夜空を汚す影

    作者:貴宮凜

     連続熱帯夜記録の更新もようやく止まって、残暑も峠を越えたように思える、ある夜のこと。
     異形のシャドウが空を飛んでいた。
     その姿は、端的に言えば、羽が生えた赤黒の芋虫である。原色主体の色使いが実にけばけばしい。全長はおおよそ3mほど。頭部には、人の顔めいた金色の仮面。羽は、色使いも質感も毒蛾の羽に似ている。
     その上、鎌めいた足が並ぶ腹が、異様なまでに大きく膨らんでいた。しかも、時折不規則に蠢いている。まるで、腹の中に何者を抱え込んでいるかのよう。
     雲間を這いずり回る異形のシャドウは、やがて、アパートの一室に狙いを付けた。おあつらえ向きに窓の開いている、学生向けのワンルーム。部屋の主である青年のソウルボードの中へと、シャドウは潜り込む。
     青年は、最初の頃こそ寝苦しそうにうなされているものの。すぐに、何事もなかったかのように、寝息を立て始めた。
     
    「まあ聞いてくれよ、エブリバディ」
     桜庭・照男(高校生エクスブレイン・dn0238)の顔は、珍しく、冴えなかった。大抵のことは陽気に笑い飛ばす彼の顔が曇るのだ、単なる世間話ではあるまい。
    「絆のベヘリタスってシャドウは知ってるよな? そう、最近とんと影の薄くなったヤツさ。実は、それにはな、理由があったんだぜ」
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が探ってきた情報によると、とうとう、ベヘリタスの卵からシャドウが羽化してしまったらしいのだ。
     しかも、そのシャドウが、眠っている人間のソウルボードの中に入り込む事件が、エクスブレインの予知に引っかかってしまった。
    「現場は……ここだ。関東地方南部、このあたりじゃ比較的大きめな地方都市の、学生向けワンルームの、この部屋な。折角暑さが引いたってのに、難儀なもんだぜ。っつーわけで、まあ、ひとつ頼むわ」
     そうぼやいて肩を竦める頃には、普段の表情が戻っているあたりが、楽観的な照男らしいところである。
    「それで、この件で大事なことがふたつある」
     照男は右手を突き出し、人差し指をぴんと立てた。
    「ひとつ目は、シャドウがソウルボードの中に入るのを確認してから、手を打ってくれ。出来れば、シャドウがソウルボードに入った直後がいい。シャドウ本体を直接ぶっ叩ける。でもな、シャドウがソウルボードに入る前の奇襲はNGだ。バベルの鎖でバレて、勝ち目のない鬼ごっこが待ってる」
     アパート室内への侵入自体は、灼滅者達ならばどうとでもなるだろう。ソウルボード内のシャドウは、外で相手取るよりは数段楽だ。だが、それでも、灼熱者達の頭の中から晴れない疑問が、ひとつ、ある。
     続いて、照男は中指も立てて見せた。
    「ふたつ目。このシャドウは、ソウルボードを通じて逃げる能力を持ってねえ。ソウルボード内でシャドウを撃破すりゃ、そのまま、現実世界に叩き出せるって寸法さ」
     これが疑問への回答だとばかりに立てた二本指を揃えて振った後、指をブラシ代わりにして髪を整え。
    「そうそう。肝心の攻撃手段だけどな、ほぼ見た目通りな。毒の鱗粉、口から吐く粘ついた糸、それと、飛びつきから派生する連続攻撃。不意に飛んでくるから注意しろよ。それと、バッドステータス攻撃に対応してシャウトも使ってくる。ソウルボードの中と外とで、攻撃手段を変えては来ないから。そこは安心しててくれ」
     攻撃手段の説明に移る。毒の鱗粉は広範囲をカバーするが、糸と体当たりは単体攻撃とのこと。単純な攻撃力だけなら体当たりが一番高いものの、鱗粉や糸も少なからずダメージを与えてくるようだ。ソウルボード外では、無視出来ないレベルの攻撃となるだろう。
    「ま、それでも、現実世界に出てきたシャドウは強敵だ。油断だけはせずにガンガンぶっ叩いて、この際だから灼滅しちまってくれ。やれるだろ、エブリバディ?」
     灼滅者達の返答を待たずに、サムズアップ付きの笑顔で駄目押しである。
     灼滅者達の疑問に答える形で説明を終えた後、照男は不意に真顔になった。
    「今回のシャドウさ。確実に灼滅、頼むわ」
     今回の事件は、何か嫌な予感がすると照男は語る。絆のベヘリタスの卵から現れた、絆のベヘリタスとは違う姿をしたシャドウ。しかも、そのシャドウの膨らんだ腹からは、別のシャドウの気配がするらしいのだ。腹部のシャドウは戦闘能力が非常に低いと思われるものの、油断は禁物である。
    「びしっとかっこよく決めて、学園に帰ってきてくれよ!」
     故に、灼滅者達を送り出す言葉にも、普段より力が籠もるのだった。


    参加者
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)
    十・七(コールドハート・d22973)
    ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)
    神酒嶋・奈暗(快楽主義者・d29116)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

    ●ソウルボードの中へ
     夏着ではやや肌寒く、秋物を羽織るには少し蒸し暑い夜。
     灼滅者達は、アパートの外で身を隠していた。シャドウに気取られぬようにするためである。エクスブレインの予知通りに事が進むのを確かめていた。
     毒々しい色合いのシャドウが、予知の通りに窓を抜け、アパートの一室へと入り込む。
     シャドウは、芋虫と言うよりも蛇のように身をくねらせ、室内へと消えていく。
     シャドウの姿が屋外から確認出来なくなった頃、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)が、皆を促した。
    「では、こちらも現場に向かいましょう。到着し次第、ソウルボードへご案内します」
    「念のため、ベランダの窓を開けておこう。皆も確認を頼む。窓を割って蹴り出すよりは、苦労しなくて済むだろうしな」
     道中、平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が、二戦目のための下準備を忘れぬようにと、確認を取る。当然のことながら、灼滅者達にとって、狭い室内での戦闘は苦ではない。それ相応の戦い方がある。ただ、一般人の退避あるいは護衛と並行して、範囲攻撃を持つダークネスを相手取るとなると、話は別だ。シャドウとの現実世界での戦闘に向けて必要なことは、全て、速やかに済ませねばならない。
     灼滅者達は、毬亞の手を借り、シャドウを追ってソウルボードの中へと向かう。
     シャドウが体勢を整える前に仕掛けて、一度、撃破しなくては。

    ●盾と刀
     予知のとおり、ソウルボード内には、侵入したばかりのシャドウのみがいた。
     灼滅者達を認識したシャドウは、奇怪な巨体をくねらせた。続いて鎌首をもたげて、頭部の仮面が灼滅者達のほうを向き。
    「うっわ、こっち見たぞアイツ!」
     神酒嶋・奈暗(快楽主義者・d29116)が愛用の双短剣を構えたまま、肩を跳ねさせて、不快感を露わにする。
     それとほぼ同時に、シャドウの毒蛾めいた羽の付け根が、むくりと盛り上がった。
    「初手は鱗粉か! 皆、散開してくれ!」
     その僅かな差異から、和守が、シャドウの初動を見抜く。鱗粉がどのような散り方をするかまでは読めないものの、ソウルボード内全域を埋め尽くす程ではあるまい。
     まずは攻勢を削いで、流れをこちらに引き寄せる。和守は日本刀の鯉口を切り、左の上段に構えた。息を整え、気勢を高め、すり足でシャドウとの間合いを計る。
    「ムリそうならさー、ディフェンダーがフォローするから。慌てなくていいよー」
     和守の後を受けて、ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)が、奈暗へとそう続けた。ソウルボード内でシャドウが弱体化するとは言え、甘く見ることは出来ない。本能的にこちらの一番脆いところを察して、多少なりとも損害を与えてくる可能性は否定出来ないのだ。
    (「それにしても、うわー……。本当にうじゃうじゃいるよー……」)
     ガーゼも和守と同じく、シャドウの動向に注意は向けているものの。シャドウを直視する時間は和守よりも心持ち短い。
     それもそのはず。ちらりと見ただけでも解る。シャドウの膨れあがった腹には、明らかに、何かがいるのだ。いくらガーゼが中性的で飄々としているとは言え、この手の存在を見ても軽く受け流してしまえるほど、鈍感ではない。
    (「面倒だ、参ったね、こっちだって色々控えてるってのにさー……。脳天気にうぞうぞしちゃってー……」)
     ガーゼは手の甲に意識を向ける。決めた、最初はこのシールドで、横っ面を張り倒してやる、と。確か、あの面倒なシャドウは、この手の攻撃に非常に敏感なはずだ。
     シャドウの性質は事前に把握して、行動を封殺する作戦を組み立ててはいる。けれど、果たして、闇堕ちしないままで、どこまで立ち続けていられるだろうか。
    (「俺は面倒事が大嫌いだって言うのに、ったくもー……!」)
     息を詰め、駆け出す。眼前には、毒の鱗粉を自身の至近距離に撒き散らす、シャドウの姿。このまま好きにさせるなら、クラッシャーの二人もろとも毒の粉まみれ。毒に冒されるか否かは、体力と運と精神力次第。
     けれど、このタイミングでディフェンダー二人が動きさえすれば、話は別だ。クラッシャーの二人は、毒の被害を受けずにシャドウを叩く機会を得られよう。
     シールドバッシュと雲耀剣。気迫の籠もった一撃が、毒鱗粉の結界を裂いて、シャドウを撃つ……!

    ●計測と模倣(不可能)
     ディフェンダーの二人が切り開いた突破口を用いて、クラッシャーの二人を含めた他の灼滅者達も、各々の初撃を無事に放つことが出来た。
     日本刀が、影業が、鉄の槍が、漆黒の弾丸めいた矢や黒赤の双剣が。ぶよぶよとした巨体を撃つ。
    「撃った瞬間に当たると解っていたとは言え、少し、驚きました。弱体化しているとは言え、デッドブラスターのような攻撃への対処は、あのシャドウの得意分野でしょうに」
     毬亞が零す。得物の弓に再び矢をつがえたままソウルボード内を駆け、金色の視線は、どこに、どのような支援を行うべきかを確かめようと動く。
     視線の向く先は、シャドウのすぐ側に陣取るディフェンダー二人と、力量の未熟さを素直に皆に告げた奈暗。攻撃を引き受ける二人の回復は、まだ必要あるまい。クラッシャーも同様。ならばこの後、シャドウがどれだけ復調するか次第で、支援目的で、癒やしの矢を彼に向けるべきか。
     最適な支援手段を導くために、毬亞は、己が磨いてきた力を総動員する。
    「斬り捨てごめん、だおっ。本気モードのシャドウからしたら、こちょこちょされてるようなものかもしれないけど。マリナに容赦の二文字はないんだおーっ!」
     毬亞と同じく、戦場に立つもの全員の状態を把握せんと試みる姿が、もうひとつ。マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)である。探偵少女とは打って変わって、明るく振る舞う姿は、年相応を通り越して、やや残念にすら感じる程。どこで聞きかじったのだか解らない台詞を引用しては、変幻自在の攻撃を繰り出し続ける。
     シャドウは彼女の宿敵ではない。ましてや、今回の相手は何かが妙だ。だからこそ、後れを取るわけにはいかないのだ。
    「キキィーッ!」
     シャドウが、ガラスを金属で引っ掻いた音に似た叫びを上げた。損傷箇所が一度不定形の闇と化してから、元通りの形に復元する。
     けれど、完全に元通りという訳ではない。見た目こそ元通りなものの、シャドウの存在感は確実に薄れている。
     これでいい。後は、連続行動に気を付けて立ち回るだけだ。
    (「これだけ当たるなら上出来だおっ。後はこのまま、現実世界送りだおっ」)
     シャドウが目論見通りの行動を取る様に、マリナは満足げに笑う。
     灼滅者達が取る作戦は、状態異常攻撃に対して過敏に反応する、このシャドウの性質を利用したものだからだ。自己回復サイキックの使用条件を満たすよう行動し、シャドウの攻撃機会を奪うことで、三連戦に対応出来るよう、被害を抑えるつもりなのだ。
     そうして中衛と後衛がシャドウの行動を制御している間、クラッシャーが高火力で押し込む。それが、狙いだ。
    「このような相手と、何時間も戦い続ける気はありません……!」
     八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)がぼやいた。口調こそ平静を装っているものの、言葉の端々から、苛立ちが垣間見える。
     それもそのはず。このシャドウは、ただの異形だからだ。個体としての能力だけ見れば、ソウルボード内の存在ですら、灼滅者達数人分はあろう。だが、それだけだ。
    (「自分の強みの押し付け合いは悪くねぇ。それが戦闘だ」)
     宗次郎は風の刃を放ち、シャドウの挙動を確かめる。
    (「だがなぁ、芋虫の真似は出来ねぇ。それに、バケモノ同士の殺し合いなんざ……!」)
     続いて、間髪入れずにマジックミサイル。皮肉にも、苛立ちが宗次郎の技のキレを産んでいるのだろうか。
     これは、宗次郎にとっては楽しむべき戦いではない。言わば、作業だ。自分の行動に対するシャドウの反応をを計測し、最適解を導き出して叩き潰す。それだけの作業だ。
    「別に、さっさと叩き潰すだけ。簡単よ」
     一方、詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)は、事実を淡々と受け入れた。一撃の鋭さは宗次郎にやや及ばぬものの、その姿勢は苛烈の一言に尽きる。ただただ穿ち、殴り、反撃を受けかねないギリギリまで追撃を続ける。
    (「ソウルボードの外にでたコイツは、少しはまともなのかしら」)
     華月の心に、欲求不満と裏腹の期待が浮く。作戦上仕方ないとは言え、ソウルボード内のシャドウは、あまりにも手応えが無いのだ。
     拳と蹴りの連打をバネ代わりにして囮にして反転し、槍で一閃。シャドウは明らかに、華月の動きに対応出来ていない。
    (「そうでないと、困る。退屈なのよ、お前」)
     故に、華月は自ら危険域へと踏み込む。相手の強さを引き出す為に。
    「さっさと終わらせたい、と言うのは同感。……脚を縛るわ、一度引いて」
     端から見れば、身を削ぐような立ち回りをするその姿を、十・七(コールドハート・d22973)は眺めていた。濃度が随分と薄くなった毒鱗粉の結界を抜け、一撃。霊力の網がシャドウの鎌めいた脚を絡め取る。強者との戦闘を好むクラッシャーの二人と違い、七は、このシャドウに対して、不快以外の感情を抱いていない。乾いた反応は生来のものだし、手数を重ねるのも、そういう戦闘スタイルだから。
     この手のバケモノに期待など要らない。ただ、不快だから潰すだけ。
     ソウルボード内における、七の『不快な時間』は、十五分弱で終わりを告げた。

    ●黒と赤と銀と
     ソウルボード内のシャドウを撃破した直後、灼滅者達は現実世界へと急行した。
     室内には、ソウルボードの持ち主である青年が眠っている。即刻の戦闘再開に備えて、灼滅者達は、殺界形成、サウンドシャッターと言った戦場構築に関わる複数のESPを用い。青年には、念のため魂鎮めの歌でフォローし。その上で、宗次郎が屋外へと運び出す。そのルートを和守とガーゼとが護衛し。
    「華月お姉ちゃん、出番だおっ!」
    「言われずとも……!」
     そして、ワンルームの狭い室内でとぐろを巻くように、異形のシャドウが姿を現した直後。槍を小脇に抱え込んだ華月が、侵入時に開けておいた窓から、シャドウもろとも、屋外へと雪崩れ落ちる!
     ソウルボード内では、ただいたずらに空を掻き回すだけだった脚と羽とが、本来の用途で振るわれる。回避しようのない至近距離で、華月は毒の鱗粉に包まれ。即座に、全身を刻まれる。深手だ。だが、問題ない。手はある。
    「華月さん、大丈夫ですか? すぐに、癒しの矢を届けます」
     すぐさま、毬亞が早撃ちの要領で癒やしの矢を向けると。
    「動けるレベルでいいわ。少しは楽しくなりそうだもの、こいつ」
     声に濁った音が混じるものの、物騒な返答を向ける華月。
    「第二ラウンド、本番だ! 覚悟しやがれってんだ芋虫野郎……!」
     愛用の双剣をひとたび鞘に戻し、奈暗が駆ける。部屋を飛び出し、壁を抉り、シャドウの上を通り抜けて路上へ。摩擦の炎がシャドウを直ぐさま包み、そこに、七とマリナのサイキックが追撃で入る。日本刀を振りかざし、無邪気に飛びかかるマリナ。淡々と霊力の網で縛り上げる七。
     ほぼ即興の連携救出劇で、現実世界のシャドウとの相対は幕を開けた。

    ●のれんに腕押し
    「いい加減、ぶっ潰れろ……!」
     何度目かの轟音と共に、宗次郎のバベルブレイカーがシャドウを撃ち抜いた。
     最早、優等生然とした物言いは影を潜め。荒々しく、己の信念に従って、ただ、悪を討つモノと化す。本来なら利き腕を肥大化させる程の力をバベルブレイカーに集約して放つ一撃は、ソウルボード内での初戦で見せた鬼神変よりも数段重い。だが、宗次郎の苛立ちは消えない。
    「面倒ね。……解るでしょう? 外に出てからのコレ、格段に動きが鋭い」
     七が愚痴る。動きが鋭い、と言う形容は便宜的なものだ。一度サイキックを受けてから身体を再構成する、の繰り返しで、いまいち手応えが感じられない。手数を重視する七ですら、攻撃の合間に預言者の瞳を混ぜて、一撃の鋭さを確保したくなる程である。
    「スナイパーで当てるのに専念してやっととか、ホント面倒だぜ」
     奈暗が双剣を構えつつシャドウの周囲を駆けて、攻撃の機会をうかがう。じっくりと腰を据えて、狙い澄ました一撃を放つ以外の手が無いのだ。
     その間にも、ディフェンダーへの負荷は増している。状態異常を解除した直後の連続行動だけでなく、シャウトの使用条件を満たせずに行動を許すことも増えているのだ。
     故に、作戦は、シャドウの攻撃の中で一番厄介な糸への対処に切り替わった。
     糸を吐く素振りを見せたなら、和守の砲撃とガーゼのシールドバッシュで狙いを二人のどちらかに向け。それ以外は毬亞や、各自が用意した回復手段で対抗する。
     けれど、定期的に攻撃力を削いでいるとは言え、積み重なった負傷は誤魔化せない。
    「和守お兄ちゃん、ガーゼお姉ちゃん、要注意だおっ。結構削られてるおっ」
    「心配ない、覚悟は出来ている」
    「まぁ、これがきっと、一番面倒がないさ」
    「おかげで、癒しの矢は、皆さんにきちんと回せていますから」
     マリナへと、毬亞もそう声を掛けた。結果として、癒しの矢は命中支援として攻撃手に回せているのだ。少しずつ、状況は好転しているはず。
     十分な支援を受けたクラッシャー二人が、重い一撃を的確に当てていく。息は合わない。似ているようで決定的に違う二人だから、すれ違って当然である。
    「飽きた。バラして終いだ。精々鳴いてろ、腹の中の奴らごと吹き飛ばす……!」
    「性能は高いけど、潰し甲斐が一切無い。結局、芋虫は芋虫なのね。期待外れよ」
     神薙刃が竜巻のように吹き荒れ、螺旋槍が更に抉る。
    「――!」
     不意にシャドウが全身を震わせた。
     二人が十分以上繰り返した攻撃が、やっと、状況に変化を生んだのだ。

    ●夜空を汚す影
     まず、シャドウの全身が不定形の闇と化した。そのままぐずぐずと崩れ。腹を切り裂いて、今まで相手をしていたシャドウの、幼生体のようなものが群れて出たのだ。
     数は多い。おおよそ30体ほど。だが、明らかに気配は弱い。
    「だったら、誘導して、纏めてぇ……!」
    「潰すわ」
     対処は早い。苛立ちをぶちまけるように、奈暗が駆けてシャドウ幼生体の列を整えて、七が氷付けにする。
     続けて、範囲サイキックが次々と群れを蹴散らし。撃ち漏らしの一つもなく、全てのシャドウは灼滅された。
     事後処理を済ませ、灼滅者達は帰路に就く。
    「あーぁ、依頼は終わったけど、明日は学生の戦いだねー。どうすっかなー……」
    「……とりあえずあめちゃん、食う?」
     未だ居心地の悪い夜風の中、ガーゼに、既に棒付きキャンデーを手にした奈暗が問うた。

    作者:貴宮凜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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