、しかし無理なものは無理だった。ダイダロスベルトで刺す。できるだけ早く抜く。
    「蓮華、頼む。……蓮華?」
     仲間を守るべく前に出る龍造・戒理(哭翔龍・d17171)とビハインドの蓮華。が、蓮華の様子がおかしかった。一見しただけではわからないが、どことなく落ち着きがないような……。とりあえず戦闘に支障はないようなので、あとで考えよう。
    「う、うにゅ。これがベヘタリスの幼体……になるの?」
     ブレイズゲートに出るベヘリタスは芋虫には似つかないが、目の前のシャドウは完全に虫だ。無視できるものならしたいが、そうもいかないのが灼滅者である。羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)は毒の魔弾で黒の面積を増やしてやる。見た目も少しはましに……なるといいなぁ。
    「うぅ~。スイーツ餃子、力を貸してなの!」
     それホントに餃子なのか、なんてシャドウは突っ込まない。代わりに粘液どろどろ分泌。高嶺・楠乃葉(餃菓のダンプリンフィア・d29674)はいやいやながらも投げ飛ばした。イチゴ色の爆風がシャドウの黒さをより強調していた。
    「シャドウが何を企んでいるかは分かりませんが、逃がすわけにはいきませんね」
     他人のソウルボードを悪用するなど許されない、と深海・水花(鮮血の使徒・d20595)。最短直線距離を白い帯が射抜く。抜けば、先端に赤黒いものが付着していた。なんかもう純粋に嫌だった。
    「サクラ、牽制を」
     白猫の尾、リングが輝いてシャドウを縛る。一瞬遅れて、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)の足元から影が伸びてシャドウを引き千切った。いや、姿が消えたのは現実世界へ逃げただけだろう。けれど、一時的にでも視界から消えたのには少しほっとした。虫は嫌いではないが、アレに嫌悪しかない。
     何気に今回、女子率が高かった。しかも、その半分は小学生である。だからどうしたということもないが、灼滅者達に幸多からんことを。

    ●悪虫は再び
     灼滅者が現実に復帰したとき、シャドウはすでに動き出していた。向かう先は、庭に面した窓。まんまとこちらの思惑通りに動いてくれたようだ。飛び立つ瞬間に、追いすがって攻撃を仕掛ける。
    「今度はどうだ?」
     ルフィアの腕が再び巨大化する。当然、先ほどと同じようにぶつける。だが、シャドウは音もなく地面を滑り、攻撃を回避した。ソウルボードより目に見えて力は向上している。いや、これが真の力なのだろう。
     そのまま滑り続け、サナに迫る。赤黒い後端から杭が出る刹那、零が飛び出した。
    「させないって」
     杭は回転しながら腹を貫いた。異物感が感覚を支配し、口から赤い血がこぼれる。灼滅者でなければこれだけで四散しただろう。だが、この程度で倒れはしない。絆を慈しむがゆえに、ベヘリタスはシャドウという宿敵以上に宿敵なのだから。
    「今、癒しますね」
     後衛からダイダロスベルトが伸び、まるで包帯のように傷口を包んだ。傷がふさがって血が止まり、同時に防御を固める。梨鈴だって灼滅者だ。敵が怖くて気持ち悪くても、逃げたりはしない。
    「行く、ぞ……?」
     戒理と蓮華が左右から同時に攻撃を、と思いきや、蓮華は先に攻撃を放った。回避されたが、その先へキャノンを打ち出す。しかも、攻撃後は蓮華はすぐに戒理の後ろに下がった。
     シャドウの羽に黒い塊が出来上がり、猛毒の矢となって飛んだ。攻撃力は高い。だが見た目ほどではないのか、灼滅者はあまり気にならなかった。
    「吼えよ……龍鱗餃……神霊剣!」
     楠乃葉の手にした剣が淡く輝き、非物質化する。甘そうなカラフルな光をまとい、シャドウの魂を切り裂く。肉体を切り裂かないので、内容物が出る心配もない。ちょっと安心だ。
    「潰れろ……いや、やっぱりいい」
     攻撃の途中で破裂するところを想像してしまい、思わず訂正してしまう華流。十字架で何度も殴りつける。迷いはないが、裂けた部分から体液を浴びると流石に気分はよくなかった。腹いせに蹴って距離を取る。
     瞬間、水花がガンナイフの引き金を引いた。蒼銀の銃口から放たれた弾丸は鋭角的に反射してシャドウを貫通する。やはり体液が飛び出るが、こちらには届かなかった。……と思ったら足先にかかっていた。
    「うっ……いえ、なんでもありません」
     顔をしかめるが、すぐに穏やかな笑顔に戻る。無理しなくってもいいんだよ。
    「うにゅ~、気持ち悪いの……」
     げんなりした様子のサナ。ただでさえ不気味なのだが、傷口から体液が流れ出てさらにグロテスクになっていた。夢に出そうなくらいだ。ある意味さすがシャドウ。掌から漆黒の弾丸を撃つ。そしてさらに体液が出た。もうイヤ。
     灼滅者は攻撃力と見た目に苦しめられながらも、シャドウを追い詰めていく。しかし、敵は傷つけるたびにグロテスクになっていった。

    ●悪虫に報いを
     シャドウがはばたき、ルフィアの頭上から攻撃を仕掛ける。シルエットはハチに似ていたが、しかし比べ物にならないくらい醜悪だった。
    「っ、効くな……」
     仲間をかばい、戒理は杭を喰らう。どんな見た目でもダークネス。威力はすさまじい。だが、自分の後ろに隠れている蓮華を見ると、倒れてはならないような気になった。
    「帰ったらたくさん餃子食べるのよ! 苺大福餃子ダイナミィック!!」
     楠乃葉もはやヤケだ。具を包む餃子の皮のごとくに、体液を浴びるのも構わずシャドウを捕まえる。高く跳び、反転して地面に投げ落とす。イチゴ色のはずの爆風は、シャドウの体液が混ざってなんか黒くなっていた。
    「神の名の下に、断罪します」
     意識するのは、より速く、より正確に。シャドウの背後に忍び寄ると、水花は両手のガンナイフで斬撃を浴びせる。体表を切り裂き、体液が噴出するより速くステップを踏んで違う角度から斬り裂いた。
    「……サクラ、ちゃんと働け」
     華流は隙あらばサボろうとする猫を叱咤しつつ、影を伸ばす。気持ちは分からないでもないが。普段はそうは思わないのだが、貴重な気分にさせてくれる敵だった。お礼にたっぷり影でぎりぎり締め付ける。お礼参りともいう。
     が、と黒い塊が口を開いた。それが口を呼べるれば、だが。大気を吸い込み、さらに吐き出して加速。巨大な一個の杭となって飛んでくる。
    「だからさせないってば」
     また零が立ち塞がる。サイキックだけで全ての傷は癒しきれない。満身創痍ではあるが、動ける限りは仲間を守る。ひとりひとりでは勝てないからこそ、やれることをやる必要がある。防御が今の彼の役目だった。
    「そろそろきついんじゃないか?」
     ルフィアのエアシューズが唸りをあげて加速する。車輪はやがて燃え上がり、赤い軌跡を描いて黒虫に突き刺さった。傷口が焼けたおかげで体液は出なかった。ちょっとラッキーだと思った。
    (「集中……集中なの」)
     余計なことを考えないよう自分に言い必死に聞かせる。回復ももう不要と判断し、梨鈴も攻撃に転じた。黒地に星をあしらった帯がシャドウを貫く。そしてやっぱりできるだけ早く抜く。
    「あなたの罪を喰らうなの!」
     サナの足元より、夜闇よりもなお濃い影が走った。影はやがてナイルの捕食者の姿を取り、その大顎で芋虫に食らいついた。獰猛な牙は半身を食いちぎり、シャドウにようやく引導を渡した。
     これで灼滅者の任務も終わり……ではない。残念ながら、もうひとつ仕事が残っているのだ。

    ●悪虫にとどめを
     消え残ったシャドウの腹から、相似形の小さな芋虫が這い出てくる。大きくても気持ち悪かったが、小さくても気持ち悪かった。うねうね、うねうね。たくさんいて、もはや生理的に受け付けない。
    「うにゅ~!!」
     最後の仕事とばかりに張り切るサナの九字が。
    「冷凍なのよ!」
     楠乃葉のスイーツ餃子、もとい冷たい炎が。
    「砲門展開」
     華流の十字架の全方位射撃が。
    「誰か殺虫剤もってないか?」
     真顔でさらっと呟くルフィアの刃の嵐が。
    「これで終わりか解らないのが悩み所だよね」
     無数の虫に閉口する零の結界が。
    「速く滅びなさい」
     一瞬だけ怖い顔する水花の乱射が。
    「蓮華、仕留めるぞ」
     ヴェールを脱いだビハインドと戒理の起こした風が。
    「これでとどめなの!!」
     我慢の限界、地が出た梨鈴の魔法が。
     一斉に降り注ぎ、芋虫の群れを抹殺した。芋虫、死すべし。ダークネスにかける情けなどなかった。

     全てのシャドウを灼滅したので、灼滅者は庭の片づけをしてから帰ることにした。遮音したおかげで、眠っている人々が起きることはない。もう少しくらいいても大丈夫だろう。
    「このくらいか?」
     植木を直しながら、ルフィア。さすがにあれだけ戦闘すれば庭も無事では済まない。だが、シャドウの被害を考えれば仕方ないか。
    「そういえば、虫は大丈夫だった?」
     と女性陣に尋ねる零。以前に見たベヘリタスの卵は別の形だった。おそらく一般的には、今回のが一番ひどい見た目だと思う。
    「だ、大丈夫です!」
     梨鈴はなんとかつくろって、平静に見せるでも涙目だった。小学生女子には厳しい戦いだったようだ。
    「ふにゅ~、サナも大丈夫なのぉ」
     同じく小学生女子、サナもだいぶ疲れた様子。空気の抜けた風船みたいにしなだれる。
    「うふふふ、スイーツ餃子がいっぱぁい……」
     女子小学生その3、楠乃葉にいたってはスイーツ餃子の幻覚を見ていた。
    「……早く戻りましょうか」
     笑顔で、優しい笑顔で水花が言った。年長者として無様をさらすわけにはいかない。
    「そうだな」
     なんとも言えない表情でうなずく華流。明日には忘れられるよう、祈るしかあるまい。この状況では、忘却こそが救いである。
    「……もしかして、虫が苦手だったのか」
     戒理はカードの中の蓮華を見つめながら呟く。でも、直接聞いたら何故気付かないと怒られるかもなのでどうしよう。
     やがて灼滅者は帰路に就いた。シャドウを倒し、企みを阻止したのは確かだ。けれど、気分は重かった。これから寝たら、夢に出そうだったから。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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