一方通行の『道』

    作者:波多野志郎

     鬼門というのを、知っているだろうか?
     丑寅、北東の方角は古来より鬼が出入りする方角と知られ忌み嫌われてきた。この北東から北西へと向かう道に、小さな道祖神の像が置かれているのも、そういう因縁がある――からかもしれない。
     しかし、そこにある日一つの噂話が広がるようになった。
    『夜、その道を北東へと向かって進んではいけない。北東からやってくる鬼に、見つかって殺されるからだ』
     鬼、特に牛頭と呼ばれる牛頭人身の鬼だ。その手の巨大な金棒で、出会った者の命を奪う――だから、そこは噂を知る者達から一方通行の道と呼ばれるようになった……。

    「と、タタリガミがそういう真似をしてるんすけどね?」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情で語り出す。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、タタリガミの存在だ。
    「夜、その道を北東へと向かって進んではいけない。北東からやってくる鬼に、見つかって殺されるからだ――そんな噂話がある道があるんすけどね? そこで、夜にタタリガミがその通りに人を殺すんすよ」
     その道は、決して人通りの多い道ではない。しかし、その噂を知る者だけではない――確実に、犠牲者は増えていくだろう。
    「こうして知ったからには、そういう凶行を行なう前に対処してほしいんすよ」
     夜、その道を北東に向けて歩いていくだけで、タタリガミは出現する。道は街灯などがあるので、光源は必要ない。ただ、ESPによる人払いは、万が一を考えて用意していてほしい。
    「敵は一体、体長三メートルほどの牛頭人身の鬼、牛頭の姿をしてるっす。その手には金棒を、その腰には巻物を下げてるっすよ」
     相手はダークネス、こちらが全員で挑んでようやく届く強敵だ。しっかりと連携を取って挑む必要がある。
    「見た目どおりのパワーファイターっすね。相手も不意打ちして来ないし、こちらからもできないっすから真っ向勝負っす。強敵だという事を肝に命じて、頑張ってくださいっす」


    参加者
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    御舘田・亞羽(七変華・d22664)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)
    南野・まひる(猫と猫と猫と猫と猫と猫美少女・d33257)
    アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)

    ■リプレイ


     深夜二時を回ったころ、アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)は小首を傾げて疑問を口にした。
    「草木も眠るっていうんだっけ……?」
     とりあえず……私も眠りたいよ……、と続けたアイティアに、糸木乃・仙(蜃景・d22759)もしみじみとこぼす。
    「古くから有る鬼門、か。こういうものは噂の力も強めそうだよねえ、まあ今回はタタリガミの真似って事だけど」
     真っ直ぐに、一直線に伸びる道。向かう先は、見通せない闇――確かに、そうだと思えばそういう雰囲気のある道だ。
    「丑寅の鬼門から来はるから牛のお顔て、安易すぎやと思うの……鬼に金棒カッコ本物、やなんて、うちが小さい子供やったら号泣ですよ。まったくもう」
     寒くもないのに無意識に肩をすくめ、着物の袖口を摺り合わせながら御舘田・亞羽(七変華・d22664)は言い捨てる。きょろきょろと周囲をさ迷う視線は怯えていても涙目でないないのが、成長の証だろう。
    「馬頭はいないんですねえ。一応1セットなんですが。ちなみに、うしおに、とすると牛頭の鬼になりますが、ぎゅうき、とすると関係ない妖怪になります」
    「……牛鬼にも色々ありますですカラねー。行き遭っただけで即死、とかいう逸話でなくて助かりましたでしょうか……?」
     鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)の薀蓄に、病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)が口を開いたその瞬間だ。ズル……、と闇の向こうで何かが動く気配がしたのは。
    「光れー、ねこ・ざ・ぐれゐとー」
     すかさず、南野・まひる(猫と猫と猫と猫と猫と猫美少女・d33257)はウイングキャットのねこ・ざ・ぐれゐとを投擲した。蛍光塗料塗れのねこ・ざ・ぐれゐとはひゅーんと放物線を描き、バチン! と放物線を描いて戻ってきた。
    「おお、跳ね返ってきたね! ねこ・ざ・ぐれゐと!」
     正確には跳ね返ってきたのではなく、打ち返されたのである。元から暑さでぐったりしていたねこ・ざ・ぐれゐとは、パタパタと力なく戻ってくるだけだ。
    「牛頭の鬼ですか、ミノタウルスみたいなやつですね……」
     アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)が言う通りの存在が、暗闇から姿を現わした。体長は三メートルほど、牛頭人身の鬼だ。その腕に握った金棒は、この中ではもっとも背が高いはずの仙の全長よりもある。
    「うわー典型的な牛頭だなあ……巻物持ってるのがニセモノの証拠か」
     仙が言う通り、その腰の巻物だけが牛頭の伝承にないものだ。しかし、そんなわずかな差異も気にならないほどに、地獄の極卒としての雰囲気があった。
    「このタタリガミはなかなかセンスいいじゃねェか? 雰囲気出てるぜェ、けどそンなホラーを蹴ッ飛ばすのがオレたちの仕事なンでなッ!」
     ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)が言い捨てると、牛頭が金棒を振りかぶった。そこに込められた殺気を感じ取って、亞羽が愛用のウロボロスブレイド――白蛇の柄を握って、語りかける。
    「さあ、出番ですえ。あんじょう暴れよし、白蛇さん」
     その直後、牛頭が動く。踏み出したと同時、振り下ろされた金棒の一撃がアスファルトに叩き付けられ、地面を揺るがした。


    「っと……見た目通りかなりの力みたい、注意して!」
     牛頭の大震撃が撒き散らした衝撃に、アイティアが仲間達へ注意を促す。神楽舞を舞う巫女のような服装となった瑠璃は、ピックを指で弾くと笑みと共に言い放った。
    「では、台無しにしましょう。獄卒は持ち場に戻って貰わないと」
     パシ、とピックを掴んだ右拳を振りかぶり、瑠璃は地面を蹴る。タタン、とリズムを刻む舞う様な動きで、瑠璃は牛頭の懐へと潜り込んだ。
    「幻想が現実に追い付く前に、潰えろッ!」
     ゴォ! という瑠璃の鬼神変の殴打が牛頭の胸部を打つ。瑠璃はすかさず後退、その鬼の腕でギュイン! とギターを掻き鳴らした。
    「よいっしょ!」
     そこへ入れ替わりにまひるが跳び込み、スターゲイザーの蹴りが叩き込まれる。ズン……! という重圧を物ともせずに動こうとした牛頭に、ねこ・ざ・ぐれゐとがやけくそ気味に猫パンチを繰り出した。
    『モゥ――!!』
    「しゃいにんぐ・ねこ・ざ・しーるど!!」
     まひるへと放った牛頭の拳は、首根っこを掴んだまひるがねこ・ざ・ぐれゐとで受け止める。そのまま横へと転がるように避けると、そこへジャ! と火兎の玉璽で加速を得たヘキサが、燃える前蹴りを牛頭の顔面へ蹴り込んだ。
    「牛だろテメェ? 焼き肉決定だァ!」
    『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     顔面を焼かれ怒りに燃える牛頭が、金棒を振り上げようとする。しかし、その手首にシャ! と蛇の威嚇音にも似た風切り音と共に亞羽の白蛇が絡み付いた。
    「行儀の悪い、お手手やな?」
    「まったくだぜ!」
     鈴の音を鳴らすような亞羽の笑い声にヘキサは同意、ガクンと途中で止まった金棒に着地して間合いを広げる。
    「さて、今宵は丑三つ時ーーー噂をすれば影とは言いますが、影に実体を持たれても困りますからねー。夏の終わりの、妖怪退治と参りましょうか……!」
     そして、その間合いへ踏み入った眠兎が、シールドに包まれた裏拳を牛頭の脇腹へと叩き付けた。メキ……! という骨が軋む音、だが、振り切るのには威力が足りない。
    『グモオオオオオオオオ!!』
     一つ、二つ、三つ、と牛頭は力任せに金棒を振り回した。それを眠兎は左手のシールドで受け止め、右の剣で受け流していく。そこへ、アイティアが横から踏み込み、異形の怪腕となった右拳を打ち込んだ。
    「今の内に、回復を!」
     アイティアの言葉を受けて、動いたのはアルルーナだ。
    「お前の好きにはさせへんで! 私の七不思議其の一、蠢くアルラウネ!」
     攻防の間隙に、アルルーナはハエトリソウの触手を動かし巨大なオーラの法陣を展開、仲間達の傷を癒した。
    「行きは良い良い、帰りは怖い、なんていうのは歌だけにしておきたいね」
     仙が交通標識を黄色標識にスタイルチェンジし、イエローサインで守りの力を前衛に与えていく――牛頭は、体勢を整えた灼滅者達へと襲い掛かった。


    『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     牛頭が、強引に前に出る。それを迎え撃つのは、眠兎だ。力任せに振り回される金棒、巻き起こす風が頬を打つ度に最悪の結果が脳裏を掠める、そういう相手だ。
     不意に、塀を足場にしたヘキサが大きく跳躍。牛頭の首筋へとスターゲイザーの一撃を叩き込む!
    「こっちは歴戦だぜ? デカけりゃビビるとでも思ったかよ!」
    「……相手が単体として頑健強力でも、個である以上は……!」
     そこへ、すかさず眠兎が破邪の白光に包まれた剣を下段から切り上げた。数で囲んで、削って潰す――そういう戦い方を、眠兎は忠実にこなしていく。
    「咲き乱れろ!!」
     ギュイン! と泣くようなギターの音色と共に、黒い桜吹雪が牛頭を飲み込み切り刻んだ。
    『グ、モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     牛頭の雄叫びが、語るべき怪談となる。大量の地獄の業火が、呪詛となって灼滅者達へと降り注いだ。
    「させへん!」
     すかさず、アルルーナの天魔光臨陣が地獄の業火を掻き消していく。炎を振り払い、まひるはエアシューズで疾走。牛頭の真上へと大きく跳躍して、幻魔斧々々々々々々々々々々々――ぷえるドデカアックスを豪快に振り下ろした。
    「三次元サッポウってやつだよ!!」
     それをかわそうとする牛頭だが、一瞬早くかけられていたねこ・ざ・ぐれゐとの猫魔法に回避が間に合わない。紙一重で金棒で受け止めるが、牛頭の膝が揺れた。
    「守るばかりも厳しいからね」
     死角から回り込んだ仙のレース糸で編まれた白色の花コサージュが踊り、牛頭の足を深々と切り裂く――黒死斬だ。
    『モ――』
    「ほいっと、そうはさせないよ!」
     振り返りざまに仙の首を蹴り折ろうとした牛頭の脇腹を狙いを定めたアイティアのレイザースラストが貫く。そして、踏みとどまろうとした牛頭の軸足を亞羽の制約の弾丸が撃ち抜いた。
    「立て直すといこか?」
     牛頭が体勢を崩すのを見て、亞羽が告げる。その声に、間合いを詰めていた灼滅者達が散り間合いを開けた。
    「いいねェ、スリルがあるぜ」
     トントン、と爪先でアスファルトを打ちつつ、ヘキサが笑う。その言葉に、アルルーナは苦笑する。
    「それですむのですから……大したもんやわ」
     目の前にいるのは都市伝説ではない、ダークネスだ。その場にいた誰もが、その事を理解していた。全員が力を合わせて挑み、なお崩しきれない実力。攻撃一つ取っても、当たり所が悪ければたちまち追い込まれていく事だろう。
     しかし、その相手をして優位を保っていられるのは連携がうまく機能しているからだ。ディフェンダーが抑え、クラッシャーとスナイパーがダメージを稼ぎ、ジャマーが相手の動きを阻害する――逆を言えば、この連携が機能してなお押し切れない、そういう力量の相手だと言う事でもある。
     だからこそ、その危険な綱渡りをこなす必要があった。それを乗り切るきっかけとなったのは、仙だった。
    『ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ゴォ! と唸りを上げて牛頭の金棒が振り回される。その迫る金棒へ、仙は交通標識を構え受け止めた。
    『ヴ、モ!?』
     牛の顔でもわかるほどの動揺、牛頭の金棒が軽々と振り抜かれた。しかし、そこに手応えはなかった――仙は受け止めたのと同時に地面を蹴り、威力を逃していたのだ。
    「鬼は現世には不要だよ、さっさと地獄にお帰り」
     振り回される金棒の上を跳び越え、仙は着地。カシャンと、赤色標識にスタイルチェンジした交通標識で、牛頭を切り裂いた。
    『ブ、モモ!?』
    「今です!!」
     アルルーナの触手が、花が、牛頭の急所を的確に捉え切り刻んでいく。アルルーナの殲術執刀法に切り裂かれ、よろめいた牛頭にまひるは言った。
    「巨大な鬼が相手なら……こっちも一番デカいのを使えばいいんだ!! ってわけで、おいでませー『フカヒレ』!!」
     まひるの言霊によって現われたのは、獣のような四つ足の生えた巨大鮫だ。その上にゴロンと横になったねこ・ざ・ぐれゐとごとフカヒレは突進。猫パンチと共に、牛頭の巨体を跳ね飛ばした。
    「単騎だとミノタウロスっぽい感が若干否めない。渡辺綱にやられたほうなのか、どうなのか」
     ぎゅいん、とギターをかき鳴らした瑠璃の演奏に合わせ、宙を舞った牛頭を黒い桜の花が飲み込んでいく――そして、そこへ真っ直ぐに眠兎が駆けた。
    「行きます」
     左のシールドに宿る影――真っ直ぐに放たれた眠兎のトラウナックルが、牛頭を地面へと叩き付ける!
    『ヴモ……ッ』
     頭を振って、牛頭は起き上がった。その目の前で待ち構えていたのは他でもない、亞羽だ。
    「この腕見た目は気に入らへんけど、負けるんも癪やわ。どっちの鬼さんが強いか、うちと比べっ子しましょか」
    『ブモ――!!』
     同時に、亞羽と牛頭が拳を振るった。亞羽の鬼神変の巨大な鬼の拳と、牛頭の岩のような拳。それがゴン! と肉ではなく金属同士がぶつかるような音をさせて――。
    『!?』
     振り抜けたのは、亞羽だ。拳を弾かれ、大きく体勢を崩した牛頭へとヘキサが跳躍し、アイティアがクロスグレイブの銃口を向けた。
     ヘキサが指を噛み切り、玉璽に燃える血を垂らすとホィールが超高速回転する――グラインドファイアより強く、熱く、『牙』の如く純白に輝くホイールが獣の咆哮のように唸りを上げる!
    「丸ごと喰いちぎれッ!火兎の牙ァ!!」
    「これで終わりだよ! ジャッジメントーーレイッ……!」
     ゴォ! と炎の『牙』が牛頭を焼き食い破り、ジャッジメントレイではなく黙示録砲の業を凍てつかせる光の砲弾が牛頭を捉えた。炎が、冷気が、相反する現象が吹き荒れ――ドォ! と大爆発を巻き起こし、牛頭が爆発の中で掻き消えていった……。


    「歪みし理は……潰えるが道理」
     爆発の風が消えていくのに、瑠璃は小さく呟く。
    「お疲れさま」
     仲間達を労った仙は、不意に吹き抜けた自然の風の冷たさに小さく身を振るわせた。
    「まだ夏とはいえこの季節の夜は冷えるよね。普通の暖かいおでんとか食べたいな」
    「ふぅ、なんとか倒せましたね! ちょっとは、強くなれたやろか……」
     アルルーナも人間の姿に戻り、汗を拭う。自身の力は、少なくともついた……そのはずだ、とアルルーナは己の手を見やった。
    「ま、別に皮肉ではないですが」
     そう呟くと、瑠璃はギターを爪弾く。あの牛頭へと捧げる、レクイエムだ。
    「……信心深い性格ではありませんが……まぁ、深夜にドンパチやってしまいましたからねー……」
     道祖神を見付け、眠兎は自販機で買ったお茶をお供えして手を合わせる。その道祖神の優しい笑顔が満足げだったのは、気のせいだろうか?
    「こーわい鬼さん退治に来てこう言うのも何やけど、敵より薄暗い夜道がおそろしいわ…うっかり百鬼夜行に遭う前に早う帰りまひょ」
     任務は無事におうちに帰るまで、ですよ、と亞羽の言葉に、灼滅者達は歩き出す。北東、丑寅の方角へと――迷信や伝承に惑わされる事なく、己の足で無事に歩ききるのだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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