羽のある芋虫は夜に飛ぶ

    作者:雪神あゆた

     夜の街の上を、何者かが飛んでいた。
     それは羽のある芋虫だった。蛾に似た羽で飛ぶ、その体の色は赤と黒。腹が大きく膨れ上がっていた。膨れた腹の内側でナニカが動いている。
     羽有り芋虫は高度を急速に下げ、あるマンションへ近づいた。ベランダの開きっぱなしの窓より、一階の一室に侵入。
     部屋の中では、30代の女がいびきを立てていた。芋虫は女に接近し――シャドウの力で女のソウルボードの中に入る。
    「ううううっ」
     女は眠ったままうめく。額に大量の汗。
     やがて汗が引き、女はすやすやと寝息をたてた。
     
     学園の教室で、姫子は灼滅者へ話しだす。
    「最近、絆のベヘリタスの卵に関する事件が予知できていなかったのですが、理由があったようですね。
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)さんが探ってきてくれた情報によると、羽化してしまったベヘリタスのシャドウが、事件を起こそうとしている模様です。
     この、ベヘリタスの卵から羽化して成長したと思われるシャドウは、あるマンションの一階の部屋で眠っている人間のソウルボードの中に入り込もうとしています。
     そこで皆さんには――ソウルボードに入り込まれた人間が起きる前に、ソウルボードの中に入り、ベヘリタスの卵から羽化したシャドウを撃破してほしいのです」
     姫子は真剣な表情で続けた。
    「まず、マンション近くで待機してください。シャドウが一階の部屋の中に入り女性のソウルボードに入った直後に、皆さんもベランダの窓から部屋に侵入し、ソウルボードへ入ってください」
     ただし、シャドウが女性のソウルボードに入る前に戦おうとしてはいけない、と姫子は念を押す。
     ソウルボードに入る前に戦闘を仕掛けると、シャドウはバベルの鎖で察知し、別の人間のところに行こうとするからだ。
    「だから必ず、シャドウがソウルボードに入ってから、皆さんもソウルボードに入ってほしいのです。そしてソウルボード内でシャドウと戦闘してください。
     とはいえ、このシャドウはソウルボード内では、大して強くありません。皆さんなら、ソウルボード内でシャドウを倒すのは、難しくはないはず。
     このシャドウは他のソウルボードへ移動できません。ソウルボード内で倒されれば、現実世界――女性が寝ている部屋に出現します。
     そこで、ソウルボード内で敵を倒したら、現実世界に戻り、シャドウとの再戦をお願いします」
     このシャドウは、ソウルボード内でも現実世界でも使う技は変わらない。
     羽に怪しげな模様を浮かべ、遠距離の列のものにプレッシャーを与える気魄の技。
     口にあたる部分から糸を吐き出し、離れた敵一人を足止めする神秘の技。
     体中に黒い気体をまとって体当たりをする、トラウナックル相当の技。
     体勢を崩せば、シャウトで自分を回復させもする。
     ただし、現実世界に出現したシャドウは、神秘の力が特に高く、かなりの強敵だ。
    「苦戦が予想されますが――でも、今の皆さんなら、勝てない相手ではありません。作戦を立て、挑んで下さい」
     姫子は顔を険しくさせる
    「今回の敵は、絆のベヘリタスの卵から生まれ、ベヘリタスとは違う姿のシャドウですが……とても嫌な感じがするので、確実な灼滅をお願いします。
     また、このシャドウの腹部からは別のシャドウの気配も感じられます。腹部のシャドウは、戦闘能力などは非常に低いでしょうが……それでも油断はしないでください」
     姫子は灼滅者ひとりひとりの瞳をじっと見る
    「皆さんなら、きっとこの強敵を倒せるはず――よろしくお願いします!」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    伏木・華流(桜花研鑽・d28213)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)
    纐纈・雨月(吸血綺譚・d33852)

    ■リプレイ


     鈴虫の声。
     灼滅者たちは、電信柱の傍らで、アパートのベランダを見ている。
     灼滅者たちの視線の先に、空飛ぶ芋虫が現れた。芋虫はベランダの窓に姿を消す。
     灼滅者は駆け、アパートの部屋に入り込んだ。部屋の主である女性はうなされていた。
     彼女の前で、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)と華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は顔を見合わせた。
    「行こう。それでちゃんと倒そう。絆を奪われる人が増えないためにもね」
    「その通りですね。すぐにいきましょう……海よりも深き夢幻の世界へ」
     紅緋はソウルアクセスを実行。仲間とソウルボードへ飛び込んる。
     ソウルボード内は、暗い野原。
     玲奈は入った途端走り出す。草の上を飛ぶ、羽有り芋虫に気づいたからだ。
     赤と黒の体から蛾に似た羽を生やした、その芋虫はシャドウ。
     玲奈は口の中で呟く。
    「怖い……でも怖がっちゃいけない。絆を奪うなんて、やっちゃいけない行為なんだから、許すわけにはいかないんだからっ」
     玲奈は強い意志を瞳に浮かべ、槍の柄を強く握る。走る勢いを乗せ、玲奈は螺旋の突きを放つ。穂先が羽をえぐった。
     紅緋も玲奈に並走していた。シャドウの側面をとる。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     銀の指輪『コート・ド・ニュイ』を嵌めた手に闇を宿し、突き出す。シャドウの胴へトラウナックル!
    「ぐべべべ!?」
     シャドウは縦長の体をくねらせ、悲鳴。
     灼滅者八人はその後も攻撃を当て続ける。傷だらけになったシャドウは、「ぐべえっ!」体に黒い気を宿し突進してくる。
     ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)は敵の突進をくらう。黒の気がもたらす幻覚に、ゼアラムの眉がピクっと動いた。
     夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)はゼアラムに近づく。
    「まだイモムシのようですが、成虫になったらどうなるかわかりません。はやく灼滅してしまわないといけませんね。頑張りましょう、ヴィレンツィーナさん」
     炬燵は手をゼアラムに、差し伸べた。手には札。守りと癒しの力を流し、幻覚を消し去った。
    「はっはっは! その通りさー!」
     ゼアラムは炬燵の支援を受け体勢を立て直す。シャドウを掴む。体を横に三回転させ、シャドウを投げる! ジャイアントスイング風地獄投げ!
     シャドウは地面に落ち――消えた。現実世界に戻ったのだ。
    「急ぎ現実に戻りましょう」
    「はっはっは! オープニングマッチは俺らの勝ちさー。さけんど、ここからが本番さね!」
     炬燵とゼアラムの言葉に、残りの六人も頷き、現実に続く出口へ走る。


     灼滅者は現実世界の、女性の寝る部屋におりたった。
     羽の音。先ほどと同じ姿のシャドウが室内に浮かんでいた。
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)は殺界形成を行う。
     仲間がサウンドシャッターを使うなど準備したのを確認し、冬舞は開けたままの窓を指す。冷ややかな声で告げた。
    「ここは狭い。外で戦わないか? それとも狭い中で戦わないと勝てないか?」
    「ぐっべ!」
     冬舞への返事は喚き声と顔からの殺気。
     伏木・華流(桜花研鑽・d28213)は眉の片方を動かし、エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)は顎に指をあてた。
    「聞く耳は持たないか……今の自分の力に自信を持っているのか、逃げる気配もない。なら――」
    「ボクたちが攻撃して押し出さなきゃね! あの不思議生物なシャドウを!」
     纐纈・雨月(吸血綺譚・d33852)は二人の会話を耳にするや、唇の両端を釣り上げる。
    「そういうことなら――この劇的ハイテンション雨月ちゃんが、切り込みますよ! あのクッソキモイのを追い込みます!」
     床を蹴る。敵との距離を一気に詰める。愛用の槍の穂先で頭部をえぐる!
    「ひゃっはー! この感触いいね! ぶちゅって感じ!」
     快哉をあげる雨月。
     その近くで冬舞はナイフを振る。先端から白い気体があふれ、前衛の者を強化させる。冬舞は声を飛ばす。
    「フェプラス、続けていけるか?」
    「うん、いけるよ!」
     エメラルは冬舞に頷いた。軽いステップでシャドウの前に立ち、つま先立ちに。
     エメラルは体を横回転させる。巨大な十字架を振る。胴に激突させた。シャドウを吹き飛ばす。敵の体は窓から室外へ。
     エメラルはシャドウを追う。ベランダの柵を乗り越え、地面に下りた。仲間たちもエメラルに続く。
    「べええええいっ!!」
     追ってきた灼滅者の前で、シャドウの羽に紋様が浮かび上がる。紋様は光る。眩しい。前衛の灼滅者の目がくらんだ。
     さらにシャドウは飛ぶ。黒いオーラをまとわせた肉体を、紅緋にぶつけた。
     華流は紅緋が傷つくのを見て、息を吸い込む。気を腕に集めた。彼女の足元でウィングキャットのサクラは尻尾を揺らす。
    「大丈夫だ。即座に治す……敵はあまりにもナマモノでグロテスクだが、勝てる相手だ。確実にいこう」
     掌を紅緋に当て、気を流し込む。サクラも尻尾のリングを光らせた
    「華流さん、サクラさん、助かりました! ――さあ灼滅してあげますよ、シャドウ!」
     紅緋は華流たちの力を体に感じつつ、脚で地面を叩く。赤黒い影業を動かし、シャドウの芋虫の体を縛る。
     もがくシャドウに近づくのは、
    「はっはっは! まだまだここからさねー。喰らうがいいさー!」
     ゼアラムだ。相手の前で屈みこみ――抗雷撃。掌の硬い部分で胴を突き上げる!
     よろめくシャドウ。
     それでも一分後には反撃が飛ぶ。羽の紋様が怪しげに動き、灼滅者前衛を威圧する。
     さらに攻撃する様子のシャドウ。だが、
     玲奈が跳んだ。二階よりもなお高く。そして落下。相手の頭部に燃える踵をめり込ませる!
     玲奈は着地し構えなおしながら、声を張り上げる。
    「炬燵さん、今のうちに前衛の皆の回復を!」
    「了解ですよ! 回復は任せてください」
     炬燵が玲奈に頷いた。指輪をはめた手を横に振る。途端、穏やかな風が吹いた。炬燵の風が前衛の者達からプレッシャーを取り除く。
     そんな炬燵に「ぐぐぐべえええ!」シャドウが憎々しげに睨んできた。殺気のこもった視線を、炬燵は黙って、茶の瞳で受け止める。


     灼滅者たちは前衛を多く配置する陣形で、シャドウの集団攻撃の威力を弱めた。回復の技を持つ者も多い。灼滅者は戦線を維持し続けている。
     が、敵の攻撃はなお苛烈。今も、糸を後衛へ吐く。
     雨月は跳んだ。糸から仲間を庇う。糸は雨月に絡みつき、胴体を締める。
    「すっごい痛いよ!」
     雨月は涙目になりつつも、槍に緋色のオーラを灯した。雨月は縛られた体を強引に動かし――槍で敵の胴を貫く。生命力を奪う。
     紅緋は体から、紫がかった深い赤のオーラを立ち上らせた。
    「攻撃を見ているだけでも、強いってわかります。でも、わたしはシャドウハンター、確実に潰しますよ」
     紅緋は息を止め、雨月に替わってシャドウの前に。シャドウの腹部に拳を繰り出す。打撃を連続で叩き込む。
     シャドウは呻く。が――一分後にシャドウは吠える。己の体勢を立て直し、傷の幾つかを塞いだ。
     エメラル、ゼアラム、炬燵が前に出る。
    「体勢を立て直されちゃった……でも――」
     エメラルの言葉に、ゼアラムと炬燵が答える。
    「さけんど、攻撃の手は止まったのさね。なら話は簡単さね」
    「今のうちにしかける、ですね。回復が追い付かない勢いで」
     会話が終わると同時、エメラルが緑の羽を揺らした。ジャンプする。
     エメラルは足を突き出す。白い靴Spicaのつま先を敵の急所へ向けた。
     同時にゼアラムが人差し指を敵に向ける。高笑いをしながら、ご当地ビームを放つ!
     炬燵は両手を組む。目を閉じ精神を集中。数秒して目を開く。弾丸を召喚!
     はたして、エメラルのつま先が敵の肌に食い込む。ゼアラムのビームが羽を打ち抜き、炬燵の弾丸が動きを封じ込める。
    「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあ?!」
     エメラル、ゼアラム、炬燵の連携は、敵が回復した以上にダメージを与えた。怒り狂う芋虫シャドウ。

     シャドウはその後も傷を増やしていくが、闘志を消さず反撃を繰り返す。
     ディフェンダーたちは消耗する。華流も深く傷ついていた。
     シャドウは華流に迫る。体をあてるつもりか。が、華流は冷静な表情のまま。
     華流の足元で影が蠢く。シャドウが華流にぶつかるより早く、シャドウの胴に巻き付いた。サクラも猫魔法をシャドウに投げつける。
     影と魔法で動きの鈍ったシャドウ、その体を華流は回避。そして仲間へ呼びかける。
    「畳みかけてくれ。いけるか?」
     玲奈が華流の声を聴き動く。
     玲奈がポケットから包帯を取り出した。力強い声で宣言。
    「華流さんが作ってくれたチャンスは逃せない。全力でいくね!」
     次の一瞬に、玲奈はレイザースラストを放ち、シャドウを刺した。
     シャドウは羽ばたきをやめ、地に落ちる。玲奈の一撃がシャドウを瀕死に追いやったのだ。落ちたシャドウの胴体がくねくね動く。
     シャドウに冬舞が歩み寄る。感情を感じさせない声で、
    「悪いな、容赦する気はさらさらない――これ以上の悲劇も悪夢も、もう終わりだ」
     冬舞は漆黒の弾丸を作り出し――芋虫シャドウの命を終わらせた。
     動きが止まったシャドウの腹部が、びくんと脈打ち、裂けた。
     腹から小さな虫が現れる。一匹ではない。次から次に腹の裂け目から出てくる。その全てが、小さいながらもダークネスだ。


     華流は虫たちに冷ややかな視線を向ける。
    「先ほどのシャドウと同じく外見は……いや、とにかく動きを封じる」
     十字架を持ち上げ――そして光線を乱射。虫の数体を麻痺させた。
     虫の群れの一部が華流にとびかかろうとするが、雨月が突進する。
    「へい虫さんこちら!」
     雨月は槍を振りまわす。棒の部分で打ち、穂先でえぐる。雨月の猛攻にもがく虫たち。
     冬舞はその一匹を縛霊撃で殴る。雨月や華流の技で傷ついた虫は、冬舞の打撃に耐え切れず、消滅。
    「数はあと27……いや28か。いずれにしろ、すべて葬り去るだけだ」と無駄のない動きで構えなおす冬舞。
     虫どもは数こそ多い。が、牙は短く、這う動きも遅い。回収はできなかったが、灼滅者の敵ではない。
     灼滅者八人は五匹、十匹、二十匹と屠り続け――。
     最後の一匹の前で、エメラルが縛霊手を嵌めた腕を振る。手刀による殲術執刀法。敵を切り裂いた!
     エメラルは敵がいなくなったのを確認し、その場に座り込む。
     肩で息をしながらも、皆に普段通りの笑顔を向けた。
    「これで本当に終わりだね! 無事解決できてよかったね!」
     彼女の言葉に、仲間たちもそうだそうだ、と笑いあう。
     灼滅者たちは互いの健闘を称えあい、秋風の吹く中、しばらく体を休めるのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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