二人きりの学生寮

    作者:八雲秋


     ここはとある大学の男子学生寮、かなり年季の入った木造2階建て。長年、学生らが好き勝手してきた建物であるゆえ住み心地は推して知るべし。とはいえ、普段はそこそこ人もいるのだが、この連休はたまたまほとんどの学生が外出届を出していた。杉山と佐藤の二人を除いて。
     寮食もお休みとなっており、寮母さんも夜は帰っており建物の中は本当に二人だけだ。
     仕方なしに一階の一番突き当りの杉山の部屋で二人、ラーメンなんぞを啜りぼやいている
    「皆、連休だからって出かけすぎだよな」
    「ああ、実家に帰るだの、旅行に行くだの……そういや、田中。土産にウナギ買ってきてくれるかな、旅行先、浜松だったろ」
    「土産なぁ。精々、うなぎパイだろ」
    「しけてんなぁ、そうだ、吉田。あいつ実家が伊勢だったよな、伊勢海老買ってこねえかな」
    「精々伊勢海老せんべいぐらいだろ」
    「しけてんなぁ、まぁ二人顔合わせてしょぼい夕飯食ってる俺らも大概だがな」
     そんな馬鹿話をしている最中。
     ミシッ。ミシッ。ミシッ。ミシッ。
     廊下で音が聞こえた。
    「誰か歩いてる?」
    「誰かって……今誰もいないだろう……でも、足音近づいてきてる?」
     ガチャガチャガチャ!
     自分の部屋のドアを開けようとする音。
    「ば、馬鹿、誰だよ、ドア壊れるだろうが! ……本当、誰だよ」
     少し怯えながらも杉山が腰を上げ、玄関に向かいかけると
    「す、杉山」
     佐藤が彼の名を呼ぶ。振り返ると佐藤が怯えた声で裏庭側にある窓を指さし、
    「窓に! 窓に!……」
     ガチャガチャガチャ……バキッ!
     ガシャーン!
     背後でドアノブが壊される音がしたのと窓ガラスが割られたのはほぼ同時だった。そうしてドアから、窓から、何かが部屋に押し入ってきて、そして彼らは。

    「ダークネスの行動が未来予測に引っかかってきたんだ。ノーライフキングの配下の人型のゾンビの眷属たちが一般人を襲撃、殺害した後に死体のままで連れ去ろうと企んでいる。今回、君たちに必ずしてほしいのはこの眷属たちの確実な灼滅だ」
     灼滅者らの前に立ち、エクスブレインが説明をする。
     奴らが狙いをつけたのは学生寮に残っている学生二人。このままでは彼らは確実に殺されるだろう。だが、君たちなら救うことが出来るかもしれない。
     眷属たちは全部で6体。二手に分かれて、学生たちを挟み撃ちするつもりだ。
     建物の中に侵入し、部屋のドアを壊して襲おうとしているのが三体、裏庭から回りこんで窓を破って侵入しようとしているのが同じく三体。
     眷属らのうち五体は解体ナイフに似た物を手にしている。力は大体、一体で灼滅者一人と互角ぐらい。
     残る一体は龍砕斧に似た武器を手にしている大柄の男、君等数人分の力を持っている、恐らくはリーダー格だ。こいつは建物の中からの組にいる。
     君たちが現場に着いた時、眷属らは二手に分かれており、片方は学生寮の玄関口に到達。もう片方は裏庭へ回り込もうとしている所だ。つまり両組ともまだ、目標には辿り着いていない。玄関口にしても裏庭にしても戦闘スペースは十分にある。それに学生寮は一応塀で囲まれているため、戦闘があっても一般人に気づかれる事はないと思ってくれていい。
     組分けや手順と言ったなど細かい点は現地に行く君たちの判断に任せる事にする。
     エクスブレインは最後に、と灼滅者らに告げる。
    「僕が伝えられるのはこれで全部だ。後は君たちに任せる。くれぐれも油断しないように」


    参加者
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    清水・式(愛を止めないで・d13169)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127)
    ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)
    八賀・亮太郎(放浪癖・d34901)

    ■リプレイ

    ●戦闘。裏庭にて
     裏庭から向かおうとする眷属らに灼滅者たちが追い付いた。
    「眷属三体、確かにいる。神夜はディフェンダーで頼むね」
     清水・式(愛を止めないで・d13169)のビハインドが彼の指示通り、前衛に向かう。
    (「あまり死者を傷つけるのはしたくないんだけどなぁ。仕方ない」)
     眷属は横に並んだ陣形を取っている、ならば。天星弓から放たれていく矢はあたかも百億の星のごとく敵の頭上に降り注ぎ、眷属らに次々とダメージを与えていく。
     深束・葵(ミスメイデン・d11424)が解除コードを唱え、戦闘態勢を取ると彼女のライドキャリバーが式のビハインド同様、前衛ディフェンダーの位置に着く。
    (「こんなおんぼろ寮にまで人捜しとはご苦労なことで……ま、だからこそ、こっちも迅速に対応出来んだけどね」)
     まだこちらが攻撃を受ける前に彼女はレイザースラストを放つ。集中を高め、命中率を上げようという狙いだ。
     神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は、眷属らを見渡し、へー、と感心したように言う。
    「人が少ないところを狙うなんて、ゾンビも考えたものだね……あ、いや、考えじゃなくて偶然とかそういうもんかな?」
     ゾンビが作戦を立てて行動できるとは思えない。
    「出来れば早い所、玄関組の方に加勢に行きたいんでね」
     笑みは消えないままで、天狼は自分の正面にいる眷属に向かい、妖の槍に螺旋の捻りを加えて突き出すと、眷属の身体は貫かれる。螺旋槍。槍は唸り、彼の攻撃力は更に高まっていく。
     楽勝と軽々しく言うつもりは無い。でも自分たちなら勝てる。ここでてこずっているわけにはいかないのだ。

    ●戦闘。玄関にて
     玄関の両開きのドアを開けると、眷属らが3体、報告通りだ。向こうにももう3体いるのだろうと皆、心の中で確認した。
    「ゾ、ゾンビが全部で6体…や、やっぱりこわいのです、だけど」
     改めて考えると北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)は幼き身ゆえ、流石に少し震えはしたが。
     けれどやはり彼女は灼滅者だ。しっかりとクルセイドソードを構え直し宣言する。
    「学生さんのところにゾンビが来ちゃう前に、ぱぱっとやっつけるのですっ!」
    (「連休中の学生を狙うたぁなんちゅー奴らだ! こりゃー懲らしめてやるしかねえんだぜ!」)
     八賀・亮太郎(放浪癖・d34901)も勢い込んで玄関に飛び込み、眷属らに対峙する。
    「Kill me if you can」
     芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127)は眷属らを睨みつつ唱える。『殺れるものなら殺ってみろよ』そんな強気な言葉が彼の解除コード。
    (「こいつら死体を持ち去って、何をしようとしてるんだか。まあ……ろくでもないことなのは確かだし、好きにさせるわけにはいかないなあ」)
    「できるだけ、早いこと片付けなきゃなあ」
    「そうだな!」
     優生の言葉に亮太郎は元気良く頷き、露払いとばかりの威勢のいい援護射撃をみせる。
     お面で表情は伺えないが張り切っているのは皆にも伝わってくるようだった
    「それなら俺も攻撃ついでにパワーアップさせてもらおうかなあ」
     援護射撃に敵が足並みを乱された所を優生がレイザースラストで攻撃する。
     玄関口からは学生寮の廊下が見える。ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)は、その先の部屋にいるであろう何も知らずに日常を送っている学生たちを思う。彼らを守りたい。
     眷属に仕掛けるはセイクリッドクロス。十字架の光がよりダメージを受けている方のナイフ持ちの眷属の身を焼いていく。
     彼女の今の望みは守る事ともう一つ、死者がこれ以上操られる事ないよう解放を。
    「神の名の下に、罪を重ねさせられている哀れな亡者に救いの手を与えさせて頂きます」
     まずはナイフ持ちを倒してから、より強い斧持ちを倒す。それが皆の作戦だ。片付けやすいものから倒していく、常套手段ではある。だが。
     眷属らは二手に分かれておなじ目標に向かって進んでいた。それはつまり、人の気配を既に感じ取っていたという事。
     斧を持った眷属は灼滅者らに背を向け、廊下を奥に学生の部屋に向かおうとする。灼滅者らの力を過小評価し、残る眷属で十分に彼らの相手が出来ると判断したのかもしれない、それは間違いだ。だが奥の学生は今何が起きているかも知らない。眷属に会えばたやすく倒されるであろう。
    「ちょっと、まってよっ!」
     淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)は斧持ちの眷属の背に声をかける。と、同時に彼女はサイキックを仕掛ける。シールドバッシュ、身を反転させ右の裏拳で思い切り眷属を殴りつける。
     斧持ちが振り返る。紗雪は手をひらひら振り。
    「おーにさんっこっちらっ、てねっ♪」
     皆がナイフを倒すのに専念するならその間、斧持ちを引き付けるものも必要だろう。その役を彼女は買って出ていた。 
     斧持ちは挑発に乗ったかのように紗雪に向かって斧を振り上げる。シールドバッシュによってもたらされた『怒り』。なすべき命令など忘れて、ただ目の前の敵への怒りのみに捕らわれる。
     眷属が斧を振り下ろす。
     ガツッ!
    「つっ!」
     紗雪は骨がきしむような重い打撃をその身で受ける。ディフェンダーの名の通り、守備力は高まってはいるが相手の力は強い。彼女は呟く。
    「わかってたけど、やっぱり、きびしーな」
    「ロッテ、おねがい! ……あたしも!」
     朋恵がダイダロスベルトを飛ばし、癒しと更なる防御力の上昇を与え、傍らの彼女のナノナノも一緒にふわふわハートを飛ばし紗雪の体力を回復させる。
    「ちりょうはロッテにまかせてくださいなのです。あたしもがんばってえんごするのです!」
    「うん、たのむねっ」

    ●裏庭。決着
    「ゾンビってさー形に関わらず見た目にも気持ち悪いし、臭いもそれなりだし、嫌いなんだよねー」
     天狼は笑みを浮かべたまま、かつては人だったものに向かって、あたかも無邪気さを装って辛辣な言葉を吐く。
     彼らの背後には彼の宿敵であり、過去の因縁の相手でもあるノーライフキングが糸を引いているはずだ。そう思うと一層、強い嫌悪が湧き上がる。けれどそれは表情には表れない。
    「悪いけど、さっさと倒させてもらうよ」
     変わらぬ笑顔のままで彼は言う。ただ、彼の繰り出す技に遠慮も躊躇もない。
     瀕死の一体への炎を纏ったエアシューズによる渾身の蹴り。炎にまかれた眷属は、すぐに倒れわずかの間に灰となって消滅していく。
     裏庭で残るのは2体。だが残る眷属らも只やられる気は無いようだ。
     2体の眷属がそれぞれ空間を斬るようにナイフを水平に振ると、前衛の位置の天狼とビハインド、ライドキャリバーがダメージと毒を受けた。
     すかさず葵が七不思議の言霊を紡ぐ。それナイフにしみ込んだ念がもたらす毒をも解き、灼滅者とサーヴァントを癒していく。  
     ガタガタガタ。
     灼滅者と眷属らの戦闘の振動や風圧で時折、学生寮の窓が揺れる音が聞こえる。
    「本当におんぼろ」
     葵が呆れたように呟く。
    (「とはいえ、住む分には問題ない訳だけれど」)
     あらためて眷属らを見据える。
    (「このまま学生が平和な生活送るためには、こっちの問題を片付けなけりゃね」)
     全快した葵のライドキャリバーがそんな彼女の言葉に答えるように目の前にいた眷属に突撃を食らわせる。眷属は動きを止め、消滅した。
    「ありがとうな」
     葵は小さく呟いた。
     残る一体の眷属が自分自身にヒールと防御の力をとナイフでを構えを取ろうとする。これ以上長引かせるわけにはいかない。
     中衛の位置から式が神薙刃を放つ。渦巻く風の刃が切り裂き、眷属が怯む。式がビハインドに声をかける。
    「神夜、止めを!」
     霊撃。眷属の腹に穴が開いた。その腹を押える間もなく、前のめりに倒れると眷属は溶けるように消えて行った。
     灼滅者らは一斉に建物の方を見た。まだ戦闘中の気配がある。向かわなければ。

    ●決着
    (「奴らの背後を探るヒントはないのかなあ……」)
     優生は戦闘中は黒いマスク姿のため口元は見えない。だが隠されていない眼は、彼ののどやかな口調に反し、辺りを油断なくうかがう。死体を運べというのは確かに誰かの命令なのだろう。その手掛かりを何かしら掴めないだろうか。だが直接、眷属らから手掛かりを見出せそうには思えなかった。
     リーダー格があの斧持ちのゾンビだとしても、倒れて即、退散と言う訳でもなさそうだ。
     ナイフの眷属が仕掛けてきた攻撃をウィルヘルミーナがイージェ・ヴァレイで受け止める。しばしの膠着。眷属は感情のないような目でウィルヘルミーナを見ている。その目に向かって彼女は訴える。
    「生前の事を思い出せるならば、その意志が残っているのなら、抗ってください! 人の尊厳を踏みにじられ続ける事は耐え難い行いではないですか!」
    「ウゥー」
     答えは感情の見えない唸り声のみ。あるいは怒りなのだろうか。少なくとも今の彼女に向けているのは敵意。距離を置き、再びナイフを彼女に向かって振りかざす。
    「そうですか、ならば、せめて解放を」
     ナイフの攻撃を避け、神霊剣を眷属にくだす。眷属はその魂を破壊されうつ伏せに倒れ、その存在を掻き消していった。
    「さぁ、相手はこっちだよっ! って駄目かっ」
     見切りに気をつけてはいたが、紗雪のシールドバッシュのかかりが悪くなってきていた。怒りがすぐに解け、斧持ちがなおも廊下に向かおうとする。
    「だから、させないっ、てばっ!」
     紗雪が腰に下げていた明かりから作られていた影が伸びていくと斧持ちを飲み込み、トラウマをまとわせる。
    「絶対いかせな……ぐっ!」
     ナイフの眷属が紗雪の脇腹にナイフを突き立てた。彼女が膝をつく。
     更に抉りこむように眷属が持ち手に力を入れようとすると、
    「それ以上はストップだぜ!」
     亮太郎が手にした『通行止め』の表示の赤色標識を振りぬき、紗雪を襲う眷属を吹き飛ばす。
    「グワッ!」
     眷属は壁に身体をしたたかに打ち付けると、再び動き出すことはなく消滅していった。
     残るは斧持ちの眷属、ダメージを受けてはいるが、トラウマが消え再び移動しようとする。
    「学生さんには会わせないのです!」
     朋恵が緋牡丹灯籠を放つ。眷属が苦しげに唸り、纏わる火を疎ましげに振り払う仕草を見せる
     優生がマテリアルロッドを構え、駆け寄る。手の中のロッドの時計針が高速で回り出す。
     眷属の前に優生が針の止ったロッドを振りかざす。
    「これで、最期だなあ」
     呟き、一息に殴りつけ魔力を流し込む。カチリ。時計が再び時を刻みだした瞬間、眷属の体が一瞬膨らんだかと思うとそのまま内から弾けるように爆発し、そうして霧消していった。

    ●戦闘終了
     一同は玄関口の所で合流した。
    「さあ、とにかく終わったな」
     そう言って亮太郎がうーんと唸り伸びをしてみせた。
     ウィルヘルミーナが指を組み、今は消えてしまった眷属たちに祈りを捧げる。
    「死後も操られ罪を重ねさせられた哀れな方々に。その罪は操る者へ降りかかるよう神へ伝えましょう。どうか、安らかにお休みください」
     紗雪が意識を取り戻すと他の灼滅者らは彼女をかばいながら現場を去る事にした。
     戦闘は終わり、眷属は全滅し、学生寮は幾分人が暴れた形跡は残ったものの、眷属らの痕跡はそこにない。恐らくは盗み目的の者らが学生寮を荒らしまわった事件とでも処理されるのであろう。
     学生らはどうにか窓から裏庭に抜け出、物陰に潜んでいた。
    「静かになったな」
    「……もう大丈夫かな」
    「もう少し隠れてようぜ……」
     玄関口を荒らしまわっている何者かとの衝突を避けた裏庭でも喧嘩のような音が聞こえたから、それより他に思付かなかったのだ。さぞ、寒空が身に染みた事だろう。もしかしたら風邪ぐらいはひいたかもしれない。だが何にせよ彼らも学生寮もまた平和な日常を取り戻す事だろう。

    作者:八雲秋 重傷:淡白・紗雪(六華の護り手・d04167) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ