利澄と黒豹

    作者:鏑木凛

     穏やかな声音が紡ぐお経は、護摩壇へ向けられていた。
     山麓に悠然と構えた護摩壇の前に居るのは、旅装の僧。笠の影に隠れた顔は若く、ひたすら読経に明け暮れる。
    「グルルゥ……ッ」
     山中から響く唸りにも、僧はびくともしない。
     唸りの主は、茂みに潜む黒豹だった。立てば人間の大人よりも大きいであろう巨躯はしなやかで、毛並みも美しい。剥き出しの牙と鋭利な爪まで漆黒に染まり、黒くないところを挙げるなら瞳だ。金色の瞳だけが、深い黒の中で浮いて見える。
     護摩壇へ唸っていた黒豹は、暫くして諦めたかのように山奥へ引き返していく。
     遠ざかる気配を確認して、僧はずれた笠の位置を直した。
     頭に生えた、黒曜石の角を隠すように。
     
     先日使者を送ってきた天海大僧正の勢力に動きがあったと、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)は開口一番に告げた。
    「僧の姿をした羅刹が、金時山周辺から一般人を追いだしているんだよ」
     神奈川県の金時山。その周辺の人々を追放し、立ち入りも禁じてしまっている。
     殺界形成のような力で追い出したため、怪我人は出ていないようだが、迷惑であることに変わりはない。
     そして睦は、今の金時山では、強力な動物型の眷属が活動していることも話した。
    「羅刹はどうやら、この眷属を山から移動させたくないみたいだね」
     目的はわからないが、放置するには不安が多々残る。
     そのため今回は、眷属か羅刹の片方、もしくは両方の灼滅が目的となる。
    「どちらを倒すか、その判断は皆に任せるよ」
     護摩壇が配置されているのは山の麓だ。読経を続ける僧は、後ろに広がる畑に背を向けている。慎重に動けば、攻撃が届く距離に入るまでは気付かれないため、僧を狙うだけなら護摩壇のある場所へ向かうだけで良い。
     眷属だけを狙うなら、僧に気付かれないよう、護摩壇から離れた場所へ迂回して入山することになる。
     道なき道を登っていくと、やがて鬱蒼とした森を抜け、開けた場所へ出る。護摩壇から引き返して間もない眷属は、そこを徘徊している。
     両方の灼滅を目的にするなら、以上の話を元に、戦いを仕掛けるタイミングや場所を考える必要があるだろう。
    「眷属の外見は黒豹だね。……眷属の中でも強敵だよ。ダークネスに匹敵するぐらい」
     黒い牙で噛まれると深い毒に蝕まれ、威圧感のある黒い爪に掻かれるとプレッシャーに圧し潰されそうになる。
     そして空気を裂くほどの咆哮は、黒豹自身の傷を癒し、染みついた状態異常を吹き飛ばしてしまう。
     その巨躯と攻撃手段に違わず、前衛で力任せに攻めたててくる。
    「僧は……利澄という名前なんだけど、黒豹ほど強くはないんだ」
     羅刹の利澄は神薙使いと同じ技の他、杖の魔術で竜巻を起こして一列を巻き込む。
     また、杖で相手を強打することで流し込んだ魔力を、内側で破裂させてじわじわと傷つけてくる。
     彼はメディックとして立ち向かってくる。戦闘力が低いとはいえ、侮れないだろう。
     話を終えた睦は、一呼吸してから灼滅者たちの顔を眺めていく。
    「……天海大僧正の配下の動きも怪しいし、眷属も放ってはおけないよね」
     この事件をどう捉え、どう考えるか。
     難しいところではあるが、現場を知る灼滅者にしか出来ないことだ。
    「武運を祈っているよ。いってらっしゃい」
     睦は最後に柔らかく微笑み、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    須磨寺・榛名(報復艦・d18027)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)

    ■リプレイ


     澄んだ風にそよぐ植物たちが、次々と項を垂れていく。
     実りの時期を待つ芳醇な山の命は、風宮・壱(ブザービーター・d00909)の歩みに沿って道をあけていった。
     地図を片手に花衆・七音(デモンズソード・d23621)がスーパーGPSで道中を支え、気配を殺した聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)は耳をそばだてる――獣の声が近い。
     直後、視界は突然開けた。城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は反射的に、戦場の音を遮断する。
     茂る天蓋の下を歩いてきた灼滅者の目に、明るく平穏な世界が広がる。景色に似合わない、黒々とした巨大な豹を除いて。
     すぐに壱が仲間たちを護る盾を紡ぎ、ウイングキャットのきなこは重たそうに泳いだまま、魔法を飛ばす。撃たれた黒豹は、全身の毛を逆立てて灼滅者たちを威嚇した。
     千波耶は、重力を糧にした飛び蹴りを炸裂させた。それでも獣は揺るがない。
    「黒豹狩りと行こっか!」
     宣言した月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は、燃える赤を得物へ添えた。そして紅蓮の尾を引きながら、黒豹を強打する。
     主の動きに倣って、ライドキャリバーのメカサシミも突撃を試みた。
     ――足柄山といえば……やっぱりラゴウの眷属かな。
     尋ねて答えが返ってくれば楽なのに、と玲は緩く頭を振った。
     戦いの色に山が染まったあと、闇が滴る姿へ変貌したのは七音だ。落ちる闇も構わず、拳へ集わせた気で、凄まじい連打を繰り出す。
     さほど動じていない黒豹へ、今度は篠村・希沙(暁降・d03465)が帯を射出した。
     突如、抗いの術を黒豹が行使する。壱に噛み付き骨を軋ませ、毒を浸み込ませる。
     ぎり、と歯を噛んで堪えた彼へと、須磨寺・榛名(報復艦・d18027)が守護を担う護符を投げた。護符を投げたその指で、今度は緋色のお守りを握りしめる。
     黒豹に対し、先手か後手か思惟を張っていたヤマメは、治癒の必要性を一瞬で解き、癒しの代わりに鞭剣の刃を伸ばす。刀身が黒豹に纏わりつき、引き抜く拍子に斬り刻む。
     息継ぐ暇も与えず、ウイングキャットのヒイラギが猫魔法を撃ち込んだ。
     情勢は薄らとしかわかっていないけど、と胸中を音もなく転がしたのは硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)だった。どちらの思惑も無視は出来ない。それだけは判っていて。
    「とりあえず戦闘第一だね。頑張るよ!」
     声を弾ませた響斗は、真紅の逆十字で黒豹の表皮を焼く。
     そこで壱が、皮膚の下を巡る炎を得物へ寄せた。猛る朱で黒豹を攻めると、きなこも肉球パンチをお見舞いする。きなこは巨体に怯むことなく跳ねたかと思えば、瞬時に間合いを取った。そんなきなこに、壱も小さく笑う。
     その間に、黒豹の懐へ千波耶が飛び込み、杖で殴りつける。千波耶に眠る魔力で充ちた黒豹のからだは、内側で爆ぜた。
     とん、と地を蹴った玲の靴裏が、黒豹の大きな体躯を抉る。流星の煌めきが鏤められ、そこへ矢継ぎ早にメカサシミが機銃掃射で応戦した。
     七音もまた、勢いが殺されないうちに槍を突き出す。矛先は黒を貫くものの、相手は飄々としている。思わず舌打ちを吐いた。
    「こりゃ普通の眷属とは強さがまるで違うで」
     手応えはある。だが七音が覚えた予感は不穏だ。
     同じ頃、希沙は指輪を撫でていた。疼く血の熱を武器へ移す。流れるように解き放った一撃に、黒豹の金色の瞳孔がぎろりと動く。
     灼滅者たちの猛攻に、相手も黙ってはいない。翳されたのは黒い爪。厚く保っていた前衛陣の中から、七音めがけて振るわれた。
    「……っと、危ない危ない」
     狂った爪の餌食になったのは、しかし彼女ではない。
     柔らかな声の主は壱だった。槍の柄で爪を引っかけるようにして、威力を減退させる。そして自らが傷を負うことも厭わず、彼は黒豹を跳ね返した。
    「こちらにもいますのよ!」
     黒豹の意識をヤマメが惹く。前衛が多めに布陣されているため、攻撃も分散できると考えての行動だった。眷属はやはり眷属であり、知性無き獣だ。
     呼び声に気を取られた獣へ、ヤマメが渦巻く風を仕掛け、ヒイラギの肉球パンチも叩きこまれる。
    「いまいち状況分かってないけど……」
     そこで響斗が、死の名を含めた刃を振り下ろした。
    「出来ることは分かってるよ!」
     ばら撒くのは痛みだけではない。
     響斗もまた、浸食する状態異常の雨を注がせようと動いていた。
     護符を生み出した榛名は、壱へ守りの加護を施すと、微かな言葉を零す。
     一撃一撃がやはり重い、と。


     勇敢な心を冠するコイン状の盾が、爪弾く音を響かせてシールドを張る。
     盾の守りを確かめる壱の傍、きなこは羽ばたいて魔法を撃ちだした。しかし黒豹は軽々と避けてしまう。
     ――この山に閉じ込めてる理由。気になるのは、そこなのよね。
     くるりと輪を成す髪を揺らして、千波耶は標的と、山麓で護摩壇に向かう僧との関係へ考えを巡らせた。軽々と白銀のバベルブレイカーを掲げて。
     単純な敵対関係ではない気がする――懸念は膨らむ一方だ。千波耶は僅かにかぶりを振り、楔を解き放つ。白猫の女王を模った得物を手に懐へ飛び込み、死の中心点を貫いた。
     直後、土を巻き上げ疾駆した人影は玲だ。摩擦が生んだ烈火を靴に宿し、蹴り上げる。そこへメカサシミが突撃した。二つの力に圧され、黒豹が鈍く呻く。
     猛攻を連ねるなら今だと、七音と希沙が構えた。
     七音の槍は、螺旋の捻りを加えて突き出され、希沙は魔力を流し込もうと黒豹へ駆け寄る。
     だが黒豹が振り上げた爪は、二種の矛先を弾いてしまう。
     威嚇を示す黒豹に、希沙はぼそりと呟いた。
    「お前はどこに行きたいの?」
     応えは咆哮で返る。空気を分かつほどの雄叫びは、黒豹自身を癒すものだ。
     威勢の良い咆哮に対して、きなこも威嚇を返した。
     猫と豹と睨みあい。絵になる光景だが、きなこの腰は若干引けて見える。
     そこでヤマメが黒豹に見せつけたのは己の片腕だ。膨れ上がり異形と化した腕で、風を切る。ぶん、と重たい音を立てて黒豹を殴りつけたところへ、ヒイラギの魔法が直撃した。
     直後、響斗は逆十字を浮かびあがらせていた。黒豹の身に出現した逆十字は朱に輝き、輪郭を縁取るように敵を切り裂く。
     苦痛を逃すように黒豹が喉を震わせた。低い唸りが地を這い、大地が鳴いていると錯覚しそうだ。
     だから榛名は瞼を伏せて、護りを担う護符を指に挟む。癒しを、そして耐性を齎す符を仲間へ投げ続け、少しでも憂いを晴らす。僅かな傷も残しておくのは心許ないと、次々護符を投げていく。
     護符が舞う中で、壱の肌を伝って得物へ触れる炎がある。滾る熱は、鎮まることをまだ知らない。
     ――情勢は複雑だけど、今やることはシンプルだ。
     目の前の戦いに集中すること。
     決意を胸に秘めた一振りはしかし、黒豹が易々と避けてしまう。
     ――さっきから、上手く避けられている気がするのよね。
     察した千波耶は、使う技を切り替えた。重力任せの飛び蹴りで黒豹を抉り、流星の煌めきを宙へ漂わせる。
     そうして更に機動力を奪われた黒豹へ、今度は玲が攻め込んだ。噴き出したを連れて。燃える輝きが喪われないうちに、メカサシミの機銃掃討が注ぎ込まれる。
     注ぎ込まれたのは、機銃掃討だけではない。七音が仕掛けた一手は、毛で覆われた黒豹の肌に触れる。膨大な霊力を貯め込んだ杖は、その魔法を黒豹の中で暴れさせた。外傷はなくとも黒豹が喘ぐ。
     そこへ潜り込んだのは帯だった。希沙の元から放たれた帯が、黒豹を貫く。
     覚えた痛みを搔き消したいのだろう。もがいた黒豹は、鋭利な爪で希沙へと襲い掛かる。陽射しを反射する爪は、しかし彼女には届かなかった。ヤマメが立ちはだかったからだ。
    「……っ、わたくしとヒイラギは……皆様の盾として、立っているんですのよ」
     爪を押し返したヤマメは、指先に溜めた霊力を自らへ指し示す。ヒイラギが光らせるリング越しに、ヤマメは希沙を見遣った。
     ぺこりと頭を下げて礼を述べた少女は、掠り傷ひとつ負わずに済んでいる。ヤマメの瞳が微かに揺れた。
     同じ頃、響斗は断罪の刃を黒豹へ振り下ろしていた。
    「どうなっても知らないよー」
     死を招く刃とは反対に、響斗の唇を震わせる声色は緊張感を生まない。
     彼の鎌が黒を断つ間に、榛名は防護の符をヤマメへ放った。
     重たい――黒豹の牙と爪の威力は、治療手として立つ榛名にも充分に知れた。


     日常から遠い喧騒に、木々がざわめく。
     掠れる葉が重なる世界の下で、金色が狙い定めたのは、青き眼差しだ。黒豹の牙は玲の肩口へと喰らいつき、傷口から深い毒を浸み込ませる。
     己に降りかかった状態異常よりも、敵へ攻めることを優先する黒豹を目の当たりにして、響斗は小さな光輪を分裂させた。
    「さすが獣って感じだね、こっちも対応しまーす!」
     響斗の手を離れた光の輪は、苦痛で表情を歪めた玲の眼前を漂う。ふわりと浮かんで癒しを齎すと同時に、彼女を守る盾と化した。
     喉の奥を鳴らす黒豹の様子が、先ほどまでと違うことに榛名は気付く。襲い掛かってきたばかりだというのに、妙だ。
     だからこそ榛名は、和服の袖からするりと影を伸ばした。触手へと変貌した影が、黒豹に絡まる。黒と黒が溶け込むように混じり、黒豹の足が地面から生えているような光景だ。
    「今です……!」
     動きが鈍くなった黒豹を前に、榛名が仲間たちへ呼びかける。
     真っ先に応じた壱が、槍を構え氷柱を作り上げる。
    「きなこ! ほらきなこも!」
     主の呼びかけに、大きなからだをのっそりと翻して、きなこが魔法を放った。ゆっくりした動作とは対照的に、射出された魔法は素早く黒豹を叩く。
     魔法の余韻が潰えぬうちに、千波耶が碧玉の部分を握り、杖を振りかざした。殴りつけた杖から注入するのは、梔子の幻影を咲かす、美しき魔の力。
     内側で爆破した魔力へ向けて、今度は玲が滑り込んだ。猛火を纏った蹴りは弧を描き、足裏が地に着くよりも早く、メカサシミが突進する。轟く駆動音が散らばった。
     その音に掻き立てられるように構えた七音は、右頬に伝う汗を拭う。繋いだ勢いの波に乗り、急所を瞬時に見出した本能の赴くがまま、獣を執刀する。
     ふと、希沙の片腕が焦熱を知った。朽ちた大樹に這う蔦は、少女の身から噴き出した赤を纏う。希沙の眼差しは黒豹をじっと見据えていた。深い闇の色に染まった牙と爪――それは、確かな凶器で。
     ――誰かを傷つける前に……。ごめんね。
     声にならない想いは、滾る炎の音で掻き消した。
     しかと踏み込んで、ヤマメは直後に鞭剣の刀身を伸ばす。命の光を示すように、鮮やかな焔と淡い桜が残光を落とし、刀身は黒い巨躯に巻きついた。戸惑う暇も与えず刃が食い込み、黒豹を斬り裂いて命を絶つ。
     そして、すっかり消え失せた黒には気にも留めず、ヤマメは刀身を引き戻した。
     灼滅者たちは誰からともなく集まり、互いの負傷具合を確認する。激戦ではあったものの、幸い倒れ込むほどの怪我は負っていない。
    「まだいけそうやな、羅刹の所へ向かおか」
     胸を撫で下ろして七音が促す。彼女の視線は、下山ルートへ向いていた。
     すぐさま壱が茂みに近寄り、隠された小路へと仲間を誘う。
     ――悪い方向へ、事が動かなければ良いのですけれど……。
     微かに息を吐いた榛名は、ひとり立ち尽くす少女に気付き、首を傾ぐ。
     先ほどまで走り回っていた地へと、希沙は橄欖石の瞳を隠し、手を合わせていた。元通りの静寂が戻りますように。切なる祈りを、山そのものへ捧げて。
     置いていかれますよ、と掛けた榛名の呼びかけに、希沙は身を弾ませて振り向き、山を下り始めた仲間を追う。
     そんな彼女たちの背を、柔らかい風がそっと押していった。


     頬を撫でていく秋風が、広げた地図を弄ぶようにめくる。七音は地図の角を摘まみ直し、表示されている現在位置を確認した。
     不意に、ひとりでに避ける植物の中で、壱がぴたりと足を止める。
     昇る煙が彼らの目に飛び込んできた。狼煙のようなそれを頼りに進むと、すぐに目的地へと足を踏み入れる。
     山麓でただ一人、設けた護摩壇を前に読経する旅装の僧――利澄がいた。山中から現れたのが獣ではないと気付いてか、すぐに声が止む。
    「私たち、武蔵坂の生徒だよ。今回はありがとね」
     開口一番、玲が放った感謝の言葉に、笠をくいと持ち上げた若き僧が目を瞬かせる。
    「おかげで眷属を楽に灼滅できたよ」
     そう玲が続けたことで漸く利澄は理解し、成程、と薄ら微笑んだ。
     希沙も、彼の様子を窺いながら話を繋げる。
    「一般人への被害がないよにしてくれてはったんは感謝します、けど……」
     どうして黒豹を閉じ込めていたのか。
     続く希沙の問いに、羅刹の利澄が目を細めた。
    「貴女の心に浮かんだものが、答えかもしれませんよ」
     笑みを絶やさぬまま告げた青年は、小振りな護摩壇を片付け始める。仕舞われていく護摩壇へきなこが興味津々に近寄り、千波耶は遠巻きに護摩壇を観察した。
     はぐらかしているか定かでない相手に、口火を切ったのは七音だ。
    「目的はラゴウの妨害か? うち達を利用するような真似は気にくわんな」
    「おや、随分な物言いですね」
     利澄は顔色ひとつ変えずに、ポケットへ護摩壇を収納した。
     傍観していたヤマメは、それもそうですのね、と彼の返事を耳にして思考を巡らせる。
     ――てんかい様が劣勢になった経緯……わたくしも記憶しておりますゆえ。
     いずれにしても、今回の件はダークネス同士のいざこざと称しても不思議ではない。
     そう考えるヤマメは、人知れず肩を落とした。
     ――どうにも力及ばぬことも多く、残念ですのね。
     一方、少し距離を置いて見守っていた壱は、背を向ける利澄へ穏やかに言葉を紡ぐ。
    「まるで、天下分け目の戦いでも起こそうとしてるみたいだね?」
    「とりあえず、そっちが仕掛けてこない限り、私たちは敵対の意思無しだからさ」
     壱に続き、玲も口を開いた。
     しかし彼らの言に会釈だけで応じた利澄は、それ以上は口にせず立ち去っていった。
     痕跡は無いか辺りを探す希沙だが、目につくものは無かった。代わりに鼻を擽ったのは、微かな護摩の香り。
     響斗も消えゆく香りを払うように息を吐き、居なくなった僧の表情を思い返す。羅刹の話は覚えておこう。そう心に留めて。
     やがて彼らが覚えた残り香も、山の匂いに紛れて姿を晦ませてしまった。
     まるで、灼滅者と利澄が交えたひとときのように、名残惜しむ暇もなく。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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