舞い降りる悪夢

    作者:泰月

    ●夜に舞う
     揺ら揺らと夜空を舞うソレを一言で表すなら、蛾の翅を持った芋虫、だろうか。
     全身が毒々しい赤と黒で覆われているのが、不気味さを際立てる。
     さらに腹部は、奇妙に膨らんでいた。ナニカが中で蠢いているようにも見える。
     何かを探す様に飛び回っていたソレは、やがて空いていた窓から部屋の中に入ると、中で寝ていた青年の上で動きを止めて、溶けるように消える。
    「む……うぅ……」
     その後、青年はしばらくうなされていたが、やがて何事もなかったかのように、静かな寝息を立て始めた。

    ●卵の次
    「ベヘリタスの卵から羽化したシャドウ、見つけたわ」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、集まった灼滅者達にそう告げる。
     ここしばらく、絆のベヘリタスの卵に関する事件が起きていなかった。
     だが、彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)の探索によって、羽化してしまったベヘリタスのシャドウが、新たな事件を起こそうとしている事が判った。
     ベヘリタスの卵から羽化して成長したと思われるシャドウは、深夜、多くの人が寝静まった頃にどこからともなく現れて、眠っている人のソウルボードの中に入り込む。
    「シャドウが目をつける人は判っているけど、ソウルボードに入るのを阻止しようとするとバベルの鎖で気づかれて、別の人のソウルボードに入られてしまうわ」
     そうさせない為には、その夜の内にシャドウを追ってソウルボードの中に入り、シャドウを撃破する必要がある。
     ソウルボードに入った直後ならば、悪夢を利用した配下はいない。
    「それと、このシャドウは、ソウルボードを通じて撤退する能力を持っていないの。だから、ソウルボード内で撃破すると現実世界に出てくるわ」
     現実世界のシャドウは強敵だが、灼滅者も強くなっている。このシャドウに関しては、現実世界でも倒せない相手ではない。
    「使うサイキック、戦い方はソウルボードでも現実世界でも変わらないわ」
     シャドウハンターに似た漆黒の弾丸と、トラウマを引き摺り出す力。翅から放つ毒の風と光の乱射に、石化の呪いとなる。
    「最後になるけど、気になる事があるの。このシャドウの腹部からは、別のシャドウ達の気配も感じられるわ」
     腹部に潜んでいるシャドウの能力は非常に低いようだが、今回のシャドウは絆のベヘリタスの卵から羽化した、ベヘリタスとは違う姿をしたシャドウとしか判っていないと言う事もある。
    「油断せずに、確実に灼滅するようにしてね。気をつけて行ってらっしゃい」


    参加者
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●ソウルボードへ
     膨らんだ腹部を揺らして夜空を飛ぶ、芋虫のようなシャドウ。
    「シャドウって本当に元人間なのかな? 最近、確信が持てなくなってきたよ」
     物陰からその様子を伺い、備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)は淡々と呟く。
    「中に入ったでござるな」
     舞い降りたシャドウが家の中に消えるのを見届け、ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)は物陰から動き出す。
    「辺りに人がいる様子はないですよ」
    「シャドウは……いないね」
     黒鐵・徹(オールライト・d19056)は、周辺の安全を確認し、白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)が部屋を覗き込む。そこには寝ている青年の姿しかなかった。
    「失礼するでござる」
     ハリーが窓枠に手をかけ、次々と入っていく灼滅者達。
    「届くか?」
    「これなら大丈夫です!」
     身長の問題で窓枠が遠い徹を、8人で最も背が高い水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)が手を貸してフォローする。
    「窓はそこと台所か。風呂場は閉めておけば大丈夫だね」
     由井・京夜(道化の笑顔・d01650)はカンテラタイプの明かりを置きがてら、現実での戦いに備えてざっと見て構造を把握する。
    「一人暮らしには、広いですね。まあ、やり易そうです」
     七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)も見回した感想を口にしながら、ケミカルライトを数本そこらにばら撒いた。
     明るくなった部屋に青年が目を覚ます前に、灼滅者達はソウルボードへ向かう。
     そこは、机と衝立が並んだ、オフィスのような天井のある空間だった。
     人の姿はなく、漂うのは赤と黒の巨大な影。
    「僕は影と共に影を狩る影狩人――君の全てを奪い、喰らうよ」
     佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)は、敵意を込めてシャドウに告げ、瞳のようなライトを持つライドキャリバーに跨った。

    ●夢の中で
    「……虫だね~」
     改めて見るシャドウの姿に、京夜が嫌そうな声を上げる。
    「僕、虫苦手なんだよね。なんでこう、気味の悪い物がシャドウなのか」
     愚痴るように言いながら、鬼の拳を叩き込む。出来れば触れたくないが、そうも言っていられない。
    「見ていて気持ちのいい相手ではないね。禍々しいというか……毒々しい」
     よりシャドウの懐まで距離を詰めた旭も、鬼の拳を叩き込んで、吹っ飛ばす。
    「ベヘリタスの卵から羽化したシャドウでござるか。見た目は大分、元の姿とは違うのでござるな」
     衝撃に蠢くシャドウの赤と黒の翅を、ハリーの栗の棘を思わせる鋭い短槍が貫いた。
    「ダークネスも進化しているのかなぁ? だとしたら、何のための進化だろう? 外敵なんていない筈なのに……」
     鎗輔は別に大した疑問でもなさそうに言いながら、断裁用の靴に摩擦の炎を纏わせた回し蹴りを叩き込む。
    「毒虫……夢……お腹の中。別のシャドウを、育ててくれる人を、探している……?」
     鞠音は布地の少なめ服を気にせず、四方八方を思うがままに足場に駆け回り、何も言わないシャドウに縛霊手を叩きつけた。
     霊力の網が、蝶とも蛾ともつかないシャドウに絡みつく。
    「寄生……なんだろ、わかんないね……」
     純人は答えの出ない考えを巡らせるのはやめて、変異した腕の先、猛禽類を思わせる鋭い爪をシャドウに突き立てる。
    「何にしても、ここで時間をかけずに行きましょう」
     淡い薔薇色を翻し、徹は自身と同じくらいある巨大な十字架を、叩き潰すようにシャドウに振り下ろした。
    「……!」
     無言のシャドウから、敵意が膨れる。
     毒々しい翅から毒の風が放たれるのを見て、名草はライドキャリバー・轟天を駆った。風の一部分でも集めるように、円を描いて走り回る。
    「君を潰して、奪われた絆が戻るなら。絆を奪い奪われた人へ返せるなら」
     毒が蝕むのを感じながら、小さく呟く。
     このシャドウはベヘリタスの卵から羽化したもので、ベヘリタスではない。倒しても奪われた絆は、戻らないのだろう。それでも。
    「君が奪った絆、ちょうだい」
     轟天の突撃に合わせて、漆黒を放つ。毒には毒を。
     そこに京夜が、風を吹かせる。毒を消す力を持つ、清らかな風を。
     毒の風が収まれば、灼滅者達の反撃がシャドウの不定形の体を歪ませる。
     嫌がるように下がるシャドウの翅から黒い光が乱射されるが、灼滅者達は手数を活かしシャドウを追い込んでいく。
    「貴方はこの方に、どんな夢を、見せたいのでしょう」
     やはり無言のシャドウに飛び掛り、鞠音は雪風・陰の砲口を向け魔力の光線を至近距離から叩き込む。
    「何も喋らないし……何の目的で潜ったのやら」
     漆黒の弾丸から仲間を庇った鎗輔が、淡々と斧を振り下ろす。ずっと目を凝らしているが、シャドウから何か特別な反応は見られなかった。
     その背中に、霊犬が癒しの視線を送る。
    「ベヘリタスが君のパパなら、ママは誰なんでしょうね」
     徹の問いにも、寄生体の作った蒼砲からの死の光にも、シャドウは答えない。
     尤も、生殖能力のないダークネスが、父母や親子と言った言葉に反応しなくともおかしい話ではないが。
    「こうも何を考えているのかわからず不気味でござるが、何にせよ企みは潰させて貰うでござるよ! ニンジャケンポー百裂拳!」
     ハリーが飛び掛り、オーラを纏わせた拳を連続で叩き込む。
    「良いものではなさそうだし……しっかりとここで、倒しておこう……!」
    「ああ。どんな目的があるにせよ、放って置くわけには行かないな」
     純人が十字架から放った光と、旭の馬上槍から放たれた氷柱が、シャドウの赤と黒の体に白い霜で覆っていく。
    「君はもとになった人の絆を覚えているかい。元の場所に戻らなくていいのかい? 壊れた世界(日常)は戻らないのかい?」
     名草の言葉に答えないシャドウに、黒曜石の欠片から生まれた影の咢が襲い掛かる。
     翅を喰い千切られながら、シャドウは急に上昇した。天井にぶつかると、水面に飛び込んだような波紋を残してその姿が消える。
     ソウルボードから現実へ。
     戦いは、まだ終わらない。

    ●闇の本領
    「シャドウは……?」
     灼滅者達がソウルボードから戻るのと、シャドウが実体化し終えたのは、ほとんど同時だった。
    「行かせんでござるよ。ニンポー・サウンドシャッター」
     ハリーは赤いスカーフを靡かせ窓を塞ぐ位置に素早く回り込み、戦いの音を断つ力を広げる。隣に続いた鎗輔も、殺気を薄く遠くに広げた。
    「危ないから、ちょっと此処から移動させてもらうね」
     寝ている青年にシャドウは見向きもしなかったが、名草は万が一がないよう、彼を部屋の外に運ぼうとする。
    「う……ん? なんだ、眩し……」
     だが、動かされた事で青年が目を覚ましてしまう。
    「ひっ!?」
     そして、シャドウを見るなりカクンッと首が落ちた。
    「……気絶しましたね?」
     騒がれてしまうか、と王者の風を纏いかけていた徹が目を丸くする。
    「彼も虫苦手なんじゃないかな……うん。寝起きでアレはつらいって」
     親近感でも感じたか、1人頷く京夜。
    「ま、まあ今の内だね。少しの間、頼むよ」
     予想外ではあったが、名草は予定通りに青年を担いで運び出す。
    「現実世界でもやり合うのは初めてだけれども……やるしかないか!」
    「問題、ありません。雪風が、敵だと言っている」
     シャドウの気を逸らそうと旭は高速で死角に回り込み、鞠音は正面から飛びかかる。
     縛霊手の拳から霊力の網が絡まり、暴風の如く振るわれた双刃の馬上槍が翅の隙間から背中を斬り裂く。
    「これ、は……」
    「ちっ!?」
     直後、シャドウの瞳がギラリと輝き、その背中から影が槍の様に伸びた。
     鞠音の体が石のように重たくなり、旭を貫いた影は過去の彼の姿の幻を見せる。
     悪人に対して不殺の制裁を行っていた、かつての旭の拳が向けられる。
     ――暴力は暴力にしかなり得ない、と思い知らせるかの様に。
    「さて、さくっと害虫駆除しちゃおうかっ!」
     だが、その姿はすぐに京夜の光輪によって掻き消えた。
     鞠音の石化の呪いも、鎗輔の霊犬が魂を癒す視線で払う。
    「逃がしませんよ」
    「こっちは通行止めだ!」
     窓を目指そうとするシャドウを、徹と純人が巨大な十字架を叩きつけて食い止める。
    「お待たせっ!」
     青年を置いて戻ってきた名草が、再び轟天にまたがる。そのまま突撃の勢いに乗って、スートのクラブを伸ばしたようなハンマーを叩きつけて震動をぶつける。
    「長期戦はきついな。畳み掛けるぞ!」
    (「……正義という名の暴力を振り撒いた。……だから、二度とそれを名乗る資格など……『悪』で構わない!」)
     トラウマが見せた過去の姿に、決意をより堅くして。
     旭は鬼のそれに変異させた拳を、全力で叩き込む。
    「ニンポー、フォースバクレツ」
     さらにハリーの魔力が、シャドウの内側で破裂した。
     衝撃に赤と黒の体を歪ませながら、シャドウは無言で翅を広げる。毒の風が周囲に吹き荒れ、漆黒の光が群れを成して放たれた。
     毒の風に割り込んで仲間を庇った鎗輔は、霊犬の視線を受けながら断裁の為の鉞を振り下ろす。
    「こっちはまだ大丈夫」
     漆黒の光に撃たれた純人だが、そう声を上げて、構えた十字架から冷たい光を放つ。
     同じく漆黒の光に撃たれた京夜は頷き返し、風を放ち前の仲間の毒を吹き払う。
     遅れて奔った死の光が、霜に覆われ凍るシャドウを撃ち抜いた。寄生体の作った蒼い砲身を、徹の手が愛おしそうに撫でる。
    「結局、夢で何をしたかったのでしょう。なにか望むことが、あったのでしょうか――教えて、貴方の心を」
     少し遠慮がちに部屋の中を動き回る鞠音の言葉に、答える声はない。
    「……これで終わり、です。貴方とは」
     至近距離から放たれた暁の光が、夢に巣食う闇を撃ち抜く。
     普通なら、これで終わり。なのだが。
    「今回は、まだ終わっていないでござる!」
     ハリーが言った直後、シャドウの腹部が裂けて新たな闇が噴出した。

    ●腹黒いどころじゃない
     シャドウの腹を割って、噴水の様に噴出す黒と赤の闇。
     今しがた倒したシャドウをそのまま小さくしたような姿形が――ざっと30匹程、一気に部屋の中に溢れ返って、ワラワラと部屋の中を飛び回りだす。
    「……すっごく気持ち悪い……」
     目の前が赤と黒で埋め尽くされた光景に嫌悪を露わにしつつ、京夜はシャドウ達を近づかせまいと鋼糸の結界を作り出す。
    「コレはもう、ダークネスって言うより、ザ☆生命体って感じだね」
     糸の結界から抜け出すシャドウ達を、鎗輔がかき集めるように斧を振り回し、まとめて叩き斬る。
     更に霊犬の六文銭が放たれるが、如何せん、数が多すぎた。
     本来の威力が、出ていない。
    「別のシャドウ『達』とは聞いてたが……何だこの数は」
     ぼやくように言って旭が振るった馬上槍は、飛び交うシャドウの1匹を両断し、あっさりと霧散させた。
    「轟天、轢いちゃえ」
     名草の影の咢も1匹あっさりと噛み潰し、車輪が1匹ぷちっとひき潰す。
     範囲攻撃も、別に効かない訳ではない。
    「飛べない子なら可愛かったのに。1匹位、無力化して連れ帰れないでしょうか」
     子猫でも見ているかのような眼差しで無邪気に言いながら、徹は十字架から幾つもの光を放ちシャドウ達を纏めて撃ち抜く。
    「えと……か、可愛い、かな? 捕獲は、僕も試したいけど……」
    「難しそうだね」
     色んな意味で言い淀んだ京夜に頷いて、純人も十字架から幾つもの光を放ちシャドウ達を撃ち抜く。
     1匹だけ残して捕獲するのは、現実的とは言えない。
    「情けは無用……でござるな」
     ハリーも短槍を突き出し、1匹を貫いて霧散させる。
     小さく弱いとは言え、シャドウには違いない。そんな甘さを見せれば逃げられる恐れがあるのは、全員がバベルの鎖で感じている。
     情報を得るのも大事だが、それで敵を逃がしては元も子もない。
     だから、だったのだろうか。
    「……あれ、食べられない、でしょうか」
     鞠音の口から、そんな呟きが出たのは。
     特徴的な音はないか、匂いはどうか。小さなシャドウ達のあらゆる情報を記憶しようとしての言葉なのだろうが、中々出る発想ではない。
     当の本人は、周りの驚きを気にした風もなく、円盤状の光でシャドウ達をなぎ払う。
     ――そして。
     部屋に静寂が戻るのに、長くはかからなかった。
    「できるだけ部屋を元に戻しておこうか」
    「きれいに掃除しないとね。手伝うよ」
     鎗輔の提案に、掃除好きな純人が頷く。
     手早く戦闘の痕跡を消し、置いた明かりを回収を済ませた灼滅者達は、風呂場に寝かされていた青年の元へ向かった。
     幸か不幸か、まだ目を覚ましていない。
    「最近、突然人間関係が変わった人がいないか、彼に聞いてみたかったけど」
     後で調べ直した方が良いかと思案し、その寝顔を見下ろす名草。
     今から起こしても、こちらを不審に思われかねない。
     灼滅者達は青年を起こさないよう布団に戻し、そっとその場を後にしたのだった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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