猫愛ゆえに

    作者:三ノ木咲紀

    「ぶぅぇぇぇっくしょぉぉぉん!」
     マンガのようなくしゃみに、猫田・清春(ねこた・きよはる)が抱っこした野良猫は一目散に逃げ出した。
    「あ! ちょっと、待っ……べぃっくしょん!」
     逃げる猫に伸ばした指に、鼻水がつく。
     くしゃみ、鼻水、目のかゆみ。襲う不快な症状にひとしきり苦しんだ清春は、空き地の地面を握り締めた。
     手の甲に落ちる涙。
    「……っそ……! なんでだよ! なんで俺、猫アレルギーなんだよ!」
     清春は猫が好きだった。
     猫を愛していた。
     中学校に上がっても、猫好きは変わらなかった。
     百一匹の猫を集めた猫屋敷に住むのが、子供の頃からの夢だった。
     皆から馬鹿にされても、気持ち悪がられても、持ち物は猫グッズでいっぱいだ。
     ペットショップの猫コーナーは、清春のパワースポットと化している。
     だが、清春が想えば想うほど、猫アレルギーは悪化する。
     今日こそは猫をだっこするぞと、マスクに手袋、長袖にゴーグルという不審者一歩手前な格好で臨んだのに。
     猫を抱っこできれば、猫好き仲間を殺したい衝動を抑えられると思ったのに。
     清春は、マスクを外して投げ捨てた。
     手袋を捨て、上着を脱ぎ、ゴーグルを壁に叩きつける。
    「もう一生、猫を抱っこできないなら……」
     清春の目に、危険な光が宿った。
     愛するものと触れあえない絶望が、清春の魂を闇へと傾ける。
    「猫なんて、猫好きなんて、みんな死んでしまえばいいんだ」
     清春はゆらりと立ち上がると、ふらふらと歩き出す。
     そんな清春を見かけた皆元・真里(高校生トリガーハッピー・d19642)は、急いで学園へと戻った。


    「猫好きやのに、猫と触れ合えへんやなんて、気の毒でかなわんわ」
     くるみは切なそうに眉をひそめた。
     詰まってしまったくるみの言葉を継ぐように、真里は集まった灼滅者達を見渡した。
    「このままでは、きっと彼は猫と猫好きを殺して回るだろう。そうなる前に、止めてやりたいと思う」
     清春は現在、六六六人衆になりかかっている。
     未だ闇に墜ちきってはおらず、辛うじて人の心を保っているが、完全に闇に墜ちるのは時間の問題だ。
    「もし清春はんが灼滅者の素質があるんやったら、行って救出したって欲しいんやわ。もしアカンかったら、大好きな猫を殺してまう前に……灼滅、したってや」
     清春は彼のパワースポットであるペットショップに現れる。
     時間は休日の昼間。大型ショッピングセンターの片隅にあるペットショップのため、店員や客が多くいる。
     清春はペットショップやガラス向こうの猫を優先して殺そうとする。
     猫や客や店員の被害が合計七人(匹)を越えると、もう帰って来れなくなる。
     干渉できるのは、清春がペットショップのガラスを割った瞬間から。
     ガラスを割った直後は、そこにいる猫を最優先で殺そうとする。
     商品の猫は五匹。大きなケージに入っている為逃げることはできない。
     また清春の周囲には、店員と常連客が五人ほど油断して喋っている。次に彼らを狙うだろう。
     店内は商品が並んでいるため動きにくいが、店舗前は広い通路になっている。
     明かりに不足はない。
     清春は猫と猫好きを優先して殺そうとするので、もしウイングキャットを連れている人がいたら、狙ってくるかも知れない。
     一般人を殺すのも、躊躇はない。
     清春のポジションはクラッシャー。殺人鬼に似たサイキックを使う。
    「愛ゆえに闇墜ちしかかっとる清春はんを救えるんは、皆しかおらんと思うで。十分気ぃつけて、行ってきたってや!」
     くるみはぺこりと頭を下げた。


    参加者
    橘・蒼朱(アンバランス・d02079)
    炎導・淼(ー・d04945)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)
    イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)
    ギルドール・インガヴァン(星道の渡り鳥・d10454)
    塵屑・芥汰(お口にチャック・d13981)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    皆元・真里(高校生トリガーハッピー・d19642)

    ■リプレイ

     ガラスに入った放射状のヒビが、一気に弾けた。
     猫と清春を隔てるガラスが割られ、無数の破片がおびえる猫に向かって降り注ぐ。
     どす黒い殺気を纏ったガラスが猫に降り注ぐ寸前、影が動いた。
     塵屑・芥汰(お口にチャック・d13981)は、猫ゲージの左側から飛び出し、迫る破片から猫を庇った。
     芥汰は思わず、突き刺さるガラスの破片から流れ込む黒い思いに眉をひそめた。
     猫に対する愛情と、拒絶せざるを得ない絶望。猫に触れられる友人への嫉妬と羨望と孤独。
     それらがない交ぜになり、いっそのこと全てを壊したいという衝動に、芥汰は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
    「……アレルギーとか、なってる人じゃなきゃ辛さ分からないだろうから、やたらめったら頭ごなしに怒るってのもね。だけど……」
     ビハインドのラナもまた、猫を守り芥汰の隣で清春を見つめる。
     同じく猫好きなラナを見た芥汰は、清春に向けてきっぱりと言った。
    「だけど、ならばいっそ……ってのは、お前の事情だろうが」
     脇差の言葉に頷きながら、庇った猫の無事を確かめた鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)は、振り返ると清春の目の見つめた。
    「傷つけても益々辛いだけだろうに。止めてやるのが俺達の役目だ!」
    「なっ……!」
     一瞬詰まった声に、橘・蒼朱(アンバランス・d02079)は、ガラスに晒された猫を見た。
     ビハインドのノウンが守った猫が、不安そうに鳴く。
     か細い声に安堵の息を吐いた蒼朱は、改めて清春に問いかけた。
    「まだ話せる余地はあるかい? ……君はここに、その殺戮衝動を押さえるために来たんだろう? 猫を殺して、猫好きを殺して……。君は本当にそれで満足?」
    「当たり前だろう?」
     清春は、さも当然のことのように即答した。
    「猫を、猫好きを殺すことを、望んだのは清春だ。疫(えき)じゃない。おかげで、ようやく猫好きのジレンマから解放される。清春にとっての本当の自由への第一歩、君たちに邪魔しないでもらいたいね! 現に……」
     疫は両手を広げると、空を飛ぶ猫をチラリと見た。
     ガラスが割れると同時に突撃した炎導・淼(ー・d04945)のウイングキャット・寸が、ガラスに乗せたサイキックで大きく傷ついていた。
    「ほら、清春は泣いているよ? 自分のせいで猫を傷つけたって。なんて酷いんだろう。もう猫好きを名乗る資格なんて、ないね!」
    「ふざけるなよ、てめぇ! よく見ろ清春! 寸はまだ生きてるぜ!」
     寸に向けて放たれたラビリンスアーマーは、寸の傷を確かに癒す。
     ほっとしたような表情を浮かべた疫に、皆元・真里(高校生トリガーハッピー・d19642)は声を掛けた。
     真里の後ろでは、無関係な一般人の避難誘導が行われている。彼らに意識が向かないように、真里は殊更大きな声を上げた。
    「そうだ。君はまだ、猫を殺してはいない。猫も、君も、救ってやる!」
    「やってみなよ!」
     疫は無造作にナイフを振り上げると、隣で驚くばかりの友人に振り下ろそうとした。
     何のサイキックも乗らない刃だが、一般人を殺すには十分すぎる威力がある。
     疫の刃が友人に突き刺さる寸前、疫は大きくジャンプした。
     一瞬前まで疫がいた場所に、白い帯が突き刺さり、続けて弾丸が追い立てる。
     緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)が牽制に放ったレイザースラストを猫のように避けた疫は、猫グッズが並んだ棚を蹴り飛ばし、その上に着地した。
    「怖いなぁ」
    「動物好きの殺人鬼……。親近感沸いちゃうわね」
    「ふうん? ならこの気持ち、分かるよね?」
    「分かるからこそ、止めるわ! 手荒いデートのお誘いだけど、付き合ってもらうわ!」
    「キミの相手は、こっちだよ」
     牽制のマジックミサイルを放ったギルドール・インガヴァン(星道の渡り鳥・d10454)は、青や緑の宝石が煌くマテリアルロッドをくるりと返した。
     楽しそうに目を細めたギルドールは、優雅に言葉を風に乗せた。
    「愛する物の為に、自身を奮起するならまだしも。手に入らないなら壊せば良いという思考はよろしくないね」
    「壊すことも、愛情表現の一種さ!」
    「なら、この子を壊せるのです?」
     王者の風を放ちながら、イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)が探るように言った直後、疫ははじかれたように足下を見た。
     いつのまに忍び寄ったのか、イシュテムのウイングキャット・ぬこがじゃれるように疫の足下にすり寄った。
     アメリカン・ショートヘアの、なめらかな毛並みが疫の足首をくすぐる。誘うような鳴き声に、疫はーー清春は表情をほころばせた。
    「ね……猫だ! こんな良い毛並みの子、滅多にいないよ! 触ってもいい……ぶえっくしぃ!」
     愛くるしい瞳に手を伸ばした清春は、襲うくしゃみに顔をそむけた。
     ひとしきりアレルギー症状に苦しんだ清春が顔を上げた時、そこにいたのは疫だった。
    「……ね? 清春。きみは舞い上がった猫の毛でさえ耐えられない! きみがくしゃみをしている間、周りの猫好きは猫と戯れているんだ。これが一生続くなんて、耐えられないよねぇ?」
     疫が顔を上げた時、そこに一般人はいなかった。
     清春が猫に気を取られたり、アレルギー反応で苦しんだりしている間に、灼滅者達の誘導で友人たちは店の外へと避難していた。
     怒りも露わに、疫は猫ゲージに目をやった。
     猫ゲージ前では、先ほど猫を守った灼滅者達やサーヴァントがそのまま守りに入っていて、突破するのは並大抵ではない。
     誘うようにしっぽを振るぬこを、疫はぎらりと睨みつけた。


     ぬこは疫の足下に再びじゃれつくと、ぴょんと通路側に飛び退いた。
     疫をじっと見上げて、誘うようにしっぽをぱたぱたさせる。少し小首を傾げたぬこは、更に通路側にぴょんと跳んだ。
     後ろにいる疫を振り返り、じっと見つめる。その視線に苛立ったように、疫はナイフを握り締めてぬこを追った。
    「鬱陶しい猫め! おまえたちから殺してやる!」
     通路に出た疫は、傷の癒えきらない寸に向かってナイフを振り上げた。
     明確な殺意と、殺す為の刃を、弾き飛ばしたのは一台のライドキャリバーだった。
     真里のライドキャリバー・アクセルブラストが、寸と疫の間に割って入る。
     車体に大きな傷をつけられたアクセルブラストは、弾かれながらも大きく輪を書いて着地した。
     ナイフを振り抜いた一瞬の隙を突いて、寸は一直線に疫に向かって飛びついた。
     明確な殺意を向けられた寸は、それでもなお疫に甘えるようにじゃれつく。
     心配するな、とでも言いたげな寸の頬ずりに、一瞬頬をほころばせる。
     そんな自分に表情を変えた疫は、ナイフで寸を引きはがした。
    「邪魔だ! どけ!」
    「清春! 聞こえるか! お前に何をされても、耐え抜く猫がいる! お前も自分の衝動に耐え抜け!」
     寸を癒しながら掛けられる淼の声に、疫はぴくりと肩を震わせた。
     その隙を見逃さず、ギルドールは影を放った。
     影は大きく伸び、ナイフを持つ手を縛り付ける。
     一般人が誰もいなくなった通路で、ギルドールは疫と向き合った。
    「キミ、知ってる? 猫アレルギーは、家で猫が飼えるくらい軽減できるんだよ」
    「嘘だ!」
    「嘘じゃない」
     ギルドールの不思議と通る穏やかな声を、疫は否定した。
     否定する声を、真里がきっぱりと否定する。
     声と共に祭壇が展開し、芥汰の傷を癒していく。
    「軽く調べてみたが、重度の猫アレルギーにも関わらず猫十七匹と共に生活をしている人もいるようだ。君に置き換えても今後絶対に不可能だとは、言えないはずだ。一緒に、どうすれば良いか……考えて、みないか?」
    「嘘だ! 耳を貸すな、清春!」
    「お前は黙ってろ!」
     頑なに首を横に振る疫に、月夜蛍火が迫った。
     迷いの雲を断ち切るような斬撃に、疫はナイフを取り落とす。
     脇差は真剣に語りかけた。
    「アレルギーには同情するがな。医療だって進歩してるんだ。時間はかかっても治る見込みもない訳じゃない。自暴自棄になるな! 打つ手はまだある筈だ!」
    「嘘だ! ……だって、ずっと治療したって、良くならないじゃないか! 初めて猫好きを殺したいって思った、時から、薬が効かなくなって……」
     疫の影響が薄れ、一時清春の人格が浮かび上がったのだろう。
     清春の膝が折れ、廊下に力なくしゃがみ込んだ。そんな清春に、芥汰の激励が響く。
    「好きだからこそ触れられないならいっそ……なんてのは、お前の事情だろうが! 無関係の猫や人間を巻き込んでないで、猫の傍に居られる方法を一緒に考えよう!」
     芥汰の声にも、ただひたすら首を横に振る。
    「そんなこと、もうできっこない! 猫好きが妬ましくて、悔しくて、全部の猫を殺したいって確かに思ったんだ! それがずっと消えなくて、今だって、猫を殺したくて、殺したくて……」
     膝をついて涙を流す清春の目を、イシュテムはのぞき込んだ。
    「猫、とっても好きなんですね。触れられないと悲しくて、こんな風になってしまうくらい……。でも殺したいって気持ちを猫にぶつけるのは間違ってるです!」
    「じゃあ! ……じゃあ、どうしたらいいんだよ!」
    「戦うのです! 猫を殺そうとする自分自身と、戦うのです!」
    「そして、僕達の様に灼滅者となれば、大好きな猫と戯れる事も希望が持てるんだ」
    「希望が……? それはどういう……」
     ギルドールの言葉に首を傾げる清春の手に、柔らかいものが触れた。
     寸とぬこが清春に寄り添う。甘えるような猫たちに、清春は顔を上げた。
    「ところで今、お前の前に翼の生えた猫が居る訳だが、アレルギー反応って出てるのか?」
     脇差の言葉に、清春は目を見開いた。
    「……そういえば、さっきからくしゃみが出ない」
     猫アレルギーは、猫の毛などに含まれる物質に免疫が過剰反応して起こると言われている。
     ウイングキャットは、平和を愛する穏やかな心が具現化した、ふわふわ浮かぶ翼猫のサーヴァントだ。
     アレルゲンを持たないウイングキャットならば、アレルギー反応は起きないのだ。
     信じられないように猫を見る清春の背中を、蒼朱はそっと押した。
    「ウイングキャットに触ってみたらどうかな? 俺のパートナーじゃないけどね」
     蒼朱の言葉に、清春は恐る恐る手を伸ばした。
     清春の指が猫の毛並みに触れる寸前、突然清春が苦しみ出した。
     今までにないくらい、ひどく喘息のようにせき込み、顔を上げることもできない。
     介抱しようと伸ばされた手を、清春は振り払った。
     取り落としたナイフを拾い上げ、灼滅者達と距離を取る。
    「あと一歩! あと一歩で、清春の魂は闇に墜ちたのに! お前達、みんな殺してやる!」
    「Erzahlen Sie Schrei?」
     熱くなる疫とは対照的に、桐香の涼やかな声が響いた。
     同時に閃く解体ナイフ。肉を切り裂く感触に桐香は知らず微笑んだ。
    「アレルギーも治らない病気ではないし、猫との関わり合いも触れるだけが全てではないわ。でもあなたの場合、まず魂の内のアレルゲンを倒した方が良さそうね!」
    「できるものなら、やってみろよ!」
     疫はナイフを閃かせると、どす黒い殺気を集めた。


     どす黒い殺気が、前衛を襲う。
     二匹の猫を中心に広範囲に渡って殺気が展開し、灼滅者達を包み込んだ。
     傷の癒えきらない寸の前に、ノウンが割って入る。ぬこはラナが守り、ぬこのダメージを押さえ込んだ。
     一瞬ほっとしたような表情を浮かべた疫に、ギルドールのマテリアルロッドがきらめいた。
     鋭く、力強く繰り出されたマジックミサイルが、疫に突き刺さる。
    「このまま闇に甘んじれば、大好きな猫を手に掛けてしまうよ。それでもいいのかい?」
    「……だ」
    「もう一度聞くよ。猫を殺して、猫好きを殺して。君は本当にそれで満足?」
     小さく首を振った清春に、蒼朱の黒死斬が迫った。
     間近に迫る影業からの斬撃を避けきれず、清春は吹き飛ばされた。
    「なら、俺達がその衝動を抑えるのを手伝うよ!」
     床に叩きつけられた清春に、十字架が迫る。
    「翼猫たちはきっと、清春にとって救いになる! だから、ちゃんと戻ってこいよ!」
     巨大な十字架を振りかぶった芥汰は、とっさに起きあがった清春の鳩尾に強かに叩き込んだ。
     吹き飛ばされた清春を背中から挟み撃ちにするように、赤い標識が翻った。
     赤い標識が、清春を床に沈める。交通標識の柄を目元の床に突き立てた淼は、膝をついて清春に語りかけた。
    「お前のやろうとしたことは、猫にとっちゃ迷惑な話だ。もうやるんじゃねえぞ!」
    「……るさい!」
     牙をむくように吠えた疫は、腕で床を突くと一気に起きあがった。
     そのまま、ガードがなくなったペットショップの猫ゲージへと飛びつく。
    「こいつらを殺してやる!」
    「させませんの!」
     振り上げた疫の腕を、イシュテムの影が縛り付けた。
     そのまま、ケージから引きはがす。
     空を切ったナイフが天を裂く中、大きくジャンプした桐香のエアシューズが迫った。
     踵落としの要領で放たれた炎を帯びたハイヒールが、疫を再び床に沈める。
    「聞こえてる? 清春。伸ばされた手を払う程、貴方は猫を諦めて切れているかしら?」
    「や……だ」
     小さく呟く清春に、真里は語りかけた。
    「君は自分の辛さを……好きなものにぶつけることを、本当に良しとするのか……?」
     無数の符を展開しながら確認するような問いに、清春は首を横に振って体を起こした。
     よろよろと立ち上がった清春は、疫として最後の力でナイフを振り上げた。
    「うるさい、お前達……! 猫……も、猫好きも、殺す!」
    「その衝動を抑えて、意志を貫いてみせろ! お前がこの先出会うだろう猫達の為に!」
     鋭く吠えた脇差が、月夜蛍火を閃かせる。
     胴を薙ぐ鋭い斬撃に、清春は力なく崩折れた。


     意識を取り戻した清春は、のぞき込む二匹のウイングキャットに手を伸ばした。
     なめらかな手触りが、手の中で心地良い。
     思わず涙を流す清春に、蒼朱は手を伸ばした。
    「起きたか。……清春、落ち着いたら学園においでよ。ウイングキャットも一杯、猫好きもいっぱいだ。きっと楽しいよ」
    「むさしざか……学園?」
     首を傾げる清春に、芥汰は頷いた。
    「ああ。俺達の学園だ。また説明してやらないとな」
    「そうだ、灼滅者になったら猫変身なんてのもあるからな。猫だと思って近づいたら人だった、なんて事もあるから気を付けろよ」
    「そんなすごい学園なら、入りたい!」
     脇差のアドバイスに、清春は目を輝かせる。
     ガラスが割れたペットショップの前廊下に、笑い声が響きわたった。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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