歪ノ中ノ歪

■リプレイ

●歪ノ翅
　庭木の枝葉の隙間から、妖光纏う蟲の翅が怪しく揺らめいているのが見える。
　ゆったりと空を飛ぶ様は、優雅とは程遠い。色合いもさることながら、膨らんだ腹の異様さが酷く嫌悪感を誘う。
　見た瞬間口から突き出そうになった「うわあ」という悲鳴をかろうじて飲み込みこんだ、そんな自分に拍手を送りたいと思う程、スーパー虫嫌いの夏村・守（逆さま厳禁・d28075）には、なかなかヘビィなミッションである。
　よく聞いたら虫相手かよーなんて思ったのは事実だが、ろくでもないだろう目論見を何とかしなくちゃと思ったのも、まごうことなき事実だ。
　ぐっと決意をその拳にこめる守。しかし若干シャドウから視線を外しているのはご愛嬌。
「ただでさえ気色悪いのに……腹に何か居る、とか」
　夜霧の幽玄に溶けあいそうな佇まいで、高城・時兎（死人花・d13995）呟いた。感情の読みづらい瞳に夜を映している様子は、まるで別の場所を既に見据えているようにも見える。
「腹にシャドウを抱えてるとか不気味だよねぇ……」
　左に在る相棒へと、古賀・聡士（月痕・d05138）は鋭月のように緩やかないつもの微笑を向けて。
「ん。……もとより、きれーな蝶なんか期待してないケド」
　宿敵と現であいまみえること、時兎はその手応えには期待しているらしい。それは、聡士同じのようだ。体に染みついたものが流出場所を求めている。
　そのお隣では、興守・理利（赫き陽炎・d23317）と清浄・利恵（華開くブローディア・d23692）が聡士と時兎の話を耳に入れながら、少しでも正体の糸口を掴む事が出来ればと、静かにシャドウを観察、思考している。
「あのシャドウ。他の報告書とも姿形は変わらない様だけど……誰の絆を奪って生まれたのか、それとも違うケースなのか……」
　利恵の呟きは答えの出ぬまま闇に溶ける。姿形は何処かで見た本体とさほど似てはいないものの、不気味な仮面とクラブのスートは間違いようもなくベヘリタスを連想させた。
　膨らんだ腹を理利は一瞥する。
（「人の絆を奪って生まれたのなら、蠢く影は生理的嫌悪を呼ぶのか、罪悪感を誘うのか……」）
　絆を断ち続けた先に何があるとしたら――支え合うと言われる人の文字そのものが崩壊してゆくような、そんな悪夢を理利は脳裏に見ていた、その時に。
「どうやら、入ったようだ」
　利恵のDSKノーズが、いち早くソウルアクセスによる業の消失に気付いて、皆へと目配せ。
　行動は誰もが素早く。エクスブレインの感じた嫌な予感が現実となる前に追うべく、部屋に侵入するなり二階堂・空（跳弾の射手・d05690）の指先が、人の精神世界への扉を押しあける。
　事前の道路封鎖は完了済み。深夜であるから、短時間で問題になることもないだろう。
　憂いはない。
「さあ、行こうか」
　歪の潜む場所へ。

●歪の籠
　少年のソウルボード内の風景は、夜の雑木林のようだった。どこからともなく虫の声が聞こえ、独特な雰囲気が感じられる。けれど視界も空間も良好であるのは、精神世界ゆえの摩訶不思議。
『ギギ、ギ』
　そんな不可思議な空間の中を、ぐるぐると旋回している件のシャドウ。
「うわー、随分と気持悪い蟲だねー！」
　ちょっぴり大げさに、けれど悪戯っぽく第一声を上げたのは、レイッツァ・ウルヒリン（紫影の剱・d19883）。
「まるで母体だな……蝶にでもなるというのか？」
　威嚇するように不気味な口を蠢かせたシャドウへと、楓・十六夜（蒼燐乖夜・d11790）は極寒を更に研いだような瞳で、その膨らんだ腹と、芋虫の背より割れだしたかのように広がる翅を交互に見る。
　無論レイッツァも、十六夜も、レスポンスなんて期待していない。ただ十六夜は、毒には毒を、悪には悪を以て制すると言わんばかりに。
「蝶は人を惑わす……被害が拡大する前に」
　――ここで死ね。
　先手必勝。彼の言葉も、オーラの射出音に混ざり込む。
　鋭い光がシャドウの横っ面にぶち当たるのと、理利が毒の弾丸をSalvation Realmを広げ庇い入るのは同時。
「速攻で行かせてもらいます」
「そうそう、害虫は害なす前にちゃんと潰さないと……ネ！」
　衝撃に踏ん張り終わるなり夜叉の弓の弦を引く理利の後ろから、レイッツァがウインクしながら、指鉄砲を形どり誓約の弾丸を打ちだした。
「いつもはあまり使わないが、飛んでいる相手なら仕方は無いね」
　利恵は、スレンダーに身を包むデモノイド寄生体の力をその手に集中させたなら。
「せめてその羽を重点的に狙わせて貰う」
　打ちだされた青は、弓放たれた銀と絡み、灼滅を誓う紫の弾けあう輝きは星雲かのよう。
　遅れなんて取る気もない、時兎の右手の甲と聡士の左手の甲がいつものように合わさったなら。追い越さんばかりの勢いで、欠けた月の様に鋭利な弧を描く斬影刃と、欠片まで喰らいつかんばかりの亡者の影が、暗黒に吠えて。
　能力解放により漆黒の大百足と化した守は、ソウルアクセスを介してのエンチャントの継続が今回は厳しいと知り、バイオレンスギターを取り込んだ側の幾重にも重なるその足を擦り合わせる様にしてソニックビート。
「さっさと消えてくれー！」
　もうホント切実に。第二ラウンドがあるとわかっていても訴えたい切なる守の願い。
「小手調べは速攻で終わらせるさね」
　その振動と遊ぶが如く舞う空のダイダロスベルトが、シャドウの鼻っ面を切り裂いて。
『ギギ、ギシャァ！』
　シャドウが毒を前へとばら撒いてくる。レイザーストラトを解き放った体勢から、すぐに庇いへと転じる空。理利もその隙間をフォローする様に滑り込む。
　毒の弾丸の衝撃を空に任せ、十六夜の砲口から迸る炎に一切の淀みはない。
　ダイダロスベルトを取り巻く利恵の寄生体が、炎ごと切り裂いたなら。レイッツァの言霊と戯れる理利の影燕。趣き添える様な、時兎の彼岸花が暗夜に綻び――。
「――よろしく……」
　ふわりと翻りながら、時兎がとどめを促したなら。
『ギ……ッャァ！？』
　返り血すら花弁の様に肌に色を添え、しょうがないなあとクスリ笑う聡士の斬影刃が、真一文字に毒虫の体を切り捨てる。
　ものすごいスピードでその姿を消失させたシャドウを、灼滅者たちも油断なく、迅速に追いかけてゆく。

●真の歪
『ギギ、ギュシャシャァァアアアァァァ！』
　ソウルボードから追い出されたシャドウの咆哮が、住宅街の暗夜に響く。けれどそれは、守が展開した音の障壁守られて、人々の安息は妨げない。
「さぁて、ここからが本番さね」
　パンと、白妙ノ耀のグリップで掌を打つなり、空はシャドウの側面を捉えながら二丁の銃口を轟かせる。
　それよりいち早く飛んできた、シャドウの毒は利恵が受け持つようにして。
「成程。現実世界のシャドウとは、確かに先程とは比べ物にならないな」
　腕に寄りついた寄生体の大部分を崩壊させるほどの威力が届き、利恵は夢か現かの差を実感しながら、イエローサインで空と自身に耐性を付与。
「今回でしっかり潰しちゃうよ！」
　レイッツァ自らが操る蛇咬斬のうねりに乗る様に、縦横無尽に振るう剣圧の衝撃。それに和音重ねる守。
「先輩お供します！　めっちゃ後ろ支えます！」
　長い体をうねらせながら、ソニックビートの衝撃と共に自らの周りに能力反響を起こす力を編んでゆく。
　綺麗に決まった連携の衝撃にも、まだまだ揺るぎのないシャドウ。そんな彼の真上に、オーロラの様な残光を見たものは何人いただろう。
　それは、ソウルボードから帰還するなり、建造物などを利用し高度を取った十六夜の残像だ。
「空がお前だけの独壇場と思うな」
　僅かな足場を蹴り、その背を狙う様に宙を翻りながら打ち込むマジックミサイルの尾は、まるで彗星の如く。
『ギャウ！？』
　さすがのシャドウも不意の角度からの強打に揺らいだが、体制を整える余裕あり。舞いあがりながらトラウマの土産を十六夜へ。
　もともと相手の虚を付ければ上々の十六夜。本気で落せるとは思っていない。苛むトラウマのダメージなど完全に無視して、回転弾奏フル出力。火花地に落ちる間もなく、空からのホーミングバレットが、建造物を利用して死角を狙う。
「しかし飛ばれるのもやりにくいですね……」
　射撃技のみという限られた武器の中、いかに効率よく、いかに自分のペースに巻き込むか。しかし逆に言えば、それだけの相手。理利はワイドガードで更に前衛の耐性を厚くしたあと、毒を突き抜ける様にして側面へと回り込み、斬影刃で敵の急所を暴きだすように抉って。
『ギャギャ！』
　けれどシャドウも負けてはいない。トラウナックルが、理利から血を咲かせ、次手に発射されたデッドブラスターが、時兎の右腕の肉の一部を軽々と抉った。
「皆ファイ！　絶対倒れないで下さいめっちゃ回復する！」
　守は大百足の体躯を反らしながら、輝きの矢を。だから先輩方はできる限り撃って下さいと眼を光らせる。
　聡士は守へその微笑を以て応えたなら、
「往くよ」
「任せて、聡士」
　端的な言葉といえど、微かな癖、刹那の仕草に互いの動きがわかるから。時兎の指先から蛍の様なか細さで解き放たれた力は、内に秘める呪詛の凝縮だ。
　白磁の指に操られる呪詛の弾が、シャドウの背に被弾したなら。聡士が影の刃で鋭く翅の燐をまき散らしてゆく。
　反撃の毒霧が膨れ上がる。吐き出すことによる、技の出し際の硬直、その隙を、レイッツァはしかとつかみ取る。
「重そうな体でよく飛ぶよねー。少し休んだらいいよ！」
　意地悪そうな顔で笑ったなら、蛇咬斬が逆巻く風を起こしながら母体へと絡みつく。カッと開く口から吐き出された毒の弾丸。だが地道に付与した捕縛が見事に発動して、それは風の様に翻るレイッツァを捕まえられない。
「じゃあ、『おにごっこ』しようか？　『おにごっこ』だよ。知ってる？」
　知らないなら教えてあげようか。レイッツァの語る七不思議奇譚に、文字通り捕まったシャドウ。第一波に続く追撃の重なりに、初めて体液を大量に零す。
『ギィ、ギュィィィ！』
　少し高度を上げ広く間合いを取ろうとするシャドウ。
「誰かの絆を奪っているなら、決して逃すわけにはいかないからな」
　回避空間の余裕、けれどそれを許さない利恵のダイダロスベルトを取り込んだ翼が、うねるように追尾し穿つ。十六夜の放つ火炎の弾丸が熱傷をさらに上乗せする。
「さぁこれならどうさね」
　金属に弾かせるようにして追尾させた空の弾丸が、更にシャドウへとダメージを刻んだなら。怒声と共に溢れる毒の霧。次手は消し去れなかった毒を重ねる翅の一撃がお見舞いされて。
　前を担う灼滅者の痛みを必死に消し去ろうとする守。キュアの力を反響させ、弓を引き、逃走要因になりそうな場所を塞ぎながら、仲間の完全サポートに徹するけれど。さすがに、シャドウの攻撃力から均等に皆を癒す力が回らなくなる。
「二階堂先輩の傷はおれが」
　理利が素早く声をかけて、ソーサルガーターを空へと。
「ごめん、理利。めっちゃ助かる」
　かわりに全部解毒して見せるぜと、回復可能な傷を癒す音を振るわせる。
　蠢く腹を抱えながらトラウナックルを仕掛けてくるシャドウの軌道。
　同じ轍は踏まないさと、サイドへ飛び込みかわしながら、
「最近の殺虫剤は凍らせるタイプもあるさね」
　空は冷気の弾丸を射出する。
　ふわりかわそうとしたシャドウだが、氷が大気を割く音と共鳴した刹那。
『ギ……バアアァァァ！』
　絶叫。
　そして、零れ落ちる醜悪な体液の中の、氷の輝石。
　それは先に放ったものと呼応する様に、魔氷が外皮を突き破る。
　そんな毒々しい体液に汚されぬまま、闇夜を渡る時兎の影と、鋭く切り込んでゆく聡士の影。
　変わらぬ微笑と、相変わらずの静けさと。刹那の瞬間かわしあい、双竜の如く喰らいつく顎。
　ふらふらと魔炎に苛まれながらも預言者の瞳でバベルの鎖の力を引き上げながら、逃れようとシャドウは更に舞いあがるものの、包囲も完璧ながら、その機微を感じる意識も強い灼滅者にすきはない。
「虫は焔で燃やし尽くすに限る。灰すらも残すものか」
　十六夜は塀を蹴り、氷でできた片翼のような廻氷竜霜で大気を掴むかのようにして、孤高の闇夜へ躍り出ると、砲口をしかと定めながら、
「終わらぬ輪廻に囚われ続け、その闇の深さを知るがいい」
　冷徹な視線、取り巻く空気は極寒にも似て。
　けれど放つものは、膨大な熱量を誇る弾丸だ。
　身を突き破り、羽根さえもぎ取る程の威力に、さすがのシャドウもたまったものではない。
『ギャ！　ギヒィィィィィィ！！！？』
　落ちゆく体を、ダークネスたる異形の力で夜の闇に繋ぎとめようとするけれど。
　それを許さぬ夜叉の弓。
　理利の指先より解き放たれし輝きは、北方を守護する由来の如く、北極星を思わせるような。
　眉間を貫く矢の一撃に、地へと落ち、先端から崩壊を始めたシャドウを前に。
「ある意味飛んでいてくれてよかった……」
　これ直殴りだったら意識だけ不明だったかもと、守は気分的にはへたりと座り込んだのだが、大百足姿だと威嚇を収めて地を這っただけにしか見えないのは幸い。
「つーか、何事もなく消えそうだけど、腹の中の連中が出て来た場合の餌が何かなんて考えるのも――」
　言い切る前に。
　ぶしゃり！
「ぎゃー！？　今なんかすごい音したー！？」
　びくぅと上体を起こして、数多の足をわらわらさせる守。割れた腹から異様な速さで這い出る虫の数々、ゆうに20は越えている。
　悪趣味、とポツリ呟く時兎の指先は、既に除霊結界を編み込み始めて。
「シャドウの幼虫？　親と変わらぬ醜さだよねぇ」
　変わらぬタイミングで、同じく除霊結界を構築してゆく聡士。母体と同じ形が、腹の中に詰め込まれていたのだから、気色悪さに守がとうとう絶叫を上げても咎める者は何処にも居ない。
「何であれ、ひとつ残らず駆逐するだけだ。何の為の存在かはわからないものを、放っておくわけにはいかないな」
　利恵がブルージャスティスの光線をばら撒きながら。列攻撃を数回重ねただけで、それらは簡単にかき消えてゆく。
　全てを完全にかき消したあと、空が念の為少年のソウルボードに変化がないかを確認したが、至って平穏。
　ほっと息をつきつつも、やはりシャドウの目的の不透明さは気になるところ。
「母体と同じ形で色合いも変わらぬとなれば、成長したなら同じ能力を持つのか……」
　十六夜は独りごちる。
　ネズミ算式、いやそれ以上の勢いで同じモノが増えていくとしたら。これが正常に出産された先にどんな企みがあるのか、十六夜たちは口に出さずとも、その恐ろしさはやはり悪夢意外何者でもない、と。
「なんだか不気味さね。でもま、分からないなら考えても仕方ないさね」
　まずは学園に交戦報告をしようかと、促す空。
　この夜に朝が近づいているように、蟲の悪夢が明ける日も近づく様にと。

作者：那珂川未来	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年9月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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