絆の卵が羽化せし時

    作者:彩乃鳩

    ●べヘリタスの卵から羽化したもの
     それは赤と黒の気持ち悪い芋虫のようで。
     それでいて、毒々しい蛾のような羽で夜空を滑空する。
     絆のベヘリタスの卵――から生まれたシャドウの腹部は異常なほど膨らんでいて、何かが蠢いているように見えた。
     月明かりが、歪な芋虫の影を創る。
     目指すは、ある一つの部屋。
     眠っている少女を一人選ぶと、空いている窓から内に入る。
     部屋の主は夢から目覚める様子もなく。毒々しいシャドウは、そのままソウルボードの中へと消えていく。
    「うっ、ん……」
     少女は苦しげにうなされるものの。
     ……しばらくすると何事もなかったように、また眠り始めた。

    「最近、絆のベヘリタスの卵に関する事件が予知できていなかったのですが、どうやら理由があったみたいです」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が、今回の事件について説明を始める。
    「彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)さんが探ってくれた情報なのですが、羽化してしまったベヘリタスのシャドウが、新たな事件を起こそうとしています」
     ベヘリタスの卵から羽化して成長したと思われるシャドウ。
     それが、眠っている少女のソウルボードの中に入り込む事態が発生するという。
    「この女性の名前は、夢原チサ(ユメハラ・チサ)さん。苦学生で相当疲労がたまっているせいか、当日はぐっすり眠っています」
     チサが起きる前にソウルボードの中に入り、ベヘリタスの卵から羽化したシャドウを撃破するというのが、今回の依頼となる。
    「シャドウがチサさんのソウルボードに入るのを確認してから、部屋に入ってソウルアクセスして下さい。なお、ソウルボードに入る前に仕掛けようとすると、バベルの鎖で察知されて、別の人間の夢の中に入って対処できなくなってしまいます」
     ソウルボードに入る前に攻撃するのは控えるようにと、姫子は念を押す。
    「このシャドウは、ソウルボードを通じて撤退する能力は持たないため、ソウルボード内で撃破する事ができれば、現実世界に出現してきます」
    「現実に出てくるシャドウ……強敵だね」
     今回の依頼に参加する遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)は、宿敵の強さを想像して身震いする。それに対して、姫子は優しく微笑んだ。
    「確かに、現実世界に出現したシャドウは強力です。ですが、今の灼滅者の皆さんであれば決して倒せない敵では無い筈です」
     姫子の言葉には、灼滅者達への絶対の信頼が込められている。
    「今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、ベヘリタスとは異なる姿のシャドウですが。嫌な予感がしますので、確実な灼滅を依頼します」
     また、このシャドウの腹部からは別のシャドウの気配も感じられる。
     腹部のシャドウは、戦闘能力などは非常に低いと思われるが、油断は禁物だ。
    「べヘリタスの卵が孵化したことで、タカトや他のダークネスのこれからの動向も気に掛かります。皆さん、よろしくお願いします」


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    月見里・无凱(月華天藍銀翼泡沫・d03837)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    遠野・潮(悪喰・d10447)
    神園・和真(カゲホウシ・d11174)
    琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)
    天前・仁王(銀色不定系そしてショゴス・d25660)
    荒谷・耀(護剣銀風・d31795)

    ■リプレイ

    ●アクセス
    「オルフェウスの悪夢騒動も一息ついたこの時期に、今度はべヘリタスですか。同時期でないのは幸いでしたが、しばらく見ない間にこんなになって……」
     荒谷・耀(護剣銀風・d31795)を始め灼滅者達は、夜の尞に忍び込む。夢原チサの学生寮は、お嬢様学校の系列らしくかなりの広さだった。
    「そういえば、ベヘタリスの卵依頼を見なくなったのっていつだったけ? 武神大戦獄魔覇獄の前後?」
    「確かにいつ頃から、卵見なくなってたんだろうな。予知から隠れてたなんてどうにも不気味だ」
     琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)と遠野・潮(悪喰・d10447)が、注意深くチサの部屋の扉を開く。アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)も隣りで、ちらりと室内をうかがった。
    「毒虫風情が乙女の世界に入り込むとは、なんとも不埒な輩じゃな……」
     現場では、ちょうどシャドウ――芋虫型のべヘリタスがソウルボードの中へと侵入していくところだった。
     ブーンンン。
     耳障りな羽音を残して。
     べヘリタスの姿が消えていくのを、灼滅者達は見届ける。
    「うっ、ん……」
     チサが苦しげにうなされるものの。
     しばらくすると何事もなかったように、また眠り始める。
    「もう良いかな……あまり物がない部屋だね」
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)が、チサに近付いて魂鎮めの風を使う。事後の被害を少なくする為に、部屋の物をどかしてもおく。
     建物自体の豪華さに反して、チサの部屋はガランとしていた。壁には『祝! 奨学金獲得』だの『貧乏暇なし』だの『本物のお嬢様達に気後れ禁止!』だのと、張り紙がしてある。元から調度品の類が乏しい部屋を片付けると、充分なスペースが生まれた。
    「これでよし。司くん、後は任せたよ」
    「敵がそちらに現れたら、一般人の保護だ。被害を避けられる位置で彼女を守る事に専念してくれ」
    「はい。分かりました」
     結衣奈と潮が指示を出していく。
     チサの安全のため、司は現実世界に残ることになっていた。
    「司さんには、夢原さんの避難をしてもらうとして。ソウルアクセスは天前さんかな?」
     神園・和真(カゲホウシ・d11174)が水を向けると、天前・仁王(銀色不定系そしてショゴス・d25660)は首を横に振って自らは警戒に集中したい旨を伝える。
    「いや。ソウルアクセスは、お任せしようかな? 出来なくはないけど即時戦闘にならないとは限らないし」
    「分かりました。そちらは僕が担当します」
     月見里・无凱(月華天藍銀翼泡沫・d03837)が頷いて、ベッドへと歩み寄る。
    『我、魂に刻まれし扉の鍵を持つ影狩人、我が請えに応じ給え』
     視界が淡い光に包まれる。
     精神世界。
     ソウルボードへと力ある言葉と共に誘われる中。
    「さて鬼が出るか蛇が出るか。何れにせよ拝みに行こうか……これから生まれる悪夢を」
     潮は僅かに口の端を上げた。

    ●苦学生の精神世界
     ソウルボードの中は、真夏の太陽が輝いている。
     透明度の高い海。
     誰もいないビーチ……いや、正確には一体だけ。
    「ベベリスタの卵が羽化した個体、大変グロテスクだよ……」
     シャドウの腹は異常に膨らみ、嫌でも目に付く。
     ――人間の闇堕ちを経ずに、新しいダークネスが出現しようとしているのは一体……?
     結衣奈はべヘリタスの様子を、少しでも観察して探る。
     羽を有する芋虫は、空から鱗粉を撒き。美しい精神世界は、急速に色を失っていった。
    「乙女の夢が浸食されているのじゃ!」
     こうなっては、黙って見ているわけにはいかない。
    「道化は逆さに吊られて尚笑う」
     仁王がスレイヤーカードを解放し。他の者もシャドウへと向かう。
    「一般人にどんな影響を及ぼすのかわからないし。しっかりと倒そうか」
    「人の絆を餌に生まれるだけでも悲しいのに……これ以上育つ前に、何とかしないと」
     輝乃と耀のレイザースラストが命中すると、敵はこちらに気付いたように視線を向けてくる。すかさず潮は、ティアーズリッパーを。結衣奈がラウンドを数えつつ縛霊撃を見舞う。
    『総てを肯定し抗い続ける……Endless Waltz!!』
     解除の言葉によって、无凱の手に槍が現れる。螺穿槍の一撃が、相手を穿つ。
     アルカンシェルは閃光百裂拳を叩き込み。
     和真はワイドガードで防御を固めた。
    「さて。霧も濃くなって参りました。足元にご注意を」
     周囲に霧が立ち込める。
     仁王の夜霧隠れが、味方の妨害能力の上昇に一役買う。
    「ギギ、ギギギギギ!」
     べヘリタスの口から妙な鳴き声が紡がれる。
     ブラスト。
     漆黒のエネルギー波が、精神世界もろとも皆を焼き払わんとする。身体の芯から麻痺しかねぬ衝撃が、灼滅者達に走った。
    「でも。ボク達も負けないよ」
     顔の右側を隠した秋桜のお面。
     そして、小学制服の上に蘇芳色の着流し。そこから伸びる右腕が、白き獣のものへと変化する。輝乃は鋭い銀爪で、相手を引き裂く。
    「ギギ!?」
     灼滅者達は、攻勢をかける。
     耀と結衣奈は黙示録砲、潮はグラインドファイアで攻める。
     无凱は神霊剣を振るいつつ、シャドウに声を発する。
    「貴様の生まれた経緯は? これまでのべへリタスの卵は全て……完全な羽化はしていない……はず」
    「ギ、ギギッツ?」
     タカト……関連なのか?
     タカト関連ではないのか……?
     先日の予兆といい……気になる。
     无凱の胸中がざわつく。それは、多かれ少なかれ灼滅者全員に共通する思いである。
     更には、このシャドウの腹部。
     ――お腹のシャドウのスートはナニカ。
    「何を宿しているか知らないが、まとめて倒すだけだ!」
    「相手の腹が膨らんどるようじゃし。奇襲があるかもしれん。注意を払うのじゃ」
     和真は攻撃の手を緩めずに、シャドウの動きを観察する。
     特に下腹部には神経を傾けた。
     アルカンシェルも、相手を注視しつつスナイパーとして相手を削る。
     仁王は味方を適宜、列単位で治癒させていった。
    「ギギギギギギギ!」
     ベヘリタスが牙を剥く。
     潮は身体を張って盾となり、味方を鼓舞する。
    「ダメージは引き受ける、代わりに攻撃を頼む」
    「助かる。こちらは攻めに専念するね」
     輝乃が頑丈且つしなやかな白い帯で敵を貫く。
     耀はレッドストライクで殴り倒す。
    「動かないでっ! うう……生理的に嫌な形してるなぁ……」
     空中に逃げるのを阻まれて、シャドウの動きが鈍る。
     无凱が妖冷弾を放つ。和真のビハインドたるカゲホウシが霊撃した。
    「巡るは御魂。
     潰えるは器。
     ならば救え。
     デッドエンド」
     空中に描かれる魔法陣。
     仁王のデッドブラスターが、撃ち放たれ――ベヘリタスが沈む。
    「チサさんのソウルボードから出て行って貰うよ!」
     凄まじい膂力。
     鬼神変による結衣奈の一撃が、敵を吹き飛ばす。
     このシャドウは、ソウルボードを通じて撤退する能力は持たない。
     たまらず、ベヘリタスはそのままの勢いで。半ば逃げ出すように、ソウルボードから現実世界へと戻された。

    ●現実世界のシャドウ
     灼滅者達は急いで現実世界へと帰還する。
     がらんとしたチサの部屋。
     現実世界へと意識を戻した目の前には、ベヘリタスと一般人を抱えた司が相対していた。
    「いつか現実にシャドウが来る日が訪れると思っていた。覚悟は出来てる。行こうぜ」
    「ギギギギ!」
     即座に、潮が割り込む。
     ベヘリタスはソウルボードで敗れた影響もないかのように、敵意剥き出しで威嚇する。
    「連戦は避けようがないか……」
    「……連戦はきついねぇ。ダメージには注意してくれよ? 治せるとは言っても限界はあるからねぇ」
     无凱が呟く。
     ソウルボードから現実世界へと移る戦い。
     更に、まだ今回の相手には未知の要素が残っている。仁王も部屋を出来るだけ荒らさないように、注意しながら構えた。
    「遠野さん、チサさんの様子はどうですか?」
    「大丈夫、まだ寝ています」
    「むにゃむにゃ……真夏のビーチに芋虫と、美男美女が戯れて……」
     相当疲れているのか、部屋の主は起きる様子はない。
     多少、奇妙な夢を見ているようだが……まあ、起きてパニックを起こさないとも限らない。耀は、魂鎮めの風を重ね掛けしておいた。
    「戦場を部屋から外へ移すよ!」
     結衣奈がレイザースラストで、相手を追いやる。
     ベヘリタスも制限のある室内を嫌ったのか、窓から外へと飛び出した。
    「中庭の方へ行ったぞっ」
    「早く追いましょう」
     逃がさぬように、灼滅者達も素早く追う。
     学生寮の中庭は、噴水を中心として充分な広さがある。アルカンシェルは念のため、殺界形成を使っておく。
    「現実でシャドウと戦うのは初めてじゃが、現実では強いとの噂。これで快くぶん殴れるというものじゃ!」
     危機感はあるが、緊張感はない。
     機械式クロスグレイブ。
     赤く点灯する巨大な十字架を、戦闘狂のダンピールは豪快に振り回す。
    「ギギッツ!?」
     中庭に降りたベヘリタスは、脳天に重い一撃を喰らう。
    「合わせるよ」
     更にアルカンシェルの攻撃に合わせるように、輝乃が続く。今度は右腕を龍のものへと変えて、思い切り叩き付ける。
     まずは機先を制した形だ。
    「ここまでは予定通り。逃がすものか」
     好機を逃さず、仁王は殲術執刀法で攻撃。
     和真はカゲホウシと一緒に攻め込む。主人の影をそのまま形にしたようなサーヴァントと、息はぴったりだ。
    「貴様は、一体誰の差し金か? タカト? 赤の王? ……それとも違う“誰か”?」
     自身の槍の威力を上げつつ、无凱は攻撃を仕掛ける。
     シャドウからは有用な答えはない。
     だが、ただ黙ってもいない。
    「ギギギギ!!」
     返答の代わりに、口の周りが怪しく輝く。
     ソウルボードに居た頃とは比べものにならない。現実に出現したベヘリタスは、大出力のブラストの嵐を撒き散らす。一撃一撃が、致命打になりかねない威力だ。
    「流石は、現実に出ただけありますね……強い……っ!」
     麻痺した身体で、耀が呻きながら動く。
     少しでも、有利な状況を作れるように。ジャマ―としてこちらも行動阻害と、氷と炎の追加ダメージを狙う。
    「ギ! ギ! ギ!」
     シャドウは非常に強力なダークネスだ。
     ソウルボードと呼ばれる精神世界に生息するのは、サイキックエナジーの消費を抑えるため。ただし、精神世界ではシャドウの力は大幅に弱体化する。
     つまり。
     現実世界とソウルボードでは、同じ相手でも格が違う。
    「火力は馬鹿にならないねぇ。なら、こっちも相応に対処はさせて貰うさ」
     ドーピングニトロ。
     丸薬を口に放り込んで噛み砕きながら、仁王は相手から目を離さない。
    「腹に何を抱えてるかは知らないが。出てくる前に片を付けたいところだよねぇ」
     巨大な腹は、今も何かが蠢いている。
     結衣奈は気合を入れ直して、立ち向かう。
    「ここが正念場!! お腹のダークネスを含めてここで! 奪った絆の為にも!!」
     戦闘の中、結衣奈とアルカンシェルはディフェンダーに回って壁を厚くする。現実世界での、シャドウの力は尋常ではない。壁役は一人でも多いにこしたことはない。
    「体力自慢としては、受け止めてやるのじゃ!」
    「ギギッツ!」
     シャドウの毒牙を。真正面からアルカンシェルは受け止める。
     自分より先に相手が倒れたら勝ち。
     基本的な、彼女の考えである。
     身体が吹き飛び、噴水へと叩き付けられても――嬉々として戦いに身を投じる。決して先には倒れない。
    「強いのうっ。そうでなくてはな!」
     ただ、有利でも不利でも笑顔で殴り合う性格の者ばかりでもない。事実として、ベヘリタスの猛攻に被害は大きく広がっていっている。
    「ギギギ!」
    「っ! 毒か!」
     麻痺を覚える、大火力の攻撃力はもとより。
     散布される毒の鱗粉が、灼滅者達を苦しめる。メディックの仁王も回復に専念するが、手が追いつかない。
    「蟲はあまり好きじゃないんだよな……殺虫剤でも浴びせたいところだよ」
    「確かに……そっちの回復は、任せて良いよな?」
    「私も手伝うよ!」
     和真が頷いて、パラライズを優先してキュアしていく。潮は声を掛けあって、セイクリッドウインドと集気法を使い分けた。結衣奈も、祭霊光で仲間をフォローする。
    「ギギギ」
     ベヘリタスの身体を、明るい癒しの鱗粉が包む。
     自身の回復と強化を目論んでのことだ。
    「エンチャントはさせない」
     銀紗揺らめく波型の刃を持つ細身の長剣。
     ソウル・アゾットが閃く。
     无凱はシャウトで回復を図り。シャドウが自身の強化を行おうとすると、すかさずブレイクする。
    「今度は妾が合わせるのじゃ」
    「うん、行くよ」
     戯燭焔玉が、火の玉と化す。
     輝乃がそのまま宙に浮くお手玉を投げつけると、敵は炎に包まれる。そこにアルカンシェルも、隙を見て攻撃を合わせる。見事な連携だ。
     一進一退の攻防が続く。
     ここまで成長した灼滅者達。現実世界に現れたシャドウ。
     どちらも一歩も退かず。
     そして、限界が近付いていく。
    「ギギギギ!」
     積極的に盾となって皆を庇い続けていた、潮の傷は特に深い。弱った所を狙うように、シャドウが牙を振るう。
    「っ!」
     潮はよろめいて、倒れかける―ーが。
    「今の随分効いたぜ、でもこの程度じゃ倒れねえぞ芋虫野郎……ッ!」
     高らかに吼え。
     傷だらけの身体で、返す刃を繰り出す。零距離格闘によって、逆に相手の強化がブレイクされた。
    「ギ!」 
     思わぬ反撃に遭ったベヘリタスも、これには驚いたように退く。
    「効いているぞっ」
    「確実に、弱っています。もう少しです」
     今回の相手には、バッドステータスを回復する術がない。
     長期戦になれば、耀が中心として根気よく行ってきたジャマ―行為が実を結ぶ。
     炎がその身を焼き。
     氷がその身を凍らす。
     ベヘリタスはそれでも、大火力で灼滅者達を一掃しようとするものの。
    「ギギギッツ……?」
     パラライズの影響か。
     ブラストを放とうとすると、ベヘリタスは身体が上手く動かず。起死回生の一手は不発に終わる。
    「絆だか何だか知らないが、寄生する絆なんて笑えないんだよ!」
     武器の形を成して、和真の影業が発動する。
     膨れ上がる闇の身体を持つシャドウが、影によって飲み込まれて――遂に地へと倒れた。
     
    ●絆の怪物達
     異変は直後に起こった。
    「ギギギギ!」
     叫び声は倒れたベヘリタスのものではない。
     その腹部を破って、わらわらと――三十体前後の幼生体のシャドウ達が現れる。
    「これは……」
    「同じベヘリタスの幼生体?」
     どうやらシャドウの腹の中に、ベヘリタスの卵と同様のものを仕込んでいたらしい。
    「ギギギギ!」
    「逃げようとしているのじゃ」
     同じクラブのマークを持つ幼生体達は、一目散に逃げ出す。させじと灼滅者達は、最後の仕事に取り掛かる。
    「逃がせばどんな事態になるか想像もつかないよ。この機会を逃さずに全て灼滅するよ!!」
    「ギ!?」
     結衣奈が手近な一体に攻撃すると、一撃で幼生体は消滅する。傷が深い潮も、芋虫の大群に一歩も引かない。
    「何とかなるだろ」
     此処まで強くなって来たのだ。顔には笑みすら浮かんでいる。
    「貴様は一体、誰だ?」
     无凱はジャマーに移り、未知の相手をした。
     ダークネスに生殖能力はない。となると、タカトの力で、新たなダークネスを生み出している、と考えるべきか。
    「残らず、倒すよ」
     輝乃のクロスグレイブの、人形が宙に浮いている。
     右肩翼の女の子の人形が、ホルンを吹いて。幾つもの光線を己の周囲から撃ち出し、敵群を薙ぎ払う。
    「ギギギギ!?」
     まだ未発達な幼生体達を灼滅するのに、そう時間は掛からない。
    「逃がすわけにはいかないんです……あなたはここで、終わりにする……!」
    「ギ!?」
     様子を見ていた、耀の参戦で最後の一匹が力尽きる。
    「ブレイズゲートでもないのに、自身の分身を何体もばら撒く能力。ある意味厄介だねぇ」
     仁王が頭を振る。
     静けさが戻った夜の中庭で。激戦の終結に、灼滅者達は安堵の息を漏らす。出来れば、このまま休みたいところだがそうもいかない。
     戦いの痕跡を消して、チサの様子を確認に戻る。
    「むにゃむにゃ……バイトのシフトをもっと増やさないと……」
    「色々と辛いこともあるだろうけど、素敵な学園生活が送れることを願っているよ」
     ソウルボードに侵入された少女は、何事もなかったように眠り続けていた。和真はそっと水垢離を使って、チサの今後の学生生活の幸を願う。
    「今日の事は変な夢を見た、くらいの認識でいい」
    「……」
    「非日常は終わった。もう交わる事は無い。なら、忘れるのが1番だ」
     安らかな寝顔を確認し、ベッドから仁王が離れる。
     その背中に――
    「あり、がとう……」
     チサが起きた様子はない。
     恐らく寝言だろう。だが、何か良い夢を見ているのかもしれない。
    「あの芋虫のシャドウ、無事に倒せたから、生まれる元となった絆はちゃんと持ち主に元に返ったのかな? そこも、できたら調べていきたいね」
    「絆と蟲、ね……蟻や蜂とかが持つ社会性でも表しているのか、それとも……」
     今回の件、輝乃達の言う通り気になることは色々ある。事態がどう推移していくかは、これからの灼滅者達の行動次第でもあるだろう。
    「取敢えず学園に報告しよう」
     潮は重い身体を引きずりつつ、見た物をしっかり記憶しておく。
     今夜は、皆どんな夢を見るだろう。
     焼きついた記憶を胸に、灼滅者達は帰路へとついた。

    作者:彩乃鳩 重傷:遠野・潮(悪喰・d10447) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ