裏切りの名を冠する影、『Verrat』

    作者:長野聖夜

     ――ある日の夜のこと。
     夜の帳に溶け込むようにしながら、禍々しき、古い血液の様に毒々しい赤黒いその存在が、誰に気付かれることもなく飛翔している。
     まるで、夜空の散歩を楽しむかのような気軽さで飛翔していたその芋虫の様な存在は……啜り泣いている様にも聞こえる寝息が、空いている窓から外へと伝わって来るその部屋へと、静かに入る。
     そして、苦しげに魘されている少女の姿を確認すると、虫は、その中へと潜り込んだ。
     少女はそれから暫くの間、益々苦しげで、魘される様子を見せていたが……程なくすると、寝息が静まり、先程よりも穏やかな眠りへと陥っていた。
    「……こんな時に、と思うけど……。でも、見過ごすわけには行かないか……」
     夢から覚めて、軽く頭を振りながらやや青ざめた表情で北条・優希斗(思索するエクスブレインdn0230)が呟くと、何人かの灼滅者が彼に近付く。
    「ああ、皆。既に絆のベヘリタスの事件が予知できなくて、その代わりにさくらえさんが探ってくれた、羽化したベヘリタスの事件が起きようとしているのは、知っているね?」
     彩留・さくらえ(望月桜・d02131) により、齎された情報を伝えて来る優希斗に灼滅者達がそれぞれ頷く。
     優希斗は其れに頷き返すと、程なくして小さく首を横に振った。
    「……羽化してしまった絆のべヘリタスのシャドウが起こそうとしている事件を、僕も1つ夢で予測した。……しかも、少しだけ厄介な相手みたいで」
     優希斗の沈痛な呟きに灼滅者達が後を促すと、彼は、ほろ苦い表情で軽く溜息をついた。
    「……君達には、その少女の夢の中に入ったシャドウを何とかして欲しい。……Verratと言う名の、そのシャドウを」
     優希斗の呟きに、灼滅者達は思わず息を呑み込み、それぞれの表情で返事を返した。
    「少女の名前は、桜井・真由里ちゃん、と言うらしい。中学生くらいの女の子で……自分の周囲にある絆から、心を閉ざしていた女の子だ」
     真由里は、心優しく、人付き合いの悪くない少女だった。
     ただ、その真実は……自分には他の人と違って両親がいない、と言う孤独への恐怖の裏返しから来ているらしく、自分の心の奥底に人を踏み込ませることは無かったらしい。
    「けれど、彼女の無意識の中には、同じクラスの生徒達や、友達への絆が存在していた。でも、現実で其れを認めるのが怖くて、夢の中で否定していた所を、Verrat に取り憑かれてしまったらしい」
     Verratによってその絆を喰われた真由里は、自分が無意識に感じていた恐怖を忘れ、幸せな眠りにつくそうだ。
     ――だがそれは、近い将来彼女がダークネスと化す前兆でしかない。
    「君達が介入できるのは、真由里ちゃんの夢にVerratが潜り込んだ直後だ。だから、真由里ちゃんのことを気に掛ける必要はないけれども、まず、Verratを取り急ぎ攻撃し、ソウルボードの外に出す必要がある」
     ソウルボードにいる間のVerratは、さほど強力ではない。
     それこそ、普通に陣形を整え、準備をしておけば十分に外に追い出すことは可能である。
     ただ、その体から放出する甘い香りが、灼滅者同士の連携を乱すことを除けば。
    「勿論、Verratが現実世界に現れる以上、その場で灼滅する必要はあるけれども」
     現実世界でのVerratの強さは、ソウルボード内の比ではない。
     けれども、使う能力は同じであり、今の灼滅者達になら、十分に灼滅することの出来る強さだと言う。
    「だから、出来る限り灼滅するような形で戦って欲しい。……勿論、無理にとは言わないけれど……もし見逃せば、Verratは、真由里ちゃんを仲間へと引き入れるだろうから」
     ひとしきりの説明を優希斗が終えると、灼滅者達は其々の表情で首を縦に振った。
    「Verratが使用するのは、シャドウハンターに類似したサイキック3種と、その背についた羽による羽ばたき攻撃、それから……皆の連携を乱す為の、裏切りを喚起する甘い香りだ。……この香りには、十分気を付けて」
     ポジションがジャマ―だから尚更に、と優希斗が付け加えると、灼滅者達は其々の表情で頷きを返した。
     
     
    「……Verratは、絆のべヘリタスの卵から生まれた、べヘリタスとは異なる姿をしたシャドウだ。だから、どうしても嫌な予感は拭えない。……無理はしないで欲しいけれども、確実に灼滅して欲しいんだ。……矛盾した言い分だと思うけれども。それと……」
     そこで言葉を区切り、目を瞑りそっと開く優希斗。
    「このシャドウの腹部からは、別のシャドウの気配も感じられる。戦闘能力はほぼ無いに等しい様だけれども、最後まで油断せずに腹部のシャドウも灼滅して欲しい」
     優希斗の呟きに灼滅者達は首を縦に振ると、静かに教室を後にした。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)
    経津主・屍姫(無常ノ刹鬼・d10025)

    ■リプレイ


     ――赤と黒に彩られた、禍々しき世界。その中で淡く光り輝く緑の葉、ですか……。
     本来の彼女のソウルボードの中は本当にこんな感じなのでしょうか、と言う思考が、龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745) の脳裏を掠めた。
     精神世界の中が人によって様々なのは確かだが、これ程までの闇に彩られている世界は類を見ない。
     巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647) の鼻を、強烈な匂いが否が応にも刺激してくる。
     普段でも苦手な匂いが、夢の中で一際強く感じられるのは、少々身に堪えた。
     ……だからと言って、仲間達と共に歩むことを止める気はないが。
    「真由里さん。あんなに幸せそうな寝顔が、闇堕ちの前兆だなんて……」
     僅かに先に潜り込んだVerratを探しながら。
     黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362) は入る直前に見た少女の幸せそうな寝顔を思いだし、胸が締め付けられる様な思いを覚える。
     この世界が、本当に彼女にとって、『幸福』な世界なの?
    「べヘリタスさんとは違う姿のシャドウさん……。でも、今回のダークネスさん、何だか以前の『ハート』のシャドウさんと似ている様な……」
     小首を傾げつつ、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) が自分の中に浮かんできた考えを口の中で転がしていると、前を歩いていた月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249) が、仲間達に警戒を促した。
    「いたよ」
     彼女が指差した先にいたのは、まるで翅を休める様に、淡く弱弱しい光を発する葉に止まり、其れを喰おうとしている赤と黒に彩られた芋虫型のシャドウ。
     させるわけには行かない、とアリス達は、瞬く間に距離を詰め、戦闘を開始した。


    「心は、その人が持つ最後の砦なんだ! それに取り憑くなんて許せないよ!」
     お姉ちゃんっ! と短く叫びながら経津主・屍姫(無常ノ刹鬼・d10025) が、鍔姫と共に飛び出す。
     Verratがそれに気が付き、咄嗟に葉から飛び立ち、その攻撃を躱そうとするが、既に屍姫がその動きを予測して撃ち出していた光条でVerratを撃ち抜き、更に鍔姫が縛霊手に覆われた腕で殴り掛かる。
     拳を叩きつけられ翅を傷つけられながらも羽ばたくVerratの腹部が、何かを喜ぶかの様に内側から光り輝いているのを見て、千尋は僅かに目を細めた。
    「行きます!」
     椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285) が、渾身の力を籠めてWOKシールドによる正拳突きを叩き込み、更にVerratの持つ瘴気にすら感じられる闇に顔を顰めながら、冬崖がその手に雷を纏って襲い掛かった。
     畳みかける様にアリスがアームドクロックスワークスを変形させ、罪を灼く光線でVerratを撃ち抜き、沙耶がティアーズリッパーで深々と敵の頭部を抉る。
     Verratは、反撃とばかりに酷く甘やかで、ともすればVerratに従いたくなる様な、危険な華の添えられた香りを発した。
    「わたしが生きる、証明を」
     それに応じたのは、額に手に持つナイフを当てる様にして小さく呟いた杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083) 。
     一瞬で戦闘形態へと姿を変えた殊が、腕に装備した盾から薄く白い結界を展開し、Verratの放つ香りからなつみ達を守る光を生み出す。
    「……確かに、魅力的なお誘い。でも、わたしは証明されないからさ」
     洗脳されてもおかしくない様な、そんな香りを感じながら呟く殊の頭上を、銀槍を利用して飛び越えた千尋が怪しい輝きを発する腹部に向けて構え直した銀槍を突き入れる。
    「サリュ、早速で悪いけど出て行ってもらうぞ!」
     槍を引き抜く動作と共に、ドリーム・ウォーカーで腹部を蹴って離脱する千尋に、口から漆黒の弾丸を撃ち出すVerratだったが、其れには入れ替わる様にして冬崖がたちはだかった。
    「ぐぅっ!」
     強烈な腐臭を浴びせかけられ、顔色を僅かに変色させながらも、その腕を銀爪に変化させ切り裂く冬崖。
     彼に合わせて殊が飛び出し緋色のオーラを這わせた手刀で一撃を加え、立て続けに屍姫がブレイジングバーストでVerratの足を焼き払い、鍔姫がポルターガイスト現象を引き起こしてVerratの飛翔を妨げる。
    「コルネリウスさん……」
     Verratの頭頂部をじっと見やりながら、自らの胸にハートのマークを現出させる、アリス。
     それに反応している訳ではないだろうが、目を凝らせばVerratの頭頂部に、クラブのマークが浮かんでいるのが視認できた。
    (……ハートのシャドウさん達に似た様な行動をする、クラブのシャドウさん、なんですね……)
     フワフワとしたピンクの毛並みのトルテが猫パンチを叩き付け、あんずが接近して、霊力を放出させながら拳で容赦なく殴りつける。
     あんずが離脱するのに合わせてなつみが抗雷撃を叩き付けると同時に、沙耶が刀を閃かせ、その翅を切り裂いた。
     苦し気に呻きながらも、翅を羽ばたかせて自分達を吹き飛ばそうとするVerratだったが、其れは千尋が緋の五線譜を閃かせて絡め取る。
     体を一振りして糸を解いたVerratの隙をついて、力を蓄えていたアリスが【Vopal Sword Ark】と言う電子音と共に、大剣状に変形したヴォーパルソードを引き抜き、真っ向から振り下ろした。
    「その姿――まるで、不思議の国に住む芋虫さんみたいです……けど、貴方は悪い芋虫さんです……!」
     アリスの決意を籠めた一撃に深々とその身を切り裂かれ、苦悶の悲鳴を上げるVerratに、沙耶が再びティアーズリッパー。
     沙耶に切り裂かれ苦しむVerratを、トルテが猫魔法で攻撃し、あんずが星の力を帯びた蹴りを叩き付けると、Verratは、悲鳴を上げた。
    「キシャァァァァァァァ!」
     叫び声とも取れるその中に含まれた闇に攻撃を仕掛けようとしていた冬崖がほんの僅かに苦し気に動きを止めたその一瞬をついて、Verratは、近くの空間を無数の足でこじ開ける様にして、外へと飛び出す。
    「! そういう事か!」
     それまで様子を伺っていた千尋が飛び出し、銀槍をその引き裂かれた空間……すなわち、現実世界に繋がる入り口……を維持する為のおさえにする。
    「皆!」
    「助かったぜ、千尋!」
     我に返った冬崖が立ち直り、素早く飛び込んだ。
     まだ、油断なく攻撃の構えを取っていた殊達も、次々にその入り口に飛び込むのを確認してから……千尋は銀槍を抜き取り、自分も外の世界へと飛び出した。

     ――本当の戦いは、此処からだ……。
     
     そう、思いながら。


    「ここからが本番、だね」
     ソウルボードから出るや否や、外に逃げ出そうとしていたVerratの背後から、殊が逃がさぬ、と閃光百裂拳。
     その身に纏うオーラによる乱打が、外に出て間もないVerratを容赦なく叩く。
    「さっきまでの様には行かないぜ!」
     追随して冬崖が雷を帯びた拳を、シャドウの額に叩き付けた。
     続けてなつみが飛び出し、盾を正面に構えて叩き付ける。
    「鬼ごっこはこれで終わりだよ!」
     共に飛び出して来た屍姫が瞬く間に接近して十字架を叩き付け、そのまま鍔姫と入れ替わり、近くで幸せそうに眠っていた少女を背に庇う様に後退する。
     Verratは、屍姫と真由里を逃がさぬ、という様に口から威力の増した漆黒の弾丸を吐き出すが、その攻撃からは、なつみが身を挺して庇った。
     その隙をついて態勢を整えなおすVerrat。
     だが、その間にあんず、トルテ、沙耶、そしてソウルボードを維持していた千尋が悠々と現実へと戻って来る。
     軽快な動作で千尋は近くの壁をドリーム・ウォーカーで蹴り、その勢いを利用して、銀槍で捻じ込むように一撃を叩きこんだ。
     腹部を突き刺しながらも、致命傷、と言う様子には程遠いVerratに冬崖が接近し、その拳を鋼鉄化させて、真っ直ぐに叩き付ける。
     飛び上がり、態勢を立て直したVerratの腹部に其れはめり込み、ペッ、と人で言うところの血液の様な青黒い体液を口から吐き出し、その強烈な匂いと刺激が、彼の脳裏に無残なトラウマをフラッシュバックさせ、顔を歪める。
    「ぐ……グゥッ……!」
     苦しみながら後退する冬崖を一瞥し、再び人々を堕落へと導く甘美な匂いを発するVerrat。
     精神世界で受けた時とは比べ物にならないほど、強烈な誘惑が、なつみ達を襲う。
     人は、どんなに群れようとも、結局独り。
     その上、きっかけさえあれば、人は容易く人を見捨てる。
     それが嫌ならば、自分が先に見捨てればいい。
     それは、絆を結ぶことの裏側にある、『裏切り』と言う名の背徳。
     蜜の様に甘い背徳の果実を齧りたくないなら、ただ絆を忘れればいい。
     ――これが、抗いがたい甘美なる『孤独』への誘惑。
    「催眠の解除はあたしに任せて! いくわよ、トルテ」
     目の前のVerratから放たれた香りが、殊達を誘惑しているのに気が付き、敢えて声を張り上げてから、あんずが仲間に活力を与える歌を歌う。
     天使の様に清らかなその歌声が、灼滅者達の心に響き、彼女達と共にいたトルテのリングの光が、自分達を闇へと誘う声を中和する。
    (……孤独を知っているからこそ、他人とは距離を取る)
     あんずの歌声が仲間達を催眠から解き放つまでの時間稼ぎの為、沙耶がVerratに接近して、螺穿槍。
     それから沙耶は、マジックミサイルを撃ち出しVerratに深手を与える屍姫に守られて、穏やかな表情で眠っている少女をちらりと見る。
     これだけの騒ぎが起きているにも関わらず、真由里は眠ったままだ。
     Verratを灼滅しない限りは、彼女が目を覚ますことは無いのかも知れない。
    (人との繋がりを恐れるのは、その先にある喪失と再び訪れる孤独を恐れているからか)
     だが孤独であるからこそ、人は、人との繋がりに惹かれ、飢えている。
    「裏切り、ねぇ……自分がそう思えば、裏切りになるんだろうね」
     逆に違うと思えれば、それは裏切りにならないのかしら。
     あんずの治癒で誘惑を断ち切った殊が結界を張りなおしながら、少しだけ自嘲気味に笑った。
    「真由里さんをダークネスにしてしまう訳にはいかないです……!」
     決意も新たにアリスがヴォーパルソードモードからアームドクロックワークスモードに戻し、再びオールレンジパニッシャー。
     放たれた光がVerratを撃ち抜くと同時に、精神的に嬲られるトラウマと誘惑を辛うじて振り払った冬崖が雷を纏った拳を叩き付けた。
    「此処で、倒されるわけには行かないんだよ!」
    「誰かと自分に対する『裏切り』を肯定するキミを、肯定するわけにはいかないんだ!」
     銀槍で辛うじてその匂いを防いでいた千尋も飛び出し、再び無数の糸を放つ。
     糸により体を締め上げられ、苦し気に奇声を上げるVerrat。
    「これ以上、敵を増やすわけにはいきませんから!」
     立て続けになつみが手刀にオーラを這わせて、空手チョップの様に紅蓮斬。
     Verratの体力を奪い、そのまま仲間達を守るための力を蓄える。
     現実世界に出たVerratは、本当に強力だった。
     けれども、予め“絆”を破るその力に対する対策を整えてきたこと、そして、ソウルボードから出た直後の奇襲が、灼滅者達の勢いを増させた。
     結果として、10分後には……Verratは、既に空を飛ぶのがやっとと言う程にまで追い詰められていた。
     そして……。
    「止めは任せて! いくよお姉ちゃん!」
     仲間達の一斉攻撃の締め、とばかりに鍔姫が周囲の家具をポルターガイスト現象を引き起こして叩き付け、合わせて屍姫が、マジックミサイルでVerratを撃ち抜くと……Verratはそのまま音を立てて地面に転がった。


     ――ゾワゾワゾワ。
     倒れた腹部から、大量の蟲達が沸いて出て来る。
     芋虫の群れの様な其れに、沙耶が予め指示を出し、逃げられぬよう、彼らを包囲していたが、その蟲達の姿を見て、千尋は僅かに目をみはった。
    (こいつら……成長しているのか……?!)
     最初に見た蟲達よりも、心なし大きくなっている様に感じながら、千尋は素早くドリーム・ウォーカーで暴風を起こして回し蹴りを叩き付け蟲達を蹴散らす。
    「これなら、早く片付くかな」
     呟きながら殊がフリージングデスを放ち、蟲達を一斉に凍り付かせた。
    「焼き尽くせ!」
     すかさず屍姫がブレイジングバーストを放ち、氷と炎の連続攻撃によって、瞬く間に蟲達が姿を消す。
    「これで終わりです!」
     仲間達の攻撃により数を4分の1程に減らした蟲達をアリスがオールレンジパニッシャーで灼き払った。
     全滅した蟲達の様子を見て、其れまで包囲することに力を注いでいた冬崖が、疲れた様にガクリ、と膝をつく。
     なつみがそれに気が付き直ぐに彼の様子を見る。
    「大丈夫ですか、冬崖さん?」
    「ああ……大丈夫だ」
     顔を青ざめさせながらも、小さく頷く冬崖になつみが処置を施し、気休め位には、と思ったかあんずが祭霊光を掛ける。
     自分にとっての苦手と相対しながら、最後まで倒れることなく戦っていたのだ。戦い終わり、膝をつくのも仕方ないのかも知れない。
     なつみやあんずが消耗している者達の手当てをしているのを横目に捉えながら、千尋は腕を組んだ。
    「これで2体目、と。でも、コイツらの目的は何だ? 繁殖? ダークネスが?」
     ソウルボードの中で、Verratは絆と思われる葉を喰らおうとしていた。
     その時に見た異様なまでの腹部の輝きから、思い浮かんできた自分の呟きを否定する様に、首を横に振る千尋。
     ――ダークネスが繁殖するなんて、有り得ない。ただ……。
    「……日常の裏で、一体何が起ころうとしてる?」
     彼女の問いに答えられる者はいない。
     一方で、アリスも小さく息をつき、ポツリと呟いた。
    「今回の件、コルネリウスさんはどう思っているんでしょうね……」
    「分かりません。でも、真由里さんがもう1体にならなかっただけ、良かったと思います」
     仲間達の手当てを終えたなつみが顔を上げて返すと、他の仲間達もそれに頷く。
     これは、ある意味で今回の戦いで少しだけ分かったことかも知れない。
     日常の裏で何かが起ころうとしていること、ただそれだけのことなのだけど。
     けれども、それが何を意味するのかは、まだ図りかねている。 
     ――真相に近づく為、より詳しい調査が必要だということを除けば。
    「……行きましょう。あまりここに長く留まるわけにも行きませんから」
     沙耶の促しに灼滅者達は頷き、そっと真由里をベッドに戻してその場を立ち去る。
    「おやすみなさい、真由里ちゃん。せめて今夜は、いい夢が見られます様に」
     共に外に出ようとした屍姫が小さく別れの挨拶を呟き、殊がそっと溜息をつく。
    「ちゃんと話せなかったけど……桜井が、もっと素直になれますように」
     
     ――殊の祈りの様な呟きは、薄暗い闇の中へと消えた。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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