山に羅刹と獣あり

    作者:八雲秋


     金時山の麓、屋外に組まれた護摩壇から、ゴウゴウと音を立てて炎が上っている。その前でたった一人、護摩木を投げ入れ読経を続ける若い僧がいた。他者の目がなくとも真摯に行を続ける姿には心打たれるものすらある。
     僧はしかし、人ではなかった。その禿頭には隠しようもない2本の角が生えている。
     山奥からその羅刹に近づこうとする黒い獣の姿があった。グルルルル。低い唸り声を上げる。
     胸元に白い横たわる三日月の模様を持った姿はツキノワグマのようにも思えたが、火の粉散る大火にも羅刹の姿にも警戒する気がさらさらない。いや、仮に獣であればそもそも羅刹の気迫に気づきながらわざわざ近づこうとするような愚は起こさないのではないか。
     これもまた、ただの熊ではなく眷属であった。
     よくよく見れば牙はより鋭く、手の爪はより尖り、長く、目は怒りを含んだ赤色で爛々と光っている。
     熊の眷属は不意に2本足で立ち上がり、
     グォオオオーーーーーッ!!
     山を震わすほどの唸り声をあげた、その耳障りな経をやめ、どこかへ立ち去れとばかりに。
     だが羅刹は臆することなく力強く経を唱え続ける。
     ガァアッ!
     熊は唸り、苛立ち紛れに腕を振り手近な木をなぎ倒すと再び山深くへと戻っていった。

    「先日使者を送ってきた天海大僧正側に動きが見られたようだね」
     灼滅者らの前で今回の案件の詳細が語られた。
     僧の姿の羅刹らが神奈川県の金時山周辺から一般人を追い出し、周囲の立ち入りを禁止してしまったらしい。ただし殺界形成のような力を使って排除しているから、怪我人など出ているわけではないのが幸いだ。登山に訪れた人たちにとっては不運だけどね。
     その金時山では、今、強力な動物型の眷属が活動していて羅刹らは、この眷属を金時山から移動させないようにしている。その目的はまだわかっていない。だからとこのまま放置するのも剣呑だ。
     君たちには強力な動物型眷属か僧型の羅刹、あるいは、その両方を灼滅して欲しい。何を敵とみなすかは実際に現場で対峙する君たちに任せる。良く考えて判断してほしい。
     それぞれの戦闘能力について話そう。
     熊の眷属はかなりの怪力と体力を持ち合わせている。それに加え、咆哮で自らを癒し状態異常を吹き飛ばす。爪は只鋭いばかりでなく傷つけた相手に少なからぬダメージと毒を与える。また素早く突進し、抱きついてくる事もある。まさにベアーハグだな。油断すれば全身の骨を砕かれる事となるだろう、その威力は抱きつきから逃れてなおダメージを継続して与えてくるほどだ。強さはそれこそダークネス級といっていい。
     一方羅刹は独鈷杵から雷を放ち、また神薙使いと同等のサイキックを持っている。だが戦闘力、体力共に比較的低い。恐らく先程の祈りというか調伏のような力に特化しているからと推測されるね。
     獣は山中にいる。ただし、そこいらの木をなぎ倒しているから、比較的開けた場所で戦闘自体はしやすい。羅刹は山の麓で読経している。こちらはほぼ平地だ。場所がやや離れているため両者を倒すにしても同時にという事はない、連戦にはなるけれどね。
     付け加えると、もし君たちが眷属を倒し、そのままでいたとしたら、羅刹はそれに気づいても、特に君たちの所に向かう事はなく、護摩壇を片付け京都方面へと去っていくようだ。
    「かえって君らを悩ますことになるかもしれないが、最後に一つだけ」
     皆の前で人差し指を一本立てつつ、エクスブレインが続ける。
    「現状、被害者はいない。とはいえ大僧正の配下たちが何を考えているのか放置していいものだろうか。だが一方、獣の眷属らが山を出れば、奴らは町を襲い一般人にまで被害は及ぶ……それらの事を考え併せて戦闘方針を決めてほしい。最良の結果となるように、僕は祈っているよ」


    参加者
    白・理一(空想虚言者・d00213)
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    黒咬・翼(ブラックシャック・d02688)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    袖岡・芭子(幽鬼匣・d13443)
    上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)
    九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)

    ■リプレイ

    ●山に踏み入る
     灼滅者らが眷属を見つけ出すために山を分け入っていく。
     上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)が倒木を確認して呟く。
    「この木、折れ口が不自然ですね……向こうのも同じように。多分、熊の眷属のもの。あちらに行ってみましょうか」
    「ええ、確かにさっきも、そちらから木の倒れる音が聞こえました」
     リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)は彼女の言葉に同意する。
     リュシールは物陰に隠れつつ、音を立てる事も出来る限り避け、用心深く動く事を心がける。
    (「羅刹側に利する動きをするのは癪だけど」)
     白・理一(空想虚言者・d00213)は移動しながら、そんな事も思う。羅刹を宿敵に持つ神薙使いの彼としてはもっともな話だ。けれどと彼は続け、呟く。
    「人を襲うだろうって言われてるものを放っておけないしね」
    「ん」
     言葉こそ素っ気なくはあったが隣にいた袖岡・芭子(幽鬼匣・d13443)も頷いていた。彼女もまた複雑な思いを抱えている。
     だが、まずは確実に熊の眷属を倒す。それが皆に共通する意思なのは確かだ。
     やがて、グルルルル、低い唸り声とガシュガシュと木の幹を爪でひっかく音が聞こえてきた。彼らが前方に目を凝らす。
    「奴だな。羅刹に追いやられて大分苛立っているようだが」
     眷属を見つけた九賀谷・晶(高校生デモノイドヒューマン・d31961)がその様子を確認すると、
    「そうですね、慎重に行きましょう」
     仙道・司(オウルバロン・d00813)も言う。
     できるなら不意を衝く形で戦闘を有利に進めたい。
     今日は眷属を倒して終わりではない。速攻で倒し、なおかつ体力に余裕を残しておきたい所だ。

    ●戦闘
    「殲具解放」
    「C'est ma chanson!」
     それぞれが自分の解除コードを唱え、武装し戦陣を形成していく。
     相手が威嚇の唸りを見せる間もなく、灼滅者らの奇襲が決まる。
    「俺から行かせてもらおうか!」
     黒咬・翼(ブラックシャック・d02688)の絶一閃は螺旋の捻りで熊の身体を抉る。螺旋の回転をなおも続ける槍は更なる力を彼にもたらす。
    「こいつが熊の眷属」 
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)は無敵斬艦刀『剥守割砕』を肩に担ぐと、値踏みするように見遣る。
    「獣のくせに火を怖がらなかったとか生意気な」
     熊に剥守割砕の切っ先を向ける
    「それなら自分の黒い炎はいかがっすか?」
     彼の身から吹き出す炎がその刀身を包む。その炎ごと眷属を一息に斬る。レーヴァテイン、消えぬ炎に戸惑ったか眷属が一層大きな唸り声を上げ、腕を振り回す。ギィが後方に飛び、避ける。
     爪攻撃ぐらいは覚悟の上とはいえ受けぬに越したことはない。
    「追撃注意、毒注意、か!」
     晶は交通標識を振り回し、前衛の灼滅者らにイエローサインの効果をつけさせる。
    「……まだ何もしてない動物を仕留めるのって好きじゃないけど」
     リュシールが辺りを見回す。眷属が暴れるたびに、木は幹ごと折られ、倒木と化していく。
    「この自然破壊っぷりじゃ仕方ないか……ごめんね!」
     眷属の大きさを有利に働かせないために、その豪腕を振るいにくい様、思い切り懐に飛び込む。
     熊が両腕を広げる。
    「ベアハッグ、いや、金時山の熊さんならお相撲の鯖折りかな、でも、そんなの喰らわないわ」
     彼女の胴を締め上げようと振り回してきた両腕を思い切りしゃがみ、避ける リュシールは拳に闘気を宿らせ熊を見上げる。そしてその顎を下から殴り上げる。
    「ガァッ!」
     眷属はまともに食らいながらも、逃すまいと上から覆いかぶさってリュシールを捕える。
    「くっ、まだ来るの? うぅ!」
     眷属が彼女を捕え、締め付ける。みしり、と自分の骨がきしむ音が彼女の耳に届く。
     そこで美玖が鋭い指示の声を上げる。
    「紫! 熊を!」
     ブォン! 心得たとばかりに彼女のライドキャリバーが眷属に体当たりし、相手を怯ませる。
     熊の腕が緩み、リュシールが眷属からどうにか身を離す。
    「調子に乗らせませんよ!」
     理一が熊の腕にも見劣りせぬほどに膨れ上がった異形の腕で思い切り殴りつける。
    「グルルルル」
     眷属が唸る。怒りの目を持ちながらも己が身体のダメージに気づき、癒しを施そうと試みた刹那、
    「そんな暇与えないわ!」
     バイオレンスギターを鮮やかに回転させ、眷属を殴りつける。
    「どう、アンチヒールも効いてるかしら?」
    「グォオオオ!」
     怒りのあまり滅茶苦茶に腕を振り回す。その爪が司の肌を切り裂く。
    「つっ! ……もりのくまさんは、もう少し優しい方が人気出ますよ」
    「……ふたりとも。回復は私がするから」
     芭子の癒しの風が治癒と共にダメージを与えてくる毒や締め付けのバッドステータスすら解除する。
     傷の癒え具合を確認しながら司がおどけた調子で言ってみせる。
    「あら、くまさん、攻撃ありがとう、ってね!」
     そのお礼は当然歌と言う訳じゃなくサイキックでの倍返し!
     マテリアルロッドの強烈な打撃は 注ぎこまれた魔力が眷属の体内で暴れまくる。
    「ガアアアアアッ」
     最早、灼滅者らを攻撃する余裕さえなくし、ただ吠え、暴れまわる眷属。
     その前に晶が妖の槍を構えて立つ。
    「これで楽にしてやろう…銀炎・煉槍。目の前の敵を葬る!」
     渾身の螺穿槍、熊の眷属は腹から背中までその槍で貫かれ、倒れ伏し、そしてもう動く事はなかった。

    ●羅刹のもとへ
     麓の方を見やり、晶が指さしながら言う。
    「羅刹は……ここをまっすぐの位置にいる」
    「読経の声も消えたようで。急ぎやしょう」
     ギィがせかし、灼滅者らは皆、羅刹に向かって走る。
    「麓にいるのは羅刹、か」
     走りながら翼が呟くと、司もまた独り言のように続ける。
    「ダークネス、いつもならただ灼滅する存在ですよね」
    「でも、今回は一般人を眷属から守ってくれていた」
     芭子の言葉に口元を歪め翼が返す。
    「俺にはこれ見よがしな行動にも見えたがね。油断はできない」
    「そうですね、でも、また戦うだけなんでしょうか、相手がダークネスだから」
     彼の言葉に司が返すと
    「それは……」
     芭子も何か言いかけるが続かない。ダークネスで有る限り敵なんだろう、けど。本当にそんな判断だけでいいんだろうか。
    「ボクは共存共栄できるなら、ダークネスともしたいですから……」
     ぽそりと司が呟いた。それにはダークネス達だけではなく灼滅者である自身のあり方もまた考えて行かなければならないのだろうけど。

    ●対峙
     麓にいた羅刹は引き上げる支度をしていた。今しも山から去ろうとしている。
    「待て!」
     晶は僧を呼び止めるとゆっくり近づきながら羅刹の装備を確認する。僧の衣装は防具の能力を持ち、灼滅者らの殲術道具と同様、腰につけている独鈷杵はそれ自身が力を持っているのだろうと推測された。すでに護摩壇は片付けられている。
     ギィが頭を下げて挨拶する。
    「初めまして、御坊。武蔵坂学園の灼滅者一同っす。御坊が抑えていた眷属を灼滅してきやした。余計な手出しだったっすか?」
    「やれやれ、もっと早くに退散するべきだったかな。あんたらだったら眷属に向かったんなら意地でも撃退しただろうからな」
     僧は彼らを見ると少し困ったように頭を掻いた。
    「で、次は俺を倒す気なのかい、連闘ご苦労さんだな」
     口調こそ緊張感はないが、さりげなく独鈷杵を手にし灼滅者らを油断なく見回す。
     理一はまぁまぁととりなすように両手を広げる。
    「なにも取って食いやしないからそう警戒しないでよ。こっちはキミと敵対する意思無いんだから、さ」
     リュシールは更に付け加え、
    「暴れてた獣は倒したけど、あなたと戦う気はないから安心して……獣を暴れさせたのがあなたでないならだけど」
    「君達は私達に手を出さないでほしいと一度は頼んできていたよね。私個人としては君達が人に手を出さないなら放っておきたいんだ。君が戦う、って言うなら応戦はするよ。でも、私はあんまりしたくないと思ってる。甘いとは思うけれど君は一般人を眷属から守ってくれていたから」
     芭子の言葉に僧は肩を竦め、ふぅと息をつく。
    「そりゃどうも。仕掛けてくるなら、受けて立つしかないと思ったが……でも、こいつは持たせてもらうぜ、どうにも落ち着かないからな」
     独鈷杵を見せて言う。
    「構わない、交渉自体は決裂していた訳だしな」
     そう答えた晶も武器は装備したままだ。
    「交渉が成立してもいないのにそういう行動をとるのは何かのアピールのつもりなのか?」
     晶が問うと、僧はわざとらしく首を傾げ、
    「『そういう行動』ね、それはこっちが言うべきじゃあないのかい? こんな山までわざわざ来るとは、随分と鼻が利くもんだな」
    「いきなり山が立入禁止になって、綺麗な林が薙ぎ倒されてて。まあ、調べに来るのは自然でしょ」
     リュシールがしれっと返す。
    「なるほどなぁ、で、調査の結果はどう出たんだい。それを持って帰ってやってくれないかね」
     そういう訳にもいかないと翼とギィが質問を重ねる。
    「君は天海側の羅刹だな。獣を封じているということは、あいつ等に自由に動かれると都合が悪いのか? この山で行ってるというなら安土城怪人側にあの八犬士のラゴウが付いたのかとも思ったが」
    「この山の眷属を集めているのは、朱雀門を出奔したラゴウと聞いたっす。朱雀門の内紛に大僧正猊下も介入するおつもりで? それとも、今回の眷属が『足柄山の獣使い』ラゴウの召喚によるものだとしたら天海大僧正の配下が抑えにかかってるのも納得がいくっすけど、違いますか?」
    「待て待て」
     羅刹が手を振って彼らの質問を遮る。
    「俺らとあんたらの間じゃ話し合いは物別れに終わったんだよな。当たりだろうと外れだろうと、こっちからはしゃべる訳にはいかないよ」
    「それでも教えてくれないかな、君達の目的を提案を蹴った身で、申し訳無いけど知らないと飲めない事だってあると思う」
     そうでなければ芭子にとって彼らはダークネス、人を苦しめる存在としか判断できない。
    「んー。でもなぁ。この場で俺から言えるような事は何もないよ」
     食い下がる彼女に、それでも彼はそんな返答しかできなかった。
    「ボクは条件次第では天海大僧正と組んでも良いと思ってますし、学園も同様と考えますよ?」
     司は自分の胸に手を当て、一歩前に出て言う。
    「『個人的には』っていう奴だろ」
     羅刹の皮肉気な言い方に苦笑を漏らし、
    「そうとられても仕方ないですね。それなら、せめて……もし敵対するのであれ、協力するのであれ、何かあればボクが学園窓口になるので、どぞ♪」
    「これは名刺か……一応貰っとく」
    「えへへ、所詮1生徒ですけれどね♪」
     名刺を仕舞い込みながら羅刹は言う。
    「まぁ断言はしねえけど、あんたらの方からこうやって絡んでくるんだったら、また、上の方もいろいろ考えるんじゃないかねぇ……と、じゃあ俺はここいらで撤退させてもらうぜ……まさか俺の背中を狙っちゃ来ないだろ、じゃあな」
     背を向けて手を振ると、彼は去っていく。
     山を下っていく羅刹にリュシールが声をかける。
    「あとひとつだけ聞いて。教えてくれなかったのは仕方がないけど……でも、身内を放っておくのだけは話が別だから。加賀さんは交渉の内容に関係なくきっと取り返す……それだけは伝えておいて貰える?」
     声は届いていたに違いない、しかし、その言葉にはただ無言で返された。
     羅刹を見送り、その姿は見えなくなった。ギィが呟く。
    「ダークネスの陣営も複雑怪奇になってきやしたねぇ。ラゴウ-安土城怪人-他八犬士vs天海大僧正-朱雀門-HKTご当地幹部-うずめ様vs鞍馬天狗-四大シャドウ……」
     指折り数えるようにしてダークネス達の陣営を確認していく。
    「これで安土とご当地幹部、朱雀門と鞍馬天狗がリンクするっすから、情勢はどうにも複雑っすよ。少しは枝葉を削り落として、剪定できるかと思ったんすけどね」
    「ま、これからかな……僕らも帰ろうか」
     そういう理一に晶は、
    「俺は現場を少し見て行こう、何か見落としがあるかもしれない」
     美玖も小さく手を上げ、
    「何らかの呪法を行っているのなら、他にもそのための場所があるかもしれないし、折角だから私はこの足で明神ケ岳に言ってみようと思うの」
    「そうか、それじゃ、俺たちは先に帰るぜ、また学園で」
    「ああ」
     今日は眷属の退治と羅刹への声掛けは成功した。こうした一つ一つの行動が情勢を動かしていくのだろう。それを信じ、灼滅者らは再び学園へと集っていくのだった。

    作者:八雲秋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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