羽ばたく影、卵よりかえりしもの

     星の見えない夜……1匹の虫が飛んでいた。
     芋虫のような体は、赤と黒の2色。そして毒々しい色の羽が、見る者に嫌悪感を抱かせる。
     その腹部は異様に膨らみ、時折うごめきを見せる。まるで小さな生き物がひしめくように。
     不意にその虫は、軌道を変えた。
     狙いは、高層マンションの一室、眠る1人の少女。スマホを手にしたまま。
     不幸は、窓が開かれていた事。虫は部屋に入り込むと、少女の中へと身を溶かす。
    「うう……レアでねえ……物欲センサー……」
     苦悶とともにスマホを握る少女。その拍子に、寝落ち前にプレイしていたゲーム画面が映る。
     だが、その反応もわずかの事、再び静かな眠りを取り戻す。
     夢の奥に闇をはらんで……。

    「シャドウが、眠っている人間のソウルボードの中に入り込む事件が発生する。それも、ただのシャドウではない。絆のベヘリタスの卵から羽化したと思われるのだ……!」
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が探ってくれた情報のお陰だ、と初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)は言う。
    「ここのところ、絆のベヘリタスの卵に関する事件が予知できなかったのはこれが理由のようだな。既に卵はかえっていたのだから」
     一般人から絆を奪い、ベヘリタスの卵を産み付けるという……絆のベヘリタス事件。その裏には、謎の少年『タカト』の存在があった。
     灼滅者は、被害者の少女が目覚める前に、そのソウルボードの中に進入。羽化したシャドウを撃破しなくてはならない。
    「君達がソウルボードに入るタイミングは、羽化シャドウが少女のソウルボードに入るのを確認した直後だ。その前に攻撃を仕掛けた場合、バベルの鎖で察知され、対処不能となってしまうのだ」
     このタイミングさえ守れば、配下を作り出すなどの時間的余裕はなく、敵は羽化シャドウのみとなる。
     ソウルボード内での戦いは、少女が寝落ち前にプレイしていたゲームの影響で、ファンタジックな西洋式の城が舞台となる。
     羽化シャドウにはソウルボードを通じて撤退する能力がないため、ソウルボード内で撃破する事で、現実世界に出現する。
     シャドウの例にもれず、本領を発揮するのは現実に出現してからだ。
    「だが、今の皆の力を合わせれば、倒すことは無理ではないはずだ」
     この羽化シャドウは、芋虫めいた体から糸を放出したり、羽の文様から想念を弾丸として撃ち出してくる。ポジションはクラッシャーのようだ。
     現実世界に出ても攻撃手段に変化はないが、その威力は格段に向上する。
     ソウルボード内での戦いをどれだけ万全な態勢で終えられるかも、今回の戦いのカギとなるかもしれない。
     羽化シャドウの腹部からは、別のシャドウの気配も感じられる、と杏は言う。高い戦闘力は感じられないが、1匹や2匹どころではなさそうだ、とも。
    「ベヘリタスの卵の仕掛け人である『タカト』も、この羽化の裏で行動を起こすだろう。対抗する軍艦島のダークネスがどう出るかも気になるが、今はまず羽化シャドウという目の前の危機に対処してほしいのだ」


    参加者
    黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    ルーシア・ホジスン(倫敦の祓魔師・d03114)
    泉・火華流(自意識過剰高機動装甲美少女・d03827)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    黒絶・望(風花の名を持つ者の宿命・d25986)
    八千草・保(縁咲宿枝及びゆーの嫁・d26173)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ

    ●悪夢が始まる前に
     ESPにより、マンションの壁を『歩いて』きた天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)が目撃したのは、今まさにシャドウが少女の夢へ入り込む様子であった。
    「お、お邪魔しますですよ~……」
     そろり、室内に忍び込むと、携帯を取り出す。廊下で待機する仲間達に知らせるために。
    「どうやら、敵が動いたみたいやね」
     連絡を受けた八千草・保(縁咲宿枝及びゆーの嫁・d26173)は、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)らとうなずき合い、部屋へ向かう。
     鍵を開けた優希那に迎え入れられ、部屋の中へ。
    「べヘリタスとタカトが組んでる目的がよくわからないままだが、目論見は1つ1つ潰してやるまでだな」
    「確かに妙な敵だけど、サクッと倒していくだけです」
     一見、静かに寝息を立てる少女を前に、字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)やルーシア・ホジスン(倫敦の祓魔師・d03114)達の決意も強さを増す。
    「このままではろくな事にならないのは予想できますからね。確実に灼滅しましょう」
    「それじゃあ行くよ」
     黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)、そして泉・火華流(自意識過剰高機動装甲美少女・d03827)に誘われ、少女のソウルボード……夢の中へと進入する。
     皆が目を開けると、灰色の空の下、そびえたつ古城があった。少女のプレイしていたゲームの反映か、幻想的な雰囲気が、肌にも染みてくるよう。
     一行の行く手、開け放たれた城門の前に、赤と黒の虫がいた。
     ベヘリタスの卵より現れし、邪悪なる侵入者……シャドウ!
    「こういう場所で戦闘するのは初めてですね。少しだけワクワクします」
     しゅるり、黒絶・望(風花の名を持つ者の宿命・d25986)が、目隠しを外す。
    「さあ、お腹の動きに気を付けて!」
     ルーシアの注意喚起に、皆の視線が腹部に集中した。もぞり、と内部がぬるりとうごめく。
    (「あの中にシャドウがいっぱい……うう、何かやだなあ。まあ、そうも言っていられないですが」)
     こみ上げる嫌悪感を抑え、筆一が表情をひきしめる。
     自分としては、シャドウを相手にするのはこれが初めて。しかし、戦う前から心で負けるわけにはいかない、と。

    ●夢より去れ!
    「虫の駆除だ、覚悟するんだな」
     字宮が槍を携え、走る。
    「刺し穿ち、更に強く貫く……!」
     赤と黒の肉を、深々とえぐる。ぶしゅり、あふれる体液。
     あえぐように身をよじる芋虫の姿は、生理的嫌悪感を刺激する。
    「む、虫はただでさえ苦手なのに、ものすごく気持ち悪いのですよぅ……で、でも頑張らなくちゃ……ですよね」
     鳥肌を立たせつつも、優希那が魔弾を射る。
     だが、吹きあがる血に構わず、シャドウが迫る。その視界を、漆黒の影が覆った。
    「どんな狙いがあるのかわかりませんが、何かする前に倒してしまいましょう」
     伶の影が、異形を一息に飲み込む。
    「人を、絆を弄ぶような事はさせません……っ!?」
     だが、伶は見た。シャドウが影を食いちぎる様を。
     軽く飛翔して距離を取ろうとする怪虫。そこに、神なる刃が飛来する。舞い散る皮膚片。
    「悪夢を見せるのは、好かへんよ。どうぞ穏やかに、眠らせてあげて」
     保が、手のひらを向けていた。神薙刃を放った余韻に、袖が揺れる。
     進路をやや変え、中庭に降り立つシャドウに、火華流が立ち向かう。
    「この装備で、エアシューズだけだときついわね……」
     普段以上の重装備が、速力を落としている。だが、その分得た火力と手数もある。
     重火器で牽制しつつ、本命の黙示録砲を放つ。
     生じた爆煙が、渦を巻くように吹き飛ばされる。
     羽で空気を叩き、前進するシャドウ。エネルギー弾を収束させ、優希那を狙い撃つ。
    「いやぁぁぁあ、こっち来ないでくださいぃぃぃっ」
     願い空しく、地面を転がる優希那。
     しかしその時既に、筆一が行動を起こしていた。眼鏡の奥の瞳を細め、
    「……治療は、まかせてください」
     癒しの力がこめられた矢が、仲間の傷を塞ぐ。
     うっとうしい真似を……そんな風ににらんだシャドウの注意を、黒絶が引いた。
    「もし話が通じるなら答えなさい。貴方は何を企んでいるのですか?」
     赤い瞳で相手をとらえ、問いかける。
    「書物でも集めているんですか? 真実の断章でしたっけ?」
     だが。
     知る者には既に語る必要はなく、また、知らぬ者に教える理由はない、という事か。
     シャドウの返答は、突撃、であった。
     落胆をかみしめ、黒絶が影の刃で、進路をずらす。
     どぉん! 城壁に頭から衝突するシャドウ。
     その背めがけ、ビハインドのポーロックが、霊撃を叩き込む。
    「……ッ!!」
     悲鳴を上げるシャドウの頭上から、ルーシアが降下する。
     ウェーブヘアを激しく揺らし回転する様は、まさに断罪輪そのもの。
     そして、反撃として放射された糸ごと、シャドウの肉体を断ち割ったのである。

    ●夢よりいでしもの
     むくり、シャドウが顔を上げた。
     まだ余力が……灼滅者達の間に緊張が走る。だが、シャドウはそのまま地面に溶け込んでいく。現実世界への逃走を図ったのだ。
     それを追い、ソウルボードを離脱する灼滅者達。
     一足先に現実に帰還したシャドウは、少女、そして灼滅者達を一瞥した後、窓から飛び出す。
    「逃がさないっ!!!!!」
     火華流のクロスグレイブが、羽を撃ち抜く。
     ぐらり、シャドウが態勢を崩した瞬間、糸がその身を拘束する。もがくシャドウに、保が組み付く。
    「正直、気持ち良うはあらへんけど……参りますえ!」
     シャドウもろとも、地上へ落下していく保。
     それに続き、字宮もベランダの手すりを乗り越える。
    「黒曜さん、いきますよ」
    「お願いします」
     筆一に抱えられ、伶が跳び下りる。他の仲間達も追随して、虚空に身を躍らせた。火華流のポニーテールも、激しくたなびく。
     迫る地面……だが、エアライドの力が、皆を無事に着地させる。ルーシアを追って、ポーロックも合流。
     地面に到達する寸前、保が勢いを付けてシャドウを投じた。衝突した地面と異形が、轟音を上げる。だがそれは、黒絶のサウンドシャッターによって、周囲には届かない。
     落下場所は、ルーシアが下調べを済ませた駐車場。
     それを確認すると、伶は殺気を放った。びりびりと張りつめた感覚が、不可視の結界となって一般人の侵入を阻む。
     灼滅者達が次々点灯したライトが、赤と黒の芋虫の姿を浮かび上がらせる。
    「これまでのシャドウの力は、抑制されたもの。ここからは油断できません。あの腹部……注意していきましょう!」
     黒絶が再び殲術道具を解放するや否や、シャドウが身を起こした。全身から放射された糸が、灼滅者達を貫き、あるいは絡めとっていく。
     その力がソウルボード内と段違いである事を、攻撃を受けた者はその身を以て、そうでない者も仲間の傷の深さを見て、思い知る。
     だが、糸の一条を掴んだ者がいた。字宮だ。
    「その命、少し分けて貰うぞ」
     糸を手繰り寄せるようにシャドウに接近し、鞭剣を突き立てる字宮。赤く染まった刀身を通し、相手の活力をその身へと奪い取る。
     仲間の痛みを長引かせはしない。筆一の霧が傷ついた仲間達を包んだかと思うと、どこか懐かしさを思い起こさせる歌が響く。保が謡う、異国の子守歌だ。
     一方、傷ついた羽を使い、ホバー状態で進むシャドウ。
     その頭部と、優希那が交錯する。スターゲイザー……流星の残滓が散り、仮面めいた顔の右眼を、打ち砕く。
    「その腹部、良くない物が生まれて力を増す前に、灼滅させてもらいます」
     伶が地を蹴り、シャドウの四方を駆け回る。すれ違うたび、表皮に緋色の線が刻まれる。
     もぞり、と後退するシャドウへ、火華流が接近する。さながらエンジンをふかしこむように、ローラーダッシュを駆使して。
     弾丸の雨を浴びながらも、シャドウが糸を吐いた。レーザービームを思わせる速度で、灼滅者を狙う……!
     ぴこーん、と電球を光らせるがごとく。その時、ルーシアが反応した。
     火華流と入れ替わるようにして、糸を弾く。これぞ連携、とシャドウに見せつけるように。

    ●増殖する影
     もはや、問いを放つ暇も惜しい。
     攻防の間隙をぬって、黒絶が神薙刃を撃つ。切り飛ばされるシャドウの羽。板きれ同然となったそれは、宙を舞い、落下する。
     満身創痍のまま、シャドウは闇雲に地を這う。行く手には、筆一。
     回避は間に合いそうにない。ならば、
    「阻みます……!」
     筆一が、影を走らせる。シャドウが失速し……筆一の眼前で、動きを停止した。
     だが、灼滅者にはわかっている。まだアンコールが残っている事を。
     倒れたシャドウの腹部が一気に膨張したかと思うと、赤と黒をぶちまけた。無論それは血ではなく……虫。
     今まで戦っていたものと同じ容姿、しかしそのサイズは一回りも二回りも小さい。しかも、20……否、30匹はいようか。
    「いやぁぁっ! 気持ち悪いのです!」
     夜空を埋め尽くす群れに、優希那の顔が真っ青になる。
    「うわああ腹からでてくるよ~グロいよ18禁だよ~」
    「実況しないで欲しいのです~!」
     ルーシアがホラー感をあおる中、一斉にシャドウ達がはばたいた。目指すは、星輝く夜の空。
    「逃がすわけには、いきません……!」
     七不思議を紡ぐ筆一とともに、優希那の結界が行く手を阻む。
     群れの動きが停滞したのを見て、伶が毒の嵐を呼べば、保が愛用の鞭剣を振るって舞い踊る。
    「重装備はこの時のためにっ!!」
     火華のガトリングガンとクロスグレイブが、全砲門開放。弾幕で次々虫を撃ち落し、黒絶の召喚に応えたギロチンの列が、虫を裁断する。
    「こんなのが逃げたら大変だよ~空薬きょう探すようなもんだよ~」
     テンション高めながら、ルーシアの援護射撃にそつはない。
     次々群れが散っていく中、包囲を抜け出したのは最後の1体。
    「逃がしはしない、ここで止める!」
     字宮の射出した氷柱が、その体を貫いた。
     地面に染み込むように、消滅していくシャドウ達。
    「討ちもらしはありませんか……どうやら、これで全部のようですね」
    「ふう、中々に厄介だったな……」
     伶が周囲をつぶさに確認し終えると、字宮がキャスケット帽を直した。
    「いえ~い退治成功!」
     響く明るい声。ルーシアとポーロックの勝利のダンスが、皆の緊張を解きほぐしていく。
    「にしても、こうして絵にしてみると、ベヘリタスとの違いがわかりますね」
     筆一がスケッチしたシャドウの絵を、火華流がのぞきこむ。
    「この件には、やっぱりタカトも絡んでいるのよね?」
    「となるとこのシャドウ達は、光の少年の一部だったんかな……?」
     疑問を抱く保に、皆も思案を巡らせる。
    「いずれにしても、嫌な予感がします……タカト、ベヘリタス、サイキックハーツ、真実の断章……謎だらけです……」
     黒絶の不安も、消えぬまま。
     しかし、せめて今夜は、安らかな眠りを。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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