ベヘリタスのたまご

    作者:空白革命


     あるところに赤黒カラーの芋虫がいました。
     芋虫には毒々しい羽がはえ、蛾のように飛び回っています。
     これはシャドウ。ベヘリタスの卵から羽化した新たなるシャドウなのです。
     シャドウは空を舞い、空を超え、そしてどこかの誰かのソウルボードの中へ入り込むと、とっくりと消えていったのでした。
     

    「最近頻発してるベヘリタス羽化事件を知ってるか」
     ベヘリタスとは、『絆のベヘリタス』と呼ばれる強力なシャドウの一角である。
     卵を人々に植え付け、絆を食らって羽化した卵は新たなベヘリタスを生むという恐ろしい連鎖をもっている。いや、もっていたと過去形でのべるべきだろうか。新宿橘華中学のブレイズゲートで分割存在化したからだ。
     だが今、ベヘリタスの卵から羽化したシャドウが人間のソウルボードに入り込むという事件が発生している。
    「俺たちの役目はソウルボード浸食をうけた人を救出することだ。そのためにはいくつか手順を踏む必要がある」
     

     突入のタイミングはシャドウがソウルボードに入ったあとである。事前に待ち構えるなどしているとバベルの鎖の突破ができずに作戦そのものが失敗してしまうためだ。
     エクスブレイン、つまりニトロが説明したタイミングでの突入が必要になる。
    「ソウルボードでシャドウと戦ったことがあるならピンとくると思うが、シャドウは大抵配下をつれていて、場合に良っては自分で戦わずソウルボードを通じてすぐに撤退してしまうよな。そのせいで決定的な灼滅ができずにいたんだが、今回は別だ」
     ベヘリタスシャドウは配下をもたず、尚且つソウルボードによる撤退ができないようだ。
     つまり、今回の作戦で灼滅が可能なのだ。
    「とはいえ相手はシャドウだ。個体戦力もなかなか高い。低空飛行からの突撃や影の弾幕といった面倒な技も使うから、注意して戦ってくれ」
     そこまで説明すると、ニトロはもろもろの資料を畳んだ。
    「一応補足しとくが、今回のシャドウはベヘリタスの卵から生まれているが、姿は元のベヘリタスと違う。なんともいえないが嫌な予感はかなりする。必ずこいつを灼滅してくれ。それと、こいつの腹の中にはどうやらまた別のシャドウが入ってるらしい。油断は禁物だからな」


    参加者
    シェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    山田・菜々(家出娘・d12340)
    緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    鳥居・薫(涙の向こう側にある未来・d27244)
    カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)

    ■リプレイ


     現地へ続く新幹線の車内。
    「赤黒の虫ね……この季節に出てくる毛虫みたいでぞわぞわするな。知ってるか。松の木にこもを巻かないでいるとこの季節にぼたぼたと」
     物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)は眼鏡を中指で押し上げながら、人によっては耳を塞ぎたくなるようなことを言った。
    「こ、こわい……そんな話、しっ、しないでください……」
     実際に耳を塞いでふるふると首を振る緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)。
     灼滅者にも人心。気持ちの悪いものは気持ち悪いのだ。
    「こんなんが相手とか、まるで害虫駆除っすね。うええ」
     祖父の手伝いで害虫駆除をやらされる子供そのものの顔をして、山田・菜々(家出娘・d12340)は二の腕のあたりをさすった。
     一方でからからと笑う鳥居・薫(涙の向こう側にある未来・d27244)。
    「まあそう言うなよ。害虫駆除程度の気持ちで人が守れるんだからな。今更虫程度でビビらねえよ!」
    「そうね、一気に畳みかけて、急いで灼滅しなきゃね」
     シェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)の弁は今回の作戦のみの話ではない。いま日本中で起きている同様の事件を次々に解決し、新たなベヘリタスの発生を止めなくてはならないことも意味している。それこそ害虫駆除さながらである。
    「しかしなんだろうな、ベヘリタスシャドウの目的は。ただ増えるためだけって感じはしないし……厄介なことにならなきゃいいけど」
     難しい顔で考え込む椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)。
    「……」
     そんな中で、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)は口元に手を当てて深くものを考えていた。
     顔を覗き込むカルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)。
    「どおしたん。具合でも悪いん?」
    「いや、ベヘリタスの色合いがオレの影によく似ていて、すこし気になっただけだ」
    「わかるなあ。僕もスートがクラブなんでちと因縁かんじとるよ。なんにしろ、とっちめてやらんとなあ」
    「……そうだな」
     車窓に映る自分を見つめ、煉は小さく呟いた。


     夢の中。ソウルボートは遊園地の様相を呈していた。
     メリーゴーランドに観覧車。コーヒーカップにジェットコースター。今時見ないような地方の小規模遊園地である。
     そんななかでの観覧車。中央に張り付くようにして蝶のベヘリタスがとまっていた。
     仮面のような首が伸び、180度捻ってこちらを見る。
    「うへぇ、ほんとに気持ち悪いっすね」
    「ゆうてる場合でもないようやね!」
     ベヘリタスは観覧車から飛び立つや否や、赤黒い粘液のようなものを菜々とカルムめがけて射出してきた。
     二人は左右に飛んでかわすと、それぞれ武具を発現。
    「ほな、いこか」
     カルムは腕にバベルブレイカーを装着しながら自販機、木馬、その天井へぴょんぴょんと飛び移り、空中を旋回するベヘリタスにドリルアタックを叩き込んだ。
     ぐらりとゆらいだベヘリタスをマテリアルロッドで殴りつける菜々。
     まるでバットで打たれたボールのごとく飛び、ポップコーンの屋台へと突っ込んでいく。
    「あれ、意外と弱いっすね?」
    「油断大敵! イリス、フォローお願いね」
     シェレスティナは菜々の前へ躍り出ると、縛霊手を盾のように翳した。
     当然無駄に翳した分けでは無い。ポップコーン屋台を破壊して飛び出したベヘリタスが、まっすぐ突撃してきたからだ。
     凄まじい衝撃によって宙へとさらわれるシェレスティナ。が、インパクトの瞬間に彼女は縛霊手から霊力ネットを放射状に展開し、ベヘリタスを包んでいた。
     もがくベヘリタス。シェレスティナは転げ落ちたが、空中をぐるんと旋回したイリス(ウイングキャット)が光の輪を輝かせ、間を通ったシェレスティナの打撲傷を修復。彼女はくるんと身を翻し、両足からしっかりと着地した。
     一方のベヘリタスはぐるぐるとバランスを失って低空飛行状態に移行。
     翠はここぞとばかりにオーラを纏って攻撃にかかるが、彼女(ないしは彼)にとって巨大な蛾を素手で掴むようなものである。嫌悪と恐怖の権化である。
    「ひっ!」
     急カーブをかけて向かってきたベヘリタスをかがんでかわす翠。
     ネットに慣れたのか綺麗にターンしたベヘリタスは、翠の周辺めがけて『虫の群れ』を生み出して射出した。完全に青ざめる翠。
    「しゃーねー、ここは男の出番だろ!」
     間違ってるような正しいような、しかし男としては正しいことを言って、薫が翠の前で立ちはだかった。
    「そらっ!」
     手品師のようにステッキを取り出すと、流れるような手際で小型祭壇を展開。光を放ち、翠に向かってくる虫にカウンターヒールをしかけた。
    「うわっ、服についた! 気持ち悪り!」
     一方で身体にはりついた虫を払おうとする薫……だったが、張り付いたそばから虫が次々に爆発した。小さくとも激しい爆発だったようで、薫は背後にあった射的小屋ごと吹き飛んだ。
    「お兄ちゃんっ……」
    「おっと、よそ見する暇はなさそうだ。構えとけ」
     再び突撃してくるベヘリタスへと構える暦生。縛霊手を高速装着。パンチの構え――からの。
    「虫取り網っ!」
     霊力ネットを発射。今度は叩き付けるように放ったことで、ベヘリタスの動きが一瞬だけ鈍る。その隙をついて『えいっ』と言いながら靴で蹴りつける翠。
     少女(ないしは少年)の蹴りではあっても灼滅者のそれである。ベヘリタスは凄まじい勢いで吹き飛び、見えない壁にぶつかって止まった。
    「どうする!」
    「いつも通りにやれ」
    「わかった、ぶん殴ればいいな!?」
     煉と武流が同時に構えた。
     武流は拳に爆炎のオーラを纏わせると、ベヘリタスめがけて突撃。
     真正面からのまっすぐなパンチをごくごく素直に叩き込んだ。
     炎が爆発し、ベヘリタスにヒビがはいる。その背後にある見えない壁にもヒビがはいる。
     いや、これは見えない壁などではない。遊園地の背景を模した巨大な箱だ。
     振り返る武流。
    「次は!?」
    「畳みかけろ」
    「もっと殴ればいいんだな!」
     オラァと言いながら連続で殴りつける武流。
     どんどん大きくなっていくヒビに、煉は確信めいた顔をした。
    「今回は完全体のシャドウを撤退させる作戦じゃない。灼滅する作戦だ。と言うことは……」
     自らの影を大きなブレード状に整えると、ベヘリタスへ高速接近。
    「かがめ!」
    「おぅわ!?」
     慌てて頭を下げた武流の頭上を、横一文字に切断する。
     ベヘリタスを、ではない。ベヘリタスを含めた背後の壁をである。
     壁が砕け、巨大な穴が出現する。
     元々ここにあった穴では、たぶんない。ベヘリタスが撤退のために用意したソウルボートホールである。
    「なんだこれ!?」
    「基本、シャドウは撤退時に自分だけが通れる道を作って別のソウルボートへと移転する。しかしこいつにはその機能がないらしい。このホールは――」


     ベヘリタスが、民家の窓を突き破って路上へと転がり出た。
     ここはソウルボートならぬ、現実。
     リアルワールドにおけるシャドウとの戦いである。
    「ギ……ギギッ……!」
     ソウルボートで押さえていたシャドウの力が解放される。蛾のようなフォルムから、長い足とのこぎりのような牙がはえた。その姿も前にもまして巨大である。
     そこへ。
    「逃がさん」
     影業を複雑かつ大量に展開し、煉が民家の窓から飛び出してきた。
     鎖が巻き付き、杖や槍が突き込まれ、太刀によって切りつける。
     怒濤の連続攻撃に、ベヘリタスの身体から赤黒い液体が噴き出した。
     大量に伸びた足を振り回し、殴りつけてくるベヘリタス。
     影業を盾にしてガードする煉。が、衝撃が凄まじく彼の身体は地面を離れ、後方のブロック塀を破壊するに至った。
    「おうおうこのパターンは新鮮だなあおい! つっても今回はヤれる相手だ。そうだろ」
     ドアを普通に使って出てきた薫が、煉に祭霊光をかけながら助け起こした。
     振り返ると、身体から大量の鱗粉を吹き出し、それらを影の弾へと変えて発射してきた。
    「ぶっ叩き落とす!」
    「イリスッ、皆をお願いね」
     間に滑り込むシェレスティナと武流。
     武流は弾幕を炎の剣で薙ぎ払い、シェレスティナもオーラの幕を広げて弾幕を停止。
     止めきれなかったぶんが彼女たちにざくざくと突き刺さっていくが、イリス(ウィングキャット)がリングを光らせたことで弾が身体からぽろぽろと排出された。
    「完全回復にはちょっと難しい感じかな」
     小首を傾げるシェレスティナ。だが表情は余裕そうだった。
     なぜなら、弾幕で牽制しつつ空に飛び立って地の利を得ようと羽をばたつかせるベヘリタス……のすぐ上。割れた窓を律儀に開けて、菜々と翠が顔を出していたからだ。
    「ほら、飛ぶっすよ。ぴょんって! アニメみたく!」
    「で、でも高いですし……」
     ぬ、と二人の間から顔をだす暦生。
    「ええいまどろっこしい!」
    「「ひゃあ!?」」
     暦生が二人を抱えて窓からダイブ。
     ダイブしつつ二人をベヘリタスめがけて投擲した。
    「ど、どうすれば……っ!?」
    「キックっすよキック!」
    「きっく……!」
     菜々と翠はそれぞれ縦横に身をひねって回転すると、ベヘリタスの羽へ強烈なキックを叩き込んだ。
     べきりと根元から折れる羽。
     若干宙に浮いていたベヘリタスといえば、地面に叩き付けられてもがもがと暴れた。
    「まるで蜘蛛の巣にかかった蝶……いやさ蛾だな」
     反動で戻ってきた二人をキャッチした暦生は、伸ばした影でベヘリタスの胴体をぐるぐるに縛った。
    「ほい、隙あり……ってな」
     すぐそばに、カルム。
     剣を高く掲げると、ベヘリタスの胴体を真っ二つに切り裂いた。
     切り裂かれたそばから粉のように砕けて消えていくベヘリタス。
     そして、腹の中からは大量の小さな虫が逃げるように飛び出した――が、しかし。
    「すげえ眺めやなあ。けど」
     カルムは返す刀で剣を鎖化。変幻自在に振り回すと、逃げだそうとした虫たち全てを綺麗に切断し、ジャキンと元の剣へと戻した。
    「ろくなもんやない。殺虫や」

     その後、カルムたちは適当な後片付けをしてから早々に現場を離れた。
     ソウルボートに進入された一般人は無事。出た被害といえば部屋の窓と向かいの家のブロック塀くらいである。
     かくして帰りのバスの中。
    「こ、恐かった……」
     顔を青くして、翠は小さくなって震えていた。
     横で面倒を見る暦生。
    「しかしまあシャドウは不可解な種族だな。なんで虫の姿なんてしてんだろうな」
     薫とカルムが深刻そうに頷いた。
    「さあな。つか、ダークネスって増殖すんのか? ダークネスから新しいダークネスが生まれるなんて、不気味だよな」
    「今回は止められたからええものの、どこかで止めきれない個体が出るかもしれんし……」
     一方で楽観的な菜々とシェレスティナ。
    「いやあ、なるようになるんじゃないっすか? また出てきたらやっつけたらいいんすよ」
    「そうね。弱い個体とはいっても、リアルワールドでシャドウを倒せるようになったのは大きな進歩だし」
     頭の後ろで手を組む武流。
    「そういうもんか。俺初めてだったから、大体いつもこんなもんだと思ったけどな」
    「シャドウは基本的に『勝てない相手』だ。六六六人衆やアンブレイカブルもそうだったが、やはりオレたちが強くなっているんだな」
     とはいえ、と呟く煉。
     こちらが強くなれば、それだけ敵の警戒も強くなる。今まで武蔵坂学園を歯牙にもかけなかった強力なダークネスが牙を剥くようになれば、苦しい戦いも増えてくるだろう。
    「……」
     バスは夜道を走り、日常へと帰って行く。
     明日の日常へと。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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