忘却を司る白狼

    作者:のらむ


     無くしたい記憶はありませんか?
     あなたには、あなたを苦しめる多くの負の記憶がある筈です。
     負の記憶がある限り、あなたは永遠に悲しみと苦しみに苛まれる事になるのです。
     そんな記憶は、全て捨て去るべきです。過去の全てを忘却した人間には、苦しみも悲しみもありません。そしてそれこそが、真に幸福であるという事なのです。
    『どんな過去でも、その過去があるからこそ今の自分がいる』? …………。
     分かりました。でしたら、見せてあげましょう。人々の真に幸せな姿を。
    『過去なんて、どうでもいい』じゃありませんか。

     ある日の休日。町から少し離れた大きな自然公園には、カップルや家族連れなど、多くの人々が訪れ思い思いの時間を過ごしていた。
     そしてそんな穏やかな公園に、1人の少女が現れる。
     真っ白な髪に勿忘草の花冠を乗せ、瞳は綺麗な紫色をしている。そして白のワンピースを身に纏い、手には白い本が。
     どこか純真そうな印象を受ける少女だったが、何故かその頭には獣の耳が生えていた。
     少女は人が沢山集まっている公園の大広場の中心にゆっくりと歩を進めると、その身体に白き炎を纏わせていく。
    「無くしたい記憶はありませんか?」
     少女は呟き本を開くと、本は少女の手から離れふわりと宙に浮かび、少女を中心とした白き『陣』が現れる。
    「な……何だ? あ、頭が……」
     陣に包まれた人々は、頭の中をぐちゃぐちゃに掻きまわされるかの様な感覚を受け、次々と頭を押さえその場にしゃがみ込む。
     そして次第に人々の負の記憶が失われ、更にはそれ以外の記憶も混濁していく。
    「俺は……いや、僕、私は……誰だ? どうしてここにいる? 分からない……何も」
     自分自身すらも見失った人々には、僅かな思考能力すら残ってはいない。
    「これが、人の真に幸せな姿なのです」
     廃人の様になった人々を純朴な瞳で見つめる少女からは、何の悪意も感じられない。
     実際、少女は己の信じる『善行』を行っているのだから。


    「スサノオ。私達エクスブレインの余地を妨げる白き炎を見に纏う幻獣種。大地に眠る古の畏れを呼び起こし、果てには世界を滅ぼすとも言われています。今回私は、そんなスサノオの一体が起こす事件について予知しました」
     神崎・ウィラ(インドア派エクスブレイン・dn0206)は赤いファイルを開くと、事件の説明を始めていく。
    「そして私の予知によると、このスサノオは先日六六六人衆との戦いによって闇堕ちした戦城・橘花さんである様です。スサノオである彼女の同行を予知できたのは非常に幸運であったと言えるでしょう。彼女に接触し、救出。または灼滅して下さい」
     ウィラの説明によると、スサノオはとある公園に向かい、従えた古の畏れを使ってとある陣を生み出すらしい。
    「『白炎忘却陣』というらしいです。白き本は、元々『本を開いた者の記憶を奪う』という古の畏れだったらしいのですが、この古の畏れを呼び起こした橘花さんの手により、その力はやや増されているようです」
     橘花が白き本と白き炎によって生み出した陣に包まれると、人々は負の記憶を失う所から始まり最後には全ての記憶を失ってしまうらしい。
    「スサノオは記憶を失い『幸福』になった人々の姿を見せる事で、未だ魂の中に眠る橘花さんを屈服させようとしています。橘花さんは過去にかなり壮絶な負の記憶を持っているみたいですが、同時に過去の記憶に関して確固とした考えを持っている様です。ですので中々折れませんが、それも時間の問題でしょう」
     完全なる闇堕ちに至るまで、多くの時間は残されていない。
    「さて、実際の事件ですが……とある休日、公園に訪れたスサノオは、陣を展開し多くの人々の記憶を奪います。皆さんにはスサノオが陣を展開した直後に彼女と接触し、戦闘を行って貰う事になります」
     スサノオの陣に包まれる一般人は全部で20人。そして陣の外には30人程の一般人がいる。
    「橘花さんを救出する為には、人々の記憶が奪われる様はなるべく見せない方がいいでしょう。灼滅者達の誠も手伝いますが、早急に人々を避難させるべきかと」
     ちなみに人々が奪われた記憶は、白き本の古の畏れを灼滅する事によって元に戻るらしい。
     そしてウィラは資料をめくると、スサノオの戦闘能力について説明する。
    「まずは、古の畏れの白き本。人々の記憶を奪うという力も厄介ですが、戦闘においても敵を妨害する力に長けている様です」
     次に、スサノオの戦闘能力についての説明に入る。
    「スサノオの戦い方は元の橘花さんと類似していて、人狼、殺人鬼、エアシューズのサイキックで戦闘を行います。また、戦闘中に適切な説得を投げかける事が出来れば、その戦闘能力を減衰させる事も出来ます。
     そこまでの説明を終え、ウィラはファイルをパタンと閉じる。
    「説明は以上です、が……今回の作戦、出来れば橘花さんを救出して欲しいですが、もしそれが不可能の様なら灼滅も視野に入れる必要があるかもしれません。相手はダークネス、油断すれば致命的な隙が生まれるかもしれません」
     この機会を逃せば、橘花は完全に闇堕ちし、恐らくはもう助ける事が出来なくなるだろう。
    「そして、最後に……先程も言いましたが、橘花さんは己の過去について確固とした考えを持っています。彼女の過去を否定する事は、即ち橘花さんを否定するという事。言葉は慎重に選んでください……お気をつけて。皆さんが無事に、目的を果たせるよう願っています」


    参加者
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)
    ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    荒吹・千鳥(患い風・d29636)
    上里・桃(生涯学習・d30693)

    ■リプレイ


     公園の中心に現れた1人の白い少女。
     闇堕ちし、スサノオとなった橘花は静かに本を開くと、巨大な陣が展開された。
    「さあ、行きますわよ……火事です! 早く出口の向こうへ!」
     まずは阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)がパニックテレパスを使用し、公園内にいた人々に避難を呼びかける。
     陣の中にいた人々にもまだ意識がある段階で、広く避難を呼びかけるというのは、かなり良い作戦だっただろう。
     数分後には、多数のサポートメンバー達が避難誘導を行う手筈も整っている。
     そして灼滅者達は、陣の中心に立つスサノオを一気に取り囲む。
    「……橘花先輩を救う。絶対に」
    「当然。どんなに強力な陣だろうと、それだけは絶対に忘れませんよ」
     固い意思と共に呟きながら、ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)と上里・桃(生涯学習・d30693)が、腕にリボンを装着する。
     例え記憶が薄れても、その目的だけは忘れないように。
    「……何ですか、あなた達は。何故ここに? 彼女を救おうとでも? それはもう無理な話ですよ」
     白い少女はそう呟きながら、灼滅者達に静かに目をやる。
    「スサノオ。悪いけど、あなたの思う通りにはいかないよ」
     勿忘草のお面で顔の半分を隠した琶咲・輝乃(あいを取り戻した優しき幼子・d24803)が、殲術道具を構えながらそう返す。
    「そうやねぇ、橘花ちゃんの身体、さっさと返させて貰おかぁ!」
     荒吹・千鳥(患い風・d29636)は六六六人衆の遺物であり、愛用の武器である『魂鎮めの大槌』を構え、力強く言い放った。
     そしてユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)が、スサノオの眼を見て語りかける。
    「久しぶりの再会になってしまったね。小さい戦城。まだ私のことがわかるかい?」
    「……さあ、どうでしょうか。でも、どちらでも同じ事。この陣に踏み入った以上、あなたも直に私に関する記憶を失うのですから」
     スサノオの言葉に同調するかの様に陣の白き光が強まり、灼滅者達は脳内を掻きまわされる様な感覚を覚える。
    「……私達はお前の事を忘れたりしない。過去を捨てたりしない」
     ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)はしっかりと踏みとどまりながら、スサノオの前に立ち塞がった。
    「『穢れも、罪も共に』……前回、確かに戦城さんが堕ちた事で六六六人衆の灼滅が成った。だけどあなたを連れ戻すまでは、依頼は終わっていない」
     ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)はスレイヤーカードを解放すると、一般人を庇うような位置に立ちスサノオとの間合いを測る。
     そして、闘いが始まる。


    「全ては、幸せの為です」
     ふわりと宙を漂う本から、精神を惑わす白き炎が放たれる。
    「ここは、通さない」
     白炎の前に跳び出したユーリーは炎を受け止め、言葉を投げかけていく。
    「記憶が無いのが幸福、か……確かに私も、自分の過去を消し去りたいと思うことはあるよ」
    「当然です。その欲求は、とても正しい物でしょう」
     坦々と返したスサノオの言葉に、ユーリーは静かに首を振る。
    「……だがね、その時ふと周囲を見回してみるとどうだろう。戦城、これまで君の隣には誰がいた? 教室、クラブ、家、どこだっていい」
    「………………」
    「君は、その人まで消し去りたいと思うのかい」
     言うと同時にユーリーは一気に駆け出すと剣を構え、古の畏れに突撃する。
     そして放たれた斬撃が、古の畏れの一部を削り取った。
    「君が今しようとしているのはそういう事だ。……私は、君の事を忘れない」
     そのユーリーの言葉は、確実に橘花の元まで届いている。
    「そして同時に、君にも忘れて欲しくないんだ。私のことを、私と歩んできた道を」
    「グッ……! あなた達は、どうしても私の邪魔をするというのですね……」
     スサノオは苦しげに呻きながら、後ろへ退きユーリーを見る。
    「当然。皆が橘花先輩の帰りを待っているんだ」
     ユーリーが作った隙に乗じ、ヴァーリは更に鋭い風の刃を放って古の畏れを更に切り裂く。
    「……わたしは、過去は否定しない。なぜなら過去があってこそ、未来があるのだから」
    「まるで彼女の様な事を言うのですね」
     ライラのその言葉に、スサノオは僅かに眉をひそめる。
    「……わたしは未来の橘花先輩を見てみたい。だからあなたを救う」
     そう言い切り、ライラは片腕を異形化させて古の畏れに迫る。
     牙が多数生えた紫色の怪腕を振り降ろし、古の畏れを一気に叩き潰した。
     それに反撃するかの様に、古の畏れからライラに向けて、白き炎の塊が放たれる。
    「…………」
     ライラは冷静に攻撃を見切り、魔力を込めたグローブで白き炎を掻き消す。
     そしてライラは戦闘ブーツに供給した魔力を増幅させると、急加速して突撃する。
     陣の効果によってライラの中の何かが薄れるが、己の意思は全く揺るがない。
    「……意地でも連れて帰るよ、橘花先輩」
     そして放たれた炎の蹴りが、古の畏れを業火で包む。
    「まずは古の畏れを……こんな陣を形成するおかしな本は、今すぐ破り捨ててあげますわ!」
    「そやね、うちらはこんな本如きにやられる程ヤワじゃないわ!」
     桜花と千鳥がほぼ同時に強烈な打撃を放ち、古の畏れの一気に地面に叩き落とした。
     陣の効力は更に強まり、灼滅者達はまた1つ大切な何かの記憶が薄まって行く。
    「みんな、忘れないで。僕達は支え合ってここにいる。スサノオを退け、かならず彼女を奪還するんだ」
     ジュリアンは仲間と自身に言い聞かせるように言うと、スサノオと相対する。
    「どんな痛みも、辛い記憶も自分を形作るものだ。なくせば輪郭はぼやけて心は容易く揺れる。逃げないで。成したい事が、叶えたい事があるなら。逃げたら決して辿りつけないんだ」
    「私がしている事が、唯の現実逃避だと……?」
    「そう。自分と向き合えば、どんな痛みも辛さも乗り越え、前に進むことが出来る。それは彼女だけのものだ。貴女が勝手に奪っていいものじゃない」
     ジュリアンはそう語ると、巨大な十字架を構える。
    「それに、貴女は彼女が疲弊した時に主導権を掠め取っただけさ。すぐに彼女を返して貰うよ」
     そしてジュリアンが放った重い一撃が、古の畏れに強い衝撃を加えた。
    「そんな事……認められません……」
     魂の中の橘花の抵抗が強まったのか、スサノオは先程よりやや勢いの弱い蹴りを、灼滅者達に放つ。
    「あと少し……古の畏れは、もうすぐ灼滅できる筈だ」
     放たれた蹴りをダイダロスベルトの防護で弾きながら、ジュリアンはそう呼びかけた。
    「そうだね。このまま耐えきろう」
     ジュリアンの呼びかけに応えた輝乃が、白き獣の様に変化させた腕で、古の畏れを引き裂いた。
    「苦しかったことこそ覚えていなければならない……橘花さんは以前、私にそう言ってくれました。思い出す事が怖いとも。それでも思い出したいと」
    「そんな事は……唯の妄言です……」
     桃の言葉にスサノオはそう返しながらも、魂の中で橘花が激しく抵抗しているのを感じていた。
    「頑張って思い出しましょう。そして、たとえ過去に辛い記憶があっても、それに負けないくらいの幸せな記録を積み上げていきましょう。いま、ここで、みんなで!」
     桃はそう言い切り、薙刀を構え古の畏れに突撃する。
    「その為には、まずあなたが邪魔です!!」
     古の畏れは桃に向けて白き炎の奔流を勢いよく放つ。
    「当たりません!!」
     しかし桃は薙刀の斬撃でこの奔流を霧散させ、刃に纏った魔法の風に、更に魔力を注ぎ込む。
    「そして……これでお返しです!!」
     放たれた激しい雷撃は古の畏れに突き刺さり、大きな穴を空けた。
    「このままでは、陣が……皆の悲しみが戻ってしまいます……!」
    「辛い記憶でも、それがあつから幸せを目指す動機が生まれるんです……これ以上、大切な記憶を奪わせはしません!」
     桃は片腕を異形化させると、古の畏れにその拳を叩き付け、一気に掴み上げる。
    「ハァァァァァアア!!」
     そして渾身の力を込め、桃は古の畏れの本を無理矢理引きちぎった。
     本のタイトル『NO WHERE』が、『NOW HERE』と分かれるように。
     古の畏れは程なくして消滅し、灼滅者達を包み込んでいた陣も程なくして消えた。
     陣の中にいた一般人達も、既に灼滅者達の手によって避難が完了している。
     スサノオの目的は、完全に失敗したといっていいだろう。
    「何て事を……これでは記憶が、悲しみが……ならばせめて、完全な闇堕ちだけでも成さなくてはなりません」
     スサノオは未だ戦意を失っていない様子で、灼滅者達を見回すのだった。 


    「よござんす! こちらは中々順調に終わりやしたね。あちらの方はどの様な塩梅でございやしょうか」
    「きっと、大丈夫ですよ。だってこんなにも、皆が吉家さんに戻ってきて欲しいと思ってるんですから」
     リアカーを使用し大量の一般人を運びきった娑婆蔵と玲那が、スサノオとその周囲に立つ灼滅者達に目をやった。
     陣が消滅した現状、あとはスサノオとの真っ向勝負のみだった。
     戦闘に参加出来ない灼滅者達も、戦場の外から必死に橘花に言葉を投げかけていた。
    「橘花さん! オレ達は、今の貴方に帰ってきてほしいんです! それに河川敷のテント出しっぱなしですよ! 橘花さんがいないと、片づけられないじゃないですか……」
    「先輩は、私が帰ってきた時にお帰りって言ってくれた。過去があるから今があるんだって……橘花先輩が居てくれたから、私は今、此処に居られるの!!」
     ジュンと御調が必死に言葉を投げかける。
    「橘花殿ぉぉぉ! 戻ってきてほしいでござるよぉぉぉ!!」
    「そうだ!! ここまで皆姉ちゃんの事を思ってるんだ!! どんな過去も、皆で一緒に背負っていけばいいじゃねえかよ!!」
     討魔がとにかく全力で叫び、亮太郎もそれに負けない位大きな声で叫びながら、多くの人からのメッセージが書かれた旗を振りまくる。
    「グ、ウウゥゥゥウウ……」
     スサノオは苦しげに頭を押さえ、呻く。
     彼らの言葉は確実に、スサノオの中の橘花の意識を呼び起こし、スサノオを大きく弱体化させていた。
    「何が幸せだとか、お前が決めることじゃない。私は忘れないわ、過去全部を背負い込んで歩いてやる。橘花だって……!」
    「過去は土台なんです。どんな過去だって、その過去があるから現在と未来に幸せがあるんです!」
     朱海と翡翠が、スサノオにそう言葉を投げる。
    「……橘花。私はあなたの過去を知らない。けれど、私は現在のあなたを知っている。記憶に耐えうる強さがあると信じている」
    「迎えに来たよ、橘花。私は、橘花の中で私たちを殺すのは絶対に嫌だから……だから、戻ってきてよね、橘花」
     エリザベスとユリアーネは大切な友人として、橘花にそう語りかける。
    「皆、貴女のことを忘れたくなくて此処に来たんだから。だから橘花さんにとって大事な物を、こんな所で取りこぼさないで下さい」
    「俺は忘れない。君の事を。今まで歩んで道があるから、ここに居るんだ」
     想々と兼弘は、自分の思いをしっかりと橘花に届け続ける。
    「ち、力が……まだあなたは、私に抵抗しようとするのですか……?」
     スサノオの中では、橘花の魂が必死に暴れ回っている。
     後は、取り戻すだけだ。 


    「認めません……私は絶対に……!」
     スサノオは獣の爪を振り上げながら、灼滅者達に強烈な斬撃を放つ。
    「グッ……この位、橘花さんの心の痛みに比べれば!」
     攻撃を受け止めた桜花が必至にその攻撃を堪え切り、反撃に出る。
    「過去に辛い事があっても、その分人に優しくできたり人を守れる心に繋がると思いますわ。橘花さんが闇落ちしたのも、誰かを守ろうとする優しい心があったからこそじゃないかしら?」
     そして桜花は拳を握りしめ、スサノオに猛突進する。
    「そんな優しくて明るい橘花さんに、戻ってきてほしいと思いますわ。私だけじゃない、甲冑部の皆さんも、他のお友達も……大丈夫、安心して戻ってくださいまし」
     強い思いが込められた桜花の拳が、スサノオを打つ。
    「これ以上の狼藉は私が許しませんわ、スサノオ! 早く橘花さんを返しなさい!!」
     そう言い切り、桜花が畳み掛けるように放った雷の拳が、スサノオの全身を焦がしたのだった。
    「……援護するわ。誰か続いて」
    「了解、私が全力で続くよ!!」
     ライラが肩のベルトから射出した蒼糸でスサノオの足を貫き動きを一瞬封じると、その隙に接近した桃が至近距離から氷の刃を放ち、スサノオを凍らせた。
    「…………ッ!!」
     灼滅者達の必死の説得と猛攻にスサノオは怯み、後退るが、ヴァーリはその手を緩める事はしない。
    「目を背けたい過去なんて色々ある。私だってそうだ」
     だが、とヴァーリは続ける。
    「母が命がけで私を守ってくれたから私は生きてるし、其の時羅刹の爺様に救われ義父さん達に引き取られたから、兄弟たちや姉者に出会った! そして学園に来て、皆に出会った!」
     ヴァーリは構えた異形化させた鬼の拳を、スサノオに向ける。
    「過去はどれだけ辛い物でも辛いだけの物じゃないし、お前なんかの余計なおせっかいで奪って良い物じゃない! 橘花先輩を返してもらう!!」
     そしてヴァーリはウイングキャットの『カイリ』と共に、スサノオに攻撃を仕掛ける。
     まずカイリが放った魔力が雷となりスサノオの脚に放たれると、スサノオはその動きを確実に封じられた。
    「今だ……私の全力を喰らうといい!」
     その隙にスサノオの懐まで潜り込んだヴァーリが、鬼の拳による渾身の一打を叩き込んだ。
    「く……あ、私は……」
     その時、僅かにスサノオの表情に、かつての橘花の面影が浮かぶ。
     スサノオの体力が限界に近づくと共に、橘花の意識が表面に現れ出してきているのだ。
    「オレは勇敢な戦友を連れ戻しに来たんだ。戦城さん、貴女のことさ。共に帰らないか?」 
     ジュリアンはそう投げかけつつ、確実に仲間たちの傷を癒していく。
    「苦しみも悲しみも無い状態こそが、真の幸せ……何故その事が理解できないのですか……」
    「何も分かってへんのはそっちの方や! 幸せっちゅうのは、経験の積み重ねの上にあるもんやろ。楽しい思いも悲しい思いも、嬉しい思いも痛い思いも! 一個たりとも忘れた方が幸せなんてことあるか!」
     千鳥はスサノオに向けそう言い放ち、巨大な鉄槌を構え前に進み出る。
    「うちや皆のこと、綺麗さっぱり忘れて頭ン中すっからかんにして幸せや抜かすんやったら、一生忘れられへん一撃で本当の倖せを思い出させたるわぁ!」
     千鳥はかつて仲間を取り戻したその大槌を振り上げ、スサノオとの距離を一気に詰める。
    「くっ……この!!」
     スサノオは千鳥に向けて鋭い殺人鬼の斬撃を放つ。
    「そんなもんでうちを止められると思ったら大間違いや!」
     しかし身を切り裂かれようとも、千鳥は全く怯むことなく攻撃を放つ。
    「いい加減目覚ましや!!」
     そして振り下ろされた鉄槌がスサノオの脳天を打ちその一撃はスサノオと橘花の魂まで響いた。
    「く……あ……」
     フラフラと立ち続けるスサノオには、最早多くの体力が残ってはいない。
    「皆の声を聞いただろう! これだけの声が『帰って来い』と叫んでいる! 貴女との記憶を、皆が大切に思っている証だ!」
    「……今この瞬間、君の周りには誰がいる。戻っておいで、戦城。帰ろう」
     暁とユーリーが、必死に説得を投げかける灼滅者達をスサノオと橘花に見せつける。
    「………………」
     スサノオがそれに応える事はない。だか、その内に潜む橘花には、届いている筈だ。
    「ボクが闇に堕ちて、昔をおもいだして押し潰れそうになった時……『大丈夫』だって、『支えるよ』って、あの時皆と一緒に言ったよね、橘花」
     輝乃は『星輝扇』に己の思いと魔力を込めながら、橘花に語り続ける。
    「今だって昔の事で押しつぶされそうな時はあるけど、あの時の事を想い出してボクは前に進めている」
     そして輝乃は、スサノオが身に着けている勿忘草の冠を指さした。
    「その花、勿忘草にはこんな花言葉がある。『私を忘れないで』。『誠の愛』。『真実の友情』……忘れればいいと思っているあなたがその花を身に着けている。矛盾しているよね? スサノオ」
    「それ、は………………」
    「橘花がボクを助ける時にしたように、ボクも橘花を支える――皆と一緒にね」
     そして輝乃は、灼滅者達は、スサノオに一斉攻撃を放った。
     ジュリアンが放った打撃が身体を打ち、
     桃が放った激しい雷が全身を灼く。
     ライラが放った鬼の拳が脳天を打ち、
     ヴァーリが放った風の刃が身体を斬る。
     桜花が放った霊力の網が全身を縛り、
     千鳥が放った超重量の打撃が全身を打ちつける。
     ユーリーが放った聖なる刃がスサノオの魂を砕き、
     輝乃が扇に白き魔力を纏わせ、ふわりとスサノオに近づく。
    「これで終わり。そして、新たな始まりだよ」
     輝乃が放った魔力の塊がスサノオに叩きつけられ、スサノオは声も無く地面に倒れ伏した。
     突き刺さる様な静寂が公園を包んだ。
     そして皆が緊迫して見守る中、彼女は目を覚ました。
    「ああ……イタタ、派手にやられたな。私もまだまだ力不足か」
     ゆっくりと身を起こした少女、橘花は静かに笑みを浮かべ、帰りを待ってくれていた灼滅者達を1人1人見回す。
    「ただいま」
     この日、1人の少女が救われた。

    作者:のらむ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 5
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