氷城の魔女

    作者:芦原クロ

     道を歩いていた橘・樹月(ヴァイスガーデン・d00641)の耳に、『噂』という単語が入って来た。
     視線を向けた先には、女子中学生が数人、輪になって会話をしている。
    「あの草原、夜になると、氷でできた城があらわれるんだって」
    「えー? やだ、メルヘン? 怖い噂が聞きたいのに」
     不満げな声を出す1人を、もう1人がなだめている。
    「怖い噂だよ。その城に入ったら最後……二度と出られないんだって」
    「城の中に居る女が、訪れた人間を閉じ込めちゃうんだよ。そして、城に入った人間を次々に凍らせてコレクションにするんだって」
    「魔女みたい。やっぱりメルヘンちっく。でも怖いかも」
     真面目な顔つきになった少女たちの会話を聞き終え、樹月はその場を離れた。

    「氷の城に住む女……怪しいですね。気になります」
    「その女は都市伝説だ。夜にこの草原を歩いていると、目の前に氷の城が出現するぜ。城の中に入ってから、外に逃げようとすれば、女がその人物を凍らせようとして来る」
     樹月の報告に、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が答え、説明を加える。
    「逃げようとしなければ、無害だ。城の中で、一生共に暮らして欲しいと要求して来る……もしかしたら、女は寂しいのかも知れないな。逃げずに、何らかの会話をすれば弱体化が狙えるかも知れないぜ。この女が消滅すれば城も消え、コレクションにされた一般人達も元に戻るな」
     説明を終えたヤマトは、教室の出入り口の扉を指差し、灼滅者たちに声を掛ける。
    「滑って転んだり、寒さで動けなくなるかも知れない。だが、お前達なら無事に戻って来れると信じてるぜ!」


    参加者
    ユエ・ルノワール(宵闇の月・d00585)
    橘・樹月(ヴァイスガーデン・d00641)
    比良坂・八津葉(天魂の聖龕・d02642)
    来海・柚季(月欠け鳥・d14826)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)
    禰・雛(ファクティスアーク・d33420)
    楪・焔(闇歩く冥王の冠・d34317)

    ■リプレイ


     夜の草原に到着した灼滅者たちは、氷の城を探すべく歩き出す。
     周囲に一般人の気配は感じられないが、楪・焔(闇歩く冥王の冠・d34317)は念の為に百物語を使い、人払いをする。
    (「氷の城と魔女ですか……雪の女王とはまた違うかもですが、どんなものか気になりますね……」)
     来海・柚季(月欠け鳥・d14826)がそう思案していると、突如、目の前に氷の城が出現した。
     城から来る冷気で、周囲の気温が一気に下がる。
    「草原に現れる氷の城、かぁ……なんかこう、ゲームに出てきそうな雰囲気だよね」
     寒冷適応のお陰で、寒さも平気になっている不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)が、大人びた口調で呟く。
    「暑いのより寒い方が好きだ! が……寒すぎるのは流石にゴメンだ……寒さ対策として一応カイロとかダウンとか持ってきたぜ」
     焔はそう言い、同じく寒冷適応を持って来なかった葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)に、カイロを渡す。
    「楪さん、ありがとうございます。……話を聞くとおとぎ話ですが、コレクションにされて行方不明となった人が出ているので、放ってはおけません」
     礼を告げてから統弥は城に視線を向け、真面目な顔つきで言葉を紡ぐ。
    「氷の城ですか。冷える依頼が続いてますねえ。まあ、まだ残暑も厳しいですし、丁度良い気はしますが」
     橘・樹月(ヴァイスガーデン・d00641)も寒冷適応を使い、冷気への対応を済ませてから城の入り口に向けて進みだす。
    (「氷の城……響きはとても綺麗、ですが女性の方……仮に魔女、とお呼びしますが、魔女にとっては冷たい檻のような寂しい所かもしれない、ですね」)
     囚われていた境遇を持つユエ・ルノワール(宵闇の月・d00585)は、魔女のことを考えつつ、後に続く。
     灼滅者たちは、氷の城の中へ入った。
    「メルヘン……ね。あまり私の解する感情ではないけど楽しませて貰おうかしら」
     寒冷適応を使用し、城の中を探索し始める比良坂・八津葉(天魂の聖龕・d02642)。
    (「氷城の魔女、か……もしかしたら寂しいのかもしれないな。しかし見過ごしてはおけない」)
    『あら……来客がたくさん』
     禰・雛(ファクティスアーク・d33420)が考えた直後、城の奥から女性が姿を現わした。
     長い銀髪を揺らし、繊細な氷晶模様が描かれた、美しい白のドレスを身に纏っている。
    「ああ、こんばんわ。あなたがこの城の主ですか?」
    『ええ、そうよ。どうぞ、おかけになって?』
     樹月が問うと、彼女は頷き、手を伸ばす。
     その先に、氷のテーブルと、氷の椅子が人数分出現した。
     一般人ならば、その不可思議さに戸惑い、逃げてしまうところだろう。
     しかし灼滅者たちは一般人とは違う。誰1人として、その場から逃げる者は居なかった。


    「こんばんは、綺麗なお城、ですね……よろしければ、少しお話をしません、か?」
     ユエは魔女をしっかりと見据えた。
     思いを言葉にするのは不得手なユエだが、感情を相手に伝えるよう、思考しつつもゆっくりと喋る。
    『お話? いいわ、たくさんお話しましょう』
    「貴方とお話できてうれしいです」
     椅子に腰掛けた柚季が、持ってきた紅茶とクッキーをテーブルの上に並べ、場を和ませようとする。
    『ふふ、可愛らしい子たちにそう言って貰えるなんて、私も嬉しいわ。ねえ、あなたたちは私と、一生ここで暮らしてくれる?』
    「家族でもないのに常に一緒というのは無理が有るのですよ」
     すかさず、統弥が言葉を挟む。
    「城で共に過ごす、というのは些か厳しいかと。戻らないといけない場所があるので」
     樹月も続いて答えると、それまで嬉しそうだった魔女の表情は寂しげなものに変わり、灼滅者たちへ眼差しを移す。
    『あなたたちは、友達? 仲間? 家族? ……私は、そういう、あたたかい存在が欲しいの』
    「寂しい気持ちはよくわかりますが、でも、氷漬けにされた人たちだって貴方と同じ、寂しいのですよ?」
     柚季はクッキーを食べ、紅茶を味わいながら正論を紡ぐ。
    「都市伝説に道理を解いても仕方ないのは理解している。が、まぁ言い分位は聞いてやってもいいかな?」
     九朗は魔術師のコートの裾をひるがえし、氷の椅子に座った。
    「コレクションにされてしまった人達がいないことで寂しく感じる人がいる。帰してやってくれないか」
     雛も言葉を掛けると、魔女は悩ましげに細い眉を寄せた。
    「氷の城とか昔憧れたんだよな……結構センスいんじゃね?」
     戦闘に入った場合、すぐに戻れる距離を保ちながら、氷の城を見て回っている焔。
     その言葉を聞いた魔女は、ぱっと顔を輝かせた。
    『そう? だったら、一緒にここで暮らしましょう?』
    「まぁ……一般人をコレクションすんのは宜しくないけど……な……」
     焔が言葉を続かせると、魔女は落胆し、膝をついた。
    『あの人たちを帰してしまったら、私はまた、ひとりぼっちになってしまうわ。そんなの、耐えられない……もう、ひとりは嫌よ』
    「一人ぼっちは寂しいですよね。でも、だからって氷漬けにしたって相手の心は、手に入らないのですよ?」
     柚季はあたたかい紅茶を魔女へ差し出しながら、なるべく優しい口調で声を掛ける。
     その頭上を、箒で空を飛んでいる八津葉が横切った。
     都市伝説自体にはまるで関心が無い八津葉は、城のほうが気になり、色々と見て回っている。
    『ありがとう、あたたかい……』
     紅茶を一口飲み、魔女は柚季の優しさに向けて、感じたことを述べる。
     憂い顔で紅茶を飲み干した魔女は、そっと息を吐く。
    『心……だいじなものよね。相手の心が無ければ、一緒にいても、寂しいのは変わらないもの』
    「ずっと一緒に居るばかりが寂しさを払うわけではないと思う、です」
     ユエがゆっくり喋ると、それを聞いた魔女はユエをしばらく見つめ、それから、凍らされてしまった一般人を寂しげな眼差しで眺めていた。


    「僕をこの城に置きたいのなら、あの方を連れて来てください。それなら多少は考えてあげますよ。考えるだけですが」
     樹月が仲間たちには聞こえないよう、小声で、魔女に語り掛ける。
     丁寧でありながらも皮肉混じりの樹月の物言いに、魔女は少し怯え、ユエの後ろに隠れるように移動した。
    (「人を凍らせてコレクションするのはいけない、ですけれど、彼女の寂しさを知り、受け止められたら……とも思う、です」)
     ユエは魔女を見つめながら思案し、そっと口を開く。
    「どうしてそんなに寂しいの、です? よろしければ、聞かせてもらえません、か?」
    『自分でも良く分からないわ。とにかく寂しくて、体中が悲鳴をあげているの……苦しくて、押しつぶされそう』
     魔女はそう言い、一粒の涙を零す。
    「でも、人を招いて楽しむならともかく、凍らせてコレクションにするとかってのは……ちょっと悪趣味じゃないかな?」
    『悪趣味……』
     九朗の言葉に、魔女は傷ついたように、力無くこうべを垂れる。
    「ほら、夜毎パーティを開いて客を招き、朝になったら城が消えて人は夢だと思って帰る。そうすればよかったのに」
     続く九朗の言葉に、魔女は顔をあげ、呆気にとられた表情を見せた。
    『え? ……ああ! そうしておけば良かった……パーティなら、きっと、人がたくさん集まってくれる筈よね。あなた、すごいわ、天才ね』
     魔女は喜び、感極まった様子で九朗の手を握って微笑む。魔女の体は、少しずつだが、透け始めていた。
    「私でよければいつだってお話、聞きますから、だから氷漬けにした人を解放してあげられませんか?」
    「人には出会いと別れがあります。別れても、また出会う事もあります。次の出会いや再会を希望として、コレクションにした人達や僕達を解放してくれませんか」
    「共に暮らすことは出来ないが、たまにこちらへ足を運ぶよ」
     弱体化し始めた魔女を見て、柚季と統弥と雛が、本格的に説得を試みる。
     魔女は目を伏せ、途方に暮れた表情になる。
    『いいわ、でも……ダメなの。私、凍らせることは出来ても、元に戻すことは出来ないの』
     解決するかと思いきや、ここに来ての衝撃発言である。
    「嘘を吐いているんじゃないのかしら。一生共に暮らして欲しいとか抜かしてるぐらいだしね」
     無関心の為、それまで言葉を掛けなかった八津葉が箒から降りて淡々と言う。
    「貴女は全てにおいて興味が無い。寂しい? じゃあ私がその懸念を消してあげる。粉々になれば問題なんてなくなるわね」
     八津葉の冗談か本気か分からぬ物騒な言葉に、魔女は青ざめ、近くにいた焔の後ろに隠れた。
    『逃げられると反射的に凍らせてしまうの。元に戻せないから、せめて割れないように並べているのよ……私も、どうしたら良いのか分からないの』
     魔女が必死で、焔の後ろから説明をする。偽りは無いようだ。
    「倒さない限り元に戻せないのか」
     雛は凍った一般人たちをちらりと見て、呟く。
    「残念ですが戦うしか無いようですね。せめて安らかに眠らせてあげましょう」
    「では、氷の魔女よ。炎の魔術師、不破九朗。お相手いたそう」
     統弥と九朗が戦闘準備に入ると、魔女は慌てふためく。
    『い、痛いのはイヤよ、助けて……怖いっ』
     涙目になってぶるぶると震え、心底怯え切っている魔女。
     すると焔が振り返り、魔女と向かい合った。
    「まぁ……一人ぼっちは寂しいよな……ちょっと勝手は変わるが……オレが吸収すれば一緒に居る事は可能だぜ?」
    『吸収? よ、よく分からないけれど、一緒に居られるのならお願いっ』
     魔女は藁にも縋る想いで、案を呑む。
    「吸収するには倒さなきゃいけねぇんだよな」
    『分かったわ。なるべく痛くないように、一瞬で終わるように、お願い……』
     焔の言葉に、魔女はひたすら怯え、我慢するように目をつむる。
    「それなら、オレの攻撃が一番ダメージ低いかも」
    「楪さん、お願いしますね。僕の斬弦糸だと斬り裂いてしまいそうですから」
     焔の呟きを耳にし、口元を緩めてゆったりと笑みを浮かべ、樹月が声を掛ける。
     それに対し、更に怯える魔女。
    「早くやってくれ。哀れに見えてしまう」
     哀れみを持ち、雛が促す。
     焔は怨恨系の怪談を語り、七不思議奇譚で魔女にダメージを与える。
    『……ッ! ……これでもう、寂しくないのね? ありがとう……』
     魔女は幸せそうに微笑み、七不思議使いの焔に吸収されてゆく。
    「何とか収まってくれた……か……? 受け入れてくれてサンキュー。宜しくな?」
     安心させる為に、焔はそう声を掛ける。
     優しい七不思議使いに吸収され、都市伝説の魔女はもう寂しさを感じることは無い。
     都市伝説が消えると、氷の城も一瞬で消え去り、凍っていた一般人たちも元に戻った。


    「夢でも見てたんじゃないですか?」
     戦闘が終わり、元に戻った一般人たちに向けて樹月は声を掛け、帰るべき場所へ戻るよう促す。
     一般人は皆、異常も無く、直ぐに歩き出したのを見れば、都市伝説の魔女は本当に凍らせることしか出来なかったのだと分かる。
    「流石にこの暑さの中、厚着は死に直結する!」
     焔はダウンを脱ぎ、カイロを外して薄着に戻る。
    「タダのサイキックエナジーの暴走体、にしては色々いるものだね。……多分、楪さんに吸収されて幸せだったのかもしれない」
    「さようならです。貴女が本当の意味で孤独にならないよう、忘れず心に刻んでおきますよ」
     九朗が淡々と言い、続いて統弥がそっと言葉を紡ぐ。
    「あの都市伝説、つまらない……なんて感情以下。興味自体がないのよ」
     八津葉は相変わらず無関心な様子で、呟く。
    「暖かい飲み物を準備したのですよ。寒さを少しでも緩和できればいいですが……」
     仲間たちに飲み物を振る舞う、柚季。
     都市伝説が最後に居た場所に向け、武道の挨拶を思わせる一礼をし、雛は一息吐く。
    「お疲れ様だ。コレクションにされてしまった人達も無事戻って何よりだ。これで平穏が戻るかな」
    「少し休んだら……私たちも帰りましょう、です」
     一般人が全員居なくなったのを確認し、ユエは飲み物を味わい、声を掛ける。
     やがて休憩を終えた灼滅者たちは、夜の静かな平原を後にした。

    作者:芦原クロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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