夏の熱気が払いきれぬ夜。
静謐の空を、異様なモノが飛行していた。
赤と黒の芋虫に毒々しい蛾のような羽を持つソレの腹部は異常に膨らんでおり、腹の中でなにものかがうごめいているように見えた。
禍々しささえ感じるソレは、ふとある部屋の前に向かい、開け放たれた窓をくぐり抜け穏やかな寝息を立てる少女の傍へと近付く。
いかにも少女のものらしい部屋に、その異形が存在するのは狂気めいてさえあった。
ソレ――シャドウは、迷うことなく少女のソウルボードの中へと消えていく。
「……ん……」
少女はかすかに眉をひそめて声をこぼし、しかしすぐに何事もなかったかのように穏やかな寝顔を見せた。
「ここしばらく絆のベヘリタスの卵に関する事件が予知できていなかったんだけど、どうやら理由があったみたいなんだ」
気難しげな表情を浮かべ、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は集まった灼滅者たちを見回した。
彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が探った情報によると、羽化してしまったベヘリタスのシャドウが、新たな事件を起こそうとしているらしい。
「ベヘリタスの卵から羽化して成長したと思われるシャドウが、眠っている人のソウルボードの中に入りこんじゃうの。みんなには、このシャドウを撃破してほしいんだ」
言いながらまりんは事件に関する資料を机の上に丁寧に置いた。
狙われたのは、とある少女。自宅の1階にある自室で眠っている最中に、ソウルボードの中に侵入されてしまう。
お部屋は庭に面しているよ、とまりんが言い添えた。
「まず、シャドウがソウルボードに入るのを確認してから、シャドウを追いかけてソウルボードに入らなければならないのね。もしもその前に攻撃をしたら、バベルの鎖で察知されちゃって、別の人間の夢の中に入っちゃうの」
そうなったら対処することはできなくなる。だから、必ずソウルボードに入る前に攻撃をしてはいけない。
ソウルボードに入った直後のために悪夢を利用した配下はおらず、シャドウ本人と戦うことになる。
「ソウルボード内のシャドウの戦闘能力はそんなに高くないよ。それから、このシャドウはソウルボードを通じて撤退する能力はないみたい。だから、ソウルボード内で撃破することができれば現実世界に出現するよ」
その言葉に、灼滅者のひとりが手を挙げた。
「現実世界に出てきたシャドウは……」
言いかけたところに、まりんがぶんぶんと手を振った。
「うん、確かに強いんだ。でもね、今のみんななら絶対倒せない相手じゃないよ。だから、できる限り灼滅できるようにがんばって」
ぐ、と拳を握って鼓舞する。
シャドウの戦闘能力は、シャドウハンターのそれに相当する。ソウルボードの内外での違いはその強さだけで、能力自体に変化はない。
「今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれた、ベヘリタスとは違う姿をしたシャドウなんだけどね。何か嫌な予感がするんだ……だから、みんなには確実に灼滅してほしいの。だから、お願い」
意志の強い瞳で、エクスブレインは灼滅者たちをまっすぐに見つめた。
「それに……このシャドウのおなかから、別のシャドウの気配も感じられるの。おなかの中のシャドウの能力はすごく低いと思うんだけど、油断しないようにね」
空寒いものを感じたか、眉をひそめて首を振る。
何があるか分からない以上、警戒をするにしすぎたことはない。
充分に注意して、依頼を遂行してほしい。
「ちょっと不気味な事件だけど……だからこそ、解決してほしいんだ。大丈夫、みんななら心配ないって信じてるから」
信頼の笑みを浮かべて、エクスブレインは灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
石弓・矧(狂刃・d00299) |
シオン・ハークレー(光芒・d01975) |
霧凪・玖韻(刻異・d05318) |
ヴィルクス・エルメロッテ(ディスカード・d08235) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
絡々・解(解疑心・d18761) |
白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044) |
富士川・見桜(響き渡る声・d31550) |
虫の音がさやかに響く夜の空を、異様なモノが飛行していた。
赤と黒の芋虫に毒々しい蛾のような羽を持つソレの腹部は異常に膨らんでおり、腹の中でなにものかがうごめいているように見えた。
禍々しささえ感じるソレは、ふとある部屋の前に向かい。
「(来た……)」
息をひそめて待ち構えていた灼滅者たちは視線を交わし、しかし急くことなく様子をうかがう。
「(あまり気味の良いものではないな……)」
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が、嫌そうな表情は出さないようにするも眉を顰めて、蛾に似た虫を見る。
飛来したソレ――絆のベヘリタスの卵から羽化したシャドウは、身を隠す灼滅者に気付くことなく開け放たれた窓をくぐり抜け、獲物とした少女のソウルボードへと消えていく。
「幼体なのか成体なのか、不思議な形だなあ」
ねえミキちゃん。首を傾げ、絡々・解(解疑心・d18761)がビハインドの天那・摘木へと話しかける。
用意した灯りで周囲を照らし異常や異変がないことを確かめると、少女をベッドの上から窓際へと注意して移動させた。
「ちょっと見ないなって思ったら急に動きだしたね」
なんだか不気味な感じだし、気を付けないとだよね、とかすかに眉をひそめるシオン・ハークレー(光芒・d01975)の言葉に富士川・見桜(響き渡る声・d31550)は、なんか、嫌な感じだよね、と頷いた。
「ベヘリタスは何を狙ってるのかな。今回は絆は奪ってないみたいだけど、何があるかわからないから気を付けないと」
ふたりがかわす言葉を心に留め置かず、霧凪・玖韻(刻異・d05318)はひとり思案する。
「ソウルボードを通じて撤退する能力はない」という事は、少女のソウルボードを荒廃をさせた後は同じ方法で別の人間に移動するだけだな。シャドウはその性質上、実体化を継続するのは困難だろうし。
逆説的に言えば実体化し続けられるようならそれほど強力なダークネスではない、という事になる。
話しからすると後者がより近い気はするが……と思考し、いずれにせよ被害が拡大する前に叩いてしまうに限る、と切り替えた。
「さて……行こうか」
よく解らないからな。
言って、少女のソウルボードへの扉を開いた。
にぢり。不快感を呼び起こす音が耳に入る。
ソウルボードへ侵入した灼滅者たちを迎えたのは、異形のシャドウ。
その姿は絆のベヘリタスに似て非なる。ベヘリタスを芋虫にし、蛾の羽を付けたような外見だ。
そして、もずもずとその腹でうごめく何か。それも、かなりの数がそこに収まっているように思える。
息を吐き、ヴィルクス・エルメロッテ(ディスカード・d08235)が目を眇めた。
「親玉が何を企んでいるのかは知らんが、お前はここで潰させてもらうぞ」
卵から孵る生物なんて他にもいろいろいそうなものなのに、よりによって虫、か。
「……虫は嫌いなんだよ。『あいつ』に似ていてな」
嫌悪を吐き捨て、両手に練り上げた闘気を収束させ叩きつけるように撃ち放つ。
シャドウは防ごうと身じろぎするが防ぎきれず、ぐぢっ、とその身をよじらせた。追い打ちをかけ彼女のウィングキャット、フェルが身軽に空を駆けて鋭い一撃を見舞う。
「な、なんだかとっても気持ち悪い外見なの……」
「うわ、やっぱり虫って苦手だな。大きいし毒々しいし、普段だったら絶対に会いたくないな」
見桜が敵を目にして嫌そうな顔をし、シオンはふるりと身を震わせ、でもひるんだりしてる場合じゃないよね、と気を引き締める。
「でも、私は灼滅者だからね! しっかり倒してあの子を助けるよ!」
「なにか被害が出る前に、きっちり倒しておかないとなの」
キリッと前を向いてスレイヤーカードから武器を呼び出した。嫌悪を断ち斬るように見桜の振るう剣が青白い燐光を散らし、シオンが操る影にそっと触れると刃となって敵を斬り裂き、シャドウは悶える。
一息に踏み込み石弓・矧(狂刃・d00299)の放つ剣閃が敵を狙い、身をうねらせて避けた隙を突き祖父であり今はビハインドであるジェードゥシカを伴い白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は長剣の切っ先を奔らせた。
「(最近、てき、活発で、なんだか、気持ち悪い。おなかのなかの、シャドウも、やっかいなのじゃ、なければいーけど)」
敵を斬り裂く確かな手応えを感じながら次の行動への体勢を取り、青い瞳を瞬かせる。
「……やっかいなこと、起こす前に、ヤナが、ころすけど」
慈悲は微塵もない、刺すように鋭い言葉が宣告する。
灼滅者たちの攻撃をシャドウは或いは避け或いは防ごうとするが、ソウルボード内ではその力が大幅に減じることもありすぐに満身創痍の体となる。
みぢみぢと傷だらけの身体をくねらせるシャドウに、玖韻がダイダロスベルトを刃と化し迸らせ斬り裂く。
「ミキちゃん!」
解の言葉に摘木が応え、長い黒髪を揺らして敵を狙う。
「(あれがこんな毒々しいシャドウになるのか)」
以前戦って倒したベヘリタスの卵を思い出しつつ、エアンは様子を確かめながら敵との距離を詰め鋭い蹴撃を放った。
――ギヂィイ……!!
軋むような音を響かせシャドウはのたうち回り、ずるりと身を引きずるようにうねると倒れ伏し……その寸前に姿を消す。
「あ……!」
戦闘が終わる直前に仲間が先にソウルボードから出るという作戦だがそのタイミングを見極めることは難しかった。
エクスブレインは『シャドウの戦闘能力はそんなに高くない』と言ったが、それは灼滅者8人にサーヴァントを加えて相手してのことだ。
それに、敵が瀕死のふりをして油断を誘い、灼滅者たちがそれに乗り攻撃手を減らしたところで襲い掛かる可能性もあった。
であるならば。全員でソウルボード内で撃破することは間違いではない。
ともあれ、既に敵の姿はここにない。
「行きましょう」
矧の言葉に、灼滅者たちは頷いた。
少女の部屋に顕現した悪夢のような存在は、それまで負わされた傷が掻き消え、それまでよりもなお深い闇をまとっていた。
灼滅者たちが置いていた灯りに薄く照らされ、シャドウの赤と黒の陰影が不吉に揺らぐ。
夜奈とヴィルクスがふたりのサーヴァントと共に少女を安全な場所へ移動させようとし、シャドウが部屋の中に留まり戦闘態勢を取っていることに気付いた。
このままでは以降の作戦に支障が出ると判断し、玖韻は手にする得物を手に敵へと肉薄する。風を切り叩き込む旋撃をシャドウは防ぎ、反撃しようとする隙を与えず矧の炎をまとった襲撃が放たれた。
ただの攻撃ではなく誘導の意志を持っての攻撃を、シャドウは鬱陶しげに見える素振りでかわし、なおも攻撃を仕掛けようとする灼滅者たちを追って部屋から抜け出る。
庭へ出てぎぢぎぢと身をよじらせたシャドウの胸元にスートが浮かび上がった。
絆のベヘリタスと同じクラブのスートが。
殺気をまとい、エアンは敵をぎっと見据えた。
シオンがマテリアルロッドを蠕動する身体に触れさせ、一気に魔力を解放する。
内側からの爆発に悶えるシャドウに見桜も剣を振るおうとした瞬間、深淵から生み出された漆黒の弾丸がまっすぐに彼女を狙った。
「白星君!」
地を蹴って解は彼女と凶弾の間に割り入り、身を挺して攻撃を受けた。ぐっと呻く彼を案じながら、彼を襲おうとするシャドウへ摘木が攻撃を放って妨害する。
「ありがと……ごめん!」
礼を言いながら傷を癒す見桜に、大丈夫、と笑う。
「僕が倒れてもみんなが無事でいてくれたら負けない!」
それにミキちゃんがいてくれるから! その言葉に少女のビハインドははにかんで応えた。
現実世界に現れたシャドウは、ソウルボード内よりも明らかに強力だった。灼滅者たちの攻撃をぎぢぎぢとうねり防ぎ或いはかわし、決して軽くはない攻撃を放ってくる。
「さすがに強い、でも逃がさないよ」
現実世界での差に驚きながらエアンが小さく呟き、得物を構えた。
確かに強い。だが、勝てない相手ではない。逃がさぬようにシャドウを包囲し、互いを気にかけ連携を意識した攻撃は確実に敵にダメージを与え、治癒する間を与えない。
――ギィイ……。
ばっと羽を広げ、シャドウは軋む音を上げる。だが空を飛ぶ力はないようで、虚しく羽が動くだけ。
傷付いた身体をうねらせ、その腹では変わらずなにものかが不気味にうごめいているのが見て取れた。
シオンが魔力を練り上げ圧縮して作り上げたいくつもの矢を自身の周囲に展開し、手をすっと滑らせ次々と放つ。
ざざざざざっ! 雨打つに似た音と共に斉射を受けシャドウは苦し気に身をよじらせる。
しなやかに操り玖韻の放つダイダロスベルトが敵を斬り裂き、矧が閃かせた刃がざぐりとその傷を深く抉った。
シャドウは渾身の力を込めた殴打を夜奈へ叩き込もうとするが、コートの裾を翻しジェードゥシカが彼女との間に身を滑り込ませて攻撃を受け止める。
その陰から躍り出た夜奈の一閃が敵を急襲し、苦痛にか身体を折るシャドウへと解が斬撃を迸らせる。
戦うのが楽しいという様子を一切隠さぬ凶悪な笑みを浮かべ、ヴィルクスは影を操り疾らせた。影は一度波打ち、避けようと身をよじらせたシャドウをぞんっ! と飲み込んだ。
ヂギィ、ギギィ、と暴れるシャドウの腹がひときわ激しくうごめく。何か……不吉に。
「さあ、早く片付けてしまおう」
殺気を漲らせた後、エアンは手にしたバベルブレーカーを抉るように突き立てる。
ぶるりと大きく身を震わせ悶えるシャドウへ、見桜が歯を食いしばり青白い燐光をなびかせて両手剣を袈裟懸けに振り下ろす。
「いけぇぇぇ!」
咆哮と共に一気に振るった刃はまっすぐに敵を両断し、
「……ひっ!?」
斬り裂かれた腹をなお破り、ぼだぼだとなにものかが現れわらわらと逃げ出そうとする。
大量のソレは、絆のベヘリタスの卵から羽化したシャドウを小さくしたようなものだった。数は30程度、それまで戦っていたシャドウと比較して幼生体と言えるだろうか。
うぞうぞとうごめく生理的嫌悪を催すそれらを、しかし放っておくわけにはいかない。
「一匹たりとも逃しません!」
今にも遠ざかろうとするシャドウへ矧が叫び、羽織の白と黒の部分が伸びて敵を縛り付ける。捕まった敵はギチギチと身じろぐが逃げることはかなわない。
「お腹に小さいのが入ってるってことは親なのかな」
ううん、虫に情は湧かないや。言いながら解は攻撃を放つ。大した抵抗もせず、シャドウはその一撃で動きを止めた。
戦闘能力以外に特殊能力はないかとシオンは注意しながら氷撃を向ける。だが、見た限りこいつらには特に何もないようだ。
「ダークネスは闇堕ちでしか同族を増やさない。このシャドウが親子ということはありえないだろう」
あくまでも冷静に玖韻は彼の説を否定し、鞭剣を振るいひと薙ぎにシャドウを斬り捨てた。
それまで相手していたシャドウも虫っぽくて嫌だったが、この小さいシャドウはそれだけでない嫌悪感を煽る。
やや及び腰になりながら見桜は剣の切っ先で敵を斬り、夜奈の構築した結界に捕えられた敵がかすかに抵抗を見せるが効果はない。
と。すでに動きを止めたシャドウにヴィルクスがその得物を叩き付けた。まだその腹には、逃げそびれている幼生体がうごめいている。
腹の中のシャドウごと一体残らず全て叩き潰す――そう、その瞳は強く告げていた。
「……これで終わりだ」
最後の一体を、エアンが足で一蹴する。
だがすぐに警戒を解かず、異常はないか、他に敵はいないかを確かめる。
それから少女の無事を確認し、灼滅者たちは安堵の溜息をついた。
摘木に怪我はないかと問い、大事ないと知ると解が大袈裟に喜ぶ。
微笑ましいその様子にシオンが笑い、ヴィルクスはどこか寂しげな笑みを浮かべてフェルを優しく撫でてやる。
だが。
「ダークネスに生殖能力はないはず、それにあの姿、まさか分割存在? ブレイズゲートでもないのに? ソウルボードに入ろうとしたのはあれらを放つため、か?」
矧の独り言めいた考察に、仲間たちの表情が変わる。
「……だとすれば予想以上にまずいことになりそうですね。放っておけば恐ろしい速度で数を増やしますよ」
腹の中から現れたシャドウは、まるで生み出されたように見えた。
だが、彼の考察通りダークネスに生殖能力はない。つまりあの絆のベヘリタスの卵から羽化したシャドウが生んだものではない。
「石弓の懸念通りにならなければいいが」
思案しながら玖韻が口にし、かすかに険しい表情を浮かべた夜奈の肩を、ジェードゥシカがそっと抱き寄せた。
今はとりあえず、学園に戻り情報を整理するべきだろう。
「さよなら、いい夢を見てね」
室内で静かに眠る少女へ見桜が告げ、エアンもまた良い夢を……と願い、誰からともなく踵を返し帰路へ着く。
その胸に、どろりと重いものを残して。
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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