獣は何処へ招かれる

    作者:邦見健吾

    「――」
     四隅の柱の中央には、音を立てて燃える火。山中に設置した小さな壇の前で、1人の僧が一心に経を読んでいた。しかしそれはただの僧ではなく、額には小さく黒い角が2本生えている。
    「ウォオオオ!」
    「――」
     森から感じられるのは、大きく、強き獣の気配。低く吠える獣の声は明らかな敵意を持って轟くが、鬼の僧は目をつむって経を唱え続ける。
    「ウォオオ! ウオオオ!」
    「――」
    「ウァアオオオオ!!」
    「――」
     獣の声が響く度に僧は冷や汗を流すが、僧は読経をやめようとしない。獣の声と経がせめぎ合い、やがて、
    「ウウウ……」
     獣の気配が消え、諦めて山の奥へと戻っていった。

    「先日使者を送ってきた天海大僧正ですが、こちらにも動きがありました」
     そう話を切り出し、説明を始める冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)。手元にはいつも通り湯気の立つ湯呑がある。
    「僧の姿をした羅刹が、神奈川県金時山周辺から一般人を追い出し、立ち入りを禁じました。怪我人などはいないようです」
     現在金時山では強力な獣型の眷属が活動しており、羅刹はその眷属を金時山から出さないよう妨害している。
    「理由は分かりませんが、何らかの意図があるのは間違いないでしょう。皆さんは金時山に向かい、獣型の眷属か僧の羅刹、あるいは両方を撃破してください」
     山の奥に分け入って眷属を倒すか、護摩行をしている羅刹を攻撃するか、または両方か。今は状況に不明な点も多く、選択は灼滅者の判断に委ねたい。
    「眷属は大きな猪の姿をしており、体当たりと牙での突きで攻撃してくるほか、シャウトも使います。見た目以上に素早く、攻撃力も高いので注意してください」
     眷属としてはかなり強力で、ダークネスに匹敵する力を持つ。眷属ながら油断はできない。
    「また羅刹は神薙使いと護符揃えのサイキックを使いますが、特殊な能力を持つせいか戦闘能力は低めです」
     眷属を倒さずに羅刹を倒した場合、眷属は金時山を出てどこかへと向かう。一方、眷属を倒して羅刹を倒さなかった場合、羅刹は護摩壇を持って京都方面に帰る。
     なお両方を倒すことを選んだ場合、眷属と羅刹を同時に相手取ることはないが、連戦になるので覚悟しておくべきだろう。
    「今のところ、一般人には被害が及んでいません。とはいえ眷属が街に出れば危険ですし、天海らの動きも不審です。皆さんで選択し、敵と見定めた相手を撃破してください」


    参加者
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)
    逢魔・歌留多(黒き揚羽蝶・d12972)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    夏村・守(逆さま厳禁・d28075)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)
    荒谷・耀(護剣銀風・d31795)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●鬼と獣
     ESP・隠された森の小路を用い、灼滅者達は山に分け入って眷属と羅刹を探す。
    (「どちらを相手にするにしても不可解な状況だけど、武蔵坂としてはとりあえず人間に危険が及びそうな敵を討つべきだろう」)
     ひとまずの目標は猪型眷属の撃破で、僧の羅刹と戦うつもりはない。小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は、羅刹との接触が状況を把握するきっかけになるのではと期待する。
    (「神奈川県金時山、またの名を足柄山……ラゴウの呼びかけに応えているのか、それを封じる羅刹の思惑とは何か……」)
    「いずれにせよ、羅刹共の好きにはさせられませんね」
     ラゴウが眷属を集めているのであれば、この山で対立しているのは両方とも羅刹の勢力だ。神薙使いである逢魔・歌留多(黒き揚羽蝶・d12972)としては、宿敵の跳梁は見過ごせない。
    (「えっと、お坊さんがこの前交渉に来ていた方のお仲間さんですよね。ここで灼滅してしまったら、交渉も決裂してしまうかもしれないですね」)
     フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)頭の中でダークネス勢力の動きについて整理。現在交渉は継続中という形になっているので、行動には気をつけなければ。
    「――」
     立ち昇る煙を見つけて近づいていくと、護摩壇で火を焚いて一心に経を唱える羅刹を見つけた。
    (「一般人の方々に配慮していただけるなら、刃を交える理由はありません。ですがもし、目的が正面からぶつかってしまったなら……その時は、仕方ありませんね」)
     あえて気配を隠さず接近していく灼滅者達。必要のない戦いは避けたいと、荒谷・耀(護剣銀風・d31795)は思うのだが。
    「この山の噂を聞いて来ましたの。わたくし達の目的は被害が出る前に獣を倒す事ですので、通らせてもらえますかしら」
    「――」
     まずベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)が尋ねてみるが、羅刹は返事をせずに経を唱え続ける。
    「私達は足柄山の獣退治に来ました。今、きぃさまと戦う理由はありません。このまま獣退治をさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
    「私たちは、私たちの目的を果たしに来ただけです……交渉は纏まっていなくとも、現場での相互不干渉程度はこちらの判断でできます」
    「……好きにするがいい。拙僧は止めん」
     先ほどの無視は許諾の意味だったようだ。歌留多と耀が確認を取ろうとすると、羅刹は一瞬だけ読経を止め、言葉少なに承諾した。
    「そうそう、ちょい聞いてみたい事あるんだわ。後で此処で話せね?」
    「――」
     余計なことは話さない主義なのか、それとも余裕がないのか、羅刹は夏村・守(逆さま厳禁・d28075)のことも無視して護摩を続ける。
    (「天海側は情報渡さなくていいし、一般の人を気にしてるアピールできる今って、対武蔵坂だと結構楽な状況なんじゃね? まあ相手が先にご破算してこない限り俺は殴りゃしないけども……武蔵坂ならやばい時の準備もできるだろ」)
     うまく乗せられている気がするが、いざとなれば予知で対処できるだろうと踏む守。しかし密室の事例もあり、過信は禁物かもしれない。
    「じゃあ猪がどこにいるのか――ありがと」
     守が眷属の居場所を聞こうとすると、羅刹は視線だけで方向を示した。
    「異存無いようね。立ち入らせてもらうわ」
    「行ってくるねー」
     レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)が経を唱える羅刹の横を通り過ぎ、山に入っていく。饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)達も続き、灼滅者達は化け猪に接近を開始する。

    ●猪突猛進
    (「金時山で獣の眷属って、あのまさかりの……? 何か大きく状況が動いてきそうな気配があるけどもどうなんだろ?」)
     樹斉は水面下でダークネス勢力が蠢いているのを感じているが、直接打って出ることができないのが歯がゆいところ。何か糸口が掴めるといいのだが。
    「ウォオオオオ!」
    「まー今できるのは眷属退治だね、頑張ってこー!」
     そこに咆哮とともに猪型眷属が出現。人造灼滅者である樹斉は獣の耳と尻尾を生やすと、大剣を構えて駆け抜け、身の丈を大きく超える猪に切っ先を突き立てた。
    「惑わぬ風、織り成す虚実、見透かさん」
     レイネもカードの封印を解放。刀を手に取り、小さく振るうと刃が白く煌めく。もう一方の手に握った剣にも白い光を宿して一閃し、光を纏って自身の肉体を強化した。
    「し、支援します」
     フリルの体から白い炎が噴き出し、渦を巻いて仲間達を包み込む。揺らめく白炎は敵を幻惑し、視界を搔き乱す。
    「先輩、今です!」
    「ああ。久当流……外式、禍津日ッ!」
     耀は断罪輪を携えて飛び込み、分厚い毛皮ごと斬り抉る。続けて八雲が踏み出し、影を宿した剣で一太刀浴びせた。刃から影が乗り移り、猪を一瞬黒く染めてトラウマを呼び起こす。
    「ヴォオオ!」
     猪は低く唸りを上げ、重戦車のように突進。灼滅者を轢き潰そうと迫る。
    「負けませんわ」
     しかし力勝負なら負けないと、ベリザリオが両手を広げて仲間の前に立つ。正面から激突し、大きく後ずさるも、すぐに飛び出して跳び蹴りを叩き込んだ。
    「一張羅をイノシシに破らせたくはないものですねッ!」
     歌留多は弓を引き絞り、癒しの力を込めた矢でベリザリオを撃ち抜く。矢は傷を治癒させ、同時に眠っていた感覚を呼び覚ました。
    「ぎゃーっ、ムカデ!? って俺か……」
     ムカデの姿になった守は川の水に映った自分に驚くが、すぐに気を取り直して頭から十字架を生やし、そのまま地面を這って頭突きする。十字架が猪を強打し、山肌を転がった。
    「ウォオオオオオ!」
    「此処は、私の距離よ」
     灼滅者の攻撃を浴びて興奮する猪に、レイネが肉薄して十字に傷を刻む。しかし猪はますます猛るばかりで、退治するにはまだかかりそうだ。

    ●八人の狩人
    「久当流……襲の太刀、喰兜牙!」
     八雲が猪の側面から駆け、すれ違いざま切り裂く。灼滅者も眷属やダークネスとの戦いは慣れたもので、有利に戦闘を進めていた。
    「守りもまた戦いですの」
     傷付いたベリザリオは光の盾を広げて、傷を癒しながら守りを固める。防御役のベリザリオは倒れず立ち続け、仲間を守るのが役割。無理は禁物だ。
    「其の歪み、私が断ち切る」
     レイネが刀を振り上げ、上段に構えて切っ先まで気を行き渡らせる。次の瞬間、速く重い斬撃が猪を襲い、受け止めようとした牙が砕けた。
    「いくよー」
    「ウウウウッ!」
    「って流石に猪の眷属相手に腕力比べとか無理だよ!? え、えーい!」
     樹斉は大剣を思い切り振りかぶってジャンプし、まさかりのように派手に叩き付けようとしたが。猪は唸りを上げて反応。その巨体で跳び上がり、逆に大剣の一撃を弾き返した。
    「これならどうだ?」
     ムカデの口器からライフルの銃身が伸び、銃口からビームを発射する。傍から見ると巨大なムカデが同じく巨大な猪にビームを吐いているようで、さながら怪獣映画のようだった。
    「ヴオオオ!!」
    「させないわ!」
     猪が突進し、槍のように尖った牙を突き立てるが、再びベリザリオが盾となる。鋭い先端が防具を引き裂き、鍛えられた筋肉が露出した。
    「斬艦刀、清めの風ッ! 破られた衣服を回復せよッ!」
     すかさず歌留多が斬艦刀を薙ぎ払い、扇のように風を起こしてベリザリオを包み込む。優しき風を通してエナジーを注ぎ、防具を修復した。続けてフリルはダイダロスベルトを伸ばし、包帯のように包んで傷を癒す。
    「挟撃しましょう。私が合わせます」
    「了解した、任せるぞ」
     耀の呼びかけに応え、八雲が先行。構えた剣を光と化し、弾丸のように突き進む。
    「外式、夜刀御雷!」
     実体のない刃を振り抜いて霊魂を切り裂き、後に続く耀はオーラを帯びた拳で連撃を見舞った。

    ●獣散り、鬼去る
     個体としての能力は灼滅者を大きく上回るが、さすがに多勢に無勢。猪は数の差を覆すことができずに追い込まれていく。
    「これで……」
     フリルのチェーンソー剣が駆動し、けたたましく鳴り響く。山に眠る魑魅魍魎の気を身に纏い、畏れの化身となって斬撃を繰り出した。守は節の隙間から十字架を露出させ、光の弾をぶつける。
    「おおおお!」
     続けてベリザリオが雄叫びを上げて突進、縛霊手を至近距離から力強く叩き付けた。樹斉は童謡のように穏やかな旋律を歌い、伝説に迫る響きをもたらす。
    「早く終わらせましょう」
     断罪輪を手にした耀は、自身の体ごと刃を回転させ、無数の斬撃で敵を切り刻む。歌留多は大刀を振り抜いて渦巻く風を生み出し、刃に変えて斬り裂いた。
    「毀れた詩は、紡ぎもせず。ただ、埋もれて逝くのみ」
    「ウォオオ……」
     もう一度刀を振り上げ、静かに意識を集中させるレイネ。そして真っ直ぐな一閃が猪を断ち切り、引導を渡した。

    「終わったよー」
     灼滅者達が眷属を倒し、樹斉が声をかけると、羅刹は読経をやめて護摩壇を片付けているところだった。
    「護摩壇って寺に備え付けられてるものだと思っていたけど、持って回るのか?」
    「左様。護摩とは野山でも行うものだ」
     八雲は不審に思った点を尋ねてみたが、普通に答えが返ってきた。ちなみに、修験道において野外での護摩は採燈護摩と呼ばれるらしい。
    「護摩壇、重くないですか」
    「人には重いかもしれんな」
     歌留多からの質問にも、素っ気なく答える。そして羅刹は護摩壇を解体して小さくまとめると、僧服のポケットにしまった。ダークネスも当然ESPを使用できるので、アイテムポケットを使っているのだろう。
    「果たしてきぃさまは、私達の敵となるか味方となるか。どちらにしても、人に仇なす事あらば一切の容赦は致しませんよ」
    「……肝に銘じておこう」
     歌留多の言葉に、羅刹が重々しく頷く。この警告が意味をなすかは、後になってみないと分からない。
    「山には普通の人が見当たらなかったけど、もし気にしてくれてたならありがとな」
     本心では全てのダークネスを灼滅したいと思っている守だが、おくびにも出さず気軽に礼を述べた。しかし、そうでない道も武蔵坂なら探せるのではと、少し思っている。
    「ところでさ、そっちのお偉いさんの目標っていうとアレだけど目指してる方向とか聞いた事ある? 無い?」
    「方向?」
     守の問いに、羅刹が首を傾げた。答えが返ってこなかったのは、質問が漠然としていたからか、そもそも羅刹がふさわしい答えを持ち合わせていなかったからか。
    「今回のお話……私個人としては、上手く纏まることを願ってます。帰り道、お気をつけて」
    「……そうか」
     耀の最後の言葉に羅刹がわずかに眉を動かすが、すぐに気を落ち着けて背中を向けた。
    (「札幌の戦いからそろそろ3ヶ月、また何か大きな厄介事が動き始めたか?」)
     激闘を経て強敵を打倒しようと、すぐに別のダークネスが暗躍を始める。様々な思惑が錯綜しているのだろうと察しつつ、八雲は無言で羅刹を見送った。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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