伝えたい、伝わらない

    作者:夕狩こあら

     或るビジネス街――、噴水の水飛沫が肌に心地良い広場のベンチで、青年は部下を宥めていた。
    「もう会社行かないす」
    「いや、叱られはしたけれど、会社は君の力を信じているんだよ」
     遅刻に受注ミス、今日は顧客対応がマズかった。
     努力を重ねぬ彼にも原因はあるが、共に働く身としては、青年は温かくその成長を見守り、一人前にしたかった。
     何より、初めての部下なのだから――。
    「昼には少し早いが、飯でも食べれば気が変わるさ」
    「奢られても気分アガんねーし」
     そんな遣り取りをしていた時、やってきたのは青年の同僚。
     午前の営業回りを終えた彼は二人を見ると、
    「おう、爆弾がまたやらかしたのか」
     包み隠しもせず部下を渾名で呼んだ。
     青年は慌てて言を遮ろうとしたが、自らに返るは最悪の助言。
    「そんな荷物捨てちまえよ。会社だって捨てたがってるのに」
     何故だろう、不可解な悔しさが込み上げた瞬間、
    「……先輩?」
     青年は異形となった。
     
    「静香の姉御、大変ッス! とある青年がデモノイド化する事件が発生しようとしてるッス!」
    「また……」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は教室に入るなり、時乃瀬・静香(妖精の花・d23935)に縋り付くように口を開いた。
    「デモノイド化した青年は、理性も無く付近で暴れ回り、多くの被害を出してしまうんス」
     デモノイドが事件を起こす直前に現場に突入して灼滅し、被害を未然に防いで欲しい――ノビルの言に静香が頷く。
    「デモノイド化した直後なら、多少の自我が残っている事があるんス。青年の心に訴えかける事ができれば、デモノイドの動きを一瞬止めるといった事も出来るかもしれないッス」
     ノビルの表情が固いままなのは、このデモノイドがデモノイドヒューマンとなる可能性が無い事を示している。
     願わくは、彼に安らかな眠りを与えてあげて欲しい――。ノビルの言に暫し俯いた静香は、沈黙の後、その佳顔を上げた。
    「デモノイド事件が起こる直前に突入するのは、それ以前に突入してしまうと、それによって『闇堕ち』のタイミングが変わってしまうからなんス」
     事件が起こる前に接触して、ストレスを取り除くような行動をすると、予知したタイミングでデモノイド化が発生せず、違うタイミングでデモノイドになってしまう為、被害を防ぐことは出来なくなる。
    「青年がデモノイド化するのは、ビルが建ち並ぶビジネス街の広場で、ランチタイム前……30分もすると、広場には昼飯を食べにビルから一般人が溢れ出てくるッス」
     それまでは人も疎らだが、接触から戦闘までを長引かせてしまうと、一般人にも甚大な被害が及ぶ危険がある。
     ノビルの言は続く。
    「攻撃技はデモノイドヒューマンに類するものと、躯に取り込んだダイダロスベルトを使用してくる事が分かってるッス」
     戦闘時のポジションはキャスター。灼滅者全員の力を合わせてやっと互角に戦える強敵だろう。
    「可能なら、青年のデモノイド化を見てしまう同僚や部下への配慮があると……彼も浮かばれるッス」
    「……はい」
     ノビルに頷いた静香はそっと席を立ち、
    「ご武運を!」
     その背に敬礼を受け取って戦場に向かった。


    参加者
    天城・桜子(淡墨桜・d01394)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    夕凪・千歳(あの日の燠火・d02512)
    雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)
    幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)
    時乃瀬・静香(妖精の花・d23935)

    ■リプレイ


     聳え立つ高層ビル群、その頂より更に高く据わる蒼穹に秋を感じる日。
     正午を目指して昇る陽の光も穏やかに、広場の噴水は飛沫を輝かせ、サラリーマンが疎らに行き交う何気ない光景に、フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)は馴染んでいた。
    「――」
     愛用の帽子はなく、紫の艶髪を暴いた彼女が纏うはビジネススーツ。OLに扮して件の青年を探した彼女は、程なくしてその敏い嗅覚に目標を捉えると、
    (「組織の庇護の下に、己を高める努力をしない駒は見捨てられても仕方ないわ」)
     傭兵は自らの命で償うものを――と、届く会話に嘗ての記憶を過らせつつ、手元の携帯に指を滑らせた。
    『時計台の方向に2人。更に駅より1人接近』
     静かな振動で連絡を受け取った仲間等が、影を隠して配置に就く。デモノイド化直後に動き出す各々の役割に合わせた布陣に隙はなく、息を潜めた一同はその時を待つのみであった。
    「……先輩?」
    「ッ、おい! どうした、何だよこれ!」
     日常が破壊される瞬間は、決まって眼前に迫る非現実に二の足を踏む。
     青年が蒼き異形と化した直後は、後輩も同僚も吃驚に仰ぎ見るばかりであったが、その怪腕が弓なりに撓った瞬刻、
    「逃げて。……彼は救えないけど、せめて君達は守りたい」
     盾と割り入った夕凪・千歳(あの日の燠火・d02512)の声と衝戟が、生々しい現実を突きつけた。
    「ヲヲオオォォッ!!」
    「ヒッ!」
     鞭の如く迫る巨腕に縛霊撃を合わせて殺傷を拒んだ彼。熾烈なる相克に人は胆を潰し、怪物は咆吼を突き上げると、周辺に居た数人も異音を拾って目を向ける。
    「逃げて下さい!」
     躊躇いに踏み止まる彼等に危機を知らしめたのは、幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)。彼はパニックテレパスを発して広場より人を払う中、後ろ背に二人を見遣ると、
    「あなた達を巻き込みたくないっていうのは、きっとこの人の最後の望みです」
    「この人、って」
     まさか――と、息を飲む相形が返る。
    「こうなってしまったら、もう戻れない。……殺すしかない」
    「嗚ォヲヲ嗚ヲッ!」
    「殺す? いや、殺される!」
     更に蒼獣が猛腕を振るえば、御印・裏ツ花(望郷・d16914)がドレスの裾を翻しつつ身を滑らせ、
    「殺させませんわ。貴方には最期まで人としての尊厳を守らせて差し上げます」
     と、暴虐に薙ぐ軌道より標的を奪うと同時、纏う風に彼等を包んで眠らせた。
     その場に崩れる二人を安全圏に運ぶに、天城・桜子(淡墨桜・d01394)も担い手となり、
    「大人ならもう少し考えて発言しなさいよ、あんたら……甘すぎ優しすぎも問題だけど、ね」
     守る命にも辛辣な言を憚らないのは彼女らしい。敵躯と彼等の間に常に壁と割り入って移動するのも、言とは裏腹な配慮だ。
    「オヲォッ、ヲヲォォッ!」
    「何かを破壊せねばと手探り、彷徨うようですね……」
     殺戮衝動に駆られる異形の牽制には、スナイパーの時乃瀬・静香(妖精の花・d23935)が精確にDESアシッドを打ち込んで敵の気を惹く一方、
    「流石は戦闘生物……強い、けど……迷いがあるわね」
     雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)はビハインドの奈城に顔を晒させつつ、自らは帯の鎧を自陣に配って、敵の様子――彼の潜在意思を探る。
     怒りを叫び、嘆きに噎ぶ、醜き怪物デモノイド。
     蒼き異獣より発せられる叫声と衝撃は、桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)が戦場の檻に遮蔽したお陰で外に漏れ出る不安はないが、
    「そりゃ、怒るよな。自分が守り続けたものを簡単に貶されて、怒らない筈ないよな」
     凄絶なるそれらを耳に、南守が奥歯を噛むのも仕方ない。
    「貴方を救えない事を心から悔しく思うよ……ごめんな」
     彼はハンチング帽の鍔に触れて目深に吐息を隠した後、青年の苦痛が一刻も早く去るよう、渾身のレッドストライクを横薙ぎに、胴へと鋭く撃ち込んだ。


     同僚と部下は、裏ツ花と桜子によってビル脇の緑地へと運ばれた。それも直ぐに戻れば、灼滅者らの戦陣は愈々完成する。
    「貴方は恵まれているわ。失敗しても死なずに済むのだから」
     運ばれる部下にそう呟いて殺意の波動を覚醒させたフィオレンツィアは、眼前に迫る死の匂いと対峙しつつ、無双の怪腕を迫り出して地を蹴った。
    「オォォヲヲッ」
    「彼等にまだ何か言いたい事があるの?」
     頻りに面を動かす敵躯に声を掛けながら、天駆けた彼女は墜下と同時に猛爪を振り下ろす。蒼き筋繊維に創を走らせて着地すれば、上目見た巨躯は激痛に声を突き上げていた。
    「オォォヲヲヲッ!」
     痛撃を拒むように放たれた蒼き帯撃は、千歳のスターゲイザーがその軌道を手折り、
    「君は後輩の良い所も見つけていたんだよね。
     肯定してくれた、信じてくれた事は彼にもきっと伝わっているよ」
     と、深淵に沈む青年の意識に呼び掛け、暴走する肉体を宥めた。
    「一番辛い時に、ふと信じてくれた事実が糧になる事があるんだよ」
    「オオォォォ、ォォ、ッ」
     そこに確かなる反応を認めるが故に千歳の胸は苦しく、
    (「言葉が届いても、灼滅しなきゃいけないなんて」)
     特に彼に共感を覚える身としては、やるせない闘いを強いられた。
     触手の如く闇雲に伸びる帯に、斬影刃を疾駆させる桜子は凛然と、
    「優しい人……優しすぎる人、というべきかしら? 止めてあげないといけないわよね」
     暴悪に狂う腕が鏖殺を味わう前に刈り取っていく。切先を見据える瞳は沈着を保ちつつ、自陣に傷を許さぬばかりか、他の建造物を破壊せぬよう戒心を注いでいた。
     彼女が攻撃を阻む傍ら、猛る四肢を狙撃する南守のボルトアクションは俊敏かつ迅速。
    「救えないのなら、せめて俺達が出来る事をしなきゃ、な」
     三七式歩兵銃『桜火』の引鉄に掛かる指があくまで冷静なのは、善良なる人の努力が悲劇を生む理不尽さを薬莢に排出しているからか――魔弾は精緻なる軌跡を描いて手足を穿ち、敵の機動力を奪っていく。
    「オオォォ! ヲヲォ!」
     痛苦に怯む本能すら手放した怪物は然し前進を止めず、
    「こんな形でしか止められぬ、自身の無力を憎みます」
     敵の惨めな姿に不条理を感じた裏ツ花は、形良い唇を引き結びつつ、鬼神の膂力にて懐を裂いた。
    「その手が血で穢れる前に、貴方の苦しみを終らせます」
     灼滅するしか手立てを持たぬ彼女は、唯一持ち得る力を使うに惜しまない。
    「嗚オオォッ!」
     渾身の斬撃に魁夷を折り曲げた蒼獣は踏鞴を踏み、初めて足が止まる――。
     その一瞬を鵺白と静香は見逃さなかった。
    「良い事を誉めるだけが良い上司、良いお手本って訳じゃないわ」
     鵺白は教育熱心な彼を惹き付けるよう言を紡ぎ、
    「部下の失敗も、叱るべき時はちゃんと叱るのも大事だと思いますよ」
     その縦糸に横糸を織り込む如く、静香が科白を重ねる。
     両者の言葉は、青年の葛藤の根底にあった感情を揺り動かしたか、あるべき姿を見失っていた彼は過剰反応を示し、屹立して怪腕を振り上げた。
    「嗚オヲヲォォッッッ!」
     然し大降りな攻撃が油断を生むとは知るまい。
     僅かな隙を好機に変える言は奏功し、鵺白は近距離から紅蓮斬を、静香は後方よりDCPキャノンを弾いて衝撃を合わせれば、蒼獣は体幹を崩して膝を付いた。
    「ォォオオッ!」
     勿論、言と技のコンビネーションを手放しで決めた訳でなく、二人は烈しい衝撃波に見舞われたが、それは奈城が霊障波に相殺し、翼猫の棗がリングを光らせて回復すれば、深手には至らず。
     爆風と轟音が渦を成して吹き荒ぶ中、跪くデモノイドの前に現れたのは新。
    「きっと貴方は優し過ぎて、厳しく言うべき所でも後輩を守る事に終始したのだと思います」
    「……ォォ……オォヲ」
     彼自身が「爆弾」となってしまった悲劇を、過失を、彼は責めはしない。
     ただ、憎むべき相手――デモノイド寄生体だけはその炯眼に射つつ、素早く差し入れた【鬼ノ爪】にて外殻に毒を流し込んでいた。


     あと十分もすれば時計台の鐘が鳴り、広場はランチに繰り出る人で賑わう筈だが、陽光を注ぐ憩いの場に咆哮した蒼獣は、まるで答えを求める如く暴腕を振っていた。
    「オオオォォヲヲッッッ」
     堕ちゆく理性が尚もそうするのは、青年が迷っていた所為か。
    「悪い事は悪い、良い事は良いって確り伝えなきゃ」
     鵺白はそんな彼に諭すよう口を開くと、鋭刃と変わった腕の振り下ろしを奈城の霊撃に受けさせつつ、自らは水面を渡る颯となって、猛焔の蹴りにカウンターアタックを決めた。
    「伝えたい事も伝わらないと思うの」
    「嗚オォヲヲ、ッ!」
     伝えたい事――。
     幽かな自我に事実を突きつけるよう身を翻したのはフィオレンツィアで、
    「貴方は頑張り過ぎた。でも間違っていた。過保護だったのよ」
    「オォォ嗚ヲヲ!」
    「彼には届いていなかったわ」
     伝えられなかった――、その無念を創痍に受け取りつつ、閃光百裂拳を叩き込む。
     彼女は肉塊を殴打して飛び散る腐食性の体液を浴びながら、己の拳が赤と蒼の血に染まるのも構わず拳打を繰り出す。
    「嗚ヲヲオォ!!」
    「、ッ」
     その彼女を躯に取り込んだ帯で薙ぎ払ったデモノイドは、次に翼の如く全方位に射出して灼滅者の陣を乱すと、愈々殺意に沈んだ。
     空を裂いて迫る帯の凄惨たるや、盾にと踏み出たディフェンダー陣の躰を折らせ、
    「いつつ、ヒール入れないときっついわね。ごめん、ちょい抑えお願いするわ」
     桜子は自らの血で濡れた舗装路に膝を付きつつ、祭霊光を紡いで凌ぐ。人数差を活かした戦術を念頭に置いた彼女は、臨機応変に攻守を切り替え、戦闘の主導権は渡さぬ気概。
    「ちょっと態勢を整え直しましょう」
     彼女の声に続いた静香はドーピングニトロで闘気を研ぎ澄まし、棗は小さな翼に金風を切って癒しを注いでいく。敵にはない回復術と連携が、勝敗を大きく決定付けたのは後の事。
    「オオオヲヲッ、嗚ヲオッ!」
     赤き血を見て昂ぶったか嘆いたか、蒼獣は悶えるように叫声を上げ、
    「泣いてる……?」
     魁夷を見上げた桜子がそう言えば、
    「……彼を救ってあげたいと思っても、それが叶わないのは何とも悲しいですね」
     犀利なる瞳に哀れな狂獣を映した静香が、一瞬、瞼を伏せる。
     「嗚オォォヲォ……」
     凡そ人とは程遠い慟哭を滲ませる異形。
     彼に逸早い安息をと身を滑らせた新のテノールは穏やかに、
    「教育の仕方が間違っていたとしても、その姿勢は絶対に間違いじゃありません」
     部下が仕事を続けられたのは、青年の教育と責任感、優しさの賜物だった筈だと――、まるで労う様だ。
    「……僕も、将来働く事になったら。貴方の様な先輩が欲しいですね」
    「ォォ……、アア、ァ」
     彼が突き入れたライフブリンガーは、言い終えぬ裡に心臓に達していたが、それでも死に至らぬのは、満身に寄生した闇の所為か、暴虐は未だ燻る。
     然し嘆きの声に確かなる変化を感じ取った千歳は、彼の意思を掴む事を諦めず、
    「君がしてきた事は無駄じゃなかった。今は目に見えずとも、ちゃんと響いていた筈だ」
    「ォ……嗚呼……ッ!」
     理性なき殺戮獣でなく、人としての最期を――と、撓る猛腕に脚蹴りを合わせて角逐しつつ、灼熱を隔てた向こうで鋭牙を剥く彼に届くよう言を重ねた。
     蒼き体表に被せた灼熱が爆ぜ、波動が軍場を駆け抜ける中、南守は古着のジャージを翻して飛翔し、
    「誰かが自分を気にしてくれるのは当たり前の事じゃない」
     太陽を後背に隠しながら、頭上よりティアーズリッパーを放って言った。
    「努力の足りない部下を根気強く見守る優しい上司がいてくれた……それがどれだけ恵まれた事だったか、俺が代わりに伝えてやる」
     青年が今も気に掛けているであろう後輩に届けようと――斬撃の鋭さは寧ろ慈悲に近い。
     脳天から頚動脈、心臓、肺と、星座を紡ぐ如く急所を辿る裂傷は体液を噴き出させ、デモノイドは一際激しく絶叫すると思ったが、
    「……オオッ、……ォ……ァ……」
     臓腑を溢した怪物は猛牙を噛み締め――、
    「ォォア……アイ、ツ……ヲ……頼、ム……」
    「――ッ」
     一同が目を瞠った通り、確かに「言」を発した。
     一方で空を泳ぐ怪腕が死の光線を放つのは、デモノイド寄生体の生存本能か、それでも闇に抗う姿を灼眼に認めた裏ツ花は、唯静かに、
    「辛かったでしょう」
     と、労わりの裡に巨杭を弾く。
    「嗚オ嗚ォッ!」
     螺旋に旋回して迫る切先は、光芒を紡ぐ腕を楔打ち、
    「ヲヲヲオオ!」
     暴れる脚を穿ち、脳天を貫き、
    「……ッッ……ッ」
     今際の咆哮が途絶えたのは、最期に喉を裂いたからだ。
    「無念はわたくし達が抱えますから」
     満身を捻じ切った彼女は、訪れた静寂に言を染ませ――「彼」を黄泉路に送った。


    「……出来る事なら、君を救いたかった」
     千歳は頬に張り付いた蒼き血潮を拭いつつ、彼が去った跡を眺めて嘆息した。棗はいつになく疲労の色を見せる彼を気遣って寄り添い、頭を撫でられて瞳を細める。
     彼はせめて後輩が、青年の想いを僅かにも忘れずにいてくれる事を願って緑地を見れば、
    「上司は貴方を見捨てなかった。最期まで」
    「……こんな、俺を」
     フィオレンツィアは括れた腰に手を宛がいながら、目覚めた部下に青年の最期を語って説教し、
    「少しでも恩に思うなら、成長して下さい。教わった事、忘れた訳じゃないですよね?」
    「は、い……」
     新は悔恨して涙ぐむ彼に、青年に代わって激励を送っていた。青年が伝えられなかった想いを託すように――その語調は決して甘くない。
     勿論、同じく身を起こした同僚にも言葉を忘れず、
    「あんたは彼を応援し、優しい彼に代わって部下を叱咤すべきだった。これからは……」
    「ヒ、ひゃい!」
     南守の言を受け取った彼は、年長者ながらぐうの音も出ない様子。
     然し最後は嗚咽する後輩の肩を抱き、確りと支えながら会社へと戻る同僚に、一同は漸くの安堵を吐いた。
    「塩梅って難しいわね。厳しさも、優しさも。甘さも、辛さも……人の心って複雑よねー」
     桜子がメンバーの負傷を確認するように見渡せば、仲間達は吐息だけを是の返事に言を噛み締めている。青年に掛けた言葉が、今は鏡のように返ってきて、心を騒がせるのも無理はない。
     一同が戦闘以上の疲労に言を少なくしていた時、広場へと戻ってきたのは静香で、
    「花、?」
    「どうか、安らかに……」
     道端の花に目を留めた彼女は、そっと、噴水の傍に添えた。
     ビジネス街に佇む一輪に気付く者は余程居らぬだろう。然しその色は輝きに満ち、自ずと瞼を落とした灼滅者らの沈黙も標となって、魂を安らぎに導く。
    「想いは伝わったわよ。わたし達にも、あの人達にも」
    「十分以上に尽くしたのですから、お休み下さい」
     贐を紡いだ鵺白と裏ツ花の声の何と穏やかで優しいこと。
     正午の鐘を目前に控えた静謐に、柔らかな声で送られた魂は、秋の空に高く高く昇って――安寧に旅立ったという。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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