青銀の殺戮

    作者:邦見健吾

     それは突如として村に現れた。
    「グオオオッ!」
    「いやああああああっ!」
     青き体に銀の鎧を纏うそれは、獣の咆哮とともに刃を振り下ろした。刃を受けた人間はバターのように容易く分断され、ずしゃりと地に落ちる。
    「グオオオオッ!」
    「うあああああっ!!」
    「グギャアアオオオッ!」
    「ぎゃああああああああっ!」
     逃げる者がいれば追って切り裂き、隠れる者がいれば引きずり出して貫いた。刃を振るい人々を惨殺するそれの名は、悪意の騎士・クロムナイト。

     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は湯呑の茶を一口飲み、説明を始める。
    「ロード・クロムが強化型デモノイド・クロムナイトの実験をしていることはご存知の方も多いと思います。今回も同様の事件のようです」
     朱雀門のロード・クロムはクロムナイトに一般人を襲撃させ、そのデータを量産型クロムナイトに反映させようとしている。
    「武蔵坂の灼滅者が立ちふさがることを前提としているようですね。本当の目的は、灼滅者と戦わせてその戦闘経験を得ることのようです」
     クロムナイトは山間にある村の近くに現れ、放置すれば村の人を全滅させる。クロムナイトが村に到着するまでに戦闘を仕掛けることは可能だが、そのまま戦えばロード・クロムの思惑通りになってしまうだろう。
    「クロムナイトを灼滅し、かつ経験を積ませないためには、短時間で撃破するしかありません」
     クロムナイトは攻撃力が高く、肉体も頑健。強力な相手だが、最善の結果を得るにはそれ以外にない。
    「クロムナイトはデモノイドヒューマンと同様のサイキックのほか、クルセイドソードのサイキックも使います」
     必要なのは敵の攻撃を凌ぎつつ、効率的にダメージを与え、迅速に敵を倒すこと。戦闘においては当たり前のことのようだが、その当たり前を実践してみせるのは簡単ではない。
    「なお、クロムナイトが現れるのは夕方の山中です。周囲に邪魔になる物はないので、思う存分戦ってください」
     予知によれば、通りがかる人はいない。戦いによる騒音も、山の木々に吸収されることだろう。
    「もちろん短時間での撃破が最善ですが、それに拘り過ぎて敗北するわけにはいきません。場合によっては、短時間での撃破を諦めてただ勝利することに集中してください」
     失敗すれば、村に住む多くの人々の命が失われる。たとえ戦いが長引くことになっても、最悪の事態だけは避けたいところだ。
    「クロムナイトは強敵です。油断なさらないよう、よろしくお願いします」


    参加者
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    英・蓮次(凡カラー・d06922)
    アデーレ・クライバー(地下の住人・d16871)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)
    シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)
    藤花・アリス(淡花の守護・d33962)

    ■リプレイ

    ●青と銀の襲撃者
     灼滅者達はエクスブレインの予知に従い、村近くの山へと足を踏み入れる。
    「このクロムナイト、戦闘データに加えてわたし達が現れる法則性も調べてる気がしますの……」
     シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)は、ロード・クロムが戦闘以外にもデータを集めることを危惧していた。もしエクスブレインの予知の法則性を発見されればクロムナイトの強化以上に脅威となる。杞憂で済めばいいのだが。
    (「ロード・クロムさんは、いつまでこんなことを、続けるのでしょう、か……」)
     うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、ロード・クロムの狙いに考えを巡らせる藤花・アリス(淡花の守護・d33962)。しかし今は村の人々に危険が差し迫っている。意識を切り替え、クロムナイトとの戦いに集中する。
    「では私は空から……今何か……?」
     三影・幽(知識の探求者・d05436)が箒を片手に捜索に出ようとした瞬間、林の奥からわずかに気配を感じた。
    「あちらの方に」
    「どれどれ」
     英・蓮次(凡カラー・d06922)が幽の示した方向を双眼鏡で覗くと、そこには鎧を纏ったクロムナイトがいた。探すまでもなく、向こうから姿を現したようだ。
    「俺らが来ることを見越して一般人を襲うとか。こっちも容赦なくやらせてもらわないと気が済まないよな!」
     クロムナイトも灼滅者の気配を察知し、林の中を突き進んでくる。蓮次は殲術道具を解放し、槍を構えて迎撃の態勢を整えた。
    (「人を襲わせるわけにも、強化されるわけにもいかないわね。その穢れ、速やかに浄化させてもらうわ」)
     天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)にとって、ダークネスとは穢れ。ロード・クロムはどちらに転んでもいいようにと考えているのだろうが、思惑通りにさせる気はない。
    「敵の思惑にのってやる必要もないな。さっさと終わらせるぞ」
     ぶっきらぼうに言い捨て、果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)がウロボロスブレイドを握る。その言葉少なな態度の裏には、ダークネスへの強い殺意が隠れていた。
    (「村の方々を死なせる訳にも、僕達の情報をあまり流出させる訳にもいきませんからね」)
     長期戦に益はない。ラピスティリア・ジュエルディライト(夜色少年・d15728)としても、ここはできるだけ早く決着を付けたいところ。
    「グオオオッ!」
    「Twins flower of azure in full glory at night.」
     肉体を刃へと変え、襲い来るクロムナイト。ラピスティアはカードの封印を解き、夜色の衣を纏って立ち向かう。

    ●青き刃
    「グオオオッ!」
     刃に白い光が閃き、クロムナイトが力任せに剣を振るう。幽の霊犬・ケイが身を挺して受け止めるが、その威力はかなりのもの。さらに、白光がクロムナイトに吸い込まれて肉体を強化する。
    (「今回の相手は学習するタイプのクロムナイト……ここは早期決着を目指します」)
     サングラスを外し、同時に左半身に残る痣からデモノイド寄生体を出現させるアデーレ・クライバー(地下の住人・d16871)。寄生体に呑み込まれた手足は爪になり、渦巻く槍を突き立てた。
    「凍土に至る礫……!」
     幽が槍を構えると、穂先の周りに小さな氷の矢がいくつも生まれる。切っ先をクロムナイト目掛けて真っ直ぐ向け、氷の棘を次々と撃ち出した。
    「ナイト相手に無粋かとは思いますが……騎士道精神なんてものは存じ上げませんので、精々踊ってくださいな」
     ナイトと名は付くが、その性質は力のままに蹂躙する悪意の化身だ。ラピスティアを包む帯が広がり、紺碧には星が浮かぶ。意思持つ帯は自動で敵を捉え、矢となって突き刺さった。同時に敵の動きを学習し、次弾の精度を向上させる。
    「皆さんに……」
     アリスは黄色に変化した交通標識を掲げ、光で照らして異状に対する耐性を仲間に与える。ウイングキャットのりぼんも尾に装着されたリングを光らせ、破魔の力を宿らせた。
    「――!」
     言葉にならない狼の雄叫びを上げ、白野威の体から白き炎が立ち昇る。炎は仲間を包み、その能力を引き上げた。続けてシエナは弦を振るわせ、獣の咆哮のような旋律でクロムナイトを包み込んだ。
    「グオオオオッ!」
     傷ついたクロムナイトは凶暴さを増し、狂ったように刃を振るう。前腕ごと刃を非物質化させ、透き通る刃で蓮次を貫いた。
    「ツッ……! お返しさせてもらうね!」
     蓮次は魂を貫かれた痛みで一瞬顔を歪めるが、すぐに笑みを作ってロッドで反撃。ロッドの先端を打ち込み、炎のように迸る魔力を注ぎ込んでさらなるダメージを与えた。
    「作られた捨て駒のトラウマか。いったい何を見ているんだろうな」
     木陰に紛れていた奈落の影が形を変え、生い茂る草に隠れてクロムナイトに伸びる。影はクロムナイトの目前で広がり、口を大きく広げて呑み込んだ。影がクロムナイトの精神にトラウマを植え付けるが、戦闘でデータを集めることがロード・クロムから与えられた使命。兵器のトラウマなど知りたいとは思わない。
    「グオオオオオッ!」
     灼滅者の攻撃を浴びても、クロムナイトはいまだ健在。戦いはなおも続き、激しさを増していく。

    ●凶刃の騎士
    「グガアアアアアッ!!」
    「道返玉……彼の者に護りを」
     腕を大太刀へと変じさせ、鋭い斬撃を繰り出すクロムナイト。白野威はすかさず連なる勾玉の形をした光輪を分裂させ、光でてらして傷を癒した。
     クロムナイトとの戦闘が始まって数分、やはりと言うべきかその勢いはまだ衰えることはない。それでも一瞬でも早く灼滅するべく、灼滅者達は攻撃を重ねる。
    (「何か違いがあるのでしょうか?」)
     学園全体では何度かクロムナイトと交戦しているが、アデーレが相対するのは初めて。他のデモノイドと差異がないか観察しながらロッドを打ち据える。力と外見が違うのは一目瞭然だが、それ以外にも違いはあるのだろうか。
    「暴れまわるな。少し止まっていろ」
     自身の力を抑えられないように暴れるクロムナイト目掛け、奈落がウロボロスブレイドを振るう。刀身は蛇のようにうねって鎧の隙間に正確に突き刺さり、内部を切り抉った。
    「瞬刻の聖戦……!」
     幽は剣を前に構え、刃を盾にするようにして一直線に突撃。白い光を宿した剣を縦一閃に振るい、ケイも魔を絶つ刃で一太刀浴びせた。
    「ガアアッ!」
     クロムナイトの腕が変形し、洋剣を形作る。刃を袈裟に振り下ろし、りぼんが小さな体で懸命に受け止めた。白い光が再びクロムナイトを包み、鎧をより強固に作り変える。
    (「少しでも早く、灼滅を……。それが叶わなくても……村の人達を、絶対に傷付けさせません、から……!」)
     ここで敗北するようなことがあれば、村の人々は1人残らず命を落とすことだろう。それだけはさせないと、アリスは十字架砲をクロムナイトに向け、響く聖歌とともに光弾を放った。
    「手こずらせないでくださいね」
     ラピスティリアが肉薄し、至近距離からロッドを叩き付ける。紫水晶の煌めきと瑠璃色の入り混じった光がクロムナイトに吸い込まれ、同時にラピスティリアに宿った破魔の力が白い輝きを打ち砕いた。
    「早く倒しますの」
     クロムナイトの攻撃の多くは灼滅者に異状を与えないため、シエナは攻撃を優先し、結界で封じ込めようとするがダメージは小さい。また運悪く、動きを鈍らせることもできなかった。
    「テンポ上げていくよ!」
     とは言いつつ最初から全力なのだが、蓮次は気にせず身に纏うオーラを拳に収束させる。土と草にまみれながら距離を縮め、光の連撃をクロムナイトの胸に叩き込んだ。
    「グ……グオオオッ!」
    「あと少し……のようですね」
     全身傷だらけになり、苦しそうに呻くクロムナイト。決着は近い、アデーレは確かにそう感じ、槍を強く握った。

    ●殺戮はなされず
    「グゴオオオオオオッ!!」
     蝋燭が消える前の一瞬の強い輝きに似ているだろうか、追い詰められたクロムナイトは狂ったように雄叫びを上げ、身の丈にも勝る長大な剣を振り下ろした。刃の先にいたケイが真っ二つに両断され、消滅した。
    「空白の理……!」
     だが灼滅者もあと一歩のところで怯みはしない。クロムナイトに肉薄していた幽が一瞬剣を構えると、刀身が淡い紫を帯びた光に変わる。ケイの分もと剣を真っ直ぐ突き出し、鋼のごとき肉体を貫通して魂だけを切り裂いた。
    「万物を断つ閃き、顕れよ――一閃ッ!」
     仲間の支援に回っていた白野威も攻撃に転じ、大筆で宙に一文字を描いて渦巻く風を吹かせる。通り抜ける風は鋭い刃になり、青き騎士を斬った。
    「あともうちょっとだ、頑張ろう!」
     蓮次は仲間に呼びかけながら踏み込み、クロムナイトの眼前に迫る。鋼鉄のごとき拳があやまたず胸を打ち、騎士鎧にひびが入れた。
    「そろそろ終わりにしましょう」
     変わらず口元にだけ微笑をたたえ、ラピスティリアが槍を突き出す。螺旋描く一撃が敵を捉え、鎧に覆われた肉体を貫いた。シエナも表情が変わらないという点では同じか、何を考えているか分からない無表情で愛器のネックを握り、容赦なく敵にぶつける。
    「何も、奪わせません、です……!」
     アリスはエアシューズを駆動させ、小さな体を自らの足で跳ね上げる。星のように流れ落ちて飛び蹴りを見舞い、りぼんも肉球でパンチを食らわせた。
    「お前はここで終わりだ。作られた意義も果たせず、ただここで意味もなく無様に消えていけ」
     奈落の胸に渦巻くのは、何処から来るのかも分からない、闇への殺意。だがそれは虚ろで脆いものではなく、この身よりも確かなもの。零距離からバベルブレイカーを突き付け、高速回転する杭を撃ち込んだ。
    「……これで、終わりです」
    「グ……グアアアアアッ!」
     少し運命が違っていれば、自分も怪物に成り果てていたかもしれない。アデーレは騎士の姿を瞳に映して懐に飛び込む。そして雪崩の名を冠する槍を取り込み猛禽の爪に変え、クロムナイトは爪に引き裂かれて絶命した。

    「データ収集をどれだけ続けるつもりなんだか……。そろそろ痺れを切らせて動きがあるといいんだがな」
     無事戦いを終え、フードを被り直しながら奈落が呟く。朱雀門関連の事件は最近も起きているが、ロード・クロムが尻尾を出すことはあるのだろうか。
     クロムナイトとの戦闘に要した時間はわずか数分。けれど戦いは激しく、より短い時間にも、より長い時間にも感じられた。無辜の人々を守れたことを確認し、灼滅者達は人知れず帰還する。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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