醜悪にして不穏なる毒

    作者:藤野キワミ

    ●忍び寄る悪夢
     森閑とした農村の深い夜、それはひっそりと飛ぶ。
     毒々しい紋様が刻まれた蛾のような羽を生やし、禍々しい赤と黒の芋虫型のシャドウだ。その不格好に膨らんだ腹は、明らかにナニかを孕んでいる。
     やがて、ある日本家屋の縁側の、開け放たれたままの窓へと吸い込まれるように進路を変え、その先の和室で倒れ込むように眠る、一人の女性のソウルボードへと侵入していった。
     女性は大きく肺を膨らませ、苦しそうに呻く。しかし、乱れた息は落ち着きを取り戻して、幸せいっぱいの夢の続きを見始めた。

    ●薄気味悪いシャドウ
     エクスブレインの少年は、灼滅者たちを見渡して今件の概要が語られた。
    「彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)からもたらされた情報だ」
     近頃、絆のベヘリタスの卵に関する事件が予知できていなかった理由が判明したこと――羽化してしまったベヘリタスのシャドウが新たな事件を起こそうとしているということだ。
     羽化し成長したと思われるシャドウがどこからともなく現れて、眠っている人間のソウルボードに入り込む事件が続発しているのだ。
    「お前たちには、シャドウに侵入された女が起きる前に、これを撃退してもらうことになる」
     シャドウがソウルボードに入るのを確認してから部屋へ入り、シャドウを追いかけるというかたちでソウルボードに入ることになる。
     このときソウルボードに入る前に攻撃を仕掛けると、バベルの鎖で察知されてしまい、別の人間の夢の中へと入ってしまい対処できなくなるため、タイミングを間違えないでほしい、と彼は釘を刺す。
    「ソウルボードに入ったばかりのところを狙うため、悪夢を利用した配下は出現しない。シャドウ本体との戦闘になり、それほど強いわけでもない。
     そしてこのシャドウは、ソウルボードを通じて撤退する能力もなく、ソウルボード内で撃破することができれば現実世界に出現してくる。
     現実世界でのシャドウは確かに強敵であるが、今のお前らなら決して倒せない敵ではないだろう。可能な限り灼滅できるように、戦い方を考えてほしい」
     ここまで言ったエクスブレインが次に話し出したのは、このシャドウの詳細だった。
     取るポジションはジャマー。シャドウハンター、妖の槍のサイキックに似た攻撃方法に加え、すべての攻撃に鱗粉の毒を纏わりつかせているため、相応の対処が求められるだろう。
     現実へと引きずり出したあとは、屋外――女性の眠る部屋のそばにある庭先で事足りるだろう――で再び戦闘となる。戦闘方法はまったく同じだが、一撃の威力そのものが、格段に強くなっている。
    「それと、このシャドウの異様に膨らんだ腹からは、別のシャドウの気配も感じられる……腹の中のシャドウは戦闘能力は非常に低いと思われるが、これにも気を配っておいてくれ」
     エクスブレインはそこまで言って、小さく息をついた。
    「今回のシャドウは、絆のベヘリタスの卵から生まれた、ベヘリタスとは異なる姿かたちをしたものだ――だが、嫌な予感がする。予感だけであってほしいが、灼滅するに越したことはない。危険だが頼りにしている。灼滅してきてくれ」
     彼は、強い眼差しで灼滅者たちを見て、彼らを送り出した。


    参加者
    天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    人首・ククル(塵壊・d32171)
    浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217)

    ■リプレイ

    ●いざ
     草木も眠る丑三つ時――虫たちの静かな交響曲が響く、森閑たる農村のとある一軒の民家の庭に彼らはいた。
     眼前の和室には、三十歳ほどの女性が布団も敷かず、寝巻にも着替えず、それでも幸せそうに寝息を立てている。
     この女性のソウルボードへシャドウが侵入するという。
     そこで一体なにをするつもりなのか判然としないが、居木・久良(ロケットハート・d18214)は孵ってしまっていたベヘリタスの卵へ悔恨の情を抱いてた。今回はこの女性の絆を奪いに来たわけではなさそうだが、彼女が危機にさらされることには変わりないのだ。それだけはなんとしても避けたい。
     彼の心は決まっていた。
     人首・ククル(塵壊・d32171)は小さく吐息して、現状を見守る。どんなことをしでかそうとも、相手は人の夢を苗床とするシャドウだ。碌な事でないことは自明の理――
    「(しっかし……オルフェウスと言い、ベヘリタスと言い、シャドウも最近活発化してるのかねェ)」
     こっそりと囁いた夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の赤瞳は、迷惑そうに眇められている。ククルは彼女の方へちらりと視線を向け、「(ま、しっかりと……悪として生まれたその罪を、裁くと致しましょうか)」
     言って二人は小さく頷き合った。
     そのときだ。
     害悪を撒き散らす根源が飛来する。禍々しい赤と黒の芋虫型のシャドウは、毒々しい紋様が刻まれた蛾のような羽をはばたかせ、眠る女性のソウルボードを抉じ開けて侵入していった。
    「まさに悪夢のような存在ですね……」
     仙道・司(オウルバロン・d00813)は、眉をひそめて実に不気味な姿のシャドウを見やる。
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)もまた、眼前の醜悪なシャドウに激しい嫌悪感をもよおす。絆は心と同じ――「ひと」として生きるために必要なものだ。それを狙い、食らおうとする性質が我慢ならない。
     苦悶に喘いだ彼女を見やり、浅山・節男(勇猛なる暗黒の正義の使徒・d33217) 思案気に閉口する。
    「さて、いきましょうか」
     いまだ掴めない思惑が根を張り、花を咲かせてしまう前に――天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)は、一歩踏み出した。

    ●夢の中
     一応、不審なところがないかをざっと眺めた神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は、その世界にあまりに不釣り合いな存在に、顔をしかめた。
     不快に羽をはばたかせる芋虫だけが存在する、静かな萌える草原――心配した点は見当たらない。
    (「ベヘリタスの子はベヘリタス……分割存在の新しい形、だったりするわけは、ないな……」)
     でっぷりと膨れて奇怪に蠢くその腹を見て、別個体のシャドウの存在を感じたというエクスブレインの言葉が、摩耶の脳裏に蘇る。
     とまれ眼前の異様な光景に灼滅者たちは、手に馴染んだ殲術道具を構え対峙する。
     芋虫はこちらを敵とみなしたか、ぼわりとスペードマークを浮かび上がらせた。灼滅者たちもよく知る力だ。
    「確実に灼滅しておきましょう、この場で」
     皐の持つ剣が鮮血の如く真っ赤に発露して、一切の容赦なくシャドウへ襲いかかる。すかさず久良の《モーニング・グロウ》が芋虫へと火を噴く!
     渾身の力で殴りつけられ、生まれた隙に摩耶の黒死斬が迫り、治胡の閃光百裂拳の連撃が撃ち込まれる。
     司とククルのイエローサインが前衛たちに注意を促し、節男の足元から怪奇煙が朦々と立ち込め、後衛たちを取り囲んだ。
    「かかって来なよ、キミの相手は僕らだ。思う存分遊んであげる」
     言ったさくらえの腕が異形に巨大化して芋虫に肉薄――遮二無二殴りつける!
     ぐうっとシャドウは弓なりに縮み、次の瞬間、羽を大きく広げたままに旋風を巻き起こした。
     猛毒を撒き散らし、颶風を逆まかせ、猛烈な怒りを前衛たちに抱かせる――が、それを宥めたのは節男の七不思議の物語だった。心温まる言葉に癒される。
     久良は短く鋭く呼気、己の拳に宿した轟然たる業火の奔流を解き放つ!
     《闇狩ノ影》が生み出す鋭利な爪牙が芋虫を八つ裂きにして、ククルの疾駆は強烈な跳び蹴りを伴い、さくらえの《叶鏡》から凍てつく妖気がつららへと具現して撃ち出され、刹那、敵との距離を猛然と詰めるのは、双脚から炎を噴き上げる治胡――烈声を迸らせ強烈な蹴撃を見舞い、彼女の背後から漆黒の長髪が踊り出る。
     摩耶だ。ガンナイフを片手に気魄の打撃での猛攻に、芋虫はたまらず体勢を崩した。
     司のイエローサインが後衛たちに喚起するのを目の端でとらえた皐は、だめ押しとばかりに漆黒の影を疾駆させる――勇猛に牙をむいた影の猟犬は、シャドウの羽を食い破らんとする。
     もがくように暴れた虫は、攻撃を加えようと炎を纏繞し肉薄した治胡へと、舌のような何かを苦しそうに開けた大顎から突き出し、彼女を貫いた。
    「ぐ、ぅ!」
     苦悶の声を上げた治胡へ、すかさず久良の癒しのオーラが分け与えられ、節男がラビリンスアーマーが彼女の四肢を覆っていく。
     その間に、さくらえと摩耶の息の合った連携攻撃が決まり、司の金髪が疾走――燃え盛る蹴撃で、芋虫は夢の世界を諦め、じわりと姿を消した。
    「さんきゅーな。現実世界へ行ったか――さっさと終わらせねーと、な!」
     すっくと立ち上がった治胡につられて、七人は首肯した。

    ●醜悪にして猛毒
     夢の中から肉体へと精神が戻ってくる感覚――ククルはただちにサウンドシャッターを発動させて、万が一のことを考え節男が百物語で人払いをする。

     オ、オオオ、ォォォ……!

     地鳴りのようなシャドウの咆哮の力強さに、激戦を覚悟した。
     再び翅脈を広げ巨体が持ち上がる。そして先刻、夢の中でそうであったように、芋虫はスペードマークを浮かび上がらせた。
    「神崎さん」
    「ん、ここからが本番だな。いくぞ、彩瑠」
     二人はぴたりと呼吸を合わせて、シャドウと距離を詰め、さくらえは異形に変じた巨腕を振り下ろし、生じた僅かな隙へ摩耶の斬撃が虫の機動力を奪う。
    「あまり無理はしないようにね」
     司の声が背に届く。彼女はイエローサインを二人と節男へ発動させて、その節男の怪奇煙が後衛たちを包み込む。
    「気合いを入れていきましょうか」
     ククルがもまた前衛へイエローサインを出して、
    「俺も負けてられん!」
     治胡の発破――轟々と燃えるグラインドファイアを炸裂、虫の力を吸い尽くさんと真っ赤に発露する皐の剣が振り下ろされた。
     そして、久良のロケットスマッシュ――それを奇妙な動きで回避してみせた虫は、夢の中で繰り出したあの鋭い刺突で久良を襲う!
     なんとかガードするも、その傷は深く、ともすれば意識を持って行かれそうになる。猛毒が体中に沁み込んでくる感触に怖気を感じた。が、体に巻きつくように覆い始めた帯の鎧が傷を癒して、防御力を高めてくれる。
    「……別にあなたの為じゃありませんよ。一人でも倒れられたら勝てなくなるかもしれませんからね」
     ぽそりと節男がつぶやく。久良は面喰って苦笑を洩らした。
     司のイエローサインがさらに体力を回復させ、バッドステータスへの耐性を高めてくれる。
     さくらえの妖冷弾が突き刺さり、凍てつかせる。
     治胡のレーヴァテインが掠め、それでも燃え上がらせる。
     皐の放った黒い猟犬が芋虫を丸呑みにしてしまいそうに大きく噛みついている。
     鋭く呼気をひとつ、摩耶が超接近して強烈な拳打を繰り出し、先刻のお返しだと久良も拳撃の驟雨を見舞う!――だが、シャドウはまたも身を翻し攻撃を避ける。その避けた先に待ち構えていたのがククルだ。
     流星の煌きのごとき跳び蹴りは、果たしてシャドウにまたもや躱され、羽を広げ高速で回転し始める。
     着地するや否や、ククルがもう一度飛び出し、治胡が受けるはずだった攻撃を肩代わりした。
    「うらぁああ!!」
     治胡の咆哮――炸裂したのは閃光百裂拳。終わらない猛攻にシャドウはぐぐぐと後じさって、そこへさくらえの巨腕が迫る!
     強烈な手ごたえ、そこに続く司の鬼神変、衝撃によろめいていたククルも双脚を燃え上がらせ疾駆、浴びた毒をものともせずに皐は剣を振るい、摩耶もシャドウの死角を突くよう回り込んで機動力をさらに奪っていく。
     そんなククルに久良の癒しのオーラが与えられ、節男の言霊が毒を消していく。
    「言っておきますけど、回復なんて得意じゃないですから苦情は受け付けませんよ」
    「助かりますよ、この先も頼みます」
     皐が《闇狩ノ影》を揺らめかせながら、彼を振り返って、いつものように穏やかに告げる。
    「ああ、助かるぜ!」
     治胡もまた、支援があるからこそ攻撃に専念できると豪放に笑む。節男は鼻白んで、しかし次の瞬間、瞠目した。
    「っ!?」
    「……っ、これが、私の仕事です」
     節男に目がけて放たれた凍結の氷柱は、ククルに突き刺さっていた。刺さったところからじわりと魔氷が広がっていく。
    「大丈夫、まだどうとでもなるよ!」
     久良の言下、生み出された治癒のエネルギーは彼を覆い、氷を溶かしてしまった。
    「なら僕も僕の仕事をします――こんな話、知っていますか?」
     紡がれる言霊に込められた癒しの力が傷に染み入ってくる。
    「災厄の芽は確実に潰しておきましょう」
     いろいろと思うところはあるが、皐はシャドウに集中する。クルセイドソードで突き出てきた槍のごとき舌を受け流し、反対に紅蓮斬を閃かせる。
     シャドウも懸命に灼滅者たちの猛攻を防ぎ躱しているが、数の利はこちらにある。手数の違いはそのままピンチとなって芋虫に襲いかかっている状態だ。
     着実に体力を削り、動きを封じ込め、強化した力を奪い、灼滅者たちに有利な戦闘を繰り広げていく。
     そして、シャドウが自己回復を始めた――これを好機と捉え、さくらえは槍を一閃、凍てつく一撃を繰り出し、続けて摩耶がさらに動きを封じんと黒死斬を放つ!
     間髪入れずに治胡が閃光百裂拳を怒涛の如く叩き込んで、ククルは炎を纏い疾駆し激烈な蹴りをヒットさせた。
     そして司へと発動されたのは節男の怪奇煙だ。更なる力を得た彼女は、
    「やってやります!」
     ここで食い止めねばならないのだ。この先の凶事を案じれば、また弱いであろう今、この場所で食い止めなければならない。
    「ようし、ここで倒し切りますよ!」
     ぐうっと力を込め、片腕を巨大化させて、渾身の力で殴りつける!
     そして動けず、地に平伏してしまったシャドウヘ、一切の容赦を捨てた影の猟犬が襲いかかる。鋭い爪牙に引き裂かれた無様なシャドウは、どす黒い血を流し、声なき声をあげ、苦悶に身をよじる。
    「彩瑠、いくぞ」
    「はい、神崎さん」
     美しい着物の袂を翻し裾を捌き、赤瞳をらんと輝かせ、まさに虫の息となったシャドウへない交ぜになった感情をぶつけるよう、片腕を鬼へと変じさせたさくらえは、凄絶な膂力でもって殴打――その一撃に摩耶は、こっそりと笑んだ。
    (「ほら、やっぱり怖い……」)
     胸中で独りごちたことを悟られないよう、彼女もまたシャドウへと一足飛びに接近して、洗練された格闘術でもって芋虫の最期の力を奪い取った。

     オオオ、ォォォ、アア、……!!

     悲痛苦痛絶望恐怖――その咆哮からはそんな感情が溢れ出しているかのように感じられた。
     そして、悪夢はフィナーレを迎える。

    ●不穏にして不愉快
     断末魔をあげたシャドウの、異様に膨らんだ腹を食い破るように這い出てきたのは、同じような姿をした、サイズの小さなシャドウの群れだった。
     その気色悪い光景に怖気立ち嫌悪感を抱き虫唾が走った。
     なんとも名状しがたい眼前の状況に、しかしいつまでも気味悪がっているわけにもいかずに、節男は気を取り直し、前衛に展開する四人へ、不死鳥の加護を与える。
    「もうひと押しといったところですか」
     うぞうぞと蠢く芋虫どもへめがけて、久良の拳に宿った業火がうねりをあげ、司の死の魔法が絶対零度の恐怖を伴って襲う。
    「弱い……!」
     焼かれ、凍てつき消滅していくシャドウの群れは、まだいる。確かに弱い。一撃を加えれば簡単に消滅していくが、その異形さ、多さは精神的に負担になる。
    「連戦は辛いですが、ここで倒しきらなければ、ね」
     司らが今頑張らねばならない理由は、すぐ背後で眠っている。目に見える理由、そしてその後に待ち構える最悪の事態は想像に難くない。
     治胡の烈気が咆哮として迸り、足元に打ち込まれた巨大な杭は、地を震撼させわき出るシャドウを粉微塵に砕けさせ、その間を縫うように摩耶の操るダイダロスベルトが解き放たれて縛り潰され、さくらえの《ねがいうた》から展開させた除霊結界が更なる断罪を与えていく。
    「絆を餌にするシャドウ、その元凶のタカトも許したくない――これもシャドウの齎す絆の糸だというなら、意地でも掴んで手繰り寄せてみせる……!」
     さくらえはいまだ蠢く虫を憎々しげに睨み、《妙音天影》を揺らめかせ、《叶鏡》を強く握りしめる。
    「逃がしませんよ」
     ククルの声。シャドウどもの退路を塞ぐように立ち回っていた彼もまた、除霊結界を辺りに構築して、動きを封じ込めて霧散させてしまう。
    「一体たりとも残さず、ここで灼滅します」
     ククルの展開した結界が消えてしまう瞬間、皐もまた同様の結界を展開させた。
     霊的因子を強制的に停止させ麻痺状態にさせるそれは、残り僅かに生き残っていた幼生体のシャドウを、完全に跡形もなく残滓すらも消滅させた。
     その様子に、皐は静かに目を閉じ、小さなため息をついた。

    ●静まり返る
     激戦の後の、唐突な静寂は耳に痛かったが、数瞬後には己の呼吸音にかき消され、鼓動の激しさを実感する。
     摩耶の細く長い溜息が耳に届く。
     終わった。
     長かった。
     緊張の糸が途切れ、今にも座り込んでしまいそうになったが、そこはぐっと耐える。
     己が狙われていたことなんぞ露知らず、幸せそうに眠る女性の無事を確認して、みなで手分けして戦闘の痕跡を消した。
     最中、司と治胡は、これから起こるであろう何かのヒントになればと消滅したシャドウの手がかりを探すも、なにも見つけることはできなかった。
    「……チっ、なにもなかったか……」
     舌打ちをして治胡。
    「どうにも裏で嫌な陰謀が進んでいるような気がしますね……」
    「そうですね。ですが今は、私たちにできることをしていきましょう」
     ほぞを噛むような思いで吐息する司に、皐が穏やかに声をかけた。
     真っ黒だった夜空は、薄ぼんやりと白んできているように感じる。
     よく眠る女性は、平和な夢の旅を続けている。
     それを再度確認した司は、
    「どうか良い夢を♪」
     そう祈らずにはいられなかった。
    「起こしちゃまずいですからね。そろそろ帰らない?」
    「そうですね、おいとましましょうか」
     久良の言葉にククルは頷いて、八人は無事に帰路についた。
     大きな安堵と、一抹の不安を胸に抱いたまま――

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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