狂気の威を借る臆病者

    作者:魂蛙

    ●抑えきれぬ殺意に乗って
     白線から落ちたら負け。
     横断歩道を渡る少年はそんなゲームに熱中する余り前方注意が疎かとなり、小野賀・鎮(おのが・まもる)の膝に衝突した。
     舌を打った鎮に慌てて頭を下げた母親に倣って、少年も素直に頭を下げて謝る。
     鎮は少年と母親を睨むように見つめ、それから右を見回し、左を見回し、そして口角を吊り上げる。
     母親の首から下が頽れたのは、その直後の事であった。
    「ママ……?」
     少年は、倒れ伏し痙攣しながら首の切断面から血を噴く母親の首から下と、鎮の右手に乱暴に髪を掴まれぶら下げられた母親の首から上を、交互に見つめる。
     周囲の者達も、突然の凶事を把握しきれない。うすら寒い静寂が、鎮を中心に広がっていた。
    「ほれ、ほぉれ」
     鎮がねこじゃらしで猫をからかうように、母親を右に左に振り回す。少年は呆然としながらも、それを目線で追いかけた。
    「そらよっと」
    「あ、ママ……」
    「どうした、急がないとママが転がってっちゃうぜ?」
     鎮に放り投げられた母親がアスファルトを転がる。漸く、周囲の人々が夢から醒めたようにざわめきだす中、鎮はよたよたと母親を追いかける少年を指差し、声を上げて笑っていた。
    「そら、ママんとこまで行きたいんだろ!」
     少年が漸く追いつき母親の頬に手を伸ばしたその直後、鎮の放った光輪が少年の首を刎ね飛ばした。
     噴血で放物線を描いて落下した少年はのろのろとアスファルトを転がり、そっと母親の額に口付けをした。


    ●生き抜く秘訣は
    「六六六人衆による殺戮を予知した」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)が説明を始めると、教室に集まった灼滅者達の間に緊張が走る。
    「事件を起こすのは六六六人衆の第六三〇番、小野賀・鎮だ。真昼間の街中で突発的に起こる、無差別の大量殺戮だ。何としても被害を最小限に食い止め、可能であれば奴を灼滅してくれ」
     最優先目標は、1人でも多くの人々を殺戮から守る事だ。それを忘れてはならない。

    「事件は午後2時、駅前の交差点で起こる。人通りはかなり多く、鎮と接触する為にはこれを事前に避難させる事もできない。充分に注意してくれ」
     人と車でごった返すそのど真ん中で戦闘を始める事になる。当然周囲の人間は逃げ出すが、鎮は人の多い方へと移動しながら戦おうとする。避難誘導に人員を割いてもキリがなく、常にある程度の一般人が戦場にいる状況を覚悟しなければならないだろう。
    「二手に分かれて鎮の背後と横断歩道の反対側で待機し、横断歩道を真ん中辺りまで渡った鎮を挟む様に包囲し、戦闘を始める流れになる。お前達との戦闘となれば鎮は積極的には殺人を犯さないが、一般人を盾にするくらいの事は平然とやるぞ」
     避難を呼び掛けるとすれば戦闘開始のタイミングだろう。他に灼滅者達が一般人にしてやれる事はあまりないかもしれない。
    「鎮は狂人のような振る舞いで殺戮衝動を乗りこなしているが、本質的には死を恐れ、生き抜く事に貪欲な臆病な男だ。お前達との戦いの中でも、常に逃げ道を模索している。ダメージを受けた鎮はかなり早い段階で、狡猾に退路を確保する方にシフトするだろう」
     マンホール、路地裏、放棄された車両、人混み。逃げ道は幾らでもあり、それら全てを断つのは不可能だ。開けた空間に高い人口密度、という状況も灼滅者には不利に働く。
    「だが、その慎重さが奴の仇となる。鎮は体力が半分を切った段階で撤退準備を始動するが、それが完了するまで約5分かかる。裏を返せば、それまでは撤退しないという事だ」
     鎮が撤退準備に入れば、その挙動などからすぐに察知する事ができるだろう。
     ただし、鎮も攻めを度外視して守りを固めにかかる。灼滅に拘るならば、半ば相討ち覚悟の無茶な攻撃を仕掛ける必要もあるかもしれない。
    「鎮の戦闘時のポジションはメディック、使用サイキックはクルセイドソードのクルセイドスラッシュ、バスターライフルのバスタービーム、鋼糸の結界糸、龍砕斧のドラゴンパワー、ウロボロスブレイドのウロボロスシールドに相当する性能を持つ5種だ」
     使用する武器はWOKシールドやリングスラッシャーに近い性質を持ち、全周に複数を同時展開する事も可能な光の盾だ。鎮の性格が色濃く反映されており、その2重3重の堅固な守りを打ち抜くのは容易ではない。

    「現場は相当混乱するだろう。人命救助が最優先であることを忘れず、臨機応変に立ち回ってほしい。勿論、お前達も誰1人欠ける事無く、無事に帰ってくるんだ。任せたぞ」
     柔軟な対応と、初志を貫徹する意志の固さが、勝利の鍵となるだろう。


    参加者
    凌神・明(英雄狩り・d00247)
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    雨堂・亜理沙(白影紅色奇譚・d28216)

    ■リプレイ


     灼滅者達がバベルの鎖に引っかかったわけではない。
     背後に誰かがいる。ただそれだけで警戒するのが、小野賀・鎮という男の生来の気質であった。そこに、横断歩道の反対側から渡ってきた一・葉(デッドロック・d02409)、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)、雨堂・亜理沙(白影紅色奇譚・d28216)、凌神・明(英雄狩り・d00247)の4人が行く手を遮るように様に並び立ち、鎮の警戒は最高潮に達する。
     故に、灼滅者が不意打ち気味に仕掛けた時、鎮は既に光の盾の展開準備を完了していた。
    「Lock'n load! ぶちかませ、ガゼル!」
     鎮の背後の柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)のスレイヤーカードから解放されたライドキャリバーのガゼルが突進するも、鎮の周囲を囲う光のカーテンがそれを阻む。
     直後に飛び掛かった廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)のバベルブレイカーも、和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)が振り下ろす巨大な十字架Verbesserte Lanzeも鎮の盾を破るには至らない。
     横断歩道のど真ん中で突如として始まった事態に周囲の者達は唖然とし、水を打ったように静まり返る。そこに、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)が掲げた連装破銃【ガルムハウル】の銃声はよく通った。
    「ゲーッハッハ、突然DEATHが今から無差別ブッ殺フェスティボーを蝶★開催! 老若男女にソレ以外のナマモノの皆サン、Let's死ね死ねパーリィーー!!」
     3連装の銃身を唸らせながら割り込みヴォイスで叫んだ盾衛は、連装破銃のトリガーを引きっぱなしのままその銃口を鎮目掛けて振り下ろした。
     浸透する恐慌に火を点けたのは、葉がUnknownの銘を持つ槍を構えて鎮に突っ込むと同時に発動したパニックテレパスだった。
     灼滅者達が逃げろと促すまでもなく、人々は我先にと逃げ始めた。元々混雑していた事もあり車道は走行不能となり、人々は車を放棄して逃げ出す。
     悲鳴と混乱を切り裂き突進した葉の刺突は光の盾に勢いを減衰され、それでも無理矢理押し込もうとするUnknownの穂先を鎮が叩き落とす。
    「俺を殺そうとする奴は、みぃんな死んじまうといい!」
     鎮は光輪を作り出して手の甲を覆い、逆水平に腕を振り抜き葉を弾き飛ばした。鎮は追加で作り出した光輪を飛ばしつつ、バックステップで車道に飛び出し駅の方へと向かう。
    「行かせない!」
     エリノアは飛んでくる光輪を槍で叩き落としながら鎮を追走する。追いついたエリノアは鎮の盾に一撃浴びせつつ背後に回り込んで行く手を遮る。
    「ふん、狂人を装った臆病者ね。六六六人衆にしては珍しいし、それでよくその順位にいられるものね」
    「死人に序列は付かないって、ご存知だったかぁ?」
     鎮は車の屋根を跳び継いで灼滅者達の頭上を越え、光輪をばら撒く。
     一般人達を守るように割り込んだ明はWOKシールドを広く展開して光輪をまとめて弾き返し、クルセイドソードで光輪を叩き落としながら鎮に突進する。突進の勢いそのままに振り下ろす刃とガードを上げた鎮の手の甲の盾が激突、激しく火花を散らした。
     2人は互いを弾き合うようにして後退し、鎮がいち早く体勢を立て直し、更に光輪をばら撒いた。明は刃を振るって光輪を弾き飛ばすも全てには対応しきれず、光輪は明を掠めて背後の一般人の方へと飛んで行く。
    「やらせない……!」
     飛び出し縛霊手を展開、祭壇から放つ光で光輪を掻き消したのは亜理沙だった。亜理沙は祭霊光で明を癒し、体勢を整えた灼滅者達が改めて包囲網を作り直した。
     戦況に、一瞬の膠着が生まれる。
     これで、戦闘開始直後の混乱は、1人の被害者も出すことなく凌ぎ切った。


     鎮は地面に手を押し当てて力を込める。光の波紋が灼滅者達の足元まで広がった直後、無数の光の柱が獣の下顎が如く地面を食い破り現れた。灼滅者達を突き上げた光の柱は攻撃を阻む壁となり、灼滅者達の動きを阻害する。
    「ならば上から狙い撃ちじゃ!」
     車のボンネットを踏み台に跳び上がった風香が、砲口を展開したVerbesserte Lanzeを構え上空から撃ちまくる。
     降り注ぐ光弾を鎮は周囲に滞空する光の盾で防ぎ、地上の守りが疎かになるその隙を突いて、盾の柱の隙間を縫って飛び出した杏理が矢のような飛び蹴りで強襲した。
    「おお、怖」
     ガードを上げた鎮は体表に纏うオーラの盾で、杏理の蹴りを受ける。
    「怖いかい? なら、恐怖に慄く君の顔が見たいね」
     浮かべた笑みに微かな獣性を宿し、杏理は掌から溢れ出す光を束ねた刃を握り、袈裟懸けに振り下ろした。
     ガラスが擦れ合うような甲高い音と火花が散らせながら刃が光のカーテンを斬り裂き、鎮の体表のオーラさえも侵食する。
     胸に傷を刻まれながらも後退した鎮は続く杏理の横薙ぎをスウェーバックで躱し、光輪を射出する。2つの光輪は杏理の腕と脇腹を切り裂き鋭くUターンし、再度杏理に襲い掛かる。
    「好きにはさせねえっ!」
     杏理の背後に身を投げ出し、ダイダロスベルトで鎧った体で光輪を受け止めたのは高明だ。
     受け身を取る高明を亜理沙の言霊が癒し、同時に空気を震わせて柱の盾を燐光に分解、消滅させる。
     盾衛は障害物が排除された道路をエアシューズで駆け抜け、一般人が多くいる駅側に回り込みつつ連装破銃を乱射する。
     地面を穿ちながら炎上させる弾丸を鎮は光のカーテンで凌ぎつつ、トラックの裏側に逃げ込む。
    「ンなとこでヒッキーしてねェで、もっと踊ッてくれよ!」
     盾衛が構わずぶっ放す赤熱の弾丸はトラックのガソリンタンクを撃ち抜き着火、爆発的に炎上するその熱風で鎮を燻り出した。
     エリノアが槍を突き出し妖冷弾を連射する。氷弾は鎮が飛び退いたその着弾点の空気を凍結させながら氷の壁を作り出し、エリノアは既に人のいない歩道側へと鎮を追い立てていく。
     エリノアが氷の壁で退路を断ってから狙い撃つ氷弾に対し、鎮は光のカーテンを纏ってガードを固める。氷弾は軌道を逸らされるものの、着弾時に撒き散らす暴力的な冷気までは遮断できずに鎮を蝕んだ。
     鎮は盾を頼りに灼滅者達を弾き飛ばして包囲網から離脱する。反転した鎮は柱の盾を展開して追いすがる灼滅者達の足を止め、大量の光輪をばら撒いた。
     葉は滅茶苦茶な狙いを数で補いながら飛翔する光輪を掻い潜り、不運にもその流れ弾を頭部に受け即死する一般人を横目に見ながらも一気に間合いを詰める。
     葉が踏み込む度に繰り出す体重を乗せた突きが、光のカーテンで守りを固めた鎮を激しく揺さぶりながら後退させた。
    「痛、痛ぇ……痛ぇっつってんだろ!」
     鎮はがなりつつ体勢を立て直し、追撃を狙って飛び掛かる葉を迎え撃つ。鎮は半歩左に体をずらして葉の刺突を躱しつつ、カウンターのバックハンドブローで葉を弾き飛ばした。
    「てめぇも痛がれ!」
     後退る葉を追いかけようとした鎮の前に、明が割り込み突進を受け止めロックアップする。
    「殺人衝動は抑えられないから狂気に便乗して殺します、でも自分が死ぬのは怖くて嫌です、とかそりゃ単に自分の力に振り回されてるだけだろ」
    「へえ! そんじゃお前も振り回しとくか!」
     鎮は力任せに押し切り明を柱の盾にぶつけ、更に引き寄せつつハンマースルーでガードレールに叩き付ける。
     両脚に活を入れてダウンは堪えた明は飛び掛かる鎮を半ば反射的にキャッチ、その勢いのまま巴投げ気味に後方へ投げ飛ばした。
     自販機に派手に激突する鎮を、灼滅者達が取り囲む。ここまで鎮が人混みの中に飛び込むような最悪の事態は発生させないように抑え込んできた灼滅者達だったが、未だ多くの一般人がいる駅前はじりじりと近付きつつあった。


     機銃を連射しながら突進するガゼルに対し、鎮は側面に回り込み蹴りを入れ、ダメ押しの光輪を射出する。
     直後に飛び込んだ盾衛が、縛霊手の牙咢甲【悪食】を大上段に振りかざす。
    「なーンちャッて」
     が、盾衛が寸前でバックステップし、振り返り様に振り払う鎮の腕が空を切った。
     その時既に鎮の死角に回り込んでいた高明が、ガンナイフのヒュッケバインの銃底を鎮の後頭部に叩き付け、トリガーを引きながら振り下ろし背中を切り裂きながら弾丸を叩き込む。
     間髪入れず、高明と入れ代わり再度飛び込んだ盾衛が牙咢甲を叩き付け、祭壇から放出する光の網で鎮を捕えた。
     すかさずバスの上に飛び乗った風香がVerbesserte Lanzeをバスの屋根に叩き付けるように固定して狙撃体勢に入る。
     反動でバスを傾けながらぶっ放す風香の黙示録砲が鎮に直撃する。
     鎮は大きく吹っ飛びながらも車のサイドミラーを掴んで強引に制動を掛け、屋根の上にかじりつく様に着地する。そして盾の柱を周囲に展開した直後、大きく飛び退きそのまま灼滅者達に背を向けて駆け出した。
     それは遁走と言って差し支えない。鎮の行動指針が変わったのは火を見るよりも明らかだった。
     追走する灼滅者達は逃げる鎮の背中に総攻撃を投げて足止めし、戦場に引きずり戻す。
     そこは、戦闘開始地点から逃げてきた人々、混乱の波に飲まれて足止めを食らった人々、そしてたった今駅から出てきた人々が入り乱れる、駅前大通りの路上だった。
    「ヒーローは生憎休暇中だ。待ってたって、ブギーマンに喰われるだけだよ」
     亜理沙は叫喚する人々への冷めた言葉をもって、鎮に宣戦布告する。
     鎮は忙しなく周囲に視線を巡らせながら、光の壁を分厚く展開し始める。
    「まずはその殻から、引きずり出す!」
     飛び出した明が、握り固めた拳槌を光の壁に叩き付ける。渾身の一撃で壁に亀裂を入れ、そこで止まらずラッシュで壁を打ち崩した。
     壁を粉砕した明の右ストレートが、そのまま鎮の顎を打ち抜く。
     ふらつく鎮の懐に、風香が飛び込む。風香は鎮がガードを上げるのにも構わず、右体側に引き付けたVerbesserte Lanzeを反時計回りの縦回転でブン回し、溜めに溜めた加速と遠心力を乗せて――、
    「盾ごと打ち砕くのじゃ!」
     ――叩き付ける!
     派手にアスファルトを転がった鎮をエリノアが見据え、ベルブレイカーの推進装置に火を入れつつも、重心を落として踏ん張り推進力を溜める。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     地を蹴った刹那、解放した推力の爆発的加速によって初速からトップギアに達したエリノアがバベルブレイカーを突き出す。その直撃を受けた鎮に踏ん張る暇与えず体ごとぶっこ抜き、エリノアは尚も加速しながらビルの壁面に激突、その衝撃で鎮の土手腹をブチ貫いた!
     鎮は何とか体勢を立て直しながらその場を飛び退き、追撃を狙う葉から距離を取る。そして、殆ど縋りつく様に逃げ遅れた女にしがみつき、葉の側に突き出した。


     刃に、覚悟に、些かも迷いはなく。
     女の首から上がごろりと落ちて、漸く鎮は盾ごと斬られたのだと自覚した。
    「ひでぇな、おい。これじゃ帽子もかぶれやしねぇ」
    「すまんすまん、俺んち殺し屋だからさ。一般人なんか盾にされちゃったらどうぞぶった斬ってくださいって言われてるかと思って」
     鎮は女の亡骸の背に蹴りを入れて突き飛ばしつつ後退する。
    「人間やめたバケモノと人間のふりしてるバケモノと――」
     葉は飛んでくる亡骸を躱しつつ、踏み込みUnknownの刺突を繰り出す。
    「――なあ、どっちがマシだと思う?」
    「え? 腹が減ったから人間を食う化け物と、味わいたいから人間を食う人間、どっちがマシかって?」
     刺突を受けながらも返した鎮のクロスカウンターが葉を捉え、相討ちの両者が弾き合うようにして吹っ飛んだ。
    「……生き残った方がマシに決まってる」
     呟きながら立ち上がり、血の塊を吐き捨てた鎮は迷わず人の多い駅の方へ逃げ込む。追う盾衛は、一般人を背にする鎮に躊躇わず連装破銃のトリガーを引く。それは3点バーストの精確な射撃だったが、完璧に鎮を捉えきる事は出来ず逸れた弾丸が若い男の額を撃ち抜いた。
     恐慌状態に陥った人々は逃げる方向定まらず、それが鎮を足止めした一瞬の内に盾衛は間合いを詰めていた。
     盾衛は焼けた銃口を鎮の眼前に突き出し、口角を吊り上げる。
    「盛り上げてくれンじャねェの、ンで次のネタはァ?」
     連装破銃が咆哮し、吐き出すマズルフラッシュが鎮を吹っ飛ばした!
    「まだ、まだ生きてる……生き残れる!」
     狂人の仮面を焼き剥がされた鎮は、腰を抜かしてへたり込む少女に手を伸ばす。が、我が子を守らんと父親が鎮に飛び掛かった。
    「そういうのいい! じゃあお前が死ね!」
     唸りながら父親に目標を切り替えた鎮がその後襟を掴んで引き寄せた所に、杏理が飛び掛かった。
    「せめて、貴方のお嬢さんは守ります……必ず!」
     爪が皮膚を破るまで握り固めてなお震えが止まらぬ杏理の拳が、盾にされた父親の腹を貫く。
    「さっきまで、六六六人衆を灼滅したい気分だったんだ。けど今は――」
     立つ力さえなくして盾としての機能をなくした父親の向こうの鎮の顔面に、杏理の右ストレート突き刺さる。
    「――キミを殴りたくてしょうがない!」
     肩、腹、胸、顔面。杏理は鎮の殴れる場所の全てに、有らん限りの力を吐き出しきる拳の連打を叩き込んだ!
     立て続けの攻撃に晒されダウンした鎮だったが、既に逃走の算段は整っていた。
     駅から路上へ逃げる人波に紛れ、マンホールから下水道へ。それまでの十数秒、灼滅者の最後の攻撃を凌ぎきる自信はあった。
     立ち上がりすぐさまバックステップした鎮を高明が追いかけ、深い踏み込みで間合いを詰めきる。同時に、鎮は一般人の肉の盾を使ってここまで温存してきた最後の力で、光の壁を展開した。
     高明のサイキックソードが突き立てられ、壁に亀裂が走る。鎮の想定内は、そこまでだった。
    「足掻かせないよ。攻めも守りも無為にしてやる」
     亜理沙が投げ放った咎人の大鎌が高明の肩を僅かに切り裂きつつ光の壁に突き刺さり、もう1つの亀裂を作り出した。
    「てめぇはここで仕留める!」
     亀裂を突き破る右拳。
     もう1つの亀裂を突き破る左拳。
     カーテンの内側で手首を返した両の手がカーテンをこじ開け、引き裂き、前のめりの高明の顔が迫る。
     直後、高明のサイキックソードが振り下ろされる。袈裟懸けに斬られながらも踏み堪えて光輪を振り上げる、それが鎮の最大の失敗だった。
     倒すべきは、壁をぶち破り最後の力出し切り倒れた高明ではなく――、
    「逃げ道は見つかったか?」
     ――その背後でUnknownを振りかざした葉だった。
    「見つからないなら――」
    「まだ死にたくな……」
    「――ここがアンタの行き詰まり、ってな」
     槍に貫かれた鎮が大の字に倒れる。背中には地面が当たっては、最早下がる事などできない。
     ここが六六六人衆が六三〇番、小野賀・鎮の終着点であった。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ